ベイカー・リッキーとの戦闘を終えた私達は、騎士団の馬車に乗せられ、寮へと帰還した。馬車から降りた私達の前に立っていたのは教師のセト・フライシャー先生だった。先生は私達の姿を見ると、安心したような表情を見せた。
「おかえりなさい。まずはみんな無事でよかった」
私達は先生の前に並ぶと、誰かが音頭をとる事もなく、一礼した。
「時間外無断外出及び監督者無しの戦闘行為。申し訳ございませんでした!」
フライシャー先生は私達一人ひとりの顔を確認すると、深く息を吐いた。
「事情は聞いています。当初はルメアさんを連れ帰る為だったと。しかし、まさかあの大犯罪者、ベイカー・リッキーと対峙していたとは。よく生きて帰還してくれましたね。当然然るべき処罰は下すことになるでしょうが。今は取り敢えず休んでください。明日1日は、というより、もう今日ですね」
明るくなる空を見てフライシャー先生は軽く微笑む。
「取り敢えず丸一日休みを取りますので、しっかり休んでください。話はまた改めてしましょう」
そういうとフライシャー先生は踵を返して校舎へと戻って行った。その後私達は寮に戻り自室で休んだ。私は昼近くまで泥のように眠り続けた。扉を叩く音に気付いた私は慌てて扉を開けるとそこにはルメアが立っていた。
「ルメア、どしたの?」
「あ、あの、レイン、さん。い、一緒に、お風呂、行きませんか?」
寮が違うのにわざわざそんな事のためにここに来たのかこの子は。別に悪い事じゃないけど。少し驚きながらも了承した私は、ルメアと共に女子寮の大浴場に向かうことにした。脱衣所に入り、衣類を脱ぎタオルを巻いて浴場に向かう。広々とした大浴場は流石のもので、しかも、この時間はみんな学校に行ってるため、私達の貸切状態だった。
「ここが大浴場、ですか」
「あ、そっか、ルメアは基本1人で入るんだもんね」
ルメアやリミネス程の家柄なら、部屋にそれなりの風呂があって当然。て事は、誰かと入る風呂は私が初めてなのかな?
「え、え〜と」
「先ずは身体を洗わないとね、こっちだよ」
私はルメアの手を引き、洗い場に向かう。ここの洗い場は最新の魔導技術が施されていて、前世と変わらないお湯のでる蛇口が付いていた。残念ながらシャワーはまだ無いようだが。
「よっと、ふわぁ〜、気持ちいぃ〜」
蛇口から出したお湯を桶に溜めて頭から被ると、おじさんみたいな声が出た。それからシャンプーで頭を洗おうとしたが、隣のルメアは困惑した様子。洗髪も全部使用人がやってくれる彼女には、何が何だか分からないのか。
「ルメア、髪洗おうか?」
「へ?い、いえ!恩人のレインさんに、そんな真似させては、カリーペン家の娘としての」
「いいからいいから、慣れないことしなくていいよ」
私はルメアの返事を聞くこともなく、ルメアの背後に立ち、彼女の髪を軽くブラッシングしてから、お湯で洗い流す。多少の無礼ももう文句は言われまい。独自開発したシャンプーで彼女の頭を洗い始めたのだが、サラサラの金髪はとても綺麗でずっと触れていたいと思えた。髪が長いから流すだけでも結構時間がかかる。ルメアは顔を真っ赤にして俯いているが嫌ではないらしい。
「レイン様、その」
「ん?」
「私はこれからどうすれば良いのでしょう」
切な気な声のルメア。彼女は俯いたまま続けた。
「今までは傲慢な態度で誤魔化してきましたが、私には何もありません。リミネスさんに一方的に難癖付けていましたが、彼女の様に幅広く魔法を扱えません。マリアさんやカトリーナさんの様に治癒術にも長けていません。ラミスさんの様な剣術も、リンさんの様な槍術も」
きっと、これが本来のルメアの姿なのだろう。彼女は卑屈で、常に劣等感を抱いていた。
