恐竜惑星とジーンダイバーのMOゲームを実況します 作:あーぷ
「――っとまァ、そーいうことだったんだよ。実は、俺、裏でケッコー頑張ってたんだぞ?」
「もう、パックったら」
ユイはパックの近くにまで歩み寄り、屈み込む。合成樹脂の床へと、さっき脱いだばかりのアイ・スーツのメットを置いた。
そしてその置いたメットの代わりに、おどけた仕草を繰り返している目の前の黄色い生き物のことを、両手ですっと抱きあげてみせるのだった。
「お疲れ様。でも、別に隠し事なんかしなくたって。最初から言ってくれてたら、あたし、全然ふつうにお手伝いしたのに」
「そりゃ、ユイひとりだけならそれでも済んだんだろうけどさァ」
この時点でパックは、彼自身の話しぶりをだいたい元通りにしたようだ。
言うべきことは言い終えた。気を張るのはもう止めだ。プレイヤー目線だと未だ引っかかるところも少なからずかと思うが、少なくとも、パックっていうキャラクター個人の認識上では概ねそんなとこらしい。
「個人レベルでの自由意志を残したままで、それなりに頭数を揃えなきゃなんなかった時点で。全員ぶんの善意頼りでスケジュールなんか立てられないよ。どうしたって今回みたく、個々の思考の『それ自体を撹乱する』ってやり方を採るしかなかったんだ」
「そうなの?」
「そーなの。なまじっかどいつもこいつも優良人材なもんだから、扱うこっちとしちゃあ、逆にタチが悪かったんだぜ」
ぺたんと座り込んだユイの膝の上で、ヌイグルミめいたお座りモードにさせられつつ。パックは続ける。
「もし全員にフリーハンドなんか持たせちゃった日にゃ、こっちの予定が丸ごとぶっ壊されかねない」
……どうもこの姿勢だと、彼の声帯たる背中の羽を震わせられない。つまりマトモに喋れないんじゃないかって気がするが、そこらへんの設定上の整合性は、『ジーンダイバー』本編でもしばしば描写からオミットされちゃってたからなあ。
「どこぞの誰かが、思いも寄らない抜け道を見つけ出すかもしれないから。だけどかといって、完全にこっちの言いなりだと、それはそれで独立したユニットとしての柔軟性が損なわれちゃうっていうね。あちらを立てればこちらが立たず。とにかく、さじ加減がしんどくってさあ」
抱きとめたパックの声を耳にしながら。ユイは瞼を半ばまで下ろし、小首をかしげる。
本人許可なしでのメンタル・コピーの生成。体感時間だと数ヶ月間にも及ぶマイルドな拘束。
そして、人によっては危険地帯へと繰り返し、繰り返し放り込まれてきたわけだった。
我らが主人公たるリックくんは、頻度的に見て間違いなくその最たるものである。
なにせ、少なく見積もっても全8ワールド。ゲームとしてのベース部分を反映し、72ステージぶんプラスアルファのルーチンワークが確定している。
ユイが片手を半端に掲げ、黒い薄手のグローブに覆われた指先を、自分の首もとのあたりで祈るように添えた。
「……」
たとえ個々の観測員にとって、状況次第で得られるものが有ったのだとしても。
セラフィーやパックたちが採ってきたマァマァ強権的なやり口につき。ユイの立場から見た場合でも、やっぱり受け入れ難さがないではない。
とはいえ今や、綺麗事だけに囲まれて生きてゆくわけにはいかないことを、彼女はちゃんと知っている。
それを人間的な成長と見るか。あるいは主に諦観によって生じる美徳の形骸化と見なすかどうかは、まぁ、人それぞれか。
「そっか……そうよね。仕方なかった、のよね」
やがて、少し寂しげな口調でそう呟く。
それからユイは座り込んだ姿勢を保ちながら、首だけを動かして、視線をいくらか左斜め前へとずらせていった。
彼女の一連の動作に釣られてのことか。プレイヤー一人称視点のリックくん含め、他の連中も一斉に、フロアの壁際へと注目する。
一同が見やった先には、古式ゆかしきブラウン管式ディスプレイの筐体が、ズラリと横並びになっている。
メディア・ステーション乗組員たちが普段遣いしているツールだそうだ。幅広い年代の基礎学習に対応した、教育用プログラムがインストールされているとのこと。
ちなみにここの乗組員は、10数年前の感染災害勃発時に地上のメディア・タワーへ避難させられた子どもたちをほぼほぼそのまま引き継いでいる。
したがって、彼彼女らの現時点での年代は上限が20歳過ぎ。下限はせいぜい10代前半のローティーンという、比較的狭めのレンジに収まるらしい。
