改めて投稿し直します
追記
7/6にラストに追加のシーンを入れました。
私には、幽霊が見える。
それも、白いタンクトップを着た筋肉ムキムキの髭のおじさんの幽霊だ。
どうやら私の背後霊らしい。
おじさんは物心が付いた頃から私の側にいる。
幼少期の私は、おじさんも家族の一員だと思っていたがそうでは無かった。
おじさんは私以外には見えない。
私だけがおじさんを認識し、触れ合い、言葉を交わす事が出来る。
誰もいない空間に話し掛ける私を、パパとママは変わった子だと思い、もしかしたらこの子は霊能者かもしれないと冗談を言ってたそうだ。
それから暫くおじさんは私に話し掛けず、私から話し掛けても難しい顔で首を振る様になった。
その理由についておじさんは、私がおじさんと話をしているのを他の人に見られると私が奇異な目で見られると思った、と小学生に成った私に教えてくれた。
以来私たちは周りの目を気にして、二人で話す時は誰にも見られない様に注意するようにした。
おじさんは外国人だ。
生まれはタンザニアで、子供の頃はインドで暮らし、17歳の時に家族でイギリスに移住したらしい。
おじさんは生きてた頃から親日家で、日本にもちょくちょく訪れていたそうだ。
おじさんの日本語は結構流暢、というか最初はカタコトの日本語しか喋れなかったおじさんに日本語を教えてあげたのは私だ。
代わりに私はおじさんから英語を教えてもらったから英語はかなり得意だ。けれど宿題の答えを教えてもらおうとしても、それは君が自分の力でやるべきだ、と言って教えてくれない。ムムム…
あとこれだけは言っておかなくちゃ。
おじさんは歌が滅茶苦茶上手い。なんでも生きてる時は歌手だったとか。
だけど気になってネットで調べてみたけど、それらしい歌手はヒットしない。何度検索をかけても同じ。No data.
それをおじさんに伝えると、おじさんは少し悲しそうな顔で、どうやら此方の世界に僕達は存在していないらしい、と言った。
以来この話は私達の間ではしていない。
とはいえ、そんな無茶苦茶歌の上手いおじさんの生歌を、私はいつも側で聞いていた。
すると自然に、私もおじさんの真似をして歌うのが趣味になっていた。
おじさんは私と歌う時、とても楽しそうに笑う。私もそれに吊られて笑ってしまう。
傍目から見れば一人で歌って笑う女の子。
そんな私をパパとママは歌が好きな女の子と朗らかに受け入れてくれた。
そして月日は流れたある日、ママは1枚のパンフレットを渡して私にこう言った。
「マキちゃん歌が上手だから、こういう学校に進学しても良いんじゃない?」
それは日本最大のアイドル養成学校『初星学園』のパンフレットだった。
その時私は中学2年生。来年には受験を控え、進路を真剣に考える時期に差し掛かっていた。
普通に進学する考えしかなかった私にとって、ママの提案は寝耳に水だった。
私はママからパンフレットを受け取りながら生返事を返すと、部屋に戻って手にした冊子を開いた。
中に記されていたのは学園の概要、そして学園の講堂で開かれたライヴの写真だ。
私は歌を歌うのが好きだ。
だけど家族やおじさん以外にそれを披露する機会は無かったし、友達とカラオケに行った事もない。
当然、音楽で身を立てるなんて想像すらしていなかった。
でも今は、写真の中に自分を想像してしまう。
ライヴ前の静寂と暗闇。
一転して上空から降り注ぐスポットライトと観客席から沸き上がる歓声を受け私はステージ中央のスタンド前に立つ。
流れ出すアップテンポな音楽。
ステージは色鮮やかなネオンに彩られ、観客は手にしたライトを振りかざす。
私は全ての視線を一身に集め、全身から溢れ出す熱を唄にして紡ぎ出す。
そんな光景が、脳内を駆けた。
「…ねぇ、おじさん、私が初星学園に行ったら、アイドルに成れるかな?」
その質問に、おじさんはいつかのように難しい顔をする。
アーティスト活動は博打だ。
歌が上手い、ダンスが出来るは大前提。
どんなに優れたパフォーマンスが出来ても、成功するかは運や巡り合わせ次第。
一流のアーティストに成れるかもしれない。
一生誰からも見向きもされないかもしれない。
栄光を得ても、それで将来が安泰とは限らない。
おじさんはいつにも増して真剣に、そして現実的に私の将来について語ってくれた。
だけど、
"Show must go on."
