アイドル一年生とタンクトップ幽霊おじさん   作:ミッツ

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前2話のラストに短いエピソードを追加しています。
読まずとも本編に大きな影響はありませんが「さてはコイツBLUE GIANTに影響されたな。」とでも思いながら読んでいただけると幸いです。


ひねくれ歌姫と手を取り合って

 月村手毬にとっての特技は歌だ。

 これだけは誰にも負けないと自信を持って言える。

 中学生の頃、手毬は学年№1のアイドルユニットである『SyngUp!』に属し、ユニット内ではボーカルの要を担っていた。

 3年生の時に大喧嘩の末にユニットが解散し、以来深刻なスランプに悩んだ時期もあったが、高等部に進学しプロデューサーと出会い生活習慣が改善し、咲季やことねとユニットを組む事でメンタルが安定し、徐々に以前のパフォーマンスが戻りつつあった。

 このまま行けば同年代では間違いなく手毬は世代トップの歌い手であり、高等部でも学園屈指のボーカリストであることは疑いようのない事実だった。

 

 そんな彼女の矜持と自信は、突然現れた同世代の少女に叩き潰された。

 

 初めて振枝マキと出会った時、手毬の第一印象は「本当にこの子はアイドル志望なの?」というものだった。

 ハッキリ言って、マキはあまりパッとしない容姿である。

 初星学園のアイドル科に在籍する生徒というのは、日本一のアイドル養成学校の生徒というだけあって皆華やかなオーラというものを持っている。単純な顔面偏差値も非常に高い美少女ばかりだ。

 

 しかし、マキの顔立ちは美少女と言うには多少の御世辞が必要になる。

 特徴的なのは少し前歯が出ているところで、それ以外に印象に残る様な部分は無い。

 スタイルに関してはむしろ貧相な部類だ。セクシーさの切片も無いお子様体型である。

 何よりキラキラとしたオーラが皆無。

 何というか、クラスでも教室の隅っこで本でも読んでそうな女の子である。

 

 だからマキが入学試験でぶっちぎりの1位であったという話を聞いても、その歌声を生で聞くまでは信じられなかった。

 マキが手毬たちの前で歌った『初』は、学年トップクラスと言われて納得の歌唱力であった。

 こればかりは手毬も認めざるを得ない。それでも負けているとは思わなかった。

 自分が全力を出し切れさえすれば勝るとも劣らず。十分勝負が出来ると踏んでいた。

 

 この時、手毬はマキに対する評価を大幅修正し、ボーカリストとして自分と互角以上のライバルだと認めたのである。

 だがしかし、それがとんでもない思い上がりである事を直後に思い知らされた。

 本物の天才というものが何であるか、手毬は知る事になる。

 

 プロデューサーの御願いを聞いてもう1曲歌う事になったマキ。

 手毬はそれをどんなモノかと多少楽しみながらも構えていたが、見定めてやろうという気持ちはマキの第一声で吹き飛ばされた。

 

 英語の歌詞で紡がれる、熱く、激しい愛のロックミュージック。

 手毬はそれを歌うマキに、圧倒され、魂を震わせられ、そして魅了された。

 

 この子はいったい誰なの?

 

 先程までの存在感の薄い少女とはまるで違う。海外のトップアーティストに匹敵する存在感とパフォーマンスは、手毬の心を大きく動揺させた。

 明らかに自分とはレベルが違う。いや、比べる事すら烏滸がましい。

 そう思えてしまうほど、マキの歌唱力は圧倒的だった。

 

 その瞬間、手毬をこれまで支えてきたボーカリストとしての誇りが、酷くちゃちなモノに思えてしまった。

 

 あの子の歌に比べれば、私の歌はなんてお遊戯だ。

 とてもでは無いが彼女の前で、「自分は歌が得意です。」なんて恥ずかしくて言えない。

 

 そう思ってしまった自分に、手鞠は絶望した。

 そんな自分の想いを他所にマキを称賛する咲季とことねに、手鞠は頭に血が昇るのを感じた。

 そして隣に立つプロデューサーの顔を見た瞬間、感情の波が心を決壊させた。

 

 ひとしきり暴れ散らかした手鞠は、泣きながらレッスンルームから逃げ出した。

 

 なんでみんな私の事を放ったらかしにしてあの娘を褒めるの?いや、理由なんて分かってる。分かってる!

