恐竜惑星とジーンダイバーのMOゲームを実況します   作:あーぷ

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途切れた枝と、続く枝

 

 

 さっきの両主人公のやり取りは、ある意味で典型例だった。ワールド8到達をトリガーにして、アンロックされているサブクエストや、NPC組との交流イベントは数多い。

 

 

 

 原作における主要キャラクターには、このタイミングで大なり小なり何かしらの追加テキストが用意されている。

 

 加えて白亜紀のフォロル基地。並びにジュラ紀の空を航行しているクロノ・キャリアの内部マップ上に、各種サブクエの新規スターターが、山ほどPOPしてるってな具合だな。

 

 

 

 強化素材、金銭、経験値。いずれも程よい労力で、大きめのリターンが獲られる優等生たちが揃っている。

 

 どの種族を使ってようがこれだけはやっておけ的な、問答無用でおいしいクエストってのは見当たらないが。それでも選択肢自体が有るのと無いのじゃ大違い。現時点での不足分の、手っ取り早い穴埋めとして、どのサブクエも便利に使っていけるだろう。

 

 

 

 

 

 

 そもそも、ワールド8の最低侵入レベルが52。これまでと比べて――2ndキャラということで、相当スムーズに進めてこられたリックくんの現在レベルが40代の半ば。これが仮に1stキャラの初見プレイだった場合であっても、恐らく40代後半あたりがせいぜいのはず――基準値があからさまにハネ上がっているわけだ。

 

 

 

 オープニングを観終わった後に、即座にワールド8攻略に取り掛かるんじゃあなくて。ワールド1、ワールド3まで一旦とんぼ返りしてサブクエストに手を付ける。

 

 その手順を経て、ある程度レベリングと装備の充実を済ませた上でラストステージへ。というのが、造り手側が想定している進行フローチャートかと思われる。

 

 

 

 これまたプレイヤーを引っ張り回してプレイ時間を長引かせるためのもの、とは言えそうだな。

 

 ゲーム体験における尺稼ぎの一環。それでもまぁ、ここらで一旦ブレーキ踏むことについては、アリナシで言うとそこそこアリなパターンだろう。

 

 

 

 クライマックスへ向かって駆け上ってゆく。その前の助走部分が余りにもスムーズすぎると、少々味気なくなってしまいがち。

 

 締め括りの前には「溜め」が必要だ。これはこれで作劇上のお約束のひとつ。一種のドラマツルギーっていうやつなんでしょうさ。

 

 

 

 

 

 

「……なるほど? それでは確かに、君が、肩書きを伏せざるを得なかったのも分かる話だな」

 

 とまぁ、ティモシーⅡ内部の「2Fリビング・ルーム」にて。

 

 フィラとナオー、フォロル軍人組二名とリックくんとが、ネジ頭めいた丸テーブルを囲んでの雑談中である。

 

 ワールド8入り以降にアンロックされて見られるようになった、NPCとの交流イベントのひとつだな。この場での一連のコミュニケーションが、シナリオ最終段階一歩手前における彼らぶんの追加テキストってわけだ。

 

 

 

 どことなくビアガーデンを思い起こさせる金属製のジョッキを、バーチャル世界内の三名が、それぞれ手元においている。

 

 もっとも、流石に中身がアルコール飲料ってことはないだろうと思う。休憩時間中で弛緩した空気が漂っているとはいえ。ここが、レッキとした軍船の内部であることは疑いもない。

 

 当然、風紀の問題ってやつが避けては通れない。

 

 非番だろうと即応体制は最低限維持しておく必要があるし、だいたい、屈強な軍人どもが閉鎖空間で判断力を低下させてるっていうシチュエーション自体。誰の目で見たってタチの悪い冗談みたいなもんだ。

 

 

 

 

 

 

 先端が紫色の毛玉になったしなやかな長尾。椅子背面の尻尾穴をくぐらせて、フィラが自身の右肩の上でゆらりとさせる。

 