1度始まってしまった舞台は、最後までやりきらなければならない。
君の舞台は、もう幕が開いてるんじゃないか?
そう問いかけるおじさんに、私は頷いた。
「うん。たぶんそうだと思う。」
きっかけはママの提案だった。
だけど遅かれ早かれ、私はこの道を目指していた。
そう思うほどに、私は自分で想像した未来に惹かれていた。
私は部屋から出て階段を駆け降りると、台所で夕飯の支度をしているママに告げた。
「ママ、私、初星学園に行きたい。」
それから約1年後、遂に初星学園の入学試験当日を迎えた。
初星学園の入試は2日間に分けられる。
1日目は筆記試験。そして2日目が面接を兼ねた実技試験だ。
面接は1人ずつ呼ばれて試験会場に入り、そこで複数の試験官を相手に行われる。
受験生は試験官と軽い受け答えと自己アピールをするのだが、この自己アピールというのが重要だ。
学園側は自己アピールの内容について特に指定していない。
自分の個性、知って欲しい部分を存分にアピールすれば良いという事だが、受験生の大半は歌かダンスでアピールするらしい。
まぁ、アイドルを目指す学校であればそれに関わる事をアピールするのが常道なのは当然だけど、私のアピールポイントと言えば歌くらい。謂わば最激戦区と言える特技を武器にしなければならないのだ。
この1年、アーティストという目標を立てた私はおじさんの助けを借りて本格的にトレーニングを始めた。
そのお陰で多少は歌唱力が向上したけど、それが世間から見てどれくらいのレベルなのかは分からない。
パパやママ、それにおじさんは上手だと言ってくれるけど、それはあくまでも身内の評価。
私は今日初めて、人に歌唱力を評価される。
「それでは次の方どうぞ。」
緊張した心を必死に落ち着かせようとしていると、名前を呼ばれて私は慌てて立ち上がる。
試験会場の部屋から出てきた子は真っ青になって顔を強張らせている。
私は一度大きく息を吐き、部屋のドアを開けた。
「失礼します。」
試験会場となっているのは、奥の壁に鏡の張られたレッスンルームのような部屋だ。
控室代わりになっている講堂と比べると手狭に感じる。
正面には5人の試験官。その前に椅子が置かれている。
中央に座る年配の試験官が椅子に座るように促し口を開いた。
「はい、それではこれから面接を開始します。緊張してますか?」
「えっ!あっ、は、はいっ!!」
「ははっ!まあ、しょうがないですね。じゃあ面接の前に軽く深呼吸してみましょう。ゆっくりと、呼吸を意識して息を吐いてみてください。」
「あ、ありがとうございます。」
試験官に促され、私は大きく深呼吸をした。
すると、横にいたおじさんが私の肩を叩いて告げた。
マキ、今日は抑えめでいこう。
試験官の役割とは面接を円滑に進める事にある。
初星学園でここ数年面接試験の担当をしている講師はその様に考えている。
かつては大手芸能事務所にプロデューサーとして勤めていた経験のある彼は、数年前に初星学園の学園長に引き抜かれ現在の職に就いた。
前の職場では既に現場を離れ管理職に就き、出世できるポストには登りきって残りは定年までの日々を過ごすのみ。
そのまま後進に道を譲るよりも、もう一度人を育てる仕事がしたかった。
新天地では希望通りプロデューサー科でプロデューサーの卵を指導する立場になり、忙しくも充実した日々を過ごしている。
面接官を務めるようになったのも赴任初年度からであるが、彼は最初から先述の心構えを以て面接に臨んでいる。
確かに面接中に面接官がチェックした項目は審査点になるが、それで全ての合否が決定する訳では無い。
面接中の様子は録画されており、後日学園長を含めた別の職員達が内容を確認する。
そうして恣意的な評価を可能な限り排した上で、筆記試験の点数、学校の内申書、そして受験生個人の経歴等を総合的に判定した上で合格者を決めるのだ。
また、初星学園を受験する者の多くは、初めて芸能界の門を叩く。
その為、人前で芸を披露する機会は有っても、それを審査される経験に乏しい者ばかりである。
当然ながらそうした受験生達は一様に緊張している。