 あの娘は間違い無く天才だ。私なんてまるで相手にならない。

 性格も大人しそうだし誰かと衝突する事も無い。余計な事を口にして問題を起こす自分とは大違いだ。

 あの娘が私の代わりにユニットに加入すれば絶対に成功する。

 そう想像すればする程、自分が惨めで、苦しくて、嫌いになる。

 

 手鞠は自分でも訳が分からないまま廊下を走っていた。

 すると、その後ろから手鞠を追い掛ける音がする。

 

「待って下さい、月村さんっ!」

 

 聞こえてくるのは焦った様子のプロデューサーの声だ。

 それを聞いた手鞠は更に速度を上げる。

 2人の距離は縮まらない。

 しかし

 

「手鞠っ!待ちなさいっ!!」

 

 もう1人手鞠の名前を呼ぶ声がする。咲季だ。

 咲季はアスリートさながらの猛ダッシュでプロデューサーを追い越すと、勢いそのままに手鞠の前に出て両手を広げ立ち塞がる。

 手鞠は立ち止まると咲季を睨み付けた。

 

「っ!?どいてよっ!」 

 

「どかないわ!泣きながら飛び出して行ったメンバーを放っておくなんて、ユニットのリーダーとして失格でしょ?ほらっ。」

 

 そう言って咲季はタオルを差し出す。手鞠は初めて自分が涙を流しているのに気が付いた。

 ひったくるようにしてタオルを受け取ると、それでゴシゴシと顔を拭う。

 そうしていると若い男性の荒い息が聞こえる。

 

「ハァ…ハァ……月村さん。」

 

「…プロデューサー。」

 

 手鞠に追い付いたプロデューサーは深呼吸をして息を整えると、手鞠の目を見て口を開く。

 

「月村さん。これだけは言わせて下さい。私は貴方をユニットから外すなど毛頭も考えてません。」

 

「っ!?でも、あの娘の方が私よりずっと歌が上手い!私がいるよりもあの娘がいた方がっ!」

 

 自分で言って余計に手鞠は情けなくなった。

 

 なんで自分はいつもこうなんだろう?

 言わなくても良いことを言って、それで他人を傷つけ、自分を傷つけ、本当に自分は何をしているのだろう、と自分を責める。いつもその繰り返しだ。

 

 そんな手鞠を咲季は呆れたような目で見る。

 

「はぁ?なに言ってんの。確かにマキは歌が上手だけど、あんただって負けてないじゃない。」

 

「適当な事を言わないで!」

 

「私も花海さんと同意見です。」

 

「プロデューサーまでっ!」

 

 何をどう聞いたらそんな風に思えるのか。

 安易な慰めなど惨めになるだけだと叫ぶ手鞠だが、そんな彼女に咲季は首をかしげながら言う。

 

「だって自分でも言ってたじゃない。調子が良ければあれくらい歌える、って。」

 

「え?」

 

 何をいってるんだ?いつそんな事を自分が。と混乱する手鞠だったが、

 

「あっ。」

 

 そういえばマキが最初に『初』を歌った時にそんな事を言っていたのを思い出す。

 我ながらとんでもない勘違いだった。と、張り詰めていた手鞠の気が抜ぬけた時であった。

 

 ぐうぅ~~

 

 胃腸の働きにより空気や消化液が流れて発生する音。

 それが手鞠の腹部から盛大に鳴った。

 

「………」

 

「………」

 

「…あれ?手鞠お腹減ってるの?」

 

 手鞠とプロデューサーが気まずい沈黙を続ける中、咲季が空気を読まずに指摘する。

 手鞠の顔が一瞬にして朱に染まると、プロデューサーは軽く息を吐いた。

 

「月村さん。」

 

「な、なんですか?」

 

「お昼ごはん、ちゃんと食べましたか?」

 

「た、食べました。サラダと水を。」

 

「…育ち盛りの子供が、それでは足りないでしょう。」

 

 無理なダイエットは控えるように言ったはずですが。

 そう愚痴を言いながら、プロデューサーはどこからか袋を取り出した。

 

「それは?」

 

「レッスンの合間のエネルギー補給にと思って作ってきたロカボクッキーです。折角ですし、レッスンルームに戻る前に食べて行きませんか?」

 

 ぐうぅ~

 

 プロデューサーの提案に手鞠が答えるより早く、お腹の虫が返事をした。

 月村手鞠は死にたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「月村さん。どうぞお茶です。」

 

「ありがとう御座います。ふぅ。」

 

 プロデューサーから受け取ったお茶を飲んだ手鞠は、満足そうに息を漏らす。

 ベンチに座った彼女の横には咲季がついているが、2人の間には空になった袋があった。中身のほとんどは今は手鞠の腹の中だ。

 