「私には、何もありません」
「私からすれば、氷魔法を扱えてる時点で、何も無いとは思わないけど、きっとそういうことじゃ無いんでしょ?」
ルメアは小さくコクリと首を縦に振った。
「こういう時、気の利いたこと言えなくて申し訳ないんだけど、結局、努力するしか無いよ」
自分で言っていて酷い言葉だと思う。それでも事実だ。何もせず嘆くだけなら誰でも出来る。
「君のお兄さんもそうだったんじゃ無いの?」
「お兄様」
「うん。ルメアのお兄さんは、誰の為に強くなろうと努力したんだっけ?」
私の問いにルメアは答えない。いや答えられないのかもしれない。彼女は俯いて唇を噛み締めていた。そんな彼女から流れ落ちる雫。どうやら、お湯をかけすぎた様だ。
「君も、君を愛した人が誇れる人になれば良い。だからさ、私も付き合うから、知識と経験を積んでいこう」
「レインさん」
「私達には時間がある。それに、ここは学舎。何が向いているのかも、何を伸ばすべきなのかも教えて貰える。努力を重ねる時間はあるからさ、焦らずにいこう」
私はルメアの髪を洗い流してタオルで包み込む。ルメアは私の言葉を咀嚼するように何度も頷いた。すると突然ルメアが振り返った。
「レ、レインさん身体冷えてませんか!?す、座ってください!今度は私がレインさんのお身体洗いますので!」
「いいえ、ルメアさん。その必要はありません。レインの身体は私が洗いますので」
「え?リミネス?」
ルメアの提案を断ったのはいつのまに居たのかリミネスだった。リミネスはタオル一枚を身に付け仁王立ちしている。突然現れた彼女の行動に思わず呆然としてしまった。
「えと、リミネス?何でここに?一般寮だし、しかも何故大浴場に?」
「レインを食事に誘おうと思ってこちらまで来たのです。それなのに」
冷たい視線を向けてくるリミネス。良いことなのかよく分からないが、リミネスは最近こういう不機嫌な姿もよく見せてくるようになった。
「ルメアさん。私は貴女と今後も良好な関係を築いていくつもりです。しかし、今回のように抜け駆けをするというのなら別です!」
「な!私はただ恩人のレインさんを労わろうと思っただけです!!」
「ならば何故レインだけを?恩人というのならクラスメイトの皆さんに該当するのでは?お風呂に入るなら殿方は除外されるにしてもラミスさんやベルさんも該当するのでは?」
「そ、それは」
2人が何やら言い争いを始めたかと思ったら、入り口の方から扉が開く音と声が聞こえた。
「あら、先客はリミネス様達だったのですね」
「みなさんお疲れ様です。お身体は大丈夫ですか?」
マリアとカトリーナだった。2人はそれぞれバスタオルを胸元に巻きながら入ってきた。
「マリア、この2人もそうだけど、珍しいね」
マリアもリミネス、ルメアと同じく上流貴族専用の寮で生活している。しかし、マリアはカトリーナと仲が良く、他のクラスメイト達とも友好的な関係の為、一般寮で見かけることがよくある。しかし、お風呂は自室で入っていたはずだが。
「一般寮には大きなお風呂があって、みなさんと入れるって聞いて前から気にはなってたんです。でも、私が入ると、他のクラスの方が萎縮するのではと考えて遠慮していましたが」
「今日は私達のクラスは特別休暇ですからね。今なら入れるのではと誘ってみました」
カトリーナの言葉に納得する。楽しそうな表情のマリアはルメアとリミネスに視線を向ける。
「ところでリミネス様。ルメア様。何を言い合われていたのですか?」
「ッ!何でもありませんよ。マリアさん」
「そ、そうです。お気になさらず」
「そうですか?」
「マリアさん、先ずはこちらに」
カトリーナはマリアの手を引いて私達の近くに座った。
