恐竜惑星とジーンダイバーのMOゲームを実況します   作:あーぷ

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折衝力は世界をまたぐ

 

 

 プグラシュティクの女性体ピック。衛星タイタンを基礎構成物質として成立しているひとつの人格。

 

 主人公くんとの深い関わりがあるっぽい彼女の異質性が、ここに来てとうとうフォーカスされることになるのだった。

 

 

 

 ……いやまぁ、やっとかよって感じもなくはないが。一応、ビジュアル込みで言うとワールド7が彼女の初出だから、そこまで間が空いたって程でもないと見ることはできる。

 

 しかし実際的な話をするなら。ピックの介入そのものは、それこそワールド1の初っ端から順次行われ続けていたわけでだな。チェーホフの銃にしたってずいぶんしつっこいネタである。

 

 

 

『言われてみれば確かに、妙だな』

 

 アキラの指摘に、虎哲も同意する。外部オペレーター間でのやり取り。ここ、メディア・ステーション下部階層に勢揃いしているメインキャラクターたちが、各々のインカムや通信機に意識を向けているのが個人個人のしぐさで分かる。

 

『そうだよね。スネーカーによって作られた無機秩序体だっていうピックが、有機物ベースの僕たちとは、違ったふうに出来ているんだとしてもだよ。現時点で置かれている立場上の前提条件は、みんなと変わるもんじゃあないはずなのに』

 

『ああ。今考えるとヤツは、オイラたちがどのくらいセラフィーのことを憶えているのかを、会話の端々で探っていた。いや。それどころか、交渉ごとを都合の良いタイミングで混ぜっ返すために、セラフィーってワードを利用していたフシすらあったように思う。……おい、パック!!』

 

 虎哲から呼びかけられて、パックが合成樹脂の床上でのおすわり姿勢で首をかしげた。

 

『オマエら情報生命体どもの手によって、このバーチャル世界に放り込まれた連中が、ことごとく情報封鎖食らってたってぇのがコトの顛末じゃなかったのか? そこんとこ、いったい、どうなってるんだ!?』

 

 ……ちなみにこれは余談だが。今の発言に限ったことではなく、虎哲って「自分たちを便利に使ったこと」に対する責任の所在を、パック以下情報生命体のみに限定しがちだ。

 

 つまりセラフィーには一切落ち度がないかのような言いぶりをしている。相変わらず彼は義娘ポジにはダダ甘だってことかと思う。

 

 

 

 

 

 

「どうなってる、ってったって」

 

 とまぁ、困惑というか。不快感というか。ハンパな表情をしているパックである。

 

 たぶん彼的にはもう、すぐにでもお開きって気分だったんだろうなあ。残業後の退社準備に余念がなかった。しかし、残念ながら見込み違いだ。

 

「ピック? 誰だい、それ。マァ別に誰だっていいけど……オレからすると、全員同じように処理されてたはずだとしか言いようがないぜ」

 

 

 

 部屋全体を覆う薄暗さも相まってか。彼のみならずこの場のすべてが、妙な座りの悪さに包まれている。

 

 この不安定感の尻馬に乗って、なし崩し的に事態が動いていくわけだった。

 

 

 

 最適化処理のためのエージェントとして引っ張り出される休眠アカウントは、計画の主要実行者たるセラフィーとパック。そして虎哲か、アキラか、アッケラ缶。つまり外部オペレーターのいずれかとの関わりが深い連中のなかから選ばれているとのこと。

 

 アカウントの選定基準としては、ソコソコ合理的だと言えるだろう。

 

 というのも、慣れ親しんだやり方にはそれだけである程度の優位性がある。局所性エラーへの対処療法というオペレーションを遂行するにあたりまして。両原作でも通底していた外部オペレーターと内部観測員との相互連携を流用できるのなら、それに越したことはないからだ。

 

 

 

「セラフィーや情報生命体(オレたち)にしてみれば、馴染みの連中を、オートで上から順番にってなやり口だったわけさ。んで、そうやってお出まし願ったうちの誰かさんに、なんでかセラフィーの記憶が残ってたんだって?」

 

『そうだよ、ピックって言うんだけど、知らない? 衛()コンピュータの』

 

「衛()コンピュータぁ? メディア・ステーション(ソッチ)か、それ以外のどっかの健康管理(バイタル)担当者ってとこかい?」

 