「実際、宇宙開発事業における黎明期の国家プロジェクトともなれば、機密レベルは相当なものだろうしね」

 

 

 

 今までイマイチ立場が不明瞭だったリックくん。彼がここに来てようやく、自分自身の公的なポジションを周りに明かしたってコトらしい。

 

 叩き上げのナオーとは異なり、フィラはちゃんとフォロルの防衛大学的な教育機関を出ているとのこと。つまり彼は種族違いながらも、リックくんと似たような学業ルートを辿ってきたご同類と言える。

 

 

 

 士官候補生に課せられる教育内容は、どの文化圏であっても基礎部分が大筋似通ってくるんだそうだ。

 

 身体訓練。精神修養。その他諸々。

 

 ヒト文化内における普遍性が、フォロル、プグラシュティク、両異種族にまで援用されている。ま、言うなれば収斂進化の文化版とでもいったところか。

 

「今まで一緒にやってきて、君が信用できる人柄であることは既に疑いの余地もない。ただ、手持ちの身分証などに不明瞭な点があった部分が、当初から少々気にかかってはいたんだ。うん、ようやく得心がいったよ」

 

 その手の文化的共通性おかげで。リックくんから語られた彼自身の経歴につき、フィラは、他のメンバーよりも、相当高めの解像度で思い描くことができるんだろう。

 

 

 

 フィラから見て対面右斜め前の席で、リックくんが小さく頷いているのが分かる。

 

 多分にメタ的な理由から、好き勝手なお喋りができない彼としても。フィラの小気味良い察しの良さは、恐らくとっても有り難いものなのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふーん? 他惑星有人探査船の乗組員。名目上は軍属の、中尉相当官ってことになるわけか」

 

『それって……リックさんは、いわゆる宇宙飛行士さんだった、ってことで良いのかな?』

 

 ナオーの言を受けて、インカム経由でアキラが自分なりの解釈をしてみせた。

 

 アキラ in メディア・ステーション。彼もまた、この交流イベントの参加者に含まれる。なんていうか、カジュアルなミーティングの場面で、一人だけがオンライン参加、みたいな見てくれになっちゃってるけども。

 

 

 

 観測モニターの向こう、つまりメディア・ステーション側の具体的な状況は、相変わらずイマイチはっきりしないが……たぶんこっちのリビングと同じように、今は自由時間中ってことなのかねえ?

 

 少なくとも今現在、アキラの傍に虎哲は居ないって建前にはなっていそうだな。居るのに一切会話に入ってこないというのはいくら何でも不自然すぎる。

 

 

 

「まッ、分かりやすく言うとそーいうことだな。大っぴらに出来ねえ部分のある職務内容なんだろうが、別に後ろ暗いところに所属してたってわけでもない。そのせいでいちいちフェイクが噛まされてないから、記載事項がピンボケた、妙なIDになってたんだろうさ」

 

 メカ尻尾の先端を操って、自分の首に下げっぱなしの金属製ドッグ・タグを小さく揺らしてみせながら。ナオーが続ける。

 

「軍用と、宇宙開発用で、扱う機材に統一された規格があるってことで軍人が引っ張ってこられてんのかね。軍から外部組織に出向してんのか、それとも軍の内部に、その手の部署が元からあるのかは知らねえけども。……あ、やっぱ後者?」

 

 

 

『へぇ~。宇宙飛行士かあ、すごいなあ』

 

 ナオーに補足的な説明を行う、リックくんの姿をステーションの画面越しにモニターしつつ。何気なく呟いたアキラの口ぶりからは、宇宙飛行士というステイタスに対する、素朴な信奉心とでも言うべきものが覗えた。

 

 

 

 ……ま、確かに。世代的な価値観を反映するのなら、今みたいな感想にが出てくるのも分からなくもないんだろう。

 

