World Days(旧版) 作:完結の陽炎
とある休日の昼前。
世界の携帯に乙女からの着信があった。
誠の妹である止が世界を気に入り、また会いたがっている。
止と遊ぶのは楽しいので、それだけなら一向に構わない。
だが他の問題点があるので、世界が出す答えは決まっていた。
「遠慮するよ。いたるちゃんは乙女が代わりに遊んであげて。伊藤の好感度を上げるチャンスだよ」
「なによもう、変な気を遣わないで」
「私、光の片想いを把握してるから。ダブルデートで距離を縮める作戦ができるけど乗ってみる?」
「し、しなくていいって。私は黒田さんとあんまり喋らないし」
「だったら七海がお勧めだね。バスケ繋がりで話も合うでしょ?」
「え? 甘露寺に好きな人いるの?」
「ふふふっ。この世界さんの情報網を甘くみないように。それでどう?」
乙女は受験を言い訳に逃げの一手。
別に無理強いはしない。
各々の都合もあるので本件はお流れとなった。
そして電話を切り、お昼ご飯を作るつもりだが……。
「あー、貧乏って辛い」
母が飲食店の仕入れ先からパンの耳を頂戴している。
それでスティックタイプのフレンチトーストに仕上げた。
冷蔵庫にある残り少ない食材を使い、もやしとわかめの中華スープを添える。
急須に入れたままの安い茶葉を再利用してお湯を注ぐ。
三回ぐらいまではお茶の味がして飲める。
もはや昼食というよりも、おやつといったほうがいい。
それを食べ終えて片付けが終わった頃。
インターフォンが鳴って覗き穴を確認する。
ドアの向こう側に刹那がいたので開けて迎え入れた。
「せっかく来てくれたのに悪いけど、今はお母さんの給料日前で大したもてなし出来ないよ。インスタントの紅茶もコーヒーも切らしてるし、お茶の葉も残り少なめで使い回してるから」
お茶の出涸らしを振る舞うのは申し訳がない。
それならまだ白湯を作る方が健康的でマシだ。
刹那はお見通しのようで何もいらないと首を振る。
「そんなことより世界、ちゃんとご飯食べた?」
保護者のような問いかけだ。
まともな食事をしていない。
それを気に掛けて来たのだろうと世界は察した。
「ちょうど食べ終わったところ」
「なに食べたの?」
「パンの耳で作ったフレンチトースト、もやしとわかめの中華スープ」
「朝は?」
「おにぎりと漬物」
「……食費をケチったらダメって前に言ったよね?」
「そうはいっても、光熱費の節約も限界があるから」
世界の母は夢がある。
それはパリで自分の店を持つこと。
そのチャンスを掴むため、派手にお金を使い込む時がある。
未来に向けて必要な投資らしい。
ふと世界は不安になる。
母はちゃんと貯金をしているのだろうか?
自転車操業でその場しのぎをしているように思えてならない。
娘としては流石にそこまで酷くはないだろうと信じたいのだが……。
「栄養が偏って病気になったらどうするの? 以前、一日一食だけにして倒れたことあったよね?」
「あの時はダイエットのつもりだったの。なんか貧血みたいな眩暈がしちゃって。だから今は反省して三食してるよ」
その時の刹那がどれだけの心配をして叱り付けたことか。
こうして確認に来るのも、そういった世界の無茶が過去にあったからだ。
育ち盛りの成長期になるため、過度な減量はより危険を伴う。
「今日の夕飯は何を食べるつもり?」
「冷蔵庫に残っている玉ねぎでスープにしてパンの耳をかじる。米は残り少ないから明日の弁当まで耐え忍ぶ」
今は中学3年生でバイトをすることができない。
限られた家計のやりくりで節約に徹するしかない。
親の夢に子が巻き込まれて苦労をしている。
それを長年ずっと一緒にいる刹那は見逃さない。
「今日は私の家で食べなさい」
「うん、ありがとう刹那。明日にはお母さんの給料入ってくるから」
「明日の朝ご飯とお弁当も私が作る」
「ホント助かるよ。このままだと明日の朝がパンの耳と牛乳、昼は梅干しの日の丸弁当にふりかけのみになる所だったから」
それを聞いた刹那の表情はとても悲しげである。
あまりにも可哀想だと同情をしたのだろう。
こんなことは二度と繰り返してはいけない。
「世界、こうなる前に私に言って」
「私は言ってもいいんだけど、家のお母さん見栄っ張りだから。ライバル意識を燃やしている刹那のお母さんには、何があっても絶対頼ろうとしないんだよ。ほかに頼れる親戚も友達もいないのにね」
「おばさんの事情に世界は関係ない。手遅れになる前にちゃんと私を頼って」
「わかった。あ、その前に一つだけ確認しておきたいんだけどいい?」
「なに?」
「刹那の家庭は私の所みたいに貧乏な生活してないよね?」
「当然。私のお母さんは家計のやりくり上手。おばさんみたいに無茶なお金の使い方はしない」
「それを聞いて安心した」
プライドだけで飯は食えない。
だから刹那に感謝をして助けてもらう。
あくまで母同士の競争であって娘は関係ない。
世界のアパートと刹那のマンションは徒歩圏内の近所にある。
刹那の食卓で充実した食事にありつけることができた。
世界が素直にお礼を言ってからアパートへ戻る。
夜中に刹那の母が帰って来た。
そして娘から世界の切羽詰まった家庭事情を聞いて驚く。
「それ本当なの刹那? 世界ちゃん、そんな苦労してるの?」
「うん。お母さんは知らなかったと思う。おばさんはお母さんをライバル視して絶対に頼らないから」
