恐竜惑星とジーンダイバーのMOゲームを実況します   作:あーぷ

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古びた想いは死にゆくか?

 

 

 多次元規模の分散系ネットワーク・システムによって、演算処理されているバーチャル世界。

 

 コイツが、今後も恙無く運用されゆくにあたりまして。随時行われなければならないシステム全体の最適化作業は、本来、スネーカー本体ユニットの内部処理による機械的なプロセスとして実施されていた、とのことで。

 

 

 

 つまりバーチャル世界というホログラフは、事実上スネーカーによって保守、管理が為されていたんだな。

 

 恐らくコンピュータ知性体としての「それ」、本来の意志に基づいてというよりか。『ジーンダイバー』のストーリー上示唆されている「より上位の存在」から、「それ」に対して与えられた役回りの一環としてである。

 

 

 

 

 

 

 しかしながら、『ジーンダイバー』劇中での最終決戦において。ユイたちの手によって本体ジェネレータが破壊されたことにより、このメンテナンス作業が、図らずも停止してしまった。

 

 誰かがスネーカー本体の代役を担わなくてはならなくなった。それは急務だった。今後もバーチャル世界が……ひいてはこの『多元宇宙の交差点』に紐づけられている、数多の可能性宇宙たちが、滞りなく存続してゆくためにはだ。

 

 

 

 そして、その役柄をこなすことのできる一個人はというと。管理システムの体現であるスネーカー本体内部に、一時的とはいえ存在した物理的実績のあるAIオペレーター。セラフィーをおいて他になかった。

 

 

 

「ただセラフィーは、あまりにもヒトに近い精神性を持つオペレータとして構築されてる。そのため彼女には、正規のプロセスを採用し、メカニックな最適化作業を行い続けるだけの、ソフトウェア上の強度がなかったのさ」

 

 と、パック。

 

 作中のセラフィー……っていうか。セラフィー含む、メディア・ステーション所属のAIオペレータに共通したものだろうが。

 

 20世紀末の日本人に準じた価値観のもとに、意図して「ヒトらしい」振る舞いをする。そんなコンセプトの下に設計がされているのだった。

 

 

 

 セラフィーはスネーカーから送り込まれたヒト文明のデータ蒐集用スパイウェアだから、細かいこと言うと少々毛色が異なっている可能性はある。

 

 それでも。メディア・ステーションのコンピュータで実行されているってことは、彼女というプログラムの構成要件は、恐らく他のオペレータと基本的に同一のものである。

 

 

 

 したがって、思考回路の振れ幅は必然的に大きくなる。

 

 本人の好みで、通常よりも(とんが)った感情プログラムを搭載している虎哲ほどではないとはいえど。エウロパ人のコンピュータに言わせれば、彼女だって十二分に「演算機構に変数が多すぎ」る部類なのだ。

 

 

 

 モデルたる有機知性体(ヒト)から引き写された、いわば、所与としての不確実性。

 

 シチュエーション&タイミング次第で、ソレは確固たる強みになりうる。

 

 だけど、その一方で。「プロセスを機械的に実施」する。すなわち一介の電子演算装置として、膨大な量の計算処理をひたすら実行し続けるにあたっては、勢いどうしても足を引っ張りがちともなるわけだった。

 

 

 

 この点、初期設定段階で「表面上のそれらしさ」を優先すると、あちこちにアラが生じてしまう。

 

 ただ、そうした欠点をも踏まえた上で、出力されてくるシュールさすらも一種のエンタメとして受容するっていう。一昔前のAI活用事情に、どこか通ずるところがある気がするなあ。

 

 歴史がまんま繰り返されることはないけれど、しかし、しばしば韻を踏むのだ、なんて。もちろんここに来て、今さら言い訳だとか、自己正当化(・・・・・)を試みるつもりは毛頭ないが。

 

 

 

 

 

 

「そこで彼女は、彼女なりのやり方を捻り出したんだね。ただ、どちらかと言えば、泥縄式といった感じのやり方を」

 

『泥縄式? ありあわせの、その場しのぎってこと?』

 

 とまー、アキラの言に、パックが小さく頷いてみせた。

 

「その場しのぎってほどヤワじゃあないけど。ありあわせって言うのはまぁ、その通り」

 

『それって、どういうものなのさ?』

 

 

 

