黙らんし喋る   作:ヒヨコスキー

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プロローグ(8)

 

 

「――この間頑丈なのに変えといてよかったねぇ」

 

 ぺたぺたとホシノは窓ガラスを触りながら二階の廊下を歩いていた。

 

 直近で入ったリフォームにより、現在のアビドス高校校舎――アビドス高校別館は、外観はほぼそのままにその中身を大きく一新している。

 単にボロが来ていたのを直したにとどまらず、自治区の拠点にふさわしい、様々な機能を備えた一大拠点として生まれ変わったのだ。

 

 その中でもホシノが気に入っているものの一つが頑丈になった外壁だった。この窓ガラスが良い例である。なにせ、戦車砲が近くに着弾しても衝撃でヒビ一つ入らない。

 もしもリフォーム前に砲撃を受けていれば……と考えるとぞっとしない。

 キヴォトスに住む人間ならばともかく、先生のようなヘイローを持たない外の人間、ガラスの破片の雨を受けて無事でいられるとは思えなかったからだ。

 いかにホシノとて不意の一撃すべてから守り切ることはできなかっただろう。

 

「あるいはそれが狙いだったのかも? でもそれにしては情報漏れが早――」

 

 ――ホシノの真横の窓ガラスに、甲高い音を立てて十数発の銃弾が着弾する。

 

「“まっすぐ飛べ(・・・・・・)”」

 

 わずかに見えた弾丸のサイズや想定される弾速、そして弾丸の飛来した角度から瞬時に射撃者の位置を割り出したホシノは、瞬時に錠を解除してから開いた窓の隙間に胸元のホルスターから抜いた拳銃を突っ込むと素早くトリガーを二度引いた。

 カウンタースナイプ。すぐに悲鳴が二度上がる。銃弾を脳天に受けた射撃者二名が転がり落ちるように茂みから姿を現し、その場にばたりと倒れこんだのを確認しながらホシノは拳銃をホルスターに格納して窓を閉めた。

 

「防弾機能も凄まじい……さすがミレニアム。ちょーっと跡が残る程度なんて」

 

 ガラスの着弾点に出来たプラスチックを曲げた時に出来る白化跡のような痕跡をなぞりながら、ホシノは思わずそんな言葉を零す。ミレニアムにおいても最新鋭の素材を使って作られているそれは、ユメと懇意にしているリオが許可を出したことでアビドスへ特別に卸されたものだ。ホシノとしては思うところがないわけではないが、こうしてその性能を実感すると何も言えなくなる。

 

「……というか反射でのしちゃったけど伏兵いるのか。捕縛もしないとだし、アヤネちゃんに伝えとこ」

 

 警戒は解かず、ホシノは最小限の単語だけを組み合わせてアヤネへとメッセージを飛ばす。

 

「……さて、予想は当たってるかな?」

 

 スマホを後ろ手にポケットへ仕舞いながらそう言ったホシノの目は、いつもより鋭く輝いている。

 見据えるは、誰もいないはずの廊下。

 

 

 

 

 

「(やばいね、暁のホルス。予想以上に動き出しが早い)」

「(あの子、ヴァルキューレの民間依頼達成数トップなんだよね? やば~)」

「(ひぇぇぇすみませんすみません足音聞こえてたらすみません……!)

「(もう、依頼は達成したしさっさと逃げたいのに――なんでよりにもよって私たちの撤退ルートを潰すみたいに立っているわけ……!?)」

 

 

     ※

 

 

「お、遅いよぉみんなぁ……」

 

 へろへろな声を出しながら振り返ったユメは、ようやく自分のところへやってきたホシノを除いたアビドス生四名、および先生の姿にようやく安心した様子で肩を落とした。

 

「ごめんなさい、ノノミ先輩を締め上げ……ではなく、落ち着かせるのに手間取りまして……」

「えぇ後ろで一体何があったのぉ……?」

 

 ユメは若干おびえながらアヤネとノノミを交互にみやった。

 言われてみるとアヤネは衣装があちこち乱れているようだった。そして“落ち着かせられた”ノノミはというと、いつもと変わらずニコニコと笑みを浮かべているが、その両脇にはアヤネ同様に疲れた様子のセリカとシロコが立っている。

 ……その様子が、なんだかいつ暴走しても止められるように二人に両脇を固められているようにユメには見えた。

 あとどうしてノノミは耳かき棒を持っているのだろうか。

 

「先生は耳かきを耳に刺したまま幸せそうな顔をしているし……耳かきを!?」

「すみません、止められませんでした……!」

「とりあえず抜こうよ!?」

 

 ズシャア! と膝から崩れ落ちたアヤネはさておき、刺さったままのは見たことないよ~、と泣きながらユメはえいやと耳かき棒を抜く。

 

“――っは!? わ、私は一体……!?"

