恐竜惑星とジーンダイバーのMOゲームを実況します 作:あーぷ
アスガルドの市街地。周囲を囲うように
「原始的な道具である方が、その種族の『土台』を知るための手掛かりとするには、より相応しい」
都市の区割りとしては商業地区の外れといったあたりで、人通りはまばらだ。
もっとも、実際の都市活動の場面で閑古鳥が鳴いているというよりか。ただ単に描画するNPCの数を減らしたいという、ゲーム・クライアント側のリソース管理の都合って感じがあるけれど。
ロータリー構造になった通りの、中央部に位置する簡易広場。
直径30メートルほどのスペースに芝生が敷かれ、更にそのちょうど真ん中に、大木と言える太さにまで育った一本のトネリコが植わっている。
たぶんこれって、円形都市の全景を、ミニチュアサイズで模したって感じのロケーションじゃあないのかねえ?
緑色のサークルから伸び上がる大樹。小スポットと都市そのものとのオーバーラップ。そんなモニュメント兼小公園めいた一角に、プレイヤー操作のリックくんが足を向けると。
ハルと萌さんの二人が、トネリコの木陰、芝生の上で並び立って。何かしら話し込んでいる場面に出くわせるって寸法である。
「土台って?」
と、萌さんが首を傾げてハルのことを見あげ、尋ねた。なんだか小難しい話になりそうね、と言い添えながら。
「まぁ、ハルと一緒なら毎度のことだし。ちゃんと聞かせてもらいますけれど!」
彼女の背丈は『恐竜惑星』の頃と比べてだいぶん伸びた。だいたい160cm代後半で170cm近いくらいはあるため、日本人成人女性としては高身長の部類だと言っていいだろう。
実年齢で10年前後の上積みは大きく。ゲーム内3Dモデル(キャラクターとして登場はしないが「萌ちゃん」のグラフィックも内部データとしてあるにはあるのだ)の実測値で比較しても、概ね1.5頭身ぶんくらいの下駄を履いているはず。
にも関わらずこのふたりの間には、依然としてかなりの身長差が横たわっている。
ハルの体格は男性ギラグールの中だと平均的なものだ。連中のガタイには性差があり、基本的に女性のほうが一回りか二回りほど大きくなるとのこと。
それでも180cmを余裕でオーバーしているわけで、なんだかんだ、ギガントに次いでタッパのある種族ってだけのことがあるのだった。
「道具とは、個々の肉体の延長であって、その働きによって、元来の不足を補うものと言える」
ハルが告げる。それから、ちょっとだけ考え込んだあと、彼は自分の右腰元に視線をやった。
「例とするなら……先ほど受け取ったこの、『ケン』という白兵用具だが」
普段のキャラクター・グラフィックと異なり、現状のハルは両肩それぞれにトートバッグめいたものを下げている。
長い持ち手に容量大きめ。彼がティモシーⅡのストレージからわざわざ持ち出して来たブツであり、また柔軟性の高いライム・グリーンの本体部は、フォロルの民生品によく使われている合成素材だな。
左肩に下げられたバッグは縦長長方形の整然とした見た目を保っているが、反対側のそれは内容物のせいで、あちこち張り出して歪んでいる。
前者に入っているのが物々交換用の既存物資。そして後者には、ハルが手ずから蒐集した一種の戦利品が、数多く詰め込まれているものと見られる。
そのうち、戦利品袋の方にギラグールの細長い三本指を突っ込むと。しばらくして、鞘に入った一振りの直剣が引っ張り出される。
刃渡り80cm少々。中世ヨーロッパの手持ち刃物をその形状に従って分類する[オークショットの刀剣類型]に照らし合わせれば……幅広で平らな刀身から、おそらく10番型。主にヴァイキングが使っていたタイプの片手剣に該当しそうだな。
鞘の構造的にハルにはなかなか抜刀しづらかったようで。ちょっとの間、柄などを握ってあれこれ力を込めていたが、苦労の果てに何とか半ばまでズラし抜く。
すると。顕れた剣の腹の付け根部分に、打ち込み式で銘が刻まれているのを見て取ることができる。
「ウルフバートって言うんでしょ、それ?」
と、萌さん。ハルが抜き放った直剣に視線をやりつつ言う。
Ulfberht。刻まれた銘が、ラテン語のアルファベットでそのものズバリだ。
このウルフバートってぇと、中世欧州の刀剣類の中ではかなり有名な逸品とされる。
現実世界での出土先、発見元は主にスカンジナビア半島の各所である。時代錯誤じみた切れ味と頑丈さとを併せ持ち、一説によれば、ドイツの修道院で密かに鋳造された、名工の手になる曰く付きの名剣なんだとか。
「剣、だなんて一山いくらな言い方じゃなくって。しっかり名前で呼んであげなさいよ」
萌さんは両目をにわかにじっとりとさせ、中指人差し指をくっつけるタイプのピースサインを、指揮棒のように一回くるりとさせた。
「……?」
「わたし達、ちゃんと歩み寄ることができたんだわ。今みたいな妙な状況で、おまけに、相変わらず向こうが変に杓子定規であってもね」
一転微笑みを浮かべ、ハキハキとした口調で続ける。