「お店の賄いで食費を浮かせているのは知っていたけど、まさか娘の世界ちゃんが巻き込まれているなんて」
「次から私を頼るように言って、世界は約束をしてくれた。お母さん、世界を助けていいよね?」
「勿論よ。それは刹那の判断が正しいわ。お金の事は気にしなくていいから、世界ちゃんを助けてあげなさい」
給料日前に自己投資をする世界の母。
それは来月以降も行なわれてしまい、世界の食生活が悲惨なことになるため、刹那が料理の腕を振るって助けるようになった。
刹那の母がいくら厳重に注意をしても、その場では反省をするのだが、次の日になったらケロッと忘れてしまうのが世界の母である。
ストレスを抱え込まないための処世術といえば聞こえはいいが、改善ができない欠点を持っており、人は変えられない典型例ともいえる。
その点、世界は親を反面教師にして、刹那との約束を守り、失敗をしても次に活かす。
そんな世界だからこそ、清浦親子は見捨てずに助けてくれるのである。
習い事で居合の道場に通っての稽古。
作法の基本を忠実に、気を引き締めて安全な操刀をする。
慣れた頃が一番危ないので慢心は禁物だ。
そして微塵の油断もせず、緊張感を保ち、精神が鍛えられていく。
「世界ちゃんお疲れ様です。以前より姿勢が良く、振りも自然な流れができて綺麗でした」
「ことちゃんお疲れ。ことちゃんは相変わらず凄まじい踏み込みと抜刀の振り抜きだね。以前より更に迫力が増してるじゃん。カッコイイお姉ちゃんにこころちゃんが大喜びするよきっと」
「そんなことはありません。心は私よりも世界ちゃんを気に入っていますから」
「一応言っておくけど、私がこころちゃんを取ったりなんてしないから安心してね。なんか七海が変なこと言ってたみたいだけど」
「わかっています。七海さんの楽しい冗談ということですね」
「楽しいかどうかは人それぞれじゃない? 刹那は機嫌悪かったし。ま、一緒に出掛けて刹那の中にある悪魔なんて吹っ飛ばすけどね」
ここで世界は改まってお礼を伝える。
いい病院を紹介してくれたおかげで健康管理がしやすくなったから。
処方された薬の効果もあり日常生活に支障がない。
体育で保健室送りだったことも、今は見学ができる程度に落ち着いている。
「貧血になりやすいから。眩暈とか眠気とか、気を付けないといけないけどね」
「体の時期は安定していますか?」
「うん。大体のタイミングが掴めてきたから備えやすくなったよ」
「お力になれて良かったです。また何かあったら相談に乗ります」
「ありがとう。それはそうと、ことちゃんは人目を引くほど美人になって、それで男子に注目されて怖く感じてない?」
「そんな美人だなんて……でも世界ちゃんにはお見通しなんですね」
「長年の幼馴染を甘くみないように。男が怖いって気配がバレバレだよ」
居合をやっていることで余計にわかりやすい。
恐い相手には明らかに間合いが遠い。
攻撃を受けないための距離感で隙がない。
「近くならスタンガン、遠くなら催涙スプレーで護身でもするの?」
「実はお父さんが心配をして、実際に持たされています」
すぐに取り出すため、鞄の中またはポケットに忍ばせている。
可愛いアクセサリーのようなデザインで大げさな外観ではない。
他にも防犯ブザーや目くらましライト等もあって豊富だ。
「世界ちゃんもどうですか? 言ってくだされば、こちらで用意します」
「うーん、あんまり数が多いとね。どれ使うかで迷っちゃう」
「確かにそうですね」
「普段使っているもので身を守れたらいいよね。ペンとか」
「タクティカルペンですね。それならこちらです」
胸ポケットにも差し込める耐久性の高いシンプルなペン。
普段は筆記具として使えるが、ペン先で刺せば、その痛みで怯ませるほどの威力を持つ。
さらにフラッシュライトも備わっており、遠距離の目くらましにも有効だ。
オーダーメイドの特注品である。
「私がもらっていいの?」
「はい。これで少しでも世界ちゃんの身の安全に役に立ってくれたら幸いです」
「ありがとうことちゃん。大切にするね」
物騒な世の中では用心をするに越したことはない。
世界の自衛はこれでいいが、刹那の自衛に不安がある。
一日中ずっといる訳ではないので、その時に狙われたら助けられない。
それを心配して刹那に会い、護身に関して意見を述べる。
「刹那が独学で護身術を会得――ってよく考えるとそれって異常だよね? 小学生の頃は特に気にしなかったけどさ」
「そう? でも世界を守るために覚えた」
「まあそれはいいよ。でもね刹那、居合をやっている立場から言わせてもらうけど、リーチ差のハンデはとてつもなく大きいんだよ。武器を持った相手に素手では危険すぎるからね」
「うん」
「だから刹那もことちゃんに相談をして、護身用のアイテム貰っておきなよ」
「わかった」
後日、世界に言われるままに言葉から受け取る。
刹那が選んだのは、スタンガンと催涙スプレーだ。
近距離用と遠距離用の両方を手にして万全とする。
「これで世界を守る」
「そこは自分の身を守ってよ」
言葉が微笑みを浮かべて二人を見る。
とても仲が良く互いを大切にしていることが伝わる。
まるで姉妹のようだ。
そのキーワードを言葉が口にした途端。
世界と刹那の表情が固まってしまう。
「世界ちゃん、せっちゃん? どうかしましたか?」
事情を知らない言葉に何と言えばいいのか?
二人は目を合わせる。
信頼ができる言葉になら話してもいいのではないか?