 

 

 

 

 

 アキラとパック。ビミョーに噛み合っていないやり取りの裏で。

 

『いやいや、そうじゃなくって――』

 

『ええい、埒が明かん。パック、これまでの経緯を圧縮データでまとめてブン投げるからお前さん、額の糸で今すぐどっかしらに接続を――』

 

 

 

 プレイヤー目線として描画されている一人称の視界が、セラフィーがもたれ掛かっている筐体の方へと一瞬傾く。そんな短めのシークエンスが、突如画面上に挟まった。

 

「今さらもォいいよ、めんどくさいしさァ。たぶんそのピックってやつを引っ張り出したときに、何かしら処理ミスでも起こったんだと……へ?」

 

 そして、パックの言葉が「途切れさせられた」のと前後して。我々プレイヤー側にとってのシーン全体の「見せ方」が、この場でさっと切り替わるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ここに来るまでずっと、リックくんの視界とオーバーラップした主観視点が続いていた。

 

 しかし突然、そのポジションがぐるりと螺旋を描くように浮かび上がり……数秒ほどの間をおいて、現在地フロアに揃い踏みしているティモシーⅡ乗組員一行のことを、斜め上から見下ろす三人称へと移行した。

 

 

 

 一人称から三人称へ。つまり、これは、主人公たるリックくんが一時的、また絶対的に、プレイヤーのコントロールから外れたってことが反映されてるんじゃないかねえ。

 

 やや高い位置から見る三人称。この傍観者じみた視座を持ってすれば、現時点における少々ごちゃついた状況を、文字通り俯瞰的に捉えることができる。

 

 

 

 具体的に言うと、急にリックくんが片手を上げて話に割り込んできて、パックの発言を中断させたらしいってことを。

 

 そしてまた、その一手は、他の連中からのフォローや訂正をわざわざ遮るかのようなタイミングで行われたものであったってことも。はっきりと、見て取ることができた。

 

 

 

 ほんの数瞬、発言の空白地帯がポカンと生じた。

 

 このときのリックくん――いつの間にか彼も、アイ・スーツのメットを外して素肌を晒している風体だ――の振る舞いは、場にそぐわない突拍子のないものとして意図的に創られていたんだろう。

 

 

 

 そんな自己演出を行った上で、彼は。本ゲームのメインシナリオにおける最後の出番となる、いつもの身振り手振りのモーションを用いながら、何事かをパックに問いかけたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ああ、そりゃあそうだよ。封鎖処理が行われるのは、本人に対してのみさ」

 

 怪訝な表情をしながらも、リックくんに向かってパックが答える。

 

 オレたちが施した思考の撹乱措置は、個々人の中枢神経系、ないしそれに類する情報処理システムに対して仕込まれているものなんだから、と。

 

「そんで、個人個人の枠組みを超えた部分には極力触らない。あんまり大掛かりにやると、バーチャル世界の内部に矛盾点が山ほど生じて、それこそフラクタライズ・エラー増加の遠因になっちゃうから。個別のアカウントに対する例外的な取り扱いは、通常、可能な限り最小限に留めなくちゃならないのさ」

 

 それならば、とでも言わんばかりに。リックくんの説明、っていうか、説明しているっていう彼の現在ステータスを示した身振り手振りが継続する。

 

 

 

 ……にわかに風向き怪し。膨む不信感だ。後ろで、ピラルあたりの顔つきがだんだん顰められていっているのが分かりやすいな。

 

 ただ、引き続きこのシーンにおける主導権は『ジーンダイバー』組にあるってことのようで、率先してリックくんに反応する役回りは、やっぱり虎哲に振られるのだった。

 

『知的個体の内部に取り込まれている、別個体の死骸に残留する(・・・・・・・・・・・)データ・セットは弄られずに残っていたのだろうって……んんッ!? するってぇと、今のお前さんは』

 

「あ、おいっ」

 

 

 

 急に何を、とばかりに伸ばされたナオーの右手をスルリと抜けて。不意にリックくんが歩みを進めた。

 

 例の説明モーションを打ち切りにし。大股でまっすぐに。斜め前へと。

 

 

 

 他の面子よりも少し前に出ていたドライさん、ティル。更には座り込んでいたユイとその傍のパックを順番に過ぎ越し、やがて筐体に凭れかかるセラフィーの、すぐ前にまで近づく。