稀に心臓から毛が生えているような大物もいるが、大抵の受験生は自分の特技を見定められる独特の緊張感に飲み込まれ、満足に実力を発揮したとは言い難い結果に終わる。
そうした状況では不測の事態というのがよく起きる。
一番多いのはパフォーマンス中に失敗し、その場で泣き崩れてしまうパターンだ。
彼女らのこれまでの努力やアイドルへの想いを考えれば致し方無い事であるが、面接をする側としてはホトホト困った状況である。
後に他の受験生が待つのを考慮し、穏便に、しかし出来る限り迅速に涙を流す少女を落ち着かせるのに苦心するのが毎年の恒例だ。
似たようなパターンに、もう一度アピールをさせてくれと訴えてくる受験生もいる。
原則公平を期して自己アピールは1回のみであるが、失敗して目尻に涙を溜め、震える声で「お願いします。もう一度だけやらせて下さい。」と懇願され心が苦しくなるのは、どうしようもない人の情だ。
その様な事に想いを巡らせていると、目を閉じて深呼吸をしていた受験生の瞼が開いた。
「…大丈夫です。始めてください。」
落ち着いた、然れど僅かに緊張感を保った声である。
入室した時はガチガチだったが、どうやら間を空けた事で良い精神状態に入れたらしい。
「分かりました。それでは面接を始めましょう。御名前を教えて下さい。」
「はい。振枝マキです。本日はよろしくお願いします。」
「フリエダさんですね。此方こそよろしくお願いします。昨日は良く眠れましたか?」
「え、あー、そうですね。正直あまり眠れませんでした。だけど今は全然眠くないです!」
「それは良かった。ですがあまり無理をしてはいけませんよ。体調が悪くなったらすぐに申し出て下さい。」
「は、はい。ありがとう御座います。」
軽い会話から面接に入るのが面接官の流儀だった。
その僅かな間でマキの緊張もだいぶ解れていた。
「それではまず、振枝さん。貴方はどうして我が校を志望したのですか?」
「はい。私が初星学園を志望したのは、沢山のお客さんの前でライヴをしたいと思ったからです。」
「なるほど。ですがそれなら我が校を介さず、直接芸能事務所に入るという手段もあったも思うのですが?」
「えーと、実は私、去年まで歌は好きだったけど、それを誰かに披露するとかは考えてなくて。でもマ、母からこの学園の事を教えてもらって、パンフレットにあったライヴの写真を見て、なんか凄いビビビッ!って来たんです。それで、初星学園に行きたいと思ったんですけど…」
「なるほど。我が校では定期的に講堂でライヴを行い、成績優秀な生徒はそれに出演する事が出来ます。簡単な道のりではありませんが、振枝さんはそれに出たいんですね?」
「はい!ぜひ出たいです!」
「それなら、大変な努力が必要ですよ。講堂ライヴに出れるのは定期試験と最終試験でトップクラスの成績を出した生徒のみです。それでも、頑張れますか?」
「それでも出ます。沢山練習して、絶対にライヴをしたいです。」
迷いの無い真っ直ぐな眼差しに面接官はニッコリと微笑む。
なるほど、なかなか芯の強い娘だ。
こうした青臭くも熱い目をする若人は数え切れないほど見てきたが、それでも夢を追いかける若い情熱には無差別に応援したくなる魔力がある。
だが、今は試験中。試験官は気持ちを切り替えると再び形式的な質問に戻る。
それから何度か質問を飛ばし、手元の資料に書き込みが増やしていく。
それを元に面接官はシビアな評価を着けた。
志望動機は王道。意地悪な言い方をすればありきたりな物。
スタイルはやや貧相。しかし、服の上から見る限り程よく筋肉が付いており、日頃からスポーツかトレーニングを行っている模様。
容姿は少し前歯が出ているのが気になるが、見ようによっては愛嬌がある顔立ちだ。
しかしながら、こう言ってはなんだが現在の印象は無難。見る者を惹き付けるような強い個性は感じられない。
とはいえ、まだ自己アピールが残されている。
ここまで強い印象を残せていないだけに、実技で印象に残るパフォーマンスを期待したい。
「はい。此方からの質問は以上です。では次に、自己アピールに移りたいと思います。振枝さんの自己アピールは歌ですね?」
「はい。そうです。」
