World Days(旧版)   作:完結の陽炎

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ハッピーエンド「居候の平穏」

 刹那は自己犠牲が強い。世界の為なら何でもしようとする。その危うさを考えると迂闊に電話ができない。刹那を大切に思うが故である。

 言葉は頭が良く家庭の環境にも恵まれている。今までも支援を受けて助けられた事に感謝をしている。刹那を任せるのにこれ以上の適任者はいないだろう。そう判断した世界は携帯を手に取って連絡をする。

 

「ことちゃん。ごめんね急に電話しちゃって」

「いいえ大丈夫です。それでどうかしましたか?」

「うん……ことちゃんにお願いがあるんだ。私にとって一生のお願い」

「世界ちゃん?」

 

 不思議そうにする言葉。

 声のトーンからしていつもの世界ではない。

 しばらく間を置いてから世界が口火を切る。

 

「私のお母さん、パリに転勤が決まって、私も連れて行くって」

「えっ……それは世界ちゃんがパリへ引っ越す、ということでしょうか?」

「うん。だから刹那のこと、よろしくお願い。ことちゃんだから頼みたいの」

「待ってください。世界ちゃんはそれでいいんですか?」

 

 それが世界の本心ならば辛くても尊重をする。

 だがそうでないのならば……。

 

「いいわけないよ。でもお母さんの夢を壊したくない。私だけ残りたくても、他に頼れる親戚もいないから無理だって」

「親戚でなくてもここにいますよ」

「え?」

「世界ちゃんは、急激に環境を変えると、体調が崩れてしまうことは存じています。お医者さんからも気を付けるように言われていますよね?」

「うん。環境を変えるときは、時間をかけて焦らず慎重にって」

 

 世界がパリへ行くのは健康面で問題がある。

 引き留めるほうが西園寺親子のためだ。

 それができるだけの切り札を言葉は持っている。

 

「私の家、ご存知だと思いますが空いている部屋があります。小さい頃からよくお泊りに来ている世界ちゃんなら、少なくとも不慣れな海外生活よりも安心できるのではないでしょうか?」

「た、確かにその通りだけど、でも私がことちゃんの家で世話になって大丈夫? ことちゃんの両親、おじちゃんとおばちゃんが許してくれるの?」

「それは大丈夫です。世界ちゃんなら喜んで歓迎してくれます」

 

 世界の母はパリへ行き、世界は言葉の家で暮らす。

 これなら母の足を引っ張らずに済むし、母も世界が小さい頃からお世話になっている桂家なら安心して預けられる。どちらにとっても良い事なので断る理由がない。

 

「お母さんの説得はどうしよう? おばちゃんに任せたほうがいい?」

「そうですね。大人の事情には、同じ大人で説得をするのがいいと思います」

「わかった。パリ行きは急な話で、まだ手続きはしてない状態なんだ」

「それは一刻を争いますね。今すぐに取り掛かりますので、結果は後ほどお知らせします」

 

 事態を重く受け止め、その後の言葉は早急に動いた。

 両親に事情を説明して世界が暮らすことを快諾。

 世界の母との話し合いも特に問題はなかった。

 実際にやってみると呆気ないものである。

 だが、これまでの積み重ねた信頼関係があればこそだ。

 こうして瞬く間に全てを丸く収める。

 それを言葉の口から聞かされた時。

 世界は呆れたようにこう言った。

 

「お母さん、親戚にこだわってたから失念してたって。その手があったみたいな顔をしてたよ、まったくもう」

「世界ちゃんが真っ先に連絡をしてくれたおかげです。もし手続きが済んでいたら手遅れになる所でした」

「じゃあ昼休み、皆で屋上集まって報告しないとね」

 

 後日、その報告を聞いて皆のテンションは上がった。

 よくやったと言葉の手腕を褒め称える七海と乙女。

 あの光ですら今回だけは認めてあげると労う。

 そして刹那は……。

 