 

 

 

 元よりそこまで大した距離でもなかった。それにまた、他の面々も。

 

 目覚め近き眠りが湛える、折り紙付きの。ほの温かい曖昧さにすっかり呑まれていたせいで、彼が行った一連の唐突なアクションを、的確に掣肘することが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 おもむろに跪くと、リックくんは目の前のセラフィーのことを正面から見つめた。まさか、とパックが慌てふためく。

 

「どうしたの、いったい?」

 

「と、止めてくれ!!」

 

『えっ……』

 

 上からユイ、パック、アキラの発言だな。ドライさんとティルもそれぞれ動いている。しかし残念ながら、もう遅かった。

 

 

 

 そうして、このとき。リックくんというキャラクターの輪郭にブレが生じ、そこからまるで幽体離脱でもしたかのように、別人のシルエットが抜け出して、眠れるセラフィーに向かってさっと纏わりつくのだった。

 

「貴女のことを、探していたわ。これまで。ずっと」

 

 半透明でうっすらとしたピックの姿が、リックくんの中から現れ、セラフィーの身体に寄り添って……そしてそのまま溶け落ちるように、CG体の内部へと、入り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

『システムに外部からの侵入が起こりました』

 

 メディア・ステーションが事務的に緊急事態を訴え始めた。

 

 原作でもおなじみの合成音声アラートだな。上の階層備え付けの赤ランプの点滅が、フロア全体をちかちかと照らしだしている。

 

『強制排除不能。現在、システムが駆動中です。クローズすることはできません。データを分析します――』

 

「あーくそ。やられたー……」

 

 アナウンスが続くなか、がっくりとパックが頭を垂れる。

 

 

 

 リアクションから窺える感じ。急を要するってレベルで切羽詰まってはいないんだろうが、それでも十二分に面倒事ではあるってところだろうか。

 

 仕事あがりのつもりで居たのが、急遽面倒な案件が降って湧いた。本日付で要対応、概ねそういったシチュエーションっぽく見受けられる。

 

 いやはや。たいへん哀れでいらっしゃる。

 

 

 

 ともあれ、彼はすぐさま気を取り直すと、セラフィーの近くにまでさっと早足で駆け寄った。

 

 四足を広くして床を踏みしめ、額から半透明の糸を伸ばす。その糸先はついさっきセラフィーの膝上から転げ落ちた地球儀オブジェの隙間へと差し込まれ、バーチャル世界を成立させている多次元横断式分散コンピュータに対し、パックという個人が、ダイレクトに接続される形をとった。

 

 

 

「……うーわ。今のプグラシュティクっぽいの。もともとがスネーカーのやつがバーチャル世界でエミュレーションした、無機物ベースの知性体なのかよ」

 

 ほんの十秒あまりでだいたい把握できたらしい。なめらかな毛並みの背中をぴくりと震わせ、嫌そうに呟くパックである。

 

「演算知性の基礎アルゴリズムが一緒だから、ポジション的にはセラフィーの姉妹機みたいなもんじゃんか。ああ、それだからセラフィーの関係者扱いで、呼び出しアカウントのリストに上がってきてたのか……」

 

『姉妹って……セラフィーと、ピックがってこと?』

 

「あー、まぁ便宜上の分類としてね。……げェ、アカウント区分がセラフィーと同クラスになってるから、セキュリティ面でもガバガバの筒抜け? うっあー」

 

 

 

 

 

 

「――不意を付く行為に及んだことにつき、謝罪致します」

 

 と、パック含めこの場の全員がざわついた。セラフィーのCG体が半ばまで目を見開かせ、唐突にそう告げたので。

 

「セ、セラフィー……?」

 

「いや。この磁場のハウリングは……以前にセラフィーが、スネーカーの本体を、内部から掌握していたときと近いものを感じる」

 

 

 

 ユイの疑問に答えたティルの言を、頷いて追認すると、ピックinセラフィーは筐体を背にする姿勢から、すっと立ち上がった。

 

 

 

 そのまま数歩前に進み、もう一度屈む。

 

 目線は下へ。セラフィー本来のエメラルド色の瞳が、今では深い赤に染まり、緩やかに明滅しているのが見ての通りだ。

 

