黙らんし喋る 作:ヒヨコスキー
ユメ:今日は学校を休みます! ごめんなさい!
※
「理由も書きなさいよ」
モモトークの画面を見ながらてこてことセリカは歩道を歩いていた。
彼女は早朝から始まった工事の監督としての仕事を終えた帰りに、学校を休むといったユメの自宅へ赴いていた。
かふ、と欠伸が口から零れる。
カバンにキーホルダーのように引っ掛けた「交通安全」の黄色いヘルメットが、体の動きに合わせてからからと揺れていた。
(ホシノ先輩とも連絡つかないし……何かあったのか心配になるじゃん)
ユメが何か問題を起こしたりした際はまず個人モモトークでホシノへ連絡を入れる、というのがアビドス生徒会の半ばルールと化していた。
しかし今回、珍しくホシノからの返信がいつまでたっても来なかった。いつもなら秒で「対処するね」というメッセージが返って来るのにだ。
ユメだけならともかく……と心配した残りの生徒会メンバー内では、当然二人の様子を見に行こうという話が持ち上がり――その代表として、たまたま工事現場がユメ・ホシノの家の近くだったセリカが「じゃあ帰りに私が家に行って様子見て来る」と立候補した、という経緯だった。
(……とは言っても家にいるかどうかすら分かんないのよねー。
いなかったらもうどこにいるのかとか手掛かりゼロだから一旦来てみたけど)
「ったく、報連相は大事だってあれほど……」
ぶつぶつと文句を言いながらセリカは到着したマンションを見上げた。
ちなみにこれを“愛の巣”と形容したシロコがホシノにぶっ飛ばされたことがあるが、それはまた別の話である。
「先輩方ー? いるー?」
がちゃり、と合鍵を使って部屋の中に入る。
――セリカが入学する前、ユメとの同居を強引に決めたホシノが「他意はないんです他意はないんです……」としどろもどろに弁解しながらシロコ・ノノミに合鍵を配ったという事件があった。
セリカ・アヤネの両名にも入学時にその鍵の複製品が渡されており、特に設備担当のセリカは毎日アビドスのあちらこちらを飛び回っている関係で時折ここを宿代わりに使わせてもらっていた。
鍵をカバンのサイドポケットに仕舞い、靴を脱いでてこてことリビングへつながる廊下を歩いていく。
――ふと、足を止めた。
「……なんか臭くない?」
セリカの鼻先を異臭がくすぐっていた。
ガス漏れか? という考えが最初に脳裏をよぎったが、臭いの性質が違う。
これはどちらかと言うと――
「火事!?」
叫んだセリカはそのまま突き進みたい気持ちを抑え、いったん玄関まで戻った。
(まさか部屋の中でぶっ倒れてたりしないでしょうね……!?)
そこから引き返したポイントに戻るまでに存在するあらゆる扉と窓を全開にし、最後にハンカチを口元に当て、改めてリビングへ突入する。
ミイラ取りがミイラに――というか、助けに行ったセリカまで一酸化炭素中毒になりでもしたらそれこそ本末転倒だ。その上で緊急性が求められるこの状況、早急に出来る対策を講じた上でリスクは承知で突入する。それが理想だった。
リビングへつながる扉を開けて部屋の中へ半ば飛び込むように押し入ると、セリカの鼻の奥を刺激する臭いが一層強くなり、同時に彼女の視界を黒い煙が覆う。
(何よこれ、部屋中煙だらけじゃない!?)
ここまで火の手が回っているのかと考え――しかし、すぐにそうではないことをセリカは悟った。
(いや待って、熱くないじゃん。それに火災報知器も無反応……ってことはこれで火事じゃないの? じゃあ何この煙???
――というかなんかこの煙やけにべたつくんだけど!? 嫌!)
宿泊した経験があるため部屋の構造はある程度把握している。電灯のスイッチの真下にある換気扇のスイッチを迷いなくオンに倒したセリカは、息を止めたままその足ですぐにベランダの方へ向かった。窓を全開にし、ソファ上にいつも置いてあるブランケットを手探りで掴むと、巨大なうちわのように使って煙を部屋の外へ追い出すように強くあおぐ。
その行為を繰り返していくと、徐々に部屋全体を覆い隠していた黒い煙は消えていき――、
そこでようやく、セリカは背後に人の気配を感じ取った。
「先輩方!?」
そして振り返ったセリカは――口から七色の泡を噴いて床に倒れているユメとホシノを発見した。
「ウワーッ!!」
※
――それで結局、先ほどの黒い煙は一体何だったのか?
