黙らんし喋る   作:ヒヨコスキー

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ユメ先輩とホシノの絡みをもっと見たいが故に生み出されたのがこれ


プロローグ(2)

 

 

 

 

 

「――で、ウチの会長は落ち込んでるってわけね」

 

 アビドス別館。

 本校舎が砂中に沈んで以降、校舎として利用されるようになった施設の一室。

 入口に“生徒会室”の札が下げられたその部屋の中心には椅子をつなげて作った四角い円卓が置いてある。その一角で頬杖を突きながら、生徒会役員の一人である黒見セリカはお誕生日席に突っ伏している生徒会長:梔子ユメを見ながらぼそりと呟いた。

 

「自業自得過ぎ」

「う゛っ」

 

 ぐさり、という音が思わず聞こえてきそうなほど鋭利な切れ味の言葉だった。

 

「大体何なのよ、朝ドラ見てたら遅刻したって」

「だ、だって今日はワン太郎がニャン美に告白の返事をするかどうかってところで……! しかも日曜日を挟んだからすごい楽しみにしてたんだよ!?」

「いや知らない知らない」

 

 それに! ――声高にユメは続ける。

 

「遅刻じゃないし! ちゃんと時間には間に合ってたから!」

「でも座標ビーコン忘れていきましたよね♧」

「う、」

「番組くらい録画しとけばいいじゃない」

「ぐ」

「ん。あのドラマは確か動画サイトで放送と同時に生配信してる。

 ポケットwifi持って行くなりして移動中に見ればよかった」

「ミ゜」

 

 バターン!!

 

「ユメ先輩!?」

「調月会長のご厚意で今回は許してもらえましたが、そもそも以前の件の借りを返す――という体で相当有利な内容で契約を結んでもらっている、というのがミレニアムと私達の関係です。これに甘えるような形は今後は避けましょう。

 では、以上を持って本日の定例会議を終わりたいと思います。お疲れさまでした」

「アヤネちゃん……」

 

 正論パンチ!

 椅子に腰かけたまま後ろに倒れたユメに慌てて駆け寄る三年生副会長:小鳥遊ホシノと、それを横目でチラ見することすらせず淡々と他役員に向かって会議の音頭取りをする一年生書記:奥空アヤネの図式は余りにも異質であった。

 流石にちょっとかわいそうかな、と思いながらセリカはホシノに介抱されるユメに視線を向ける。なんか後輩に膝枕されてちょっぴり幸せそうだったので心配して損した、と思った。

 

「二人ともすっかり慣れちゃいましたねぇ☆」

「ん。いつものこと過ぎるし……あ、ノノミ。それ取って」

「は~い」

 

 差し出された手にドローン整備用のドライバーを手渡しながら、十六夜ノノミは続ける。

 

「これで今月も返済額は上旬時点で余裕で満了ですね~☆

 なんなら再来月分まで支払える勢いです!」

「ん。それについては本当にユメのおかげ。口座の貯蓄も少しずつ増えてる……感謝してる」

「そうだねぇ……ほら、ユメ先輩。戻って来てくださーい」

「……はっ、なにか今悪い夢を見ていた気がする……具体的には後輩たちにすごいいじめられていた気がする……」

「夢じゃないですし、あといじめじゃなくて単にユメ先輩が自分の落ち度をつつかれてただけですからねー」

「ミ゜」

 

 バターン!!

 

「ユメ先輩――!!」

「いや今のはホシノ先輩が余計なことを言ったからじゃないですか?」

「うへ、正直若干楽しんでるんだよね~……私もお小言の一つや二つは言う権利あると思うし」

「ん。じゃあこれ何回続くか賭けよう、みんな。負けたら紫関一回奢り券で。私はあと二回続くに賭ける」

「じゃあ私は三回です☆」

「役員に賭け事のダシにされる生徒会長……あ、私も三回!」

 

 結局五回続き、ホシノが券を四枚獲得することになった。

 ん、そりゃユメを倒すのはホシノ先輩なんだから出来レースだった。とはシロコの談である。

 

 

     ※

 

 

「ただいまー!」

「ただいまー」

 

 ぱち、と電灯のスイッチを付けると、見慣れた部屋の景色が闇の中に浮かび上がった。

 

「えーんクジラちゃんっ。今日も散々だったよ~」

「あ、ちょっとユメ先輩! ダメですよ砂がついちゃう……!」

 