「困難を乗り越えて、お互い前向きな関係を築くことができた。ウルフバートはその証。そんな意味合いでプレゼントされたものなんだから、ただの道具みたいに扱うのは、なるべく辞めておきましょうってこと」
「この場合、固有名はさほど重要ではない」
しかし、ハルはというと左右に首を振る。
にべもなし、といったふうで、気配りをフイにされた萌さんは不機嫌そうにちょっと顔をしかめるが、彼女もギラグールの相手には慣れがあるから、それ以上はしない。
どうも察するところ……彼らギラグールには友好のシンボル、ないしモニュメントっていう概念がないんだな。
彼らにとっての仮面やその他の装飾は、
理性も、感情も。ともに相応に持ち合わせているんだけれど、どちらも「彼らなり」のものであって、融通が利かない。おまけに他所様に合わせようという甲斐性も相当に薄い。
そんな相手を、いちいち説き伏せようとしたって空回るのがオチだ。連中とプライベートで交流を保とうとする場合、ヒト目線だと努めて機械的なやり取りに終止するか、もしくは海よりも深い寛容さを持ってあたらなきゃならない。
「剣という武器は、お前たち霊長人類にとって、その丸い指先が元来持たない『爪の鋭さ』を手に入れるためのもの。ギラグール猟兵が持つ各種の
「ふぅん?」
引き続き、話すべき(だと彼自身が片面的に判断した)ことを話そうとするハルだった。
萌さん的にはあんまり話題に興味がなさそうだが、それでも表面上は一応首を傾げてみせてくれる。
仮にこの場でハルの相手をするのが、萌さんでなくて萌ちゃんだったなら。今の時点で「そんなこと、どうだっていいじゃない」とでも言い放って、即座に会話をブッチしていた気がする。目に見えるようだ。
「突き抜く動作の、あるいは、振り下ろす一撃の切れ味を増す。それがために最適化され、出力された具象こそがケンであり、サイスだ」
再びぎこちない手付きでウルフバートを鞘に納め、バッグに突っ込む。それからハルは、右手の三本指の中で最も長さのある中央の第二指――鳥類の翼同様、人間の指に当てはめると人差し指に相当する――を使って、自分と萌さん、それぞれの肩のあたりを交互に指さしてみせる。
「似通った目的を持ち、しかし異なった二つの武装には、各々、両種族における身体構造上の特徴がダイレクトに反映されている。この対応関係に対して帰納的メソッドを用い、一定の推論を導き出すことには、価値がある」
淡々と語るハルに対し、萌さんは右手の手のひらを自分の頬に添えて、居住まいを正す。
一見、彼女なりに興味をそそられたようにも見えなくはないが、実態としては単なるお義理の「聞く姿勢」だろうなあ。
「具体的な事物という末端部から、本丸に向かって逆算してゆく。そうした作業を積み重ね、束ね合わせることで。哺乳人類という種族の本質……肉体面、精神面におけるそれぞれの『土台』を見出す。この類のプロセスは、異種族の文明というものを理解するにあたって、非常に意義あることなのだ」
◆
謎の古代文明といえばもちろん、ローマ帝国。……そうした安直な発想からか。拠点の街並みに用いられているアセット・データは、地中海風のローマ様式で統一されている。
さっきも言ったとおり、拠点マップになっているのは中心街商業エリアの一角だ。
住宅地とは一定の線引きがされており、外縁部にはそこそこ見られたあばら家は、このあたりにはほとんど見当たらない。
商用の大店。入り口前で市民が列をなしている役場っぽい一角。何かしらを祀っている祭殿っぽい建物。
公用、民間問わず、物資の集積所みたいなスポットもチラホラと。……まぁ、その大半がプレイヤーには侵入不可能な単なるハリボテではあるんだけれど。
「――あそこの、右側の男が用いている音楽器具ならば。視覚的に、より分かりやすいモノだろう」
そう言ってハルが指さした先は、今いる円形公園から、幅広な通用路を跨いだ向こう側だった。
質実剛健といったふうな建造物が立ち並ぶ合間に、本来の役割としては防火用らしき、ちょっとした空き地が残されている。
だいたい30メートル四方ってところか。そのスペースの中央あたりには、木組み式の、現代基準だと粗末なステージ台が備わっている。
そして、そのステージの上を見てみると。そこでは男二人、女一人の三人組が、尽きることなき――なにせNPCなので疲れとは無縁だ――ミュージック・パフォーマンスを行っているって次第である。
真正面で一歩前に踏み出して立つ、亜麻色のドレープをまとった女性が高めの声で唄い語る。
男組はどちらも、上半身半裸ルックを晒しつつ。右隣の一人がリュートに似た弦楽器を奏で、やや後ろに位置するもう一人が打楽器を担当。
そんな連中のなかで、ハルが指さした対象は三人目の男だな。
両手に一本ずつ短めのマレットを握っている。それらをもって、彼自身を囲むように並べた五つの太鼓をあちこち打ち鳴らすことで、軽妙なリズムを刻んでいるのを見て取ることができる。
「あれって、[ティンパニ]?」
萌さんが呟く。……確かに、楽器のフォーマットで分類するならティンパニーってことになるのかねえ?
