恐竜惑星とジーンダイバーのMOゲームを実況します   作:あーぷ

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タイタンの陽のもとに

 

 

 土星の衛星[タイタン]っていえば、数ある太陽系内天体のなかでも特筆すべき、際立ったひとつだと言ってしまっていいだろう。

 

 

 

 単に見つかった順番だけで考えても、相当な古株としてのガッツリとした歴史性がある。

 

 『ジーンダイバー』シナリオ上の重要地点たるエウロパを含む、いわゆるガリレオ木星四衛星の発見から遅れること、わずか50年足らず。すでに17世紀の半ばごろには、初期の大型望遠鏡――当時の倍率はせいぜい50倍がいいところ。現代どころか、前世紀末だろうと小学生の小遣いで手に入りそうな水準だ――によって、その実在性がしっかりと確かめられていたのだった。

 

 

 

 地球の周回軌道を回る宇宙望遠鏡や、口径30メートル超の大型地上望遠鏡等々。時代を下るごとの検出能力の飛躍的向上に伴い、土星の衛星は21世紀に入ってからも新発見がモリモリ増えていった。

 

 今では実数にして、ゆうに80個以上がカウントされる。タイタンだってその中に含まれる一個ではあるんだが、しかし土星系衛星全質量のうち90%以上を占めるという存在感は、他の細々とした連中とは明白に一線を画する。

 

 

 

 また、他の惑星系にまで目を向けた場合でも多数(マス)に埋もれるようなことはない。

 

 タイタンの円半径は2500kmオーバー。実に月の1.5倍ほどものサイズがあり、木星のガニメデに次ぎ、オール衛星内におけるナンバー・ツーの体格を誇るからだ。

 

 

 

 そうした基礎ステイタスを踏まえた上で。このタイタン最大の特徴を挙げるとするなら、それは、太陽系衛星の中で唯一はっきりとした大気を持つってことだろう。

 

 

 

 しょせんは太陽系第6惑星を公転する一衛星。大きさも地球どころか火星にすら到底及ばないにも関わらず、タイタンが保持する大気の総量は、地球圏のそれをも上回る。

 

 分厚く、見通しの悪い橙色。地表を一様に覆っているこのみっしりとしたスモッグによって、前世紀の半ばまで、衛星タイタンの内実を窺い知ることが、ほとんど出来ていなかった。

 

 

 

 

 

 

 未知というやつは、往々にして優れた空想のタネとなりうるもの。おかげさまで昔のSFだとタイタンはしょっちゅう便利よく扱われ、例えばタイタン発の知的生命体の存在など。

 

 スケール様々、色とりどり。多くの思考実験が、この遠く離れた謎の衛星に対して試行されることになったのだった。

 

 

 

 もちろん、今となってはそれらは古典的フィクションの一里塚に過ぎないし……それどころか、往時ですら。多くが科学的裏付けに欠ける、荒唐無稽なものだと見做されていたというのも確かなんだが。

 

 それでもまぁ、歴史的な価値は残り続けるはずである。これまでも、またこれからも。ずっと。

 

 

 

 

 

 

 土星の平均公転軌道は、太陽から9.5天文単位と少し。

 

 これは字義通り、土星~太陽間の距離が地球~太陽間の10倍近く離れているってことを意味している。

 

 

 

 基本的に、太陽系の中心部から離れれば離れるほど、届く太陽光の量が少なくなる。したがって土星系が浴びている太陽光エネルギーの総密度は、地球圏と比べると相当なレベルまで薄まってしまう。

 

 地球と土星が得ているエネルギーの密度比が、だいたい1:100程度とされる。

 

 その上でタイタンの場合、更に特有の分厚い大気までが間に挟まる。いきおい衛星地表まで届く光量となると、極まったレベルで雀の涙だ。

 

 

 

 大気の主成分は窒素であり、その点については地球とあんがい変わらない。また驚くべきことに、タイタンの地表には日々処により液体の『雨』が降り注ぎ、川となり、海へと注いで大気中に蒸発していく循環システムが成立している。

 

 これら[ホイヘンス・プローブ]の現地探査によって、今世紀初頭に実証されたことだった。

 

 

 

 ただし。雨は雨でも、降りしきるのは水じゃあなくて、沸点マイナス163度の液体メタンの降雨なのだけど。

 

 

 

 

 

 

 仮の話として、メタンを溶媒として機能する[タイタン型生命体]が実在するとしてみましょう。

 