「ことぴー、ありがとう」

「きゃっ……せ、せっちゃん」

 

 言葉に抱き着いて感謝を全身で伝える。

 誰よりも喜んでいるのが刹那に他ならない。

 もしパリで世界が病気になったら助けに行けないから。

 まさに命の恩人である。

 ちなみに桂家で最も歓迎をするのは。

 

「わーい!! 世界さんが家で暮らしてくれるなんて、心すっごく嬉しい!!」

 

 心で間違いない。

 世界によく懐いているのでこれ以上にない喜びだ。

 諸々の手続きを完了させて、世界の母がパリへ出立する。

 そして世界は桂家の空いている部屋へ引っ越しを済ませた。

 

「おじちゃん、おばちゃん。これからお世話になります」

 

 初日は歓迎会を開いてくれる。言葉の両親がわざわざ時間を作ってくれた。プライベートの大切なイベントも大切する良きご両親である。

 

「うむ。世界ちゃんは昔から言葉や心と仲良くしてくれて娘も同然。何も遠慮することはない」

「世界ちゃんが女の子じゃなかったら、お父さん絶対に反対していたわね」

「当たり前だ。いかなる事情であろうと、年頃の娘がいるのに男と同居なんぞは断じて認めん」

「いつか言葉にも、そういう人が現れますよ。心にも」

「心は早すぎる!! 言葉だってまだ――」

「はいはい。世界ちゃん、改めて娘たちをよろしくね」

「わかりました」

 

 桂家の風呂場はかつて世界がいたアパートの浴室よりも広い。

 心にお願いをされて背中の流しっこをする。

 そして一緒に湯舟に浸かっての雑談に興じた。

 

「こころちゃん、色々習い事やって大変だね。私はこころちゃんの所みたいにお金持ちじゃないし、体が弱いから居合だけ習って、そこでこころちゃんのお姉ちゃん、ことちゃんと出会ったんだよね」

「おねえちゃん、そのときのことよく覚えてて今でもお話するよ。初めてお友達ができたって」

「もし出会ってなかったら、ことちゃんと知り合うのは榊野学園に入ってからだったかもしれない。中学は別だったし。そうなったら桂さんなんて呼んでたかも」

「えー、なんかそれって変だよ。お友達じゃない感じがする」

「たしかに。だから早めに出会えて感謝してるんだ」

 

 そう締めくくって別の話題を振る。

 心の姉に対して大好きという純粋さ。

 口うるさい時もあるみたいだが姉を大切にしている。

 習い事の多さは、姉も時間に追われて苦労をしていた。

 両親が忙しく家族団らんをする機会は少ない。

 逆にいえば親の監視が少ないので、子どもの視点でみれば気楽ではある。

 

「あと数年もすればこころちゃんは中学生。成長を楽しむ時期だね」

「世界さんの中学ってどうだったの?」

「あはは、勉強が辛いのなんのって。刹那とことちゃんに何度助けを求めたか数えきれない。小学と違って科目があっちこっち増えるからね」

「それじゃあ、高校だともっと大変?」

「そこまで心配しなくても大丈夫だよ。私みたいな物覚え悪い生徒でも何とかなってるから」

「え? 世界さんってそんなに頭がよくないの?」

 

 姉の言葉が聞いたら叱りつける言い方だ。

 決して悪意はない。

 純粋であるが故の疑問である。

 

「成績表やテストの点で数字は出てるからね。それで比べたら刹那やことちゃんよりも私は低い点数だよ」

「でもそれだけで頭悪いってこころ思わない。むしろ世界さんっておねえちゃんよりもスゴイって思う」

「へえー、参考までにどこがスゴイか教えてくれると嬉しいな」

「おねえちゃん言ってたよ。学校でイジメられないように対策をしてくれたって。ほかにも学園祭で悪いことされないように動いたって。ちゃんと考えてるんだから、頭がいいってこころ思うんだ」

