ダンジョン配信者「これは拙者が転生する前の話でござる……」「おーまずいね」   作:もちごはぼたん

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嘘と握手、変なシャツ

 魔王は勇者一行によって倒され、ダンジョンだけが残った。

 

 魔王はあらゆる魔法を駆使でき、土属性魔法を特に好んで使っていた。

 魔王が魔法で作ったダンジョンは、術者が死せば消えるという魔法の世界のセオリーを無視し、魔王が没した後も残り続けた。

 まさしく世界が違う。異世界のダンジョン。

 

 

 

 

 ノックが響いた。

 

 「どうぞ、入ってくれ」

 

 冒険者ギルドと呼ばれる、魔物を倒し、世界を冒険し、人間の生活域の開拓もしくは守護奪還を目的とする、冒険者をサポートする組織。

 

 その冒険者ギルドの水の国支部の建物内。

 看板に『支部長室』と書かれたの部屋が空き、1人の騎士が入ってくる。

 

 「失礼します」

 

 身長が高く細い体型、少しハスキーな声。

 そして何より兜の隙間から覗く、吸い込まれそうな群青の目。

 

 その鎧には市販品にはない特別な装飾が施されており、オーダーメイドで作られた鎧である事が見てとれた。

 左腕についた小さめの金属盾には、よく手入れされている事の分かる光沢と、何度も戦ってきたことが分かる傷跡の両方があった。

 

 群青の目をした騎士は、中年ほどの、少しばかりふくよかなギルド職員に呼ばれ、彼の執務室に足を踏み入れた。

 

「セーヴくん、わざわざ遠いところからよくきたね」

「いえ、お構いなく。お話とは何でしょうか」

 

 セーヴと呼ばれた騎士は、キッパリとした物言いと強く睨みつける群青の瞳で職員に圧力をかけているようだった。

 苦笑いをしつつ、職員はおっとりした口調で話す。

 

「じゃあ早速本題になるが………セーヴくん、優秀な騎士の冒険者である君に『配信』をして欲しいと思っているんだ」

 

「……配信、というと、魔王が作ったというあの遠隔景色投影の魔術ですか?」

 

「そう、その配信をこれまた魔王が作ったダンジョンで行うっていうのが今回の仕事、この仕事は君がいいと僕が推薦してね」

 

「……なぜ、私が?」

 

 その声色は困惑を描いていた。

 予想していた困惑を、風が凪ぐのを感じるように受け止めて、職員は微笑んで語る。

 

「三つある。魔王が残したダンジョンを開拓し売り捌く計画が進んでいるんだが、ダンジョンにはモンスターが居るじゃないか。腕の立つ騎士にモンスターを討伐して欲しいのが一つ。二つ目は……」

 

 にこにことした、と言うには静か過ぎる笑顔だった。

 

「君、配信経験者だろ?」

 

 セーヴはまるで、背中に冷やされた刃がそっと触れたような感覚を感じた。

 どきりとした感覚、このくらいの秘密なんて、いつどこの誰に知られてるか分からないと、セーヴは痛感した。

 

「……なるほど。バレてますよね何故、ですか?」

 

「さすがにね、こう見えてファンだったんだよ。君の経験と実力なら信用して任せられると思ったんだ」

 

「……もうやめた身ですよ?それも結構前に」

 

 セーヴが拳を握って、鎧の金属が擦れる音がした。

 軋むような音を小さく鳴らしたその手を見逃さずに、けれども職員は話を続けた。

 

「まあ、乗り気じゃないだろうとは最初から考えているんだが、三つ目の理由を聞いてから判断してくれるといい。恐らくそれが最も君にとって重要で、この『案件』においてのある種の報酬とも言える」

 

「……報酬ですか?」

 

 職員はセーヴから目を離し、手元に置いてあった資料を見つめた。近郊にあるダンジョンの場所、深度、開拓状況、生息モンスター、噂、様々な情報が書かれている中の一つ、ぽつりと書かれた一文を見つめながら、セーヴに問いかけた。

 

「君───魔王の遺産に興味はないか?」

 

 

 

 

 ギルドのある街には人の活気が溢れていた。

 魚売りも商人も、野菜売りも客も、大人と子供も。

 セーヴは活気の中から、1人の人間を探すために歩き続けていた。

 

「……『このメモに書いてある人間を探してみるといい、君と共にダンジョンを攻略してくれる』、か」

 

