「え〜、であるからして、この場合は敵兵力を分散させる為に」
軍服を身に纏った直角髭おじさん先生が黒板に石筆を走らせる。私は真面目に聞いてますと言うふりをする為に若干前のめりになりながら黒板を凝視する。そして、教室全体を見渡しながら、クラスメイトの様子を探る。
真面目に聞いている生徒が6割。興味なさそうにしているのが2割。何を考えているのか分からないのが1割。眠気と戦っているもの、寝てるけど起きてるような姿勢で寝てるもの、机に突っ伏して完全に寝ているもの1割。
この学校には貴族も平民も関係なく在籍している。それどころか、エルフにドワーフ、獣人、鬼人。色んな種族がいる。王国は、対話の出来る種族とは友好な関係を築こうとしている。故に、対話が出来ないものを魔物と呼び、攻めてくる場合は躊躇なく戦闘行為によって駆除している。だが、唯一、対話が出来るが人間の敵として古くから認識されている存在が
「ふむ、ではレイン・エレジー君」
「あ、え、はい」
油断した。この先生結構授業中当ててくる人だった。難しい問題じゃないと良いけど。
「君は100名の部隊を任された隊長だ。敵は魔物の群れ。数は500。君の背後には交易において重要な町がある。これは防衛戦。さて、君ならどう指揮する?」
「ぇ〜」
難くね?詰んでるってこれ。あ、いや待てよ?
「炎魔法で威嚇します。500の群れとなると、ウルフ系の魔物の可能性が高いですし、ウルフ系統の魔物は特に火を恐れる習性がありますので」
この辺の知識はある程度入ってる。防衛戦なら丸はもらえる判断じゃなかろうか。
「ふむ。宜しい。では、魔法を使える兵が居ない上に、ゴブリンの群れの場合はどうする?」
「……町の門を閉めて、援軍を待つ。ですかね?」
「良いでしょう。では、今の条件で他にわかる人は居るかな?」
先生の声に数人の手が上がる。私はそれを見て、静かに席に座る。
「では、リーガス君」
「はい、自分が指揮官なら、50人の兵を、町の住民の避難を手伝わせます」
彼の言葉に、教室はざわついた。そりゃそうだ。わざわざ自分達が不利になる様な真似を。
「続けて」
「はい。ゴブリンは狡猾で油断出来ない魔物ですが、自分達が優勢だと分かると、思考が短絡になる傾向があります。ですので、わざと数を減らし、逃げるように町からゴブリンを引き離します。そして、追いかけてくるゴブリン達を各個撃破し、避難の手伝いをさせていた残りの兵と挟み撃ちにします」
あったま良い〜。流石はリーガス君。こんなの私じゃ思いつかないわ。クラスメイトのみんなもかなりリーガス君の策を賞賛している。
「甘いですわねリーガスさん。たとえゴブリンと言えど、数的優位を簡単に覆せる程容易くはありませんことよ」
そう言って立ち上がったのはルメア・フォラアルド・カリーペン。本当に漫画でしか見ない様な金髪縦ロール、常に扇を持ち歩き、昼間は必ず中庭でお茶会をしているザお嬢様。カリーペン侯爵の令嬢。彼女はリーガス君と同じ侯爵家だが、嫡子のお兄さんが軍の一部隊を任され、既に幾つも成果を上げている。それを鼻にかけてるお嬢様で、若干他の貴族や平民を見下してるとこがある。
「いけませんわね。スパーダ家のお方が、そんな事も理解出来ないなんて」
うわあ〜、チクチク言葉だ。正直ルメアは私もちょっと苦手だ。見下した様な視線がキツい。
「まあでも、確かにゴブリンは人間の女性に対して異様に執着しているからな。構わず町に突っ込みそうかもな」
「そもそもゴブリンの群れと仮定するなら500は多すぎる。ホブゴブリンやゴブリンメイジがいる可能性もある」
「だが挟み込む作戦はありだろう。機動力でも撹乱出来るだろうし」
「いや、ゴブリン達はかなりすばしっこいぞ」
「やっぱレインちゃんの策が最適じゃない?交易の中心地なら援軍もそんなに時間かかるかな?」
結局、討論がヒートアップし、授業の終わりを告げる鐘が鳴っても、続いた。
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「あぁ~……授業延長とかマジ勘弁」
教室を出た途端、思わずため息が出る。あのディベート戦争、なんだったんだ。盛り上がってるのはいいんだけどさ、私みたいな「まぁそれもありか?」レベルの回答者が挟まる余地なし! まさに蚊帳の外。まあ別に参加したい訳でもないけど。