「なるほど。こころちゃんは賢いね。確かにそういう意味だったら、私の頭は悪くないって自信もっていいかもしれない」

 

 心にとって世界は憧れの人といっても過言ではない。

 相手の幸せを願い、行動し、結果に結びつけるから。

 やがて入浴が終わりパジャマに着替えて髪を整えた。

 

「こころ、部屋に戻るけどいつでも遊びに来てね」

「ただし部屋はノックしてね、と付け加えると尚良し。忍び込まれたらビックリするでしょ?」

「わあー、ニンジャさんになってみるの楽しそう」

「隠密なんてしたら怒られるってば。昔、それで刹那に怒られた私が言うんだから間違いない」

 

 まさに経験者は語る。

 心を通じて昔の自分を見ているようだ。

 心と別れた世界は言葉の部屋をノックする。

 許可を得てから入るとルームワンピース姿の言葉が迎えてくれた。

 そして寒い夜に温かいレモネードを頂いてホッと一息つく。

 

「すみません。心が一緒に入るってワガママ言っちゃって」

「刹那と一緒に入った小さい頃を思い出せて楽しかったよ」

「心が変なこと言って迷惑かけませんでしたか?」

「大丈夫だよ。こころちゃんと話してみたけど、ことちゃんへのコンプレックスはなく、純粋にお姉ちゃん大好きっ子で安心したね。私でも妬みという感情はあるのにさ」

「いつか心もそう感じる時は来ます」

「もし反抗期があってもそれが成長するってこと。嬉しくあり寂しくもありだね」

 

 寒い時期で人肌のぬくもりが恋しい。

 世界が言葉と肩をくっつけて会話をする。

 特に嫌がる様子を見せず受け入れてくれた。

 

「世界ちゃん、もうすぐ冬休みですね」

「えへへ、宿題と天文部レポートでの協力よろしくです」

「わかりました。でも宿題の丸写しはいけませんよ」

「それは刹那が絶対に許してくれないから諦める」

 

 トホホと落ち込みモードの世界。

 言葉が慰めて話題を変えてくる。

 

「クリスマスは黒田さんのお店でアルバイトでしたね?」

「そうだよ。家業のケーキ販売で人手足りなくて、2名のヘルプ要請あったからね。私と刹那で救援をする予定」

 

 本来なら接客が苦手な刹那がバイトを引き受けることがない。

 愛想笑いもできないから接客が無理だと言っていた。

 クリスマスだけのスポットバイトであること。

 トナカイの着ぐるみで生真面目な刹那のギャップ可愛さで充分だから愛想笑いは不要。

 何かあってもサンタ衣装の世界がフォローをするから安心して仕事をすればいい。

 来年以降なら可憐がいるので、今年だけでいいから光のために助けてほしい。

 そんな世界の頼みもあって、刹那は今回だけということでOKをした。

 

「ことちゃんのクリスマス予定はどんな感じなの?」

「今年は心の要望があってヨットで過ごすことになります」

「おっ、ナイスなボートに乗れて楽しそうじゃない。去年は榊野ビルズにある高級レストランのディナーだったね。一昨年はパリの海外でクリスマスを過ごしたよね?」

「そうなんです。世界ちゃん、よく覚えていますね」

「まあね。ヨットで貸し切りなら人混みが苦手なことちゃんも大丈夫。そんなこころちゃんの気配りが混ざっているんじゃない? クリスマスって大抵どこも混雑するし」

「そう……でしょうか?」

「お姉ちゃん思いの優しい妹、子どもっぽく見えて実は思慮深い。将来が楽しみだね」

 

 第三者目線としての客観的な分析。

 言葉からだと姉目線という主観がどうしても入る。

 相手に共感をして理解をする世界。

 心が世界によく懐くのはそういうことかもしれない。

 

