黙らんし喋る 作:ヒヨコスキー
“――ユウカ、少しいい?”
連邦捜査部シャーレのビル。
日当たりの良い部室内。
手近にあった冷めたコーヒーに手を伸ばしながら、ふと思い出したようにその大人は向かいの席で書類の上の数字と格闘している少女に声をかけた。
這わせた指を電卓から離し、ユウカと呼ばれた少女――ミレニアムサイエンススクール:セミナー会計の早瀬ユウカが顔を上げる。
「何ですか?
“お昼にSNSで見た投稿が気になってて。これなんだけど、これってどういう意味かユウカは知ってる?”
「? ……わ、懐かし」
机から身を乗り出した大人――先生がユウカの前にスマートフォンの画面を差し出す。それを覗き込んだユウカは画面上に表示されているその投稿を目にすると目を丸くした。
ぽつりとこぼれたつぶやきの通り、なんだか懐かしいものをみた――といった反応だ。
書き込みの内容は以下の通りだ。
――キヴォトスには、超人が
“実際だいぶ昔の投稿なんだけど、たまたまオススメ欄に上がってきたみたい。
その口ぶりは知ってるってことだよね――その、“
先生の問いに対してユウカは電卓を置いて腕を組み、眉間にしわを寄せる。
「……話せば長くなるんですが、いいですか?」
“いいよ。そろそろ休憩にしようと思ってたし”
「区切りはついても終わりは見えませんしね……じゃあ、少しお時間いただきます。
――先生が着任なさる一年ほど前のことですね。つまりシャーレ発足以前、かつ連邦生徒会長が失踪するよりも前になります。
当時、連邦生徒会長はその能力から一部で“超人”と呼ばれていて――とは言っても、それが市井に広く知られるようになったのもこの騒動が原因なんですけど――それで、彼女に続いてもう一人、アビドス高校のある生徒がそう呼ばれるようになったある出来事があったんですよ」
“アビドス。確か土地がほとんど砂漠になってるっていうところだよね?”
「はい。件の超人を長とする
えーと、事件自体が起こったのは……ちょうど一年前ぐらいだったかな」
ユウカは先生の隣の席に移動すると持っていた端末で動画サイトにアクセスし、“アビドスの奇跡”と検索欄に打ち込む。
「――その事件の動画はネットで大バズリしました。その結果としてSNSで連日"アビドス"、"超人"、それらの関連ワードがトレンド入りして……」
“なるほど、私のオススメ欄に上がったこれは、その時の書き込みってことだね?”
「そういうことです。
――ネット上での流行って、よほどの人気コンテンツでもなければ一過性のものじゃないですか」
“そうだね。ソシャゲもひと月するとすぐに流行が変わってて、追うのが大変だよ”
「……後でレシート確かめさせてもらいますからね?」
“えっ”
「ともかく、一年経ってもまだオススメ欄に載ることがあるくらいには、現在もキヴォトスの関心を集めている話題だということです。実際、セミナーでも事件当時は何度も議題に挙がりました」
口を滑らせた先生に釘を刺しつつユウカは検索してヒットした動画のうち、一番上に表示されているものの再生ボタンを押した。検索に引っ掛かった動画がいずれも同じサムネイルであったことを先生は少し不思議に思ったが、動画が始まると、すぐにその程度の疑問は消えていった。
手ブレがひどく、周囲に砂煙が舞っている。なにより相当拡大されているのか画質が荒すぎる。映像として見れたものではない――しかし、砂煙の中に映る人物が何をしているのかはギリギリ判別出来た。
“――岩を持ち上げてる?”
「そうですね、砂の中に埋まった岩を引きずり出している――そういう風に見えますよね」
“すごく大きな岩だね。……けど、でも、それだけっていうか……”
「えぇ、問題はその大きさにあります――先生、アビドスの現在の学区マップをストリートビューで見たことありますか?」
“いや、ストリートビューは見たことないけど……………………え゛。
もしかして、
「……先生、正解です。この動画で彼女が持ち上げている岩は、それなんです」
タブレット端末に入れているマップアプリ上でアビドスを選択し、ストリートビューを開いてその景色を目にした先生は目を剥いた。
時折街中で見かける、地球儀のような全方位カメラを乗せた車。恐らくそれを使って撮影されたのだろうアビドス地区の現在の光景は、余りにも予想を超えていた。
――寂れた市街区の向こう側に、何か大きなものが見える。何度もクリックしてそれに近付いていくと、それがあまりにも巨大な
このシャーレビルを恐らく優に超えるであろう高さの、刺々しい巨大な岩の壁。
それがまるで防波堤のように、砂漠との境界線にずぅっと向こう側まで続いているのだ。
「この岩盤――通称“
当時はしばらくこの話題で持ちきりでした」
“地図には載ってなかったけど……”
「測量もロクに出来てないでしょうからね、地図の方がまだ更新されてないみたいです。
そもそも測量しようにもアビドス側が滅多なことで防砂提付近への接近を許していないので……まぁ、これが壊れたら今度こそアビドスは――というのを考えれば当たり前のことですけどね」
“……なんというか、こう、すごいね?”