「…月村さんが落ち着いてくれたところで、先ほどの話の続きをしましょう。」

 

 真剣な面持ちでプロデューサーが話し始めると、手鞠は慌てて姿勢を正す。

 

「振枝マキさんの歌を聴いて、月村さんはどう感じましたか?」

 

「…とても凄いと思いました。私なんかじゃ、とても敵わない……」

 

「それは何故ですか?」

 

「何故って…そんなの明白じゃないですか!あんなに凄い迫力で!音程も全く外して無くて!振り付けも、カッコ良くて……私じゃ同じようには出来ない…」

 

「なるほど。確かにそうかもしれません。ではもう1つだけ、月村さんにお尋ねします。振枝さんに歌ってもらった2曲目の楽曲。あれはアイドルソングでしたか?」

 

「………え?」

 

 予想外過ぎるプロデューサーの質問に、手鞠の思考に空白が生まれる。

 プロデューサーの顔つきは相変わらず真剣そのものだ。

 

「アイドルソング…では無いと思います。英語だから歌詞の内容はよく分からなかったけど、曲調はテクノポップとロックを混ぜた感じ、みたいな?」

 

「そうですね。シンセサイザーと打ち込みを多用していますが、あの曲の基盤となったのは間違い無くロックンロール。それも、欧米で70年代から80年代に掛けて流行った古典的なロックミュージックです。」

 

「…あの、話が見えて来ないんですけど。」

 

「つまりですね、振枝さんの歌唱力の原点となったのは、かなり時代遅れの音楽なんです。しかも彼女の歌唱法やパフォーマンスは、そんな古典的な音楽に特化しすぎているんです。月村さん、振枝さんのパフォーマンスを見て、可愛らしさを感じましたか?」

 

「いや、それは…どちらかと言うとカッコ良さ全開で…あっ!」

 

 その時、手毬の脳裏に閃くものがあった。

 

「ねぇ、プロデューサー。思ったんだけど、あの歌って、もしかして男性のロックバンドが歌ってた曲なんじゃない?」

 

「はい。私もそう思います。私も決して楽曲に男性が歌うべき物、女性が歌うべき物、という括りを設けてるわけではありませんが、それでも男女それぞれの声帯に適した曲というのは存在します。」

 

 それで言うなら『君を愛するために生まれてきた』はどちらかと言うと男性のパワフルな声でこそ本領を発揮する曲。女性がこれを歌いこなすのは男性よりも難しい筈である。

 

「それを歌えるというのは振枝さんが優れたボーカリストであると同時に、彼女の歌唱法が男性ロックバンドを歌うのに特化している証拠でもあります。無論肺活量やリズム感などの基本的な歌唱力は高い水準にあるため別ジャンルの曲でも問題なく歌えますが、アイドルの楽曲として歌いこなすには本来の彼女の実力を発揮できずにいると考えられます。」

 

「あっ、だからプロデューサーはマキに本気を出しているのかって聞いたのね!」

 

 咲季が手を打って尋ねると、プロデューサーは頷いた。

 

「その通りです。振枝さんが歌っている様子は事前に映像で確認していましたが、それに比べても『初』を歌う彼女は明らかにインパクトに欠けていました。恐らく彼女は、アイドルソング向きではない自分の歌唱法を変えようとしている途上なんでしょう。」

 

 振枝マキの歌唱力はボーカリストとして最大の強みだ。

 しかし、それをアイドル歌手として見た場合、大きな足枷になる可能性を内包している。

 

 振枝マキはロック歌手であって、アイドル歌手では無い。

 

 これまでにも中性的な魅力を持ち、男女問わず人気を博したアイドルというのは多くいる。

 しかし、それらと比べても振枝マキの才能は異質だ。

 完全にゾーンに入ったマキのパフォーマンスに女性アイドル的な要素はほぼゼロ。

 仮にその状態で『初』を歌ったところで、曲と歌声が噛み合わず違和感を生じさせる。

 マキにとって最大の強みであるロックンロールの才能が、アイドルとしての魅力の最大の弱点と成り得るのだ。

 

 プロデューサーは再び手毬の瞳を正面から見つめた。

 

「とは言え、振枝さんは間違いなく天才的な歌唱力を持っています。しかも自分に向いてない音楽であろうと果敢に挑戦し、1週間である程度形にすることの出来る『努力をする天才』です。正直私も、彼女に挑んで必ず勝てると自信を持って宣言出来ません。」

