恐竜惑星とジーンダイバーのMOゲームを実況します   作:あーぷ

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夢墜ちるための積み重ね

 

 

 粘り気のある水面のような膜を横向きに潜り抜けて、リックくんが足を踏み入れた先は、分類としては屋内サロンとでも言うべき場所だった。

 

 

 

 広くはなく。かといってそう狭くもない洋風現代式家屋の一室。

 

 入り口側から向かって右に、白いトリム付きの窓があるが、ガラス張りが曇っているせいで、外の様子は分からない。

 

 

 

 部屋の中央に中くらいの丸テーブルがひとつ。そして、そのテーブルを挟んだ対面の形式で、デザインに統一感のある二脚の椅子がワンセットで備え付けられている。

 

 そのほか含めて概ね白ベースで整った調度品は、天井に釣られた、シャンデリアを模した形のシーリング・ライトに上から照らされることで、それぞれが持つ角や丸みを、くっきりと目の前に浮かび上がらせる。

 

 

 

「ようこそ」

 

 と。椅子の片傍にいたプグラシュティクの女性がふわりと振り向き、リックくんに対して、如才なく微笑みかけてきた。

 

「どうぞ、こちらに。……そのお召し物は、お取りいただいて構いませんのよ? この場所は、あなた方に合わせた調整がされておりますので」

 

 

 

 落ち着いた、しかし少々幼さも覗わせる高めの声色。毛並みは白と淡い桃色。背丈は女性の中庸。

 

 ティルの普段着をやや古めかしく、ゆったりさせたような衣服に身を包み。胸元にはTの字型のペンダントを下げている。そういった風貌。

 

 

 

 ……ちなみに。彼女の言う「お召し物」っていうのは、主にアイ・スーツのメットのことだろうな。

 

 テーブルの上にはティーセットの一揃いが並び、ポットの口からはほのかに湯気が立ち上っている。

 

 風変わりな形状のラスク――たぶんプグラシュティクの尖った爪先で引っ掛けるのに便利がいい型取りなんだろう――がトップに積まれたケーキ・スタンドや、色鮮やかなジャムが詰まった瓶ボトルも完備。

 

 

 

 茶会へのお誘いがあからさまだった。なるほど、確かに口元が鎧われたままだと、無作法でないとは言い難い。

 

 誘われる側としても、身だしなみに関してそれなりの気配りがあって然るべきだ。

 

 

 

 もっとも、こんなシチュエーションが突然目の前に広がる異常さを脇に置けるなら。というわりと無理めな但し書きがつくが。

 

 生身の身体じゃあ、ものの数分で立派な氷像と化してしまう。ついさっきまで、そんな衛星タイタンの極限的な環境下で、しっかりばっちりドンパチしてたっていうのにねえ。

 

 

 

 

 

 

 ともあれ、武装解除を促されたリックくんだ。

 

 まずはヘキサ型スカウターをパワード・スーツの肩パッドから取り出し、空気中のステータスをチェックし始めた。

 

 スカウター側面の赤ランプが点滅開始。そのまま数秒間待って。濃いグレーの小ディスプレイを覗き込むと、どうやら、安全だと見做せる数値が出揃っていたようではあった。

 

 

 

 ここで不意打ち気味に、リックくんがアイ・スーツのメットを脱いだ。

 

 手触り良さげな毛並みを持つ、彼自身の素顔を剥き出しにする。そしてその風体のままてくてくと、謎の女性が待つテーブル席へと歩み寄っていく。

 

 

 

 プレイヤー側のカメラ視点がリックくんと一緒になって近づくごとに、奥の壁に掛かっている、数点の絵画が解像度を増す。

 

 その中でもひときわ大きな自然絵は、まさしくプグラシュティクにとっての原風景とでも言うべき世界。乾き晴れ渡った[グレート・プレーンズ]の遠景ではなかろうか?

