王国暦296年10月20日
ベイカー・リッキーとの件についての私達の処罰は未だに騎士団と学校関係者の間で話がまとまらないようだ。時間外無断外出については反省文と清掃活動ぐらいが妥当だが、監督者無しの戦闘行為については、一般市民への攻撃がなかった事と、ベイカー・リッキーが相手の為、正当防衛に近いという事で数日間の謹慎で済む筈なのだ。だが、騎士団からすると自分達の失態を尻拭いさせてしまった生徒達を罰せられるのは困るようで、賞を授与する事で罰を帳消しにしたいようだ。フライシャー先生はどうやら騎士団の意向を尊重するようだったのだが、何故か今回の件に関与していない教師陣が口を挟んで来たのだとか。ここは未来の騎士を育てる学校であり、ルールを守れない者は厳しく罰するべきとの事。クラスの大半が一同にルールを破って暴力行為を行ったとして、停学にしようと言い出したようだ。と言うのも、リミネスによるとその教師陣は、どうやら最近実績を上げてる中級貴族の一派のようでオークキングの件も含め、リミネスを始め、リーガスやニールの様な発言権の強い高位の貴族達にこれ以上躍進の機会を与えたくないのだとか。私含め、話を聞いたクラスメイト達は皆呆れ顔だった。
王国暦296年10月28日
今日はリーガスの誕生日だった。クラスメイトのみんなで準備して精一杯祝った。リーガスは感激してくれたようで喜んでくれた。サプライズと言うこともあり、最高に盛り上がった。
王国暦296年11月5日
私達の処分が確定した。結局ベイカー戦に参加した人は、揃って2週間の清掃活動を言い渡された。停学させようとしてた教師陣も、流石にその他の教師達からやり過ぎではないかと言われ、諦めた様子。
王国暦296年11月8日
今日の夕方。学校の正門前をリリィと掃除していると、例の教師陣がニヤニヤした笑みを浮かべながら近寄って来た。下校中の他の生徒達に聞こえるような大きな声で態とらしく私達がルールを破った事を説教して来た。どうやら停学させようとして失敗したから、他の生徒達の前で面子を潰そうとしてるようだ。が、しかし、何故リミネスやリーガス、ルメアと言った高位の貴族ではなく、私やリリィの様なそこまで大きくはない貴族の元へ来たのか。
王国暦296年11月11日
今朝の掃除にはあの教師陣は来なかった。しかし、どうやらロイド達に絡んでいた様だ。掃除しているロイドに向かって、例の大声説教。終いには集めたゴミを蹴り散らかして、碌な掃除もできないのかと理不尽な注意。朝礼前のロイドはそりゃもうキレてた。当然ロイドだけでなく、一緒に掃除していたモモカも髪の色と同じくらい顔を真っ赤にして怒っていた。話を聞いた私達ですら腹が立つくらいだ。しかしみんな、期間が終わるまで我慢しようというリーガスの言葉に渋々頷いた。
王国暦296年11月14日
人には我慢の限界と言うものがある。あの馬鹿教師共は、あれからも、リンやベルに絡みに行った。だが、リンに大声説教している間、側に立っていたベアマンの圧にビビり散らして小物特有のセリフを残して去っていった。ベルに対してはオドオドしているベルを気持ち良さそうに上から叱りつけていたが、少し離れた場所でサボってたニールが掃除の邪魔だから後にしてくれと一蹴した途端、何も言えずに帰っていった。恐らくこの2件が奴らの中で気に入らなかったのだろう。今朝、1人で教室の窓拭きをしていたルメアに対して、連中はあろう事か兄の死を侮辱する様な発言を繰り返した。「お前の兄が失敗したせいだ」「騎士の恥」「あんな兄なら妹も愚かな筈だ」ルメアは何も言わずにじっと耐えていたようだ。その後もルメアを貶すような発言をしているところを私とリミネスに見つかり、馬鹿教師共は慌てて逃げていった。取り残された教室でルメアは私とリミネスに対して、「ごめんなさい」と告げて、ボロボロと涙を流した。朝礼が始まる前の教室に集まったみんなの表情は言葉に出来ないものだった。
