主人公探してます   作:エドモンド橋本

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主人公にはなれないけど

 

 「はあ、はあ、ここまでくれば大丈夫でしょうか?」

 

 私達はベイカーと戦闘した場所から、かなり離れた場所まで逃げた。リミネスは膝に手をついて呼吸を整えている。

 

 「どうだろう。さっき、水神の塔が破壊された。あの男なら、きっとここまでくるのも簡単だと思うよ」

 

 「そんな」

 

 「でも時間を稼ぐことはできると思う」

 

 私はルメアを近くのベンチに座らせ、傷の具合を見る。短剣が刺さっていた部分の傷は出血が止まり、傷も完全に塞がってはいないが、浅くはなっている。だが、腫れていて膿も溜まっている。このまま歩かせるのは厳しいだろう。

 

 「リミネス、膿を抜いて傷口を塞ぐ魔法とかってあったりする?」

 

 「すみません、医療特化の魔法は簡単に熟知出来ないもので」

 

 「そっか、それならちょっと待ってて」

 

 私は懐から取り出した容器を開けて、中の薬をルメアの足に塗り、ガーゼの代わりに布を当てて包帯を巻いた。

 

 「取り敢えずの応急処置ね。無理はしないように」

 

 「あ、ありがとございますわ」

 

 驚いた表情でお礼を言うルメアを見て私は苦笑する。

 

 「さて」

 

 立ち上がり周囲を確認する。今のところ奴の姿はないが油断はできない。

 

 「それにしても貴女達も馬鹿ですわね」

 

 「え?」

 

唐突なルメアの発言に思わず間抜けな声が漏れる。彼女は俯き加減にポツリポツリと言葉を続けた。

 

 「私の目的はベイカー・リッキーの殺害。例えここで私が死んでも誰も困らない。にも関わらず私なんかの為に危険を冒してまで助けに来て」

 

 随分と卑屈になったものだな。あんな高飛車お嬢様が。それ程までに追い詰められていたのかな。

 

 「ルメアさん。貴女のお兄様、ライオス様に、私一度、お会いした事があります」

 

 「お兄様にですか?」

 

 初耳だ。アリシア家とカリーペン家は本来良好な関係だとは聞いていたが、お兄さんに会った事があったのか。

 

 「ええ、とても聡明で、勇敢な方でした。騎士学校に入学する事が決まっていた私は、騎士としてどのような思いで魔物や敵兵と戦うのかを問いました」

 

 「……お兄様は何と仰っていましたか?」

 

 「恥ずかしそうにこう仰いました。"かっこよく、民のためです!と言えれば良かったのですが、全て妹の為です"」

 

 「……」

 

 「"私みたいな不器用な兄を慕ってくれるのです。私なんて周りの者に助けられて今を生きているというのに。それでも会う度に瞳を輝かせて私を迎えてくれるあの子に、恥じぬ兄でありたい。あの子が誇れる兄でいたい。だから、私は剣を取り戦います。あの子が傷つかぬ世を目指して"。……本当に、素晴らしいお方だと、心から思いました」

 

 ルメアは下を向いたまま唇を噛み締めている。溢れそうになる涙を堪えているようだ。

 

 「こんな事言いたくはありませんが、自身を殺した男に愛する妹まで殺されたら、ライオス様は……」

 

 ルメアの目尻から零れ落ちた涙が頬を伝い、地面に小さな染みを作った。私は彼女の肩にそっと手を置き、優しく言った。

 

 

 「だからルメア。ちゃんと準備しよう。私だって君を助けたいけど死にたくはない。だからしっかり準備して、あいつに今までの報いを受けさせてやろう」

 

 ルメアはゆっくりと顔を上げて私を見つめた。その瞳には涙が浮かんでいたが、同時に強い意志の光も宿っていた。

 

 「分かりました。退却しますわ」

 

 ルメアはハンカチで涙を拭きながら微笑んだ。その笑顔には以前のような傲慢さは感じられず、素直で純粋なものだった。

 

 「あれ?」

 

 「レイン?どうしました?」

 

 今まで必死だったから気付かなかった。だが、少し落ち着けた今、強い違和感を感じる。

 

 「静か過ぎる」

 

 「確かに妙に静かですわね」

 

 「あれほどの魔法を使ったのに、近隣の住民達は騒ぐ様子どころか、家に明かりすら灯らない」

 

 「何て興醒めな」

 

 背筋が凍るほど低い声と共に暗闇からヌルりと姿を表したのはベイカー・リッキーだった。彼は先程までと違い、冷たい視線を私たちに向けていた。

 

 「この復讐劇は未だ序章とお伝えしたはず。にも関わらず、これにて幕引きと?そんなの認められない!何てつまらない!」

 

 「悪いけど、あんたの気持ち悪い趣味には、誰も付き合わないよ」

 

 「そういう訳に行きません。しかし、想定外でした。まさかそちらのお嬢さんが、1年にも満たない付き合いのご友人に諭されて、あっさり引き上げてしまうような浅はかな方だったとは」

 

 「黙りなさい!」

 

 ルメアは身を乗り出して叫ぶ。足の痛みなど忘れているようだ。

 

 「ルメアさん!落ち着いてください!」

 

 「でも!!」

 

 「大丈夫ですよ。お嬢さん。貴方と、私の為にも、ご友人のお2人には、これにて舞台を降りて頂きましょう」

 