先にこくんと頷いたのは世界。
それならばと刹那の口から切り出す。
「ことぴー、私たちの秘密、特別に教えてあげる」
「え?」
「ただし誰にも言わないって約束して」
「あ、はい。誰にも言いません」
淡々とした口調で刹那が説明を始める。
世界とは腹違いの姉妹で半分だけ血が繋がっている。
父の浮気で母子家庭になっていることも伝えた。
そんな重い家庭の事情に言葉の顔色が変わってしまう。
「ご、ごめんなさい。そんな事情とは知らず、軽はずみに姉妹なんて言ってしまって」
「ううん、ことぴーだから話したの。世界もそれでいいって」
「私と刹那で話し合い、これからも親友でいるつもり。秘密にする理由は、周りに知られると浮気の子どもとして嫌な思いをするからだよ」
「わかりました。決して誰にも言いません」
辛い事を思い出させてしまって申し訳ない。
同時に信頼を寄せてくれていることが嬉しい。
それを裏切ることを言葉は断じてしない。
加藤乙女は伊藤誠に片想いをしている。
同じ中学にいる伊藤は誰とも付き合っていない。
姉を悪者にしないために可憐が上手く立ち回った。
恋敵になりそうな女子と仲良くなり、他の男と上手くやれるように仲人をしたり、趣味や将来の夢に集中させるように支援をする。様々な手を打ち、他の幸せを手にするように誘導をすることで禍根を残さない。
「お姉、世界さん警戒しなくていいの?」
「警戒も何も。逆に私が応援されちゃってるんだけど?」
「お姉は甘すぎる。そうやって油断させる作戦かもしれないじゃん。友達だと思っていたのに裏切って略奪なんてよくあるんだよ。それで私、今までどれだけ苦労してフォローに回ったか」
「そうは言ってもね、じゃあどうするつもり?」
「私に任せて。今まで通り上手くやるから」
「……時々、アンタが私の妹か疑いたくなる」
「うわーお姉、それはひどいよぉー!!」
可憐の定石は変わらない。
まずは恋敵の可能性がある世界と仲良くすることだ。
幸いにも連絡先の交換をしているのでメールのやり取りで牽制。
すると世界から積極的に電話があり思わぬ反撃を食らう。
「ねえ可憐、伊藤のこと好きでしょ?」
「っ!?」
「あーやっぱりね。姉を支えているみたいだけど、自分で伊藤の彼女にならないの?」
「……私の気持ちを見透かすなんて、やりますね世界さん」
「私は伊藤の彼女が乙女でも可憐でも、どっちでも応援するつもりよ。やるならコソコソせず、正々堂々と姉に宣戦布告をしたほうが後腐れないと思う」
「まあそうですね。お姉がウジウジと先延ばしにするようならそうします」
「よかったら、これまでのこと詳しく聞かせてよ。力になれるかもしれないから」
可憐は愚痴をこぼすように苦労話を打ち明ける。
世界が共感をして適度に相槌を打ってくれた。
この時点で他の裏切り女子と違うことがわかってしまう。
「可憐のやり方が気に入った。相手が幸せなら私も嬉しい。そんな私の考え方と似ているし、とっても参考になった。まさに可憐は私の師匠だよ」
「ちょ、ちょっとやめてください!! 師匠なんて恥ずかしいです!!」
「私よりも賢いよ可憐は。見習う所があってマジで勉強になった」
「いやーホント参りました。こりゃあお姉が警戒しなくなる訳です」
「逆に警戒してくれていいよ。むしろ私を疑ってかかって来なさい。一生をかけ、応援する形で証明してあげる。とりあえず乙女と可憐、私はどっちを応援すればいい?」
自信満々に言ってくれる。
その頼もしさに可憐は完全に参ってしまった。
もし世界が男だったら確実に惚れている。
「今の所、お姉でお願いします。私は煽り役に回るつもりなんで」
「なるほど、宣戦布告はする訳ね了解」
「そうしないとお姉は奥手なんで。ライバルはいたほうがいいんですよ」
「なるほどね。来年、お姉さんは榊野学園を受験するよね?」
「はいそうです」
「今は同じ中学で可憐が上手く支えてるけど、乙女が榊野学園に入ったらそれが出来なくなるよね?」
痛い所を突かれてしまった。
それで可憐が悩んでいるのも事実である。
再来年にならないと榊野学園へ受験ができない。
それまで姉のフォローが無理となるので困ってしまう。
「私にとっては乙女の恋を応援するチャンスという訳ね。ま、私が榊野学園に入学できたらの話だけど」
「世界さんが私の代わりにお姉を支えてくれるんですか?」
「任せて。でも可憐が私を疑うのも無理はないからね。不安になったら遠慮なく私へ連絡よこしなさい」
「普通、疑われたら怒るものですよ」
「逆の立場で考えたら、可憐の苦労してきた気持ちがわかるから別に怒らないよ。むしろ一人でよく頑張ったと可憐を心底褒めたい」
頑張りを認めてくれたことが嬉しくて可憐は泣けてしまう。
一人で背負い込むな。
そんな世界の思いやりが身に染みて心が温まる。
「世界さんはセンパイのことどう思ってますか?」
「伊藤のこと? 可憐と乙女には悪いけど、私個人は全く興味がない」
「ハッキリしていますね」
「それも含めて、仲人役で証明をしてあげるから楽しみにしてなさい」
「はい、楽しみにしています」
それから時は流れて榊野学園の入学式。
誰一人欠けることなく合格を果たした。
指定の制服に身に纏っての出席。
ここでトラブルが起きてしまう。
アホ毛のある世界と低身長の刹那。
この二人をからかってイジメをする男子二人組が現れたのだ。
たとえ相手が強面であろうと、逆立つ髪型の吊り目であろうと、長身であろうと関係ない。
クセ毛のことは我慢をしても、刹那への侮辱は許さない。
タクティカルペンを隠し持ち、刹那を庇うために前へ出る。
居合をする時の鋭い目で、男子たちとの間合いを縮めていく。
すでに刺し違える覚悟ができており、命を懸ける古来の武士を思わせた。
「世界ダメ」
刹那が抱きついて止めに入った。
その直後、七海と光、言葉と乙女が駆けつけてくれる。
刹那から事情を聞き、イジメの男子二人へ容赦のない非難を浴びせていく。
苛烈に叱り飛ばす七海と冷徹に批判をする言葉。
男二人の精神は一気にズタボロとなり、女子の集団を敵に回す。
二度としないと約束をさせての謝罪となるが、この騒ぎはあまりにも大きくなり過ぎた。
学園長の耳にも入り、加害者の親を呼び出しての謝罪にまで発展。
入学式という初日もあり、イジメの被害者と加害者を同じクラスにしないという学園にできる配慮がされた。
それでも加害者の噂は広まっているため、イジメをした男子二人の肩身は狭く、最終的に転校を余儀なくされるのは別の話である。
それはさておき、話は入学式へ戻り、刹那は世界に注意をした。
必死に守ろうとしてくれたことはわかる。
しかし世界は体が弱い。
相手が男子二人で大きいから下手をすれば暴行で大怪我をしていた。
もし打ち所が悪ければ命を落としていたかもしれない。
「ごめん。刹那をイジメるヤツらがどうしても許せなくて」
「私は大丈夫だから無茶しないで」
「……わかった。それにしても、ことちゃんが冷たくキレるなんて初めて見たよ。普段大人しい人ほど怖いってこういう事だね」
「うん。あの二人、何も反論できなかった」
「七海が熱く叱り飛ばす所なんてカッコ良かった。まるでヒーローみたいで」
いずれにしても助けにきてくれた皆に感謝を伝える。
実に良き友を持ったものだ。
しばらくすると伊藤が世界と刹那へお詫びに来た。
なぜ伊藤が謝るのか?