「バーチャル世界における君たちのユーザーアカウント。それに紐づいている個々のパーソナル・データのバックアップを、プログラム・エラーを解消するためのエージェントとして用いることにしたのさ」

 

 そして、さらりと言い放つ。

 

「事前にバックアップデータを、独立した個人として実体化させる。その上で、バーチャル世界内、並びにオペレータ用の外部仮想スペースにプールしておく。局所性フラクタライズ・エラーとして表出する、バーチャル世界のバグ。これを各時代の現場で個別に修繕してもらうための人員として」

 

『……えっ?』

 

「これら人員、つまりエージェントを、年代と座標に応じて、エラー発生箇所とマッチアップさせる。併せて一定の報酬系を整備することで……サイクル全体にある程度の自律性を持たせて管理コストを低減する。今、ここにいる君たちというのは、そういったもの。バーチャル世界の構造的欠陥に対するトラブル・シューターとして実在している、例外的、半従属的な再現パーソナリティなんだ」

 

『……ええっ!?』

 

 

 

 アキラの愕然とした表情が、画面上を斜めに区切ったカットインとして大々的に表示された。ガビーンって感じの。

 

「ね、ねえ。パック?」

 

 また、ユイも後ろの横並びから一歩前へと踏み出すと。アイ・スーツのメットの向こう際、いくぶん戦慄いた表情を浮かべ、パックに向かって問いかけた。

 

「バックアップからの、再現って。それじゃ、もしかして、今、ここに居るあたしたちっていうのは――」

 

 

 

 これまでVWOのストーリー中で行われてきたコトの本質部分が、とうとうこの場で暴露された。

 

 ユイとアキラ、この二人の今しがたの反応は、それに対するもっともピュアなものだろうな。その他のズルい大人の皆さんでは、なかなかこうはいかないわけでありまして。

 

 

 

 

 

 

 局所性フラクタライズ・エラーとはなんぞや。バーチャル世界を存続させているネットワーク・システムに生じたバグであり、要修繕箇所。それらが仮想空間上で局所的に、象徴化、顕在化された現象である。

 

 各所のバグを修正し、バーチャル世界を正常に保つための実働部隊(デバッガー)がプレイヤー、及びNPC各人となる。

 

 

 

 また、登場キャラクターたちは『本人』じゃあない。あくまで個人個人のバックアップ・データから再構成された仮の人格であって、そのため本人様と比べると、セキュリティ上の優先順位が大きく下がる。

 

 おかげでシステムの内部処理として問題解決を試みる側からすると、相当融通を利かせられる。

 

 セラフィーとパック、ついでにパックの同族たる情報生命体各位にとってみれば。ユイを始めとした観測員、兵士、あるいは戦士たちのパーソナル・コピーは、非常に使い勝手のいいコマだったってことなんだそうな。

 

 

 

「君が今、思い描いたとおりだよ、ユイ」

 

 パックがそう、先回りして告げた。ユイの面差しがまとう怯えの色が、少し強まる。

 

「現時点での君は、ユイという個人のパーソナル・データから再現された個体、人格だから。本来のユイそのものとの地続きな繋がりはない。……もちろん、心配しなくっても。本人、つまり現実世界に肉体を持つコピー元のユイが、バーチャル世界に再接続したタイミングで、ちゃんと自己同一性の統合処理が行われるようになってるんだけどね?」

 

 言い始めはそっけなく。しかし、途中から柔らかく、思いやるような口調へとシフトしてゆく。

 

「この場で得られた知識や経験は、そのほとんどが、忘れてしまった夢みたいに、アヤフヤなものになるだろうけれど。それでもユイはユイのまま。君たちは君たちのままで在り続ける。そうした部分については、こっち側でしっかり取り計らわせてもらう予定でいるから」

 

 

 

「……」

 

 自分が、本来そう思っていた自分自身じゃあなかった。

 

 事実上のアイデンティティ・クライシスであって、しかも個々人の内面レベルで留まらないれっきとした裏付け――なにせ実行犯≒パックが目の前で自分たちの犯行を白状している――があるぶん、いっそうタチの悪いケースだな。

 

「そもそもが観測員『本人』がバーチャル世界から離脱している間の、休眠アカウントを引っ張り出してるって形式だからね。自己同一性を一本化するにあたって、元よりそこまで込み入った情報処理は必要ないんだ。この期に及んで出任せなんて言わないさ。安心してくれて構わないよ」

 