 

 

 

 そうして、柔らかく微笑み続けているプグラ女性が直ぐそばだ。

 

 一瞬、リックくんの目線が、彼女の胸元のペンダントに行った描写が挟まる。

 

 細工のこまやかなチェーンは、ケープ状の上着に保護色のように隠れてしまい、黄金色のエンドパーツ部分だけがいやに目立っていた。

 

 

 

 Tの字の中心に埋め込まれた宝石は、緑味を帯びた乳白色。遊色効果を持たない、のっぺりとした一粒である。

 

 全身のコーディネートを概観すると、ジュエリー部分だけが妙な安っぽさを主張する。どこか謎めいた采配のように思われた。

 

 

 

 

 

 

 それにしたって、どうして言われるままにメットを脱いでしまったのか? 何考えてんだリックくん、と皆さんお思いのことかと思う。

 

 実際まったくそのとおり。いくらスカウターの示した数値が、この場の安全性を担保したんだとしてもだよ。

 

 

 

 入室時のナゾ膜一枚隔てただけで、タイタンの極限環境とほぼほぼ連続しているはずであるこのロケーション。

 

 両原作、並びにVWOにおけるチートツールに近いアイ・スーツの解除は、相当な数の保安用チェック項目をクリアしてようやく許可され得るものであるはず。

 

 今の彼のリアクションが、ウカツ過ぎるってことは論を俟たない。現状一時的に虎哲との通信が塞がれていなかったら、「命が惜しくないのかこの大馬鹿野郎!!」とでも、直球で罵声が飛んできていたことだろうさ。

 

 

 

 この時点で既に、リックくん個人はマトモな判断力を喪っていた。ってことが示されているのかもしれないなあ。

 

 心神喪失状態により責任無能力? 相変わらず彼自身には台詞がないし……リアクション自体はともかくとして、身体のちょっとした動作なんかにも目立った異常がないことから。ハッキリしたところは分からんが。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 [MRI]に代表される、人体の内部構造に対する非侵襲測定機器各種。それらの、今世紀に入ってからの性能増は全く飛躍的なものだった。

 

 だいたい2020年代の終盤くらいだったっけ? 年ごとに、機器の解像度が二倍以上になっていた時期すらあったはずだ。

 

 倍々ゲームで累乗曲線。ムーアの法則の特殊解だな。おかげさまで、脳神経の大雑把な組織図や血流の規模くらいしか検出できなかった頃から、個別の神経シナプスの状態をリアルタイムで捕捉し、脳の働きを実証的に解釈できるようになるまで、あんがい時間は掛からなかった。

 

 

 

 量、質の両面ともに。大幅に充実したデータの山に裏打ちされて、長足の発展を遂げた脳神経科学により……心理学。その中でもとりわけ精神分析的な箇所については、既にその多くが、古き良き物語となって久しかったりもする。

 

 

 

 でもまぁ、それはそれだ。21世紀中葉までに起こった数多の実際的な出来事は、一先ず見なかったことにしておくべきだろう。

 

 なにせRPG、すなわちロール・プレイング・ゲームのフォーマットにおいて。ストーリーの佳境で、主人公が「自分との戦い」に臨むっていうのは、今なおお約束の展開として重宝され続けているんだから。

 

 

 

 

 

 自問自答や内面的な独白。その手の形式を採用することで、テキストベースのふんわりした演出に留められる場合もある。

 

 また或いは、似たような境遇に置かれた別人を、己自身に見立てることにより、擬似的なミラーマッチを作り出すというのも良くあるパターンのひとつと言える。

 

 他にもファンタジーや異能モノなど。バックグラウンドの設定次第では超常的な力学系が実在し、そうした謎パワーを何らかの手段でもって理論的に活用することで、ホンモノの自分そのものと、直接対峙させられる場合もあったりもする。……ていうか、分かりやすさで言うならむしろこっちのケースが典型例かもしれない。

 

 

 

 無意識の海の底から立ち顕れる否定的(ネガティブ)な自己。ユング哲学で言うところの『シャドウ』ってやつを、メンタルなり、物理なりでブン殴り倒して調伏する。

 