「えー、事前に貰った資料によると、既存の楽曲ではなくオリジナルを歌うとありますが、此方の楽曲は振枝さんが自身で作曲されたんですか?」
「あ、いえ。曲を作ったのは知り合いのおじさんで、もともとおじさんが歌っていたものをカバーした形になります。」
「なるほど、そうでしたか。」
つまりメジャーデビューしていない在野のアーティストの曲という訳だ。
おじさん、という所はやや気になるが、ひとまず歌を聴いて見ようと試験官は思った。
「よしっ、じゃあ早速始めましょう。音を流しても?」
「はい。お願いします。」
面接官の言葉に了承したマキは視線を落とす。
その瞬間、部屋の空気が変わった。
「それじゃあ聴いて下さい。『君を愛するために生まれてきた』」
イントロが流れ始めると面接官は胸の鼓動が高まるのを自覚した。
そしてマキが口を開いた瞬間、目の前にいたどこにでもいる普通の少女が、猛々しい獅子に変わった。
「失礼します。根緒先生はいらっしゃいますか?」
入学試験から一週間が経過したとある日の放課後。
終礼が終わった職員室で書類仕事をしていた根緒亜紗里は、自分を呼ぶ声に職員室の入り口を見る。
するとそこには、眼鏡を掛けた男子学生がいた。彼女が担当するプロデューサー科の生徒である。
「はい、ここにいますよ。どうしたんですか?」
亜紗里が尋ねると、男子生徒は亜沙里の元に歩いてくる。
そして眼鏡をクイッと上げ用紙を一枚差し出した。
「視聴覚室の鍵を貰いに来ました。使用許可は頂いています。」
男子生徒が差し出した用紙は視聴覚室の使用許可書である。そこには学園長の名前がサインしてあった。
「…確かに学園長のサインで間違いないですね。でもどうして学園長から使用許可書を?」
「実は先ほど、学園長から呼び出されて先週行われた入学試験の話をされたんです。」
「入学試験の?」
「ええ。なんでも、とんでもない受験生が現れたとか。」
その言葉を聞き亜沙里は合点がいった。
3年間を掛けてプロデュース職の基礎を学ぶ初星学園のプロデューサー科において、目の前に立つ男子学生は常にトップの成績を残してきた優等生だ。
その能力は職員の間でも評判で、学園長からも特別目を掛けられている。
「つまり学園長から、その受験生の動画を見るように言われたと。」
「はい。来年度以降、初星学園は彼女を中心に動いていくだろう、と学園長は仰ってました。それで来年度から本格的にプロデュース活動を始める俺に、前もって動画を見せておきたいそうです。」
「…なるほど。学園長はそう考えているんですね。」
「…先生は件の受験生の動画を見たんですか?そうであれば、参考までに先生の印象を聞きたいんですが。」
「彼女は間違いなく『天才』です。」
根緒亜紗里は『天才』という言葉を軽々しく乱用する人物では無い。
にも拘らず、即答した亜沙里に男子生徒は僅かに驚いた表情をする。
「先生、それほどまでの実力者なんですか?」
「それほどまでの実力者なんです。直接面接をした人達に聞いた話では、彼女はレッスンスクールに通ったり、何処かの芸能事務所に在籍していたという記録は無いとか。それなのに、彼女は既に十王星南さんと同等レベルのパフォーマンスをして見せたんです。」
「それは……本当なんですか?」
十王星南と言えば、初星学園高等部アイドル科では2年生にして既に「学園一のアイドル」として知られる逸材だ。
学園長の孫でもある星南は、幼少期からアイドルとしての英才教育を受けている。
そんな彼女に、経歴的にはズブの素人と言ってよい中学生が匹敵するとは想像しがたい事である。
しかし、亜紗里は冗談の色が全く無い真剣な眼差しで男子生徒を見る。
「信じられないのは分かるわ。けれど私が見た動画だけで判断するなら、彼女は既に学園トップ、いえ、アイドル界のトップ層に食い込むだけの実力を有している。そう判断するしかないわ。」
「………」
「…まあでも、私の話を聞くより自分の目で見る方が早いし、正確な判断が出来る筈よ。はい、これ。下校時間までには返しに来てね。」
重苦しくなった空気を払うかのように、亜紗里は明るい声で男子生徒に視聴覚室の鍵を渡す。
男子生徒は小さく頭を下げると、亜紗里に背中を向けた。
