恐竜惑星とジーンダイバーのMOゲームを実況します 作:あーぷ
ホヨトホー、ホヨトホー、ってかぁ。
冷たく澄み渡った空気を裂いて、一騎の白馬が戦闘フィールドへと飛び込んできた。
ただしその馬が駆けるのは雪降り積もる地面ではなく、弱々しくも晴れ模様である冬の空である。
まるで透き通った硝子板の上を進むかの如く。……冷静になって考えると、明らかに物理法則に反することをやらかしているが、とにかく現生ウマ科の走行時の自然体たるギャロップ姿勢を保ったまま、突っ走る。
そうして、さながらスキーの直滑降じみた鋭さで、空の高みから、斜め下を目掛けて一直線だ。
「どきなさぁーい!!」
突進というか。体当たりというか? 白馬の馬体が目標を真正面に捉えるのとともに、背に跨る女性から通りの良い喊声が発せられる。
もちろん、どけと言いつつ退かせる気はない。急襲先のターゲットは、増援として現れた巨人のうちの一体だ。
ステージ前半戦として、初っ端の巨人A~Cを仕留めた直後に挿入されたムービーシーンにて。
斜め後方30メートルほどのあたりに盛り上がっていた、崩れたカマクラみたいな低い丘を乗り越えての登場。のっけからこっちを狙って石投げ二発目をブチ込んでくれた、ロクでもない巨人Dを目掛けてである。
湧いて出たその伏兵に対し、先ほどの偵察チーム三人組はとっさに背後を振り向いた。
しかし不意打ち。かつ開幕のときよりも距離がやや近かったせいで、今度は手際よく全回避とはいかなかった。
石つぶてが、ショットガンよろしく末広がりにばら撒かれた。そしてその中でも大きめの玉ねぎサイズの一発が、もっとも後方にいたフィラに直撃してしまう。
不幸中の幸い。岩弾がめり込んだのは、全身を覆うアイ・スーツの中でも一等頑丈な円形の胸アーマー部分だった。
それでも彼を襲った力学的エネルギーは相当なもので、フォロル族のやや華奢な身体が、まるで『恐竜惑星』劇中でドンのスリング・ショットを食らったギラグールの猟兵のように派手に吹っ飛び。
ギリギリ戦闘フィールド外に位置する樹の一本に、勢いよく叩きつけられるハメになった。
弱った獲物にトドメを刺すべく、巨人が手持ちの棍棒を抜き放ち、木の根本までズリ落ちて項垂れているフィラへと迫る。
……とまぁ、そんなふうな危機的状況で。見事インターセプトを仕掛けたのが、今しがたの空飛ぶ白馬だったという流れになるんだな。
なかなかにご都合であると言われればまぁ、その通り。とはいえ、お約束は美しいからお約束なのだ、という言葉もあろうさ。
体高5メートル近い巨人Dの、毛むくじゃらの胸板の中心を目掛けて。小ぶりのサラブレッドくらいはある白馬の身体が、一種の肉弾となって斜め上の方角から抉り込むように突っ込む。
激突。やたらと派手なフラッシュエフェクト。同時にまた衝撃音。
白馬の額には、鋭く伸びた薄灰色のツノが伸びている。飛んでるくせしてペガソスじゃなくてユニコーンってことだな。
大質量が正面衝突したインパクトに加えて、ツノによる深々とした刺し傷までもがプレゼントだ。
たまらず背中から仰向けに倒れ込んだ巨人D、苦悶の咆哮が一帯へ響き渡る。もがき苦しむ胸元からは、赤黒い血しぶきが噴水のように吹き出した。
対地攻撃任務を首尾よくやり遂げた白馬は、地面に降り立つことなく、ヒット&アウェイで空中へと速やかに走り去っていく。
一方、白馬に騎乗していた誰かさん。衝突直後の地上スレスレまで近づいた瞬間、ハングオフ気味の体勢から素早く下馬する。
さながらネコ科を思わせるしなやかな身のこなしで、一人の女性が、雪積もるフィールドの上に降り立つことになるのだった。
さーて。今さら勿体つける必要もなかろうもの。
ここでようやく『恐竜惑星』の主人公、結城萌。本ゲームユーザー間での慣例的な呼び名でいうところの「萌さん」が、満を持してのご登場ってわけである。
飛び入りから間髪入れずに。着地点からいくらか離れた位置で、別の巨人二体――どっちも初期配置の三体を倒し終わった後に湧いてきた敵の増援だな。便宜的に巨人E、巨人Fとしとこうか――と対峙しているリックくんとドライさんの二人に、萌さんがさっと視線を差し向けた。
