黙らんし喋る   作:ヒヨコスキー

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プロローグ(5)

 

 

 

 

 

「――プレジデント!」

 

 ドンドンとドアを叩く音に、広々とした執務室の窓辺で全面ガラス張りの壁の向こうに広がる煌びやかな夜景を眺めていた(ロボット)――カイザーコーポレーションのトップ:プレジデントはゆっくりと振り返った。

 その表情には、露骨に辟易が滲んでいた。

 それから勢いよく扉を開け、一体のロボットが飛び込むように部屋の中に入って来る――そして入って来た男、カイザーPMC:ジェネラルは、執務室の机に束ねた資料と両手を叩きつけながら叫んだ。

 

「プレジデント!」

「……部屋に入っていい、と私は言っていないはずだが」

「プレジデント、早急にお話したく!」

「どうせ例の件だろう……何度も言った通り、その話はもう済んだことだ」

「しかしプレジデント、これは間違いなく――」

「――くどい!!」

 

 バン!! と今度はプレジデントが机を叩きながら立ち上がった。

 気圧されたジェネラルが数歩、後ろにたたらを踏むように引き下がる。

 

「間違いなく? なんだ、成功するとでも言いたいのか。

 ――成功するからなんだというのだ!」

「し、しかし……!!」

「――まぁいい。聞こう。どうせこの間も聞いた話だろうがな……アビドス(・・・・)の件だろう?」

 

 座り直したプレジデントは、心底呆れた調子でジェネラルにそう促す。

 ジェネラルは気を取り直しながらこのように言った。

 

「えぇ、その通りですプレジデント。

 ――現在、アビドス自治区の価値は格段に上昇傾向にあります。防砂提により砂嵐被害が抑えられ、鉄道による中心市街への高速運行が可能となり――極めつけに、ゴーストタウン化した市街を、他学園が個人からでも団体からでも使用可能な戦闘訓練場として開放したことで、その利用客が落とす金がアビドスの経済を活性化させています」

「訓練場の発案者はネフティスの跡取り娘だったか。全く見事なものだ――自分の自治区を他自治区の者に開放し、あまつさえそこでの戦闘訓練を許可するなど、普通に考えれば有り得ない話だからな」

「はい、しかしその政策こそがキヴォトスにとっては盲点の需要でした――」

 

 ――当たり前の話だが、キヴォトスで争いが起こる場合、その舞台はほとんどの場合市街地になる。

 つまりより実践的な戦闘訓練をする上では、市街地を舞台に設定する必要がある訳だが――自らの自治区にそれをわざわざ用意するとなれば、果たしてどれだけの時間と費用がかかるだろうか?

 

「まさか本当に市街地で訓練をするわけにもいかない。その点ゴーストタウン化した街を再利用する分には、かかる費用は全員分の移動費だけだ。これも施設の維持費に比べれば軽微。

 建物の破損個所、ならびに戦闘で飛び散った瓦礫やガラス片はドローンで回収する事で無人でのメンテナンスを実現……。ハッ、これをたかが生徒六人ぽっちの学園が運営しているというのだからお笑いだ」

「えぇ、故に我々も一枚噛めば……いいえ、再びアビドスを掌握し、このシステムを乗っ取ることが出来れば、多大な利益を――!!」

「――戯言を!!」

 

 それはカイザーにとっても確実に利のある話だった。

 しかし、プレジデントはそれをにべもなく突っぱねた。

 

「お前の魂胆は見えている。復讐(・・)だ。多大な利益は私を説き伏せるための手段に過ぎず、目的はアビドスの掌握だろう。

 ――いいか、手段と目的をはき違える馬鹿者に貸す耳はない。疾く立ち去り、業務に戻れ。命令だ」

「……しかし!!」

「ハァ……アビドスにはもう手を出さない。それが我々の最終結論だ――私がそう判断した。

 カイザーグループのトップであるこの私が、だ。誰にも異論は挟ません」

「何故ですか! 確かにあそこはもはや我々の土地ではない――しかし過去の侵犯についての裁決なぞ、縦割りで内ゲバだらけの連邦生徒会(バカ共)に金を握らせればいくらでもひっくり返すことが出来る! そもそもカイザーローンの借金もまだ奴らは返し終えていない! 金利を少し弄ればやつらなぞどうとでも――」

「だからくどいと言っているのだ!!」

 

 ビリビリと、プレジデントの一喝がジェネラルの全身を叩いた。

 そしてプレジデントはゆっくりと、あるいは絞り出すように言葉を紡ぐ。

 ……ジェネラルには、それはプレジデントの弱音のように聞こえた。

 