「……」

 

 彼女が無言で差し伸ばした右手の先には、今や意識を失い、瞼を閉じて前のめりに倒れ伏しているリックくんがいる。

 

 そのリックくんの頭の毛並みを、優しげな手付きでしばし撫でさすっておいてから。……改めて立ち上がると、ピックはセラフィーの身体の自然体となって、全員とまっすぐに向かい合うのだった。

 

 

 

 

 

 

『きゅ、休眠状態のセラフィーのアバターに……外部から侵入して、乗っ取りをかましやがったな』

 

 冷や汗を垂らした虎哲が叫んだ。

 

 そうか、オマエさんそういう企みで動いていたのか、とも。間借りしたセラフィーの姿で。まるで幽霊まがいの、捉えどころのない振る舞いをしているピックへ向けてだ。

 

『現状のセラフィーは、おそらくスネーカー本体ユニットと常時接続されている。だからセラフィーのアバターに直で接触して、一時的にでも乗っ取っちまえば、スネーカーっていう本丸に対し、簡単に渡りをつけられるってことか!』

 

 セラフィーは優れたオペレーターではあるものの、それでも一オペレーターの範疇を超えるものではない。

 

 したがってバーチャル世界の最適化作業を実行するにあたり、スネーカー本体の持つ処理能力を借用し、事実上スネーカーと同一のポジションに身を置くことが必須となる。

 

 

 

 そうした構造上の脆弱性を突いたってことだろう。ピックの目的、それはセラフィーという進入路を通ってスネーカーをクラッキングし、その内部情報を入手、活用すること。

 

 

 

「……ふぅん? 確かに、やれるものなら狙ってみたい気が、僕だってちょっとはするね」

 

 と、ピラル。

 

「殊によると、現行の多元宇宙が成立するよりも更に前。先宇宙文明とのつながりすら示唆されている存在だしねえ、スネーカーって。まぁもちろん、そちらさんも、単純な知識欲のみに拠った行動ってことではないんだろうけどさ」

 

 純粋に興味本位といったふうな顔つきで、あっけらかんと言ってのける。いよいよ目覚める前後あたりのぼんやりさが垣間見える。それにより、彼の趣味人としての本音がダダ漏れたって面がありそうだ。

 

 

 

 なお、言われたピックはというと、はい、とただ再び頷くばかりだった。……動かす口は当然セラフィーのものであって、薄桃色の毛並みのプグラシュティクではなくなった。そのせいでさっきから、声質がセラフィーに近いものへと変わっているな。

 

 

 

 続く彼女の言によれば、超高度文明の産物たるスネーカーそのものへの知的好奇心もなくはない。

 

 他ならぬスネーカーの被創造物として半ば本能的に選好する、情報サンプル蒐集の目標は有機知性体に限らないそうだ。しかし、現時点ではより優先されるべき目的が、彼女にはあった。

 

 

 

 どこかうらぶれたような笑みとともに。ピックは、最もコアな部分を告げるのだった。

 

「バーチャル世界において、本質的に不安定な存在である私という存在を、私自身の手によって定着、安定化をさせること。今このとき、第一義は、何よりもそれです」

 

 

 

 

 

 

 ――ここで一旦画面をポーズして、話の流れを整理しておくか。

 

 

 

 実際のところ、どんでん返し的な要素はそこまで多くないと思う。良くも悪くも予想を裏切らないシナリオ運びだと言ってしまえる。

 

 ただ、しょせんはアクションゲームに付随するストーリー。とりわけ状況説明があちこちで小出しにされてきたというここに至るまでの語り口から、全体像が捉えづらくなっている感が無きにしもあらずだ。

 

 

 

 クリア後のロビーマップでNPCから拾える会話テキストやら。あるいはスネーカー戦闘直前のドライさんとティルのように、ステージ攻略に特定のNPCを用いることで始めて聞くことのできるセリフやら。

 

 ただただ順を追って画面を眺めるだけだと、カバーできない情報も少なくない。

 

 その手の拾い切れなかった部分を踏まえて全体像を総括する。実況コンテンツとして、そのくらいのユーザーフレンドリーさはお見せしておくべきだろう。

 

 てなわけで、しばらくお時間頂戴しまして。VWOストーリーの裏方周りをご開帳といきましょう。

 

 

 

 

