今生の別れにおいて人とのつながりを再認識するお話です。

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ハロー・グッドバイ

大きなスーパーの駐車場で、イチョウの木々が間隔をそろえてそこにいる。まだちらっと見える緑の葉が他の熟れた葉とコントラストを映してきれいだ。私はそれを横目に隣にある病院へ向かう。市で一番大きな病院であった。このようなところに来るのは、中高同じだったコウ君から連絡があったからだ。是非とも渡したいものがあるらしい。ここにいるから、と記されていたこの場所と用件からして、先は長くないのだろう。

高校では同じ美術部に入っていた。彼のことが気になったこともあった。一回だけ、二人で映画を観て、全然面白くなかったとかで盛り上がっていた。卒業してからは疎遠になった。全体的に、特別な存在といったこともないはずなのに、なぜ私は呼ばれたのだろうか。歩く私の横を原付がゆっくりと抜き去っていく。きっと彼がいなくなっても世界は回るのだろう、ということが、少しだけ寂しく感じられた。

「あの、すみません」

受付が一瞬私を見て顔が強張っていた。

「中川浩一さんという方に会いに来たのですが」少し困惑した顔で「失礼ですが、あまり体調がよろしくないようですが」ああ、鼻をすすりながら話しかけてしまった。鼻づまりで確かに調子は悪そうに見えるが、特に悪いわけではない。

「すみません、渡したいものがあると言われてきたので、帰るに帰れないんです」そうはいっても、という表情だ。しばらく迷って、申し訳なさが少し、面倒くささがほとんどを占めた顔をしながら、どうやら上の人を呼びに行ったようだった。おそらく気まずい思いをしたが、ここに客として来るのはもうないだろうから、まあいい。しばらくして師長らしき人が出てきた。

「患者様の健康が第一なんですよ、うちとしては」しばらく問答が続いて、マスクをつけることを条件に入室が許された。何か警戒されていた気がした。やっぱり私は態度か見た目か、少し怖いだろうか、服とか、少なくともTPOくらいは弁えるべきなのだろう。

四階の端の病室、窓側のベッドに彼はいた。あまり変わっていない。容姿がほとんど高校の時と変わらない。こちらに気づいたときに少しニヤニヤしてこっちを見て、その顔さえ懐かしい。彼はよく、くねくねしていたものだ。開口一番、なんか怖い、と言われた。元気かどうか聞いた。

「余命はもう一年あるかどうからしい」と彼は言った。

「それで、渡したいものって何?」彼は何も言わずに外を見ているだけだった。また沈黙が続いて、ねえ、と言いかけたとき、彼は私を見た。真面目にはっきりと、私の目を見た。「君はやりたいこと、見つかった?」

「やりたいことか、私は・・。私はもう、幸せだから。もう見つからないかもって思ってる」

そのあと、一時間近く、思い出話や疎遠になっていたころの出来事を話した。心電図の音が規則的になり続けていた。窓から見える雲は目に見えて早く過ぎていって、まるで私たちの時間が目に見えているかのようだった。

「じゃあそろそろ渡そうかな」彼はテレビの棚を指さす。そこの上の引き出しに入ってるから、と言われて、出てきたのは五枚のCDだった。

 

「別れの言葉はないの?」

「あるわけないでしょ。まだ生きてるじゃない」

「でも、もうすぐだよ」

「いいや」

私は、帰ろうとドアの前までいた自分をそこまで戻した。

「私、忘れないから、君のこと。だから、君は私が死ぬまで死なない」

彼はまた微笑んで、そうだったね、と言って手を振った。

彼とはもう会うことはないだろう。本当に、振り返りたくなったけれど。彼は私に手を振ってくれたから、私は止まらない鼻水をすすってごまかして、スマホで今日の予定を見ていた。ふと、堤防まで行こうかと思った。あそこでなら少し落ち着けるかもしれない。

「どちらまで?」「堤防までお願いします」タクシーはゆっくり動き出す。子供の頃から見慣れた景色が目の上を通り過ぎていく。最初の赤信号で聞いてみた。

「あの、CDかけてもらうことってできますか」

 

すごい勢いの風だ。秋になると、ここは風が強かった、ということを思い出した。昔は風なんて気にしてなかった。ちらほらと運動をしている中高年の人々の中に、私と同じくらいの背丈の男の子が堤防に腰かけているのが見えた。同じように堤防の上に腰かけて、一服しようと思って、やめた。私はそれを胸ポケットにしまって、堤防を下って道路のはす向かいの方にある旧友の家まで歩いた。

「聞いた? コウ君のこと」

「うん、見舞いにも行ったよ。あ、ちょっと待ってて」

彼はリビングに何か取りに行ったようだった。

「俺、こんなの渡されてさ」彼が持ってきたのは一冊の本だった。

「あいつ、文章も書けたの、知らなかったよ。器用なやつとは思ってたけど」ごめん、一服していいか、と、答えも待たずに煙草をふかし始めた。

「読んでみたけどさ、ホント、あいつのそのままが出てた感じがする」私は、ふふ、と笑った。私が鞄からそれを取り出すと、膝を叩いて、彼は驚きながらもひどく喜んでいるようだった。たぶん、彼もコウ君が卒業式の後の部内の打ち上げで言っていたことを思い出しているのだろう。

「みんな、多分いつかはここを離れると思う。そうなっても、みんなが僕のことを覚えててくれるように頑張りたい」そう彼は言っていた。

彼も同じく、複数冊持っていたようで、持っていたものを交換して別れた。

私はもう一度タクシーを呼んだ。そして同じようにCDをかけてもらった。彼の鋭敏な感覚が形になったようだった。「これ、誰の曲ですか?」「友人の曲です」へぇ、と運転手はつぶやいた。車は川をまたいでいる橋を越えていく。この橋はよく渋滞が起きていたのを思い出した。窓の外を見ると、橋が風でゆらりと揺れているのが分かった。空は高かった。高くて、病院で見た時よりもゆっくり雲が流れていた。

「いい曲ですね」「私もそう思います」鉄の箱たちはゆっくりと道を走っていった。

 


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