それはイジメを仕掛けた男二人は伊藤の幼馴染だったからだ。
すると光が冷え切った目を向ける。
光は元々伊藤を好んでおらず、本格的に嫌うようになったのはここからである。
まるでお前も同類だと言わんばかりに。
流石にそれは伊藤が可哀想だと、被害者の刹那がフォローをする。
そして神妙な面持ちで世界は伊藤と向き合った。
「私のことはいいよ。虫みたいな触覚をネタにイジメられることは予想できていたし。でもね、体が小さいことをネタにして、それで刹那をイジメるヤツらを私は絶対に許さない。伊藤がその幼馴染らとどういう付き合いをしてるかなんて、私は知らないし正直どうでもいい。ただ女の子をイジメるヤツらと関わっていると、今の光みたいに嫌われる対象に巻き込まれるから忠告しておくね。女の子を敵に回すってそういう事だから甘くみないように」
「わかった肝に銘じる。アイツらにも俺からキツめに言っておくよ」
「世界、伊藤は何も悪くないよ。アイツらと幼馴染といってもほとんど付き合いないから」
伊藤に片想いをしている乙女が庇う。
同じ中学出身で伊藤の人間関係を知っている。
今回のイジメたヤツらと伊藤を一緒にしないでほしい。
「大丈夫だよ。乙女の顔は立てるし、伊藤がアイツらと同類だなんて思っていない。いたるちゃんの優しいおにいちゃんだからね伊藤は」
乙女を安心させるために世界はわざと冗談じみて言う。
そういう優しいところもあって片想いをしているのだろうと。
さすがに本人が目の前にいるので、乙女の気持ちについては黙っておく。
この話は終わりにして気を取り直す一同。
そのままクラス分けを確認しに行く。
「3組で同じクラスだね。これからもよろしく刹那」
「うんよろしく世界」
「光と七海もよろしくね」
「なんか私らはオマケみたいだよ七海」
「世界にとって刹那が一番ってことでしょ」
言葉と乙女は4組で別のクラスとなった。
そこで世界は乙女に声を掛けに行く。
「乙女。伊藤に関する情報があったらそっちに流すから」
「情報ってなにを?」
「ほら、女の影があったら不安で夜も眠れなくなるじゃない?」
「う、うるさい。からかわないで」
「からかってないって。応援する友達のお節介だよ」
乙女への善意である。
余計なお世話と言われたらその通りだろう。
それでも乙女が幸せになってくれたら世界は単純に嬉しい。
「世界は伊藤のこと、どう思ってるの?」
「個人的に興味なし。でも妹のいたるちゃんは可愛くて楽しいね」
「そうなんだ」
「私じゃなく乙女の妹、可憐に抜け駆けされないように気を付けなよ」
「ど、どうしてそれを?」
「祭りの時、可憐の連絡先も交換したからね。お姉がいつまでもウジウジするなら、自分がセンパイの彼女に立候補する、なんて先日に電話で言ってたし。甘く見ていると、好きな人を妹に取られちゃうよ」
「うっ……」
「それで今、乙女がマークしたいのは、ことちゃんだね?」
「なんでそこで桂が出てくるの?」
「ことちゃんが男にモテるから。伊藤が好きになってもおかしくない。そう思ってるよね?」
それにより言葉の敵に回る可能性がある。
イジメの元となる原因は早めに潰したほうがいい。
乙女の瞳に動揺が走り、世界はそのまま押し通す。
「乙女が彼女になれば全て解決だよ。妹の可憐に言われてると思うけど、小手先の排除なんてしようとしても、意中の相手は振り向いてくれないし、むしろ嫌われる可能性を考えるとリスクでしかないよって。そんな可憐の主張に私も同意」
「わ、わかってる」
「乙女のこと、私は大切な友達だと思ってる。だから頑張ってよ。付き合うようになったら、お幸せにって祝福するし、何か美味しいものでも奢るよ」
「……お節介だね世界は」
「私は私のやりたいようにするだけ」
世界は間違いなく可憐の影響を受けている。
恋敵となりうる存在を不幸にしたり、悲しませるような排除をしない。
そんな可憐のやり方を気に入って協力を惜しまない。
「……」
刹那は物静かに様子を見ている。
お節介な世界らしいと和む一方で少し気になってしまう。
世界は誰かに頼まれている?
頼まれていなくても、そうなるように仕向けられていないか?