 

 

 まず、冒頭のアキラの問いの答えから。

 

 ピックは何故セラフィーのことを識ったままでいられたのか、というと。それはリックくんがセラフィーのことを識っていて、そしてそのリックくんの死体をピックが取り込んでいるからだ。

 

 ……そう。死体ね、死体。プグラシュティクの宇宙開発プロジェクトに携わる特任操縦士。リック中尉相当官は、木星の衛星タイタンの探査ミッション中の事故により一有機生命体として死亡している。

 

 

 

 まぁ、そりゃそうだろうって話ではあろうさ。基本的に、生身の人体ってやつは非常に脆い。ちょっとした段差から落ちただけでも、当たりどころ次第でぽっくりお亡くなりになりかねないのだ。

 

 それが高度何百キロ地点で発生した作業事故ともなれば、何をか言わんや。20世紀末SF世界のご都合超科学を持ってしても、九死に一生へ辿り着ける難易度は言葉通りのまま。或いは1割よりも遥かに厳しいのである。

 

 

 

 悲しきかな。往時のリックくんは九の側を引いてしまっていたわけだ。

 

 絶対的な理不尽が彼を襲った。そのことについて地に足つけて語れる存在は、この21世紀の中葉の今なお、何処を探したって見つけ出すことなぞ出来やしない。

 

 

 

 

 

 

 ヒト世界地球の惑星コンピュータ化のリハーサルとして。かつてのスネーカーが、衛星コンピュータ・タイタンを作り出した。

 

 技術的発展に見切りをつけたプグラシュティクたちの仮想世界を流用。プグラ世界の宇宙空間に存在する木星、その第一衛星を使ってのシミュレーション存在としてである。

 

 

 

 『ジーンダイバー』の時系列で言えば、25話『ティルが戻れない!』~45話『地球コンピュータ化計画』のあいだの何処かでってところだろうな。

 

 

 

 無機物のみによって一から自己組織化されるコンピュータは、有機生命体が創り出すそれよりも進化が遅い。

 

 この設定のせいでスネーカーとの和解後も長らくアイドリング状態で放置されていた衛星コンピュータだが、タイタン大気圏外から船外作業用小型宇宙船ごと降ってきたリックくんっていう一有機生命体を取り込んだことで、ピックという独立した表層人格を成立させる運びになった。

 

 

 

 ただ一点。衛星コンピュータが取り込んだのが生きたリックくんから得られた情報ではなく、リックくんの死体からサルベージしたものであり、またサルベージ元である彼の死体そのものを引き続きタイタン内部に保持していたこと。

 

 このことによって、ちょっとした歯車の狂いが生じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 セラフィーやパックたちの手による、エージェント各員に対する封鎖領域を用いた情報操作。

 

 このプロセスは、有機知性体が無機知性を物理的に取り込む、いわゆるところの知力拡張。ないし、サイボーグ化についてはちゃんと想定、対策がされている。

 

 しかしながら、それとは逆。無機知性体(ピック)が有機知性(リックくん)を外付けしているという今回のケースは、仕様上まったくの想定外だったんだな。

 

 

 

 ピック自身の情報を封鎖してみても、リックくんの死体をバックアップ扱いしてデータを引っ張ってこられる。そしてリックくんは、『ジーンダイバー』劇中よりもかなり先の未来に生きていたプグラシュティクである。

 

 

 

 いずれプグラとヒトは交易関係を築くっていうのが、ワールド7終盤のステージイベントで示唆されていた将来像だ。

 

 未来のある一時期において。プグラシュティクたちは宇宙空間への人員輸送にあたり、メディア・ステーションのハイパー・バーチャル・システムを経由するって方式を採るとのことだった。

 

 ステーションで浮いている演算処理能力と、プグラ世界からの生活物資のフェア・トレード。その実施局面にて、長距離輸送対象のプグラ側人員に対するナビゲート役を担っていたのが、他ならぬセラフィーだったりする。

 

 

 

 したがって、実はリックくんは、地上から木星圏へと輸送される過程で、既にセラフィーと多少の関わりを持っていたわけだ。

 

 それにもともと、名誉職志望者の持つべき教養の一環として、ヒト文明についての知識をそれなりに備えてもいた。

 

 

 