 

「………」

 

「ですが、月村さんがいれば振枝さんに勝てる可能性が大きく上がると信じています。アイドルという分野において、月村さんは一日の長があります。」

 

 あなたの築き上げたアイドルとしての経験と実績が、私達には必要です。

 

 プロデューサーのその言葉に、膝の上に置かれた手鞠の手に力が籠る。

 

「ちょっと、大切な事を忘れてるんじゃない。」

 

 聞き捨てならないとばかりに咲季が口を挟む。

 彼女は胸に手を当て、自信満々な表情をしている。

 

「私だってマキに負けるつもりは無いわよ。確かにマキのパフォーマンスは凄いわ。だからこそ挑む価値があるのよ!もっとトレーニングして、歌もダンスもレベルアップして、絶対に勝つんだから!」

 

 咲季はそこで手鞠の方を見ると、挑発的な笑みを浮かべた。

 

「安心しなさい。あんたがいじけて腐ってても、強くなった私とことねでマキに勝ってくるわ。」

 

「冗談じゃないっ!」

 

 手鞠は勢いよく立ち上がり、咲季を睨み付けた。

 

「私だって負けない!私は3年間、アイドルとしてトップを走ってきた!今さらアイドルを目指した奴なんかに負けてやるもんか!」

 

 不安が消え、闘志とやる気に満ちた光が宿る目で手鞠は宣言する。

 

「ふん、ようやくらしくなったじゃない。それで?これからどうするつもり?」

 

「当然レッスンに戻る。プロデューサー、あれだけ分析してるなら、あの娘に勝つためのトレーニングも用意してますね?」

 

「ええ、勿論です。私も勝負を仕掛けるなら、負けるつもりはありませんから。その分、厳しいトレーニングになりますよ。」

 

「上等です。私達こそが学園一のアイドルに成るって事、あの娘に教えてやります。」

 

 挑むべきライバルの存在を認めた手鞠に、迷いは既に無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒック、えうぅ…」

 

「はいはい。もうそんなに泣かない泣かない。安心しなさい。」

 

 気を取り直してレッスンルームに戻って来た3人が目にしたのは、泣き腫らした目でことねの膝を枕にするマキと、そんな彼女の頭を慈しむように撫でることねの姿だった。

 

 予想外の光景に呆然とする3人だったが、程無くことねは入り口に立つ3人に気が付いた。

 

「あっ、やっと帰って来た。もぉ~いつまで待たせるつもりですかぁ~。」

 

「藤田さん、これはどういう状況ですか?」

 

「どうもこうも、さっき手鞠が暴れ散らかして出てっちゃったじゃないですかぁ~。それでマキがパニック起こして大泣きしちゃったんですよぉ~。もぉほんと、泣き止ませるの大変だったんですからね。」

 

 マキを撫でる手を止めて頬を膨らませることね。

 マキはそんな彼女の腰にしがみ着き、怯えた視線を手鞠に向けていた。

 

「その様子じゃ手鞠はもう大丈夫みたいですね。じゃあ手鞠、マキに謝りな。」

 

「えっ!?なんで私が…」

 

「なんでじゃ無いわよぉ!いくらマキの歌にビビったからって、あんな風に怒鳴ったりしたら周りはいい迷惑だよ!」

 

「び、ビビってなんて!?」

 

 ことねの指摘に血相を変える手鞠だったが、その肩に咲季が手を置く。

 

「ことねの言う通りね。事情はどうあれ、手鞠がマキに八つ当たりしたのは間違い無いわ。」

 

「八つ当たりって…」

 

「そうですね。ライバルと言えど、振枝さんは同じ学舎で励む学友でもあります。嫌な蟠りは、早い内に取り払っていた方がお互いの為ですよ。」

 

「プロデューサーまで…」

 

 完全に逃げ道を塞がれた手鞠は困ったようにマキを見る。

 そこには先ほどのパフォーマンスとは打って変わって、小動物のように自分を見上げる同級生がいた。

 こうなって来ると、如何に手鞠といえど変に意地を張るのがバカらしくなってしまう。

 

 手鞠は小さく息を吐いて呼吸を落ち着けると、マキに向かって軽く頭を下げた。

 

「さっきは大声出してゴメン。別に貴方を怖がらせようとした訳じゃない。」

 

「月村さん…」

 

 素直に自分の非を認め謝る手鞠にプロデューサーはなんとも言えぬ感動を味わった。

 咲季とことねも、我が子の成長を目の当たりにした親の心境になり微笑ましい気持ちになっている。

 だが

 

