竜胆さんの日々   作:どういうこったあ!

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幕間:少女たちのオブリガート
尾刃カンナは休みたい。


 片付けても片付けても次から次へと積み重なり、減らない書類。

汚い現場で妥協に塗れながら公務をこなす。

その判断を下し、中途半端な立場で何もできない自分が――

 

「嫌になる……」

 

ヴァルキューレに入学した当初に掲げていた正義は一体どこへ行ってしまったのか。

 

気分転換にコーヒーを、とカップを口に運ぶが中は空。

入れ直そうと席を立ったところで、そういえばさっきのが最後の一杯だったと思い出す。

別の部署からもらって来ようかとも考えたが、ここ数日で今のコーヒーの味になれてしまい、あまり他のコーヒーを受け付けそうになかった。

 

先日、とある少女から貰ったコーヒー。

玄武商会で仕入れている品らしいのだが、苦みと酸味のバランスが口にあっており、今まで飲んだコーヒーの中で一番と言っていい美味しさだった。

美味しさとここ最近の激務が重なり一気に飲んでしまったが、本当はゆっくり大事に飲むつもりだったのに、と恨めしく思う。

 

コーヒーと一緒に渡されたビタミンゼリーも効果良し味良しで、おかげでこの徹夜続きを乗り切れているのだが、出来ればもうちょっと大事にしたかった。

 

……仕事が片付いたら舌を戻さなくてはな。それか玄武商会へ買いに行こうか。

長らく遠出もしていない。たまにはゆっくりと美味しいものを食べるのも良いかもしれない。

それに買うだけ買って積んだままの小説や、録画するだけして一向に消化される気配のないドラマや映画もある。

次の休みがいつになるのかなど皆目検討もつかないが。

 

「……御、姉御ー」

 

「ん? ああ、すまない。どうかしたか?」

 

声をかけられていたのに気付かなかったらしい。

いよいよだな、と心の中で毒づく。

 

「徹夜お疲れ様っすー……」

 

そう言う同僚の顔も中々にひどいもので、思わず苦笑してしまう。いくら肉体派とはいえど、流石に三徹は響くらしい。

 

「すまなかった。なにかあったのか?」

 

「それが例のSRTの生徒なんですけど、我々にお鉢が回ってきまして……」

 

カンナは天を仰いだ。

 

◇◇◇

 

 「待たせちゃってごめんね」

 

「いえ、こちらからお願いしたことなので気になさらないで下さい」

 

 当番の生徒たちも帰り、日中の慌ただしさが嘘のようになったシャーレ。

休憩室で先生とカンナが向かい合って座っていた。

 

「彼女たち――RABBIT小隊の様子はどうですか?」

 

「みんないい子たちだよ。その……連邦生徒会のみんなからはあんまり良い目をされてないけど」

 

「まあ……そうでしょうね」

 

公共の場の占拠もそうだが、それよりも先のFOX小隊による連邦生徒会襲撃の件が大きい。

連邦生徒会の中には彼女たちの武力を危険視する者も少なくない。

 

……だからこそ、今一度その存在の意義を示さなくてはならないのだが。

 

「……先日、防衛室長からカイザーPMCとの取引を持ちかけられました。

「防衛室長としては、子ウサギ公園近辺の再開発のために浮浪者とSRTの生徒を排除したいのでしょう。

「ヴァルキューレはこれを受けるつもりです。資金難に陥っている今のヴァルキューレでは浮浪者の排除などできそうもありませんし、

「こういうことを罰するための学園がありましたが、今はもうなくなってしまったので罰せられる危険も少ない。

「ここまでが公安室長としての意見です」

 

先生は優しく真っ直ぐな目でこちらを見つめたままだ。私が喋りだすのを待ってくれているのだろう。

彼女も同じような目をしていた。見ているこちらの毒気が抜かれてしまうような目。

優しく温かい。けれど自分の中で確固たる芯を持っていて、安易に踏み込んでしまえば火傷を負ってしまうような目。

 

「けれど私は……私は、一人の警官としてこれを容認したくない。

「私はまだ揺らいでいます。自分の中で明確な答えを出せていない。

「そうやって悩んでいるうちに、投げ出したくなってしまいました」

 

「カンナ……」

 

「流石に冗談です。……十割がとは言いませんが。

「ただ、何者にも屈さず自分たちの意思で歩んでいる彼女たちを見て、一度自分の正義とは何かをゆっくり考えてみようかと思いました。

「ですから先生にはRABBIT小隊と協力して、私がカイザーと通じていたという証拠を掴んで欲しいんです」

 

「……カンナはそれでいいの?」

 