酒樽を横に割ったような筐体の上部に。ワイルドな革張りを荒縄で引き締めたブツが掛ける5個。
いかにもどこぞの民族楽器といった風情であって、現代音楽で馴染みのそれと見比べた場合、明らかに無骨さが溢れすぎているが。
でもまぁ、画一化されたオーケストラがピンのエンタメとして成立したのは17~8世紀ごろとされ、あんがいそこまで古い話でもなかったりする。
現代型から過去型を推し量るのにひと手間要るのが、別に古生物学の専売特許ってこともない。とりあえず、複数の鍋型太鼓を半円状に配するという構成の一致から、あれらをティンパニー呼ばわりする萌さんの感性はきっと正しい。
それに武器よりも楽器ネタのほうが、まだしも『この場の話題』としては相応しいだろう。
萌さん的にも、さっきよりはまだ聞く気になったっぽい雰囲気がある。無論ハルが普段からやることからすれば、単なるまぐれ当たりだとしか思えないけどな。
「我々も、フォロルも、似通った形状の
膜で覆った内部で音を反響させる構造は、楽器の歴史の中でも相当基底的なものだ。
史実で見ると古代メソポタミア文明の頃には既にそれなりの完成度のモノが存在したわけで、他種族史においても、恐らくその傾向性は変わらないだろう。
「しかし、あのように、複数を横並べに広げて配置することはほぼ行われない。萌、それは、何故だと思う」
「なんでかなぁ。打ち方のスタイルを考えた大昔の演奏家さんが、種族ごとに、違った好みを持っていたからとか?」
再びハルが首を振る。作り手個人の感性の反映、つまり「無作為抽出に基づく偶然性のシロモノ」ではないってことだな。
「我々恐竜人類、つまりギラグールやフォロルと比べて、お前たち霊長人類は、腕の横向きの可動域が広いのだ」
そう言いつつ、もういちど自分自身の左肩を指し示す。それから左手を半ばまで上げ、移動用クレーンのように左右に振ろうとしてみせるが、その動作でカバーできる範囲は、ヒト種のそれと比べてあからさまに狭い。
「我々の場合、あの配置では、正面以外の打楽器を打つために、上体そのものを大きく捩る必要が出てくる。関節部への負担が大きく、演奏というきめ細かな作業には、そぐわない」
ふんふん、と頷いて、萌さんも自分の両手を左右へ「ハ」の字型に伸ばしてみせた。
それだけで彼我の違いは明白だった。正面を向いたままで五方向のドラムを造作なく叩ける動作範囲を持つ萌さんに対し、ハルたちギラグールの身体構造では、前方に位置する一つと、その左右二つのフチあたりまでがせいぜいだろう。
横向きの動作性において、ヒトはギラグールに対して大きく優位であるわけだ。
……ただまぁ、縦向きの動作なら分があるのは確実にギラグールなんだけどな。
振り下ろし、先端を食い込ませる。そうしたアクションにおけるパワーとコントロール能力がダンチであり、他種族が持ってもバランスの悪い棒切れモドキになりがちな手持ちサイスも、彼らが携えた場合こそ、一転本領を発揮する。まぁ余談だが。
「…なるほどね。あの置き方が私たちにとって便利がいい。
「そうだ」
ハルが肯定し、視線をまたもステージの方へと向けた。
行われているパフォーマンスの内容はプレイヤー側までは聞こえてこない。……音源がないので。
その点、リックくん含めてこの場にいる面子には何かしら届いているんだろうが、どのみちそこそこ離れているため音自体が遠いだろうし、まずもって異種族たるハルに、古代風バンド・ミュージックの審美眼があるかっていうと怪しいだろう。
「演奏の場において用いられるツールは、身体の動作に対し、可能な限り差障りのない形態を持つことになる。出力されるものが、弾き手の感性の反映であるためだ」
ただ、ああした行為につき。一般論を唱えてみることなら十分にできる。
「精神は肉体に。肉体は道具へ。そして、出力先たる音の集合へと位相を移す。演奏というフォーマットに限らず、多くの創発的行為に不可欠なこの類のつらなりを、よりスムーズなものとするために。末端であるツールの側が、操作者の側に対し、ツールとしての構造上の配慮を為さねばならない」
