今回から原作に入ります。
追記
7/6ラストに追加のシーンを入れました。
子供の頃、人に自慢できる特技はありましたか?
それは何歳になるまで、貴方の特技でしたか?
誰に出会うまで、人に自慢できてましたか?
子供の頃の特技は、今の貴方に幾つ残っていますか?
私こと振枝マキが初星学園に入学して2週間が過ぎた。
そしてその間、私には重大な問題が起きていた。
「どうしよう…いまだ友達が出来てない。」
原因はハッキリしている。私の引っ込み思案な性格のせいだ。
元々人見知りな性格だから自分から人に話しかけようとするとどうしても緊張してしまうし、話しかけられてもなんて返したらいいのか考えちゃうから変な間が出来て微妙な空気感になるし会話が続かない。
既にクラス内ではいくつかのグループが出来てるけど、私はどこのグループにも入れていない。
「よーし!放課後だああぁっ!広ちゃんっ、千奈ちゃんっ、レッスンに行こっ!」
「ちょ、ちょっと佑芽さん!引っ張らないで下さいませ!」
「ふう、1日の授業が終わってすぐにキツいレッスン。ふふ、充実してる。」
放課後になると友達同士でワイワイ言いながらレッスンに向かうクラスメイト達。
私はそれを羨ましそうに眺める事しか出来ない。
「……私もトレーニングしなきゃ。」
もしかしたら自分の事を誘ってくれる人がいるんじゃないか?
そんな淡い期待は叶う筈もなく、段々と疎らになっていく教室で小さくため息を吐くと私は席を立つ。
そんな私の隣で、おじさんは心配そうにしている。
「大丈夫だよ、おじさん。まだ2週間だよ。それに、トレーニングならおじさんが見てくれるし。」
私にとって幸運なのは、私にしか見えないおじさんが側にいてくれる事。
音楽に詳しいおじさんがいてくれるお陰で、特定のプロデューサが着いていなくても私は特別なレッスンを受ける事が出来る。
「…もし定期試験で良い成績が取れたなら、誰か私の事を受け入れてくれるかな?」
初星学園では定期的に実技試験が行われる。
そこで好成績を残すことが出来れば、数万人規模のライヴ会場となる講堂での特別なライヴを行える。
「とにかく今は最初の試験に合格できるように頑張ろう。」
そう自分を叱咤するが、おじさんはそんな私を見て額に手を当てて首を振っていた。解せぬ。
私が普段から自主練しているのは、本館から少し離れたところにあるレッスンルームだ。
特別な音響装置や設備は無く、広さもそこそこなのであまり人気のないこの場所は、集中してトレーニングするのには打ってつけだ。
なにより、ここなら人目を気にせずおじさんと話が出来る。
「定期試験の課題曲は『初』。すごく明るくて、前向きな曲。ダンスを交えて歌うなら、結構体力を使うんだよね。」
トレーニング前のストレッチをしながら私は課題曲の歌詞を読み込んでいた。
入学して1週間が経った先週、学園生活にも慣れ始めた私たち新入生に、初めての定期試験の課題曲が渡された。
それからずっと、私は試験対策としてライヴを意識した『初』のトレーニングを行っている。
「ダンスの振り付けはある程度覚えたけど、曲への『入り込み』がまだ上手く出来ないんだよね。もっと歌い込んで曲への理解を深めないと。」
意気込む私に、おじさんは「焦らず、じっくり行こう。」と指示を出す。
まあ確かに、最初から飛ばし過ぎて喉を痛めたりしたら目も当てられない。定期試験までまだ日にちもある。
おじさんの言うとおり、私は少し焦っているのかもしれない。
と、おじさんと軽く談笑をしながらストレッチをしていると、レッスンルームのドアがガチャリと音を鳴らして開かれた。
「へー、こんな所にレッスンルームがあったんだ。」
「そうよ!昼休みに良い練習場所がないか探していたら見つけたの。プロデューサーに聞いたらほとんど使う人がいないから自由に使って良いんだって。ってあれ?」
「人いるじゃん。」
部屋の前には女の子が3人、私の方を見ていた。
私は突然の来訪者に思考が停止し、前屈の体勢で固まってしまう。
すると、3人の先頭にいた子が私の元に歩いて来ると笑顔で話しかけた。
「はじめまして、私は高等部アイドル科1年1組の花海咲季よ!あなたは?」
「えっ!ああ、その、1年2組の振枝マキです。一応アイドル科です。」
「あら、同級生だったの!だったら私達もここ使わせてもらっても良いかしら?ついでに一緒にトレーニングしない?」
「あっ、ハイ、大丈夫です。よろしくお願いします。」
「うん!ありがとね、マキ!」
「うわぁ、ガンガン距離縮めてくじゃん。」
咲季と名乗った子の後ろで金髪の子が呆れたように呟いている。
正直私もコミュ力強者の勢いに押し切られてしまった。というか若干怖かった。
「ちょっと待って。どこの馬の骨かも分からない奴と一緒に練習するなんて、私は反対。今日は3人で合わせるって話してたでしょ。」
すると残りのもう一人が私の方を睨みつけながら反対の声を上げる。
言葉の端に毒が含まれていて素直に怖い。
初対面だよね?私何かした!?
