World Days(旧版) 作:完結の陽炎
第1話「中学までの出会い」
西園寺世界と清浦刹那は生まれた時から一緒にいた。
双方の親が仕事で忙しく、世界または刹那の家でしばらく生活をすることもあった。
幼い頃から刹那は自己主張をしないが、逆に世界は逆に言いたいことを言う。生まれつき体が弱い世界を刹那が支える関係が起因しているのかもしれない。
唯一、刹那が望んだのはせっちゃんという愛称。
世界と刹那。
同じセから始まる名前を持つ世界が反発。
自分こそがせっちゃんと呼ばれたいから譲らない。
だが……。
「せっちゃんよりカワイイのがあればいいよ」
やれるものならやってみろ。
困らせてやろうと無理難題を押し付ける。
しかし以前から考えていたのだろう。
ものの数秒もせずに刹那は答えてみせた。
「せかぴー」
あまりにも絶望的なネーミングセンス。
せっちゃんよりも可愛いニックネームを望んだのに。
ふざけるなと双方の母を巻き込んでの大騒ぎとなった。
世界と刹那が本気で喧嘩をしたのは、後にも先にもこのあだ名事件だけである。結局は親の言い付けに従い、お互いに名前の呼び捨てで折り合いをつけた。
小学校のクラスで習い事の話題。
そんな些細なきっかけで興味を抱く。
母に話してみると意外にも紹介をしてくれる。
これは母の見栄であり、子どもに習い事もさせられないほど貧乏だと思われたくないから。特に親友で付き合いのある刹那の母に哀れみを受けたくなかった。
算盤・ピアノ・ダンスなど色々と無料体験をさせてくれる。
だがその先は続かない。
世界は良く言えばマイペースであり、悪く言えば自分勝手だ。
そんな中、意外にハマったのが抜刀術すなわち居合。最初は怖い印象であったが、慣れてしまえば居合の独特な雰囲気で落ち着く。自分のペースで無理なく稽古ができる。
そこで髪の長い同い年の少女と出会った。世界から積極的に挨拶をして自己紹介を交わす。その相手とは桂言葉で、下の名前がことのは。呼びにくいことを理由に一方的にあだ名をつける。
「ことちゃんってよぶね」
「えっと……」
「せかいでいいよ」
相手は裕福な家庭の育ちで多くの習い事をしている。
そんな言葉にとっては運命的な出会い。
初めての友達を得る。
その感激を生涯忘れることはないだろう。
「せっちゃん、とよんでもいいですか?」
なんと甘美な響きであろうか。
刹那がせっちゃんと呼ばれたい気持ちがよくわかる。
世界の中にある天使が囁く。
刹那をさしおいて受け入れてはダメだと。
世界の中にある悪魔が囁く。
刹那にバレなきゃ大丈夫だと。
子どもであろうと葛藤は存在する。
その結果……。
「ちょっとまって。せつながいるから」
この場では保留とする。
バレた時にあだ名事件の再来になることを恐れた。
その日の夜、世界が暮らすアパートへ刹那がお泊りに来る。
言葉という新しい友達を自慢して聞かせた。
睨みつけで無言の抗議をする刹那。
世界は開き直る。
これは絶好のチャンスだ。
どちらがせっちゃんと呼ばれるのに相応しいかを言葉に選んでもらえばいい。
そのため、言葉に刹那を紹介して顔合わせをさせた。
人見知りのある言葉と他人に無関心な刹那。
意外にも二人の相性が良く、不思議なぐらいに打ち解けてしまう。
これには世界もビックリ仰天。
そして刹那が独特なニックネームを付けてしまった。
「ことぴー」
「ダメせつな!! ことちゃんでいいじゃん!!」
「ことぴーがカワイイ」
「はずかしいよ!!」
「はずかしくない」
世界はことちゃん、刹那はことぴー。
両方の愛称を言葉が快く受け取る。
どちらも親しみがあって嬉しいことに変わりがない。
ここで本来の目的であるせっちゃん呼びを言葉に決めてもらいたい所。
だが世界の心境に変化が訪れていた。
仲良くする刹那と言葉。
それを見ていく内にまあいいかという妥協が生まれてしまう。
つまり気が変わったのだ。
「わかった。せっちゃんはせつなのモノだよ」
「せかい?」
「ことちゃん、せつなはせっちゃんでよろしく」
「わかりました。せっちゃん、せかいちゃん」
普段は譲る側の刹那と譲られる側の世界。
それを初めて逆にすることで、お互いの気持ちを深く理解した。
いざやってみると案外悪くない。むしろ気分がいい。
そして刹那と言葉の在り方は、世界の人格形成に今後大きく影響していく。
多くの習い事をこなすために多忙な言葉。
父の門限が厳しく、友達と遊ぶ時間がない。
友達との交流を望んでも、言葉の口から言えるはずがない。
それは親に向けての反抗であり我儘になるからだ。
親の言われるがまま従ういい子ちゃんを演じてしまう。
その根底を木っ端微塵に破壊をしてくれたのが……。
「ことちゃんのおうちへゴー!!」
「ゴー」
刹那を連れて世界は大胆な行動をとる。
言葉の家へ突撃をしてのお泊り作戦。
夜であれば言葉と遊べるという単純明快さ。
西園寺家、清浦家、桂家の母は公私ともに付き合いがある。
友達と過ごす時間の大切さを三者の母はよく知っていた。
そのため世界と刹那のお泊りを承諾する。
妻に説得をされて言葉の父も認めた。
しばらくすると引っ込み思案だった言葉に変化が生じる。
おっとりとして精神的な余裕が生まれた。
優しい笑顔が増えて、言いたいことを言えるようにもなった。
こうして世界と刹那の在り方が、言葉の情操教育としてプラスになっていく。
刹那のせっちゃんは特別な愛称。
実際に呼んでいる人はごく一部である。
世界の母、刹那が住むマンションの管理人、近所のおばちゃん、言葉、言葉の母。
同じ学校のクラスメイトには清浦の苗字呼びだ。
他校生であるが言葉のように余程親しくないと呼ばせない。
それだけあだ名に強い思い入れがあり軽々しくは扱わない。