……。
「むろん、出力される音のバリエーションなどを確保するために、肉体が、道具に対して幾分妥協を強いられるケース(例えば楽器を使いこなすにあたって「要訓練」であることだとか?)もあるが……。しかし、原則論として、楽器というツールは肉体を反映し、従属する。それが、在るべき姿なのだ」
先ほどからのこの手の道具論には、何とも
ともあれ、ハルは一旦身じろぎをすると。続いて三本長指を逆腕の手首の裏側に添えて、キーボードでも叩くかのようなリズミカルなしぐさを取ってみせた。
トン、タタン、トン、といったふうな四拍子。ほんの僅かな間のことだが、明らかに規則的なテンポを刻んでいた。
おそらく、今みたいな動作で用いるギラグール流の打楽器か。あるいは弦楽器なんかが文化上実在するんじゃないか。
彼らの身体に合った造りをした、サイズ的には大振りなカスタネットか、手持ちの小琴ってくらいの。
「……だから、あなたは『原始的な道具』に注目したがるのね」
刻まれた長さは3小節ぶんにも満たなかった。既に動くのを止めているハルの指先に目をやりながら、萌さんが呟いた。
「人々の末端部。指先の、更にその先へとピントを当てようとしてる? ウルフバートにせよ、あのティンパニーのご先祖にせよ。それが私たち哺乳人類、ヒトを、より深く識ることに繋がるから?」
ハルは肯かなかったが、かといってはっきりと否定もしなかった。その仕草を受けて、萌さんは再び微笑んだ。さっきよりも自然で、柔らかなふうにだ。
今のハルのリアクションが「確証はないがややポジティブ」くらいの意味合いだということを、彼女はちゃんと識っている。
「私たちのことわざだと、神サマは細部に宿る、だなんて言ったっけ。『細かさ』と、『端っこ』ってことじゃ、ちょっと意味がズレちゃってる気もするけれど。それでも、ハル。あなたが私に言いたいのって、つまりはそういったことなのね」
◆
「……そのため、萌」
ややあって、再び口を開きつつ。ハルは戦利品袋と逆側のトートバッグのなかから、ペンケースくらいの長方形アイテムひとつを取り出して、萌さんに向かって差し出した。
アイテムのビジュアルは、武器強化用の素材のひとつとほぼ同じだな。ワールド3から5に掛けてのリザルトで手に入る、『超硬セラミックス』のC~E等級ってやつだ。
普段遣いのやり方としては、武器改造ウィンドウにドラッグ&ドロップで、強化段階に応じたクレジット消費とともに使用される。その安易かつファジーな名称も相まって、ゲーム内の世界観的にどういう処理をしているのか、イマイチ実情がわからないブツなんだが。
コレ。この「拠点」内だと物々交換のアテとして価値がつく、いわば
「あの形状は、入手しておくべきだ。打楽器の打ち手については消耗品であるはず。交渉次第で数本、我々が譲り受けることも、不可能ではないだろう」
トップに丸い球の付いた木製のバチ。鼓面に対する向きを気にせずに叩けるあのマレットのことを、彼は分かりやすいサンプルのひとつとしてご所望ってわけだった。
ところが、萌さんはというと。差し出されたトークン・アイテムのことを見つめ、微妙に嫌そうな表情を作っている。
「……ねえ。もうずいぶんな量になってるはずよね? そっちのバッグを見てのとおり」
ハルの左肩に下がっている戦利品袋の方を、人差し指の先でツンと指差す。ウルフバートを上から雑に詰め込んだせいで、袋のシルエットはいっそういびつな様相だった。
「さっきからちょっと、度を越してる気がするんだけど? 『ここ』の詳しい調査が必要だってことは、私だって一応分かっているつもり。でもねえ、ふつう、質量が増えたら増えただけ持ち帰るときの転送コストが嵩むんだろうし、あれもこれもって散々詰め込んでると、そのうちパンクしちゃうんじゃあないのかしら?」
「……加減は弁えている」
ここで、ハルが今回初めて彼のギラグールらしからぬ部分を表沙汰にした。
「それに、たとえこのエラー症状の内部から物証を持ち帰ることができたとして。萌、現在の私たちの身体倍率を考えれば、掛かるコストは然程、大したものではないのだ」