刹那の直感は怪しいと警報を鳴らす。
あとで調べたほうがいい。
それを頭の片隅に置き、今は世界の行動を見届ける。
「という訳で、ことちゃんも協力よろしくね」
「はい、わかりました」
「っ!! か、桂!!」
乙女の後ろには言葉がいた。
世界はしてやったりの顔を浮かべる。
まるで悪戯を成功させた子どものようだ。
「あ、驚かせてしまってすみません。話し掛けるきっかけがなくて、静かに待っていました」
「乙女、ことちゃんを敵として排除するよりも、味方につけたほうがお得だよ。そのほうが成功率も上がるから」
世界の言う内容には損得勘定が混ざっている。
お互いに悪い話ではないとするのは、交渉という意味では正しいのかもしれない。
だが世界が取る行動は、分け隔てなく自分の思うがままに突っ走ることだ。自分がやりたいか、やりたくないかで判断をしている。
だからこそ刹那は妙だと思った。
世界は誰かに入れ知恵をされている可能性が高い。
その人物に心当たりはある。
しかし今は静観あるのみだ。
「桂、伊藤のこと何とも思ってない?」
「はい。実は私、男の人が苦手で、加藤さんのような気持ちはとても……」
「という訳で乙女、同じクラスになったことちゃんをよろしくお願い」
言葉がイジメられそうな時は助けてほしい。
遠回しに言われて乙女は本音を漏らす。
「私は甘露寺みたいに義理堅くないし、桂に対して特に恩を感じている訳でもない」
「光みたいに言いたい事をハッキリ言ったらいいよ。でもね、もしことちゃんをイジメるなら、さすがに幼馴染として私は黙っていないから」
居合で一太刀をするかの如く鋭い目付きでの警告。
ビビり屋の乙女には絶大な効果があった。
無意識に下がってしまうほどに怯んでしまう。
すると。
「なんてね、乙女がそんな陰湿なマネはしないって信じてるよ」
何事もなかったようにいつもの楽しそうな世界へ戻る。
サラリと切り替えが早く、ある意味で役者だ。
「世界ちゃん、少し脅かしすぎです。加藤さんが戸惑っています」
「あははっ、ごめんね。大切な人が傷つくなんて嫌だから。ついカッとなっちゃう」
「世界、昔から変わっていない」
今のは刹那も違和感がなかった。
親しい人を守ろうと本気になるのが世界らしい。
不純物のない真っ直ぐな姿が好ましかった。
「そんな事ないよ。さっきは手を出しかけたけど今は口だけ。成長したでしょ?」
「言い方」
「とにかく乙女、ことちゃんを味方にして利用すればいいんだよ。損得で割り切れば妬む暇もないはずだよ」
世界の言い方は少々悪いが、コンプレックスを意識させないための措置である。
相性の悪い光がこの考え方に近い。
乙女の中で様々な感情がグルグルと駆け巡る。
そして気持ちの整理をしてから言葉にこう言った。
「裏切ったら承知しないよ桂」
「約束します。加藤さんの信用を裏切ることは決してしません」
「まだ信じ切れてないけどね。いい奴ってことは認める」
「はい、それで充分です」
こうして乙女は言葉の味方についた。
言葉がイジメられないように立ち回ってくれる。
勉強面で乙女が辛い時には言葉が助ける。
持ちつ持たれつの関係が成立した。
入学式が終わって帰る時間。
世界は可憐と会う約束をしている。
ここで刹那が一緒について来てはダメかと言ってきた。
「珍しいね。私の先約に刹那が一緒に来たいなんて」
「ダメ?」
「ちょっと可憐に確認とってみるから待ってて」
「うん」
可憐に電話をして了解を得た。
刹那と一緒に待ち合わせの東原己駅で可憐と合流。
海水浴場の砂浜まで歩き、そこで海を眺めながらの報告だ。
「伊藤は3組で乙女は4組。4組になったことちゃんを乙女が守り、その見返りとして同じ3組になった私が伊藤の情報を乙女に流す。これで交渉は成立ってね」
「マジで助かります世界さん。改めてお姉をよろしくお願いします」
「ドーンとこの世界さんに任せなさい」
丁寧に頭を下げる可憐に堂々と胸を張る世界。
その二人を眺める刹那の表情は相変わらずクールだ。
やはりそうかと確信を得たようである。
「世界、今回の件はその子に頼まれたの?」
「まあね。可憐は学校が別々になってどうしようって困ってたの。姉思いの優しい妹の悩み、助けてやりたくなるのが人情ってものでしょ?」
「ふーん、そうやって同情を誘い、まんまと世界を利用したのか」
「いやいや、そりゃあんまりです刹那さん!! 私はそんな腹黒い女じゃありません!!」
「そうだよね。可憐が恋敵を不幸のどん底に落として、陰険なイジメをする人じゃない。逆に仲良くなって仲人したり、支援したりで立派なことをしてる。これはもう師匠と呼びたくなるぐらい尊敬しちゃうって」
「だから師匠って呼ばないでください!! さすがに褒め過ぎです!!」
可憐の顔が真っ赤に染まって照れる。
それに対して刹那は眉を潜めて些か不機嫌だ。
付き合いの長い世界がそれを見逃すはずもない。
「刹那、可憐はあらゆる方法を使ってお手上げ状態なんだよ。先日の電話で、可憐が伊藤に告白をしたみたいだけど、冗談だと思われてしまったんだって。それって可哀想だと思わない?」
「それは伝え方が悪い。真面目に告白しないからそうなる」
「……可憐、そこん所はどうなの?」
「あー、ちょっと照れちゃって、冗談っぽい言い方だったかもしれません」
「ダメでしょそれ」
「で、でも私はセンパイの腕に抱きついたりして精一杯のアプローチしたんですよ!! ほら男の子って、女の子に触れられたら嬉しいものですよね!?」
「妹のいたるちゃんと同じ感覚に思われてるんじゃない? なんか逆効果に思えるのは私の気のせい?」
「きっと気のせいじゃないと思う。女の子として見られてない」
「ぐあっ……ひ、ひどいです刹那さん。かなり気にしてるんですよ私」
伊藤を振り向かせるのに些か問題があったようだ。
でも時間は巻き戻せない。