「せ、先生? 大丈夫~?」

“な、なんだろう、なんというか……年下の姉か母親に膝枕されて耳かきをされていたような……”

「ひぃん、まだ正気じゃないよぉ……!? アヤネちゃんほんとにこれ一体何があったのぉ!?」

「…………黙秘権を行使します」

 

 アヤメは思い出したくもないという感情が露骨に滲む声でそう言った。

 変わらず、ノノミはニコニコ笑っている。

 

 

 

 

 

「……それで、なんだかさっきから随分静かになりましたが、現状は?

 何故砲撃が止んだ(・・・・・・)のでしょう?」

 

 保健室内での諍いを収めながら、アヤネも異変には気づいていた。あるタイミングから戦車砲での砲撃が止んだのだ。

 ユメはいつでも盾で防御姿勢だけは取れるようにした構えを続けたまま、

 

「えぇっと、理由は分かんない……けど、こっちを油断させる気なのかなと思って盾からちょっとだけ顔を出したり、足を伸ばしてみても特にリアクションはなかったよ」

「この距離で相手にそれ見えますかね……いつぞやの“ボコボコヘルメット団”は校舎の破壊を目的として乗り込んできましたが、そういう感じではなさそうですね」

 

 実際のところ、校舎の破壊や制圧・乗っ取りを目的としているならば側面へ展開するなりこちらへ襲いかかってくるなりいろいろと手段はあるわけで。

 しかしここまでの砲撃はアビドス生らがいるところにのみ照準を絞って放たれており、戦車もその周りの彼女達も、今のところ校門のあたりから動く様子はない。

 ……要するに、相手の目的が読めない。

 

 ちなみに“ボコボコヘルメット団”は、『リフォームできる資金があるのが気に食わない!』と言ってリフォーム中のアビドス校舎に銃弾や爆弾を撃ち込んできたはた迷惑な集団である。最終的にはその場に居合わせたセリカが操縦するミレニアムの工事機械でボコボコにされて鎮圧された。因果応報である。

 

 ユメとアヤネが頭を捻っていると、セリカが挙手しながらこう言った。

 

「はい、先生を狙ったものである可能性は?」

“えっ私?”

「いや当たり前でしょ。というか可能性として濃厚じゃない――先生が来る日ピンポイントで襲撃に来るなんて。疑わない理由がないわよ」

“うーん、それにしては……”

「何? なんか弁明があったら聞くわよ」

 

 若干外弁慶というか、テリトリーに入ってくる初対面の人間に対して当たりが強いセリカは問い詰めるように先生を見上げる。

 が、そこで助け舟を出したのは意外な人物だった。

 

「――その可能性は低いと思いますよ☆ セリカちゃん」

「うわびっくりした!?」

 

 笑みを浮かべたまま沈黙していたノノミは、一転してすらすらと言葉を並べていく。

 

「先生からの連絡があったのは昨日の今日です。それに合わせて市街でも目立たない、私達が使っているものと同じ型式の戦車を用意して襲撃を決行する――というのは、いささか用意周到すぎませんかね?」

「私もノノミ先輩と同意見です。手口がスムーズ過ぎるので、より事前から計画されていたと見た方が自然です。ですから先生がこの襲撃のねらいであるという可能性は一旦排除してもよいと考えます」

「ぐ、納得しかない……悪かったわね先生。疑って」

“いいよ。……実際、私の存在が大きな火種であることは理解しているつもりだから”

 

「……というか意外だった。ノノミが先生に助け舟を出すなんて」

「どういうことですか?」

「ん、記憶喪失……?」

もう(・・)先生へのわだかまりは消えてますよ☆ ――先生、ユメホシは~?」

“正義です! ……えっ私今なんて言ったの?”

「よろしい♣ 耳かき棒の効果はしっかり根付いたようですね☆」

“何!? 怖い怖い怖い!!”