 そうした象徴的な話運びによって、キャラクターの人間的な成長を、プレイヤーに対して分かりやすくお目もじするってわけだった。

 

 

 

 

 

 

 ここまでプレイしてきた通り。ワールド7各ステージの構造は、それぞれ、過去ワールドのステージ一揃いを圧縮。再構成した一種のアマルガムとなっていた。

 

 ステージ1はワールド1の中生代。次のステージ2はワールド2の新生代。

 

 ステージ3はワールド3における『恐竜惑星』『ジーンダイバー』両原作の再現要素を反映し、フォロル、ギラグール、プグラシュティクのNPC敵キャラが中心。

 

 続くステージ4は古生代のあれとかこれとかが一斉に。当然ステージ5ではワールド5の……みたいな具合だな。

 

 

 

 そして、いよいよ最後のワールド7-7では、我らが遊撃チームのメンバー(のコピー品)が、目の前に敵として立ち塞がるって展開と相成る。

 

 

 

 ステージ開始直後に、こっちの参加人数に合わせて味方NPC6名の中から1~4人が登場。その後も誰かがやられるたびに残りの誰かが順次追加されていく。いわばチーム式のバトルロイヤルもどきが開催される。

 

 続いてその次には、プレイヤー対偽プレイヤー。すなわちリックくんVS偽リックくんのタイマンへと移行してゆくのだった。

 

 

 

 ……ようするにこのワールド7。既存ステージの使い回しの山で出来ていて、ラストステージに至っては、いよいよ味方NPCまで使い回しにきている。ってことだったりもする。

 

 

 

 自分との戦いという、王道めいたパフォーマンスってだけのものとは言い難い。ゲーム生成上の工数の節約。これまでにも大いに馴染みのプロセスが、またもや悪目立ちしているとも取れるわけだ。

 

 まぁ、そこまで言い切ってしまうと、ちょっと意地悪すぎる見方かもしれないが。

 

 少なくとも単なるマンネリ尺稼ぎというだけの代物ではないと思う。なんだかんだコンパチNPC相手の疑似対人戦は、これまでとは趣きが違ったゲームとしての面白さがあるので。

 

 

 

 NPCズはいずれも、真っ黒いガスのようなオーラを全身に纏わりつかせた見た目をしている。

 

 基本性能レベルで大幅にアッパー調整されている――HPや単発火力の他にも、攻撃の当たり判定の広さや動作速度なんかも超強化済みだ――上にAIも比較的マトモなものを積んでいる。したがってワールド3のフラウ姉さんなんかとは打って変わって、中々の難関だ。

 

 純粋な対人戦とはビミョーに勝手が異なるため、そっちに慣れているプレイヤーであっても、あんがい足元を掬われたりするらしい。油断大敵。多少なりとも気を引き締めて当たるべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 さて、当のワールド7-7。ロビーから入場直後の冒頭シーンを振り返ろう。

 

 これまでと同じく、荒涼としたタイタンの地上風景が突如として一変。山あいの平地といったふうの、乾燥が進んだ野っぱらが目の前に開けたってなところから、ステージが始まる。

 

 

 

 初っ端はムービー内での会話から。良くあるパターンだな。徒歩でその場に居合わせた三名のうちの一人、ドライさんが、どことなく見覚え有りげな様子で周囲を見回す。

 

「ここは……」

 

 黄土色の地面の上を、丈の低いイネ科の植物が大ざっぱに覆っている。また、野っぱらの西側に目をやると、そこには遠目にもおどろおどろしい黒い森が、鬱蒼と広がっているのを見渡すことができる。

 

 

 

 連れてくるNPCによっては縁遠かったりもするんだが。とりあえず今回は『ジーンダイバー』系列の面子で固めたので、大なり小なり、全員がこの場所との直接的な関わりを持っている。

 