 ひどい話だった。いくらバーチャル世界を存続させるにあたって、やむを得ない処置なのだとしてもである。

 

 本件に関して、やらかした側は被害者サイドに対し、有形無形のしっかりとしたケアを行って然るべきだな。道義上の義務として。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「――それは、ありがたい話だね。釈然としないこともあるけれど、とりあえず、最大の懸案事項にはカタがつきそうだ」

 

 ところで、ズルい大人代表。両手を左右に浅く広げたポーズを取りながら、背後から会話に割り込んできたのはピラルである。

 

 彼の言いぶりからは、今しがた明かされたあらましにつき。ある程度先回りして、事前に予測を立てていたらしきことを察することができる。

 

 

 

 もちろん、何から何までバッチリ確信してたんじゃあないだろう。彼らだって今ここに至るまで、場面場面で対処療法を頑張ってきたってだけなのだし。

 

 それでもVWOメインシナリオ進展に伴っての時間経過のなかで。遊撃チーム内の頭脳労働担当組、ひいてはIRTATの上層部では、現状類似のシチュエーションが、可能性のひとつとして検討されていたことは確かなのだった。

 

 

 

 シナリオクリア後のフォロル基地。そこのエンジニア・ルームまで出向き、例のごとくギラグールの女科学者との会話イベントを発生させることで、「もしものときの対処」がそこそこ詰められていたってことが明かされる。

 

 仮に、デバッグ作業が完遂された時点で、用済みとなった一同まとめて即デリート。……みたいな悪逆非道なスケジュールであったとしても。その瞬間に一発アウトってハメにはならないようにするためだ。

 

 

 

 具体的な施策として何をやっていたのかがはっきり明言されるわけじゃあないけれど、恐らく、所属人員の人格を保全するための、予備電源的なものをIRTATとして密かに確保してたんじゃないかねえ。

 

 いわゆる「上に政策あれば下に対策あり」というやつか。ちょっとズレてるかもしんないが。

 

 

 

「情報生命体である君は、自己の同一性という概念において、僕たち有機知性体とは違った認識を持っている可能性が危惧されていた。でも、今の反応から窺える限り、そこまで大きな目線の違いはないのかな?」

 

「そりゃァね」

 

 あからさまに探りを入れてくるピラルに対し、パックが卒ない顔つきになって答える。

 

 先ほどユイに向けられていたパック側の気配りは、あっけなく剥がれ落ちてしまっているな。ここからは予備知識の共有を前提とした、ざっくばらんなやり取りだってことだろう。

 

「たとえ大本から引き写されたコピーだろうと、コピーには、コピーなりのアイデンティティがある。そしてそれを裏付けているのは、やっぱり物理的な実体だから。加えて言うと、その実体の内々で処理されている、主観的な自我の連続性であるとも言うべきだ」

 

 

 

 

 

「情報生命体という存在の様式から」

 

 と、続いてハルが割り込みを掛けてきた。……ズルい大人その2。

 

 合成樹脂が張られたメディア・ステーションの床がカツンと鳴った。彼の足先を覆っているヒヅメめいた靴の右が、一歩前に出たからだ。

 

「お前たちは、より理念先行である可能性が高いと視ていた。しかし、そうではないらしい。今しがたの供述が、お前たちが属する情報生命体の種族上の中央値であるとすれば、それは我々ギラグールの現代的な価値観よりも、むしろ、保守的な部類とすら言うことができる」

 

 

 

 だいぶ前にも話したと思うが、ギラグールって種族は真社会性に近い社会構造を持つ。また、自種族コミュニティー全体の保全、発展を最優先事項とするスタンスを公然と掲げる。

 

 そうした文化的規範の照り返しとして。彼ら、彼女らを個人単位で見た場合、VWO中の六種族の中でも、自己保全、平たく言うと『自分が自分自身として生き続けること』に対する執着が、一等薄い傾向を持つのだった。

 

 

 

 

 

 

 連中の多くは、例えば戦いの場で己自身を捨てゴマにすることに対して躊躇いがない。

 

 さしずめ外敵を前にした兵隊アリや働きバチが、コロニー全体の維持のために、率先して自らの命を投げ出すように。

 

 

 

 自己犠牲の精神。そんな捉え方をすれば、表面上彼らギラグールの在り方は、エウロパ人に近しいようにも思えるだろう。

 

