World Days(旧版) 作:完結の陽炎
榊野学園のクラス委員を決めなければならない。
面倒事を避けたがって誰も立候補をしない。
静まり返って時間だけが過ぎてしまう。
やむを得ないと先生の主導でくじ引きとなる。
1年3組の委員長として刹那が選ばれた。
ここで田中という男子生徒が反応。
相方の副委員長として名乗り出ようとしている。
だが奥手ゆえにまともに挙手もできない。
世界は情報網を張り巡らせている。
刹那を守るため、それに関わりそうなことに抜かりはない。
だから刹那に片想いをしている田中のことも筒抜けだ。
刹那を遠くからチラ見をして焦れったい事この上ない。
そこで苛立ちを覚えた世界のお節介モードが発動をする。
「先生、副委員長で推薦したい人がいるんですけどいいですか?」
「とりあえず言ってみなさい」
「田中がいいと思います。体が大きく高い所に手が届きますし、力仕事でも頼りになると思います」
刹那が小さいから背が高くパワーのある男手が必要だ。
純情で真面目な人柄という悪くない印象。
実際は接してみないと分からないので、きっかけを与えて様子を見たい。
刹那が露骨に睨みつけている。
一体どういうつもり?
刹那の目がそのように文句をぶつけていた。
田中としては戸惑いながらもどこか嬉しそうである。
この推薦は効果的で、やりたがらない生徒たちにとって渡りに船。
誰も反対をしないので副委員長は田中に決まった。
次の休み時間。
廊下を出て行く世界に後ろからついて来る刹那。
人目のつかない階段の踊り場へ到着して両者が向き合う。
刹那の不機嫌そうな表情。
世界のニコニコとした楽しそうな笑顔。
そして先に口火を切ったのは刹那だ。
「世界どういうつもり?」
「ん? 一体なんの話?」
「とぼけないで。世界はどうして田中を推薦したの?」
「戦力になると見込んでいるのは本当だよ。それだけでは納得できない?」
「できない。世界は他の理由もあって、田中を推薦している」
大正解である。
それぐらいは刹那なら容易に見抜く。
世界も始めから欺けるとは思っていない。
「私が調べる限り悪い人じゃないよ」
「……怪しい」
「なにが?」
「田中、たびたびこっち見てる」
「それは刹那がかわいいからよ」
「またそうやってからかう。世界の悪いクセ」
「からかってないってば。まさかとは思うけど、刹那って意外と鈍い? 少しは田中のこと察してあげなよ」
「鈍くない。言いたい事があるならハッキリ言えばいい」
「それは同感」
想うだけでは相手に伝わらない。
刹那から察して行動しなければいけない義理もない。
世界が仕向けてやれるのはここまで。
委員の立場を活かすも放置するも田中の自由だ。
もっとも現時点での刹那にその気はないらしい。
仮に田中が告白をしても望みは薄いが是非もない。
「伊藤は乙女、澤永は光のことがあるから、副委員長を押し付けるのはどうかなって。そういったことも考えた上で田中を選んだの」
「疑問は解消」
「でも刹那、面白くないって顔をしてるよ」
「してない」
「そう? 田中を推薦した私に対して怒ってない?」
「怒ってない」
「田中では不満だった? 奥手というか口下手というか、副委員として相応しくないとか?」
「別に。誰が副委員でも関係ない。私は私の役目を果たすだけ」
一言相談をしてほしかったのかもしれない。
あの状況でそんなことをするのは不可能。
それがわかっているので刹那は何も言わなかった。
クラスが別になっても合同授業はある。
体育のグラウンドで見学をする世界と言葉。
どちらも激しい運動ができない日となっている。
話題はクラスの委員について。
4組では乙女が委員長で、言葉が副委員長になったと聞く。
「こっちの3組は刹那が委員長になったよ。副委員は田中って大柄な男子で、見たらすぐわかると思うよ」
「せっちゃんから聞きました。世界ちゃんに押し付けられたって」
「もう人聞きが悪い。推薦でクラスの総意だもん」