 アキラはアキラで、メディア・ステーションという大気圏外構造物に居住しているSF世界の一個人であるわけだが。しかし、それはもっぱら、地上で発生している大規模バイオハザード(テレゾンビがらみ)からの、緊急避難的な意味合いが強いのだった。

 

 

 

 

 

 

 設定上、VWOにおけるヒト文明は、20世紀末の時点で歩みを止めざるを得なかった。

 

 かつての拠点たるメディア・タワーを含めて。地上世界は、変異体の闊歩する危険地帯と化している。

 

 

 

 アポカリプスなう。そんな中、ほんの一握りの若年層だけが、成層圏のステーション内部で孤立無縁のまま、不断の努力で生を繋いでいる情勢下にある。

 

 したがってアキラの価値判断もまた、20世紀末の世相の直線的な延長上にある。ゆえに宇宙飛行士という職業についても。往時の下にも置かない見方が、そのままスライドしてきているんだろう。

 

 しかし、その一方で。21世紀も中葉の今を顧みると、宇宙へのロマンってやつは、相当化けの皮が剥がれてしまっているのだった。

 

 

 

 人口増問題にも消極的解決への目処が立ち。ナマの肉体を持った(・・・・・・・・・)ヒトの生活圏拡大なんてお題目も、もはや相当低確率な危機的イベント――事前予測の付かない巨大隕石衝突で、白亜期末の大絶滅が、突如として現代に再演されてしまう。みたいな超弩級のブラック・スワンがやってくるだとか――を見据えた、リスクヘッジとしての潜在価値くらいしか残っていない。

 

 

 

 結局、文明とは、その参加者たちの飽くなき物質的欲求に沿った方角にしか進んでいかない。

 

 魅力的(セクシー)な理念は不採算事業を救わない。かくの如き現実が膾炙するよりも以前の方が、宇宙ってもののブランド価値は、恐らくずっとずっと大きかったんだってことだ。

 

 

 

 

 

 

「とにかくそいつぁ、押すに押されぬ名誉職ってやつだろー?」

 

 と、ナオーが野次馬っぽい笑みを浮かべて、リックくんに言った。

 

「それ目当てにわざわざ軍隊へってヤツも山ほど居るんだろうし。倍率ヤバいことになってそうだよなあ」

 

 相変わらずその右手には、金属製ジョッキの取っ手部分が握られている。口元に持ってきて、炭酸飲料っぽい気泡が交じる黒ずんだ液体をごくりと飲む。

 

 

 

『倍率って?』

 

「んッ……フツー、花形のポジションに収まるまでにゃ、何重にも適正審査があるモンなのさ。なりたいやつなら誰だってなれるってモンじゃあ、ないんだな」

 

『ふぅん。難しいテストみたいなのに、いくつも合格しないといけないのかな?』

 

「そーそー。ペーパーテストや実技以外にも、経歴での書類選考とか、メディカルチェックとか。あとはおエライサン直々の面接もかね? 俺ぁ歴史のお勉強なんざマトモにやってねえから、他惑星探査黎明期の相場感は良く分からねえが……手を挙げてた希望者が数えるほどってこたあ、まずないだろう。なあ、フィラ、そこらへん、どんな感じだと思う?」

 

 

 

「フォロルの軍学校で言えば……たぶん、パイロット・コース内での特別選抜者といったあたりではないかな。将来的には前線部隊の中でも、最新鋭のメカニックが優先的に与えられる。花形部署に回される連中だ」

 

 尾先の毛玉で自分の喉元をくすぐる、フォロルなりの考える仕草を挟んでフィラが答える。あーアイツらね、とナオーが適当な相槌を打つ。

 

「私の持っている体力褒章。俗に言うフィジカル・メダルだって、在籍時に相当頑張らないと穫れない名誉の証(モノ)だが、それを当然のように胸もとに下げた防人(さきもり)たちが、ズラリと直尾を捧げている。そんな母集団から選び抜かれるのだから……下手すると、トータル倍率が100倍で収まらないんじゃないだろうか」

 