「…ねえ、君はその子をプロデュースしたいと思ってるの?」
出口に向かおうとする男子生徒に亜紗里が尋ねると、彼は少し迷ったように立ち尽くすと口を開いた。
「…動画を見てから決めようとは思っています。」
それだけ言うと、男子生徒は今度こそ職員室を後にする。
その後ろ姿を、亜紗里は少し心配そうに見送った。
視聴覚室に移動した男子生徒は早速パソコンを起動させ、学園長から渡されたUSBを接続する。
その中から動画のデータを取り出すと、プレーヤーを開いて動画を再生する。
『はい、それではこれから面接を開始します。緊張していますか?』
『えっ!あっ、は、はい!』
画面上ではガチガチに緊張した少女が面接官の質問に声を上擦らせながらも答えている。
映像はそこから、少女と面接官の他愛もないやり取りが続く。
少女の緊張は面接官と話していく内に解れていく様子だが、特別なオーラや凄味は感じられない。
何処にでもいる、いたって普通の少女にしか見えない。
『よしっ、じゃあ、始めましょう。音を流しても?』
『はい。お願いします。』
しかし自己アピールに移ろうとした時、画面越しにも分かるくらい少女の雰囲気が一気に変わった。
『それじゃあ聴いて下さい。『君を愛するために生まれてきた』』
スピーカーからシンセサイザーによるテクノポップ調のロックミュージックのイントロが流れる。
次の瞬間
『♪~ッ♪~~~ッ』
「っ!?」
聴こえてきた歌声に男子生徒は言葉を失う。
伸びやかで力強い愛の歌が、男子生徒の全身を震わせた。
画面の中に緊張した少女は何処にもいない。
代わりにいるのは、愛する人への溢れんばかりの想いをパワフルに、そしてエネルギッシュに英語で紡ぐ、ライオンが如き存在感の少女である。
しかもただ力強いだけでは無い。
時折挟まれる繊細な裏声は曲調に絶妙な強弱を生んでいる。
そして腕を大きく振り足でリズムを取る独特な振り付けは、可愛らしさや格好よさといったアイドルの王道に取り入れられる物とは明らかに異質ながら、ダイナミックな曲と歌声には非常にマッチしたものだった。
約1分弱の短いパフォーマンス。
しかしそれが終わり、映像が停止した後も、男子生徒は衝撃のあまり呆然と思考を働かせる事が出来なかった。
「………なるほど。これは予想以上だ。」
数十秒後、ようやくそれだけ呟くと、男子生徒はバッグの中から缶コーヒーを取り出す。
しかし壁に貼られた「飲食禁止」の文字を見つけると、バツが悪そうにバッグに戻し腕を組む。
「…先生達が大絶賛する逸材。可能ならスカウトしてみようかとも思ってたが、これはやめた方が良さそうだ。」
男子生徒は4月から本格的にプロデュース活動を始めるにあたり、3人組のユニットを結成する事を考えていた。
想い描くのは単なる仲良しこよしのユニットではなく、ユニット内で互いに意識し合い、共に高め合っていくことの出来る競争心とプロ意識を持ったチーム。
その為のメンバーに、内部進学してくる2名を既にリストアップしている。
残る1名は高等部から入学してくる新入生から見繕うと考えていた。
だけどこれはダメだ。
リストアップしている2名とは、あまりにもパフォーマンスレベルに差が有り過ぎる。
これでは結成しても遠からずセンターの1人とその他2人になってしまう。
それは男子生徒の理想とするユニットの形ではなかった。
そしてもう1つ、男子生徒には気掛かりな違和感があった。
その違和感の正体を見極めるべく、もう1度自己アピール部分から映像を再生する。
2度目の再生を終えるとすぐさま映像を戻して再生。
それが終わると今度はノートとペンを取り出しメモを取りながら再び映像を再生する。
都合5回、繰り返し同じ映像を視聴した男子生徒は、またバッグから缶コーヒーを取り出すとヤケクソ気味にタブを開き中身を一気飲みした。
「…恐らく彼女は、わざと出力を落としてる。チクショウ。」
歌詞と歌詞の間に挟まる息継ぎのタイミング。
そこで明らかに、マキは意識的に呼吸を浅くしている箇所が散見された。
息継ぎが浅くなれば当然出力も低くなり、その分放出される声量は抑えられる。
どうしてわざわざその様な事をしたのか?
