竜胆さんの日々   作:どういうこったあ!

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■■ユウキは抱きしめられたい。

 「ん、おいしい。ユウキは良いお嫁さんになる」

 

「さいですか……」

 

とある日ののどかな昼下がり。

山海経のとあるアパートに来客が一人。

黒装束に身を包んだその少女の名前は砂狼シロコ。ただいま三時のおやつを堪能中である。

 

どうしてこうなった……?

 

―――

――

 

 アリスのお姉ちゃんとの別れの後、ウトナピシュティムの本船内の医務室で目を覚ました。

なんかやけに視界が広いと思ったら仮面がなかった。

しかもというか、案の定というか、仮面を取ったのはゲーム開発部。

ぶっ倒れた人が仮面付けてたら、安否確認のために外すよね。

うん、きっとそう。彼女たちに下心なんてなかった。

それにアリスのためだろうしね。

 

面倒くさいことになるのは目に見えていたので、地上に戻ったら全部話すと言ってその場ははぐらかし、地上に戻った瞬間、全力ダッシュで逃げた。

逃げるが勝ち。俺はそのことをあの腹黒お姉ちゃんから学んだ。まじであいつさあ……。

 

そもそも死ぬ気でいたので大家さんに退去届は出していたのだけれど、万が一のために退去日を先延ばしにしておいて良かった……! ホントに良かった……! 家なき子は洒落にならん。

 

というか最終編が始まるにあたって、玄武商会をやめて、お金もほとんどアリウスへ寄付してしまったので、新しい仕事場(ルミにいつでも戻って来て良いとは言われているけれど、やめてから数日で戻るのは流石に気まずい)と家(俺が退去した後の住人が決まっているのだ)を探さなければ……! と、帰還も早々にかなりのピンチだった。

 

色々ありすぎて疲れてたのでその日は諦めて寝た。

 

 そして今日の朝。

色々と考えることがいっぱいで嫌気がさしたので、杏仁豆腐を作ることにした。

ちなみに退去日は明後日。助けて。

 

前の世界ではあんまり手に入らなかった杏仁霜がこっちだと簡単に手に入ると知ってから、凝るようになってしまった。そのお味はルミのお墨付き。やったぜ。

 

料理は頭空っぽにして集中できるから好きだ。

前の世界だとアウドドア派寄りだったのだけれど、こっちだと結構な確率で戦闘に巻き込まれるので、今はもっぱらインドア派である。

お外怖い……。

 

杏仁豆腐を冷やしている間なにをしようかな、と未だに現実逃避をしていたのだが、インターホンがなったことで現実に連れ戻された。

まさか、退去日が今日だったりしたのか……?、と恐る恐るドアを開けると、そこにはシロコがいた。あ、テラーのほうね。

 

「ようやく見つけた」

 

まだ一日しか経ってねえよお……。

しかもなんか、無言でこっち見つめてくるし。なにぃ……? 怖いぃ……。

 

「た、立ち話もなんですし、上がります……?」

 

―――

――

 

 で、ちょうど杏仁豆腐も冷えてたしお茶と一緒に出して今に至る。

 

「おいしかった。ありがとう」

 

「どうも……」

 

誰かこの地獄の空気をどうにかしてくれ。気まずいなんてもんじゃない。

 

「えっと、ここにはお礼をしに来たの」

 

「お礼?」

 

「うん、私と先生の分の脱出シークエンスを頼んだのはあなただって聞いた。それでお礼を言いたかったんだけど、あなたはすぐに消えちゃったから」

 

「それでわざわざここまで……?」

 

「うん。こっちの先生に居場所を調べてもらったの。勝手にごめん」

 

「っん゙!」

 

「気に触ったのならごめん」

 

「いや、大丈夫ですよ。オキニナサラズ」

 

いや、アロナいるから余裕なんだろうけどさあ……。

先生に居場所バレテーラなのきっついなあ。事情説明から逃げられない。

 

「ちなみに先生から何か伝言とかあります……?」

 

「『待ってるからね』って言ってた」

 

「ヒュッ」

 

絶対、良い笑顔で言ってるじゃんそれ。あ゙ー、嫌だああああ。

もういっそのこともうシャーレに所属するか……? どうしようもないくらいに本編に干渉しちゃってるし。

 

「大丈夫……?」

 

「ぅ゙ん゙、ダイジョウブ…」

 

 「それで改めてなんだけど、あのとき私たちを助けてくれてありがとう。

「あの子――A.R.O.N.Aもお礼を言いたいって言ってた。

「あなたのおかげで最後に先生と話せた。本当に感謝してもしきれない」

 

そうやって頭を下げられると弱いというか、どうして良いかわからないというか……。

 

「あー、えっと、お気になさらず?」

 

「だから、私にしてほしいことがあったらなんでも言って。お金とかは持ってないけど、できる限りのことはするつもり」

 

ん? 今なんでもって……はい。真面目なお話ですもんね。自重しますよう。

 

「あんまり、なんでもとか言わないほうが良いですよ?」

 