 化学反応の多くはその反応速度が[アレニウスの式]に従うから、絶対温度(T)が低ければ低いほど、進捗の度合い――他の条件によっても変わってくるものの、一般論としては概ね、反応温度が10度下がるごとにスピードが半減するのが目安とされる――は加速度的にトロくさくなっていく。

 

 そして、生命体の活動だって、結局のところ化学反応の総体にすぎない。

 

 そうした個体の、無数の集まりから生命進化の力学系が生まれる。ゆえにメタン溶媒型生命体の進化速度は、地球型、つまり水溶媒型の生命体と比較すると、たいへん気の長いシロモノとならざるをえない。

 

 

 

 平均気温が摂氏20度とマイナス200度では、同じだけの反応量を稼ぐにあたり、求められる歳月に10倍、20倍どころじゃないギャップが出てくる。

 

 地球の形成から知的生命体が出現するまでに、費やされた年月がだいたい46億年。一方、太陽系そのものの寿命は凡そ100億年程度と見込まれる。

 

 

 

 ……明らかに、進化の階梯を登り切るための尺が足りない。根本的なリソース不足は如何ともし難い。

 

 仮定に仮定を重ねる前提で、タイタンに何らかの生命が誕生していたってことにしたとしても。せいぜい、地球型で言うところの原核生物レベルでどん詰まりだろうというのが、大方の見方とされている。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 だから。現状目の前に突如として広がったこの光景が、どっからどう見ても異常なもんであるってことは疑いの余地がないのだった。

 

 

 

『いったい、こいつぁ……』

 

「……ね、ねぇ虎哲。これって、海よね? ふつうの」

 

 前方から正面向かって左側の操縦席に着いたまま。小さな口をポカンと開けて、いくつかのポップアップが表示されているゲンゴロウの正面モニターをしばし見つめたのちに。ユイが呟く。

 

「液体の炭化水素(メタン)なんかじゃないわ。どうみたって地球の、海辺の景色としか思えない。色が全部モノクロで、海にも、空にも、青さが無いのはおかしいけれど……水辺が広がっていて、波打っていて。空にも海鳥とか、翼竜まで飛んでいて。いったい、これ、どうなってるの!?」

 

『ど、どうなってるのって……情報が足らなさすぎて、オイラにもまだ詳しいことは分からんが……』

 

 

 

 ティモシーⅡから探査艇が発進。土星圏の宇宙空間から、タイタンの分厚い大気へと突入速度で降っていった。

 

 真っ暗闇の前方を、探査艇ゲンゴロウのトーチライトがか細く照らす。高度を下げるごとに徐々に減速。そんな深海探査を思わせる地味な絵面から、急転直下。

 

 

 

 突如として周囲の景色が、幕でも開けたかのようにぞろりと遷移。そして今さっきユイが半ば叫んだような、まるっきり地球じみたパノラマが、遥かな眼下に広がっていたのだ。いつの間にやら。

 

 

 

 波打つ濃灰色の海原と、黒ずんだ岩石地帯がざっくりと絡み合った地形構造。色味の関係でより殺風景ではあるものの、全体的に、いつぞやの新生代テチス海に似た雰囲気があるだろう。

 

 灰色の空。薄灰色の雲。海上を旋回している飛行生物たちもグレーやくすんだ白の羽毛体毛に身を包んでいる。

 

 同じく色を喪っているせいで、炭から形を切り出したかのような植物(らしきもの)が、まばらに生い茂っているのも、あちこちに見られる。

 

 

 

 ただ、空には太陽らしき光源が見当たらない。

 

 光加減が一様でのっぺりしている。純粋に晴れた日の風景をモノクロ化したものだと言い張るためには、そこだけが明確に、不足している部分だと言えそうだった。

 

 肉眼で周囲を見渡せるのに、光源がどこにも見当たらない、というのも。それだけでもう、十分以上に異常事態ではあるんだけれど。

 

 

 

 

 

 

「…オイ。今さっき、俺たちが何処かへ転送されたって感じは全然しなかったよな!?」

 

 ワールド7のステージ1。オープニング・イベントが只今進行中である。

 

 ステージに入場する前に、プレイヤー側で選択したゲンゴロウ乗員NPCの片割れ。ナオーが、二つの操縦席の真ん中から身体を乗り出し、正面コンソール中央の発声機兼マイクに向かって声を張りあげた。

 

『あ、ああ。時空間移動の形跡は一切ない。ジーン・ダイブの起動もされてない。時代もほとんど現代に近いから、身体倍率の変動もまったくナシだ』

 

