黙らんし喋る   作:ヒヨコスキー

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溜め回


プロローグ(6)

 

 

 

 

 

“いやー、助かったよ。本当に死ぬところだった……ありがとう”

 

 アビドス生徒会が連邦捜査部シャーレの“先生”を保健室へ運び込んでから少し時間が経過した。

 

 運び込まれてすぐ気を失った先生をベッドに寝かせたまま一人で放置するわけにもいかず、アビドス生徒会の面々は一旦普段の学校生活に戻りつつも、数十分のスパンで看病を持ち回りする形で入れ代わり立ち代わり保健室を訪れていた。

 ……とはいえ気が気ではなく、交代関係なしに保健室に来る者も多かったが。

 

 昼休み。今日は出前を頼もう、それじゃあ何を頼もうか、柴関でいいんじゃない? ――などと教室でわちゃわちゃしながら話していた折、ちょうど保健室で看病をしていたホシノからモモトークで全員に『先生が目を覚ました』というメッセージが届いた。

 そして現在、生徒会役員全員――つまり全校生徒六名が、先生のベッドを囲うように保健室に集合していた。

 

「ホントにてんやわんやだったんだからね、こっちは。事件に巻き込まれたんじゃないかって……まぁ、蓋を開けてみれば? アビドス駅と新アビドス駅を間違えて、砂漠に突っ込んで行ってたわけですけど?」

 

 保健室のベッドで頭を下げた先生に向かって、少し離れたところに座っているセリカが毒づく。

 

“うっ、ごめんなさい……”

「まぁまぁセリカちゃん、無事だったんだからよかったじゃないですか♣」

 

 ベッド脇のデスクでノートPCのキーボードを軽快に叩きながら、ノノミはベッドの上で縮こまる先生をフォローした。

 ノノミが差し出した冷えた麦茶をちびちび飲みながら、先生はバツが悪そうな顔をしている。

 

「それに一概に先生だけを責めることも出来ないですから。

 名前が似てますから、最寄り駅から徒歩十分とだけ覚えていれば間違えてしまう可能性も大いにありますよ☆」

「ん、それに実際問題――」

 

 保健室の床の上であぐらをかき、口に咥えていたドライバーを手に取って、ドローンのネジを閉めながらシロコは続けた。

 

「施設の構造上、乗り換え口が分かりづらいのはある。そしてそれはそういう風に作ったこっちの責任。

 ……駅のハイランダー生徒は一日最低五回は乗り換え口について聞かれるらしいし」

「え、そんなにですか? シロコちゃん」

「ん。この間ハイランダー生から直で聞いたから事実。……改装工事。うっ、費用が……!」

「なんか利用客の増加傾向も一因っぽいしそもそも本数を増やさないといけない、ってコト……!?

 ……電車の整備に回すお金って申請したら下ろしてくれますかシロコ先輩……」

「か、会計と設備担当に流れ弾が……☆」

 

 アビドス高校会計担当:砂狼シロコが口をミッフィーみたいに“×”にしながらその場でうずくまり、その近くでアビドス高校設備担当(自治区全域):黒見セリカが頭を抱える。

 苦しむ役員を横目に空気の読めない会長が挙手をしながら声を張り上げた。

 

「はいはい! 電車の数増やすのは会長としても大賛成!」

「いやユメ先輩は朝出る時間遅くしたいだけですよね」

「うぐーッ!」

 

 ドシャア! と副会長(相棒)が背中から刺した言葉のナイフにより倒れるユメ。

 頭を抱える役員二名、そして床に倒れ伏した生徒会長を見て茫然としている先生に向かって、ホシノは肩を落としながらぽつりと呟いた。

 

「……えーっ、と。こんなですけどこれがウチの生徒会です」

“………………、楽しそうな学校だね!”