「リミネスもそこ座って体洗いな」
私はルメアの隣に空いていたスペースを指差す。
「あ、そのですね、レイン、わ、私も使い方が分からなくて」
「そうですかリミネスさん。貴女への恩もありますので、私が教えて差し上げます。先程レインさんから教わりましたのでご心配なく」
「え?ちょ、ルメアさん!?」
ルメアはリミネスの制止を聞かずに、椅子に腰掛けた彼女にシャンプーを垂らし泡立てていく。
「ちょ、ちょっと待ってください!自分で出来ますから!」
「おや?先程はここの使い方もわからないと仰っていたではありませんか」
「そ、それは違」
「ほら、痒いところがあれば仰ってくださいね」
ルメアはリミネスの髪を丁寧に洗い始めた。リミネスは抵抗するものの、ルメアを引き剥がせずにいた。
私は自身の髪と身体を洗って浴槽に浸かると、浴場に続々とクラスメイトの女子達が入ってきた。
「あれ?レインちゃん達先入ってたんだ!」
「大集合ですね」
「リン様、お身体洗いますのでこちらへ」
リリィにラミス、ベル、リン、アンナ、みんなお風呂に入って来てずいぶん賑やかになった。
「れ、レインさん、お隣失礼します」
「レイン、その、私も隣を」
「2人とも、湯船にタオルつけないの」
「「え、あ、はい」」
2人は注意するとタオルを取って湯船に浸かる。自分で注意しといてアレだけど、目の前で美少女がタオルを外すのってあまりにも刺激が強い。
「ふう〜、これは」
「かなり気持ちがいいですね〜」
私の真似をしてタオルを頭に乗せた2人は湯船に浸かると、いつもより気の抜けた声を出している。
「……大勢での入浴、私は好きなんだけど、2人はどう?」
「はい、とても良いものですね」
「何て言うか、最初は戸惑いましたけど、静かな1人の時間よりも、私は好きです」
2人がこの大浴場を気に入ってくれたのならよかった。好きなものを共有出来るのは嬉しいことだ。
「レインが羨ましいです。いつもこんな賑やかなお風呂に浸かれているなんて」
「そうだね〜。それにいつもカトリーナやリリィやラミス、ベル、同じ時間帯に入る子達に交代で体洗ってもらって、贅沢だよね〜」
「「え?」」
「まあ、そういうノリなんだろうけど」
美少女に身体を洗ってもらって嬉しく無いわけがない。おふざけ感覚だけど楽しいし。
「「……」」
何故か固まってしまった2人を放置してると、徐々にみんなが湯船に浸かり始める。
「ラミス、もしかして今まで訓練してたの?」
「ああ、普段よりも軽い訓練をね。それで汗をかいたから流したいと思って」
「ちゃんと寝たの?」
「……1時間ほど」
「ただの仮眠じゃん。無理しないようにね」
特訓も大事だが、身体を壊さない様にとラミスに注意すると、どこか不服そうに頷いた。
「さて、それじゃあ私はこの辺で」
ベルやリン達との談笑をしてると良い感じにあったまったので湯船から出て脱衣所に向かった。熱った体に気持ちのいい冷風が当たる。肌に吸い付くタオルを肩からかけてロッカーに手を伸ばそうとした瞬間、両脇に誰かが立つ。左を見ればリミネス右を見ればルメアだった。
「何故置いていくのですか!?」
「いや気持ちよさそうに浸かってたから」
「一声掛けてくだされば良いじゃないですか?」
「それは申し訳ない。次から気をつけるよ」
2人からお叱りを受けた私は大人しく服を着替え始める。その後3人揃って一般寮の食堂で食事を取ろうとしたが、どうにも騒がしい。怪訝そうな2人を置いて騒ぎの中心に向かうが、そこにいたのはクラスメイトの男子諸君だった。
「おいおいリーガス負けんなよ!!」
「根性見せろ!!」
どうやら、男子達は腕相撲勝負をしていたようだ。何故?何の為に?