「そういえば、田中が復帰しても刹那との進展は全く無いんだよね。刹那はあくまで同じ委員としてしか見てなくて。田中の気持ちは……ことちゃんもわかってるとは思うけど」

「はい。田中さんがせっちゃんを見つめているのを何度か目撃しています」

「想うだけでは伝わらないよって田中にアドバイスはしたけどね」

「田中さんには世界ちゃんがお似合いだと、せっちゃんは仰っていました」

「なんか押し付け合いになってるね。いっそのこと、ことちゃんが田中と仲良くなる? 同じ委員で接点あるでしょ?」

「そ、それはちょっと……」

「冗談よ。別に田中が悪い訳じゃないけど、ことちゃんは男の人苦手だもんね」

「は、はい……」

「ことちゃんはそのままでいいんだよ。話ができるなら特に支障もないでしょ」

「そう言って頂けると救われます」

 

 男の人に触れられることに生理的な恐怖を感じる。

 無意識にも防衛本能が働く。

 でも物理的な接触がなければ男性との会話は可能だ。

 

「ところで、今度いたるちゃんと一緒に絵を描く約束をしたんだけど」

「伊藤さんの妹さんですか?」

「そう。いたるちゃんはクレヨンで線のタッチを描くのが上手くてさ。それで私は塗りで手伝ってみようかなって思ってるの。でも塗るのってクレヨンだと固くて難しいんだよね」

「オイルパステルが塗りに適しているといいます。商品の名称でいえばクレパスです」

「へえーそうなんだ」

「私のお古でよければ差し上げますよ」

「じゃあ遠慮なく頂戴するね。あ、もしいたるちゃんが欲しがったらあげてもいい?」

「もちろんです」

「学校の美術で、ことちゃんって普通に絵が上手いけど、習い事で絵を描いてたよね?」

「たしなみ程度です。お父さんから幅広く学び、視野を広げ、人生の選択肢を広げるように教えられました」

 

 実に良き父で世界にとっては羨ましい限り。

 だからといって生まれを否定するつもりはない。

 刹那と出会い、言葉とも仲良くなれている。

 それだけでも充分に生まれて良かったと思えることだ。

 

 乙女を通じて止が遊びに来る日時を把握。

 伊藤のマンションに彼女の乙女が来て伊藤が対応している。

 止は伊藤のマンションに来ることはできるが、世界が最寄りの東原己駅まで会いに行く。

 一人で出歩かせることへの是非は問わない。

 それは家庭によって安全と危険の判断基準が異なる。

 世界は自分が駅で会いたいと思ったからするだけだ。

 事前に乙女を介して伊藤にも伝えてある。

 

「せきゃい!!」

「やっほーいたるちゃん、元気にしてたかな?」

「いたるはげんきだよぉ」

 

 お互いに帽子を被り、世界はしゃがみ目線で話す。

 太陽のような明るい笑顔に癒された。

 ここで世界は子ども心にある気まぐれを直感。

 真っ直ぐに伊藤のマンションには行かないと予想をする。

 子どもは好奇心の塊だ。

 冒険心から寄り道をするに違いない。

 だから迷子にならないように気を付ける必要がある。

 

「ねこぉ!?」

「鳥」

「おはな!!」

「車」

 

 しりとりをするかのごとく軽快なノリだ。

 これらの要素がお絵かきのネタにもなる。

 

「お絵かきは塗り塗りで、いたるちゃんのお手伝いするね」

「ぬりゅの?」

「そのためにクレパスというアイテムを持ってきたのだよ」

「くれぱ?」

「ふふーん、後のお楽しみ。さあお兄ちゃんのマンションはもうすぐかな? かな?」

「こっち」

 

 車道側に立って止の保護者をする。

 いつも刹那に守られているが、今回は世界が止を守っている。

 逆の立場をやることで、刹那の気持ちを味わうことができた。

 

「ここだよ」

「よっしゃあ、善は急げ。レッツゴー!!」

「ごー!!」

 

 エレベーターで5階に来て、伊藤の表札がある部屋へ到着。

 インターフォンに手を伸ばすが途中でストップ。

 少し思う所があり、手を引っ込めて一歩下がった。

 