 「直尾を捧げる」ってのはフォロル流の軍敬礼だな。尻尾を上にピンと伸ばすやつで、『恐竜惑星』劇中でも何度か披露されている。

 

『100倍で収まらないって……軍人さんの希望者が100人以上もいて。その中から、一人も通らなかったりするってこと!?』

 

「うえー。お前が珍しく自慢してたメダル(アレ)がスタートラインてこたぁ。スペックお化けどもの中でも、相当の上澄みってことで間違いないな。いやー、よくもまぁって感じだぜ」

 

 

 

 ……ちなみに、一通りカミングアウトした後のリックくん。

 

 自負心に裏打ちされた堂々たる姿勢を保っているけれど、しかし浮かべている笑みにはどこか、陰がある。ようにも見える。

 

 

 

 周囲から送られる惜しみない称賛につき。持てる者の義務とも言える誇りを懐き、それを馴染みの礼服のように纏っているのか。

 

 それとも、実はどちらかと言えば着心地の悪い思いをしているのか?

 

 

 

 例によって、YES/NO以外は無言を貫くキャラクターであるためハッキリとはしない。でも少なくとも、彼が栄誉を鼻にかけるようなタチではないってことくらいは、これまでのVWO主人公の共通描写からして明らかではあろうさ。

 

 

 

 だいたい、今の彼にとって、栄誉がどのほどの意味があるのやらだ。

 

 諸行無常の響きあり。そりゃ、まるっきり無価値だとは、口が裂けても言うまいが。

 

 

 

 

 

 

 そんなリックくんが、自席に着いたまま、いつもの身振り手振りをしてみせる。

 

 やんわりと話題の転換を図ったらしく。そこに、フィラがスムーズに乗っかってくれた。

 

「フム。タイタン基準での行動訓練が、そのまま月にも援用できるのか。となると、今後見込まれる月面での作戦実施においては、かなりのアドバンテージがあることになるね」

 

 月面での探索や、低重力環境下における偶発的な戦闘行動。彼らにとっての当面の仕事を既に経験している同僚が、目の前に座っている。

 

 早急に情報共有を、となるのは至って自然な流れだろう。実際、事前の気構えが出来ているかどうかで、命の危険だって、気休め以上に遠のくものだ。

 

 

 

 ナオーもジョッキをテーブルの上に置くと。いくらか真面目な表情を作って、リックくんに向かって目配せをする。

 

「最近の俺らもタイタン地上でドンパチやってきたけども。正直ありゃあ、大して参考になりそうもないケースだからな」

 

 今のナオーの発言は、事実上のステージ7(タイタン)とステージ8(月)との体験比較って感じだろうか。

 

「タイタンじゃあゲンゴロウから降りた途端に、何かしらがモゾモゾ出てきて襲ってくるってのがほとんどだった。それと比べて今回は月表面の目的地目指してこっちから進んでいくんだから、受け身で居続けるにはいかねえはずだ。低重力下でのセオリーってやつを、前もってちゃんと教わっとかなきゃな」

 

 プレイヤーの視点からすると、どちらも同じようにマップを進めてクリアしたって以上のものではないが。ちゃんと現地にいる体のキャラクター目線で見れば、やっぱりそこには顕著な違いがあるらしい。

 

 

 

『訓練かぁ。月面での動き方ってことなら、ユイたちからも聞けることがあるのかもしれないけど』

 

「そういえば君たち霊長人類のチームは、以前にも似たようなルートを辿ったことがあったそうだね」

 

『うん、少し前の、スネーカーとの戦いのときにね。45億年前の、まだ地球の周回軌道に入っていない月の表面に無理やり着陸したんだけれど、ムチャをしたせいで、ゲンゴロウが完全に動けなくなっちゃって。ユイたちは食料とかをキャリーで引っ張りながら基地まで歩き。僕と虎哲が、メディア・ステーション(こっち)でそのバックアップって形だったよ』

 

 

 