下の名前である刹那呼びは、現時点では世界と刹那の母だけである。
今後、刹那に親しい友達ができれば、刹那またはせっちゃんで本人が自由に決めていい。
刹那が愛称で一番呼んでほしい相手は、世界で間違いないだろう。
しかし、あだ名事件のことがあるため、世界がせっちゃんと呼ぶことはない。
呼んであげたら刹那が喜ぶことはわかっているが、そこは世界の意地もあり、何よりせかぴーという最悪な呼び名が待っているため、絶対にせっちゃんとは呼ばない。
なお、刹那と違って世界は自分のニックネームを一切持たない。せかぴーのように碌な呼び方にならないことを思い知ったからだ。世界という名前が気に入っているので、親しい人には下の名前で統一をすれば充分である。
「おかあさん、プレゼントさくせんしたい」
「あら、相手はせっちゃん?」
「ことちゃんもプレゼントする」
母に思いつきの相談をする。
刹那と言葉に贈り物をして喜ばせたい。
世界らしいシンプルな考えである。
本を読むのが好きな言葉には四つ葉クローバーのしおり。
低身長の刹那には大きな赤いリボン。
二人は大切にすると言って受け取ってくれた。
喜んでくれるだけで世界は満足をする。
良い事をして気持ちがいいという達成感を得た。
その後、二人からのお返しをもらう。
刹那からは筆記具のペン、言葉からはコンパクトな手帳。
記者の真似事を好む世界にピッタリのアイテムであった。
「あー、ぬれちゃった」
どしゃ降りの雨の日であった。
車の水撥ねが刹那を襲う直前。
世界は咄嗟に両手を広げて庇ってみせた。
頭で考えるよりも先に体が動く。
おかげで全身がびしょ濡れになった。
生まれつき体が弱くて免疫力が低い。
その後、風邪をひいて寝込んでしまう。
見舞いに来た刹那から涙ながらの訴え。
世界に無茶をしてほしくない。
危ない目に遭ってほしくない。
だが世界にも言い分はある。
「せつながダイスキだからまもる」
屈託のない子どもらしい世界の笑顔。
風邪で辛くても意地っ張りなやせ我慢をする。
刹那は喜びと悲しみで感情がゴチャゴチャに混ざってしまう。
この時から刹那は自分の中で誓いを立てた。
世界を守る。
それが刹那の行動理念となって変わっていく。
真っ先に刹那がしたことは独学である。
世界が敵に襲われた時、盾になるだけでは役に立たない。
本で得た知識を実践して蹴り技を会得する。
回し蹴り・踵落とし・前蹴り・横蹴り・後ろ蹴り等で多種多様だ。
手よりも足の方がリーチが長く使い勝手がいい。
片足でバランス感覚を保つ体幹力を鍛えていく。
なお、この秘密特訓については誰も知らないことだ。
「せかい、だいじょうぶ?」
「う、うん。ありがとうせつな」
ある日の放課後。
人通りが少ない道で世界が不審者に襲われたが未遂に終わる。
刹那の蹴りが的確に相手の急所を捉えてノックアウトしたからだ。
人体に関することも本で得た知識で、小学生でも大人を戦闘不能にできる。
そして不審者が逮捕されて、世界の身の安全を守ってみせた。
「せつな、どうやってつよくなったの?」
「ほんでおぼえた」
「わたしもやる!!」
刹那から本を借りて試す。
だが3日もしない内に挫折となった。
元々、世界は勉強嫌いで独学に向いていない。
生半可な気持ちで身に付くはずもない。
むしろ独学で習得する刹那が異才といえる。
「ことちゃん、おしえてくれてありがとう」
「おやくにたってよかったです」
勉強で困った時は言葉に助けてもらう。
この時の言葉は刹那よりも優秀で賢かった。
刹那は内心で焦る。
世界からいらない子扱いで捨てられることを極度に恐れた。
これは父親が自分たちを捨てていなくなった事が影響をしている。
だから刹那は己が立てた誓いに強くこだわった。
必要とされれば捨てられることがないから。
世界を守るのは何も武力だけではない。
学力でも世界の支えとなりたい。
誰よりも一番に。
そうなると刹那の行動は早かった。
一生懸命に勉強をして短期間で内容を覚えてしまう。
世界にわからない所を教えられるレベルにまで急成長を果たす。
時間を掛けて教わらないと覚えられない言葉。
とても刹那のマネはできない。
「ありがとうせつな」
「うん」
刹那が賢くなって勉強で助けてもらった。
それで素直にお礼を言う世界は何も知らない。
刹那がどれだけ世界のために独学をしているかを。
世界が幸せであればそれでいいとするのが刹那だ。
世界と刹那は訳ありで父がいない。
そのため言葉の父に興味を持つのは自然な流れである。
世界は言葉の父に夢を語る。
名前に相応しい大きな人間になりたい。
それこそ相手が喜べば自分も嬉しいを拡大して世界平和を目指す。
刹那も夢を語る。
壮大な夢を持つ世界を助けて守りたい。
そのためならどんな努力も惜しまない。
すると二人の父親代わりとばかりにアドバイスをしてくれる。
「世界ちゃんが困っていたら、刹那ちゃんが助ける。逆に刹那ちゃんが困っていたら、世界ちゃんが助ける。これはね、困った時はお互い様という助け合い精神だよ」
実際に助け合い精神が適応できるのか?
学校生活で試してみる。
課題が解けずに困っている世界。
刹那に教えられて助けてもらう。
愛想のない刹那がクラスメイトに話しかけられて困っている。
世界が間に入って上手く会話を繋げてみせた。
あくまで一例であるが確かに使える。
ここで世界からの疑問点。
一方的に助けてもらうほうが楽ではないか?
これに対しての回答は簡単。
自分だけが助けると不公平という嫌な感情になる。
刹那の母に訊いてみると、その感情自体は誰でも多かれ少なかれあるらしい。
相手の気持ちになって考えることが大切だと教えてもらった。
だから世界はよくよく刹那に確認をする。
何をしたら喜び、何をされたら悲しいのか?