 ソファの上に置いてあるお気に入りの巨大なぬいぐるみ(クジラちゃん。命名:ホシノ)に抱き着きに行こうとするユメを、ホシノがワイシャツを引っ張り静止する。

 

「ぐえぇ首が締まる閉まる」

「あぁごめんなさい……先にシャワー浴びててください。私は装備片さないとなので」

「え、先にホシノちゃんが入りなよ。今日私あんまり役に立たなかったし……玄関で待ってるから」

「いやいや」

「いやいやいやいや」

 

 狭い玄関で譲り合いを繰り返す両者だったが、少ししてからホシノからこのような提案があった。

 綺麗な黄色と青の目を宙に泳がせ、いつもより頬を赤くしながら。

 

「……え、じゃあ、その」

「?」

「……い、一緒に入りますか?」

「……!! 入る入る~! やったー! いこいこ! レッツゴーおふろ~!」

「え、ちょ、ちょっと押さないでくださいユメせんぱ……!?」

 

 

 

 

 

「……(めっちゃでっかかったしやわらかかった……あと多分前よりでっかくなってた……)」

「……なーんか視線を感じたんだけどさ、ホシノちゃんから」

「え!? あ、はい!?(やばい……!?)」

「もしかして、おなかのぜい肉を見ていた……!?」

「……(この人にはもう何も期待しない方がいいかもしれない)」

 

 

 

     ※

 

 

 

「クジラちゃんはふかふかだねー……」

 

 どふっ、とソファ上のぬいぐるみに向かってダイブしたユメの体が一度跳ねた。ソファのスプリングが軋む音が数度繰り返す。

 

「……セリカちゃんも言ってましたけど、自業自得ですからね?

 まぁ私も出発前に確認しておくべきでしたけど…」

「うぅ、ごめんねホシノちゃん……正直その気遣いが一番堪える……」

「次から気を付けましょう。

 ユメ先輩、大体一回は何でも失敗しますけど二回目は失敗しないですしね」

「え、そう? 嬉しい! ……あれ待ってそれって褒めてる?」

「褒めてマスヨー」

「心が籠ってない……!」

 

 武装類をテキパキと整備してラックに仕舞ったホシノはポニーテールを解くと、ぬいぐるみに抱き着きながらおよよよと涙を流すユメの隣に腰かけた。

 

 ――二人は諸事情によりルームシェアをしていた。

 と言っても、ホシノの側からユメの部屋に半ば押しかけた様な形だったが。

 

「とりあえず月曜日、お疲れさまでした。今週も頑張りましょうね、ユメ先輩」

 

 冷蔵庫で冷やしていたサイダーと、二人分のグラスを手に持ちながらホシノは言った。

 

「……うん。みんな頑張ってるんだもん、私ももっと頑張らなきゃ」

 

 ぱちんと頬を挟み込むように叩き、ユメはグラスを一つ受け取った。

 そこにホシノがサイダーを注いでいく。

 

「め、めっちゃしゅわしゅわだ……! 大人っぽい!」

「ふふふ……いや大人っぽいですかね? この間水族館に行った時、近くの店で売ってたのでこっそり買っておいたんです。限定品ですよ? なんか強炭酸らしいです」

「強炭酸! ぐぐ……! めっちゃ美味しいやつだ……! おかし食べたい……!」

「さっき帰り道で「ダイエットする!」って高らかに言ってましたけど」

「ぐ、ぬ、あ、明日から……!」

「意志薄弱……!!」

 

 これは一週間経ってもダイエット始まらなそうだなー、とホシノは呆れ混じりに苦笑する。

 けれど――そういうところが愛おしい。

 

「――それじゃあ、乾杯!」

「乾ぱーい!」

 

 ――炭酸が弾ける透明なサイダーを目一杯注いだグラスを持って今日の働きを労おうとした二人の間に、しかしグラスがぶつかりあう音は響かなかった。

 代わりに聞こえたのは、ユメの手から滑り落ちたグラスが床にぶつかって爆ぜるように割れる音だった。

 

「あ……え?」

 

 痙攣する自分の手を見つめながら。

 ユメはただ、茫然としていた。

 

 

     ※

 

 

 カチコチ、しゅわしゅわ。

 ――時計の針が動く音と、床に零れた炭酸の音だけが、しばらくの間部屋の中に響いていた。

 耳の奥で残響するグラスの音が、どんどん増幅していって、そして、ぐるぐると、視界が、

 