『ただ……あのときは、スネーカーの基地の敷地内に入るまで、そこまで大したトラブルは起こらなかったんだ。月面工事のために穴ぼこを掘ってた、でっかいミミズみたいなメカと出くわしたのと。それから宇宙空間から降ってきた中くらいの隕石を、何度か遠目に見かけたってくらいだと思う』

 

 『ジーンダイバー』本編でも、月は事実上の最終ステージを担っていた。たぶん長くともせいぜい半年くらい前の顛末を思い起こしながら、アキラが続ける。

 

『今回みたく、派手な戦いになるのが大前提ってわけじゃ全然なかった。だったら正式な訓練を受けてる、リックさんのやり方を参考にした方がいいのかなあ?』

 

 

 

「確かに、そんな気がするね」

 

 と、フィラ。

 

「我々の場合、低重力下での適応訓練は、空軍のカリキュラムに一応含まれてはいたけれど。しょせんは片手間。それにもう何年も前のことだから、身体が覚えているかというと相当怪しい」

 

「いや、俺ぁその訓練ひとコマもやってねえぞ?」

 

「差し当たってまずはカンを取り戻すところから……ん? そうだったのか」

 

「ああ、残念ながらな」

 

 ナオーが左腕をやや掲げ、ヒトの目線だと半端に肩を竦めてみせる。フォロル基地をうろつくNPCにもわりと見かけるタイプの、恐竜人類お定まりのリアクションだった。

 

フィラ(おまえ)とは違って、現地任官で上がってきたクチだからなあ。大本が下町の悪ガキじゃあ、お勉強にせよ、訓練にせよ、どうしたってあちこち抜けや漏れが目立っちまう。まッ、環境適応ってことなら俺の得意分野だから。テキトーにやってりゃ、だいたい何とかなるとは思うけどよ」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 一旦画面が暗転し。改めて同じ場所、同じメンツで場面が再開される。

 

「……それはそうと、前々から考えていたことなんだがな、ナオー?」

 

 雰囲気的には、お仕事ばなしが一段落したあたりで、ちょっとした別件を差し挟んだって感じだろうかね。

 

 あん? と、ナオーがフィラの方を向いた。

 

「この場でこなしている任務に間に合う話ではまったくないんだが、近いうちにお前も、一度軍学校付属の幹部候補生学校に編入してみるつもりはないか?」

 

 

 

 フィラからの唐突な提案に、ナオーはきょとんとした表情になった。

 

「今の私の役職も併せれば、こちらから先方に対して、人員を推挙できる制度になっているのさ。私もあそこの卒業生だからな。お前なら実技面は申し分ないし、年次や、部隊内でのポジションを考えても、再教育対象者として順当な人選だと思う」

 

 一般兵士身分から上がってきた構成員用の再教育(リスキリング)・プログラム。将校からの推薦を受けた者に対し、パッケージ化された教育と生活補助が与えられるって仕組みらしい。

 

 一旦後方に下がった上で、まとまった期間を取って学生をやる。それによってナオーが自分で言っていたところの「抜けや漏れ」部分を補うことで。次なるキャリアアップに向けての筋道が立つ、というわけだった。

 

 

 

「んー……あー」

 

 ナオーは、長い首の上に乗っている頭を一旦前へと傾がせると。

 

「お前から推して貰えるってなら……そいつはマァ、有り難いこった」

 

 しばらくして身体を起こし。難しそうな顔をしつつ。右手の爪先で、胸もとのあたりをポリポリと掻いた。

 

「でもよォ。なんか……いきなり変なとこからタマが飛んできたな? 今さら新兵扱いで教官のシゴキに耐えるってのは、俺としてもなかなか、ゾッとしないもんがあるぜ?」

 

 

 

「そこまで悲観するような身分ではないよ。別に今の階級が取り上げられるわけではないのだからな」

 

 フィラにしては少々珍しく。空色の両目をいくらか細めて、ちょっと意地悪そうな笑みを浮かべながら告げてみせる。

 