「別に良いじゃない。プロデューサーは遅れて来るって言ってたし、それまでにストレッチやウォームアップを終わらせるつもりだったから、折角なんだしそこまで一緒にやりましょ。」
「イヤ。初めて会う人に体とか触られたくない。」
「いや、あんたこの前寝てるときに足とかくっつけてくるじゃん。」
なんか3人で私そっちのけに話し始めた。
困っておじさんの方に目を向ければ、おじさんもおじさんで「まいったね。」とでも言う様に肩を竦めていた。
結局私は3人に交じってウォームアップをすることになった。
いまは足を開いて前屈する私の背中を、花海さんに押してもらっている。
「へえぇ、マキ体柔らかいわね。結構筋肉もついてるし、何かスポーツでもしてたの?」
「ああ、いや、スポーツとかは特に。けれど、この学校を受験するって決めてから体作りはしてたんです。」
「それじゃあマキも高等部からの入学組なのね!わたしもそうなの。」
「え、えへへ、知ってますよ。入学式の時に、壇上で話してましたよね。」
「そうよ!私、入学試験でトップの成績だったの!だから入学式で新入生代表の挨拶をしたのよ。それとマキ、同級生なんだから敬語はいらないわ。さん付けもいらないから名前で呼んでね。」
「えっと、じゃあ、咲季、ちゃん?」
「うん!よろしくね、マキ!」
うわあああっ!!
最初は押しが強い子だと思ったけど、咲季ちゃん滅茶苦茶優しくて良い子だああああ!
やったよおじさん!友達出来たよっ!!
喜びのあまりおじさんの方を見ると、部屋の隅で腕組みをしていたおじさんが、ニッコリと笑みを浮かべサムズアップしてくれた。
「なんかごめんね。急に巻き込んじゃって。あたしは藤田ことね。よろしくね。こっちは月村手毬。私達は中等部からの内部進学組なんだ。」
「勝手に紹介しないで。ウォームアップに付き合うのは良いけど、もし私達の練習の邪魔になるようなら追い出すから。」
ことねちゃんも明るくて親切そうな人だ。
だけど月村さんは相変わらず気難しそうにトゲのある言葉を言ってくる。
やっぱり嫌われてるんじゃないかっておじさんの方を向くと「ロンドンのライヴハウスの裏じゃ、あんな奴ばっかりだったぞ。」と参考意見を教えてくれた。
いや、ここ日本だし、学校だし。
「そういえば、3人はユニットを組んでるの?」
「そうよ!3人ともプロデューサーにスカウトされてね。」
「スカウト!?って事は3人とも優秀なんだ。」
進学早々にスカウトされるなんて凄い。
そうした話が1つも無い私とは大違いだ。
「えへへへへぇ、まぁ、それほどでも無いけどね。マキも頑張ってたら、いつかスカウトを受ける筈よ。」
「うん、そうなったら嬉しいなぁ。去年初星学園の事を知って、初めてアイドルに成りたいと思ったんだけど、いつか私も沢山のファンの前で最高のライヴをしたい。」
私が初星学園に来たのは、写真で見た光景の中心に自分が立つためだ。
それを言ったら、咲季ちゃん達はなんて言うだろう、と想像してしまう。
ここは夢を叶える場所であると同時に、夢が競い合う場所でもある。
入学した全ての生徒が万雷の拍手を浴びる事は叶わない。
限られた栄光の舞台のチケットを奪い合う事もある。
もし私の夢と咲季ちゃんの夢がぶつかり合う時、私は全力を出せるだろうか?