 

 ――そのように先生がノノミにおびえている一方。

 

「しかし――ここまでくると、もうあの方たちに直接話を聞くのが早そうですね」

「そうだねぇ、陽動かどうかもそれでわかるし……」

「……陽動? それどういうことです?」

「ん? ホシノちゃんがそう言ってたんだけど」

 

 ――間、

 

「それを早く言ってくださいよ!」

「ひぃん、ごめん!」

 

 ギャーッ、と自分の一喝で縮こまったユメを見下ろしながら、アヤネは自分の中で考えが纏まったのを感じていた。

 

「でも確かに陽動……なるほどですね。こちらの気を引くことが目的なら、ここまでの彼女たちの行動は矛盾しません」

「それでホシノ先輩はおひとりで、裏で動いている本命(・・)を片付けに向かったわけですね♠」

「ご、ごめんねぇ……ホシノちゃんなら絶対大丈夫だから」

「ん。それはそう。――だとすると、私たちの仕事は一つ」

「よーし、きっちりあいつらの陽動に乗ったうえでやっつけてやるわ!」

 

 バシン! とセリカは自身の拳を掌に打ち付ける。

「痛い……」

「あぁそんな全力でやるから……」

 

 手のひらをフーフーするセリカを慰めるアヤネの横で、先生は何かに気づいたようにはたと顔を上げた。

 

“ちょっといい? 話の腰を折るようで悪いんだけど”

「どうしたんですか? 先生」

 

 首を傾げたユメに向かって、先生はヘルメットの集団の方を指さしながら続けた。

 

“――あの子たち、さっきから何か叫んでない?”

 

 

     ※

 

 

 先生が指さした方では、ヘルメットの集団が腕を振り上げたりするなどわちゃわちゃしているのが見えた。それは先ほどまでは見られなかった行動だ。耳をすませば微かに声も聞こえてくる。

 ただし。

 

『――――――!』

『――――!』

『――――――――!』

 

「……微妙に距離があるのとヘルメット被ってるのもあって、何言ってるかまでは全然わかんないわね」

「なんというか……」

「陽動にしてもいろいろ杜撰すぎますね☆」

「本当に何しに来たんでしょうあの人たち……」

「……とりあえず、じゃあ一旦光学迷彩ドローン(マイク付き)飛ばしてみる?」

「お願いします……」

 

 シロコはヘルメットの集団には気づかれないよう、後ろ手にスマホアプリ経由でドローンを起動した。

 保健室内でメンテを終えたばかりのドローンは音もなく起動し、空いたままの窓から発進する。

 このドローンに搭載された光学迷彩は、遠めに見ると本当にそこにあるかどうかが操縦者でも分からなくなるほどに高質だ。実際シロコもある程度位置が分かった状態でなければ見失う。

 

 そしてそんなものを初見の人間が警戒できるわけもなく、ヘルメットの集団は楽に声を拾える距離までドローンの接近を許していた。

 ドローンをホバリング状態に移行させたシロコは遠隔接続されたイヤホンを片耳に嵌め、マイクをオンにする。

 そうやってようやく拾えた音声は以下のようなものであった。

 

『ばーかばーか!』

『おたんこなすー!』

『……ねぇ、これ聞こえてない可能性ない?』

『おまえの母ちゃんでべそー!』

 

「……えい」

 

 マイクの遠隔接続を切ったシロコは後ろ手に操作していたスマホを胸の前あたりで持ち直すと、一度画面をスワイプする。

 そして表示された赤いボタンを迷いなく押した。

 

“シロコ、そのボタン何?”

「ん、これを押すと……………………爆発する」

“めっちゃ端折ったね。――えっ爆発!?”

 

 先生が驚くよりも先だった。

 光学迷彩ドローン(マイク付きかつミサイル発射機構搭載)から十数発のミサイルが放たれ、それはヘルメットの集団に向かってそれぞれ蛇のような煙の軌跡を残しながら飛んでいき、あっけにとられる彼女達にあっさりと着弾して小規模な爆発を引き起こした。

 

『『『ぎゃああー!!』』』

 

「ん、聞くに堪えない……」

“堪えないというか話を聞きたかったんだけど!?”

「たーまやー☆」

 

 戦車の燃料に引火したのか、どっかんどっかん、と連続する爆発に対してノノミがそんな掛け声を上げる。

 それを見たセリカ(一年・ツッコミ担当①)はというと――、

 

「――さっすがシロコ先輩! よくやってくれたわ!」

「うう、セリカちゃんが今日は私と一緒に突っ込んでくれない……! 花壇壊されてるから……!」

 

 ギギギ、と歯噛みするアヤネ(一年・ツッコミ担当②)である。

 実際アヤネはセリカが丹精込めてあの花壇をお世話していた事を知っている。毎日朝の校舎設備点検の終わりに水やりをし、花が咲くと我が事のようにアヤネに「聞いてよアヤネ! 今日チューリップが咲いてたの!」と満面の笑みで報告して来るセリカの笑顔を思い出し、アヤネは、アヤネは――、

 

「あれ、なんか私も許せなくなってきたな……」

「うわーっアヤネちゃんまでダークサイドに落ちかけてる!」

 

 カオスが場を支配していた。

 

 

 

 

 

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