「これまでの現場での経歴は、付属学校(あちら)でも相応に尊重されると聞いている。各種手当は剥がれるが、給与だって据え置きだ。もっとも、心技体のそれぞれにつき、丸ごと刷新できるだけの重点的教育が施されることは確かで……その中でも座学に関して言えば。お前にとっての不足部分を、相当みっちり叩き込まれることにはなるのだろうがな?」

 

「だああ」

 

 全身を使った仕草で厭がってみせるナオー。フィラはその様子を見て、ケタケタと笑った。

 

「そんなもん、兵営での一兵卒待遇とどっちがマシだか分かったもんじゃねえや。ピラルのやつじゃあるまいし。俺ぁアタマ使って考えるより、身体動かしてる方がずっと性に合ってんだから」

 

 

 

 フィラが新兵の頃からの関係だそうだから、少なくとも10年。ともすれば20年近い付き合いがあるこの二人である。

 

 じゃれ合いを好む、フォロル族生来の気質も相まってのものだろう。この手の軽口めいたやり取りは、TPOに沿った場面で、彼らの間で長年に渡って行われてきたことが窺える。

 

 

 

 

 

 

「ったくよォ。……そりゃ、このまんまだと雲行きが怪しいってことが言いたいんだってのは、分かっちゃいるけどな」

 

 渋々、といったふうに呟くナオー。そんな彼を前に、フィラは速やかに表情を元通りにした。

 

 一士官としてのスタンスを滲ませ、告げる。

 

「決断を急ぐべきとまでは言わないが。けっして、早すぎるということはないと思うぞ」

 

「ああ。いつまでも前線に張り付いて、メカを乗り回し、白兵戦に駆り出されてって? 当面はまだなんとかなっても……三年後、五年後ってなると。どうしたってムチャが効かなくなってくるのは見えてっからなあ」

 

 

 

「実際に、我々の先輩たちの中にも。今の私たちくらいの年代で、身の振り方を定め直した方が多いように思う」

 

「……」

 

「軍に残ることもあれば、民間に移っていくケースも少なからずあった。十人十色。各々が、人生の岐路に立ったんだな。お前も知ってのとおり、私自身もまぁ、そのひそみに倣ったと言っていいんだと思う」

 

 フィラ、ナオー、ピラルの三人組。フォロル族のライフ・ステージ的に、いずれもまだまだ働き盛りであることは間違いないものの、個別のキャリアを考える上では、三人とも、わりと分水嶺にいる年代なのかもしれない。

 

「幸いなことに、ギラグールとの休戦協定がより安定した形に改定、維持され、本星の開拓需要も相まって、経済界は大いに活況を呈している」

 

 フィラが少しだけ声のトーンを変えて、一般論を付け足した。

 

「今やフォロルの経済史上、ここ数千年で最もアクティブな時期にあるそうだ。そのおかげで未来に対し、選択肢を広く見ることができるのだから……私たちの世代は、相当に恵まれているよ」

 

「……まぁ、な。ソイツも、よく言う平和の配当っていうヤツか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 人生の先達たち。彼らの身近な、それでいて前向きと言っていい悩みの切れ切れを目の当たりにして。

 

『未来かあ……』

 

 アキラはふと。茫洋とした口調で呟くのだった。

 

 

 

 バーチャル世界側の三人組が途端に会話をストップさせる。そしてそれぞれがアキラのことを、つまりは各々自分が身につけているインカムに対して注目した。

 

『あっ、ごめん。話の腰を折るつもりはなかったんだけど』

 

「いや、構わねえさ。こんなもんただのヨタ話だ。別に今ここで、何かを決めなきゃならんってわけじゃあないからな」

 

 と、ナオー。何処までいっても、この場はしょせん休憩時間中の世間話にすぎない。リックくんもまた、微笑んでアキラに頷いてみせる。

 

 

 

 

 

 