 事実、ゲンゴロウ内でバックアップに就いているユイと、外部オペレーターの虎哲。現場の三人組。それから今この場面には居ないがパック&アキラもまとめて、全員が現在地のネタ元になったスポットを訪れたか、もしくはモニター越しに眺めた経験があるのだった。

 

 

 

 PCたるリックくんを省くと、当然、三人組の残りひとりはティルになる。

 

 三名並び立っていた状態から、彼女だけが数歩前に踏み出した。アイ・スーツのメットごしの視線は、平地のど真ん中に開けた大きなひとつ穴へと向かってゆく。

 

「……あの搬出口。まさかここは、『接続点』か?」

 

 円周部にぐるりと土手が盛られた、直径20メートルほどの円形の陥没。まるでげっ歯類の地下巣への入り口を、そのままバカでかくしたかのような見た目をしている。

 

 ただし土手部分については土レンガのようなブロックの組積構造なので、何らかの人為的建造物であることが明らかだった。

 

 

 

『セツゾクテン?』

 

 と、虎哲からの通信。例によって、彼やユイの声はインカム経由で全員の耳に直通だ。

 

『ティル。お前さん、ここの大本になった景色に何か心当たりがあるのか? 植生なんかを見る限り、どうもプグラシュティクの現代か、それに近い時代のステップ地帯辺縁部ってふうだが』

 

「ああ。わたしの記憶にあるこの場所とは、ところどころ様変わりしている部分も目につくがな。しかし、あそこに開いている三つの大穴から。ここが我々プグラシュティクの、バーチャル世界への搬入路。通称『接続点』を模した空間であることは、間違いないと思う」

 

 

 

 三つの大穴と言われた通り。三人組のいる場所からある程度離れたところにも、同サイズの穴がふたつ開けているのが分かる。

 

 互いに100メートルほど間隔が開く。また、近場で目立っているさっきのひとつと併せると、全体の配置がトライアングル状になっているのを見て取ることができる。

 

 

 

 続けて、ティルがざっくりと背景事情を喋り始めた。

 

「あの三つの大穴は、本来、それぞれが最寄りの地下交通網のトンネルへと繋がっているんだ」

 

 これまでの経験から、風景の変容から敵の出現までには、ある程度時間的なラグがあることが周知されている。彼女としては余裕のあるうちに、メンバー間で認識を共有しておこうってハラだろうな。

 

 

 

 

 

 

 プグラシュティクの経済圏は、その半ば以上が地中に没しているそうだ。

 

 自然物、人工物を問わず。各地の地下空洞をベースとして築かれた都市や街が、彼らの民衆生活におけるハブ的な生活空間となっている。

 

 そして、それらをつなぐメトロ・ラインじみた交通網が、この地方――ヒト世界で言うところ北アメリカ大陸――の土中にも、びっしりと張り巡らされているとのこと。

 

 

 

 あの三つ穴の正体は、公共インフラに属する末端部。プラットフォームのひとつ。要するに無人駅の改札口に近いものってことかと思う、アレって。

 

 

 

「ただ、この付近一帯は王家の私有地。民間利用はいっさい想定されておらず、せいぜい王家(うち)の関係者か、麾下の騎士団員。若しくは、その更に下に付き従う従士部隊が用いるスポットであって、一般的なネットワークからは事実上、隔離されている」

 

『あっ。そっか、ここって……』

 

「そうだ、恐らくこの風景が模しているのは、ユイ。お前が我々プグラシュティクと、初めて接触した場所なんだ」

 

 

 

 『ジーンダイバー』の第一話。鮮新世の北アメリカからユイを現代へ呼び戻すべく、メンテナンス中だったハイパー・バーチャル・システムを、アキラが不用意にいじくった。

 

 未来側に向かって250万年ぶんのジーン・ダイブ。その際にアキラがチョイスしたのが、ヘミキオンに噛みつかれたことでたまたまユイの体内に混ざり込んでいたDNAの封鎖領域データ――リアルの高等動物ゲノムにそんな珍妙な領域は存在しないから、これについては恐らく、スネーカーのウイルス・メカが各時代の生命体のDNAを弄り回していたことによって生じる、原作世界独自のフィクショナルな遺伝子異常だろう。元ネタとしては[ジャンクDNA]とか、[遺伝子の水平伝播]あたりから引っ張ってきたものと推測される――だった。