「でもステージに立ったら容赦しないから。全力でぶっ潰してやる。」

 

「ヒウッ!?ごめんなさぃ。でも痛いことだけはしないで下さいぃ…」

 

 一転して物騒な宣戦布告をした手鞠に、マキの瞳からは再びポロポロと涙が溢れ始めた。

 

「ちょっと手鞠!せっかく泣き止んだのに何また泣かせてんのっ!?大丈夫だよぉマキ~。怖くないよ~。」

 

「い、いや!今のは私悪くないですよねっ!?」

 

「どう考えても手鞠が悪いでしょ。なんで謝った直後に脅しを仕掛けられるのよ。」

 

「月村さん、もう少し言葉を選べるようになりましょう。じゃないと将来苦労しますよ。」

 

「そ、そんなぁ~。」

 

 結局その日、新入生4人はロクなトレーニングが出来ないまま解散するに至ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…疲れたぁ。」

 

 更衣室で着替えを終えて自室に戻った私は、ベッドに横たわり続けている。

 気付けばあと30分で食堂のラストオーダーになるというのに、全身を覆う倦怠感で体を起こすのも億劫になってしまっていた。

 

「…本当に今日は色々あったなぁ。」

 

 入学して初めての友達が出来て、友達の前で歌を披露して、友達のユニットメンバーにキレられて、大泣きした末に友達に慰められて。

 1日で起きるにしてはあまりにも濃厚なイベントの数々だった。

 

「月村さん、かぁ…」

 

 その中でも特にインパクトの強かった人の顔を思いだし額に手の甲を当てる。

 なんと言うか、他人を寄せ付けぬ狼のような人だった。

 きっと彼女は本気でアイドルに成りたいんだろう。

 だからあんなに怒ったんだ。

 

「…ねぇ、おじさん。私って、甘かったのかなぁ?」

 

 私の質問に、おじさんは『どうしてそう思うんだい?』という顔で首を傾げる。

 

「だってさ、月村さんがあんな風に怒ったのは、それだけアイドルに対する思い入れが強かったからだと思うんだ…」

 

 あのあと、ことねちゃんから聞いたけど月村さんは中等部のアイドル科ではトップ成績だったらしい。

 だけどそれに胡坐をかかず、今もストイックにトレーニングを続けている。

 そんな人からすれば、たった1年前にアイドルを志し、実技トップで入学してきたのに自分の成績に無頓着でヘラヘラしている人間なんて、ムカついて当たり前だ。

 私だって、自分が必死に勉強している横で大して勉強をせずにテストで良い点を取った人が「別にテストの点数なんて気にしてないけど?」なんて言っていたら良い気はしない。

 

 私は無自覚なうちに、月村さんを傷付けていたのかもしれない。

 

「月村さんだけじゃない。咲季ちゃんや、ことねちゃん、他の人達だって本気でアイドルになりたくてこの学園に来たんだ。それに、入学出来なかった人たちだって…」

 

 誰もが目指せるものでは無い。私は運よく、アイドルという夢を目指せる権利を得れた。

 なのに私は、その権利得られたことに満足してしまっていたのかもしれない。

 本当はもっと必死に頑張って、限られた席を奪い合うのに本気にならなければいけなかったんだ。

 そしていずれは、咲季ちゃん達とも…

 

 そんな考えが脳裏をよぎったその時、おじさんが私の両手を握った。

 

「おじさん?」

 

 戸惑う私におじさんは優しく語りかける。

 

 マキ、音楽には優劣がある。けれど、音楽は争う為のものじゃない。繋がり合う為のものだ。

 

 おじさんはそう語ると、歌を口ずさんだ。

 その歌は、おじさんの歌の中で私が一番好きな歌。

 数あるおじさんの歌の中で、唯一サビが日本語の曲だ。

 心を包み込むような優しい旋律は、悩んだり嫌な事があった時の私をいつも癒してくれる。

 

 以前おじさんが教えてくれた。

 この曲は、日本への感謝から生まれた曲であると。

 

 おじさんがバンドマンとして漸く売れ出した頃。

 少しずつ名が売れて来たとはいえ世間では数ある駆け出しのバンドとしか見られず、契約に縛られ金銭的な余裕もなく、おじさん達は漠然とした不安を抱えていたそうだ。

 そんな時、遠く離れた異国の地からライヴのオファーがあった。

 行った事が無いどころか、名前くらいしか知らないその国で、おじさん達は熱烈な歓迎を受けた。

 