それにしても……
「今日のルメア、一段とキッツかった」
廊下の窓枠に肘をつきながら呟く。普段から貴族オーラ全開で、特に庶民出身の子たちへの当たりが強いのは知ってたけど……リーガスくんへのあの皮肉。「スパーダ家の恥ですわね」ってセリフ、教室中の空気が凍りついた。彼女、いつも兄の功績を誇示してるけど、自分の事は語らない。 マジで貴族社会って怖い……。
「おいレイン」
突然の声に顔を上げると、筋骨隆々の上半身に制服を羽織った巨漢のクラスメイトが歩み寄って来ていた。バキバキに割れた腹筋、傷だらけでボロボロの腕、好戦的な強い瞳。貴族出身の多いこの学校に置いて例外の平民。強くなりたい&強い奴と戦いたいと言うあまりにもバーサーカーの思考から、地下闘技場で稼いだお金を使い、騎士学校に入学した男、ナックル・ライオット。この学校一の問題児でもある。
「来週の課題、俺と組んでくれよ」
「嫌だよ」
ナックル自体は嫌いじゃない。貴族階級で優劣を付けるクソみたいなこの学校でそれを気にせず威風堂々としてるナックルにはむしろ好印象だ。
「ああ!?どう言う事だよ!?」
ナックルがグッと拳を握りしめた。ナックルからすれば変に見下したりしない私とは組みやすいんだろうけど、無理なものは無理だ。
「私はリミネスと組む予定だから」
「あん? アリシアのお姫様かよ。つまんねぇな」
ナックルが舌打ちする。その目が一瞬だけ鋭くなるのが怖い。まあ、気持ちは分からんでもない。この学校は貴族社会の縮図だ。成績評価も教官の主観が大きい。アリシア公爵の娘とペアを組めば、多少のミスがあっても都合のいい解釈で満点をくれるだろう。そんな分かりやすく高得点を取れる相手と組むと言うのは彼にとって不服なのだろう。
「とにかく決まり! 相性の良いパートナーを気長に探せよバーサーカー」
「……チッ、めんどくせぇなあ」
不満そうな顔をしながら去っていくナックル。正直ホッとした。彼と一緒にいたら胃がいくつあっても足りない。
教室の片隅にある小さなテーブルに目をやると、優雅にお茶を啜っている美女が1人。彼女の桃色の髪は陽光に照らされて輝いている。暗い青の瞳は疲れているのか、どこか冷ややかだ。彼女こそアリシア公爵家の令嬢。そっと彼女に近付くと、その瞳を私に向けた。
「レイン、課題の件ですか?」
「うん、ペアで作成する戦術提案書。明日の午後でいい?」
「ええ、中庭の東屋で」
リミネスの声は淡々としている。これが彼女のスタンスだ。気高く振舞うことも無く、ただ相手に合わせて会話を進める。本来私みたいな下級貴族がタメ口で話せる相手ではないが、彼女は階級も世間体も気にしない。だがアリシア公爵の権力は彼女自身が望まずとも絶大で、それが重荷になっていることも知っている。
「……リミネスってさ」
ふと口に出してしまった。彼女がカップを置き、ゆっくりと私を見る。
「貴族同士の会話……疲れるでしょ?」
「……」
沈黙が流れた。リミネスは目を伏せ、しばらく考えこむ様に目を閉じる。
「……そうですね。毎朝のように『アリシア様に比べれば』と卑下されるのも……『公爵家に失礼があっては』とビクビクされるのも……正直飽きました」
その言葉には、珍しく本音が滲んでいた。
「でもレインだけは……対等に接してくれて助かります」
彼女が微かに微笑んだ。その笑顔はまるで貴族の鎧の隙間から垣間見えた素顔のようで……胸がキュッと締めつけられた。
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リミネス・ロマノ・アリシア。
王国四大公爵家筆頭アリシア家の令嬢。父である現アリシア公爵は宰相補佐を務め、軍務省にも影響力を持つ。入学当初から周囲の貴族たちは彼女に群がった。賛辞やご機嫌取りの嵐。彼女はそれを貼り付けた微笑みで乗り切っているが、その裏にある孤独感は見え隠れしている。この学校にはリーガスやルメアのような高位貴族が他にもいる。彼らの多くは卒業後のコネ作りや派閥争いをすでに始めているのだ。リミネスはその渦中にありながら、誰にも靡かない孤高の存在……だからこそ彼女が主人公である可能性も否定できない。だが
「……リミネスは……なんか違う気がするんだよな……」
そう呟きながら、寮の部屋の窓を開けた。秋の終わりを感じさせる冷たい風が頬を撫でた。