その理由に、男子生徒は見当を付けていた。
「箱の大きさに合わせた歌唱をしたんだ。」
試験会場となったレッスンルームは主にダンスの自主練習に使われる場所であり、決して狭くは無いがライヴスタジオほど大きくも無く、歌を歌うのに特別な仕様にもなっていない。
もしここで箱のスペック以上の声量で歌っても、無軌道に反響した自分の声がノイズになってしまう。
それを防ぐため、マキは声量を抑えたのだ。
そしてそれが意味するのは、振枝マキが本領を発揮できるのは、より大きな箱。
それこそ数万人規模を収容出来る日本トップクラスのライヴ会場という事だ。
さらにもう一つ、マキが箱に合わせて歌唱を行った事には重大な意味がある事に男子生徒は気が付いた。
「彼女、レッスンスクールに通った事も事務所に所属した事も無いとなっているが、それだと会場に合わせて歌唱したのがあまりにも不自然だ。」
優れた歌唱能力だけならば才能と努力という言葉で納得できる。
しかし、会場の大きさに合わせて声量を調節するという工夫は、経験則によって導き出されるものだ。
いくら天才といえども、ライヴ活動をせずに独学で音楽を学んできただけでは急には出来ない。
「………アドバイスをした人がいるんだ。」
振枝マキに歌手のいろはを教えた人物がいる。
そしてその人物が、面接試験に際して声量を抑えるように指導したのだと、男子生徒は結論付けた。
「………いったいどんな人なんだ。」
男子生徒の胸中にいくつもの感情が渦巻く。
プロデューサーを志す者として、素晴らしい才能を開花させた事に対する素直な称賛。
在野にあったダイヤの原石を、先に見つけ出された事に対する言葉にし難き悔しさ。
そして未だに姿を掴めぬ未知の存在に対する畏れと好奇心。
だが何より強く胸に宿るのは、ワクワクと沸き上がる挑戦心と対抗心だった。
「…どうやら俺は、自分で思っていたよりもずっと負けず嫌いな性格だったらしい。」
間も無く始まる本格的なプロデューサー人生の中で、振枝マキとそのプロデューサーは最初の、いや、生涯をかけての大きな壁になるかもしれない。
それが心から恐ろしく、そして楽しみしている自分がいる事に男子生徒は気付いていた。
「…俺は俺の最高のアイドルをプロデュースして、彼女達に挑戦する。そして必ず勝つ!」
誰もいない視聴覚室で、若きプロデューサーが未来の強敵に宣戦布告した。
そして4月。
桜舞う青空の下、私こと振枝マキは初星学園の正門前にいました。
「はぁ、遂にこの日が来ちゃった。変な風になってないよね?」
私は服装を確認しつつ前髪を整える。
するとその横にいたタンクトップのおじさんが、大丈夫だ、とでも言うようにサムズアップをして見せる。
「うん、ありがとう、おじさん。兎に角ここまで来たら行くしかないよね。」
今日、私は初星学園に入学する。
生まれて初めて親元を離れての寮生活。見知らぬ土地、初めましての人しかいない環境。
まだ見ぬ未来に不安の種は尽きる事は無い。だけどそれ以上に、胸の奥からワクワクが込み上げてくる。
私は今日、アイドルとしての一歩を踏み出すんだ。
だけど大丈夫。私にはおじさんという心強い味方だっているんだから。
「よしっ!じゃあ行こう、おじさん!」
こうして私は新たなる生活の第一歩を踏み出した。
そこから始まる私のアイドル活動は、私が思っていたよりも遥かに騒がしく、時に苦しく、そして素晴らしい出会いに満ち溢れた日々だった。
ーーとある元初星学園講師へのインタビュー
彼女と初めて会った時の事ですか?ええ、もちろん覚えてますよ。
ステージ上の彼女だけしか知らないと驚くかも知れませんが、普段の彼女はとても物静かでシャイなんです。