「そっちはまだ、大変らしいね?」

 

 気遣うような声色でフィラが言う。

 

 今のそれは、少女時代の萌さんを相手にする場面を思い出させる口調だった。相変わらず彼は目下(めした)の異種族への対応がご丁寧だな。

 

「感染リスクがあるせいで、地球の大気圏内での活動は、未だに危険度が高いと聞いている。その一方で、近々状況が好転する見込みも立っている、立ちつつあるとのことだけれど」

 

 

 

 恐竜人類たちの先遣使者たるハルとレイ。この二人の受け入れ履歴がヒト現実世界のメディア・ステーション内部に既に存在している時点で、ヒトが陥っている苦境のことについては、フィラたちにもしっかり情報が渡っているらしい。

 

 なんだかんだ、彼らだって大いに関係者の一角だからか。

 

 基本的には一介の軍人身分でしかないのだけど、フォロル軍諜報部の尖兵という特化した職業的性格を併せ持ってもいる。ファルンあたりを通すことで、フィラたち個人レベルでの事情通度合いはかなりのものってことのようだ。

 

 

 

『うん、スネーカーから手に入れた技術で……っていうか、地上全域に広がってるあのロクでもない変異ウイルス自体。元を辿ると、スネーカーが小型メカを使って過去のバーチャル世界にバラまいてたウイルス生命体と、何らかの関連性があるんじゃないかって、僕としては疑ってたりするんだけどね』

 

 ……ココ、わりと突っ込んだことを言っているな? 地上世界に蔓延する大規模バイオハザードは、スネーカーが繰り返した歴史介入の悪しき副産物である、と。まぁ、さもあらんって感じはするが。

 

『とにかく、スネーカー産の技術を応用することで、抗・ウイルスワクチンの製造ラインが稼働できるんだって。僕らメディア・ステーションの生き残りは、全員がもともとかなり高めの変異耐性を持ってる。その上から更にワクチンを打つことで、ほとんど100%に近い確率で、ウイルス変異を防げるだけの抵抗力を獲得できるみたいなんだ』

 

「飛沫感染、ないし、空気感染対策に目処が立っているのだね」

 

『うん、そこについてはウチのナノ救命医療班からお墨付きが出てるよ。とにかく、間近で変異生物とでっくわした時点でそこそこアウトっていうのが、地上で活動するにあたって、一番頭の痛いポイントだってことだったからさ』

 

 

 

「宇宙空間にまで押し込まれてるって話だったわりに……そちらさんが妙にノンビリしてる感じがしたのは、そういうことか」

 

 ナオーが腑に落ちたといったふうに言った。肩越しに前に出ているメカ尻尾がくいっと捻られ、にわかに裏側が上向きになる。

 

 

 

 ナノ技術を用いた、免疫系強化済みのメディア・ステーション構成員であれば。ゾンビものに有りがちな連鎖的な味方の感染拡大を、可能性からほぼほぼ排除した上で計画を練ることができる。

 

「そのワクチンさえ揃っちまえば。後は堂々、打って出るだけで済むってことだな」

 

『ちゃんと想定通りの効果が出れば、だけどね。虎哲なんかはまだまだ、慎重な見方を崩していないみたいだし』

 

 

 

 仮に純粋な害獣対策レベルにまで落とし込むことができるのなら、今の霊長人類(ヒト)が所有する武装でも、十分に対処可能な範囲に収まる。

 

 そうなればいよいよ、『恐竜惑星』時代のヒト種の本拠地。地上のメディア・タワーと、その内部にあるバーチャル・ステーションの奪還作戦を実行に移せる。そんな流れが来ようとしているんだそうな。

 

 

 

 

 

 

『ただ……今までの僕たちって。物心付いた頃からずうっと、ステーションの中だけで暮らし続けてきたもんだから』

 

 いざ反転攻勢。未来は明るい。……にも関わらず、アキラはどことなく、煮えきらない声色を保ったままで続ける。

 