次に向かって気持ちを切り替えていくしかない。
「世界、ひとつ確認したい」
「なに?」
「もし伊藤に好きな人ができたら邪魔をするの?」
「それは時と場合によるよ。例えばさ、伊藤の好きな人が刹那だった場合」
「ええぇ!? センパイの好きな人って刹那さんですか!?」
「例えばの話よ!! で、刹那が嫌がってるのに伊藤が無理やり迫って困らせるようなら、私は全力で刹那を守るよ。でもそうじゃないのなら、見守ったり応援したりはするけど、邪魔は絶対にしない」
「うん。それがわかってるならいい。でもその子が伊藤の恋路を邪魔したらどうするの?」
「流石にそんな最低なことなんてしないでしょ。だよね可憐?」
「それはまあ……えっと……」
世界の目は騙せても刹那の目は騙せない。
これは相手が悪い。
可憐の動揺を前に刹那はさらに問い詰める。
「中学時代、そうやって伊藤の恋愛を邪魔したんじゃないの?」
「それはないです。センパイに好きな人なんていませんよ。そうなりそうな女の子は一切近付けていないので」
「出会いを妨害してるじゃん。世界、こんなのマネしたらダメだよ」
世界はフムフムと相槌を打つ。
可憐の行動には、良い所もあれば悪い所もある。
姉に宣戦布告はしているようで、場合によっては抜け駆けもあり得るだろう。
そこで原点に立ち戻り、刹那に確かめてみた。
「私が乙女の幸せを願って協力をする。これは間違ってると思う?」
「世界がそうしたいのならいい。でも協力するなら私に相談して」
「刹那、それを伝えたくてついて来たの?」
「そう思っていい。本当はその子に文句を言いたかったけどもういい。過ぎた事でとやかく言わない」
「あのー刹那さん、その子って呼び方が地味に傷つくんですけど?」
「世界、用が済んだなら帰ろう」
「う、うん。じゃあ可憐、また何かあったら連絡してね」
電車の乗り換えをして帰り道を歩く。
幼い頃から刹那のことはよく知っている。
だから可憐を名前で呼ばない気持ちがわかってしまう。
「刹那、私と可憐が仲良くしているのが気に入らない?」
「仲良くするのは悪い事じゃない。でも世界を都合よく利用するあの子のやり方が気に入らない」
「可憐だって良い所はあるよ」
「逆も然り」
「うん。刹那に言われて気付けた。ホント刹那って頭がいいよね」
「人それぞれ。世界は世界らしくやればいい」
「私らしくって何よ?」
「自分で考える」
「ケチね。刹那らしいけど」
世界を守るという誓いを立てている。
世界が巻き込まれて被害を受けないようにする。
刹那にとって可憐は要警戒の対象となった。
世界は生まれつき体が弱い。
精神的なストレス耐性が脆く免疫力も低め。
急激な環境の変化で体調を崩しやすい。
新入生として早く慣れていきたいという焦りがあったのだろう。
ちょっと眠いだけ。ちょっとダルイだけ。ちょっと食欲がないだけ。
そうやって我慢できるからと自己判断をして学校へ行く。
刹那が心配をしても世界は大丈夫の一点張り。
言葉の家まで迎えに行って一緒に登校をしよう。
世界の思いつきに刹那がついていく。
そして言葉が準備を終えて出て来た直後。
「世界ちゃん、ちょっと失礼します」
瞬時に世界のおでこに手を当てる。
それは居合の抜刀のごとく迅速だった。
世界は何も反応できない。
言葉の手が心地よくて目を細めるしかなかった。
「少し熱を感じます。世界ちゃん、無理をしていますね」
「ことぴー、やっぱり世界の具合悪い?」
一目で見抜く言葉の洞察力で確信を得る刹那。
世界が何と言おうとも休ませたほうがいい。
そんな緊急事態に家の中にいる心が反応をした。
「あわわ、世界さん病気なの?」
「心、世界ちゃんを私の部屋に連れていくから手伝って」
「うん!!」
「ことぴー、私も手伝う」
「お願いします」
両親は早朝に仕事へ出てしまって不在。
ふと世界が眩暈を起こして倒れそうになる。
すぐに言葉が抱きかかえて寝室のベッドへ寝かせた。
心が看病を名乗り出るも、言葉が学校へ行くように指示をする。
「お姉ちゃんズルい!! わたしも世界さんが心配なのに!!」
「心ちゃん、私たちには別の役目がある」
「刹那さん、役目ってなに?」
学校の帰りに雑炊の食材、水分補給のドリンク、プリンなどのデザートの買い出し。
そういった支援を一緒にやろうということで説得をする。
心は了承。
刹那の場合、授業のノートをとってのサポートも兼ねている。
「ことぴー、世界をお願い」
「お任せください。学校には私から連絡します」
「わかった。行こう心ちゃん」
「うん。終わったら待ち合わせの場所に行くね」
「よろしく」
世界の看病で言葉も学校を休む。
それから数時間が経過。
目が覚めた世界の調子はまだ悪い。
「どこか痛い所はありませんか?」
「ない」
「気分はどうですか?」
「んー、しんどい」
喋るのも辛そうで上手く思考が回らない。
ゆっくりと休むように促して静かに寝かせる。
言葉が手を握ると無意識に弱々しく握り返す。
体温計で調べると38度の発熱が出ている。
刹那が心配していることを見越してメールで経過報告。
そのたびに刹那から感謝の返信が送られる。
午後の時間になって世界の熱が引いてきた。
まだボーとしてしまう所はある。
それでも朝よりは楽になって話すことができていた。
「ごめん、ことちゃんに迷惑かけちゃって」
「気にしないでください。困った時はお互い様です」
「刹那、怒ってるよね?」
「そうですね。我慢をして隠したことに、せっちゃんは怒っているかもしれません」
「うん……張り切り過ぎたかな?」
「体が弱い体質を改善しようと、世界ちゃんが頑張っていることは知っています。でも無茶をしてはいけません。今みたいに悪化してしまいます」
言葉に諭されて猛省をする世界。
同じことを繰り返さないためにはどうすればいいのか?