 そんな彼から得られる情報と、衛星コンピュータとしてのピックが持つ莫大な演算能力との合せ技をもってすれば。「最適化作業」の裏方事情につき、そもそものスタート時点から、かなりの確度で推し量ることができただろう。

 

 だから、ピックは。彼女の意識コピーがバーチャル世界内のタイタンを上書きした時点で即座に置かれた状況を把握し、自分自身の利益最大化のために、水面下で動くことができたのだった。

 

 

 

 

 

 

「スネーカーの本体ユニットを掌握し、衛星タイタン(おのれ)自身の処理能力を拡張する。その大出力をもってバーチャル世界に干渉し、未だ確定しきっていない自己存在の安定化を図る。貴様の目的は、つまりそれか」

 

「……ああ、そっか。今のピック(あなた)って、言ってみれば、宇宙の眼によって生み出されたドンの世界みたいなものなのね」

 

 とまぁ、ムービーシーン再開。まずはユキちゃん、続いて萌さんの発言からだな。

 

「それでもって、ホモ・ギガンテウス(ドンたち)の世界には行われたっていう、ナントカいう補強もされてない。スネーカーのシミュレーションって枠組みのままだから、ひどく不安定?」

 

 恐らく合っている、とハルが応じる。時空間の工学的補強が行われるべきケースだ、とも。

 

「多元宇宙の交差点としてのバーチャル世界は常に揺らいでいる。その揺らぎが一定の閾値を超え、存在の整合性を保てなくなった場合、衛星タイタンにおいて自生的無機秩序体が構築される可能性世界はデータ的に凍結され、事実上、消滅する」

 

 ピックという存在の不安定さがプグラ世界やギガント世界よりもヤバいって実情は、ピックとリックくんとの初邂逅時点で既出の情報。

 

 ただ、話がリックくんの段階で留まっていたっぽいので、他の面々に伝わったのは今タイミングが初めてだったってことらしい。

 

 

 

 存在の安定化。またそれを自分自身の管理下で行うこと。結局、ピックの目的っていうのはただただソコに集約される。

 

 そして、図らずも現状の「最適化作業」の進行過程は、その目的を果たすにあたって願ったりだった。

 

 しかしながらピックの、衛星タイタンの物質上の歴史の始まりは凡そ43億年前あたりであり、45億年前の月にまで至るには遡りきれない。そこで、リックくんの出番というわけである。

 

 

 

 45億年前の月。この場に、彼が、というより「それ」が到達すること。

 

 リックくんという名前の付いた、衛星タイタンの生体プローブ(それ)が。それこそがピックの目論見だった。

 

 

 

 

 

 

「歴史的連続性の確保は差し迫った悲願である、か。かつて、わたし達プグラシュティクもなりふり構わず求めたように」

 

 かがんだ姿勢で、意識を失いっぱなしのリックくんを助け起こしつつ。ティルも口出ししてくる。

 

「確かに、お前の行動は一貫しているようには見える。しかしそれを信じてやるには、些か材料に欠けているな」

 

 

 

「概況的なデータの提供は後ほど、ご随意に」

 

 少なくとも私が、各可能性世界のハイパー・バーチャル・システムに悪意をもって干渉する意図がないことを示せるはずです。とのこと。

 

 それに、とピックは続ける。交渉ごとにおける標準的な装い、澄ましたような微笑みを浮かべながら。

 

 今はセラフィーの姿を借りているが、それでも彼女の振る舞いには、どこか若年プグラシュティクらしさが残っている。

 

「ティル・ニー・ノグ。貴女であれば、私のモチベーションをより鮮明に捉えることができるのでは?」

 

「何?」

 

「プグラシュティク内には、『進化の系譜の確定プロセス』をヒト文明に属する一個人(セラフィーのこと)に委ねているという事実に懸念を抱く層が次第に増加。政界での貴女は、その手のいわば反動勢力と、ヒト文明との交流推進派との間で板挟みになりがちとなる、というのが遠未来での展望ですので」

 

 セラフィーのCG体が小首をかしげ、またプロポーションの取れた右手をそっとティルへと差し向けた。

 

「また、貴女自身。反動的な見方に対し、主に相互抑止力維持の観点から理解を示し、年月を重ねるごとに次第にコミットメントを深めたふうでもありました。少なくとも、場面場面。社交上の必要性に応じた、表面的な態度としては」