「……いいか。我々は――いや()は、もはやスタンスの問題ではなく、事実として梔子ユメがあれ(防砂提)を作り出した存在であることを認めている」

 

 フー、と長い息を吐きながらプレジデントはジェネラルに背を向け、再びキヴォトスの夜景を見下ろした。

 ――そのそこかしこで、カイザーグループのロゴマークが光り輝いている。

 

「――我々が交渉のテーブルで優位に立てるのは何故だ?」

「それは……」

「簡単だ――()で勝るからだ」

 

 プレジデントはゆっくりと頭を上げ、ジェネラルを改めて見据えながら続けた。

 杖を握るその手はわずかに震えていた。

 怒り? 違う――恐怖(・・)だ。

 

「カイザーグループはこのキヴォトス中に根を伸ばし、あらゆる産業で多くのシェアを獲得している。製造業(カイザーインダストリー)建設業(カイザーコンストラクション)金融業(カイザーローン)――あらゆるインフラに手をかけている。

 故に相手は逆らえない。逆らう理由がない。逆らう余地もない。しかし――しかし、だ」

 

 カン、と杖を突いて鳴らしながら、

 

アレ(梔子ユメ)は示した。我らがカイザーPMCの総力ではないが全力と言っていい軍勢と、偶然現れたあの(ビナー)を相手に――まるで赤子の手をひねるように、その力をな。

 ……ジェネラル。単騎で軍を圧倒する彼女が、我々がテーブルの外で圧力をかけ、自分が勝つように仕向けた時。素直に交渉のテーブルに立ってくれる保証がどこにある?

 下半身が動かない? 右腕が動かない? じゃああれは一体何だったんだ?

 確かに映像記録には残っていない。録画機材が全て外から何かにハッキングされたようにオシャカになっていたからな。だから証拠はない――しかし私はこの目で見たのだ。

 起動した古代兵器(ウトナピシュティム)を簡単に壊してみせたあの怪物に、私はもう関わりたくないのだ……」

 

 プレジデントの脳裏に何度も夢に見た映像が蘇る。

 何故か起動出来たウトナピシュティムを、キヴォトスを制することすらも出来たはずの古代兵器を――自分の野望を、少し助走をつけただけの拳の一発(・・・・)で簡単にスクラップにせしめた緑色の影。

 何度か会った事のある、あのオドオドした彼女とは全く異なる――

 

「……結局のところ我々は、我々のこれまでやり方をただやり返されただけなのだ。

 強者が甘い汁を啜り、弱者は苦い泥水を飲むしかない……そんなこの世界で、私は常に強者だった。しかし私はあの時気付かされたのだ。上には上がいるということを。

 キヴォトスを制する――だと? 随分私は自惚れていたものだ。

 我々はあの超人の手のひらの上だ。何故ならあの女は、いつだって世界のリセットボタンに指をかけているのだから――ふ、ふふ……」

 

 車いすの上で、やつれたプレジデントは乾いた笑いを零した。

 自分にはもはや目もくれない。ぶつぶつとうわごとを繰り返すだけの上司を見下ろしながら、ジェネラルは拳を硬く握りしめた。

 

「――梔子、ユメ……!!」

 

 

 

 

 

     ※

 

 

 

 

 

「――あれ?」

「どうしたんですか?」

「なんか珍しいなーって」

「……えっと、何がです?」

「真昼なのにほら、流れ星!」

 

 ユメとホシノが乗って来た列車に乗って帰るらしいヒナと少し世間話をし、別れた後。

 大通りを少し歩いたところで、不意に足を止めたユメが空の一点を指差した。

 つられて顔を上げたホシノもそれをすぐに視界に捉えることが出来た。

 ――青い何かが、視界を横切っていく。

 

「……で、なんでいきなりわたわたし始めたんですか? ユメ先輩」

「えーっとえっと、お願いお願い……ご飯沢山食べても太りませんようにご飯沢山食べても太りませんようにご飯沢山食べても太りませんように!! よし! これでもう太らない!」

「……」

「これで飲んでも大丈夫だよね!(コーラグビー)」

「……」

 

 ダメだこりゃ、とホシノは肩をすくめた。

 もはやお家芸であった。

 

「というかアレ、流れ星じゃなくて飛行ドローンとかじゃないですか?