「世界ちゃんが推薦をした人ならきっと大丈夫です」
「ことちゃんが苦手な男子なのに?」
「はい」
「そう言われると悪い気しないね。同じ委員として顔合わせした時はよろしく」
しかしどことなく寂しそうにしている。
それが気になって言葉が尋ねようとするも一旦口を閉ざす。
少し考えて推察を組み立てていく。
そして間を置いてから答え合わせをしてみた。
「世界ちゃん、本当はせっちゃんと同じ委員になりたかったのですね。でも体のことを考え、せっちゃんのためにあえてならなかった」
図星を突かれた世界は悔しさを滲ませる。
誰よりも刹那の力になりたいのに体がついていかない。
根性論では体調の悪化を招いて逆効果だから。
「ことちゃんって虚弱体質だって聞くけど、それって体が弱いってことだよね? なんで私と同じはずなのにこんなにも違うんだろう。個人差があるって言われたらそれまでだけどさ」
「世界ちゃんの中の悪魔さんが出ていますか?」
「ことちゃんが羨ましい。そんな妬みの感情を悪魔だと言うならその通りだね。今ひょっこり出てる自覚はあるよ」
「正直に言える世界ちゃんは偉いと思います。それは誰にでも出来ることではありません」
「ちゃんと相手を選んでいるつもり。ことちゃんだから言えちゃうの」
「せっちゃんが聞いたら拗ねちゃいますね」
「小さい頃から苦労かけてるから。本人はもう慣れたと言ってるけどね」
過去の失敗を繰り返さないように気を付けている。
ちょっと我慢をすればいいとするのは禁止だ。
それで言葉の皆勤賞を潰してしまったのだから反省をしている。
あの時はごめんなさいと素直に謝る世界であった。
「皆勤賞なんかよりも世界ちゃんが大事です」
「まあ私も逆の立場なら同じことをしていたね」
「それなら皆勤賞のことは気にしないでください」
「わかった。それはそれとして改めて思ったことがあるんだよね」
「なんでしょう?」
「ことちゃんの笑顔が美しいってこと」
「えっ!?」
「作り笑いじゃない本物の笑顔は綺麗だなって」
「か、からかわないでください」
「普段から表情が固い刹那からすれば憧れの的だからね。私もその気持ちがすごくわかるもん。ま、私は刹那ほど表情ガチガチじゃないからまだマシだけどね」
今も会話をしている言葉の笑顔が美しい。
自分で自分の顔は見れないので自覚がないのだろう。
無意識だからこそ自然であり嘘が混ざらない。
「私にだって羨ましいと思うことはあります」
「へえー、何でも手に入りそうなことちゃんにもそういう経験があるんだね」
「さすがに何でもはありません」
「それはそう。でもことちゃんの中にある悪魔ちゃんは誰に向けてるの?」
「そんな悪魔だなんて……でもそうかもしれません……お相手は世界ちゃんです」
「そこは刹那じゃないの?」
「少しだけありますが、世界ちゃんのほうが羨ましいです」
「ことちゃん、相手間違えてるよ。何もかも劣る私に嫉妬することなんてないじゃん」
世界の家庭は貧乏で父親がいない。
成績も居合の腕前も言葉が優れている。
身体的な女の魅力も言葉に比べたら月とスッポンである。
まともな勝負にならない。
しかし言葉は世界に敵わないと思う所がある。
それは……。
「人望です」
「人望?」
「世界ちゃんを中心に集まる人望の厚さは私にはできないことです」
世界がいなかったら言葉は誰とも仲良くできていない。
そう断言をするほどに人と人を繋げるのが上手い。
言葉の交友関係を広げてくれたのは世界のおかげだ。
「クラス委員長として仕切る刹那のほうが人望は……あ、でも刹那って表情が固いし、話し方もちょっとお堅いし、強気で迫ることもあるし……ヤバいかも。でも田中がいれば何とか……なるよねきっと多分」
「お、落ち着いてください世界ちゃん」
「お願いことちゃん。同じ委員ということで、刹那がヤバそうなら助けてあげて。田中だけだと正直安心できない」
「わかりました……そういう所です」
「え? いま何か言った?」
「いいえ、何でもありません」