無骨なラックは恐らく総アルミ製だろう。プレート部分の塗装は全面がほぼ灰色一色で、見るからに大量生産品といった風情だな。
現フロアに据え置かれたそれら六台ぶんの、左から二番目の裾周りがフォーカスされる。
そこにはすらっとした成人女性タイプのCG体が、筐体の前部プレートに背中を預け、崩した両足を右斜めに揃え、座り込んでいる。
両分けになったイエロー・ブロンドの前髪の合間に、埋め込まれたダイヤ型金属端末が明滅する。
強まり、また弱まる。その中で赤と緑とが入れ替わる。
緩やかな光源の変化に対し、全身をわざわざ寄り添わせているかのように。寝息めいた律動を、静かに、ゆっくりと反復させている。
大人版セラフィーは今このとき、そんなふうにしているのだった。
「眠っているの? セラフィーは」
「えーっとォ?」
まっすぐ正面で抱えられた体勢から身体をよじると。パックは、ユイの腕ごしにセラフィーの方を向いた。
一頻り、様子を窺う。そのあと右前足の爪先を使って、セラフィーの太ももの上に乗っかっている、地球儀めいた茶色い球体オブジェクトを指し示してみせた。
「ん。状況に変化なーし」
セラフィーの体躯は成人女性の1/3程度だ。仮に球体を平均的なヒトの持ち物と見立ててスケーリングすると、だいたい、バスケットボールを子どもが抱え込んでいるってくらいのサイズ感だろうかね。
「状況?」
「ああ、あの玉っころなんだけど。アレって『ただいま処理中』を示してる、アイコンみたいなもんなのさ」
と、パックはよじった姿勢のままで説明を続ける。……あ。一応ちゃんと背中の羽は振動してるんだな。結構結構。
「バーチャル世界の補正作業を手掛けるにあたって、セラフィーは、自前の演算能力を全開でブン回す必要があった。だから念のために、彼女自身の感情プログラムを一時的にシャットダウンしてるっていうわけ。もし仮に無理押しした状態でプログラムがクラッシュなんかしちゃったら、人格アルゴリズムに大ダメージが入っちゃうかもしんないから。ま、よく言う安全上の配慮ってやつ?」
処理の重いプログラムを並行して立ち上げることには危険性が伴う。事前に優先付を行って、順位の低いものについては
「ふぅん。じゃあ、セラフィー自身の調子が悪いとか、変なウイルスに感染しちゃってるとか。別にそういったことじゃないのね?」
「そりゃァもちろん」
古き良きマシーンめいた挙動を見せる、セラフィーというAIオペレーターの仕様につき。ユイも、他の面々も、至って素直に受け入れているようだった。
実際、この点に関してシナリオ上のミスリードは特になかったはずである。
「面倒な仕事が終わっちまえば、それで話はオシマイ。ユイや、俺や、他の連中と同じように。長らく見続ける夢から醒めて、いつも通りの日常に、戻ってゆかれる予定だよ」
◆
他にも細々。パックの口からってか、羽根の擦り合わせから。いくつかの事情が開陳された。
例えばセラフィーのことをみんなが忘れていた件について、とかだな。
パックたちは、セラフィーという存在の記憶をバーチャル世界における『封鎖領域』に定め、そしてその事実を一種のデコイとして用いていたんだそうである。
『つ、つまり……オイラたちオペレーターの思考を司る演算機構や、バーチャル世界内観測員の中枢神経系に対して。お前らの手で条件付きの思考誘導トラップが、前もって仕込まれていたってことなのか』
説明の途中で会話に復帰してきた虎哲の反応だ。視界の右下をナナメ三角形で切り取るカットインの中で、コメカミに冷や汗を垂らしつつ、言葉を漏らす。
『セラフィーのことを思い出そうとすると、ソイツが漏れなく起動する。個人レベルでの意識展開に横車が押され……更には妨害を受けたってこと、それそのものに対しても手ひどい撹乱を食らっちまう!』
IRTATの面々がF・エラー絡みの「異常事態の元凶」について、考察を行ったり、思い巡らせたりする。
巻き込まれの被害者諸氏なら当然抱いて然るべき考えだろう。
そして、スネーカーによって送り込まれたスパイウェアという出自を持ち、それでいてさっぱり姿を見せていないAIオペレーター。作中キャラクターの知識だけでジャッジする場合であっても、セラフィーは、犯人候補として相当有力であることは疑いない。
しかしながら、彼女のことを想起しようとしたその途端。