「はぁ、すごいで済ませていいものではありませんでしたけどね……
ユウカは背もたれに体を預け、ため息交じりに零す。
「ですがカメラの位置情報とタイムスタンプ、加えて今お見せした動画ではカットされている冒頭部分が残っているオリジナル版の動画に映っていた、岩盤の隆起より先に現場に到着していた彼女の姿。当時のアビドスの財政状況を考えると、岩盤の隆起を予測できるほどの設備があったとも考えづらく……有り得なくても、状況証拠がそれが彼女が起こした
“……なるほど、これはまさしく――”
動画の中で地響きと砂煙がしだいに納まっていき、制服を着た一人の少女の姿が、荒い画質の中で次第に鮮明になっていく。
振り返る。
――動画が止まる。
リピート再生ボタンが、少女の顔に丁度重なってその顔を覆い隠す。
クセのある緑色の髪を腰まで伸ばした少女。一瞬見えたその表情は、とても晴れやかで柔和な笑みだった。
“……この子が?”
「えぇ。
――梔子ユメさん。現在のアビドス生徒会会長です」
※
「へくちっ」
ゆるやかなウェーブのかかった緑の髪を揺らしながら歩く、柔和そうな顔つきの少女が立ち止まってくしゃみを一つ。
先行していたポニーテールの少女はそれを振り返りながら心配そうに尋ねた。
「大丈夫ですか? ユメ先輩」
「うん、大丈夫だよホシノちゃん。砂埃をちょっと吸っちゃっただけ。
あるいは誰かが噂してるんじゃないかなぁ」
「噂……それが正しいなら、一年前はくしゃみが止まらなかったことになりますけど」
けらけらと冗談めかして笑う梔子ユメに、ポニーテールの少女――小鳥遊ホシノも軽口をたたきながら少し肩の力を抜いた。
ショットガンの銃口をいつもより下側に向け、警戒を解きながら、ホシノはアスファルトの上の砂を踏みながら彼女の隣まで引き返して来る。
そしてゆったりとユメが足を踏み出したのに合わせて、ホシノもまた歩き出した。
並んで、砂に埋もれた郊外を往く。
「そんなこともあったっけ」
「あったっけ、って……今のところ、私達の人生で一番のビッグイベントでしたけど」
「でもその後も色々あったでしょ? ゲヘナと、トリニティと……あとメイドさん達とも」
「……大変でしたねぇ」
「ねー」
懐かしむように蒼穹を見上げた二人の間に、心地よい静寂が流れていく。
「――さて、とりあえずこの辺でいいですかね」
「うん。座標ぴったし!」
「割と時間ギリギリになっちゃったな……ビーコンどこですか?」
「ちょっと待って、確か荷物の奥の方に……」
背負っていた大きめのリュックサックを地面に下ろし、そこからぽいぽいとお菓子を地面に放り投げていく――「いや何でそんなにたくさん持ってきてるんですか。いらないでしょお菓子なんて」
「お仕事が終わったらホシノちゃんと一緒に食べようと思って!」
「砂っぽくなるのでヤです。崩れるかも分からない建物の中で食べるのも危険ですしね。……おとなしく帰ってから食べましょうよ、後輩達と一緒に」
「だ、だって……」
「だって?」
「と、取り分が……!」
「――」
涙目でポテトチップスの袋を持つユメにホシノはとびきり冷ややかな視線を向ける。
それを受けてユメは一瞬、レッドウィンターに迷い込んでしまったのか? と錯覚を覚えた。
最も親しい後輩。その突き刺すような視線から逃れるようにユメは明後日の方向を向いてぎゅっとポテチの袋を抱き締めた。
その胸がポテチの袋に押されて形を変える。
駄肉……。
そう口にしなかった自分をホシノは内心で心底称賛した。
スカートの中から伸びるむちむちとした太腿に冷汗をにじませながら、ユメは駄々っ子のように反論する。
「わ、私だってね!? 情けない先輩だと思われることは分かってるよ!?」
「そうですね」
「でもね! 流石に六人で分けるともう……!」
「みみっちぃ……そんなんだから体重増えるんですよ」
「何で知ってるの!?」
「いやあてずっぽうですけどなんか先月より顔の輪郭が丸い気が――」
「わーわー聞こえないー!!」
「……私の分は分けますから。それで勘弁してください」
「え!? いいの!?」
「……かわいいなぁ」
「?」
小首をかしげる食欲旺盛な先輩にほら、と手を差し伸べながらホシノは続けた。
「ほらビーコン、さっさと埋め込んじゃいましょう。もうすぐ時間です」
「あ、うん。そだね……えっと……えっと……あれ……」
――がさがさと鞄の奥を漁る生徒会長の顔が、次第に青さを帯びていく。
まるで、何か自分のやらかしに気付いてしまった時のようだ。
ホシノもそれを悟った。まさか――と生徒会長から伝播した動揺に冷や汗が頬を伝うのを自覚しながらも、一縷の望みに賭けつつホシノは訊ねる。
「あの、まさか忘れて来たとか……そんなわけないですよね?」
「……あうう」
「……ばっ、バカ――!」
はっきりとした返答がない事、それそのものが肯定だった。
「ここから学校まで歩きで三十分とかかかるんですよ!? 往復一時間! もう取りに戻ってるヒマないですよ!」
「で、でも全力で走ったら私とホシノちゃんなら十分くらいで往復できるし……!」
「いや予定時刻まであと三分とかですからね!