「――ユメ先輩!!」

 

 途端に意識が現実に引き戻される様な感覚がした。

 息の洗いホシノが、ユメの両肩を掴んで揺らしている。

 

「えっ、あ、だ、大丈夫。大丈夫だよ、ホシノちゃん」

「違います、そっちじゃない(・・・・・・・)!」

「……あ、一旦、危ないから。退こうか。ここ」

 

 ――どれだけ気が動転しても、自分よりも動揺している人間を見ると、人は冷静さをある程度取り戻すことができるものだ。

 

 今ユメの身に起こったことはまさしくそれだった。先ほどまでの穏やかで、落ち着いた様子が嘘のように冷汗をだらだらと流しながら、自分の手を掴んで離さない。そんな鬼気迫る表情のホシノと共にグラスの破片が飛散したテーブル・ソファ付近から一旦廊下の方へ避難する。

 

 有無を言わさない調子でユメに廊下の床に座るよう指示したホシノは、それからまくしたてるようにユメを問い詰めた。

 

「――腕はどうですか? 脚は? 末端に震えは? 感覚はありますか? 動かせますか!?」

「ちょ、ホシノちゃん、大丈夫、大丈夫だよ」

「でも!」

「ソ、ソファからこっちまで自分で歩けたでしょ? それにほら、右腕。使えてる。だから、その辺は大丈夫。いつもの、ちょっと動かなくなるやつだから」

 

 するりとホシノの左手に右手を絡ませていわゆる恋人繋ぎのようにして、ユメはホシノの手を優しく握り返した。

 

 どくどくと手を介して伝わるホシノの脈動が、少しずつ収まっていく。

 それを指先で感じていると、不意にホシノがもう片方の手を使って、繋いだ手と手を自分の額に引き寄せた。

 ――まるで、祈るようなポーズだった。

 

「ほんとに、だいじょうぶですか」

「……うん。最近はね、こういうの、ホントに珍しいんだよ。痺れもほとんど感じない。

 握力はすごい落ちちゃってるからさ? 銃はもうまともに使えないけど……でもこんな風に何か持ってるものを落としたりとかは、ここ最近はホントになかったんだけどな……」

 

 ユメは近くの床できらきらと輝いている割れたガラス片を見下ろしながらそんな風に続けた。

 

「……ごめんなさい」

「いいんだよ、ホシノちゃん。あれは、私がやりたかったことだから」

 

 手をゆっくりと解く。

 それからユメは俯いているホシノの額にこつんと優しく自分の額を当てた。

 

「それにね、悪い事ばっかりじゃなかったでしょ。砂嵐がアビドスを困らせることもなくなって――あれのおかげでヒナちゃんやミカちゃん、リオちゃんと友達になれて、助けてもらえている」

「……でも、私自身は、何もユメ先輩に返せてないです。ユメ先輩のおかげでアビドスは救われたのに、一番近くで見ていたのに」

「そんなことないよ」

「でも」

「そんなこと、ないよ」

「……」

 

 揺れるホシノのオッドアイを、ユメは真っ直ぐに見つめ返す。

 ぴったりと、その額と額を合わせながら。

 

「……前にも言ったけどね。

 一人ぼっちだった私に、夢を見せてくれたのがホシノちゃんなの。

 ――いつも心のどこかで“無理かもしれない”って思っていた私に、諦めたくないって思わせてくれたのが、ホシノちゃんなの」

 

 どれだけ心細かっただろうか。

 ――どれだけ、救われただろうか。

 

「そこにシロコちゃんとノノミちゃんの力が合わさった。そうやって、あの壁を築けた。アビドスを守る盾を、私達が、私達の手で。それを見て、私達も――ってセリカちゃんとアヤネちゃんが来てくれた。

 ……結果よりも、何かをしてくれることが嬉しいの。選んでくれることが幸せなの。

 頑張りを見てもらえることが――同じ方向を向いてくれている人がいてくれること、それが一番嬉しいの。

 だからそんな顔をしないで。ね?」

 

 涙を溜めたホシノの綺麗な瞳を見つめながら、ユメはその額に口づけを落とす。

 なんてね、と照れ臭そうに微笑みながら。

 

「――よし、しんみりタイム終わり! ちゃきちゃき片付けちゃおっか!」

「……はい」

 