 ベイカーの手元にスッと現れた2本の短剣。私は急いでリミネスとルメアを背に隠す。一歩近付くごとに、ベイカーの姿が幻影のように揺れる。さっきのまでの広場とは違う。一本道の路地裏では、2人の魔法は使えない。魔導兵を専攻している2人に近接戦は厳しい。私が2人を守りながら逃げる方法を探るしかない。

 

 「ッ!」

 

 「ほお、弾くとは、お見事」

 

 飛んで来た小さいナイフを反射的に蛇行剣で弾く。だが、その後直ぐにまた飛んでくるナイフ。リミネスとルメアを守りながらでは捌き切れない。

 

 「ッこの!」

 

 「ふははは!素晴らしい反射神経。ですが、すでに手一杯のご様子」

 

 「ぐっ……」

 

 私はなんとか弾きつつ、半歩前に出て、小さく詠唱を繰り返す。

 

 「水の精霊よ。我が刃にその清き涙を与えたまえ。今こそ、蒼き水流を纏いて、悪鬼を斬り捨てん。水刃の舞!!」

 

 水流を纏った蛇行剣を振るう。鋭い水の刃がナイフを弾きながらが ベイカーに向けて飛んでいく。そして、ベイカーの身体を切り裂いた。

 

 「え?」

 

 確かに、ベイカーは切り裂かれた。視界に映る赤い血飛沫。だが、その血飛沫は私の腹部から流れていた。

 

 「レイン!!?」

 

 「ぐ、あがっ!」

 

 思考が追いつかない。なんで?なんで?私に攻撃が。確かに攻撃は受けていた筈なのに。

 

 「良い攻撃でした。でも、手数、経験、全て僕には及ばない。でも本当に素晴らしかった」

 

 そう言ってベイカーは膝をつく私の横を通り過ぎる際、背中に短剣を突き刺した。

 

 「痛っ!?ああぁ!」

 

 「レインさん!!」

 

 「レイン!!」

 

 やばい、痛い。死にたくない。何で、こんな事に。嫌だ。こんな最期。嫌だ。死にたくない。死にたくない。痛い。助けて。誰か。助けて。

 

 「さて、まだこの舞台に似つかわしくない役者が居ましたね」

 

 「ッ!」

 

 「おやめなさい!!リミネスさんも、レインさんも無関係です!!」

 

 歪む視界に、ルメアが映る。震える足でベイカーの前に立っている。その後ろでは涙を浮かべるリミネス。

 

 リミネスが、泣いてる。

 

 ルメアも、震えている。

 

 死にたくない、死なせたくない。

 

 「ま、ずは、一歩」

 

 地面に頭を擦り付けながら強く食いしばって立ち上がる。背中が熱い。身体中に鈍い痛みが走る。視界がぼやける。それでも。

 

 「ふー、ふー、ぅぐううう!」

 

 「レイン!ダメ!もう無茶しないで!」

 

 足がもつれる。体が重い。それでも足を前に出す。死にたくない。でもこのままじゃどうせ死ぬ。ルメアを守りたい。リミネスを守りたい。そんな感情が私を突き動かした。震える足で地面を蹴り、ベイカーに迫る。

 

 「無粋な役者だ」

 

 ベイカーが短剣を構える。その瞬間、蛇行剣を握る手に力を込めて、強く念じる。私は主人公ではない。私には何も無いかもしれない。それでも、カッコ悪くて、ボロ雑巾みたいな姿でも、2人を助けたい。

 

 「これ以上つまらない舞台にしないでください」

 

 「ごめんよ、アドリブが好きなんだ」

 

 一縷の望みを掛けて振り下ろした蛇行剣がベイカーに届く寸前、短剣によって受け止められる。

 

 「ほお」

 

 まるで野菜のように、スッと短剣の刃が切り落とされた。そして蛇行剣はベイカーの肩と胸を浅く斬った。

 

 「なるほど、お見事。ですが、貴方はまだ立てますか?」

 

 視界がぼやける。ベイカーが3人に見えている。これは、単に、私の限界か。

 

 「無駄な抵抗、ご苦労様でした」

 

 「ま、だ、リミ、ネス、ル、メアを、た、す、けな、きゃ」

 

 腹部と背中、そして口から溢れ出る危険な量の血。今はそれすら気にならない。必死に、2人のいる方へ手を伸ばす。何とか、掴めないかな。2人を、助けられないかな?

 

 「レイン」

 

 「レイン、さん」

 

 「たす、け、なきゃ」

 

 「復讐劇には、いらない演出だ」

 

 何もない私でごめん。力を持って生まれていれば、こんな事には。いや、もっと、努力していれば。2人を。

 

 「私の舞台にしがみつける程、貴方は良い役者ではない」

 

 「よお仮面のおっさん。ダチになにしてんだごらあ?」

 

 頭上に響く聞き慣れた声。荒々しく、それでいて頼もしい声。

 

 「どなたか存じませんが、勝手に舞台に上がるのはどうかと思いますよ」

 

 「ああ、すまない。だが、勝手に友人を舞台に上げないでもらいたい!!」

 

 「ッ!!」

 

 この声も聞き慣れたもの。そして空を斬る剣の音。更に幾つもの声が飛び交う。

 

 「マジで友達に怪我させんのとかありえんから!!」

 

 「リーガス!ナックル!ラミス!ベイカーを囲んで、大通りに誘導しろ!!」

 

 級友達の声が飛び交う。安心する様な温かい声。もう、大丈夫。そんな気がした。

 

 

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