逆に刹那からも同じように世界へ確認を取る。
それでお互いをよりわかり合うようになっていった。
体が弱いハンデを背負っている世界。
世界の母から学んだことがある。
いかに楽をすればいいかという手抜き精神。
できる人に任せて楽をする大人の考え方。
チャンスを逃さず一気に突き進む行動力。
目的のためにあらゆる手段を使う。
他にも色々とあるが、物覚えの悪い世界は上手く消化できない。
刹那を連れて言葉の父へ再び相談とした。
世界の母のやり方でいいと思う事もあったが別の考えもある。
こうすればいいのに、逆をすればいいのに。
刹那も自分の母を通じて似たような感想を持つ。
父の傍にいる言葉は、そこまでの考えに至ってないが、世界と刹那の考えに共感を見せる。
そして父は言葉と平等に二人を可愛がり教えてくれた。
「親も一人の人間で完璧ではないのだよ。私だってそうさ。だから世界ちゃんも刹那ちゃんも、そして言葉もよく聞いてほしい。様々な人から学び、自分がこうしたいと思った事を大切にするといい。もちろん悪い事は真似しちゃダメだよ。その場合は逆をするようにしなさい。まあ、反面教師の考え方になるがね」
言葉がお父さんっ子の理由はここにある。
人生を過ごす上で重要なことを教えてくれるから。
忙しい仕事帰りで疲れているのに自分たちを見てくれるから。
こうして世界・刹那・言葉の個性が磨かれていく。
とある日に親戚縁者の冠婚葬祭があった。
浮気の子どもという大人の陰口と軽蔑の眼差し。
あまりに嫌な雰囲気だったので、世界と刹那はその場を逃げるように離れた。
まだ子どもの二人に大人の事情はわからない。
それでも母が何かしらに悪いことをしたのはわかった。
詳細を理解するのはもう少し後になってからである。
逆に良いこともあった。
新たに同い年の女友達ができたのだ。
仲良くなれたのは二人。
「ななみってよんでいい?」
「いいよ。こっちもせかいってよぶから」
一人目はバスケを得意とするボーイリッシュな甘露寺七海。
言葉と同じ学校の出身であるが、クラスが異なるため接点はない。
後日に世界の思い付きで言葉を紹介した。
多忙の言葉だが、時間の使い方が上手くなり、隙間の空白タイムを活かすことも覚えてきた。
体育系の七海と文化系の言葉は性格的に正反対。
それでも七海が気に入ってしまう。
きっかけは言葉の俊敏な居合術。
たとえ虚弱体質で持久力が乏しくても瞬発力が段違いである。
おとなしい見かけに騙された。
七海はそう言って楽しげに笑い、言葉と仲良くなっていく。
「へえー、せつなっていいなまえじゃん」
「ひかりもいいなまえ」
二人目は洋菓子屋おおはらを家業とする黒田光。
幼き頃はツインテールで、後にイカリングという独特な髪型をする。
周りから一歩引いて観察をするクセがあるようだ。
クールな印象のある刹那とは相性がいい。
世界を放っておけない刹那の考え方にも共感を示す。
こうして他校生との交流も広げていった。
同じ小学校で刹那以外に仲の良い友達はいないのか?
会話を楽しむクラスメイトが多く、授業の班分けで協力をする程度には親しんでいる。
ただしプライベートまで仲良くはしていない。
どうせ同じ学校で会えるので、せっかく遊ぶのであれば他校生のほうがいいという世界の価値観だ。
金持ちお嬢様の言葉・スポーツ万能の七海・家業の洋菓子屋が魅力的な光。
最も関わりが深いのは言葉で間違いないが、七海にバスケの試合があれば応援に行き、言葉に頼んで差し入れのスポーツドリンクを持って行くことがある。七海が試合で勝利をすれば、お祝いを理由に光に頼み美味しいケーキを頂く。小遣いが少ない世界はそのおこぼれを貰う。
光は呆れてしまうが世界のことを憎めない。光が困った時に世界が率先して助けてくれるから。
大切な髪飾りをなくして一緒に探してくれた。
宿題でわからない時は、賢い刹那を連れて来て教えてもらった。
突進する自転車にぶつかりそうになった時、咄嗟に光の腕を引っ張り助けてくれた。居合を習っている影響か、この時は自転車との間合いが近いから危ないと思ったらしい。
中学生になると授業の科目が増えて難易度も上がった。
宿題を投げ出そうとすると刹那に怒られる。
丸写しをお願いしてもキッパリと断られる。
世界のためにならないというお説教付きで。
「刹那、学校の勉強なんてダルいよ。将来なんの役にも立たないじゃん」
「ワガママ言わない。おばさんにもよろしく頼まれている」
「わ、私だって、刹那のお母さんから頼まれてるよ。これからも刹那と仲良くしてあげてって」
「今は関係ない」
世界が苦手なことは座学全般である。
おとなしく座って勉強をするのが性に合わない。
実際に見て触って体感をするほうを好む。
記者の真似事をしての情報収集が最も得意だ。
習い事の居合は中学生になっても続けている。
精神的に鍛えられて姿勢が良くなった。
そして稽古の終わった後に言葉と雑談を繰り広げる。
「へえー、ことちゃんが七海の勉強を見てるんだ」
「はい。七海さんはバスケの練習に時間を割いてしまって。あ、世界ちゃんはお勉強のほう大丈夫ですか?」
「うん。こっちは刹那がいるから大丈夫だよ」
小学の高学年から言葉の成長期は始まっている。
身長と胸のサイズが大きくなった。
こういったことで男子にからかわれたり、女子から妬まれたりしても不思議ではない。
学校の集団生活で身体的に目立つことのリスクはある。
イジメの種にされて酷い目に遭うかもしれない。
「ことちゃん、学校でイジメられたりしてない?」
「はい。七海さんが守ってくれて助かっています」
仲間に優しく敵に容赦をしない。
言葉を守る事すなわち友達として認めている証拠だ。
勉強で助けてもらっている恩義もあるのだろう。
スポーツが出来て威厳のあるカリスマ性を持っているようで、七海を敵を回す生徒はいない。
「光とは上手くやってる?」
「えっと、黒田さんはちょっと……」
一方的にツンツンと素っ気ないので嫌われていることは一目瞭然。
原因がわからないので言葉が困っている。
すると光の気持ちに寄り添うように世界は言った。
「光はきっと、ことちゃんに対してコンプレックスがあるんだよ」
「あの、言って頂ければ直します。私に何か嫌な所がありますか?」
「別にことちゃんは悪くないんだよ。ことちゃんは文武両道でスタイル抜群のお金持ちお嬢様。すべて劣っちゃう光はミジメに感じちゃって、それでことちゃんにキツく当たっちゃうんだろうね」
「そんな劣るなんて、黒田さんにもいい所はあります」