休むことが必要であり頑張り過ぎないこと。
言葉が経験者としてアドバイスをくれる。
虚弱体質でも中学まで多数の習い事をこなしてきた。
無茶をすれば今の世界みたいに倒れる可能性があった。
いかに体力の消耗を抑えて活動をするかが鍵である。
「どれだけメンタルで強く保っても、体がついていかなかったらご覧の有様だね」
「はい。体が辛いと感じている時こそ、休んで回復することが求められます」
大人しく安静をして刹那と心が帰ってくる。
その日の部活が自主練の七海と乙女が見舞いに来てくれた。
バイトの日ではない光も一緒である。
「世界、着替え持ってきた。おばさんに伝えて了解を得たから」
「ありがとう刹那」
「世界さん、いっぱい食べ物かってきたから元気出してね」
「こころちゃん、ちゃんと食べて元気出すから」
「まったく、世界は無茶しちゃって。あんまり心配かけさないでよ」
「ごめんね七海。気合いだけではダメだって思い知った」
「まあ、元気出しなよ。見た感じ、大丈夫そうだと思うけどさ」
「うん。乙女の言う通り大丈夫。ことちゃんがいれば安心だよ」
「うちの店のケーキ持ってきたから。これでも食べて元気出しなよ」
「ありがとう。光の店のケーキって、すっごく美味しいから好きなんだ」
各自の発言に受け答えができるぐらいには元気を取り戻す。
それでも無理は禁物なので程々に切り上げた。
後日に復帰した世界は改まってお礼を言う。
そして健康面に気を配って次へと繋げていった。
榊野学園の定期的な席替えイベント。
階段型教室で長机に長椅子の形式。
黒板にランダムで席の番号が振られている。
くじ引きをした世界の席は後ろから二番目の真ん中。
その隣が光になっているので素直にラッキーだ。
「刹那の席はどこ?」
「一番後ろの入口側」
「隣は伊藤か。知り合いの男子で良かったね刹那」
「世界かわって」
世界は一瞬耳を疑った。
根元まで真面目な刹那からあり得ない不正の要求。
幻聴かもしれないのでもう一度聞き直すと。
「世界のくじと交換して」
世界の耳は正常だ。
きっとこれは夢だと思い刹那のほっぺを引き伸ばす。
痛がる刹那からの抗議な眼差し。
どうやら夢ではないようだ。
そして刹那の両肩に手を乗せて真顔で告げる。
「刹那はそんなこと言わない。いつから入れ替わったの? 怒らないから正直に言いなさい」
「ニセモノじゃないホンモノ。世界は乙女のために伊藤の情報を集めている。隣にいたほうが都合がいい」
「じゃあもし乙女が同じクラスだったら、私じゃなく乙女に交換を持ち掛けてた?」
「うん。でも乙女は別のクラス」
「私がいたるちゃんと遊んでる間、刹那は伊藤と会話してたみたいだし。伊藤の情報を探るなら、私よりも刹那のほうが向いてない?」
刹那に丸投げができたら楽になる。
別に知らない仲でもないから難しくもないはずだ。
その魂胆が見え見えだったのだろう。
「世界が言い出したこと。ちゃんと責任もってやらないとダメ」
「席が後ろから二番目の真ん中だけど?」
「問題ない」
「隣は光だよ」
「歓迎する」
「不正はいけないことだよ」
「世界のため。大事の前の小事」
「そこは乙女のためって言いなよ」
刹那の意思を変えることはできない。
世界が関わると頑なになりやすい。
時間の無駄になるので説得はしない。
言われるまま交換に応じて簡易の手続きを済ませた。
「じゃあ刹那、いってくるね」
「うん、またあとで」
隣の席まで移動をしても伊藤は気が付かない。
持っている携帯の画面に夢中だ。
最低限の挨拶をしておきたい世界としては困る。
タイミングが掴めない。
急に声を掛けて驚かせてしまうのは気が引ける。
そもそも何をそんなに夢中になっているのか?
伊藤は特に操作をしていないので少なくともゲームではない。
世界の中で天使が囁く。
人の携帯を覗き見するのは悪いこと。このまま伊藤が気付くまで黙って席に座るべき。
世界の中の悪魔が囁く。
人に見られて困る内容ではないだろう。それなら人前で携帯を触るなって話。伊藤の携帯を覗いて話しかけるきっかけにしよう。
善悪の気持ちで争いが起きる。
その精神的な決着は早かった。
世界が選んだのは悪魔側の意見。
そっと覗き見をした後に息を呑む。
「っ!!」
顔を背けて静かに距離を置く。
伊藤の待ち受け画面に言葉の写真があった。
いつ? どこで? 何故?