それで良いとはきっと、私にメリットがほとんどないことを言っているのだろう。

彼女に――テレスに出会わなかったら、私はこのまま腐敗した警官になっていただろう。

けれどテレスと出会い、柄にもなく生活安全局の真似事をしたおかげで、警官になった理由を思い出した。

そうやって私の中で正義が揺らいでいるときに、示し合わせたようにRABBIT小隊が現れた。

 

初めは街を守るおまわりさんに憧れていたのに、いつしか公安局長なんていう全く違うところに来てしまって。

挙句の果てには汚職に手を染めようとする始末だ。

ここらで一旦、自分探しをするのも良いだろう。

 

「はい」

 

「うん、分かった。私に任せて」

 

―――

――

 

 そこからの展開は早かった。

 

ヴァルキューレがカイザーとの取引で設備を整えたのち、すぐにRABBIT小隊が証拠の押収を行った。

装備だけを掻っ攫って関係を切るなんて我ながら中々の小悪党っぷりだと思う。

 

ヴァルキューレの生徒にも良い訓練になったことだろう。

かくいう私も久しぶりにビルの壁登りなんてことをしたせいで若干の筋肉痛である。

デスクワークが多いと体がなまって仕方がない。

 

ただ想定外もあった。

一つは今回の件が思っていたよりも大事にならなかったこと。恐らく防衛室長の根回しもあるのだろうが、先生とRABBIT小隊がことを荒立てることをしなかったのが大きいだろう。

自分たちのことは自分たちでどうにかするから余計なことをするな、ということだろう。

――先生からお弁当もらってなかったか……?

 

そしてもう一つ想定外だったことは私の処分が降格に落ち着いたことだ。

白状すると休む気満々でいた。山海経に行ってテレスさんと会う気満々だった。

 

下手に謹慎処分にならなかったせいで、事後処理が大変な事になっている。

当初の通達だと公安局長の座はそのままだったので、これでも頑張って刑を重くした方なのだ。

できることなら謹慎したかった……。

 

恐らく防衛室長の息がかかった者だろうとは言え、流石に気の毒だ。新公安局長も助けてやらなければいけない。

それに息がかかるのはこれからという可能性も十分にある。

 

――だとしたら本当に申し訳ないな……。

 

「おはよカンナ。せっかく局長じゃなくなったのに早いねえ」

 

ボサボサの髪で仮眠所から出てきた同僚から気だるげに声をかけられる。

 

「お前はまた仮眠室で……」

 

「どこぞの『仮眠室で生活するな』ってわざわざ局長命令を使ってまで止めてくる局長がいなくなったからね。私はまた仮眠室の主へと返り咲くのさ」

 

「なにを自慢気に……というか、ようやく昔の呼び方に戻ったな? 同期なんだから局長と敬語はやめろと何回言ったことか」

 

「狂犬ちゃんって呼んであげてもいいんだぞ〜?」

 

同僚とこんなやり取りをするのも久しぶりで、なんだか昔に戻ったようで笑みが溢れる。

 

「やめてくれ、もう狂犬じゃない。三流悪党がいいところだ」

 

「あらあら、すっかり牙が抜け落ちちゃって。誰に絆さたんだか。あ〜ん、カンナが浮気する〜」

 

「馬鹿なことを言ってないでさっさと身支度して仕事しろ」

 

ゆっくりと美味しいご飯を食べるのはまだ先になりそうで憂鬱な気分だったが、口にしたコーヒーは不思議と以前ほど悪くはなかった。

 

二週間後、彼女は局長に返り咲くことになるのだが、今のカンナにそれを知るよしはなかった。




 ゲーム内でのカンナは正義が揺らいでいるからといって、仕事は投げ出さないと思います。テレスが何か吹き込んだのでしょうね。

 カンナの爆速局長復帰について。
カンナの予想通り、後任の公安局長はカヤの息がかかった生徒でしたが、過労によりバタンキュー。
コノカが局長代理となるも、実質的な仕事はカンナが担当。
そんな状態だったので、コノカがカヤにカンナの局長復帰を推薦。カヤもカンナが一番マシですね……となったので、カンナが公安局長に返り咲きました。

カンナの後見として働かされた生徒は、元々、矯正局の看守でしたが、それなりに優秀で従順(七囚人を逃がしてしまった責任をカヤに拭ってもらっています)だったので、カヤによって半ば無理矢理に公安局長にさせられてしまいました。
バタンキュー後はカヤに使えない子認定され、矯正局へと戻されています。
七囚人を逃がしてしまった反省を活かし、優秀な看守になった模様。矯正局では親しみを込めて、ハデスちゃんと呼ばれているらしい。

追記:誤字報告ありがとうこざいます。
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