 なんか距離近いですし、速度も大分遅いですよ」

「? でもあんな高いところを飛ぶドローンなんてシロコちゃん作ってたっけ?」

「だとしたら領空侵犯……でもレーダーが反応してたらアヤネちゃんから連絡があるはずです。

 だとするとミレニアム製のレーダーをすり抜けるレベルでステルス性能の高いものか――」

「――アビドスの登録機体?」

「はい。というかユメ先輩、今気づいたんですけど――あの青い機体カラー、何か見覚えありません?」

「え? ……あ、シロコちゃんのエビフライ!」

「アビ・エシュフですね。一文字も合ってません」

 

 そんなことを話しながら歩いているうちに、気付けば二人はアビドス高校:別館の校門まで辿り着いていた。セーフ、と腕時計を見て微笑みながら校門をくぐるユメにホシノが続く。

 と、そこでホシノの耳がある音を捉えた。飛行機のエンジン音のような――、

 

「ねぇホシノちゃん、なんかあれ、さっきよりおっきくなってない?」

 

 ちょいちょいとホシノのワイシャツを引っ張るユメが指さす先には、確かに先ほど見た時よりも大分シルエットの大きくなったアビ・エシュフ・プロトがあった。そしてそうこうしている間にも、そのシルエットが徐々に徐々に大きくなっていく――。

 

「ていうかこっち来てない?」

「来てますね」

「来てるよねぇ」

「……」

「……」

 

 間。

 

「ユメ先輩ちょっと失礼します!」

「え、うわぁ――!?」

 

 ほえー、と宙に輝く青い星がこちらへ近づいて来るのを他人事のようにぼんやり眺めているユメを掻っ攫うように横に立っていたホシノが抱え上げ、弾かれるようにその場を離脱する。

 直後――バゴン!! と。

 二人が数メートルほど距離を取ったところで、校庭の中心にそれは着弾(・・)した。

 

「うひゃ――!?」

「うへ――!?」

 

 衝撃波に煽られ、抱き合いながらごろごろと校庭の上を転がるユメ、ホシノの両名。

 上に乗っかったユメの胸に押しつぶされてもがもがとホシノが窒息しかける一方で、着弾と共にもうもうと舞い上がった砂煙はゆっくりと納まっていき――そこから姿を現したシロコは折り畳まれて立方体に戻ったアビ・エシュフ・プロトの前で、ぐったりした一人の大人を背負いながら片耳に付けた通信機に向かって叫ぶように言った。

 

「――ん、着いた! ノノミ、セリカ、アヤネ!」

『オッケー! 今ノノミ先輩とそっち向かってるよ、シロコ先輩!』

『トリニティの救護騎士団の方と通信繋がりました!

 ――はい、外傷はないそうですが、恐らく脱水症状で……はい、はい、わかりました。一応点滴の用意も……』

「ありがとう。じゃあここで待機を……あれ、ホシノ先輩だ。どうしたの」

「うへ、し、死ぬかと思った……二重の意味で……」

「……何か顔赤くない?」

「ななななな何でもないよ~シロコちゃん。

 というかどしたのその人、なんかすごい具合悪そうじゃない?」

「ん、この人は連邦捜査部の……ピペットだかシャーレだかの先公で、さっきまでゴーストタウンで脱水症状で倒れてた」

「えーっと、つまり……連邦捜査部シャーレの先生!?」

「そうとも言う」

「いやいやそうとしか言わないよシロコちゃん! というか脱水症状って――砂漠で遭難したってこと!? そんな話になってたの!? てっきり誘拐とか事件に巻き込まれたとかそっちの線だと……!」

「ごめん。でもモモトークで話してる暇もなかった」

「そこはいいけど、えーっとえーっと、何か飲み物! ユメ先輩何か持ってませー―」

「スポドリとコーラとサイダーと……(ぽいぽいぽい)」

「「……」」

「え、なんかすごい冷ややかな視線が……」

 

 無限にリュックサックから飲み物を取り出し続ける生徒会長に、呆れて半眼を向けるホシノとシロコなのだった。もはやダイエットする気ゼロである。

 

「……まぁ、多分スポドリがいいんじゃない? ユメ先輩これもらいますね。

 シロコちゃん、ちょっとかがんでもらえる?」

「ありがとう。――ほら、口開けれる? 飲める?」

「他に飲みたいものがあるなら言ってね~。うちの会長、なんかよく分かんないけどすごい大量に色々持ち歩いてるから……」

 

 シロコが少し中腰のような格好になると、丁度先生の頭がホシノの胸元辺りまで下がった。

 かぴかぴに乾いた先生の唇に、キャップを開けたペットボトルの口を押し付けながらホシノは訊ねる。

 意識はあるらしく、先生はうわごとのようにこう言った。

 

“……え、エナジードリンク……”