「安心して。私は味方よ!!」
『萌ちゃぁん!!』
偵察チーム三名のインカムから漏れ出るアッケラ缶の歓喜の声に、萌さんが一瞬小さく微笑みを返す。
そんな彼女のビジュアルだが……んー。ちゃんとしたスポーツ系サークルで活躍中の女子大生、って感じかねえ。
二十歳前後の女性としては高めの背丈。スラリと均整の取れたプロポーション。
茶色味を帯びたセミロングヘアを、後ろやや高めでお団子状にまとめる、動きやすさを優先した髪型。
今のところアイ・スーツはなし。インナー+ジャケットにショートジーンズという原作に近い服装だが、色合わせは全体的にやや重めだろう。
腰回りにはバンパイアーを収めたホルスターを帯び、ひじや膝までを覆っている黒いアンダーウェアなどもあって、原作時代よりもかなり大人びた雰囲気へとマイナーチェンジが図られている。
ちなみに、左耳を中心に頭部を覆っているインカムは、緑ベースに黄色い線の入ったバーチャル・ステーションの後期モデルだな。
出力や周波数等の問題で、次のステージが始まる前にティモシーⅡで調整を行うまで、マトモに機能してなかったって注釈が後ほど入る予定である。
その萌さんがペンキャップのような超圧縮酸素ボンベを素早く咥え、左手のリストバンドのボタンを押した。
皆さんご存知、タイム・ブースターが起動。こっちはしっかり『ジーンダイバー』でも使われていたメディア・ステーションモデルだから、『恐竜惑星』時代のように、外部オペレーター≒アッケラ缶の演算能力をフルにつぎ込む必要はない。
使用後一時間程度のインターバルも不要になっており、原作時よりも取り回しは大幅に向上している一品だ。
そこに萌さん個人のスペックが上乗せされ、暴力が駆け抜ける。
外側の視点で1000倍速を見ると、萌さんの輪郭が一時的に曖昧になり、全体が赤い霧のような見た目へと変わる。
その霧がブレるとともに、彼女の座標が瞬間的に動いた。
出血する胸元を抑えながらもなんとか立ち上がろうとしていた巨人へと、女性一人分の質量が、猛烈なスピードで殺到。ズシッと、腹の奥まで響いてきそうな効果音が伝う。
白馬の体当たりを上回るインパクトが発生したことが、音響周りからもありありと分かる。
巨人Dの巨体は、交通事故に巻き込まれた一般人もかくやに弾き飛ばされ。そのまま雪積もる地面にめり込むように、大の字になってぶっ倒れた。
続いて赤霧の中から、衝撃波に似た何かが遠隔地を目掛けて放たれる。
狙いは20メートルほど先の木々の合間、少しくぼんで目立たなくなっているあたりだな。そこにはボロボロの武器や防具で武装した、ヒトサイズのスケルトン・クリーチャーである[ドラウグ]たちが蠢いている。
これまた増援としてフィールドに出現した小型のザコ敵A~D、ってとこか。そいつらに対し、くだんの衝撃波モドキが横殴りに直撃だ。
具体的な物理作用はイマイチ分からんが、とりあえず、手投げ式のグレネードが近場で炸裂したくらいの単発火力があったらしい。
小規模グループの別働隊が、今の一発で全滅である。白骨バラバラ死体複数体の混ざり物が、瞬時にして雪の上にバラまかれることと相成った。
……うーむ。あな恐ろしや。
やってることとしては、ヒト用牽制技の『霊長類式投擲』が1000倍速でブチ込まれたってだけではあるんだけども。
実のところ、ある意味禁じ手扱いされてて作中スキルとしては実装されてないんだよな、コレ。
主にゲームバランスの観点から。ほぼほぼ不可視の長射程、高威力、大判定射撃攻撃とか、ぶっ壊れにも程があるからそりゃまぁしょうがないんだが。
また、巨人への第二撃に使われた『タイム・ブースター突進』にしても。日ごろから対人でバカスカ撃ちまくられてるプレイヤー目線だと、普通にクソ技の部類かと思う。
悪くない発生速度。やたらと長い移動時の無敵。強判定。
単発技として見ても水準以上な威力がある。そのおまけに、食らった場合には通常の硬直に加えて、短時間のスタン付与――1.5秒ほど全行動禁止の状態異常――まで付いてくる。