「せきゃい? おさにゃいの?」

「いたるちゃんに押してもらおうと思って。お願いしてもいい?」

「いいよぉ!!」

 

 幼い止は呼び鈴のボタンに届かない。

 だからジャンプをして押すを三回繰り返した。

 

「ポチポチ押すの、楽しかった?」

「うん!!」

「だよね。私も小さい頃、ポチッと押すの楽しかったから」

 

 しばらく待つとガチャとドアの開く音。

 そこから伊藤が出てきて、その後ろに乙女が控えている。

 

「西園寺、時間が掛かったようだけど道に迷ったか?」

「いたるちゃんとの散歩を楽しんでいたからね。可憐のゲームにある、パーティーを組んで冒険をするイメージよ」

「それは楽しそうだな」

「それより、いつまで私といたるちゃんをお外に立たせるの?」

「おっと悪い。とりあえず入ってくれ」

「お邪魔します」

「しまーす」

「……妹なのに、ただいまと言えないのは悲しいね」

「西園寺……」

「せきゃい、かなしーの?」

「んにゃ、へっちゃら。いたるちゃんの笑顔を見て元気百倍だよ」

「えへー」

 

 伊藤も止におかえりと言ってあげたいのだろう。

 親の都合で離れてしまった兄妹の悲劇。

 過去はどうにもならないので今を楽しむ。

 できることをやるしかない。

 クレヨンの止にクレパスの世界。

 線のタッチで、猫・鳥・花・車を描く止。

 寄り道で見たものをモデルにしているようだ。

 描かれた絵を線の色に合わせて塗る世界。

 クレパスに興味津々の止に使ってもらう。

 序盤のクレヨン描写で体力を消耗する止。

 それでも気楽に塗れるクレパスを気に入った。

 

「いたるちゃんがいい子になるならプレゼントするよ。お兄ちゃんの言うことを聞けるかな?」

「きく!! いいこになりゅの!!」

「オーケー。証人は乙女と当事者である伊藤で」

「相変わらずお人好しだね世界は」

「いいのか西園寺?」

「いたるちゃんが使ってくれたほうが有意義だから全然OK」

 

 クレヨンは硬くて折れにくいから線描しやすい。

 クレパスは柔らかくて折れやすいが面描しやすい。

 人に向き不向きがあるように、物にも向き不向きがある

 世界は使い分けを止に教えてみた。

 前半は全力でクレヨンを用いて線を描く。

 後半は余力でクレパスを用いて面を塗る。

 こうすることで時間をかけて楽しく絵が描ける寸法。

 とことん遊びたい止の気持ちに寄り添うやり方だ。

 そして遊び疲れての昼寝をするのは必然であった。

 

「伊藤、いたるちゃんが風邪ひかないように、毛布でもかけてあげてよ」

「そうだな。ちょっと持ってくるよ」

「さてお開きってことで、私はそろそろ帰るね」

「世界、帰っちゃうの?」

「私も回復するために帰って休まないとね。それに恋人同士の時間を邪魔したくないし」

「またそうやって……ホント世界はいつもそうだね」

「あ、もし止ちゃんが起きて私がいない事で泣き出すなら、今度また遊ぼうねって伝えて。次があれば、それを楽しみにいたるちゃんは頑張れると思うから」

「わかった。伝えておくよ」

 

 時が過ぎて冬休みが始まった。

 宿題と天文部のレポートを理由に刹那が泊まりに来る。

 居候をしている世界を独り占めにできる言葉。

 それを刹那がズルいと言ってしまう。

 

「せっちゃん安心してください。私は世界ちゃんを取ったりしませんから」

「……」

「いつでもお泊りに来ていいんですよ。私の両親は、せっちゃんも娘みたいに思っています」

「……考えておく」

 

 刹那は素直になれない。

 嫉妬をしていることに疑いの余地がない。

 するとお手洗いから戻った世界が刹那のほっぺを触る。

 