 不安を持ち歩きながらも、ゆったりと街でメモに書かれた人間を探していく。

 『遺産』狙いの無法者と組まされるのではないか、とか、人選に対する不安ではなく。

 『 自分の正体を知ってなお』組んでくれる奴なんて居るのかという不安がセーヴにはあった。

 まあ、隠し通せばいいのだろうとも、セーヴは考えていた。

 

「……えーと……」

 

 顔を顰めながらセーヴはメモが書かれた紙を見て、そこに走り書きされた文字を見た。

 

「『この街に居る、見ればすぐわかる』……え?それだけ?」

 

 何でもっと早くメモを確認しなかったんだという後悔に、騎士は眉間を抑えた。手は兜に当たった。

 

 唯一の手がかりになりそうな場所の指定すら曖昧なら、砂漠に宝石が落ちているらしいと聞いて、砂を漁り続けるようなものだった。

 セーヴには、それこそダンジョンで宝箱を見つけるより難しい気がした。

 

「ちゃんと依頼をしろ……!少しもわかりゃしない」

 

 今、周りを見回しても、『らしい』人間は見つかりそうになかった。

 

 買い物に来ている親子が居た。防具屋を彷徨いている冒険者が居た。呑んだっくれてちどりあしのお爺さんが居て、『あい るっきんぐ ふぉー せーゔ』と服に書かれた男が居る。

 八百屋や肉屋の活気のいい声が響く商業地区には人が溢れていて、人探しには適していないようだった。

 

「こんなんで見つかるわけ……な……ん?」

 

 何か今猛烈に変なものが見えた気がしたセーヴはもう一度辺りを見回した。

 買い物に来ている親子が八百屋の前に居る。嫌いな野菜を母親が買っているのか子供は今にも泣き出しそうに拗ねている。

 

 防具屋を彷徨いている冒険者が居た。この辺りは防具屋が多く、冒険者がこの道を歩くのは珍しくない。

 

 呑んだっくれてちどりあしのお爺さんが居て、『あい るっきんぐ ふぉー せーゔ』と服に書かれた男が防具屋と酒屋の間にある路地に進んでいた。

 

「何考えてんだあのおっさん支部長!」

 

 目立つ。

 絶対に目立ってしまう。

 セーヴはそれなりに自分の名が売れているという自負がある。

 もしあの『私はセーヴを探してます白シャツ男』が酒屋と防具屋の路地の先──先ほどまで居た冒険者ギルドに行ったら悪目立ちするなんてものではないと確信があった。

 そもそもギルドに防具を着て行く者いれど変なシャツ一枚で行く人なんて居ないのだから。

 

「あっ、待て!」

 

 ふと気づくと見えなくなりそうな男を追って、セーヴは走り出した。

 酒屋と防具屋の間を抜けて、細い道を通り、ギルドへ続く道を走る。

 そもそも『相方』もギルドへ向かうなら探してこいなんて言うなと、セーヴは内心毒づいた。

 

(……何か変だ、まるで)

 

 セーヴが異変を覚えたのは、道にギルドへ向かう冒険者が多くなった辺りだった。

 セーヴは声を上げながら男を追い、男はセーヴなど気にせぬように人の合間を走り抜けた。

 

(みんなこっちを見てる……いや、違う。こっちしか見てない。まさか、アイツが見えていないの……?)

 

 ヘビが草むらを進むような滑らかさだった。

 意に返さぬように、水が流れるように人並みを男はかけていった。

 

(……あ、止まった)

 

 しばらくして変なシャツの男は、ギルドの先にある行き止まりの路地裏に入って足を止めた。

 走ってきたセーヴは息が上がりかけていて、セーヴより早く走っていた男は少しも疲れている様子がなかった。

 

「……もしかして、ぬしでござるか?」

「……ぬ、ぬし?ござ?」

 

「あぁ、えー……お前が、セーヴなのか?」

 

「……なんだ、知らないんだ。私がセーヴだよ。……あんたは?」

 

 ふっ、と、男は微笑で返した。

 男の闇夜を込めた宝石みたいに黒い目が、僅かに細まった。

 

「ヨミチだ……ぬし、拙が……おれが見えるんだな」

 

「は?ああ……見えるよ、その訳わかんないふざけてる馬鹿みたいにありえないシャツも見える」

 