 

 

 

 メンテナンスに伴って、一時的にセキュリティ・ロックが解除状態だったシステムを用いてジーン・ダイブを起動してしまった。それにより、250万年前に生息していたヘミキオンの封鎖領域データを起点とし、現代ないし近未来の時間軸まで続いていく、架空の歴史線が創造される。

 

 

 

 そして、名目上は偶然。ストーリー的には必然により。

 

 やがてヒトへと至る歴史上の、鮮新世時点から枝分かれした架空の歴史線。にわかに生成されたその支流が、裏で密かにスネーカーがシミュレーションしていたプグラシュティク仮想世界と、偶然接続されることになったのだった。

 

 

 

 さながら、暗闇の中で当て所もなく伸ばした片腕が、突き当たった先で、得体の知れない何かにずぶりと沈み込んでいったかのように。

 

 

 

 

 

 

『何処かで見たことがあった気がしたのよね、あの大穴。あそこから、いきなり大きな柱みたいな乗り物が、ピカピカ輝きながら浮かびあがってきたんだわ』

 

 画面左上。ポートレート表示の口パクに併せて、ユイがつぶやく。

 

『乗り物の出入り口が横開きに開いて。プグラシュティクの兵隊さんが、一人で近くにまで降りてきて。なんとか身振り手振りでやり取りしようとしたんだけど……あたしから握手しようとした途端に拗れちゃって、交渉決裂っていう感じ。一応、途中まではうまくやれそうだったんだけど』

 

 握手≒呪いを掛けるっていうのが、プグラシュティクのジェスチャー文法だったな。他種族交流がメーンストリームの今、おおかた形勢不利になりつつあるらしいローカル文化。

 

「当時この場に派遣されたのは、たまたま近くで訓練中の機械化部隊だったと聞いている。あのときはわたしやバンを含め、騎士団員の多くがピュイクシー、つまりパックの捜索に駆り出されていたせいで、手が塞がってしまっていた」

 

『へぇ~……。そうだったんだ?』

 

 ティルがわずかに自嘲めかせて頷いた。

 

 

 

 プグラシュティク国家における『王家の騎士』の組織体制については定かじゃないが。とりあえず団長のフラウがバーチャル世界に長期出張してても特段問題なさそうなあたり、国家の保有戦力としてのウェイトはまず間違いなく軽いものと見られる。

 

 プグラ王家の私兵にすぎず、国軍に比べると極めて小規模。純粋な兵力というよりか、一種の儀仗兵的な側面が大きいんじゃあないだろうか。

 

 ティルたちの父親たるリャナン・シー・ノゥオ自体、周囲から敬われつつも、何処か軽んじられているような雰囲気を漂わせていたことでもあるし。

 

 

 

「歴年の慣習のせいで、この近辺に駐屯する訓練部隊の練度は低い。しょせんはお飾り公族が率いる、若年従士の寄せ集めだからだな」

 

 と、気を取り直してティルが続けた。

 

「王立軍学校からの引き抜き組など、優秀な人間も中には居なくもないのだけれど、残念ながらここでは圧倒的に少数派だ。ユイのような巣離れ前の年代の者が、ヒト種の先遣隊の役割を単独で担っていたこと自体、なかなか驚かされる話だが……こちらはこちらであの場面。不適当な人員が、矢面に立たされていたのだと思う」

 

『基礎的な外交儀礼(プロトコル)も、臨機応変さ(フレキシビリティー)も身についてない同士が、出会い頭でごっつんこしてたわけか。そりゃあ、拗れるのも宜なるかなってところだな』

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「しかし、妙だな。磁場の揺らぎがいやに平面的だ。封鎖が、解かれてしまっているように感じられる」