「世界、冷たい」

「うわ、反応低いね。刹那をビックリさせようと、わざわざ冷たい水で手洗いしたのに。あ、ぷにぷにしてて柔らかい」

「私のほっぺ、世界のオモチャじゃない。蹴るよ」

「きゃあ、助けてことちゃん」

 

 不思議と刹那の機嫌が良くなる。

 世界が傍にいることでモヤモヤとした気持ちが晴れてしまう。

 そんな二人の温かい関係を言葉は優しく見守った。

 

「こころちゃんとお喋りした時にテレビドラマの話題があってね。寝取りだの修羅場だの、いわゆるドロドロのサスペンスだね。私のお母さんが好んで観る番組を知っててビックリ。ああいうのって、親が観るなって注意すると、好奇心のある子どもは逆に観てしまうものなんだよね」

「お恥ずかしい。私も注意はしていますが、反発して逆効果になるようで」

「でも放っておくのはダメ。調子に乗ってさらに悪化する。私の目の前にいる世界みたいに」

「うるさいよ刹那。私はそういう番組が嫌いなの知ってるでしょ?」

「知ってる」

「刹那は平気だよね。推理小説でいかにも殺人の動機でありがちだし」

「それはほんの一部。人間の罪深い闇は幅広い」

「とにかく、こころちゃんは善悪の区別がついているようで、ああいうのは絶対にマネしない反面教師で学んだらいいよ、と私はアドバイスしたよ。ほら私と刹那って母子家庭で、お父さんが浮気してるというドラマが現実になったような事情があるから。説得するだけの材料はあるんだよね」

 

 心は家族を大切にしている。

 悪い事をマネして家族を泣かせるようなことはしない。

 だから説得をするのはそう難しいことではない。

 心の好奇心自体は学ぶ力になるため否定をしない。

 ただ自分がされて嫌なことがあるように、相手にも嫌なことがある。

 相手が嫌だと感じることをしないように心掛けるのが望ましい。

 

「こころちゃんは吞み込みが早くて理解力あるから特に問題ないよ。人の家庭のことだから叱るなとは言わないけど、個人的には姉妹が喧嘩するよりも仲良くしている姿を見たいね。こころちゃんも同意していたよ」

「私も家族と仲良く過ごしていきたいのは賛成します」

「まあ、刹那がやってるみたいに叱る必要がある時は叱ればいいよ。ちゃんと後で仲直りできるならね」

「はい……そういえば、世界ちゃんはせっちゃんに叱られても喧嘩をしませんね」

「そもそも喧嘩ってお互いに譲れない事のぶつかり合いじゃない。どっちかが譲れば喧嘩なんて起きないものだよ」

「それだと世界ちゃんが我慢をして譲り続ける事になるのでは?」

「ならないよ。普段、私がお構いなしにやりたいことを刹那に押し付けて助けてもらってる形だから。叱るのは私のためを思っての事だし。それで発散されてるからバランスが取れてるって訳」

「なるほど。参考になりました」

「ま、どうしても譲れない同士で喧嘩になったら、親とか信頼できる人に仲裁してもらえば大丈夫だよ」

 

 言葉と世界が会話をしている間。

 割り込むことなく静かに世界を見ているのが刹那だ。

 必要以上には喋らず、話しかけないと無言となる傾向が強い。

 そこで世界の悪戯心が芽生えて、刹那に不意を突くような睨めっこを仕掛けた。

 笑わせようと変な顔をしてみたが、刹那は何も動じずに無表情である。

 近くで見ていた言葉がクスッと笑って反応はしてくれたが。

 

「あーダメ。小さい頃にもやったことあるけど、相変わらず睨めっこ強いね刹那は」

「どんな顔をしても世界に変わりない」

「もう、女の私を口説かないでよ。そういうのは好きな男としなさい」

「そんな人はいない」

「誰とは言わないけど、片想いの男子は気にならないの?」

「全く興味ない」

 