あとそれやったら私はともかくユメ先輩はぶっ倒れるでしょーが! あーもう……だから私だけで行きますって話したじゃないですか! そもそもこんな時間ギリギリに出たのが……!」
「で、でも朝ドラが~!」
「でももだっても……あ、すみません通知が……」
ポケットの中で震えたスマホをするりと取り出し、通知欄を確認する。
“アビドス
アヤネ:ミレニアムの調月会長からビーコンの起動確認ができておらず、このままだとテストに入れないと連絡がありました。
何かあったのでしょうか?
ホシノは頭を抱えた。
シュポン、と次のメッセージが届く。
添付された画像は教室の写真だ。全学年混合で、窓際最後尾にある生徒会長の席の上に、先日ミレニアムから送られて来た箱が置いてあるのが映っている。
シロコ:もしかしてこれビーコン?
ノノミ:(驚きのスタンプ)
セリカ:(怒りのスタンプ)
アヤネ:雨雲号動かします
手が空いている人は格納庫までお願いします
ホシノ:「……(茫然)」
ユメ :「……(半べそ)」
――ややあって、ヘリの音が遠くの方から聞こえて来た。
赤いフチの眼鏡をきらりと光らせるアビドス生徒会書記:奥空アヤネはホシノにビーコンの入った箱を半ば押し付けるように渡すと、涙目でぷるぷると雨に濡れた子犬のように震えているユメに詰め寄り、「会長? どうして昨日あれほど言ったのに忘れたんですか?」「任せて! という言葉は嘘だったんですか?」「調月会長が困っていました」と、極めて冷静に詰問を始めた。
それに対してユメはその場で正座し、「はい」「はい」と赤べこのように頷くばかりであった。
ビーコンを埋め終えたホシノはすぐにミレニアムへ謝罪と共に連絡を済ませる。
いずれ、ここに向かって悪路走行・劣悪環境テストを行うついでに砂の掃除を済ませるため、ミレニアム謹製のロボット群――AMASたちの群れがやって来るだろう。
「こりゃ、秋の選挙で勝つのはアヤネちゃんかなぁ……」
――ボディアーマーの肩掛けに挟んだクジラ柄のタオルを抜いて額の汗をぬぐう。
まだお説教中の生徒会長を横目で見て苦笑しながら、晴れ渡る空の下でホシノはぽつりと呟いたのだった。
・“超人”梔子ユメ
失踪した連邦生徒会長と並び、キヴォトスにおいて“超人”と呼ばれる人物。
人となりは原作通り。アビドスが大好きで、アビドス復興を掲げて生徒会会長として活動している。
大バズした動画による超人としてのネームバリューと、彼女が作り上げた防砂提によって原作よりもアビドスの状況はだいぶマシ。
内包する神秘は“望んだユメを叶える力”。
ゲマトリアにはキヴォトス最“強”の神秘と認識されている。
出力に対する入力が負債となって後から襲い掛かるというピーキーな性能により、防砂壁を築いたのち、半年ほど右腕と下半身が動かなくなるデメリットを負うことになった。現在も一部体の動きがぎこちなく、銃を上手く扱えない。
また、自分に支払うことの出来ない代償を必要とする夢を叶えることはできない。(たとえば未来の自分の体力を消費して全力疾走は出来るが、アビドス復興! みたいに具体的な道筋を立てられなかったり、借金返済! みたいな自分の心身だけではどうにもならないものは叶わない)
砂漠で一ヶ月近く行方不明になっていた影響で、単位と出席日数が足りずに留年した。また、その前後で何をやっていたのかの記憶を局所的に失くしている。
ちなみにこれは一回目の留年の理由で、色々あってもう一度留年しており現在ホシノと同学年。
今年で二十歳。