つまり、コレに引っ掛けられたらそこから高ダメージコンボへと漏れなくご招待されてしまう。更にはガードさせようが有利が付く、事実上の出し得技でもあるという。
こうやって、横からムービーシーンで見ているだけでも大概だよなあ。演出、結果ともに、圧倒的暴力って感じがある。
てか、イベント中における他種族の高威力アクションのことを思い返してみても、ここまでの破壊描写はそうそう見られないわけで。
タイム・ブースターがらみのあれこれが、VWOにおける物理破壊の天井であり比類なき聖域だってことは、あからさま過ぎるほど示されているように思われる。いやあ、ずるい。
……ま、それはそれ。周囲の脅威を的確に削いでおいてから、タイム・ブースターを解除した萌さんだ。
使い切った圧縮ボンベを脇の雪上に投げ捨てる。それから木の根元に凭れて倒れ伏している、フィラの方へと駆け寄っていく。
「フィラ!! 大丈夫!?」
「も……萌か……。ぶ、無事で良かった」
何とか笑顔を浮かべようとするも、ゲホゲホと咳き込む。その後立ち昇ってきた痛みに胸元を押さえ、身を捩るフィラ。
パッと見で分かるような派手な外傷こそないものの、この場で時間を取るだけで持ち直せそうなふうでもない。肋骨にヒビくらいは入っているって感じだな。
「……あまり具合はよくなさそうだ。だが、最低限は何とかできる。萌、私のことはいい、今は、あの二人の援護を頼む」
そう言って、フィラがリックくんとドライさんの方をよろりと指さす。彼らが後ろを気にかけながらも、巨人E、Fとやり合っている姿が遠巻きに映される。
「――分かったわ」
萌さんはフィラの傍で屈み込んでいた体勢から立ち直ると。速やかに身構えた。
重傷は重傷だが、当面直ちに命に関わるほどではない。そんな見立てを即座に行ったんだろう。
巨人二体の他にも、別方向で群れているドラウグどもが残っている。その後にも数WAVEの増援が待ち受ける。
ステージのボリューム的に言えば、メインディッシュは明らかにこれから始まる後半戦だった。
「急いで終わらせるから、フィラ。そこで待っていて!!」
事前のブリーフィングで萌さんの容姿は周知済み。リックくんも、ドライさんも、直ちに彼女のことを有り難い追加戦力として認識した。
ここでムービーシーンが終わり、通常戦闘へと移行する。
いざ反撃開始。つまりこのタイミングで、結城萌大人バージョンが正式にPTインってことになるわけだった。
……あ、ちなみにフィラは一旦戦線離脱ね。
見ての通り、プレイ画面右下に、ポートレートとHPバー付きで並んでいるPTメンバー一覧に萌さんの横顔が加わった。そしてその代わりに、さっきまで居たはずのフィラがリストからハネられている。
このステージの開始時点で、偵察チームのメンツに関して「少々忖度感のあるメンバー」だって言ったかと思うけども。
ようは今回のフィラって、萌さん飛び入りのためのストーリー進行上の交代要員。並びに、諸々の説明役としてピックアップされてた面があるんだな。
ステージ内でのNPC枠は二人までの制限がある。リックくんは主人公なので居てくれないとゲームが進まないし、現場指揮官を務めるドライさんも欠かせない。
てな感じで一人ひとり見ていくと、偵察部隊の構成がこの三人になっているのは、主にメタ的な事情が大きかったという推測が立つ。
もっとも、フィラという個人が優秀な一兵士であること自体に疑いはないから、別に彼に難癖つけたいってわけじゃないが。
今現在、彼一人だけが不意打ち食らってやられてることにしたって。単に後列からの援護射撃要員という、フォーメーション上の位置取りのせいでババ引いたってだけだしね。
◆
さぁてと。ちょうどいいからこの機会に、VWO内でのヒトって種族について、もう一回確認しておくとしようか。
一番最初の種族選択のとき、ざっと説明はしたはずだが。いい加減だいぶん前のことで、覚えちゃいないって視聴者さんも多かろうかと思うので。
ついでに言うと、このステージ、ここからはほとんど消化試合なんで、当面これといって語ることがないって都合もある。
初参戦の萌さんが雑に強いおかげで放っといても負けることはない。それに先ほども話したとおり。ワールド6-1の後半戦っていえば、稼ぎステージとして散々周回されてきたパートでもありましてね。