 無関心の刹那は一切のブレがない。

 そういう一貫性のある所も好きだと世界は思う。

 自分にない個性の強さを感じられて魅力的に見えるから。

 

「世界こそ、伊藤と乙女、澤永と光の仲を取り持った。むしろ世界のほうが首尾一貫している」

「お母さんみたいな寝取りはしないという反抗心よ。こころちゃんに教えた反面教師は、経験者としてのアドバイスだから」

「おばさんのこと嫌い?」

「正直言わせてもらうと人としては好きになれない。でも親としては女手一つで頑張ってくれてそこは嫌いになれないよ。だから娘としてはお母さんに余計な苦労させたくないって思うの」

「世界が体調管理に気を付けるのもお母さんのため?」

「それは考えすぎ。単純に自分のためよ。具合悪くなって辛くなるのは私自身だし」

 

 同じ母子家庭の刹那は世界の気持ちが身に染みてわかる。

 言葉は思わず涙を流して同情をしてしまう。

 自分がどれだけ恵まれているかを理解したようだ。

 

「もう泣かないでよことちゃん。私はことちゃんに凄く感謝してるんだよ。おかげで私とお母さん、それぞれ自分のやりたい事を自由にできる環境になった。遅かれ早かれ親離れはするつもりだったから万々歳よ」

「世界ちゃん……」

「世界は強い。おばさんがいなくなっても寂しいと思ってない」

「私には刹那たちがいるからね」

 

 泣いてる顔よりも笑顔がいい。

 世界は慰めるように言葉を正面からギュッと強く抱きしめた。

 しばらくそのままでいてから涙が止まったのを確認。

 そっと離れて言葉の笑顔を取り戻したが、逆に刹那が不機嫌になる。

 放置すると面倒なことになるので世界は言い訳をするが。

 

「普通に慰めればいいのに、ことぴーを抱きしめる必要がどこにある?」

「そのほうがお手軽簡単。ズボラな私の性格を舐めないように」

「威張るな」

「それはそうと、ことちゃんを正面で抱き締めると圧迫するほど胸が当たって、同じ女としては何とも言えない気持ちになるよ。光だったら間違いなくキィーキィー喚くだろうね」

「そ、そう言われましても」

「ことちゃんは居合をやってたこともあって隙を見せないから。後ろから抱き着かれるのは抵抗あるだろうし」

「そんなこと、世界ちゃんなら別に」

「長い髪をブラッシングしてあげて、その流れで後ろから抱きつく方法はあったけど、手元にブラシがないしすぐに泣き止む方法でもないからね」

 

 そう言いつつ世界は自然に刹那の背後に回って抱き着く。

 こういう事ができるのは刹那だけだ。

 刹那も嫌がることなく受け入れてくれていた。

 

 日付が流れて雪が舞うホワイトクリスマス。

 ミニスカサンタの世界とトナカイの着ぐるみをした刹那。

 光の指示により外に出てビラ配りを行なった。

 それが終わり少し休憩を挟んでから、店内でケーキ販売を手伝う。

 ケーキの箱詰めをして注文をしたお客さんに渡す。

 レジの会計をして現金の場合はお釣りを渡す。

 店内および店の前の掃除をする。

 忙しく業務をこなしていると見知った客が訪れる。

 

「いらっしゃいませ。伊藤、いたるちゃん、乙女」

「あ、ああ――って乙女、なんで俺の頭叩くんだよ痛いじゃないか」

「誠の目がやらしい。世界のふとももジロジロ見過ぎ」

「せきゃい、ケーキかうの」

「おつかいできて偉いね。ねえ光、ケーキのトッピングサービスしてもいい?」

「少しならいいよ。まったくこっちはバイトなのに、加藤はイチャイチャ見せつけちゃってさ」

「そっちに当たっても仕方ない。真面目に仕事する」

 