 しかし、その一方で。一般エウロパ人の(統率者に対する)滅私奉公が、主に本能的な執着の『濃さ』に基づいているっぽいことを考えると。むしろベクトルとしては、真逆に在るんじゃないかって感じもするな。

 

 

 

 自己への執着。他者への執着。それぞれにおける薄さと濃さ。

 

 どちらが良いとか、優れているとかでなく。社会を構築する集団、その集団を構成する個体の持つ気風として、彼らが紡いできた歴史上、それらがしっかり適応的だったってことだろう。

 

 

 

 ただ……ギラグールの持つ『自分自身の肉体への軽視』を前提とした価値観。これが、情報というものに対するいっそうラディカルな考え方に、そこそこ親和的だという部分が、エウロパ人その他とは一線を画する。 

 

 

 

 

 

 

「確かに……異論在るところではあるんだろうね。自我の本質を、いったいどこに置くのかということは」

 

 と、パックが視線をついっと下方に向け、それから少しして、もう一度正面へと向き直った。

 

 メンツの並びのなかで右側の半ばあたりにいるハル――ちなみにピラルは左側の対象的な位置取りにいるわけだが、このキャラ配置から、ポリティカル・コンパスめいた意図を汲み取るのはちょっと深読みのしすぎかねえ?――を主として。しかし、全員に向かって語りかける。

 

「『情報そのもの』にそれを置く。ギラグール(そちら)では、たぶんそんなタイプの見解が主流なんだろう?」

 

 遺伝情報という[ミーム]が採る、最大化戦略の一形態。そうだ、とハルが頷くのを確認してから、パックは続ける。

 

「その手の見解は、本来、自分よりもコミュニティ全体の存続を優先させることによって、自分自身に親しい遺伝情報を、個人の生物学的な寿命を超えて継がせてゆくことへの適応だったのだと思う。けれど、知的集団のなかでそうしたスタンスが主流であり続けた場合。容易に情報そのもの、とりわけ有機知性体が内部で走らせている創発アルゴリズムの継続性のみを希求し続ける、一種のデジタル至上主義へと転化し得る」

 

 

 

 

 

 

 ハルが再び頷いて、パックの言を大筋で肯定してみせた。

 

 肉体≒ハードウェアではなく、0と1との集合(デジタル)なソフトウェア。知性体の持つ創発性というアルゴリズムにこそ、本質的な価値を見出す。

 

 俗に言うところのパターン主義というやつが、ギラグールの文化規範にそこそこフィットしているんだってことを。

 

 

 

 しかしながら、ハル。彼自身はその考えに強く与するつもりはない、とも宣言するのだった。

 

 

 

「……むろん、これは私個人が持つ独自の見解であって、我ら夕闇の民の現代的な価値判断において、大きくウェイトを持つものではないが」

 

 言いながら一瞬、左側の少し離れた位置に居るユキちゃんの顔色をちらっと窺う。そして彼女の反応が返ってくるよりも前に、目線を元通りにする。

 

 ハルらしく、またギラグールらしからぬコミュニケーション上の誤魔化しってところかね、今のは。

 

 まぁど真ん中の戦士階級で守旧的なユキちゃんにしてみれば、「半端な爪とぎ」が(いだ)く理想主義じみた考え方は、さぞかしウケが悪かろうさ。

 

 

 

「だが、我々もけして完全な一枚岩ではない。少なくとも、私は。己自身の認識の継続性に関して、一定の価値をおくべきだと考えている」

 

「……ふぅん?」

 

 パックは、翡翠色の両目を心なし見開くと。ハルが身につけているアイ・スーツのメット、更にその先にあるギラグールの面の向こうをじっと見つめる。

 

 

 

「個人が『存続する自由』を持つ。それが私個人にとって、好ましい価値観であることと同時に……長期的視点で見れば、我々ギラグールの社会全体に、資するものでもあるはずなのだ」

 

 上半身をやや前のめらせて、ハルが言った。

 

 ……例によって言動や行動が、衝動的、情緒的になりがちなのは彼に限ったコトではないけれど。

 

 結局のところそれらについても、バーチャル世界の保全作業のために、コピー人格の使い勝手を高めることを目的とした単純化作用によるものなんだろうな。

 

 

 

 そしてその、ある意味で純化された思惟を巡らせる中で。時と場合によっては個々人にとり、何かしら得られるものがあるってわけである。

 