「うへ~フォローが痛い!」

 

 

     ※

 

 

『――診察終わりました。

 保健室に運び込まれた時には軽度の熱中症と脱水症状の兆候が見られた――と引継ぎの際にミネさんから聞いていましたが、既にほとんど回復済みのように見えますね。

 各種バイタルも正常値まで回復しています。手早く応急処置出来たのが良かったのでしょう』

 

 先生の体にいくつかの吸盤付き電極がぺたぺたと貼り付けられている。

 電極から伸びるコードの先にある計器の数値を少しの間モニタリングした後、ゲヘナの救急医学部:氷室セナは手元の診察用チェックリストに“問題なし”と書き込みながら、いつもの無表情を崩さずそう言った。

 ホロ・ディスプレイに投影された、遠いゲヘナ自治区にいる彼女に向かってユメは頭を下げる。

 

「ありがとうセナちゃん! 後でミネちゃんにもお礼を言わないとだね」

『私の方から伝えておきましょうか?』

「これから会う予定でもあるの?」

『はい。今からちょうどトリニティ・ゲヘナ間で起こった諍いの現場に向かうところです。ミネさんもそこにいらっしゃるでしょう。というか……』

「?」

『……その区域の方での目撃情報がSNSに上がっていました』

「あっ……」

 

 ユメは数時間前、同じようにリモート診察をしてもらっていた時にあわてて救護騎士団総出で出ていったミネのことを思い出しながら冷や汗を流す。

 

「えっと、それでセナちゃんがその現場に行くって事は……」

『はい、あの人が死た……患者を増やしているに決まっていますね』

「そうだよね……」

 

 ――トリニティ総合学園:救護騎士団団長の蒼森ミネは、“とりあえず一旦場をいさめないと!”と敵味方問わず腕っぷしで争いを鎮圧する悪癖があり、それゆえ通常の戦場よりも余計に患者が増えることで有名だった。

 一部では「ミネが壊して騎士団が治す」と言われているくらいであった。壊すな。

 

『――では、これで失礼します。新しい死体が私を待っているので』

「うん! ほんとにありがとー!

 ……あと患者さんのこと死体っていうの怖いからやめて欲しいかな……」

 

 そしてセナはセナで患者の事を“死体”と表現する悪癖があった。

 救急車に患者を運び込むことを“納品”という彼女が、いずれ車の行先を病院ではなく火葬場に間違えるのではないだろうかともっぱらの評判だ。

 

 なんで私が知ってる組織のトップってこんなアクが強いのばっかりなんだろ……とホロスクリーンが消えた後にぼそっと言って俯くユメの背中を見ながら、先ほどデリバリーされて来た柴関ラーメンをちゅるちゅると啜るアヤネに向かってセリカは「会長がそれ言う?」と呟いた。

 

「……しかし不思議な感じよね。トリニティとゲヘナって言えば犬猿の仲なんじゃなかったっけ」

「救護騎士団と救急医学部は仲の良し悪しはともかく連携はバッチリらしいよ。

 そうでなくてもトリニティとゲヘナの仲が悪いからこそ頻繁にあちこちで諍いが起こる、結果救護騎士団と救急医学部は同じ現場でしょっちゅう鉢合わせる……ってことが多いらしくて」

「あーなるほどね。同族嫌悪ならぬ……」

「うん。協力する方が作業早いんだって」

「噂ってあんまり当てにならないわねー。ウチの会長とか超人とか言われてるけどこれだし」

「あはは、そだね……」

 

 二人の視界に映る我らが“超人”は、今日も感情表現豊かでぽやぽやしていた。

 きょろきょろと自分の分のラーメンを探している。口の端が涎で若干濡れている。汚い。

 

「あれ、私の分のラーメンがない!? ま、まさか……ホシノちゃん!?」

「えっなんで私を疑うんですか!?

 というか注文したのユメ先輩ですよね。先生の分も含めて……あ、もしかしていつも通り6杯分頼んじゃった、とかじゃないですか?」

「ん、先生の分頼んでないのはユメなら全然ありえる……」

「後輩からの信頼が地べた……!?」

「実績通りですよ」

 

“えっと、大分お腹減ってたからもうけっこう食べちゃったんだけど……もしかしてダメだった?”

 

 診察が終わってユメとセナが雑談している間に半分くらいは食べ進めてしまったラーメンの器を軽く持ち上げながら、先生が申し訳なさそうな顔をする。

 

「今から注文し直したら確実に昼休みが過ぎちゃう……というかそれまで私のお腹が耐えられない……!」

“えっと……、良ければ食べる? 回復したばっかりであんまり食べられなくて”

「い、いいの……!?」

“うん、もうお腹いっぱいだから”

 

 数秒前の発言を鑑みれば先生のその言葉は明らかに嘘だったが、ユメはそれにすら気付かずぱぁっと顔を明るくしながらよろよろと先生の方へ近づいていく。

 ホシノはそれを部屋の端の方でまだ手をつけていないラーメンを前にぼーっと眺めていた――ユメが食べ始めたらホシノも食べ始めようと待っていた――わけだが、先生から器と()を一緒に受け取ったあたりで血相が変わった。