 言葉の上では躊躇いがちながらも、虎哲から即座に応答が来た。

 

 この点、虎哲というソフトウェアにおける処理能力の高さが示されているってことだろうな。今の反応は、前ワールドのラストまで出ずっぱりだったアッケラ缶と比べるとあからさまにスピーディだった。

 

 ゲンゴロウの各種センサーから得られた情報解析がリアルタイムで行われた。それに伴い、虎哲の中で思考プロセスの建て直しが加速度的に進んだものと見られる。

 

『タイタンの大気圏外に停留中のティモシーⅡから降下、地球大気で言うところの、成層圏と対流圏の間のあたりまで降りてきた。そのタイミングで突然、視界が切り替わった。変わったのは外部であって、ゲンゴロウ及びその乗員、つまりお前たちの位置座標や、身体パラメータの連続性並びに認識能力は、至って正常だ!!』

 

「マジかよ。……てことは、色設定だけスッポ抜けたみてェな生っ白いコレが。今の土星の一衛星(タイタン)の光景、そのものだってことになるわけか?」

 

 

 

 

 

 

「だが……理屈の上では、そのような事態が現実に起こっているはずがない」

 

 もう片方の操縦席に着いているティルが、肩越しに振り向いてナオーに言った。ユイもその様子を横から注目する。

 

 

 

 ……仕様上、プレイヤーが参加させるメンバーの選択次第で、ここの席に座るキャラクターは適宜入れ替わりが発生するわけだけど。やっぱりこうして絵面を観ていると、ゲンゴロウの前部操縦席には、ユイとティルの二人が横並びになっているのが相応しい気がするよなあ。

 

 しっくり来るっていうか? 原作再現と言うには、コックピットの後部にパックとドライさんが居ないのが寂しいが。

 

 

 

 あ、ちなみに現在ドライさん用のスペースには、例によってリックくんがひとりで突っ立っているぞ。前方のモニター画面を、ひたすらまっすぐに見つめるままで。

 

 

 

「どういうこと、ティル?」

 

 微妙に不安げな声色で、ユイが尋ねる。ティルがそちらに目線をやり、応える。

 

「掻い摘んで言えば、バーチャル世界には本来、こうした光景が成立し続けられる構造上の余地がない、ということだ」

 

「……ええっとぉ」

 

「フォロル基地でのブリーフィングで挙がっていたとおり、このタイタンのどこかに、あの原生代半ばの異常なヒト世界(コレはワールド6の北欧神話モドキ空間のことだな)を成立させていた、何らかの原因あるのだとしてもだ。……虎哲。あの異常空間は、あくまで局所性フラクタライズ・エラーという既知の現象に対し、外部からの干渉が行われることによって生み出された。例外的かつ、言葉どおり局所的なケースだった可能性が高いのだろう?」

 

 喋っている途中でティルの顔向きは正面に戻った。彼女の言葉はコンソールの先。つまりは超時空通信で繋がるメディア・ステーションへと向いている。

 

『そうだな。ギラグール製のコンピュータにこれまでに得られた諸々のデータをブチ込んで、弾き出された推論がソイツになる』

 

 ちなみにここらへんの込み入った話は、ワールド7に入る前のインターミッションで出てきた内容だな。

 

ギラグール(れんちゅう)のソフトウェアは、オイラたちと比べるとフレキシビリティーにやや欠けるが、純粋な演算速度にかけては既存文明の中での最先端を走ってる。推論の確度自体はおそらく、かなり高いと見ていいだろう!』

 

 

 

 虎哲の言に対し、ティルが頷く。一方で隣のユイはというと、一応話の大枠くらいまでなら何とか、といったふうだろうか。

 

 無い袖は振れない。未だローティーンの少女であることを勘案すれば、彼女の保有知識や理解力の水準はむしろ高いってことは以前にも述べたが。それでも技術的な話が絡んでくると、流石にティルとかドライさんあたりと比べて明確に見劣りする感じが否めなくなる。

 

『ある程度以上の規模がある異常空間が、そのまんまのサイズで現出しちまうと、高次有機生命体の誕生へと繋がる現行バーチャル世界の「正史」に対する悪影響が大きすぎる。ティル、お前さんが言いたいのはつまりそういったことだな?』

 

「ああ。必然、何らかのシステム上の競合(コンフリクト)が発生するたぐいの状況に思えるのだが」

 

『おうとも。十中八九、空間そのものがプログラムのバグ扱いで自動消去(デリート)をくらうってオチになるはずだ。若しくは……』

 