「実は私もね、光の気持ちがわかるの。ことちゃんに敵わないと思ってしまうのは、私も光と同じ。運動だったら七海、頭の良さだったら刹那、それでことちゃんに対抗できるけど、私や光はどちらも中途半端だから。それでことちゃんが羨ましくてたまらないってなっちゃうんだよ」
自分より優れている相手に対しての劣等感。
認めざるを得ないからこその八つ当たりだ。
世界と光の仲が良いのは、お互いに優劣を意識しなくて済むのが要因かもしれない。
「世界ちゃんは、私のこと嫌いですか?」
「……あははっ」
「世界ちゃん?」
「いやー、そうだよね。ことちゃんはそう言いたくなるよね? うんわかるよ。逆だったら私だって不安に思っちゃうもん……ことちゃん、私の中には天使と悪魔がいるんだ」
誰しも善悪は持ち合わせている。
天使は純粋に言葉が大好きでこれからも仲良くしたい。
悪魔は嫉妬に満ちて言葉よりも上になって見返してやりたい。
ここで誤解をしてほしくないのは、世界が言葉を嫌っていないということ。本当に嫌いならば、今すぐにでも絶交をして関わらなければいいだけだ。
「実は最近、私の中の悪魔は出てこなくなったの。刹那とことちゃんがとっても仲良しで、その尊い関係を見てると、私の中の天使が元気になっちゃう。劣ってるとか優れてるとか、そんなのどうでもよくなってさ。そんなことより、相手が喜んでくれたら私も嬉しい。もっとシンプルに考えたほうがいいじゃん。私、刹那やことちゃんみたいに頭がよくないから、難しいことは考えられないし、変に意地張ったり悩んだりするだけ無駄って思ってる」
あくまで世界の考え方に過ぎない。
光も言葉に対して思う所はあるだろう。
単純に馬が合わないだけかもしれない。
人間関係としてよくあることだ。
「安心してことちゃん。私はことちゃんのこと大切に思ってるよ。たまに妬みの悪魔が出るかもしれないけど、大好きという天使がアッという間に追い払っちゃうから。とにかく、ことちゃんが喜んでくれると私は嬉しい。それだけわかってくれたら充分だよ」
世界が去るのを見送った後、言葉は携帯を手に取った。
連絡手段があるので、後日に刹那を部屋に招いて二人だけで話す。
世界を一番よく分かっているのが刹那だから。
「私は世界が幸せならそれでいい。でも世界は違う。皆が幸せなら世界は喜ぶ。求める規模が違う」
「はい。それが世界ちゃんのいい所なんですね」
「世界が望む幸せはとっても大きい。私はそんな世界を守りたい」
「……せっちゃんには敵わないです」
「当然。私は生まれた時からずっと世界と一緒だから」
勝ち誇る刹那に言葉が初めて嫉妬をした。
同時に疑問も解消されてしまう。
「なるほど。これが世界ちゃんや黒田さんが、私に感じている気持ちなんですね」
「妬いた?」
「……少し」
「フッ、少しでも思い知ったのなら上出来」
「せっちゃんは、こういう気持ちになった事ありますか?」
「ことぴーはことぴー、私は私」
この励ましもあり、言葉は光との人間関係で悩まなくなる。
たとえ憎まれ口を叩かれても、別に無視をされている訳ではない。
気にせず普通に接すればいい。
そんな世界と刹那のアドバイスに従う。
時間が経つにつれて、それが光の個性だと受け入れるようになった。
世界は刹那のマンションへ遊びに行く。
快く迎え入れてくれたのが刹那の母。
刹那が外出中だから家の中で待つ。
そして食卓で刹那の母に出された緑茶と煎餅を頂く。
「刹那のお母さん、いつ見ても若々しくて綺麗。私のお母さんは子どもっぽいから全然違う」
「あら世界ちゃん、今まで通りおばちゃんって呼んでくれていいのよ。刹那が今でも世界ちゃんのお母さんをおばさんと呼んでいるように」
「はーいそうします。でもおばちゃん、滅多にないお休みの日に、私がお邪魔しちゃっていいの?」
「もちろんよ。刹那といつも仲良くしてくれて、そんな世界ちゃんに会えて、おばちゃん嬉しいから」
「刹那、中学に入っても体が小さいことを気にしてて。きっとおばちゃんみたいに大きく美人になるからって、思い切り励ましたけど効果が薄いかも」
「もう刹那ったら。焦らなくてもまだ成長期なんだから。気長に過ごせばいいのよ」
母としては愛する娘の日常が気になる所。
何かと心配をしてしまう親心が存在する。
交友関係として世界の他に言葉、光、七海がいる。
世界がいなかったら、その三人と刹那が知り合うことはなかったかもしれない。
「世界ちゃん以外にもお友達ができたのね。桂さんのお子さんとも仲良くなるなんて」
「刹那とことちゃん、どっちも賢くてあだ名で呼び合うほどの仲良し。なんかもう親友って感じだよ」
「うふふっ、刹那が話すのはいつも世界ちゃんのことばかり。世界ちゃんしか見えてないわよ」
「半分ぐらいことちゃんに回せばいいのに」
「そうしたら世界ちゃん、刹那を他のお友達に取られちゃうわよ。嫌じゃない?」
「そりゃあ少しは妬けちゃうけど、それでも刹那が喜んでくれるなら私は嬉しい」
世界の母は良くも悪くも奪って勝ち取るタイプだ。
だが娘の世界は違う。
そういう母を反面教師に逆の考えを選んだ。
親子といっても別の個性をもった人間である。
何もかもが同じになることはあり得ない。
それから数十分は経過をしただろう。
刹那が帰ってきて、世界の悪戯心が芽生える。
こっそりと隠れて後ろから――。
「世界」
すぐにバレた。
驚かせようとしたのに気付かれてしまう。
静かに間合いを詰めようとしても無駄だ。
刹那に何故わかるのかを訊いても。
「生まれた時から一緒。世界のことはすぐわかる」
抽象的な答えしか帰ってこない。
刹那を相手に隠密行動は不可能。
そういうものだと考えるしかない。
「刹那ってば、おばちゃんに私の話ばかりしてるみたいだけど、他に話すことないの?」
「私が何を話すかは私の自由」
「そうだけど。ことちゃんとか、光とか、七海とか、他にもあるでしょ?」
「ちゃんと話してる。世界のついでに」
「ついでで話をされちゃう三人が気の毒だよ!! それってオマケ扱いじゃん!!」
「世界、細かいこと気にしすぎ」
「細かくないから!!」
その日は刹那のところで夕飯を済ませる。
和洋問わずに刹那の手料理は美味しい。
世界も調理をこなすが刹那の腕には及ばない。
「そんなことない。世界の作るサンドイッチと紅茶、とっても美味しい」
「刹那みたいにレパートリー豊富じゃないけどね」
「今度、一緒に作る?」
「うん」
世界はやればできる子。
静かに見守る刹那の母の目が優しげだ。
こうして刹那のおかげで世界の料理が幅広くなる。
時間が過ぎ去っての受験生。
どの学園に進学をするのか?