敵の出現パターンだの、攻撃モーションごとの対処法だの。丸ごと見飽きたレベルで存じ上げてる感じだから、そっちに意識配分をせずともクリア可能。
ちょっとばかし脇道に逸れたことをダラダラ話してようが、一向に問題はないのだった。もちろん、それってあんまり嬉しいことでもないけどな。
――ヒト。すなわち[ホモ・サピエンス・サピエンス]。
哺乳類の一目たる霊長類が進化して誕生した知的生命体であり、自称、万物の霊長です。VWOの設定的には現時点のバーチャル世界における『正史』の観測者でもあるという。
DNAの分子時計で見ていくと……ヒトと、現生霊長類のなかでもっともヒトに近縁なチンパンジー亜族とが分化したのが、今からだいたい700万年前あたりだということだ。
霊長目、直鼻猿亜目。真猿類、狭鼻猿類。
ヒト上科、ヒト科、ヒト亜科。ヒト族、[ヒト亜族]。ヒト属、ヒト。
この長ったらしいカテゴリー分類の、底から三番目に位置するヒト亜族という
本グループを定義付ける最大の特徴は、背筋を伸ばし、二本の足でまっすぐに立って歩くこと。
いわゆる[直立二足歩行]というやつだな。
生物史上においても例外的なこの行動姿勢の確立によって、両手が完全にフリーとなった。
その結果として、もともと霊長類が長年木登りなどに用いていた器用な手や指先を、モノの運搬や投擲攻撃。そして何より、「道具」の使用に振り分けることができるようになったのだった。
オランウータンが用いる葉っぱの雨傘や、チンパンジーのアリ塚釣りなど。類人猿の中にも、地域によっては道具文化を持つものがいるけれど、ヒトの受け継ぐそれは、彼らよりもいっそう洗練されている。
初めは木の棒や骨、石塊といった有り物をそのまま用いることから始まった。
しかし、時代を下ってゆくごとに。折ったり、割ったり、削ったりと、手持ちに対して個別に加工を行うことで、もっと使いやすい形へと、主体的な改良を行うようになっていった。
さらには異なる素材を組み合わせたり、二つのうち一方を使い潰したりすることで、特定の用途に見合った別種の道具を創造出来るようになる。
ひとつらなりの好循環がそこに成立した。未来へのいしずえだ。
出来上がった優れた道具を用いれば、往々にしてより優れた道具を創りだすことが可能となり……いやまぁ、その手の内生的、かつ加速度的な技術発展については、ひとまず脇に置いとくとしても。
その時々、さまざまな道具を、自らの肉体や精神の延長として扱う。
生まれながらのカラダという、所与の枠組みを超えること。
ヒトと道具とのアタッチメント。それによってヒト種が、過酷な自然界への適応度を、日に日に高めていったことは間違いないかと思われる。
タイムラインに沿って見ていくと、遅くとも250万年前には、[オルドワン石器]と呼ばれる原始的な石器が、主にアフリカ東部から出土し始めるんだそうな。
後期アウストラロピテクス。[アウストラロピテクス・ガルヒ]の時代だな。
石を打ち砕いて作る単純な刃物や打撃用具、礫器。往時の彼らは、既にそれらを思うがままに使いこなしていたらしい。
やがて、華奢型の猿人――年代をやや下った時期には頑丈型に分類される猿人も生息しており、そっちは「ヒトの傍に」という意味のラテン語名を持つ[パラントロプス]である――たるアウストラロピテクス属。或いは[アルディピテクス属]などの、より古いタイプのヒト亜族の何れかから、史上初の
今のところ分かっている最古のヒト属は[ホモ・ハビリス]。彼らの生息期間は更新世の前期で、だいたい240万年前から140万年前あたりとされる。
この時期にヒトは、「猿人」から「原人」へのステップアップを果たしたのだ、と言ってしまうとするか。
猿のごときヒト、だの。原初のヒト、だの。そういった定義づけが曖昧な単語を濫用するのはよろしくないって意見も、ご尤もではある。
実は「~人」という区分につき、古人類学的なコンセンサスは、未だに得られていなかったりするので。
とはいえ、大雑把な理解のためには便利なことも間違いないため。この場においては何卒ご勘弁願いたい。