深呼吸をして落ち着きを取り戻し、言葉にメールを送った。
伊藤に写真撮影を許可した覚えはないことが判明。
盗撮の疑いが濃厚である。
顔色が悪くなった世界は保健室へ行くことを理由に廊下へ避難。
その異常性を察知した刹那が付き添いを理由にやって来る。
「世界、大丈夫? 何があったの?」
「……見ちゃった」
「なにを?」
さきほどの出来事を刹那に話す。
待ち受け画面に異性の写真を載せること。
世界はその意味に心当たりがあった。
「多分、例のおまじない」
好きな相手を携帯の待ち受けにして、三週間を隠し通せば想いが叶う。
それを実行しているようだが盗撮は犯罪である。
幼馴染として見過ごせない事態だ。
「ことちゃんは優しいから、伊藤に悪気はないと思って許すと思う」
「うん」
「伊藤はことちゃんが好きなんだね。それは仕方ないけど、コソコソ隠し撮りする人にことちゃんを任せられない。あと、そんな人に片想いしている乙女が可哀想」
「世界、私に任せて」
「え?」
「席の交換を頼んだのは私。その責任は私が取る」
世界を保健室で休ませてから刹那はすぐに動き出す。
言葉へ連絡をとって現状を伝えた。
世界の読み通りで言葉は気にしていない。
おまじないに肖り、出来心だったことは明白。
魔がさしただけだと納得をして許すようだ。
それよりも、世界が思い悩んでいるほうが問題である。
乙女の恋愛事情もあるため、今回の件は大事にできない。
「私は違うクラスで、特に接点もありません。写真を消して無かった事にして頂ければ、それだけで充分です」
「ことぴーの要求はわかった。あとは私に任せて」
刹那が次の行動として七海と光に協力を要請した。
言葉に義理のある七海が激怒。
人目の付かない階段踊り場へ伊藤を呼び出す。
そして光が隙を見て伊藤の携帯を奪い証拠を掴んだ。
電車のホームで隠し撮りをしたようである。
「皆にバラされたくなければ、二度と言に近付くな」
「伊藤、写真消して桂のことは諦めなよ。二度とこんなバカなことしないように。アンタのしたことは犯罪なのよ犯罪」
「わ、わかった」
二人で釘を刺したので迂闊な行動はとらないだろう。
少なくとも当分の間は大人しくなるはずだ。
これで用は済んだので伊藤をその場から解放する。
「七海、アイツ桂に未練タラタラでまた同じ事するんじゃない?」
「しばらく言の登校にはアタシが付き添うよ。光、アンタも来な」
「えー、正直気が進まないんだけど? 個人的に桂を守るなんてさ」
「友達思いな所をアピールすれば、澤永に――」
「だあー!! それ以上いうな!!」
「来てくれないなら喋っちゃうぞ」
「ひ、卑怯者!!」
「何とでも言いな。ま、少しの間だけ我慢しなよ」
光が刹那へ、七海が言葉へ。
それぞれ手分けをして報告をする。
付き添いでしばらく様子見について言葉は了承。
何もそこまでとは思いつつも、七海の警戒を受け入れた。
刹那からは世界のためにやむを得ないとコメント。
盗撮をされた被害として脅迫という対抗手段をとった。
やり方としては決して褒められたものではない。
だが乙女に知られることなく、今回の件を上手く流すにはこうするしかなかった。
なお、世界のフォローは言葉がしてくれる。
「ことちゃん、携帯の覗き見なんてするものじゃないね」
「そうですね。誰しもプライバシーはあります。ですが今回、世界ちゃんのおかげで私は助けられました」
「実際に動いてくれたのは刹那だよ。あと七海と光も。あのあと話を聞いたけど、盗撮に対して脅迫って……」
「私もそれは思いました。もっと穏便に済ませられたら良かったのですが」
「今回は仕方ないのかな。乙女の恋は今も応援しているけど、なんか複雑な気持ちだよ」
「一度の過ちぐらい私は許します。直接なにかをされた訳でもありませんから」
「それって二度目はないという風に聞こえるんだけど?」
「二度としないと約束されたと聞いています。私はそれを信じます」
今回はたまたま悪い所が見えただけ。
乙女が伊藤を好きになるぐらい良い所もあるはずだ。
そんな言葉の言い分に世界は理解を示す。
「私は覗き見した負い目があるし、伊藤のいい所は知ってるつもり。だから今回の件は忘れたほうがいいかなって思ってる。隣の席に伊藤がいるから、変に引きずるとマズイ気がするんだ」
「忘れましょう。私は本当に気にしていませんから」
「……わかった。引き続き乙女の恋を応援する。私はそれで気持ちを切り替えるね。でも……」
「でも?」
ここで世界からの苦笑い。
問題となってしまう二人の存在が浮かび上がる。
それは……。
「ただでさえ伊藤のこと嫌ってる光だけど、今回でさらに火に油を注いだみたいな」
「そ、そうですね。かなりお怒りだったと七海さんから聞いています」
これで光の伊藤嫌いがさらに増してしまう。
ほとぼりが冷めるまで時間を置くしかないだろう。
愚痴があったら聞くようにしてそっとするしかない。
「刹那も正直ヤバいよね。きっと私の具合が悪くなったのは、伊藤のせいだって思ってるよ。だから光以上に怒ってるかもしれない」
「せっちゃんは世界ちゃんのこと、とっても大事にしていますから」
「携帯を見てしまった私も悪いってことでフォローしてみるよ。今回はお互いのためにも忘れようってことで。頭のいい刹那ならそれだけでわかってくれると思う」
「私からもせっちゃんにはそれとなく言っておきます。黒田さんは私だとツンツンしちゃうのでお相手できませんが」
「うん、それで充分だよ」
その後、気持ちを立て直して世界は授業に復帰をする。
時間の合間を縫って刹那にメールを送った。
忘れることに刹那の合意を得たが、二度目はないという警告の返信が添えられる。
これは仕方がないことだ。
世界も逆の立場なら同じことを思ってしまうから。
「……」
隣の席で伊藤は落ち込んでいる。
そこに付け込む隙があると判断をする世界。
乙女にメールを送信。
伊藤を励ましてアピールをするチャンスだ。
乙女が乗り気になり、放課後に伊藤を連れての気晴らし。
それで少しは元気が出たのだろう。
伊藤に感謝をされたと惚気話を聞かされる。
あとは時間で解決をするようにした。