居合の稽古終わりに言葉の志望校を問う。
「榊野学園へ進学をして、それを条件にすべての習い事を止めるつもりです」
「私も習い事は中学までにするつもりだから一緒だね。榊野学園なら刹那や光も受験するし、七海はスポーツ推薦で狙ってるって聞いた」
「世界ちゃんは榊野学園を受けないんですか?」
「受けるつもりだけど、合格できる自信がないんだよね。だから滑り止めで綿女という女子校は受けておくよ」
榊野学園よりも偏差値が低めで学力格差が大きい。
評判は微妙な所があり、刹那からは快く思われていない。
最後の砦としてだから、本命が受かればいいだけの話である。
「私は世界ちゃんと同じ榊野学園に行きたいです。きっとせっちゃんたちも同じです」
「あはは、刹那が鬼のように教えてくるんだよね。綿女だと私が悪い子になっちゃうみたいで。その偏見はどうかなって思うけど、そう言われても仕方ないぐらい評判が悪いんだよね。だからこそ滑り止めに向いてるんだけど」
榊野学園は私立になるため、他校の公立よりも学費が高い。
ラディッシュ本社で重役をする刹那の母。
私立に通わせるだけの蓄えはあるようだ。
しかし世界の母はどうだろう?
ラディッシュ支店の店長という立場。
アパート暮らしで刹那が暮らすマンションほどの経済的余裕はない。
そこで世界は母が帰宅をした時に尋ねてみた。
「お母さん、榊野学園よりも安い公立に行ったほうがいい?」
「もう世界、そんなこと気にしなくていいのよ。せっちゃんと同じ榊野学園に行きたいんでしょ?」
「そうだけど、本当に大丈夫? 学費払えなくて借金なんて事になったらヤバいよ」
「ひどい世界、私がそんな貧乏に見えるっていうの?」
「見えるから言ってるの!!」
母から節約という押し付けなケチで苦汁をなめた。
家計に余裕がないので必要最小限なものしか買えない。
シングルマザーの現実は過酷なものである。
「もぉー、そんなに心配するなら、私が働くお店で世界が手伝ってくれるとお母さん嬉しいな」
「それはまだ先の話。今は受験に集中したいから」
母が大丈夫と言っている以上、それを信じるのが娘の役目。
榊野学園を本命、綿女を滑り止めとして取り組む。
こうしてナーバスな受験時代を過ごしていく。
言葉には心という少し歳の離れた妹がいる。
お泊りに来る世界と刹那によく遊んでもらった。
そんな心のお気に入りは世界。
この日も世界と刹那が来てくれて心がはしゃぎ回る。
世界に向かって姉とチャンバラをやってほしいとおねだり。
居合と畑違いになるスポーツチャンバラだ。
言葉は危ないからと注意をして反対するが。
「こころちゃん、当たっても痛くない玩具の剣ってある?」
「ここにあるよ」
「へえー、スポンジみたいに柔らかいね。さすがに鞘はないけど、イメージでやればいいかな」
「世界ちゃん、心の言うことは聞かなくていいです。甘やかすとつけ上がってしまいますから」
言葉がアイコンタクトで刹那に助けを求める。
首を横に振られた。
こうなった世界は止まらないことをわかっている。
一回だけという条件で渋々と引き受けるしかない。
言葉の部屋は広々としており、居合の踏み込みをするのに特に支障はなかった。
「ことちゃん、先手は私に譲って」
世界にとって絶対に先手でなければいけない。
言葉が先に仕掛けると、速すぎて何もさせてもらえないからだ。
この時点で実力差は明白だが世界は見栄っ張りである。
「はい。いつでもどうぞ」
居合腰で玩具の剣を構える。
その表情は引き締まって真剣そのもの。
キッと睨みつける世界に言葉も真面目に対峙。
世界が忍び足のごとくジリジリと間合いを詰める。
ゆっくりと焦らずに。
言葉はいつでも対応ができるように呼吸を整えている。
見守る刹那が固く手を包むように握り、心はキラキラと目を輝かせた。
「……」
言葉の隙が見つからず、どこを打てばいいのか全く分からない。
正面から勝てる気がせず、返り討ちになる未来しか想像ができない。
それでも覚悟を決めてやるしかない。
鞘を抜くイメージで大きく踏み込んでの一太刀。
次の瞬間、タイミングを合わせて言葉が振り抜く。
得物を交差させた瞬間。
気が付けば世界の手から玩具の剣が弾けてしまった。
刹那と心が当たらない方向へ飛ばしているので、言葉が狙ってやったことは明らかである。
「っ……」
鳥肌を立たせて一瞬だけ世界の身が震える。
だが観客の前で無様を曝け出せない。
気を引き締めて残心を貫く。
そして定位置に戻り両者ともに一礼を済ませた。
「世界ちゃん、お怪我はありませんか?」
言葉が駆け寄って世界の手を優しく包み込む。
先ほどの鋭い刃物のような脅威がない。
いつものおっとりとしたお嬢様の優しい雰囲気だ。
「うん大丈夫。でもあんなの凄すぎて、絶対私はマネできないよ」
「世界、ことぴーに勝てると思った?」
「全然。こころちゃんが喜んでくれるなら、負けても悔いなしだよ」
刹那の問いに本心で答える。
そうでも思わないとやってられない。
怖い思いをしたが、言葉の底知れぬ実力を感じて尊敬の念を抱く。
七海が気に入るのも納得だ。
こういうギャップの魅力が言葉にあるから。
「ほら心、世界ちゃんにお礼は?」
「ありがとうございます世界さん」
「うん。こころちゃんが楽しんでくれたのなら何より」
いずれにしても心が喜ぶなら世界はそれで満足である。
呆れてため息をつく刹那。
そういうところが世界らしい。
だからこそ放っておけないし守っていきたい。
「……」
一方で言葉の視点ではどうだったのか?