 

 いただきまーす! と行儀よく座って手を合わせるユメの近くまで自分のどんぶりを持ってずかずかと歩いていき、

 

「あ、ユメ先輩は私のを食べて下さいまだ口付けてないんでこっちの方が量が多いですよ。

 先生のは私がもらいますね。私も今日あんまりお腹空いてないんで量少ない方が助かります」

「へ?」

 

 早業だった。

 一秒もかかっていない。

 ユメの前にあるどんぶりと割り箸を自分が持って来たものと入れ替え、有無を言わさずにそそくさと自分が先ほどまでいた場所へ戻っていく。

 この場にヒナがいたならば「これが暁のホルス、小鳥遊ホシノ……!」とさぞ驚愕していた事だろう。あまり関係は無い。

 

「て、手品みたい……ありがとうホシノちゃん! よーし、午後から頑張るぞー!」

“……すごく先輩想いな子だね、ホシノは”

「あっ同級生です!」

“どういうこと???”

 

 ユメと先生のやりとりをよそに額の汗をひそかに拭ったホシノに、にやにやと笑いながら視線を向ける事情を知る二年生が二人。

 

「ん、ホシノ先輩むっつり過ぎ」

「ですね☆ 可愛いです☆」

「……うっさい」

 

 二人の視線から逃げるようにそっぽを向いたホシノだが、その長髪の隙間からわずかに見える耳は明らかに真っ赤に染まっていて、シロコとノノミは小さく笑った。

 

 

 

 

 

「そういえばあれ、誰だったんだろ」

「? “誰”って……誰のこと?」

「いや、あんな子いたっけと思って。ほらさっき出前持ってきてくれた子」

「あぁ、柴関の……新しくバイトに入ったとか?」

「私とバイトの時間被らないだけかな? 深夜帯とか。あとで大将に聞いてみよっと」

 

 

     ※

 

 

「で、なんで私達は敵陣のど真ん中で一杯のラーメンを四人で啜ってるのかしら……」

 

 アビドス高校:屋上へ繋がる踊り場で、四人の少女たちが一杯のどんぶりを中心にひっそりと身を寄せ合っていた。

 暗い赤色のコートを羽織るように着用した少女が、ちゅるんと啜り上げたラーメンを飲み込みながらぽつりと呟く。

 スープが襟元に跳ねて染みになっていることに彼女は気付いていない。

 

「アルちゃんがおなかすいたーって言って、それで偶々通りがかったラーメン屋の人をハルカちゃんがボン! ってしちゃったからじゃない?」

「すみませんすみませんすみません……!」

 

 顔を真っ青にしながら早口で謝罪を繰り返す“ハルカちゃん”の後ろで、(柴犬)が一人気絶してノビている。

 その辺の部屋から持って来たクッションの上に寝かされている彼を見ながら“アルちゃん”は言った。

 

「というか連れて来ちゃったけどいいのかしら、この人……」

「す、すみません。でもあのままにしておくのは……」

「人が倒れてるってなったらアビドスが警戒心を間違いなく強めるだろうしね。

 でも結果オーライというか、変装のおかげでスムーズに潜り込めたのは良かった」

「くふふ、校舎の作りがストリートビューと全然違うからびっくりしちゃった! スームズに潜り込めたのはカヨコちゃんが斥候に出てくれたおかげだよね~」

「抱き着かないでムツキ、ただでさえ暑いんだから……しかしあのセリカって子、この人の店でバイトしてる子っぽい言動だったからバレなくてよかったよ」

 

 首に腕を巻き付けて来る“ムツキ”を窘めながら、“カヨコちゃん”は着ていたエプロンを丁寧に畳んでいく。

 

「――よーし、このまま目的のブツを押収してトンズラするわよ!」

「言い方……まぁでも、私達も動く頃合いだね。そろそろ時間だし」

 

 白と黒のツートンカラーの少女――“カヨコちゃん”がスマートフォンの画面に目を落とす。

 そして画面上で規則正しく動くデジタル時計の針が十三時を指した瞬間に、爆音が耳を劈いた。

 階下の方からどよめく誰かの声が聞こえて来る。

 

 立ち上がる。

 窓の外でちらつく火の粉を見ながら、四人は愛銃に手をかけた。

 

「――始めましょう」

 

 

 

 

 

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