世界の頼みとあれば断れない。
言葉には刹那の気持ちがよくわかる。
今までこうやって世界を支えてきたのだろうと。
そんな自分が嫌いではない。
むしろ誇らしく思えてしまった。
時間が過ぎて教室の授業風景。
世界と伊藤とのコミュニケーションはノートの筆談。
長い机で繋がっているので密談がしやすい。
どんなやり取りをしているのかといえば。
『うちの店のパフェどうだった?』
『おいしかったよ。止が喜んでた』
『テイクアウトでも店内はパッと見れたよね? 客のガラ悪くなかった?』
『一部、ウエイトレスをジロジロ見る変な客がいた』
『夏休みの時期が一番ヤバいから気を付けて』
『わかった。あとさ、止が西園寺に会いたがってる』
『天文部とかテスト勉強とか色々やる事あってね。ヒマになったらOK』
『ほぼ無理って言ってないか?』
『代わってくれる?』
『断る』
伊藤からして世界は気楽に相手ができるクラスメイト。
中学時代の乙女と雰囲気が似ていると感じた。
特に印象として強いのはお父さん嫌いという共通点。
伊藤も離婚をした父親のことが嫌いである。
しかし事情が事情だけに深入りはできない。
『参考までに質問。いたるちゃんはどうして私に会いたいの? 乙女や可憐も優しくていいと思うけど?』
『止は西園寺を一番気に入ってるから』
『いたるちゃんの一番はお兄ちゃんである伊藤でしょ?』
『それは別だ』
『他人の中で私が一番ってこと? なんで?』
『止と同じ目線に合わせて話したこと。一緒に砂遊びをしてくれたこと。肩車をしてくれたこと。帽子をもらったこと。止の話を聞いてわかってくれたこと等』
『ちょっと多いよ!! しかも等ってまだあるの!?』
『正直ビックリしたよ。止があんなに西園寺の好きな所をたくさん話すなんて。今まで見たことないからな』
『乙女や可憐に対しても、それぐらい好きってことで話さないの?』
『さすがにないって。頭をナデナデしてくれて好きとか、遊んでくれたから好きとか、一つか二つぐらいだ』
『了解、参考になりました』
伊藤が書いた等に含まれる重要な内容。
世界の発言をきっかけに、止がなりたい将来の夢が画家になったこと。
これは単純に好きだけでは済まない。
人生に影響を与えた人として、止の記憶にずっと残るからだ。
それが世界と他の人との大きな違いとなり、兄を除いて一番好きという事に繋がっている。
「……」
世界は机の下で携帯を隠しながらメールを打つ。
宛先は乙女で伊藤に関する内容を送る。
正確には止という妹についてだ。
こうしてやり取りが行なわれる。
『いたるちゃんが私に会いたいと伊藤から聞いた』
『それなら会ってあげなよ』
『乙女の見てない所で会うのってどうなの?』
『いいよ。世界なら気にしない』
『えー、そこは疑って警戒しない? 伊藤を奪われるかもって不安にならないの?』
『世界が誠を何とも思ってないってよくわかったから』
『伊藤個人に興味はないけど、いたるちゃんの優しいお兄ちゃんとか、乙女の彼氏になるかもしれない人とかは思ってるよ』
『そういう所、世界は他の女子と違うんだよね』
『いずれにしても、なるべく乙女か可憐のいる時に会いたいね。私一人だけだと、いたるちゃんの相手ばっかして、伊藤が放ったらかしになるよ』
『それは言えてる。次に止ちゃんが来る日がわかったら教えて。私か可憐で都合を合わせるから』
『了解。あとで伊藤に確認しておくね』
こうして止が来る日を把握する。
止に会うために刹那と遊べない日があるかもしれない。
そのため事前に事情を伝え、刹那も一緒に来ないかで誘う。
「私、上手く笑えない。だから小さい子に怖がられると思う」
「決め付けは良くないよ刹那。それはいたるちゃんが決めることじゃないの?」
「そうだけど……」
「ま、無理強いはしないよ。乙女か可憐がいるから、伊藤も退屈しないだろうし」
「むぅー」
「大丈夫だって。私はいたるちゃんと遊ぶだけだし、その二人は伊藤の相手をするから、私のことはお構いなくってなるよ」