世界の太刀筋は真っ直ぐで偽りがない。
柔軟なフォームで美しいと感動をした。
言葉の居合は相手を威圧して恐れさせる。
でも世界の居合は相手を楽しませて喜ばせてくれる。
同じ居合でも個性があるので実に奥が深い。
ある季節の変わり目。
気温差が激しく世界が体調を崩して学校を休んだ。
貧血の倦怠感で何もする気が起きない。
「世界、まだ具合悪い?」
「んー」
見舞いに来た刹那に生返事が精一杯。
光がプリン、七海はドリンクで差し入れをくれた。
言葉が来ていないのはちょっとした理由がある。
「言は見舞いの花を買ってから来るってさ」
「七海、いつからことぴーのこと、あだ名で呼ぶようにしたの?」
「いいでしょ別に。桂って呼び方だと他人っぽいし、勉強で世話になってるからね」
七海の説明に刹那はそういうものかと割り切る。
それを近くで聞く世界は不調ながらも嬉しそうだ。
噂をすれば影。
言葉がやって来て綺麗な花を飾りながら言ってくれた。
「私も重いほうなので、いい病院を紹介できますよ」
刹那や七海、光は軽いほうで苦にならない。
世界がどれだけ辛いのかを分かってやれない。
言葉はやや重く、女の子の日と体育が重なると見学をするレベルだ。
世界の場合は保健室で休むぐらいに酷くなる。
今後のためにも生理と向き合う必要性を痛感している。
一人で抱え込んでも事態は好転しない。
後日、言葉が紹介してくれた病院で診てもらう。
おかげで改善の兆しがありこれからに期待である。
世界は嫌な夢を見てしまう。
浮気の子どもというレッテルに親戚の冷たい目。
どれだけ目を背けようとも事実からは逃げられない。
お泊りで近くに寝ていた刹那。
うなされる世界の手を握って呼び掛ける。
そのおかげで悪夢から現実へ戻ってきた。
「世界、大丈夫?」
「……ごめん」
「気にしないで。怖い夢を見た?」
夜も更けているので小声で問う。
世界は頷いてから刹那を見つめる。
そして悲痛な面持ちで言った。
「ごめん。刹那のお父さんがいないのは、私たち親子のせいだね」
「違う。世界は何も悪くない」
「刹那は恨んでないの?」
「恨んでない。生まれた時から世界と一緒。それが幸せだから」
刹那は事情を把握している。
世界を守るために一生懸命に調べたから。
そこで判明したことは、世界と刹那が異母姉妹であること。
たとえ普通でなくても二人にとっては嬉しかった。
なぜなら親友だけでなく、家族として血の繋がりを感じられるから。
「私のほうこそ、浮気の子ども」
「なんでよ。刹那は本命の子どもでしょ?」
「瞬さん、他にも相手がいて子どもがいる」
よくそれだけの真実を探せたものだ。
刹那の胸の内を思うと世界は悲しくなる。
そして調査の中で刹那は父親と直接会った。
「瞬さんに約束してもらった。二度と浮気しない、真面目に生きるって」
「……なんでお父さんって呼ばないの? 刹那のお父さんでしょ?」
「世界のお父さんでもある」
「知らない。お母さん捨てていなくなった人のことなんて」
世界が拒絶をするのは当たり前である。
刹那も同じ母子家庭だから痛いほどにわかってしまう。
父の浮気のせいで母が泣くことになったから。
世界はそれ以上の悪態をつかない。
そんなことをしても刹那を悲しませるだけだ。
「世界」
「なに?」
「おねえちゃんって呼んだほうがいい?」
刹那に姉と呼ばれて複雑な気持ちになる。
素直に喜ぶことができない家庭の事情。
お互いに苗字が違うので周りから勘ぐられる。
浮気の子どもとして肩身が狭くなるのは必定。
よって表沙汰にできず二人だけの秘密とする。
「刹那は刹那だよ。今まで通りで何も変わらない」
「わかった。世界は世界のまま」
再び悪夢を見ないように添い寝をする。
安心させてあげたい思いから手を繋ぐ。
そんな刹那の優しさに身を委ねて世界は眠りについた。
とある祭りに参加するメンバーは4人。
私服姿での世界・刹那・七海・光である。
ちなみに言葉は習い事があるため不参加だ。
「光はイカ焼き、七海は焼きそば。刹那、私たちは何食べようか?」
「たこ焼きの半分っこ」
「了解。6個入りなら3個ずつね」
世界と刹那でたこ焼きのシェアをする。
ふと光がとある女子を気に掛けた。
誰かを探している様子である。
それに七海も気付く。
バスケで試合の相手をしたことがある加藤乙女。
ポニーテールの髪型が特徴でわかりやすい。
「なんだ加藤じゃん。一人で来たの?」
「あ、甘露寺さん。実は妹とはぐれちゃって」
「同い年なんだから呼び捨てでいいって」