そんな不安が胸をよぎった。
「さっ、これでウォームアップは終わりね!プロデューサーもそろそろ来るはずだけど…」
「すみません。遅くなりました。」
噂をすればなんとやら。
眼鏡を掛けた若い男の人が部屋に入ってきた。
「あっ、プロデューサー!丁度良かったわ。いまウォーミングアップが終わったところなの。すぐにレッスンに入れるわ!」
「それは良かった。さて時間も限られてますし、早速はじめ…」
そう言ったプロデューサーさんの視線が、何故か私を向いて固まった。
「あっ、そうだ。この子、私達より先に来てたから一緒にウォーミングアップをしたの。名前は…」
「振枝、マキさんですね。」
「えっ!?知ってるのプロデューサー?」
咲季ちゃんが驚いた様子を見せるが、私だって驚いた。
何でこのプロデューサーさんは私の事を知ってるんだろう?
ことねちゃんや月村さんも不思議そうな顔をしている。
「あれ?もしかしてマキって実は有名人だったりするの?実は真の入試トップはマキで、咲季の学年トップて言うのは間違いだったとか。」
「失礼ね!私は正真正銘、入試組トップよ!」
「…花海さんの仰る通りです。入学試験の総合成績トップは間違いなく花海さんです。しかし…」
プロデューサーさんは少し下を向き眼鏡を上げた。
「入学試験での実技の成績では、ここにいる振枝マキさんがぶっちぎりのトップでした。総合成績でも花海さんの僅差の2位。すなわち振枝さんは次席合格なんです。」
「「「「………エエエエエエエエェッ!!??」」」」
プロデューサーさんの言葉に私だけじゃなく咲季ちゃん達も驚いて声をあげる。
「いや、おかしいでしょ!?なんでマキまで驚いてんの?」
「いや、だって合格したのが嬉しくて点数とか順位は気にしてなかったから…」
それにしたって実技でトップ、総合で2位というのは自分でも驚きだ。
咲季ちゃんとことねちゃんは驚いた表情をしているけど、月村さんは疑わしそうに私をみている。
「ねぇ、プロデューサー、本当にこんなんが実技トップなの?」
「間違いありません、月村さん。振枝さんのパフォーマンスは先生方もお墨付きです。」
プロデューサーさんはそう言うが月村さんは納得出来てない様子だ。
私自身も未だに本気で信じる事が出来ない。
確かにパパやママ、それにおじさんは私の歌を上手だと言ってくれるけど、あくまでも身内贔屓でフィルターが掛かってるものだと思っている。
まさかここまで他の人から高評価を得られるなんて夢にも思ってなかった。
「ふーん、マキが実技試験のトップだったとはね。ねぇマキ、ここで何かやってくれない?」
「ヴぅえっ!?」
咲季ちゃんからの突然の無茶振りに潰れたカエルみたいな声が出た。
まさか出来たばかりの友達にこんなキラーパスを放り込まれるなんて!!
「……もしよろしければ、自分からもお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ぷ、プロデューサーさんまでっ!?」
「振枝さんのパフォーマンス中の動画は確認しましたが、できる事なら生で歌を聞きたいと思っていたんです。もちろん、難しいようでしたら無理強いはしません。」
「あっ、なるほど。歌、ですね。」
焦ったぁ…
どうやら私は勘違いしていたみたいだ。
何かやって、と言われたから、おじさん直伝のブリティッシュジョークを披露する時が来たのかと思ってしまった。
「そういう事でしたら大丈夫です。ちょうど定期試験に向けて課題曲の練習をしようと思ってたんです。」
私は『初』が録音されたプレーヤーをスピーカーに繋ぎ、音楽を再生する。
「そんな大したものじゃ無いですけど、聞いてください。」
曲が流れ始めると、私は覚えたての振り付けを交えながら歌を歌う。
うん、きちんと声も出てるし、振り付けも間違えて無い。
歌いながらも咲季ちゃん達の方を気にすると、咲季ちゃんが感心したように笑っていた。
ほどなく曲が終わり息を吐くと拍手が起きた。
「やるじゃないマキ!流石実技トップね。」
「うん。普通にめっちゃ上手かった。もう完全にプロって感じ。」
「………私だって、調子が良ければあれくらいやれるし。」
咲季ちゃんとことねちゃんが私の歌を褒めてくれた。月村さんは…一応褒めてくれてるのかなぁ?