で、その原人。ジャワ原人とか、北京原人なんかが有名どころか。
どちらも学名は[ホモ・エレクトス]。連中やその亜種たちは、人類史の中盤戦における名選手だったと見なせるだろう。
挙げられたふたつの通俗名からして、いかにもなご当地性が窺える。
インドネシアに、中国。それまでは概ねアフリカ大陸に限定されていたヒトの系譜が、沿岸部を中心としてユーラシア大陸に広く分布するようになったのは、このホモ・エレクトスによる偉業なのだった。
そうして、原人の次には「旧人」や「新人」の時代がやってくる。
旧人の中でひときわ大きな存在感を放っているのは、やっぱり[ネアンデルタール人]だろう。
凡そ、30万年から4万年ほど前。更新世後期のチバニアンからタランティアンにかけて、主にヨーロッパに生息していたヒト属の一派だ。
彼らは古生物という学問上の枠組みを超えて、世間的に見ても高い知名度を誇っている。
そして、近現代の折々において、ひどく振れ幅の大きな扱いを受けてもきた。
見るからに粗暴な野蛮人であった、とか。打って変わって、実はとても慈悲深く、文化的な気質を大いに持ち合わせていたのだとか?
前世紀どころか19世紀の頃から。世界中の人々の好奇の目に晒され、毀誉褒貶様々に語られ続けてきたことによるものだな。
他にも、21世紀の初頭には[デニソワ人]が脚光を浴びた。
ロシア、アルタイ地方。南シベリアのデニソワ洞窟から初めて見つかったニュー・フェイスの旧人。彼らデニソワ人もまた、ネアンデルタール人の生息年代と重なる30数万年から4万年余り前にかけて、アジアの内陸部を中心に、狩猟採集ベースの集団生活を送っていたらしい。
いつぞやの繰り返しになるけれど、20世紀終盤から21世紀にかけては、生物に対するゲノム解析技術が飛躍的に発展した時期である。
[ヒトゲノム]解析プロジェクトの立ち上げ当初。毎日の進捗があまりに遅かったので、今のままのペースじゃ解析完了まで何百年も掛かるだろうとかバカにされていたのが、実際には10年あまりで万事片付くこととなった。
しかも、ノルマ消化の半分以上は最後の二年で一挙に片付けられていた。というのは、ソコソコ有名な逸話だな。
当時のコンピュータ解析能力が、短期間で倍々ゲームに増えていったことが如実に分かるエピソードだ。
ネアンデルタール人とデニソワ人。この二つの旧人化石からもDNAが抽出され、それぞれ詳細に検められた。
そして、現代人の持つ遺伝情報パターンと照らし合わせた結果。ネアンデルタールとデニソワは、往時のホモ・サピエンス。つまり新人と交雑していた可能性が高いという物的証拠が見出された。
これは21世紀の初頭において、ずいぶんな青天の霹靂だった。
旧人と新人では、種同士の距離が遠いため。混血は不可能だという見方が前世紀では優勢だったのに。
元来、正常な交配が可能なほど種同士の遺伝的距離が近い場合、一つの種を模式種と定めた上で、残りを[亜種]扱いすることが多い。
ネアンデルタール人の学名はホモ・ネアンデルターレンシス。要するにサピエンス種と共有されるのは、「属」のレベルまでだと見られていたわけだけれど。
今では、ホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシス。すなわち新人たるホモ・サピエンスの一亜種とすべきという見解がより勢力を増している。
デニソワ人についても扱いは同様。……それどころか、デニソワ人には地理的に隔離されて久しい複数のグループが存在したらしく。たとえばデニソワAとデニソワBの遺伝的な距離感は、デニソワAとネアンデルタールとの隔たりと同程度か、それ以上の開きがあるとのこと。
ネアンデルタール人を独立した亜種として据えるのなら、当然、このデニソワAとデニソワBについても、各々を一亜種として独立させるべきだという結論が導かれることになる。
おまけに、この両人種だけでなく。「超旧人類」と仮称される、旧人区分の未知の人種の遺伝情報もまた、デニソワ人経由でサピエンスにいくらか受け継がれている形跡があるという。