「うおらああああ!!!」
「ぐっ!!」
「勝者ナックル!!」
ロイドがピシッとナックル側の手を上げると、それに呼応するように歓声が上がる。
「リーガスでも無理かあ」
「ふん!分かりきっていただろう。あんな筋肉ダルマ相手じゃリーガスでも勝てまい」
ロイドもそうだがニールも、皆右手が随分と腫れてるようだが、まさかそこまでやられたのか。
「おいおい次は誰だあ!?」
煽るように言うナックル。流石に誰も行かないだろうと思っていると、偶然ナックルと目があった。
「何だレインじゃねえか。よし、次はお前だ。来い!」
「はあ?何で私が」
「両手使っても良いぜ?」
そうじゃない。何故こうもこの男の思考回路は読めないのか。この場合おかしいのは私ではなくナックルなので、当然周りの男子達も止めに入る。
「待てナックル!流石にそれはダメだ!」
「レインは女子だ。それに昨日の戦いで傷を負ってる。分かるだろ?」
リーガスやロイドが止めに入ってくれると同時に、話を聞いていたのかリミネスとルメアも近づいて来た。
「ナックル様!レインをいじめないで下さい!」
「レインさんの体にこれ以上男性からの傷を増やさないで下さい!」
ルメア、なんかその言い方やだ。しかし2人に守られるように抱きしめられるのは中々気分が良い。
「ちっ、何だよ折角勝てたら飯奢ってやろうと思ったのに」
「へえ〜。じゃあナックル、私が君に勝てる人を代理で連れて来たらどう?」
ニヤつきながら聞いた私の質問にナックルは面白そうに笑った。
「はは!良いぜ俺に勝てる奴連れて来いよ!それで勝てたら勿論お前にも飯奢ってやるよ!」
それを聞いた私は急いで一般寮の中庭に居た彼に声をかける。どうやら昼寝していたようで、謝りながらも事情を説明すると快く受けてくれた。彼と共に食堂に戻ると、お風呂上がりのマリアやカトリーナ達も勢揃いしていた。
「え、レイン、まさか」
「ああ〜、そっか、よく考えりゃその手があったか」
私の背後にいる彼をみて皆驚きながらも納得した。
「さあナックル!私の代理人の、ベアマン君です!」
「頑張りますぞ〜」
ベアマンはナックルの向いに立つと、テーブルにその大きな手を置いた。
「へ!相手が誰でも関係ねえ!勝つのは俺だ!!」
「負けませんぞ〜」
2人が手を組み合い、それを確認したロイドが声を上げる。
「よし、それではレディー、ゴー!!」
ロイドが2人の手から手を離した瞬間、ナックルが床にめり込んだ。そうナックルが床にめり込んだのだ。ベアマンの圧勝で。周りにいたクラスメイト全員が驚愕したのはいうまでもない。
「ああ〜、ベアマン、ちょっとやりすぎ」
「す、すみません。彼ならば大丈夫だと思いまして」
大きな体を丸めてヘコヘコしているベアマン。悔しいが可愛らしい。
「く、くそ、俺が負けるとは」
「じゃあナックル、ごちそうさまで〜す」
ナックルは悔しそうに拳を握り締めるが、私は構わず、ベアマンと共に食堂のカウンターに向かう。その後、リミネスとルメアと共に楽しく食事を取り、暗くなるまで談笑した。
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翌日、フライシャー先生から、ベイカー・リッキーについて、その後の話を聞かされた。戦闘に参加したクラスメイト達は皆、不安気な様子だった。それもそうだ。昨日の食事中に、リーガスがポツリとこぼした言葉。
『ベイカー・リッキーは、あれが本気だったのだろうか?』
私達は必死に戦った。ヨイチの煙幕からの攻撃はしっかりハマったように見えた。でも、それ以前のベイカーの動きを見るに、あれを凌げないようには思えない。攻撃をわざと受けられるような強靭な精神を持ち多彩な魔法や戦闘術を身に付けていた。なにより、
『手数、経験、全て僕には及ばない』
あの言葉は悔しいが事実だ。身に染みて理解している。あの男なら20人近い人数でも勝てない事はない。
「君達が倒し、拘束した後、王国騎士団本部にて氷魔法を解除した」
ベイカーが最後に見せたあの喚き散らす姿。あの姿には違和感を感じた。まるで、ベイカーがそう演じているように。
「ベイカーはスッと立ち上がり、自分の足で、牢まで歩いたようだ」
わからない。仮に本気じゃなかったとして、何でわざと負けた?
「現在、騎士団が尋問を続けているが、既に調べがついている事以外は特に喋ろうとしないようだ。それから」
一体何者なんだ?何が目的なんだ?殺戮道化師ベイカー・リッキー。
「ずっと、笑っているらしい」