「もちろんわかってる。そのうえで言ってる」

 

そんな真っ直ぐな目で見ないでよお。うーん、マジでどうしよう。

 

「とは言っても何かお願いしたいことがあるわけじゃないし……」

 

「あなたは私と似た目をしてる」

 

「似た目?」

 

「誰かを殺したとかっていう罪悪感だったり、自分を責めるような部分はないけれど、

 

「この世界の住民になることを恐れてる。

「この世界を楽しんでいいのか迷ってる。

「この世界とって、自分が異物だと思ってる。

「自分の大切な人を忘れたくないって思ってる。

「でも、寂しくて仕方がない。

「そんな目」

 

あー、そりゃそっか。

この世界に来て独りぼっちで。

自分の大好きな人たちとはもう会えなくて。忘れたくなくて。

境遇は違えど、似た悩みを抱えたもの同士だ。そりゃバレるよなあ。

……でもきっとシロコは俺と違って――

 

「でも先生がいたから、私は答えを出すことができた。きっとA.R.O.N.Aも。

「あなたがいなかったら、私はずっと悩んだままだったと思う。

「だから、今度は私があなたを助けたい」

 

そう言ってクロコはおもむろに立ち上がって、俺に抱きついてきた。

 

「……なにしてるんですか」

 

「私はずっとこうして欲しかったから」

 

あーヤバい。なんでそんな的確に一番やって欲しいことを突けるんだよ。

似てるからだよなあ。わかってる。

 

「優しさって毒にもなるんですよ?」

 

苦しいにも程がある言い訳だった。

でもそうしていないと、溢れてしまいそうで。

 

「毒は薬にもなる。

「それにあなたはこれを縋るとか、依存とか言うのかもしれないけど、

「私たちはこれを頼るって言う」

 

シロコの抱きしめる力が強くなる。

 

「あったかいですね」

 

「うん。あったかい」

 

あー、もう無理。

 

溢れる。

溢れて、止まらなくなる。

 

こっちに来てから、目を逸らし続けてきたものが。

 

結局はカナエしてあげられなかったからケイを助けるっていうのも隠れ蓑で、俺が辛いことから逃げたかっただけだって。

なにかに必死になっていないと、壊れてしまいそうだったって。

 

そういう醜さも弱さも。

 

父さん、母さん、カナエ、シュウヤ。会いたいよ。

 

忘れたくない。

 

寂しい。

 

ごめん。

 

止め処無い後悔も。

 

怒りも。

 

声にならない叫びが全部。

 

全部全部、溢れて。

 

止まらなくなった。

 

―――

――

 

 「お兄ちゃんはさ、私と違って未来があるじゃん。

 

「だからワガママも全部叶えられるわけですよ。なのになんで我慢なんかしてるのさ。

 

「それに私とのエピソードなんて飽きるほどあるでしょ?

 

「元カノに教えてもらった花の名前みたいな感じでさ、私がアレ見てきてって言ったものを見る度、お兄ちゃんは私のことを思い出すわけですよ。

「なのに忘れたくないとはどういうことさ。

「忘れたくても忘れさせてやるもんですか、だよ。

 

「大丈夫。お兄ちゃんは忘れないよ。私が保証する。

 

「私ほどじゃないかもしれないけど、お兄ちゃんも辛いことを乗り越えたんだし。

 

「十分頑張ったんだし。

 

「楽しんで良いんだよ? って言ってもどうせお兄ちゃんは聞かないので」

 

昔となに一つ変わらない、長い長い前置きに愛おしさと涙がこみ上げてくる。シロコの腕の中であれほど泣いたというのに、こみ上げくる涙は止まりそうになかった。

 

「私のワガママを一つ聞いてもらいます」

 

「私の分まで楽しんで必死に生きて。そうやって最後に死んでこっちに来たときに、たくさん話を聞かせてよ。

 

「向こうで聞くのが暗くて憂鬱なお話なんて嫌だからね? 頼むよ?」

 

「……お前はホントにできた妹だよ」

 

「でしょ〜?」

 

フフンとわざとらしく腰に手をあてて顎を上げるカナエがどうしようもなく愛おしかった。

頭を撫でようと伸ばした手はカナエをすり抜けて、空を切った。夢の中でくらいご都合主義であってほしい。

 

「カナエ。だいぶ遅くなると思うんだけどさ」

 

「うん」

 

「また会おうな」

 

「うん。また会おうね」

 

そう言ってカナエはにかんで、消えていった。

 

―――

――

 

 泣きつかれて見た夢の中で懐かしい姿を見た。

死んでしまった、もう帰らない人の夢。

 

どこまでも非科学的で、ご都合主義な話だ。

きっと俺の罪の意識とかそういうのが積み重なってできた逃げ道なんだろう。

 

それでもさ。

会えたって思った方が素敵じゃんか。

 

ゲームの世界に転生するなんてことよりは、幽霊に会ったって方が、ずっと真実味がある。

 

だから、ホントに会えたんだって。そう思うことにした。




 時計じかけシスターは羊ミカの夢を見るか。
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