往時の地球にはさまざまなヒト亜種が存在し、各所でほそぼそとその日暮らしをしていた。
彼らの過去の生き様は、今なおヒトDNAの中に確かな足せきを残している。
もはや、「旧人」や「新人」といった呼称についても。文化的、技術的なパラダイム・シフト――[言語体系]の成立、抽象的思考能力の発達、衣服などの形態的により優れた道具の創造、エトセトラ――によって時代を分け隔てるための概念になりつつあって、線形的、直線的なヒトの進化を表すための言葉からは大きく距離が取られつつある。
……もっとも、こうした諸々の新事実によって、[多地域進化説]が復権したわけでは必ずしもない、ってことには留意が必要だろうな。
多地域進化説。『ジーンダイバー』本編でもそこそこ大きめのトピックとして扱われていたが、ヒト種の進化がアフリカ、ユーラシア両大陸のあちこちで同時多発的に進行したという仮説で、通説たる[アフリカ単一起源説]とは対をなす。
そして、現時点においても通説はそのまま通説だ。ミトコンドリア・イブ理論――16万年くらい前の東部アフリカに、現生人類すべてと系譜上の連なりを持つ女系祖先が居たという説――の確度は質的向上を続ける遺伝子解析によってより説得力を強めているし、最古のホモ・サピエンスの化石も、やっぱり出土元はアフリカである。
だいたい5~6万年あたり前。現代人につながるホモ・サピエンスの一派が出アフリカを果たし、各地の勢力図を、地質学的なスパンで見れば一瞬のうちに塗り替えてしまった。
その人流に巻き込まれたネアンデルタールやデニソワたちは、遺伝子のなかに一定量の痕跡を残しながらも、概ねホモ・サピエンスの波に飲み込まれて消えていった、というのが実態かと見られる。
ある意味でそれは、多地域進化説と単一起源説とのアマルガムではあるものの。
それでもメインストリームに位置づけられるのは間違いなく単一起源説であって、この方面に関しては、事実関係の積み重ねによって旧来の教科書的見解が鋭さを増す、わりあい素直な進展を見せていると言って良さそうだ。
現代人は旅を好む感性を持っている。
ここではない何処かを求める。知らない何かを知りたいと願う。
実際に、全身を使う古典的な意味での旅行をするって他にも。例えばフィクションを受容し、キャラクターに感情移入をすることで、物語という名の擬似的な旅に思いを馳せる。
そうした価値観の成り立ちについても、広漠たる人類史は一定の示唆を与えてくれる。
ホモ・サピエンスは、ほんの数千年という、観測のスケール感によっては瞬きほどとも取れる僅かなあいだに、地球上の、ほとんどありとあらゆる場所を踏破していった。
北は北極圏、南はアメリカ大陸の最南端に至るまで。
狩猟採集生活に裏打ちされた、世代を超えて続いていく地道で緩慢な移動の果てに。南極大陸を除いた地上世界のほぼすべてが、古代人たちの旅先となった。
ネアンデルタールやデニソワなど。現地人たちのほとんどは、めくるめくサピエンスの脈動のうちにすっかり絡め取られてしまい、人知れず滅んだり、殺められたり、同化したりで、今ではたった数%の遺伝的痕跡を残すばかりである。
となると、ヒト一人あたりの90%以上は旅人の生き方を受け継いでいるのだ、なんて。そんなふうな情緒的な見方をすることだって、出来なくはないんじゃないだろうか。
未知への止め処無い好奇心。旅人としてのメンタリティー。
そうした思いの根っこには、よりよい新天地を求めることによって勢力を拡大し、結果として、高等生物史上類を見ない生息範囲を築きあげることとなった、ホモ・サピエンスとしての生得的な傾向性がある。……のかもしれない。
有機質の肉体に刻み込まれた傾向性。そこには明白な「正しさ」はなく、かといって、挙って否定すべきものでもなく。
ただ所与のものとして受け入れ、踏まえた上で。個々人が己自身を見つめ直し、より良くするための土台とすべきものの、そのひとつ
……もちろん、ロマンチックな考えで学問の基本原則を危うくしてはならないけれど。
でもまぁ、ロマンなくして学問なし、という見方も。それはそれで、そこまで暴論ってほどでもないんじゃないか。