 ――グラスの欠片をホシノが手で拾い集め、細かな破片はユメが掃除機で片付ける。

 それから新しいグラスに飲み物を注ぎ直して、改めて乾杯の音頭を取った二人の笑い声が、しばらくの間部屋の中を満たしていた。

 ただし、一方の笑い声がいつもより乾いていたことに、もう一方は気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

「守らなきゃ」

 

 朝から歩き尽くめで疲れたのだろう。

 一時間も経たずに睡魔に負けてしまい、ぬいぐるみを枕の代わりにしてソファの上で眠りに落ちたユメに部屋から持ってきたタオルケットをかけながらホシノは顔を上げた。

 

 額縁に入ったツギハギだらけのポスターは、かつて自分が破いたものだ。

 今でも思い出せる。泣きながらテープで修復したそれを、砂漠から帰って来た彼女に見せた時。

 彼女は怒るでもなく悲しむでもなく、ただ愛おしそうにそれを撫でた。

 その横顔を見て、ぎゅっと心臓を掴まれたみたいな感覚に襲われた。

 あの日からずっと、小鳥遊ホシノにとって梔子ユメは――。

 

「……守らなきゃ。私が」

 

 きっと本当は、自分が彼女の近くにいる資格なんてないのかもしれない。

 けれど、彼女がそれを許してくれているなら、自分にできることは一つしかない。

 

 ――リビングの壁に飾られた生々しい傷跡。

 それに優しく触れながら、暁のホルスは呟く。

 

「絶対に」

 

 青と黄色の双眸が、月夜に輝いた。

 

 

 

 

 




・小鳥遊ホシノ

 ユメ先輩を喪わず、“おじさん”になることもなかった一人の少女。
 ゲマトリア:黒服が観測する限りで、キヴォトス最高の神秘を宿す生徒。
 アビドス高校三年:生徒会副会長を務めるしっかり者。

 ユメ先輩を愛している。
 どちらかというと家族愛に近い。それはそれとして風呂に一緒に入るのは恥ずかしいし悶々としてしまう。
 家族愛と色恋で7:3ぐらい。

 最終的にはユメの神秘頼りで何もできなかった(と思っている)自分に負い目を感じており、防砂提が出来た後、ユメが半身以上不随の状態に陥って以降ユメに対してとても過保護になった。
 その結果家に押しかけ、回復後もそのまま同居している。
 なんか不穏な終わり方をしたが、この後自分も眠気と欲望に負けてユメのブランケットに潜り込む。
「(同じシャンプーとか使ってるはずなのにユメ先輩めっちゃいい匂いする……!)」


・砂狼シロコ

 かつてユメとホシノに救われた少女。アビドス高校二年:生徒会会計。
 前衛が盾役のユメ・ダメージディーラーのホシノで足りていたこと、そして早期にミレニアムとのパイプを得たことでドローン工学にガチハマりした結果、正史とは全く異なる戦闘スタイルを獲得した。無数のドローンにより戦場を支配し、最終的にアビ・エシュフ(プロト)で混乱した戦場に君臨し敵を殲滅する。
 ミレニアムのエンジニア部と仲が良い。
 獲得した技術が銀行強盗に活かされないことを願うばかりである。
「ん、銀行を襲う……(スーパーハカー)」



●本編ざっくり時系列


ホシノ一年時にユメが行方不明に。一月後に発見。何故砂漠にいたのか、の記憶を失っている。

ユメ・ホシノがシロコ・ノノミとコンタクト。
この時点から防砂提の案が上がる。
ホシノはそれを夢物語だと思ったが、二度も彼女の夢を否定できず、ユメを信じることにした。

ホシノ進級(二年)、ユメ留年(三年)。出席日数足りず。
シロコ入学(一年)。

防砂提完成。
同時にノノミが転入(一年)。
ユメが半身以上不随になり、ホシノが我慢できずに押しかけ女房と化す。

紆余曲折あり三大校とのパイプ獲得。

期末テストで急に腕が動かなくなり時間切れ。
追試でも同様の事態となり単位が取れず、あわや退学になりかけたが校則の解釈をこねくりまわして再留年にとどめる。

ホシノ進級(三年)、ユメ留年(三年)。
シロコ・ノノミ進級(二年)、セリカ・アヤネ入学(一年)

現在。


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