元来、彼らの「ウソの付けなさ」は相当根強いもののはずである。
『恐竜惑星』第二部の序盤、カタイの秘密基地に続く樹林にて。ユキちゃんが敵国軍人たるフィラたちに対し、機密情報の入手経路を対面でぽろっと白状していたあたり、ストレートに馬鹿正直だと言ってしまってもいいくらいだ。
「意図的に事実を伏せる」だとか。あえて「ズレたことを言って誤魔化す」だとか。その手の猪口才な行為に手を染められるのはギラグール側の登場人物中だとハルのみであり。その例外性ゆえに、彼が社会生活上、相当な比較優位を得ていることは想像に難くない。
他のプレイヤーが協力一辺倒であるのなら、裏切りの選択肢が最大利益になるのは、シンプルな[非協力ゲーム]の一パターンである。
もっとも、その優位性はギラグール社会という閉じた環境中に限ってのこと。生来ウソがお上手な他種族が絡んでくる場合なら、話は別だ。
「ホントかなあ」
ここの首領たるオーディンから下賜されたウルフバートはほんの一例。ハルが右肩に下げている歪んだトートバックもどきの中身は、実用性半分、彼の個人的な興味半分に基づき、現状既にめいっぱい近くまで詰め込まれている。
そのことをバッチリ把握済み。それどころか現地交渉人として、ハルの要望に応えて何度もご出場願われてきたらしき萌さんである。
このたび慈悲深くも、いささか圧のある苦笑いを、その整った面差しにお浮かべになられた。
「私、このバーチャル世界でのデータの扱いなんて詳しくないわ。前々からそういうのは、ツトムやアッケラ缶に丸投げってことが多いもの」
右手のひらを上向きにかかげ、小さく左右にかぶりを振る。それからアスガルド市街地の街並みをぐるりと見渡して、続ける。
「でも、これだけ緻密な世界なんだから。いくらサイズ自体が小さくたって、ひとつひとつのモノに対して必要になってくる処理能力って、普段と比べても、そこまで大きく変わらないんじゃないかって気がするわね」
それはまー、そうね。
以前にワールド4のペルム紀ステージを進めてたあたりの解説で、似たようなことを言った気がするが……大きかろうが、小さかろうが。問題は、バーチャル世界内でどれだけ詳細に描画されているかってことで。
一般論で言って、たとえどれだけ質量が小さくても、ヒトなどの高次な複雑さを持つ物体を描画するコストが「重い」ことは間違いなかった。
一方で、例えば概ねランダムに物質が詰め込まれているただの岩なんかを見ると、そのサイズが大きくなるにつれ、個別のシミュレーション・コストは線形的に嵩んでいくわけであるから。
小さければ小さいほど処理が軽くなるというハルの物言いもまぁ、ウソではない。
それにまた、ハイパー・バーチャル・システムを結節点とする他種族共生が基本路線となったこの多次元世界において。哺乳類学者たるハルの手掛ける、各種研究の重要性だって論を俟たない。
けれど、「重い」か「軽い」かの量的比較が為されていない上に、さっきのハルの発言にしたって、明らかに言葉が濁されていた。
レトリックを弄することで相手の思考を誘導。彼自身にとって都合が良くなるよう、実態を過小評価させようと試みていたのが明らかではある。
「そこのあたり。ねぇ、どうなの? ハル」
「……」
「ギラグールの人ってすっごく正直だから、いちいち裏を疑わなくて済むのが良いところよね。割り切っちゃえればいつでもどこでも気楽なお付き合いでいられる。でも、どうもあなただけは、どこまで素直に信じて良いものかどうか、イマイチ確証が持てないのよねえ」
ま、それがハルの個性ってことなんでしょうけど。と、萌さんは頭上の仮面の裏側を、下から覗き込むような姿勢で言った。
そのあと、わずかに間を空けてから。彼女は背筋を伸ばし、近くで立ちっぱなしだったリックくんの方へと向き直る。
なんだかちょっぴり楽しげな。意地悪っぽい表情を作りながらだ。
「リックさん。あなたは今の件、どう思う? ハルが言う通り、彼の欲しがっているモノを、わざわざこの場所で手に入れてあげるべきかしら。それとも――」