とにかく、私の歌唱力は他の人達から見ても上手いらしい。なんかちょっと自信がついたな。
「…あの、振枝さん。」
すると感傷に浸っていた私を、プロデューサーさんの声が現実に引き戻す。
顔を上げると、少し不満気に見える表情のプロデューサーさんがいた。
「今のは、本気でやったんですか?」
「えっ!?ああ、はい。一応そのつもりでやったんですけど…」
プロデューサーの質問にマキは驚きと戸惑いが混じった声で答える。
その表情に噓や誤魔化しは感じられない。
「…いえ。こちらも不躾な事を聞いてしまい失礼しました。申し訳ありません。」
自分の非を認め、プロデューサーはマキに向かって腰を折る。
今のは完全に俺が悪い。精一杯のパフォーマンスをした人間に、全力でやったのか?と問うなどプロデューサーがしてよい事では無い。
己の未熟さを恥じプロデューサーが頭を下げると、マキは慌てた様子で手を振る。
「いやいや、気にしなくて良いですよ!」
「しかし…」
「ほんと大丈夫ですから。プロデューサーみたいな人から見たら、まだまだ改善の余地があるって事ですよね?それに私だって、まだ納得出来ていないですし。」
「納得出来ていない?」
少なくともプロデューサーの目から見たら、ライヴでやる分にはマキのパフォーマンスは全く問題ないように思えた。
確かに以前見た動画に比べれば物足りなさを感じるのは事実だが、今のパフォーマンスを中間試験でやっても余裕でトップ成績を取れることも十分に有り得るだろう。
だがそれでも、マキ自身は自分のパフォーマンスに納得が出来ていないと言う。
「…振枝さん、『初』を最初に聞いたのはいつですか?」
「えっと、先週の頭に課題曲として貰ったから丁度1週間前ですね。」
「この曲を歌ったライヴ映像はネットにも上がっていますが、それを見た事は?」
「ええと、私の家、パパがネットに厳しくて、携帯にもセーフティが掛かってるから動画サイトやSNSは見れないんです。」
「…なるほど。」
つまりマキは正真正銘、1週間で『初』をこのレベルまで引き上げたという事だ。しかもその出来にまだ満足していない。
背中に薄ら寒いものを感じながらも、プロデューサーはマキに対してもう一つお願いをする決心をした。
「振枝さん、最後にもう一つだけ、お願いをしても良いですか?」
「はい?何ですか?」
「あなたが入学試験の時に歌った曲、『君を愛するために生まれてきた』をここで歌ってもらえませんか?出来ればフルVer.を、全力で。」
「あっ、ハイ。分かりました。準備するんで少し待って下さい。」
プロデューサーの頼みに驚きながらも、マキは快諾してくれた。
マキがプレーヤーを操作している間、プロデューサーの元に咲季達が近づいてくる。
「どういう事なのプロデューサー?マキに入学試験の時の曲を歌ってもらおうなんて。」
「先ほど振枝さん本人が言っていたように、彼女にとっての『初』はまだ発展途上の曲です。彼女の歌唱力が十分に発揮できるものでは無いと思われます。」
「えぇ~マジぃ?普通に滅茶苦茶上手かったですけどぉ。」
プロデューサーの言葉にことねは疑わしそうにする。
すると手毬が携帯を片手にプロデューサーに話しかける。
「あの子が入学試験で歌ったって曲。『君を愛するために生まれてきた』でしたっけ?調べてみたんですけど、それらしい曲は一つもありませんでした。」
「どうやら彼女の知り合いが作曲した未発表の曲らしいですよ。自分も歌詞等を検索してみましたが見つけられませんでした。」
「ふーん、余程マイナーな曲なんですね。」
そんな曲でよくトップ成績を取れたもんだな、とでも言う様なニュアンスが手毬の言葉には込められていた。
「…みなさん、これから振枝さんが行うパフォーマンスから決して目を離さないで下さい。今から目にするのは、私達が挑み続ける事になる頂です。」
いつになく真剣なプロデューサーの物言いに、3人にも緊張が走る。
プロデューサーの言葉に一切の誇張が無いことを感じられたからだ。
「よしっ、じゃあ準備が出来たので始めますね。」
