ダンジョン配信者「これは拙者が転生する前の話でござる……」「おーまずいね」 作:もちごはぼたん
それはセーヴがまだ幼い日だった。
だるい身体めがけて、日の光がカーテンの隙間からつき刺すように注がれる朝の記憶だった。
激しい足音に悲鳴をような床の軋みが聞こえ、目が覚めた。
「セーヴ! セーヴ! なあ!」
「ん……? リスタにいちゃん? まだ眠い……5分……いや10……10000分ちょうだい……」
「分かった、10000分待とう!」
「まつな……! ねむいんだ……!」
セーヴは少し乱暴に目を擦り、兄───リスタ・スコヴルピオンを見るために、気だるそうにゆっくりと、自室のベッドから起き上がった。
これは夢だ。セーヴはそう気づいた。もう兄と同じ場所に住んではいない。
兄はもう居ない。
(もう居ない人の夢なんて……何で見ちゃうんだろう)
「実はな、にいちゃんの研究してる新魔術、サポートしてくれる人達が出来たんだよ!! ついに完成できるかもしれないんだ!」
「……『配信』? だっけ」
「そう! あれが完成して世に出れば俺も金を貰える契約だ! 俺たちを拾ってくれた爺さんにも恩返しできるし、もっと美味いもんを食う事も可能になる!」
目を輝かせてセーヴの兄、リスタは言う。
そういえばリスタこんな顔だったとなぁ、と、セーヴは夢見心地な頭で考える。
彼が
ちょうどその頃、セーヴは配信をを辞めて、冒険者を始めて、色々なダンジョン探索隊の護衛をやって、忙しい日々を過ごしていたから。
決してそれだけが理由では無かったけど。そう思うとセーヴは胸にナイフが刺さったような、心が重いものに締め付けられるような感覚が走って、夢のぼんやりした世界が、痛みをぼやけさせた。
「美味しいの楽しみだなー、にいちゃんの魔術開発が成功したらお肉奢ってよー?」
染みるように痛い心臓とは裏腹に、夢のセーヴは柔らかい笑顔で言葉を返した。
古い記憶に似た夢で、兄は何度も現れる朝日のような笑顔を妹に向けていた。
「何を言ってるんだ? セーヴだって色々してもらうからな。───────だし」
「え?」
リスタの言葉がぼやけたようにして夢の中に響く。夢の中の少し幼いセーヴも、夢を見ている今のセーヴの心も、同じ反応をした。
「だってセーヴが配信を使えば─────────。その為に配信を─────────」
「……ふふ、そうだね」
そう言って夢の中のセーヴは笑った。
何と言っていたか、何故笑ったのか分からぬまま、セーヴの意識は現実へと向かった。
だるい身体を、カーテンが固く閉ざされた部屋のしんと音の無い暗闇が包み込んだ。
静かな朝に、セーヴはゆっくりとベッドから起き上がる。
「……どんな顔だっけな」
夢からの目覚めが、兄の顔を忘却させていた。
一抹の寂しさだけを覚えながら少女は自室のベッドを離れ立ち上がった。
洗面所に行き顔を洗い、部屋に戻り着替えを探して物を散らかしながら今日の日付けを見た。
(今日はヨミチと合流、ギルドに行き打ち合わせ。そして……)
部屋の隅に置いている鎧を見て手に取る。
鈍い銀色の装甲が、セーヴの顔を映す。
(……そしてダンジョンに行く)
セーヴは強く鎧を握る。
固く冷たい感触が、セーヴの手に広がっていた。