あの時も最初はガチガチに緊張して僕たちの方が不安になるくらいでしたよ。それがあんな才能を秘めているんですから、人を見るというのが如何に難しいかを思い知らされました。
実を言うとですね、彼女を入学させるかどうか結構教員間で紛糾したんです。
入試時点で彼女は既に一流のパフォーマーでした。学園で学ぶよりも、事務所に所属して直ぐにでもデビューする方が良いのでは?ってね。
私ですか?入学には反対でした。
間近で見る彼女は、あまりにも眩ゆ過ぎる。きっと何人もの生徒が、彼女によって心を折られ去っていくだろうと危惧したんです。
最終的には学園長、いまの理事長の鶴の一言で彼女の入学が決まったんです。「彼女が入学を希望し、その資格があるのなら、それを拒む資格は我々には無い」と。
その結果は御存じでしょう。いやはや、あの人の慧眼には感服させられます。
彼女達が卒業してもう10年ですか…
時が流れるのは本当に早い。
そうだ。彼女が家族以外に歌を披露したのは、入学試験の時が初めてだったそうです。
つまり、私は彼女の伝説の始まりの目撃者の1人なんです。
ふふ、私の数少ない自慢の1つです。
・振枝マキ
本作の主人公。
普段は大人しく人見知りな性格で友達も少ない。しかし、感情の起伏が乏しい訳ではない。
顔立ちは比較的幼く、少し前歯が出ているが愛嬌はある。髪は黒髪のセミロング。
体型はパッと見てスラッとした起伏に乏しいスタイルだが、1年間おじさんの指導を受けた結果ほっそりとしたアスリート体型になっている。
霊感は無いが幼い頃からおじさんの幽霊が見える体質で、その事で周囲からは不思議ちゃんと思われていたが、周囲の人間に恵まれていたので特にお辛い過去は無い。
歌唱力は入学時点で既にトッププロレベル。
所謂「憑依型アーティスト」であり、普段の姿とパフォーマンス中の印象が全く違う。
なお、本人は家族とおじさん以外の前で歌った事はなく、自身の歌唱力に無自覚である。
モデルにしたのは「AGT(アメリカンゴッドタレント)」で一躍有名になった歌手の「コートニー・ハドウィン」。
作中の「普通の少女が猛々しい獅子に変わった」という記述は審査員であるサイモンの寸評を元にしている。
同じく審査員のハウイの「今ここで君と契約する事は出来ない。いま僕が君に与えられるのはこれだけだ。受け取れ!」と言ってゴールデンブザーを押すシーンは作者のお気に入りである。興味のある人は是非とも動画を探して欲しい。
・おじさん
細マッチョボディに白いタンクトップ。そして口髭を蓄えたダンディなおじさん。
本人曰く、別の世界線でロックバンドのピアノとリードボーカルをしていた幽霊だったとか。
自分の事を唯一認識できるマキを幼い頃から大変可愛がっており、昔から人目を忍んで彼女の前で歌を披露していた。
マキを歌唱お化けにした元凶であり、1年間本格的にマキにレッスンを施した結果、その才能を開花させた。
・学マスP
学園アイドルマスターにおけるプレイヤーの分身。
サービス開始直後から「鬼畜眼鏡P」「フリーザ様P」「杉下右京P」等の異名を付けられた、シリーズでは異端の学生プロデューサー。
原作開始前スタートの本作では高等部の最終学年であり、来年度から本格的にプロデュース活動を開始するという設定にしている。
マキの実力と、その背後にいる謎のプロデューサー(幽霊おじさん)の存在を感じとり闘志を燃やしている。
本作は作者が気分転換に執筆し始めたのが思いがけず筆が乗って勢いのままに完成させた物です。
学園アイドルマスターもサービスが始まったばかりで、今後の展望は不明な点も多いため、続きは気長にお待ち下さい。
なお続いた場合、手鞠は確実にベジータ化する。