そう言うとマキは再生ボタンを押しポジションに着く。
その瞬間、マキの周囲から音が消えた。
程なくピアノとドラムで始まるゆったりとしたイントロが流れ、マキの口が開く。
「♪ッ~~♪ッ~~~!」
「えっ!?」
マキの第一声を聞いたことねの口から驚きが漏れる。
他の2人は声さえ失い目を丸くし、プロデューサーは全身に鳥肌の立つのを感じていた。
「Hey come on!!」
その掛け声で曲調が一気にアップテンポになる。
それと共に歌声が激しく、試験の時よりも力強さを増していた。
振り付けも試験の時より明らかに動きが大きくなっている。
自分たちの目の前を駆け回る様に動きながらも一切乱れる様子の無い歌声に、プロデューサーは自分がライヴ会場にいるような錯覚に囚われた。
生歌だと此処まで凄いのか。
いや、単に音域が広いとか、音程を外さないとか、リズムが正確だとかだけでは無い。
その一挙手一投足の全てに目を奪われる。
声を震わせながら突き上げられる拳。
指揮者のように大きく振るわれる腕。
ギターソロに合わせたエアギターの振り。
それらが合わさり、まるで一つの演劇を見ているかのようだ。
恐らく、どうすれば観客の目を惹きつけられるのか本能で理解しているのだろう。
彼女のパフォーマンスの全てが、観客を魅了し、その心を掌握する事に特化している。
まさに希代のカリスマ性。それをたった15歳の少女が有しているのだから天才と言う他無い。
プロデューサーは自分たちが挑もうとする壁の高さを改めて認識し、身震いをすると同時にマキのパフォーマンスをもっと見たいという感覚を覚えていた。
強敵であることは間違いない。だがそれでも、彼女のファンになってしまいそうだ。
約3分半の曲が終わる頃、プロデューサーの額には汗が浮かび、口元には隠すことの出来ない笑みが浮かんでいた。
「ふぅ、ありがとうございました。」
1曲歌い終えたマキは、激しく動いた事もあり少し息が上がっている。
歌っていた時のカリスマ性は霧散し、そこには大人しい印象を受けるいつものマキしかいない。
しかし、彼女が人々を魅了する天才パフォーマーである事は疑いようの無い事実だった。
「…スッッッッゴイじゃないマキっ!!これが学年トップの実力なのねっ!」
真っ先にマキを称賛したのは咲季である。
彼女はマキに駆け寄り手を取ると、興奮した様子で何度も振った。
「歌は上手いし振り付けもカッコいいし!ああもうっ!私も負けてられないわ!もっと練習して歌もダンスもレベルアップしないと。マキ、その時が来たら、私と勝負しましょ!」
「いや、今のパフォーマンス見て勝負を挑めるとかメンタル強すぎでしょ。あたしもう圧倒されちゃったよ。」
「エ、エヘヘへへ、褒めすぎだよ2人とも。」
マキの実力を見ても萎縮するどころか逆に闘志を燃やす咲季に、ことねは呆れた様子を見せ、マキは照れた様子で顔を赤くする。
マキを見る2人の目には、確かなリスペクトが込められていた。
「………どうしてなの?」
そんな3人の後ろから、絞り出したような苦し気な声が聞こえた。
声のした方を見ると、顔を歪めて憎々しげな視線をマキに送る手鞠がいた。
「どうしてあんたみたいなのが上手なのっっ!?」
手鞠は感情を爆発させ、部屋中に響く大声を出す。
目尻に涙を溜め、握った拳を細かく震わせる手鞠に3人だけでなくプロデューサーも驚愕し、言葉を失う。
「私は沢山努力した!頑張った!だから中学で1番のアイドルになれた!誰よりも私が1番に成れるはずっ!なのに、なのに、なのにっ!!なんで去年からアイドルを目指した奴なんかがそんな風に出来るのっ!?」
「ちょ、ちょっと手鞠!」
「おかしい、絶対におかしいっ!間違ってる!どうしてあんたみたいなポッと出の奴がっ!」
「落ち着いて下さい、月村さん!」
地団駄を踏んで喚き散らす手鞠をプロデューサーが宥めようとするが、手鞠はキッと目を吊り上げてプロデューサーを睨む。
「何ですか?プロデューサーもソイツの味方をするんですかっ!?」
「味方だとか、そういう話をしているんじゃありません。俺はただ、皆さんに振枝さんの実力を見て欲しかっただけで…」