一つ下の妹、可憐を探している。
顔を知らないので携帯で写真を見せてもらった。
ツインテールをした愛嬌のある顔立ちが印象的。
世界が探すのを手伝うと言って引かない。
なし崩しに皆で手分けをして探す。
しばらくして光が見つけて無事に解決。
その自然な流れで自己紹介を交わしていく。
「えへへ、加藤可憐です。よろしくお願いしまーす」
可憐は相手が年上でも物怖じをしない気さくな性格。
それでも後輩としての自覚はあるようで、年上の世界たちを苗字に敬称をつけて呼ぶ。
真っ先に反応をしたのは世界だ。
「私のことは世界でいいよ。西園寺さんだとお寺のお坊さんみたいだし」
「わかりました。世界さんって呼ばせて頂きますね」
「私も刹那でいい」
「はい、よろしくお願いします刹那さん」
世界が名前呼びを望み、刹那もそれに合わせた。
同じにしないと気が済まない刹那の頑固さが垣間見える。
光と七海はどっちでもいいようで特に指定はしない。
可憐の呼びたいように呼べばいい。
そして世界は可憐の呼び方を尋ねてみる。
「可憐、可憐ちゃん、かーちゃん、加藤妹。どれがいいと思う?」
「ちゃん付けは恥ずかしいです!! あと私は世界さんのお母ちゃんじゃないですよ!!」
「そうなると可憐と加藤妹のどちらだね。他に何か指定があれば言ってくれればいいけど?」
「普通に可憐でいいですよ。加藤妹って何かオマケっぽく聞こえませんか?」
「そうだよね。あ、じゃあお姉さんのほうも乙女って呼ばないと不公平になっちゃう。加藤さんだと紛らわしくなっちゃうよね?」
「お姉、別にいいよね? 世界さんに名前で呼び捨てされても」
「アンタが言うな」
姉妹を区別するために名前の呼び捨てにする。
乙女の了解も得ることができた。
そして世界は早速呼びたくなったので。
「乙女と可憐、どっちも可愛い名前で素敵じゃない」
「あ、ありがとう」
「えへへ、なんか照れちゃいますね」
照れるところが姉妹ともにそっくりである。
ここで刹那は疎外感を味わったのか。
世界の傍で口説くなとツッコミを入れてきた。
「口説く訳ないでしょ。私は女だよ。というかこの二人の可愛らしさなら、彼氏ぐらい余裕でいるでしょ」
「か、彼氏なんていないよ!!」
「でもお姉は好きな人がいる――って痛いよお姉」
「アンタは黙ってなさい」
お喋りな可憐を拳骨で黙らせる。
ここで食いつくのが野暮だと世界は引き下がる。
それよりも連絡先の交換を持ち掛け、その場の全員と交換を済ませていった。
中学3年生も成長期の範疇だ。
今回の世界は悪い意味での成長といえばいいのか?
一部の髪が逆立つ現象すなわちアホ毛が発生する。
「もぉー、いくら手入れしてもハネが治らない」
「世界、早くしないと学校に遅れる」
「ダメ刹那こんな頭で行けない!! まるで虫みたいだもん!!」
「大丈夫。今の世界もかわいい」
「かわいくない!!」
仕方がないので帽子を着用して隠す。
校内で外してみたが、触覚のようなアホ毛が目立つ。
一部の心無い生徒から虫呼ばわりされた。
刹那のチビ呼ばわりもあって、世界は刹那の悪口に過剰反応。
激しい喧嘩になり、先生や親も介入して謝ってもらう。
こうして表立っての悪口はなくなるが、コソコソとした陰口は止まらなかった。
世界の発案により言葉の部屋で勉強会を開く。
榊野学園を目指すメンバーが集まった。
言葉・七海・刹那・世界・光・乙女の6名である。
「七海さん、この問いはこうしないと解けません」
「あちゃー、勘違いしてた」
「世界、ここ間違えてる」
「えー、マジ?」
「ねえ黒田、そこの消しゴム取ってよ」
「なによ、ちゃんと手の届く位置に置いておきなよ」
程よいタイミングで言葉の母が差し入れのケーキと紅茶を持ってくる。
仕事休みの日に受験の応援をしてくれた。
そして妹の心が世界とお菓子を目当てに混ざって来る。
「心、部屋に戻りなさい。私たちはお勉強で忙しいから構ってあげられないの」
「休んでるときならいいでしょ!! ねえ世界さん、いいよね!?」
世界の膝に座って甘えてきた。
癒しを求めて心の背中から抱きしめる世界。
高級ブランドのシャンプーを使っているのか。
心の髪からいい匂いがしている。
そんな遠慮のない妹に言葉が叱ろうとすると世界が遮った。
「オーケーオーケー。勉強でクタクタだから、こころちゃんがいてくれると元気出ちゃう」
世界に抱きつかれたことがない。
一緒に寝て手を握ったことはあるのに。
心はよくて自分はダメなのか?