 

「封鎖、ですか?」

 

 ティルがもういちど穴の方に視線を向け直すのを見て、ドライさんが尋ねる。

 

 ……一応言っておくと、ドライさんも『ジーンダイバー』のエンディング間際。プグラシュティク王家の祝いの場を抜け出してきたパックを訪ねて、この場所近くに足を踏み入れたことがあったりするのだ。

 

「そう。地理上の封鎖、つまりこの場所に至る交通網が廃線となったことの他にも……ここ一帯には、時空間レベルでの強固なシーリングが施されていたはずなんだ」

 

 

 

 プグラシュティクの世界から、バーチャル世界内部へとジーン・ダイブする場合。人員や機材につき、この『接続点』を一旦経由させる必要があるんだそうな。

 

 フラウ率いる三騎士の戦闘メカも、また、バンが手引きした国軍の戦艦も。わざわざ『接続点』の座標まで移動してきた上で、前者は新生代第三紀、後者は中生代白亜紀末期。それぞれ過去の各時代へと侵入するという手順を踏んでいる。

 

 

 

『そういやあ、お前さんたちのバーチャル世界へのアクセスは、オイラたちヒト文明のハイパー・バーチャル・システムに侵入することによって行う。言っちまえば、クラッキング前提でのタダ乗り的な運用になっていたんだったな。どうもそのへん時系列上の認識がアヤフヤだが、そのシーリングってのは、将来的にはオイラが自前でメディア・ステーション(こっち)から手掛けることになるのか?』

 

「いや、あくまでスネーカーの――……そう、スネーカーの技術や施設を用いた処置だったと思う。一応、ギラグールも類似した時空間の工学的切り離しが可能だそうだが」

 

 一瞬妙な躊躇いを挟みつつ。ティルが虎哲に返答する。

 

「元よりわたしたちの世界と、ユイたちの世界の接続自体が、半ば事故のようなものだったわけだ。似たような事例が繰り返され、新たな火種にならないとも限らないことから。フォロルやギラグールとの交流確立、並びにタイム・ホール技術の導入と前後して、この場所を起点とするイレギュラーな歴史的接続部は封鎖(シール)された。一帯の権利者たる父上の、リャナン・シー・ノゥオの名の下に。その方針に従って、ここの地下施設も縮小される手はずだったものが……どうも、そうなっていない」

 

 ティルが再び穴へと向かって目を細めた。彼女たちプグラシュティクだけが読み取ることのできる、磁場感覚上の違和感がそこに在るってことかと思う。

 

 

 

 

 

 

 ここで、リックくんがちょちょいと片手を上げた。それからティルとドライさんに向かって、いつもの身振り手振りを行った。

 

 ……今時点での彼は、全然普段どおりの様子に見えるが。実情はどうだか怪しいもんだ。

 

「……なるほど。あなた方プグラシュティクは将来的に、ユイさんたちヒト種のハイパー・バーチャル・システムを正式に間借りすることで。天文学的な距離間での人員輸送を遂行するための、一種のショートカットとしてジーン・ダイブを運用することになるのですね」

 

 プレイヤーの目からするとひたすら無言のリックくんの説明を聞いた上で、ドライさんがしっかり要約してくれる。通訳乙。

 

「この場所の、シーリングが部分的に解除されたポイントを経由して、ジーン・ダイブでバーチャル世界へと入り……バーチャル世界の内部から、(現実宇宙空間の遠隔地に先んじて実在している)他の人員の遺伝情報目掛けて再度ジーン・ダイブで呼び戻すことで、現実世界での距離を大きく稼ぐ。確かにその形式であれば、タイム・ホールを用いるよりも遥かに低コストで済むでしょう」

 

 

 

「となると、ここはわたしが知るよりも、未来の『接続点』の景色だということか」

 

 穴の奥のインフラは、だいたいが逆回しになっているんだろうな。

 

 政治的状況の変化に伴い、なし崩し的に廃線が撤回。宇宙空間への搬出路として、装いも新たに再稼働された。

 

