竜胆さんの日々 作:どういうこったあ!
「穏やかな昼下がりですね……」
そう呟くもその部屋には、ナギサ以外のティーパーティーの面々はおらず、一般生徒は足を踏み入れることも出来ないはずのティーパーティーの空間に何故か何度も立ち入っている、普通を自称する少女もいない。
前者は療養と謹慎。後者は……その、うん。触れないであげてほしい。
エデン条約調印式への襲撃。その後始末もようやく一区切りというところまできた。もちろん、ミカへの聴聞会など、まだまだやることはあるが。
新しく仕入れたハーブティーを口に含むと、爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。
そんな穏やかな昼下がりの静寂を破る者が一人。
「ナギサ様、ご報告です」
「あら、どうかなされましたか?」
大方、正義実現委員会がまた損害を出しただとか、そんなところだろうという少女の予想は次の瞬間、裏切られることになる。
「補習授業部と先生がアリウス自治区でフリーハグをしているそうです」
「はい?」
◇◇◇
「先生。アリウスでフリーハグをしようと思うんだ」
元アリウス生で現トリニティ生である白髪の少女は朝一番にシャーレに来てそんなことを言った。
「……天才?」
アリウスであることが知られてしまい、自身の立場が危うくなる可能性を理解しながら、フリーハグをしようと提案してきたアズサを先生が断るわけもなかった。
それにフリーハグが成功すれば、アズサを「アリウスとトリニティの和解の象徴」としてティーパーティー側もアピールすることができるだろう。
ヒフミを始めとした他の補習授業部メンバーも参加するだろうから、アリウス生からトリニティ生へのイメージの払拭にも期待できる。
あくまで理想論だったが、払拭とまではいかなくとも、私たちは敵ではないと示すことくらいはできるはずだ。
控えめに言って最高。それが先生の出した結論だった。
もちろん自分が参加すれば撃たれる可能性もあったが、今のアリウスに先生を討ったところでさしたるメリットはない。
人が――特に思春期の少女たちが合理性ではなく、感情で動く可能性もよく理解している。
それでも先生は生徒を信じる。
たとえ撃たれたとしても、それはベアトリーチェから掬い上げることの出来なかった大人の責任だと平然と言ってのけるのだ。
「本当かっ!? 実は明日、モモフレンズの着ぐるみパジャマが出るんだが、それを着てやれば警戒心を軽減と思うんだ!」
実現可能かもわからない、むしろ反対される可能性の方が高いと思っていた少女は先生のその一言を聞いて、パァっと顔を明るくした。
「私も買わなきゃ……!」
「ああ! 補習授業部と先生、みんな一緒に買いに行こう!」
嬉しくてたまらないという風に少女は笑う。
「それはそれとしてアズサ」
「どうかしたっ? 先生?」
「学校は?」
―――
――
そんなこんなでフリーハグ当日。
アリウス自治区には、補習授業部の面々と先生が目隠しをした状態で、腕を広げて立っていた。もちろん、モモフレンズの着ぐるみパジャマを着た状態で。
その傍らには「私たちはトリニティの生徒とシャーレの先生です。私たちが争う必要はありません。私たちはあなたたちを信じます!」と書かれた立て看板が立てられている。
開始からしばらくは「なにやってんだこいつら……」という視線を目隠しをした状態でもわかるくらい浴びていたのだが、二十分ほどすると、一人のアリウス生がアズサの近づいて来るのがわかった。
「白州アズサ、あの桃色の長い髪の女が着ているやつはなんと言うんだ?」
「ウェーブキャットだ」
「そうか。可愛いな」
そう言って去って行くかに思われた少女だったが、その少女はハナコの方へと近づいて軽いハグをした。
「あら?」
それにはハナコも驚いた様子だったが、すぐにハグを返して「ありがとうございます♡」と言うと、その生徒は
「先生には食料の提供をしてもらっているからな。こちらこそ『ありがとう』だ」
と返して、今度こそ去っていった。