そんなモヤモヤとした気持ちが刹那の不満そうな目に表れていた。
「言、妹を世界に取られちゃうんじゃない?」
「そ、そんなことは……あのせっちゃん」
「なに?」
「すみません。心が世界ちゃんを独り占めしちゃって」
「……別に。私は気にしていない」
光・七海・乙女は口に出さないが察する。
絶対に気にしているだろうと。
それだけ刹那の不機嫌なオーラを感じてしまう。
まさに触らぬ神に祟りなしだ。
「こころちゃんも同じ習い事してるんだね。だったらさ、お姉ちゃんの居合の凄さ、こころちゃんが一番よくわかってるんじゃない?」
「うん。でもこころだって負けてないから」
「知ってる。こころちゃんのお母さんに撮影されたものを見たから。凄かったよ」
「そうなんだ。えへへ」
心が照れ笑いをする。
お世辞ではなく世界は本気で言っている。
ここから世界と心でチャンバラをやりそうな空気が漂う。
しかしキッパリと反対をするのが言葉と刹那だ。
「ダメよ心」
「世界、ダメ」
心がふくれっ面で不満を示し、世界は当然かと受け入れる。
あとでトランプの勝負をしよう。
心はそれで機嫌を直し、世界も辛い勉強をするよりは遊びたいのでウィンウィンだ。
数日後、こんを詰めての勉強は効率が悪い。
息抜きという大義名分のもとで世界はお誘いをする。
その相手は刹那。
心の件でご機嫌斜めだったのに瞬時に了承。
世界との時間が過ごせることを良しとする。
「そういえば刹那のお母さん、仕事の都合でパリに短期出張に行くんだって?」
「うん、またしばらくお世話になる」
「刹那ってば水くさい。次があれば私が刹那の家でお世話になりそうだけどね」
「小さい頃からの恒例行事」
「まあ、それはそれとして行きたい所あるんだ」
「どこ?」
「お母さんが働いているラディッシュのレストラン。高校入ったらバイトしてほしいって頼まれているんだけどさ」
「世界、引き受けるの?」
「まだ決めてない。現場を見てから考えたいし。あ、刹那は接客ダメだよね?」
「やらない絶対に」
「知ってる。でもお客として行く分には大丈夫だよね?」
「それならいい」
こうして二人でラディッシュ榊野町店へ向かう。
衣装は可愛くても肌の露出が激しい。
それを目的としたスケベな男たちの客レベルの低さ。
またセットメニューが多く複雑すぎて把握ができない。
選ぶ客も大変だが、店員も対応に苦労をする。
世界と刹那は単品のアイスティーを注文して飲み干す。
もう長居は無用だと会計を済ませて店を出た。
トレードマークの帽子を被ってから世界はため息をつく。
「お母さんには悪いけど無理。バイトは他を当たってもらうね」
「正しい判断」
「刹那やことちゃんにも頼めない。明らかにヤバい感じだった」
「うん」
「事前に口コミを調べたけど、イマイチ評判が悪いのも納得だよ」
手帳に記録をして忘れないようにする。
母からの勧誘は先延ばしにして、タイミングを見計らい断るつもりだ、
現状が改善されない限りは関わらないほうがいい。
その後、二人で夕焼けの砂浜を散歩する。
しばらくして幼い女の子が駆け回って世界にぶつかってきた。
相手が怪我をしないように受け止める。
「すみませーん。こら止、お前走ったら危ないだろ」
「おにーちゃ」
同い年ぐらいの男子との出会い。
親戚の葬儀でいたかもしれない。
なぜか他人のような気はしないが、目の前の幼女を優先する。
同じ目線に合わせるため、世界は膝を曲げて腰を落とし姿勢を低くした。
「初めまして、私は世界」
「せきゃい?」
「うん。お名前言える?」
「いたるだよ」
「そっか偉いねいたるちゃん」
「えらい。えへー」
止が無邪気に笑うので世界はとても楽しそうだ。
見た所は幼稚園児、高く見積もりをしても小学の低学年ぐらい。
幼き頃を懐かしみ、その場のノリで肩車をする。
「きゃはははっ」
大喜びをしてくれて世界は満更でもない。
その間、刹那が止の兄と会話をする。
相手のフルネームは伊藤誠。
年齢が同じで中学は異なるが、受験の志望校は榊野学園である。
「正直驚いたよ。止があんなに懐くなんて。出会って間もないのにさ」
「世界は誰にでも優しい。私と違ってすぐ打ち解ける」
「へえー、もしかして苗字は西園寺?」
「……なぜ知ってる?」
「加藤から聞いたことあるんだ。あ、加藤とは同じ中学でさ。それで他校に仲のいい友達がいるって」
「彼女?」
「ば、バカそんなんじゃないって。加藤とは気楽に遊べる友達だ」
「……」
「なんだよ? 疑ってるのか?」
「べつに。私には関係ない」
「それはそうだけど」
刹那は知っている。
乙女の片想いが伊藤誠であることを。
それが分かるだけの交流があってバレバレだ。
もっとも刹那にはどうでもいいこと。
世界に関すること以外はあまり興味を示さない。
「世界、そろそろ帰るよ」
「えー。私がいたるちゃんなら、もっと遊ぶって駄々こねる所だよ」
「もっとあそぶの!!」
「ほらね」
「伊藤が迷惑するからダメ」
「わかってるって。いたるちゃん、いい子にして帰るならプレゼントするよ」
「ぷれぜんと!? いいこなりゅ!!」
「わかった。渡すから下ろすね」
肩車からおろして帽子を止に被せる。
今はそれぐらいしか渡せるものがない。
アンテナのようなクセ毛が出てしまっても仕方がない。
「世界、いいの?」
「いいよ。帽子はまた今度買えばいいし。ほらいたるちゃん、バイバイできる?」
「うん!! バイバイせきゃい!!」
「はーいバイバイ」
帽子を気に入ったようで被ったまま両手を振ってくれる。
片手でそっと手を振って応じる世界。
そんな温かい光景に、刹那の頬が緩み大いに和んだ。
「それじゃあね。いたるちゃんのおにいさん」
「歳同じだろ? 名前でいいよ」
「あいにく、いたるちゃんと遊んでたから。そっちの名前は聞こえてないんだよね」
「伊藤だよ。伊藤誠」
「文字は? 音だけだと漢字がわかんない」
誠が砂浜で文字を描いてくれた。
世界は忘れないように愛用の手帳にメモをする。
刹那や言葉と違って暗記に弱いから。
そして伊藤兄妹と別れた後で思い当たることを口にする。
「刹那、伊藤誠って乙女の――」
「世界、それ以上は野暮」
「それもそうだね。でも乙女の知らない所で出会ったのマズくない?」
「偶然だから仕方ない」
「それはそう」
人は偶然まで避けられない。
携帯で連絡は取れるのでメールで報告をしておく。
何もやましいことがないから堂々とする。
乙女の片想いを邪魔するつもりは毛頭ない。
むしろ応援しているからだ。