「フッ……結局、捻り出した実利を目の前にすれば、安全性への懸念などというものは、あっけなく押し流されてしまうことになるのだな」

 

『正式に間借りって……おいおい、ちょっと待ってくれ。リック!!』

 

 再び皮肉げに笑うティルをよそに、虎哲が慌てた様子で詰め寄ってくる。いやまぁ、実際に寄ってくるわけにもいかないので、単に虎哲のポートレートがグッとアップになるってだけだが。

 

『するってぇとお前さんたちのやってることは、こっち側からすりゃ、事実上の[マルウェア]みたいなもんじゃないのか? こっち側のシステムに侵入し、こっち側のシステムと計算リソースを用いて、そっちの人員をバーチャル世界に出入りさせている。継続的にだ。メディア・ステーションの責任者として、やすやすと許可を出せるようなこっちゃないぞ、それは!!』

 

 

 

 虎哲に詰められたことにより、リックくんもまたもや身振り手振りだ。

 

 両種族間、っていうか。バーチャル世界を巡ってのメディア・ステーションとプグラシュティク現地政府間の暫定的な協定内容が、リックくんの口からざっくり開示されたらしい。

 

『あぁ~……そういうことか。ったく』

 

 聞き取りを終えた虎哲のポートレートが、一転ゲンナリ顔へと切り替わった。

 

『未だ大気圏外での隔離が続き、物質資源の不足が著しいメディア・ステーションの実情を考えると。確かに、演算能力(スループット)の提供だけで物資が得られるバーター取引は魅力的、か』

 

 

 

 物品一個あたりがユイの体重に満たないサイズであれば、彼女の遺伝情報でコーティングすることで、バーチャル世界~メディア・ステーション間を直接行き来させることができる。

 

 作中、ゲンゴロウをバーチャル世界内に送り込むときに使われた実績のあるやり方だ。これと同じ手法を用いることで、プグラシュティク世界からヒト世界に「モノ」を輸送することが可能になるのだった。

 

 

 

 テレゾンビ絡みで長期にわたって地上との交流が絶たれ、各種加工品が絶望的なまでに欠乏しているヒト種にとって。比較的余裕のある(というより、マトモなエンジニアが居ないせいで持て余し気味な)コンピュータの演算能力を対価とし、プグラシュティクからあれこれと物品を頂戴することが出来るのなら、それはそれで願ったりなわけである。

 

 

 

『セキュリティ的には大穴もいいとこ。ここの管理者として、まったくもって容認できかねるプロセスなんだが……状況が状況じゃあ、そうも言ってられんってことなのだろうなあ。ちくしょうめ。スネーカーからカッパいだナノ技術のおかげで、リアル地上世界における、生命体変異作用の抑制が出来るようになりつつあるとはいえだ。それにしたって、オイラたちはいったい何時までメディア・ステーション(ここ)で――』

 

 今なお五里霧中が続くヒト種の運命につき。虎哲が嘆きの声をあげようとしたってところで、ようやく事態が動き出す。

 

 突然現地側の三人がそれぞれ身構え、目に見えて緊張感を増したのが分かった。

 

『……おいでなすったか』

 

『あのときと同じだわ!』

 

 さっきユイが言っていたとおりのシチュエーションが、目の前でスムーズに繰り広げられる。

 

 最寄りの大穴ひとつがピカピカと輝く。そしてポッカリと開いていたその奥底から、巨大な円柱状のプグラシュティク軍用カーゴ・ケージが、低く軋むような駆動音とともに姿を顕わした。

 

 

 

 もちろん、続く展開まで完全に一致するわけじゃあない。ケージの中には末端プグラ兵でなく、前述の強化版NPC数名。バトルロイヤルの敵方第一陣が控えてるって寸法である。

 

 

 

 さぁて単純明快、アクションゲームのスタートだ。初っ端は、どの偽物さんからいらっしゃることになるのかな?

 

 

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