 

 

 ここでプレイヤー視点での画面上に、改めてメディア・ステーション内にて浮かんでいる虎哲のカットインが表示される。

 

 そして、それとは別に。ゲンゴロウ正面モニターの向かって右側で、横長で70cm×50cmくらいの四角いポップアップが追加された。

 

 どうやら虎哲の遠隔操作によって出現した表示窓らしい。間もなくその四角形の縁取りの中で、過去のゲンゴロウ内部のコックピット事情を、俯瞰視点で撮影したムービー・シーンが再生され始めた。

 

 

 

 映像中、コックピットの自席に着いているパックとティルの姿が突然ブレる。異音とともに全身が霞み、そのまま消え去ってしまいそうになる。

 

 しかし、しばらくすると一連のシークエンスが逆回しとなって、二人とも、何とか元通りの色彩と濃度とを取り戻していった。

 

 

 

 『ジーンダイバー』の劇中。スネーカーが惑星コンピュータの形成を促したことにより、地球における有機生命体の歴史が、根っこから消失しかかっている。そんな当時の危機的状況を端的に示している場面である。

 

 

 

『仮にスネーカーの介入やら、何かしら異常空間を強制的に確立させようとする外部要因があったとしたらだ。今の映像の場面のように。22億年以降の「正史」側に属する事物、人物に対し、何らかの「揺らぎ」が起こっていなくちゃおかしい』

 

 操縦席の二人が、一転なんだか微妙な面持ちをしている。まぁ、当事者だったユイやティル的に、今のが思い出して楽しい過去じゃないのは確かなことか。

 

 なにせ、自分たちの存在そのものがまるっと消されかかっていたわけで。それこそ名状しがたき恐怖ってやつだろう。

 

『特に、各文明種族のなかでも相対的に不安定な種族に関しては「揺らぎ」が生じやすいから、判断基準として、状況によってはかなり便利に使っていくことができる。そして周知のとおり、各基地において具体的な被害を被った人員は、今のところ誰一人として観測されていない。前回も、また今回についても。コンフリクト自体がほぼほぼ発生していないと見るべきだろう!!』

 

 

 

 ……なお、設定上「相対的に不安定な種族」ってのは、主にプグラシュティクとホモ・ギガンテウスの二種族だそうな。

 

 どっちも原作での成り立ちに、危うさ、曖昧さのある文明種族に該当する。前者はスネーカー、後者は宇宙の眼によって生成された仮想文明が物質面、精神面双方におけるアイデンティティの根本となった。

 

 もし、「揺らぎ」なるものがVWO内でも発生したとすると。さっきのポップアップ映像内でのように、この両種族のPCないしNPCたちが、真っ先にチカチカ明滅するハメになってたんだろうかね。

 

 

 

 

 

 

「……うーんと。原生代のあの雪降る森の世界は、局所的。つまりとても小さな範囲内で、時間もほとんど進まない、ひどく限られた場所だったから、存在していても大丈夫だった」

 

 気を取り直し、右手の人差し指を片頬に添えて。斜め上のあたりを見あげながら、ユイが言う。

 

「でも、今タイタン(ここ)で起こっているのはそうじゃない。見たとおり広さがすごく大きいし、大気圏外に居るはずのティモシーⅡとの通信も繋がったままだから、時間だって、ちゃんと普通に流れてる。なのに被害が見られない、大丈夫じゃないはずなのに、大丈夫なまま。だからおかしい。……そういうことでいいのかしら」

 

 ユイの目配せに対し、ティルがもう一度頷いた。……と、いったところで、横からナオーが口を挟んできた。

 

「要するに。理屈の上じゃああり得ないはずの光景が、こうして目の前に広がってるってェわけか」

 

 そう言ってから、ナオーは正面モニターに向かって人差し指を突き出してみせた。タイタンらしからぬタイタンの地表世界が、そこにはある。

 

「で? 虎哲。だったらコイツは、いったい何だってんだ?」

 

 

 

 

 

 

『その点に関してはいくつか仮説の建てようがあるが……少なくとも、この風景に実体があることは間違いない。それは、まず間違いないんだが……』

 

 虎哲の言動が再び煮え切らなくなった。いくら論理飛躍に長けたオーバー・テクノロジーなソフトウェアだろうと。インプット総量が不足しがちな異常事態下だと、アウトプットの精度がどうしても下がらざるを得ないって感じかね。

 