「フォロル族。あるいは萌たち哺乳人類に代表される、バーチャル世界を経由した異種族との交流を行うなかで、その考えはより強まった。これまで通り『個』を軽視し、同質性を保った種族社会を維持し続けようとする限り、明らかに、先細りが見えている。内心の自由の拡充を推し進めることで、多様な価値観を許容し、育み、種族として、より『広がり』を持つことへと繋げる。我々、ギラグールは、そうした方角へと首を向け征くべきなのだ」

 

 狩人が果ての獲物へ、すっと狙いを定めたように。ハルの長首がギラグール式のジェスチャーとして、斜め上に向かっていくらか傾いだ。

 

 

 

 ちなみに、設定上昨今のギラグール社会には、人口の減少や技術、文化の停滞など。あちこちの分野で綻びが垣間見えているセクションがある、とのこと。

 

 それが単なる一過性の下ブレにすぎないのか。それとも衰退の坂を転がり落ちる、中長期的な指向性(モメンタム)なのかは定かじゃないが。

 

 

 

 ともあれ、ハルの述べるギラグール流の多文化主義とでも言うべきものは、彼の個人的な感情を超えて、現状打破のための方策として一定の説得力を持つらしいことが分かる。

 

 ただそれを社会全体が受容してゆくのかどうかは、さておくとしてだ。

 

 

 

 

 

 

「――そうだね。それは、良いことだと思うよ。とってもね」

 

 黄色い毛皮に覆われた顔が、両目を細め、どこか超然とした不思議な笑みを浮かべる。

 

 パックからしてみると、ハルってほぼほぼ初対面だったもんだから。いくら彼が哺乳類の研究者だからって、当初はギラグールのステロタイプからそこまでかけ離れてはいないだろうと考えていたはず。

 

「異種族間の相互交流が、ポジティブな結果へと繋がる未来は、僕たちにとっても望ましいものだ」

 

 その点、今や予想を覆されたって思っていそうなふうだった。もちろん至って肯定的な意味合いである。

 

「文明の発展に伴って起こる、ハードウェアの処理能力の量的増加は、バーチャル世界を維持する分散系、それ自体の耐久度をいや増すことへと繋がってくれる。言ってしまえば、僕たち情報生命体だって、各世界における畳み込み式のメモリーという実体あるハードウェアによって、その実在性が裏付けられているって側面があるわけだしね」

 

 

 

 要するにパックたち情報生命体っていうのは、バーチャル世界を演算処理している分散コンピュータに感染している、コンピュータ・ウイルスみたいなものってことかと思う。

 

 ヒトが、そのヒト自身の身体に固執するのと同じように。バーチャル世界の存亡は彼らにとって肉体の存続に似通った重要性を持ち、ほとんど純然たる死活問題とすら言えるらしい。

 

「明確な実利上のメリットと言える。それに……新たな交わりのなかで、新しい『何か』が。技術的なものでも、文化的なものでも構わない。これまで思いも寄らない『何か』が生まれるのかもしれないってことには、純粋に、ワクワクする思いがあるものさ」

 

 明日は、昨日より、ずっとより良くなるだろう。底抜け間抜けの楽観主義にも、それなりの正しさがあるもんだ、と。

 

 

 

 だけれど、とパックは一拍おいてから付け加えた。

 

 社会選択なんてものは、どこまでいってもギラグール(そちら)のコミュニティ全体が、長い時間を掛けて知らず知らずに選び取ってゆく、大局的な趨勢に委ねられるものだ、と。

 

「今後、ギラグール社会が経済的効果を希求し続ける結果として。個々の肉体への執着。また、自由意志を追い求めること。ハル(あなた)の掲げているそのたぐいの主義主張が、逆に完全に淘汰されてしまうって可能性も、排除できないように思う」

 

 パターン主義者の有り様。すなわちハードウェアたる肉体の枷を脱ぎ捨て、ソフトウェアという情報にこそ、アイデンティティを見出す。そうしたスタンスには、間違いなく一定の競争優位性がある。

 

 肉体という特定の記録媒体に固執することは、突発事故に対する巨大な脆弱性を抱え込んでしまうことと不可分となる。

 

 安全確保のために支払われるコストは、多くの年代、多様な形態において常々甚大なものだった。それが大幅に削減され得るのならば、定めし明確なブレークスルーと見なして差し支えない。

 

 

 