 まるで自分達がジョンやポールになった気分だったよ。

 

 おじさん達はその時の感動を生涯忘れなかった。

 言葉の通じない国で自分達の曲が通用している事に、大きな自信を得る事が出来た。

 その感謝を込めて、おじさんの友人が作り出したのがこの曲だった。

 

 どんな時代、どんな場所であっても、批判してくる人間はいる。

 奇をてらった邪道、音楽への冒涜。

 そう罵る声もあれば、時代遅れの古臭い音色、ヒット曲の使いまわし、と揶揄する声もある。

 だけどそれ以上に、僕たちの音が好きだと言ってくれた人達がいた。

 僕たちはそんな人と繋がりたくて、ミュージックを紡いだんだ。

 

 マキ、君はどんなミュージシャンに成りたい?

 

「私が成りたいミュージシャン…」

 

 そんな事、考えた事も無かった。

 私の夢はアイドルに成ること。写真で見た、あのライヴの中心に立つ。

 それだけが偽り無い私の夢だった。

 

「私は、みんなと楽しく歌いたい…」

 

 『君を愛するために生まれてきた』を咲季ちゃん達の前で歌った時の、咲季ちゃんの顔が私は忘れられない。

 あの時、間違いなく私と咲季ちゃんは歌を通して繋がっていた。それはとても心地の良い事だった。

 

 ああ、そうだ。私はおじさんと歌を歌うのが楽しくて、歌が好きになったんだ。

 そしてあの写真に映るアイドルと観客。歌を通じて繋がり合い一つの世界を作る姿が輝いて見えた。

 だから私は、アイドルに成りたいと思ったんだ。

 

「ありがとう、おじさん。やっと自分が何をしたいか分かったよ。」

 

 私はおじさんの瞳を見詰めながら決心を語る。

 

「私ね、おじさんの歌をライヴで歌いたい。私が好きな歌を、私を音楽が好きにしてくれた歌を、たくさんの人に知って欲しい。おじさんの歌がない世界は退屈だ、って思えるくらい世界中におじさんの歌を広めたい。」

 

 富や名誉はいらない。私はおじさんのように歌を通じて世界の人々と繋がりたい。私が大好きなおじさんの歌を、世界中の人達と共有したい!

 

「おじさん、その時が来るまで、私の事を見守ってくれる?」

 

 私の問いかけに、おじさんはニッコリと笑った。

 

”Off course.My baby.”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――とある現役アイドルへのインタビュー

 

 あの娘についてですか?

 それなら、他の2人に聞いた方が良いと思いますけど。私は2人と違って、あの娘の友達って訳ではありませんし。

 ………ええ、そうですね。初対面であの娘を泣かせたのは間違いありません。

 ちょうど私達がテレビに呼ばれるようになった頃、バラエティー番組で暴露されて割と有名になったんですよね。

 そのせいで一時期『初星の狂犬』なんてあだ名を付けられたんですよ!ヒドくないですかぁっ!私だって泣かされたんですよ!

 …まあ、もう過ぎた事なんで良いですけど。

 

 そんな訳で、私はあの娘とは険悪とは行かないまでもあんまり仲は良くありません。

 むしろ、私にとっては本当に目障りな存在でした。もちろん、あくまでもステージ上の話ですよ。

 その辺りは当時から結構記事に書かれてたんで、知ってる人も多いんじゃないですか?

 私ほどステージ上のあの娘とバチバチにやり合ったアイドルはいないと思います。少なくとも、ボーカリストとしては。

 

 彼女の歌は、アイドルとしては異質なものでした。圧倒的で、パワフルで、それでいて繊細で、しかもほとんどの楽曲が英語の歌詞だったから、学園の先生どころか著名なアイドル評論家もどう評価していいか戸惑っていた部分はあったと思います。あらゆる部分で既存のアイドルとは一線を画す存在でした。

 

 そんなあの娘に置いてかれないように皆必死でした。それがある種の私達の世代の特徴でしたね。

 尊敬はしてても、負けるつもりはない。常に対等であろうとしてたからこそ、私達の世代は多くの人の心に残ったんじゃないかと思います。

 

 …えっ?ああ、もうそんな時間。すみません、話の続きは授賞式の後で。

 ……ええ、はい。そこの花輪はあの娘から送られてきたんです。

 それにしても、レコ大の授賞式でグラミー賞受賞者からお祝いの花を贈られるなんて、正直複雑な気分ですね。

 

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