「ぬし、この服がそんかに嫌か……別に服にこだわりはない。あるギルドの職員に言われるがままに着た、これを着れば必ず協力者が見つかると」

 

「やっぱあいつか……!!!」

 

 ヨミチと名乗った男は着ていたシャツを脱ぎ、左の二の腕あたりに巻いた。

 最初から着ていたようだった、青と黒の羽織が、どことなく着慣れているようで、セーヴから見てもよく馴染んでいた。

 

 いやシャツを仕舞えよとセーヴは睨んだ。

 

「……まあまて、『おなご』がそんな怖い目をするものではない」

「……は?」

 

「……あっ、いや、女性がそんなふうな怖い目をしてはいけないんじゃないか?という意味だ」

 

 セーヴは目を見開く。

 見ず知らずの人間に、自分の最も知られたい部分に近い秘密を知られている時、彼女が真っ先に行うのは、冬の湖が自らの上に氷を敷いて全てを拒むような拒絶と、疑問をぶつける事だった。

 

「……なんで。分かるんだ?」

 

「ああ、隠してるようだが拙者は分かるぞ」

 

「なんで分かるのか聞いているの!……変態!?透視系の魔術!?この鎧には隠蔽の魔法があるはず、なんで」

 

「ああいや、見えているわけではないんだ。誤解しないでほしいでござる。今もヘルムの隙間の目しか見えていない。

 知り合いが変身系の術を使ってな。そいつと関わる内に、なんとなく『本性』みたいなものが分かるようになった」

 

「というかござるって何!」

「ござるは……ござるよ」

 

 はぁ、とため息を吐いて、ヨミチはふたたびセーヴを見つめた。

 ヨミチの全てを引き摺り込む洞窟の暗闇のような瞳がまっすぐ向けられた。

 

「……とりあえず、ぬしがギルドの者が言っていた協力者でござるな?ぬしも『魔王の遺産』を?」

 

「……ああ、あんたもそうなんだよね」

 

 こくり、とヨミチは頷いた。 

 どこか遠くにいる誰かを見るような眼をして、少しだけ唇を強く結んだ。

 そっと腰に携えた剣を──炎の国の特産品である剣の特徴である、三日月の光のような剣をさすった。

 

「拙は魔王の遺産を見つけ出し、……()()()()()()()為に、この仕事を受けた。遺産が欲しいというのなら、諦めて欲しい。」

 

 そう言って、ヨミチは右手を差し出した。

 マメだらけで、鍛錬の過去が刻まれた、ごつごつして少し大きい手だった。

 

「そうでなければ、よろしく頼む」

 

 セーヴは自分の手を見た。鎧に覆われた、鋼の手。

 

「……私は、魔王の遺産を手に入れたい」

 

「……そうでござるか」

 

 眼前の男と比べると、貧弱な手かもしれないと思った。

 単純に鍛錬してきた時間に、差がありすぎるように思えるほど力強い手だった。

 

「……でも、魔王の遺産がどんなものか、私は知らない。もし消さなければならないものだったのなら、壊して構わないけど」

 

 セーヴは頭のヘルムを外し、左手で持つ。

 金色の髪が路地裏の陰の中でも、夜に輝く月のように輝いていた。

 そして、覚悟を持った青い瞳が、揺るがぬ青空のように、闇夜のような男を睨んだ。

 

「もし危ないものではなかったら、私が貰う。それが私からの条件だ」

「…………───なるほど」

 

 セーヴは鎧の手のまま、右手を差し出した。

 少し驚いて目を見開いたヨミチは、すぐ微笑んで、そのまま握手を交わした。

 

「改めてセーヴ、スコヴルピオン家のセーヴ・スコヴルピオン。よろしくね」

 

「ヨミチ、ただのヨミチでござる。まだ拙い剣技であるが、道を斬り開いてみせよう」

 

 ヨミチは微笑んだ。セーヴが『本性』をまだ隠してある事を感じ取りながら。

 セーヴの髪に、瞳に、顔の雰囲気に、()()()()()を感じ取りながら。

 

「……で、何そのござるって?方言?」

 

「ござるは……ござるでござるよ」

「それで押し切る気?」

 

かつて自分に呪いをかけた『魔王』に、似た雰囲気の少女に、動揺を、驚きを隠すように微笑んだ。

 

 

 

 

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