 そして、自然選択だろうと。社会選択だろうと。自生的なシステムっていうやつは、場面次第でひどく無慈悲に振る舞うことがある。

 

 一線を跨ぐ。古き良き物語が、新鋭気鋭の手で殺害される。ここに来て、そんな未来像がにわかに現実味を帯びてくる。

 

 

 

「承知の上だ」

 

 しかし、残酷とすら言えるパックからの指摘を受けながらも。ハルは仮面の奥からまっすぐに先を見下ろし、毅然として告げるのだった。

 

「それでもなお、コミットメントは行われ続けるべきだと考える。めいめいが選び取る選択肢の集合、その内に含まれる私というひとつきりとして。たとえ徒労で終わろうと、それは、やむを得ないことだ。我々はそれ以外のやりようを識らない」

 

 ハルの言に、パックは神妙な顔つきで頷いた。

 

 もう、パックからは何も言うことはなかった。突き詰めてしまえば、すべてはハルの、また彼らギラグールにとっての内面的な問題であって、どのような結論が下されようと、それは当然、尊重されるべきものであるからだ。

 

 

 

 

 ちなみに今のやり取りを、ハルの右隣に立って聞いていた萌さんだけれど。ハルのことを脇目に見上げながら、どことなく満足げな表情をしている。

 

 はいはい、貴方なら、やっぱりそうなるわよね、みたいな。大筋好意的なものだと言って差し支えないだろうと思う。

 

 

 

 他種族の中だと、ハルとの付き合いが一等長い彼女にとって。ギラグールらしさとは、ちょっとした集団の傾向性、部族全体が持つクセのようなものでしかなさそうだ。

 

 彼女はギラグールの持つ竹を割ったような「わかり易さ」を好ましく思うのと同時に、そこまで絶対視することもない。

 

 少なくとも、ハルという個人が「自己への執着が薄い」とは、まるっきり思いも寄らないのが見ていて分かる。

 

 その上で、萌さんとしては。風変わりなギラグールのハルのことを、一個の、固有の存在として、飾り立てなく受け入れているってことなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「――とにかく、僕ら情報生命体も。君たちと同様に、自分自身というものへのこだわりを、それなりの強度で保持し続けているんだって。言うことができる」

 

 しばらく間を空けてから、そう言うと。パックは自然な動作で目線を逸らせ、並んで突っ立っている全員の中でも、ユイのことを見上げ、注目してみせた。

 

「……」

 

 彼女は引き続き列から一歩踏み出して、右手を自分の胸元に添えたまま、無言でパックのことを見つめている。

 

 不安そう、というか。心配そうな表情をメットの奥で浮かべながらだ。

 

 

 

「自我への執着。主観の独立性、継続性に対する生まれ持っての愛着を。たとえ、それが、ただの幻想かもしれないのだとしてもだよ」

 

 セラフィーたち、AIオペレータが同じくそうであったように。パックたち情報生命体の個々人もまた、自我に執着する。

 

 

 

 彼らは肉体の滅びを恐れる。主観的意識の消失を恐れる。

 

 今現在の自分が、同じ自分自身で在り続けることを希求する。

 

 

 

 実際に『ジーンダイバー』の劇中においても、スネーカーによる情報保全とそれによって裏付けられる永劫化に対し、彼らの代表者として立っていたパックは、明確に否を宣言していた。

 

 自分たちの情報をどうするかは、僕たち自身が決めることだ。そんなふうなタンカを切るのとともに。

 

「不確かで、頼りなく。だけど力強い思いのすべてを。けっして蔑ろにするつもりはないさ。それが、仕事を強いてしまった君たち協力者に対し、今の僕らが採るべき、最低限の誠意というものだと思っている」

 

 パックの言いぶりは、どちらかと言えば平坦なものだったけれど、それでもその奥には、れっきとした意志が感じられた。

 

 繋がり合って生きている存在の抱く。何の変哲もない、共感と連帯への意志ってものが。

 

 

 

 

 

 

「……パック。信じていいの?」

 

 ユイの問いかけに、パックはつかの間、普段通りのパックの表情となって。

 

 大丈夫だよ、ユイ。俺のこと信用しろって、と笑ってみせた。

 

 それで決心が付いたらしく……ユイもまた、沈んだ表情を振り払い。徐ろにアイ・スーツのメットを脱ぐと、パックに向けて、ちょっとばかりぎこちない微笑みを返すのだった。

 

 

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