H・V・システムに包摂されている、
そうして考察自体をアイマイにしてしまうと同時に、封鎖された情報領域、すなわちセラフィーという存在に関する記憶からも、強制的に注意が遠ざけられてゆく。
実際にVWOのシナリオ進行中においても。当の虎哲がまず頻繁に、それからティルも、何度か虎哲自身が言うところの「手ひどい撹乱」を受けたそぶりを見せていたかと思う。
もちろんゲーム内で具体的に描写されていないってだけで、誘導を受けていたのは恐らくこの二人だけに限らない。
思考トラップの起動条件を各々が抱いた「現状への疑念」に直接紐付けるんじゃなく、あくまでセラフィーの記憶という「特定の一部分」をトリガーとして起動する婉曲的な構造にしておく。
そうすることで、「疑念」を抱いた状況で即座に疑念全体をまるごとブロックしてしまうよりも、個々のパーソナリティに与える影響を相当小さく抑えることができるのだった。
併せて曲がりなりにも住環境等を事前に確保し、掛かる肉体的、心理的ストレスをある程度低減。
そうした諸々の事前準備を下敷きとすることで、バーチャル世界の最適化作業を行うための労働力と時間的リソース。これらを観測員(のメンタル・コピーであるエージェント)たちから引っ張り出そうとしたってことだ。
「そりゃあ俺だって、今回のやり方には、そこそこ穴があったとは思ってるけどもさ」
ユイに抱えられたままのパックの頭身が下がる。また二つの目玉が大きく、下向きの半月状に置き換わる。
コミカルなうんざり感を顕すための演出、いわゆるSD化っていうやつかと思う。そんな見た目を維持しつつ、彼は言葉の上でも重ねて不満を顕にしてみせるわけだ。
「綱渡りな場面も少なくなかったし、それに俺自身の負担についても、無闇やたらにデカかった。だけど、これにしたってひとつ前のやり方……休眠アカウントを
『マニュアル操作、か。ユイたちのような正規の人格アバターを、外部制御でフルコントロールするのが七面倒くさいってのはマァ、ごもっともな話ではあるが……』
「だろォ?」
ささっとSD化から元通りになって。両耳をぺたんとさせ、溜息をつくと、パックが言った。
「俺たちにしたって、セラフィーにしたって。手持ちの札を見渡したとき、今以上の点数になる役は捻り出せない。ってか。他に何かより良い手があるってのなら、誰でもいいからとっとと教えて欲しいもんだよ。更に言や、提案ついでに代役もお願いできるなら大歓迎だね」
ま、今のが彼ってか。彼ら情報生命体サイドの偽らざる思いだってのはたぶん、信じてしまって構わないんだろうさ。
その後もいくつかの議論――今この場にいる彼ら。すなわち元キャラクターのメンタル・コピーが、本体側の自我に統合されるに際しての悪影響についてとか――を挟んでおいてから。
「結局……わたし達は、この場所で。普段眠っているときに観ることのできる、それ以上の量の夢を見ていた」
みんなが言いたいことを言い終わり、にわかに訪れた沈黙を見計って。ティルが、落ち着いた口調で現状を総括してみせた。
「少しばかり、情緒的すぎるまとめ方かもしれないが。そんな考えを採るようになっていくのかな、恐らくは」
……情緒的っつーか、何つうか。正直、かなーりダダ甘な査定ではあると言える。
とはいえ、実情として。『ジーンダイバー』ラストの流れを踏まえると、今やバーチャル世界はスネーカーというシステム・メンテナンス役を喪っている状況だ。
そのせいでシステム全体が徐々にくたびれ、多元宇宙の交差点がとうとう崩壊してしまったとしたら。それぞれの可能性世界にどんな悪影響が生じるかなんて、知れたもんじゃないと見られている。
さっきからのパックの説明にしたって、ところどころ言い訳じみて聞こえる部分もないではない。
だけど、それでも。泥縄式の管理計画を実行しなければならない必要性、そのこと自体は言うまでもなく、明らかではあるのだった。
「繰り返しになるけど……今やってる最適化計画が済んだ後に、『本体』に引き継がれる記憶は等しく曖昧化される」
パックがユイの手元からするっと抜け出し、床へと降りる。そのあと自分の肩口の裏側あたりを、舌先でちょちょいと毛づくろいしてから、続ける。
「別に俺だって。その例外じゃあないんだぜ」
「現時点において管理者の立場にある貴方がたも、この場での情報の蓄積を、自主的に放棄する予定だというのですか?」