セリカはその原因である物体を怪訝な表情で見下ろしていた。
「何があったのよ何なのよこのゲーミングおかゆは。
……いやゲーミングおかゆって何よ。自分で言ってて頭がおかしくなったんじゃないかと思ったんだけど」
1680万色(正確には16777216色)の色とりどりの光をキラキラと放ちながら四人掛けのテーブルの上に鎮座しているおかゆを見つめながら、セリカは頭をくしゃくしゃと掻いた。
なんと先ほどの黒い煙は煙ではなく湯気だったのだ。
本来無色透明あるいは若干白い程度の湯気だが、このゲーミングおかゆの光を吸い上げた結果、あらゆる色の光が混ざり合って、黒い色に染まってしまったという訳である。
……セリカはそのように自分を納得させようとしたが、ぶっちゃけ筋も通っていないし意味が分からなかった。
そもそも七色に光りながら臭いそのものは焦げ臭いとは一体どういうことなのか。
とはいっても七色に光り輝く食物がどのような臭いを発していれば適切なのかというと、当然セリカにそんなことが分かる訳もないのだが……。
「ユメ先輩が作ったんだよ。危険だからって止めたんだけど、おかゆなら包丁とかは使わなくていいからって押し切られちゃって……ほら、私がいま
「それは分かったけど……人が作れる領域に存在するやつなの? これ」
へっくしゅん、とゲヘナで誰かがくしゃみをした。
「……、超人だから?」
「だとしても作らないで欲しいけどねこんなもん。やってることバイオテロじゃん」
「うへ、それはそうだね~」
――覚えている限りでは、上手いとは言わないけど普通に料理出来てたと思うんだけどなぁ。
そんなホシノの呟きに、台所の戸棚の中を漁っていたセリカは気づかない。
「ねぇホシノ先輩、これ燃えるゴミでいいと思う? 燃やしたら変なガスとか出たりしないわよね」
「うーん、もちろん心配だったからユメ先輩が料理するところ、様子見だけはしてたんだけどさ。
――原材料に食べれないものは使ってなかったから大丈夫じゃない?」
「米と水と塩を使ってどうやって七色の光を発する物質が出来るのよ!?」
「そうなんだよねぇ。……ホント、料理の工程にまったく問題はなかったんだけどなぁ……」
ともあれ元になった食物のことを考えると浮かばれないが、無理して食べて二人のように体を悪くするのもよろしくない。
三重にしたポリ袋におかゆを丁寧に移したセリカは、その上で新品の「燃えるゴミ」の袋にそれを包み、段ボール箱の中にそれをそっと仕舞った。
まるで劇物か爆弾を取り扱っているような所作だった。
……実際、爆破解体の現場に立ち会ったりする関係で、セリカはそういうのに慣れていた。
「というかやめなさいよね、こんな明らかに危険なもの口に入れるの。
どうせホシノ先輩のことだからうちの会長が作ったのを無下にできなかったんでしょ?
特に今風邪ひいてるんだし、自分で追い打ちになるってわかってることしちゃダメじゃない」
「うへ、返す言葉もない……」
「病院は?」
「動けなかったからお医者さんに家まで回診に来てもらった。
買い置きしてた市販のやつだけど、薬は飲んだから今は落ち着いてるよ~。まだ全然熱は出てるんだけどねぇ」
動いてないのに暑いよ~……ではなく、本当に暑苦しそうにホシノはパジャマの胸元をばたつかせる。
――現在のホシノの服装は、桃色のパジャマに額に冷えピタという恰好だった。
連絡が付かなかった理由もそれだった。要するに高熱でダウンしていたのだ。
ユメが学校を休むと連絡を入れた理由もそこにある。ホシノの看病をするため、そして同居人であるホシノからほぼ間違いなく風邪菌をもらっているユメを経由してセリカ達に風邪をうつさないために学校を休むことを決め、あのメールを送ったという訳だ。
ユメの落ち度はなにも理由を書かないと結局心配した後輩たちが家まで様子を見に来るのではないか、という考えに至らなかったこと。
……それから、看病のはずが危うく自分もろともホシノにトドメを刺しかねなかったことだった。
「しかしほんとに助かったよセリカちゃん。危うくユメ先輩と一緒に天国に行っちゃうところだったよ~」
「洒落になってないわよ……で、こっちはまさかホントに天国に行ってたりしないでしょうね。全然目ぇ覚まさないし」
憎まれ口を叩きながら、セリカは割とすぐに意識を取り戻したホシノと異なり、未だに白目を剥いて気絶したままソファで横になっているユメの傍で足を抱えてしゃがみ込む。
……弱弱しいが、浅い呼吸を繰り返しているのが分かる。
胸もそれに合わせて上下していた。
「いつ目覚めんのかしら」
「うーん、私と違って結構勢いよく食べてたからなぁ」
「よくアレを勢いよくいけるわね」
「そこはほら、ユメ先輩食欲の権化みたいなトコあるから……」
「食欲って化学物質に適用されるっけ???」
ホシノとそんなくだらない会話を交わしながら、えいえい、と目を閉じているユメの頬をつつくセリカ。
――と、
「はぐ、」
「うわ!?」
唐突にユメに指先を食まれ、ばっとセリカはその場から窓際辺りまで飛び退いた。
毛を逆立てながらユメを威嚇するセリカに、ホシノが苦笑しながら言う。
「寝てたり意識がなかったりする時に口元に指持っていくと反射で甘噛みしてくる時があるんだよ。ユメ先輩。
ホント食い意地が張ってるよねぇ」
「寝ぼけてる時はわかるけど気絶してても反射で動くのはもうホラーじゃない! ……ん?」
それを聞いてふと“それを何故当たり前のように語れるんだ?”と思ったセリカだったが、その思考は中断される。
「……豚汁」
「は? 何て?」
ユメの微かな呟きに反応したセリカは、その言葉を聞き取るため彼女の口元に猫耳を寄せる。
続いて耳朶を打ったのはやはり食べ物の名前だった。
豚丼、トンカツ、カツレツ……。
なんで豚肉料理ばっかりなのよ、とセリカが嘆息した瞬間だった。
……セリカがもう少し考えを巡らせていれば分かることだったが、今のユメは口元に近づいた物を反射で食べ物として認識し、それを口に入れようとする。赤ちゃんかな?