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私達は今日の朝礼でフライシャー先生に直談判するつもりだった。これまでの馬鹿教師共による指導から大きく外れた暴言の数々、流石に看過できない。そう思い行動に出る時だと感じた。
「起立、ッ!?」
教室の前側の扉が開いた。それを確認したリーガスが号令をかける。しかし、入って来たのはフライシャー先生ではなかった。
「リーガス君、号令を続けなさい」
「ッ気を付け、礼」
あのニヤニヤした汚い笑み、たるみきった顔、騎士としての心得を説くには似つかわしくない男。チャルロス・マーキュリー先生。
「ふむ、宜しい」
チャルロスは教卓の前に立ち、薄笑いを浮かべながら私達を見渡した。その視線はどこか粘つくようで不愉快極まりなかった。
「本日、フライシャー先生は体調不良によるお休みです。ああなに、君達に愛想が尽きたわけではないので、気にしないでくれたまえ!はっはっは!」
私たちは無言で彼の気持ち悪い笑い声を聞き続ける。
「ふん、つまらんガキ共め。あ〜、連絡事項だが、君達が規律を守れない問題児である事は既に学校全体に知れ渡っている」
自分達が態と大袈裟に吹聴して回ったくせに何を言ってんだ。
「しかし、君達の様な未来ある若者をこんな所で潰したくはない。そこで、救済措置を設けた。明日の課題試練で成果を出せば、罰則は中止。成績にも影響はない。ただし! 君たちの中で不合格者が1人でもいた場合、追加罰則を与える!」
どちらにしてもこいつらに都合の良いイベントじゃん。ふざけやがって。
「課題とは、何でしょうか?」
「そんな難しかありません。何せマラソンですので」
「マラソン?」
チャルロス先生曰く、校庭からスタートして、学校裏の森を走り、中間ポイントのバッジを付けて帰ってくるだけ。時間内にゴール出来れば合格らしい。
「では授業を始めますよ」
言いたいことだけ言って授業を始めるチャルロス先生。みんなも思うところはあるんだろうけど、今は大人しく従うしかない。昼休みになり私たちは一旦教室を出て、空き教室に入る。空き教室には罰則を受けているクラスメイト全員が集まっている。
「何なんだよあいつ!今になって急に課題とか!!」
ロイドが苛立ちながら机を叩く。みんなも同じ意見のようで大きく頷いている。
「あの豚の狙いは十中八九不合格者を出して俺様達に更なる罰を与える事だろう」
ニールの言葉は正しい。恐らくあの教師達にとって私たちがどれだけ優秀な生徒だろうが関係ない。奴らは単に貴族同士の派閥争いに利用できる道具を探しているだけなのだ。
「みんな落ち着いて。明日の課題を乗り越えれば良い。それだけだ」
リーガスが冷静にみんなを宥める。
「でもリーガスさん!あの男が用意した課題に何か仕掛けてないとも限りません!」
「ああ、だがあの男に出来ることなどたかが知れている。みんなで協力すれば何とかなるはずだ」
ルメアが必死に訴えるがリーガスは至って冷静だ。確かに彼の言う通りだ。私たちは明日に向けて最善を尽くすしかない。
「そうだね。まずは明日の課題を完璧にこなすことを考えよう。それが今の最優先事項だよね」
私もリーガスに同意して皆に伝える。みんなも徐々に落ち着きを取り戻していく。
「走る事が苦手な人もいるだろうけど、そこは補い合っていこう」
私達は励まし合う様に声をかけた。そして、少しずつ今まで通りの空気を取り戻し、教室へと戻った。みんなで頑張って合格しよう。そう純粋に考えていた。
でも、私達は知らなかった。チャルロス先生がどれほど愚かな男かを。後先考えない馬鹿がどれだけ危険かを。救いようの無い男が余計な事件を引き起こす事を。