と、ドライさんが列から一歩前に踏み出して言った。戦闘用のカニ型形態の首を少し下げ、パックのことをまっすぐ見つめる。
その動作に対して数秒視線をやってから、パックはパックで、しっかりとした表情で頷いてみせた。
「そ。なーんかヤな夢観たなァ、でも、目が醒めたらもうロクに覚えちゃいないやって。そんな程度に収まる。っていうか収める。そもそもこんな罰ゲーム、夢ごこちのボンヤリ具合でなきゃあ、やってらんないって面もあるし」
今にちにおいてなお、生物学的な意味での[夢]の役割には諸説ある。
ただ、少なくとも日常生活を送る中、各種記憶、体験を問わず。溜め込まれた諸々のデータの最適化としての役割があるってことは確からしい。
そしてバーチャル世界の最適化作業が、ノルマ的に実施されゆく只中において。エージェントたるIRITAT所属の各員にとっても、自分自身の思考の整理をつけることができた。
いわば「計画」の副次的な効能として、その手のメリットがなくもなかった。というのは、これまでにもあちこちで触れられてきている通りである。
更に考えを一歩進めると……ゲーム内シナリオ上の実情としても。またメタ的な意味合いにおいても。
夢っていう生理現象が湛える独特の曖昧さは、現状理解にあたっての、分かりやすい一助となってくれるんじゃあないだろうか。
誰も彼もが感情的になりやすい。夢ごこちだったから。意思決定がフンワリとしたまま行動に移しがち。夢ごこちであるから。
皆さんそれぞれプロフェッショナルなので、たとえ寝ぼけていようがある程度それっぽく仕事をこなしてくれはするのだけれど、どのみち半分は寝ているわけで、しばしば変なミスが降って湧いてくる。やっぱり夢ごこちだったから。
誰かからメタい台詞が飛び出してもツッコミが入らなかったのは? 熱にでも浮かされたかのように長文で語る場面が多かったのは? 目の前で起こっている事態を呆けたように見守りがちだったのは? ……あれやこれや。
まどろみの中の曖昧さ。キャラクターの行動全般をゲームというフォーマットに落とし込む、そうした理由付けのための道具として。それなりに上手くやっていたと、評価しちゃっていいように思う。
「まッ、そんなふうに思ってみりゃさ。コレだって、そこまで悪くはなかっただろ?」
と、パックは再びおどけたふうに言い放つのだった。
「今、ティルのやつが言ったとおり、普段よりたくさん眠る時間を持つことができた。あんまり質のいい眠りじゃあなかったと思うけれど、でも、そのなかで見いだせた結論は、モノによってはちゃんとした使い出があるハズ。誰もがこの場で良いように使われるばかりじゃなかったんだってところは、抑えといて貰いたいもんだなァ」
『ったく。自分に都合のいいような言い方ばっかりしやがって』
カットインの中の虎哲が、苦虫を噛み潰したような表情になる。
それでも一応、これは苦笑い。つまり笑顔の範疇に属しているものではあるんだろうさ。
どこまでいっても本件に通底しているのは、緊急事態を何とか軟着陸させるための、対処療法だったと言うことができる。
それだからこそ。遺憾ながらと前置きをしつつ、虎哲は続けて叫ぶのだった。
『だいたい、システム全体のメンテナンスが急務で、そのために運用されたってんなら。遺憾ながら、まったく遺憾ながら、そのシステムを構成する下部システムに所属するオペレーターの一員として、業務の一環であることは否定し難い』
有り合わせを用いて組み上げた、即席の解決策。快刀乱麻を断つでなく。そしてまた、真犯人などどこにもいない。
『だったらある程度は、こっちも許容、忍従せざるを得んじゃないか。こん畜生め!』
ただ、差し迫った事態を前にして科せられる責任の多寡が、あちこちのポジションごとで、些か異なっていたというだけで。
◆
しかし、アキラがフト口を開くのだった。
『……あれっ? ねえ、パック』
ネタバラシは終わった。このままシャンシャンでじき解散、みたいな流れに乗りそうだったにも関わらずである。
「ん? なァんだよアキラ」
『えっと。僕たちがセラフィーのことを思い出せないようにされてて、その事実から広がっていく効果のせいで、ボンヤリおかしくなってたっていうのは何となく実感できているんだけど……でも、それなら。なんでピックは、セラフィーのことを最初から識ったままで居られたんだろう?』
「……へっ?」