竜胆さんの日々   作:どういうこったあ!

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砂狼シロコは恩返ししたい。

 とある日ののどかな昼下がり。

山海経のとあるアパートに来客が一人。

 

「ここが……」

 

黒装束に身を包んだその少女の名前は砂狼シロコ。

ほんの一日前まで、この世界を滅ぼそうとしていた少女である。

 

扉の前で数分間の逡巡を経たのち、インターホンを鳴らす。

するとすぐに扉の奥から足音が聞こえてきて扉が空いた。

この部屋の主であるその少女はシロコを見ると目を大きく広げたまま、固まってしまう。

 

「ようやく見つけた」

 

「た、立ち話もなんですし、上がります……?」

 

―――

――

 

 杏仁豆腐を作っていたらしく、お茶と一緒に出された。

 

「おいしかった。ありがとう」

 

「どうも……」

 

杏仁豆腐を食べてる間はお互い無言だったけれど、やっぱり向こうは気まずいのだろうか。

扉を開けたとき以来、一向に目が合わない。最初にじ……っと見つめてしまったのが良くなかったのだろうか。

 

「えっと、ここにはお礼をしに来たの」

 

いつまでも悩んでいても仕方がないので、取り敢えず本題に入ることにした。

 

「お礼?」

 

「うん、私と先生の分の脱出シークエンスを頼んだのはあなただって聞いた。それでお礼を言いたかったんだけど、あなたはすぐに消えちゃったから」

 

世界を滅ぼそうとする私と、世界を守ろうとするこの世界の先生たちとの戦いの末、私は負けて死ぬはずだった。

けど、ユウキのお陰で私はこうしてここにいることが出来ている。

 

「それでわざわざここまで……?」

 

「うん。こっちの先生に居場所を調べてもらったの。勝手にごめん」

 

「っん゙!」

 

「気に触ったのならごめん」

 

やっぱり勝手に住所を特定するのは良くなかっただろうか。

 

「いや、大丈夫ですよ。オキニナサラズ」

 

ユウキはそう言っているけれど、どこか顔が青ざめている。

 

「ちなみに先生から何か伝言とかあります……?」

 

「『待ってるからね』って言ってた」

 

「ヒュッ」

 

ユウキの顔が凍りついた。コロコロと表情が変わってちょっと面白い。

けど、総合点だと少しだけ心配が勝つ。

 

「大丈夫……?」

 

「ぅ゙ん゙、ダイジョウブ…」

 

今度は苦虫を噛み潰したあとに、梅干しを食べたような顔だ。やっぱり面白さが勝つかもしれない。

 

「それで改めてなんだけど、あのとき私たちを助けてくれてありがとう。

「あの子――A.R.O.N.Aもお礼を言いたいって言ってた。

「あなたのおかげで最後に先生と話せた。本当に感謝してもしきれない」

 

命を救ってもらったことはもちろんだが、ユウキになにより感謝したいのは、最後に先生との時間を作ってくれたことだ。

もう二度と話せないと思っていた先生と話せた。それがどれほど嬉しかったか。

 

「あー、えっと、お気になさらず?」

 

私にとっては人生を救われたくらい大きな出来事なのに、そう軽く流されると調子が狂う。

仕切り直し。

 

「だから、私にしてほしいことがあったらなんでも言って。お金とかは持ってないけど、できる限りのことはするつもり」

 

「あんまり、なんでもとか言わないほうが良いですよ?」

 

「もちろんわかってる。そのうえで言ってる」

 

「とは言っても何かお願いしたいことがあるわけじゃないし……」

 

「あなたは私と似た目をしてる」

 

「似た目?」

 

「誰かを殺したとかっていう罪悪感だったり、自分を責めるような部分はないけれど、

 

「この世界の住民になることを恐れてる。

「この世界を楽しんでいいのか迷ってる。

「この世界とって、自分が異物だと思ってる。

「自分の大切な人を忘れたくないって思ってる。

「でも、寂しくて仕方がない。

「そんな目」

 

私たちを救ってくれて、こっちの世界の先生から聞いた話でも、先生のような明るくて面倒見のいい性格だと思っていたから、扉からユウキが現れたとき、もの凄く驚いた。

 

本当に、私によく似た目だった。

だから、ユウキがなにを抱えているのかはわからなくとも、なにで悩んだり苦しんだりしているのかは手に取るようにわかった。

 

それと、罪悪感や自責以外に私とユウキには大きな違いがあることも。

 

「でも先生がいたから、私は答えを出すことができた。きっとA.R.O.N.Aも。

「あなたがいなかったら、私はずっと悩んだままだったと思う。

「だから、今度は私があなたを助けたい」

 

私は最後に先生と話せて、答えを出すことができたけど、ユウキはきっと。

それが私とユウキの最も大きな違い。

 

答えを出す手伝いをしてあげたいけど、答えは自分自身にしか出せない。

それに、こういうときにしてほしいのは答えを出す手伝いなんかじゃない。私が一番よくわかっている。

 

「……なにしてるんですか」

 

「私はずっとこうして欲しかったから」

 

私は立ち上がって、ユウキにハグをした。これが、私がやってほしかったこと。

 

「優しさって毒にもなるんですよ?」

 

表情を見なくても嘘だとわかった。

でもそうしていないと、溢れてしまうのだろう。あともう一押し。

 

「毒は薬にもなる。

「それにあなたはこれを縋るとか、依存とか言うのかもしれないけど、

「私たちはこれを頼るって言う」

 

ダメ押しにハグの力を強くして、人肌のぬくもりを嫌でも感じられるようにする。

 

「あったかいですね」

 

「うん。あったかい」

 

「ちょっとだけ、泣いても……いい、ですか」

 

「いっぱい泣くといい。これまで溜め込んできたもの全部出すくらい」

 

そう言うとユウキは私の肩に頭を預けて泣き出した。

 

自分の醜さ。

会いたい、忘れたくない、寂しい。そして後悔とかの、いなくなってしまった人への想い。自分や環境への怒り。

声にならない叫びとかが入り混じった嗚咽だった。

 

やがて泣き終わると、疲れたのか眠ってしまっていた。

きっと、いい夢を見ているのだろう。

その表情はさっきまでの暗い表情じゃなくて、穏やかで優しい表情だった。

 

「あったかい」

 

少しは恩返しができただろうか。

願わくば、ユウキが答えを出すことができますように。

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