 さっきも言ったとおり、立て直しにかけての彼のスムーズさは相当優れた水準ではあるんだけれど。

 

『……こうなったら仕方ない。バカでかいアテが目の前にあるぶん、延々暗闇のなかで手探りをさせられるよか、むしろ恵まれてるって考えた方が良さそうだ。とりあえずクチバシ、突っ込ませてみることにしよう』

 

「あーん? ……やれやれ。結局やるのは体当たりってことになるわけか」

 

 と、ナオーが伏し目がちになり、上半身を使って不満げな仕草をつくってみせる。

 

 彼から見た虎哲は、あくまで他組織の一アドバイザーだ。『恐竜惑星』劇中におけるアッケラ缶との関係性同様、軍隊的な階級意識はこの二人の間だとほぼ働かない。

 

「突っ込むクチバシにされる身としちゃ、どうにも場当たり的って感じが気に食わねえな。も少しスマートな手はないのかよ?」

 

『そんなこと言ったって、バーチャル世界内じゃ直接的なサンプル採取がデータ取得の基本である以上、ゲンゴロウの中からだとどうしても限界がある。どのみち、お前たち観測員の誰かが体を張らざるを得ないんだ。現在の状況がいつまで維持されるのかも分からんし、まずもって今は時間が惜しい。つべこべ言わずにさっさと準備をしろい!!』

 

 

 

「いいだろう」

 

 ナオーと対比して、ティルは妙にすんなり了承して席を立つ。

 

 虎哲本来のキャラクター性に従って。また或いは、VWOシナリオ上の都合によってしばしば顕になる彼のナチュラル横柄な物言いにつき。

 

 場面場面でティルの応答がいやに素直になることがあるのは、概ね原作どおりだとは言えるのだった。

 

 実家でのポジション的に、彼女は表面上敬われつつも、水面下で暗黙の無理押しをされるのが常だった。そんな日常の反映がこの素直さだとするなら、それってわりと悲しい性かもしれない。

 

『…よし! 外部環境情報に関してはゲンゴロウのセンサーから得られている。見た目に反して外気温や大気組成等、タイタンの過去観測データと概ね変わらんようだから、宇宙空間に近いレベルの過酷さではありそうだが。それでもアイ・スーツさえ着込めば、外部での活動に原則、支障はないはずだ!』

 

「ああ、わかった」

 

「ったく。……了解」

 

「ユイも念のため、後ほどスーツに着替えておいたほうがいいだろうな。とっさの出入りがある可能性を考えると、ゲンゴロウ単体の空調設備では少々あやしい」

 

「はぁい」

 

 

 

 

 

 

『……ただ、そうだな。着替える前にざっと説明くらいは入れとくか』

 

 主にナオーへの人心慰撫を兼ねてか。オレンジ色のコッペパンみたいな虎哲の両腕が、カットイン内で下半身のキーボード部分をぴっぴか叩いた。

 

『ちょっとモニターを見てくれ。さっきの映像から切り替える』

 

 正面モニターのポップアップがまとめて閉じる。そしてモニター全体の景色がパッと切り替わった。

 

 かなりの高みから地上を映していた外部画像から。地球で言うところのジブラルタル海峡くらいにまで東西の対岸が狭まった、モノクロの海に向かい合う東側のほとりへとだ。

 

 

 

 目下の事態がどうなっているのかはまだ分からんが、と前置きしつつ。虎哲が続ける。

 

『ここはタイタン本来の地形構造で言うと、[クラーケンの喉]と呼ばれているスポットだ。北緯67度、西経317度。地球で言うところの海みたいなバカでかい液体メタン溜りの、中央からやや南のあたりに位置している』

 

 さっきも言った通り、ワールド2で見たテチス海の風景を脱色したって感じだな。……ていうかぶっちゃけ、そこそこマップチップが流用されている。

 

『水深や岸の状態など、どうやら調査のためにはおあつらえ向きのようだから、近くにゲンゴロウを着陸させ、まずは液体サンプルをだな……っていうか、おい、リック!!』

 

 このとき虎哲に指摘されて初めて、とうとうリックくんがはっとした。

 

『どうしたんだ、さっきから黙りこくって。今みたいな突拍子もない状況じゃあ、対応力に長けたユニットであるお前さんに正面を張ってもらう必要が出てくる。いちいち呆けてられるような場合じゃないぞ!!』

 

 

 

 

 

 