まぁ要するに、
「――あむ、」
「」
ユメは、口元に近づいてきたセリカの猫耳を食んだ。
びっくぅ!! と、セリカの肩が大きく跳ねた。
「――、」
「どしたのセリカちゃん。ツインテールが逆立ってるけど……いや待ってどうやってるのそれ」
物理法則に逆らって屹立する一対のツインテールを指さすホシノからは、セリカとユメの間で何が起こったのかが角度的に見えていない。
そしてホシノの視線を背中に浴びるセリカの思考は、数秒の
……今もなおユメはもむもむとセリカの猫耳を甘噛みし続けている。
その鼻息と、猫耳に触れる舌と歯の感触は、セリカの背筋にぞくぞくといけない感覚を迸らせ――、
ぶちん、と。
セリカの中で何かが切れた。
「――ッみ゛ゃ゛あああああああああああああ!!」
「あいったああああああああああああああああ!?」
「え、ちょ、何々なに……!?」
慌てて立ち上がるホシノの目の前で、全身の毛を逆立てたセリカは渾身の一撃(爪を立てたひっかき攻撃)をユメに繰り出すのだった。
※ 生徒会長:梔子ユメは戦闘不能になった! ※
「フーッ、フーッ……!!」
「ど、どうどうセリカちゃん」
顔に四本筋の大きなひっかき傷を残して「きゅう……」と先ほどとは別の理由で目を回しているユメを前に、ツメを立てたまま威嚇を続けるセリカをなんとかホシノは宥めすかす。
ちなみにホシノがぼそっと呟いた「もしかしてこれ私も上手くやったら耳舐めてもらえるのか……」というセリフをセリカは聞かなかったことにした。
「とりあえずみんなに連絡はしたわ。
で、この後だけど――この分だと、私も学校行かない方がよさそうね」
「まぁ、うん……」
肩を落としながらホシノはユメを見やる。
看病を買って出たはずの同居人は完全に沈黙しており、そして当然、風邪っぴきのホシノはあまり動かないほうがいい。
となれば風邪菌をホシノからもらった可能性のあるセリカがここに残り、二人の看病をするのが自然な流れではあるし、モモトークで他生徒会メンバーも皆一様にそれが妥当であると判断を下していた。
……約一名、本来であれば看病の必要のない人間が混ざっていることについては、セリカもホシノも考えないことにした。
と、ホシノのお腹がぐぅと大きな音を立てた。
「うへ、恥ずかし……」
「そんなにお腹空いてるの?」
「うーん、実は紆余曲折あって昨日のお昼から何も食べてないんだよねぇ」
「……昨日って完全オフじゃなかったっけ? ユメ先輩もだけど」
「なんなら一緒にD.U.に遊びに行ったねぇ」
「……、何かあったのは察したけど、まぁいいわ。後で聞かせて。
それより今は食事よ食事。スタミナがないと治るものも治らないもの」
「お、ってことはもしかして――」
期待に満ちたまなざしで見つめて来るホシノに対して、セリカはフフン、と不敵な笑みを返す。
そして趣味でラーメン屋のバイトをやっているセリカは、バッグから三角巾と「柴関」の文字が書かれたエプロンを手慣れた手つきで取り出すと、それを身に付けながらこう言った。
「大将仕込みの味、自宅で食べさせてあげるわ。
……まぁ、ホシノ先輩が食べるのはおかゆなんだけど」
「うへ~、タイミングが悪い……!」