「うへ~この状況でエナドリ要求することあるんだ」

「ん、社畜?」

 

 ひとまずスポドリは拒否しなかったし意識もあるようなので、ゆっくりと飲んでもらう。

 その傍らでユメはすっかりいじけて、校庭の砂に指を立ててひらがなの“の”の字を描いていた。

 

「シロコ先輩! ――あ、ホシノ先輩! と……なんで会長の方はそんな落ち込んでるの?」

「おはようございまーす! ユメ先輩は多分いつも通り勝手にいじけてるだけだと思います☆ そんなことよりストレッチャー持ってきましたよ~!」

「アヤネにはもう保健室でスタンバってもらってる! ちゃっちゃと乗せて運び込むわよ!」

 

 ガラガラとストレッチャーを押してきた二人に先生を託したホシノ・シロコは、構って欲しそうにこちらをちらちらと見て来るユメの事は無視して、先生を乗せたストレッチャーを見送りながら小声で会話を始めた。

 

「(というかシロコちゃん、遭難なのに(・・・・・)助けちゃったんだね)」

「(まるで助けるのが間違いみたいな物言い。どういうこと?)」

「(うへ――トロッコ問題、あれってレバーを操作しなければ五人が死んだとしても自分の責任にはならないって私は思ってる。だって自分に非がないのに行動しなかったことで人が死んだことの責任を取らされるなら、人助けしなかった人が全員有罪になっちゃうからね~)」

「(……)」

「(――でも、レバーを操作したら意志を持って(・・・・・・)一人を殺したことになる。そう私は考えてる。つまり人助けって手を出した瞬間に責任が発生するものなんだよ。特に今のアビドスは内外に敵が多い……誘拐や事件に巻き込まれた線をみんなが最初に想像したのはそれが理由でしょ。

 ……もしも手を出したうえで(・・・・・・・・)死なせてしまったら――その辺、シロコちゃんは理解してた?)」

「(ん、そこまで考えてはなかったかも……でも。

 誰かを救える可能性があるなら手を伸ばしたい――私がそうやってホシノ先輩とユメに救われたから。メリットデメリットの話じゃない。

 それにどのみち遅かれ早かれユメは助けに行っていた。そして間に合わなかったらユメは傷つく。だから私が速戦即決した――それだけ。

 ……というか、ホシノ先輩が私だったとしても同じ選択をするでしょ。分かったうえで(・・・・・・・)

 あと今の話は責任の所在についての話で、行動の良し悪し(・・・・)の話じゃない。……ホシノ先輩、卑怯)」

「(うへ、それについてはノーコメントで。ま、結果的にそれが最良だったわけだしね。良しとしようか~)」

「……というか汗かいて喉乾いた」

「私もさっき砂埃食べちゃったせいで口の中がパサパサだよ~。

 ……うへ、あそこでいじけてる先輩に何か貰おっか!」

 

 唇を尖らせてまだいじけている我らが自慢の生徒会長。

 その姿を見てホシノとシロコは微笑み、励ますついでに飲み物を貰おうと体育座りをしている彼女のそばへ駆け出した。

 

 

 

 

 

     ※

 

 

 

 

 

「――こちらA班、目標を発見」

「あれがミレニアムの最新兵器か、噂はやっぱりホントだったんだ……!」

「というかとんでもなくデカくない? あれどうやって持って帰れば――」

「そんなのあとあと! だってあれをブラックマーケットに流せば、ついにうちらも大金持ちに……!」

 

 少し離れたビルの屋上。

 物陰にこそこそ隠れ、双眼鏡や銃のスコープで校庭の様子を確認しながらそんなことを話しているヘルメット姿の集団がいた。

 そしてその中に、ヘルメットをかぶっていない四人組(フォーマンセル)が一つ。

 

「あ、アル様。準備完了しました」

「ありがとうハルカ。――それじゃあみんな、手はず通りに!」

「くふふ、りょうか~い。……あれ、カヨコちゃんどしたの? なんか浮かない顔じゃない?」

「ムツキ。いや、社長は勢いで受けちゃってたけど、この依頼って……。

 ――ま、今更か。士気を削ぐ方が今は悪手……とりあえず、やれるだけやってみよう」

 

 ヘルメットの陰で、静かに68(便利屋)のエンブレムが動き出す。

 

 

 

 

 





 〇tips
 ユメは日を追うごとに少しずつ一日に必要なカロリーの量が増えている。
 これは防砂提と関係がある。
 それはそれとして食べすぎるのでちょっとずつ丸くなる。
 ぷにょふわ会長脱却なるか(出来ない)
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