その生徒は部隊の隊長格だったらしく、その後は部下であろう生徒たちが現れてポツポツとハグをしていった。始めこそ躊躇っていた生徒も、ハグをする生徒たちが増えてきたのに釣られてハグするようになり、野次馬も多いものの、いつの間にか先生たちの周りには人だかりができていた。
先生は次第に増えていく声に耳を傾ける。
「冷やかしだろ」「くだらない」とか「撃つか?」などの声も、もちろん聞こえるが、「案外、悪いやつらじゃないのかもしれない」「アズサには訓練生時代に助けられたんだ」や「なにあれ可愛い……!」などの嬉しい声も聞くことができた。
その声が聞けただけで充分すぎるくらいの収穫だった。
それにハグの際に、アリウス自治区で困っていることなども聞くことができた。電子目安箱を設けたり、代表者の意見を聞くだけでは見えてこないものもある。
これも大きな収穫の一つだなと思うのだった。
―――
――
「大成功だったね」
アリウス自治区からトリニティ自治区へと帰るカタコンベの中で、先生はそう切り出した。
「うん。またやろう」
発案者である少女は、満足のいく結果を得られたらしく、その顔には微笑みが浮かんでいた。スカルマンの着ぐるみパジャマを着ていることも相まって、その様子はとても愛らしかった。
「目隠しは少し怖かったですが、始まってしまえばそこまで気になりませんでしたね」
「目隠しをすると、目が塞がれることで敏感になるそうですよ♡」
「エッチなのはダメ! 死刑っ!」
「あら? 私はどこがなんて言っていませんよ? 一体コハルちゃんはナニを想像したんでしょうね?」
「そっ、それは――」
「アリウスでも暗闇の中での戦闘訓練があった。あのときの暗闇は冷たかったけど、今日の暗闇はみんなのお陰で暖かった。ありがとう」
「いつでも頼ってくれていいんだからね」「と、友達だもん、当然よっ!」「いえいえ、お気になさらず♡」「また誘ってくださいね!」
と四者四様の答え。
それが彼女たちが守った日常だった。
―――
――
アリウスに行っていたことはティーパーティーにも伝わっていたらしく、帰るとすぐに説明を求められてしまった。
後日、説明を求められるだろうなと思い、事前に書類を用意していたこともあって、説明は比較的スムーズに終わった。
なんだかナギサの調子が悪そうだったけれど、大丈夫だろうか? 最近はエデン条約調印式のあれこれも落ち着いてきたことだし、ゆっくりと休んでほしい。ペットボトルの紅茶でも持っていってあげようかな?
「お迎えに来たっすよー」
ナギサと別れ、部屋から出るとイチカが待っていた。
「フリーハグを遠くから監視してた正義実現委員会の生徒ってイチカだよね。あのまま続けさせてくれてありがとうね」
ティーパーティーがフリーハグの報告を受けて止めに来ないはずがない。
にも関わらずフリーハグが途中で中止されなかったのは、ひとえにイチカの温情のお陰だろう。
「よくわかったっすね……流石先生っす。ま、可愛い後輩の邪魔をするわけにはいかないっすから」
「なにかお礼をしたいんだけど、なにか欲しいものあったりする?」
「気にしなくて大丈夫っすよ?」
「遠慮しなくて大丈夫だよ? なんでも言って?」
「なんでもなんて言っちゃっていいんすか〜?」
「うん? イチカだし」
この人はみんなにこんなセリフを吐いているのだろうなというと思って出たセリフだったが、思わぬカウンターを喰らったことでイチカはフリーズしてしまう。
「じゃあ……私にもハグしてほしいっす」
数秒間じっくり迷った末、少女はそんな願いを口にした。
「そんなことでいいの?」
イチカ的にはかなり大きな決断だったのだが、当の本人は至っていつも通りである。
それは暗に脈がないことを示していて、心の中でため息をつく少女だった。
「そんなことがいいんっす」
「そう?」と疑問を口にしながら、先生はイチカにぎゅっとハグをした。
おわかりの方も多いと思いますが、某韓国反日デモでのフリーハグが元ネタ(?)です。
みんなの着ぐるみパジャマは、
アズサ〜スカルマン
ヒフミ〜ペロロ様
コハル〜アングリーアグリー
ハナコ〜ウェーブキャット
先生 〜ビッグブラザー
です。