「だったら良く分かりました!そんなにソイツの方が良いんなら、私じゃなくてソイツを先にスカウトすれば良かったじゃないですか!」
「月村さんっ!」
「もういいです!私、ユニット抜けますっ!もうプロデュースしてくれなくていいです!」
そう言うと手鞠は目元を拭ってレッスンルームから走り去った。
プロデューサーは慌ててその後を追い、更にその後ろを咲季が追いかける。
部屋に残されたのは、ことねとマキの2人である。
「………あー、えっとぉ。」
「………」
「…マキのせいじゃ無いよ!うん、それは間違いない!」
「………」
「手鞠はさ、ほら、精神が子供っていうか、そのぅ、お子ちゃまなんだよね。だからそのぅ、もしかしたら自分のポジションをマキに取られちゃう、って思っちゃった、とかぁ?」
「………」
「…ね、ねぇ、マキ?」
「………ごめんね、ことねちゃん。私のせいで。」
「だ、だからマキのせいじゃ無いって!」
「でも、月村さんあんなに怒って…咲季ちゃんも、プロデューサーさんも行っちゃって……う、ううう、うわあああぁん!!!」
「あああ!もう泣かないでよぅ!!」
声を上げて泣くマキを、ことねは必死にあやして泣き止ませようとする。
彼女らの後ろに立つおじさんは、心配そうに見守るしか出来なかった。
ーーとあるプロデューサーへのインタビュー
私から彼女の話をするとなると、必然的に私がプロデュースした3人、いや、あの学年全体の話になりますね。
ええ、そうです。あの世代。世間で言うところの『初星学園 花の○○期』。あるいは『振枝世代』と呼ばれる世代です。
まあ当時を知る者からすると、本当に苦労させられました。
私も当時は駆け出しの若造で手抜かりも多かったですが、彼女ら以上に胃を痛めるアイドルとは出会えませんね。
なんと言うか、個性的と言うには尖り過ぎている方々ばかりで、毎日何かしら騒動が起きては、それに対応する日々でした。担任の先生には頭が下がる思いです。
そんな中で、彼女はどちらかと言うと大人しい方でしたね。あまり能動的に動くタイプでは無く、クラスでも少し浮いた存在だったのは間違いありません。
しかし、ステージに立つとそれが一変。まさにスターでした。
私は自分がプロデュースするアイドル達に、とにかく彼女を意識させました。
あれが自分達が目指すモノだと言い続け、常に目標にしてきたんです。
そういう意味では、彼女には感謝しています。
彼女という目標がいたから、私達はあそこまで登り詰める事が出来たんだと思います。
そう言えば2年前、ユニットの結成10周年の全国ツアーを行ったんですが、海外コンサートの合間を縫って彼女が御忍びで来てくれたんです。
しかも自費でチケットを買ってくれたんですが、プライベートは相変わらず地味で誰にも気付かれなかったって言ってました。
本作の主人公はパフォーマンス中だけ人が変わるだけで素は陰キャです。
日常生活では眼鏡を掛け、服装も地味目でクラスでもほとんど発言しないため、主人公の事を認識していないクラスメイトもいます。
また、一人娘で両親から甘やかされ、ネット社会から離されていたので害意や悪意に非常に打たれ弱いです。多分SNSで悪口を書かれているのを見たら普通に泣きます。
学マスの信号機の主人公に対しての反応は、咲季は元がアスリートのチャレンジャーメンタルなので問題無し。
ことねは自己評価低めなので「うわぁ、凄ぇ。」という感想は出ても絶望はしない。
手鞠だけは、「SyngUp」解散後にパフォーマンスが落ちて不安定になっていたメンタルが、プロデューサーとユニットメンバーと出会って漸く安定してきた所に、主人公という台風により自己形成の大きな柱であったボーカリストとしてのプライドをボキボキにへし折られた結果、今回のような事になってしまいました。
ある意味手鞠の心境を考慮せずに主人公にパフォーマンスをさせたプロデューサーの責任ではあるのですが、彼もいずれ自分達の前に立ちはだかるであろう大きな壁を早めに認識させたかったという思惑があったんですよね。