 今回のムービーシーンの開始当初。つまり「衛星タイタンにあるまじき風景」が目の前に開けてからこの方、リックくんは、ゲンゴロウの正面モニターをまっすぐ見つめたままだった。

 

 他の三人があれこれやり取りしている間も、ずうっと微動だにしていなかった。突っ立ったままで。

 

 プレイヤー視点だと、セリフ皆無の自キャラが黙りこくってようが大して違和感はない。

 

 しかしキャラクター当人やその周辺人物にしてみれば、ちゃんと日頃からコミュニケーションを取り合ってるってことになってるわけで。どうかしたのかお前、ともなるだろうさ。

 

 

 

「……大丈夫か?」

 

 ティルが背後を振り向き、座席シートの背面越しに、リックくんの顔を斜め下から見つめて言った。

 

「磁場酔い、というふうでもないようだが」

 

 ユイも肩越しに斜め後ろへと振り返る。それからすぐに、びっくりした表情を作ってみせる。

 

「ほんとう、顔ひげが下がっちゃってるじゃない。しんどいの?」

 

 ……あ、ここらへんはプレイヤーキャラがプグラシュティクな場合の専用セリフだな。

 

 他の種族だったときにはヒゲがどうのじゃなかった。普通に「顔色が悪い」ってだけ言われてたかと思う。

 

 

 

「おいおい、ウチの主力がここに来て整備不良ってなあ勘弁だぞ」

 

 隣に立っていたナオーもまた、リックくんのことを横から覗き込んでくる。茶系統の毛皮に覆われた鼻面(マズル)や目元を一通り検めてみるが、どうも彼にはイマイチぴんと来なかったようだ。

 

 異種族の健康シグナルをすぱっと見抜くには、ユイくらいの関わりの深さが最低限必要ってことらしい。あと観察眼もか。

 

 

 

 一般論として、群れ内で他の人員の状態を把握するインセンティブを強く持つ女性の方が。その手の気遣いに長ける、生得的な傾向性があるそうだ。

 

 男は狩り場で。女は井戸端で過ごすってやつだな。

 

 ただし、性差なんてものはグラデーション状であって個人差が大きい。そのため個人個人の資質のほうが、ウェイト的にはよっぽど大なりってことは指摘しておこう。

 

 

 

「まだまだ付き合いが浅い俺にゃ、プグラシュティク(おたくら)の顔色はイマイチ判別付かねえが。……行けんのか?」

 

 ナオーの問いかけに、リックくんが頷く。自然体の笑顔で。

 

 しかし、これまでの彼からすると、少々異質。どこかぎこちなさが否めない表情ではあったかもしれない。

 

「そうか。本人が行けるってなら信じるぜ。だが、どうにもマズそうだってなったら、いつでも良いからちゃんと申告してくれよ。どうでもいい任務とは言わねえけど、これっきりで結果を出さなきゃ、進退窮まるってほどじゃあ絶対ないはずなんだしな」

 

 

 

 

 

 

 ……とまぁ、ご覧になりましたように。このワールド7からいよいよ、これまで全体的に薄味だったプレイヤー・キャラクターの掘り下げと、伏線回収が進行していくわけであるよ。

 

 彼(あるいは彼女)は何者か? そして、このバーチャル世界にいったい今、何が起こっているのか?

 

 

 

 ストーリー的には正しく佳境だと言ってしまって良いだろう。

 

 矢継ぎ早に明かされゆく疑問点。クライマックス目掛けて全力疾走だ。乞うご期待。

 

 

 

 

 

 

 もっとも。シナリオ部分を除いたゲーム製品としての口当たりは、のっぺりしたまんまでココから最後まで行っちゃうことになるんだけどねえ。

 

 マップ内のギミックや、敵キャラクターの行動パターン等。難易度やプレイ感に大して違いが見えないステージが続く。プレイヤー側もスキル構成の使い分けや、装備品のやり繰りがほぼほぼ必要なくなってしまう。

 

 

 

 今後は既存ルーチンの変奏が繰り返されるのみで、アクションゲームとしては出涸らしだとも言える。

 

 何故そうなるのか、というと。システム的な天井に到達してしまったから、というのが要因として大きい。

 

 ようはネタ切れだな。ゲーム的なバランスを保ちつつ、上向きに継ぎ足せる限界がだいたいこのあたりだということだ。

 

 

 

 従いまして……ここからのVWOっていうのは「シナリオで誤魔化している」ゲームだと。世間的に見て(・・・・・・)そういう評判がそこそこ多数派だったりするのだった。たいへん残念ながら。

 

 

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