『僕たちの世代は地上暮らしのことなんて、ステーションに保管されてる映像資料の中でしか観たことがないんだ。下手すると、ハイパー・バーチャル・プログラムで再現された、過去の世界の風景の方がよっぽど馴染みがあるかもってくらいで』

 

 

 

「……戦時下という非日常が、日常化してしまっているのだね」

 

『そう、なのかなあ?』

 

 一拍置いて、うん、そうなんだろうね、とアキラは同意する。

 

 彼の言葉はどうにもフワフワと現実感がなかった。フィラの表情に、一時痛ましさが過ぎったのが分かる。

 

 

 

 異常事態への過剰適応。長年戦乱に見舞われてきたフォロル族にとっても、それはけっして他人事ではない。

 

『とにかく、今さら地上に戻れるかもって言われても、正直、全然実感が湧かないっていうか? 未来の予定ってやつが、イマイチはっきりとした形になって見えてこないんだよね』

 

 ただ、彼らにとってその多くはあくまで過去形で語れてしまうことだから。今となってはなかなか、突っ込んだことは言いづらい立場でもありそうだった。

 

 

 

 

 

 

 このとき、リックくんはどこか遠い目をしながら。それでも、概ね優しげな微笑みとともに、アキラに向かって何事かを告げた。

 

『……えっ?』

 

 それは、たぶん、前途ある(・・・・)若者に対する慰めの言葉。将来を見据えた声掛け。

 

 ……つまるところ、何処までいっても在り来りな、励ましのひとつに過ぎなかったのだろう。

 

 

 

 けれど、今のような小規模なコミュニティの中で、程よい距離感のもとに発されるその手の語りは。一種独特の説得力を持って、聞き手の耳を鋭く打つことがあるものだ。

 

『……うん、そうだね。ありがとう、リックさん』

 

 群れの団らんの場で語られる言葉のつらなり。それは時として、伝統の礎としての、強固なイマジネーションの源泉とすらなりうる。

 

 

 

 物語りは世代を越えて継いでゆかれる。さまざまに変転し、紆余曲折を経ながら。

 

 ある場所ではふっつりと途切れて消えてしまうが、時として、異なる処では原型すら留めないほど多様な姿で花開く。

 

 さしずめ、生命進化の途上において、遺伝子の[系統樹]がめいめい枝分かれしてゆくかのように。

 

 

 

 

 

 

「そうそう、良いこと言うじゃねえか、相棒!」

 

 ナオーが快哉を叫び、両手のひらをパチリと軽やかに打ち鳴らせた。

 

「未来の予定を話せるってのは幸せの証。それが単純明快、小気味の良いハナシってことなら尚のこと。行き詰まってその場でジリジリしてるより、目を瞑ってでも前に出られる方が、状況的にはよっぽど恵まれてるってもんだぜ」

 

 

 

 おっと、それなら。と、フィラが今の発言を受けて、すかさず混ぜっ返してきた。

 

 リックくんも口をつぐんで、ニッと笑うと、この場のゲタをフィラとナオーの側に預ける。

 

 

 

 ケレン味に溢れるストーリー・テリングは、細部を詰めることなく流してしまったほうが、アラが見えずに済んで収まりがよりよくなるものだ。

 

 

 

「ナオー、さっきの件だが。お前の了承を得たものとして、前向きに進めて構わないということでいいんだな?」

 

「っておい、まてコラ。そっちは全然単純でも明快でもねーっつの。だいたい、そのルートで出世したって、俺ぁ給料(もらい)が増えるかすら定かじゃねえンだろうがよ!!」

 

『あれっ? 色々やって偉い仕事をするようになったら、そのぶんお給料って上がっていくものなんじゃないの?』

 

「ところがどっこいだ。前線勤務で付いてた手当がボロボロ剥がれて戻りゃしないだろうし、どうせ中途参入コースじゃ、将来的な上がり目にしたってだなあ――』

 

 

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