 刹那に言われてキィーと歯軋りをする光。

 機嫌を取り戻すのは、澤永が姉のパシリでケーキを買いに来た時だった。

 その次に来たのは七海。

 彼氏がバイトで忙しいからと断られてやけ食い用のケーキを求めた。

 最後は乙女の妹である可憐。

 受験勉強の息抜き用に甘いケーキを購入しに来た。

 こうして忙しい時間を乗り越えた後。

 着替えを済ませて帰りの電車に乗り、刹那が住むマンションの最寄り駅へおりる。

 その帰り道を白い息を吐きつつ、世界と刹那は肩を並べて歩く。

 

「ことちゃんがいなかったら、どちらかがパリに行ってしまって、こうして一緒にクリスマスを過ごせなかった。ホントことちゃんには頭が上がらない」

「……あの時、世界は私じゃなく、ことぴーを頼って電話した」

「うっ……」

「世界の一番はことぴー。私じゃなかった」

「あ、あれは仕方なかったんだよ。刹那は絶対に自分が身代わりになるから。あの手この手使ってさ。そしたら刹那がパリへ行っちゃう」

「わかってる。世界の判断は間違っていない。二人ともパリへ行かないようにするには、ことぴーでないと解決できなかった」

 

 頭でわかっていても感情は別である。

 言葉に深く感謝をしているが、それはそれとして世界に頼られなかったことが悔しい。

 世界と一緒に暮らす言葉が羨ましくてたまらない。

 

「せっかくのクリスマスだし、刹那のヤキモチを治すために、私にできることなら何でもするよ。それで刹那の機嫌が良くなるなら叶えてみせるから」

「……ホント? 今、なんでもって言った?」

「できることでね。それで刹那の欲しいものとか願い事とかってない?」

 

 刹那の思考が駆け巡っていく。

 言葉よりも特別でありたい。

 世界との関係をもっと深く、もっと近くで感じたい。

 その証明となるものを欲して小さい頃からの望みを引き出す。

 

「せっちゃんと呼んで」

「それ認めると、刹那がせかぴー呼びするのがわかってるから却下だよ。私のできない範囲に含まれるから」

「大丈夫。私からは……」

「刹那?」

 

 刹那が世界の正面へ回って向き合う。

 それにより世界の足が止まって見つめる。

 顔を俯き、手をモジモジしたり、自分の髪を触ったりで落ち着きがない。

 あの刹那が照れている?

 長年の幼馴染である世界から見ても珍しいことである。

 

「私からは、お……お……おね……」

 

 途中で遮るような野暮な真似はしない。

 頑張れと心の中で応援をして見守る世界。

 そして……。

 

「おねえちゃん」

 

 言葉への嫉妬から今まで封印をした感情が溢れている。

 親友だけでは足りない。

 それだと言葉に敵わないから。

 今ここで世界はどのように返事をするのか?

 顔を下げたまま不安で瞳を揺らす刹那。

 その顎を上げさせたのが世界。

 左手を刹那の肩に乗せ、右手で刹那の顎に添えている。

 至近距離となり、真剣な顔立ちで答えた。

 

「二人っきりの時だけ。誰にも言わない。この二つを約束できる?」

「約束する。二人だけの特別な秘密」

「他の人がいる時は今まで通りの呼び方で。理由は言わなくてもわかってるよね?」

「うん、わかってる」

 

 世界が少し離れて周りを見渡す。

 誰も見ていないことを念入りに確認。

 そして先に呼ぶのは……。

 

「せっちゃん」

 

 世界からだ。

 腹違いとはいえ、妹に先を越されたくない。

 姉としての意地がそこに込められていた。

 

「おねえちゃん」

 

 呼ぶ側と呼ばれる側。

 どちらも照れてしまっているが気持ちは満ち足りた。

 寒くなっているので、今回は世界が姉としてリードをする。

 こうして二人だけの秘密な時間を過ごしていった。

 

【END】

 

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