 

 このへんもリックくんの記憶から引っこ抜いてきた情報だろう。ちなみにワールド7で頻発していたフラッシュバックの一幕のなかで、王立軍学校時代のリックくんを騎士団に引き抜こうとしていた誰かさんっていうのは、他ならぬ未来のティルなんだそうな。

 

 遠き日のティルは、数多ある役職のひとつとして軍学校の名誉学長を併任していたらしく。リックくんも尊敬する偉大な御方が、肩書き振り回しつつ青田刈りチャレンジを試みてきたってこと自体、なかなかにパワハラじみてる感がなくもないな。

 

 

 

 なるほど? とティルは目を細め、苦々しげに呟いた。

 

 壮年のわたしは、なかなか毛色が悪くなってくるらしい、とも。少なからず自覚というか、彼女自身の未来図として予見されるものがあったようだ。

 

「自分たちの、プグラシュティク自身の手で『それ』を行えるのなら、越したことはない。むしろ筋論としてそうなって然るべきなのだと。確かにその意見は尤もらしく響くのだろうな。表向きにしておくスタンスとして、使い勝手が良さそうだと、わたし自身そう判断するかもしれない。……清廉さとは遠い、いかにも精神衛生に良くないスタンスでもありそうだが」

 

 

 

 

 

 

 自立自衛の原則か、とフィラが難しい顔で呟いた。察するにこの場のメンツで共通理解を得られやすいのは、やっぱり安全保障的なものの見方ってことになるんだと思う。

 

「そこんとこ前面に出されちゃ、確かに軍事屋としてあんまり文句は言えねえやなあ」

 

 と、ナオー。こっちも既にメットを外し、義尻尾の先で自分のコメカミをとんとんやりながら言っている。

 

「それはそうと、相棒のやつは大丈夫なのか? この際、大丈夫って言い方が今のあいつにとって相応しいのかはさておいてだ。まず今ココで復調できるのかってことを教えてくれよ」

 

『現時点で、そっちの管制下に置かれちまってるセラフィーのこともだ』

 

 更には虎哲のカットインまで割り込んできた。画面がうるさい。

 

『ピック! オマエさんの目的は分かった、ある程度理解もしてやる。しかし、だからってそのまま居座り続けられると、セラフィーにいい影響があるようには到底思えん。やること終わらせたら、当然とっととセラフィーからは出て行くんだろうな!?』

 

 

 

「ご安心ください。原則として、皆さま方に何らかの不利益をもたらすことはありません」

 

 ピックがしゃあしゃあと言ってのけるわけだが、これってなかなかに面の皮が厚い発言ではあろうさ。

 

 一種の騙し討ちを彼女から仕掛けておいて、そのくせまるっきりヒートアップしたお客さんを宥めるみたいな姿勢でいるんだから。

 

 当たり前だよ、とパックが叫んだ。小さな口に牙を剥かせて、見るからに苛立ちを顕にしながら。

 

「ったく、なぁにが『原則として』だよ。こうなったらもう、ある程度の技術漏洩と私的利用は看過するけれどな。でもそれはあくまで、そっちがお行儀よくしている限りにおいてだ。もし情報生命体(おれたち)の領分に手ェ出したりしてみろよ。そのときはタダじゃおかない、こっちだって全力でお前のこと、歓迎させて貰うからな!!」

 

 

 

 

 

 

 ……残念ながら今ひとつ、見栄えの悪いシーンではあるんだろうなあ。

 

 引き続き、夢ごこちの曖昧さに影響を受けているにしても。それにしたって自分自身や、自分の身内の都合を優先する。各人利己的なやり口が目につくことは否めない。

 

 

 

 でも、ただそれだけだと括られるべきでもないように思う。

 

 喧々諤々の交渉と、細々とした擦り合わせとの繰り返しの果てに。最終的にはそれなりに実りある妥協点を見出すことができる。ことだってまぁ、少なからずあるわけであって。

 

 

 

 もちろん、場面ごと、立場ごと。各々、拠って立つポジション次第で有利不利が生じてしまうわけだけれど。

 

 それでもなお、トータルで見れば、なんだかんだでプラス・サム・ゲームになっているってことが、この世の中における大凡全体的な傾向ではあるはずだってことなのだ。たぶん。……きっと。

 

 

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