「……わかった」
「いつ行くかはわかり次第教えるから、その日は都合が悪い日ということで」
「うん」
そうは言っても頻繁に止が来ることはない。
1か月にすれば多くても3回ぐらいだ。
一時期は家を飛び出して大変だったらしく今はそんなことがない。
画家になることを夢見て絵描きに励んでいる。
次に会えた時に兄である伊藤に絵を見せて褒めてもらいたいから。
それは別として、世界は言葉のことを気にかける。
乙女だけに任せるのは荷が重いかもしれない。
イジメの被害を受けないための予防線を張る。
そのために水面下で噂を広げていった。
言葉の部屋に遊びに行く世界と刹那。
心は習い事に出かけて家にいるのは言葉だけだ。
そして世界から話題を出す。
「ことちゃんにどんな噂が流れてるか知ってる?」
「いいえ」
「とある財閥家のご令嬢、そんな人にイジメをしたら、その権力で家族ごと潰されるって」
「あ、あの世界ちゃん、私の家庭はそんな大げさなものではありません」
「あくまで噂だから。もし同じ4組の男子がことちゃんを高嶺の花扱いしてるなら、そういう噂を真に受けているからだと思って」
「誰がそんな噂を……あ……世界ちゃん」
言葉がジーと世界を見つめる。
少し気まずそうに目を逸らす。
明らかに挙動不審だ。
「世界ちゃんがそのような噂を流したのですね。私を守るために」
「裕福な家庭という話はしたけど、さすがに財閥家のご令嬢はないよ。権力はことちゃんのお父さんによるコネ話で尾ひれがついちゃったかも」
「もう、世界ちゃんは私を心配しすぎです」
「ごめんね。ことちゃんに彼氏できなかったら私のせいにしていいから」
「そ、そういうつもりは……」
「世界、ことぴーの話をする時は相手を選ばないとダメ」
「そうだね。誰でも話すと変な方向に噂が広がっちゃう」
「ことぴー、世界が迷惑をかけちゃった。ごめんなさい」
「迷惑だなんて思っていません。世界ちゃんのお心遣いは嬉しいです」
「世界、なぜそんなことしたの?」
「乙女だけにことちゃんを任せるのは大変かなって。ほら、伊藤のこともあるから」
やり方を間違えてしまうとおかしな方向へ進む。
どこかで詰めが甘くなるのが世界らしい。
だから刹那や言葉のような頭のいい人が必要になる。
「世界は自重する。これ以上はダメ」
「はい」
「せっちゃん、別に私は怒っていませんから」
「ダメ。甘やかすと世界はすぐ調子に乗る」
刹那の厳しいお叱りタイム。
説教を受けてしょんぼりとする世界。
それをなだめる言葉という三者の反応があった。
定期テストという学生にとっては辛い行事。
言葉と刹那を戦力としての勉強会。
場所は最も部屋が広い言葉の部屋しかない。
「言、ここわかんない」
「あ、それはこちらの公式に当てはめないと解けません」
「そっかサンキュー」
おっとりしているように見えてしっかりしている。
陰湿くさい言葉の雰囲気が冷静沈着に感じる。
改めて接してみれば悪くない。
慣れ親しむ世界の気持ちが七海には何となくわかった。
「なえ加藤、いつもと違うけどケア変えた?」
「まあね。妹の可憐が勧めてきたからお試しで」
「そのブランド、あとで教えてよチェックしたいから」
「いいよ」
乙女のちょっとした変化に目敏い光。
違うクラスで接点は少なくても特に仲は悪くない。
一歩引いての落ち着きがある関係。
お互いに必要に応じての会話をしている。
「世界、サボらない」
「ううっ、頭の中グニャグニャだよ」
「ちゃんと解説を見て理解する。丸暗記しようとしても覚えられない」
「それができたら苦労しないってば」
注意をする刹那にギブアップ状態の世界。
体を寄せ合うほどで誰よりも距離が近い。
パーソナルスペースをほとんど意識していないようだ。
途中で休憩が入ると、話題として天文部が挙げられた。
夜間観測をするために親の承諾は必要だが。
「夜道は危ないからって、ことちゃんのお父さんは反対。でもお母さんは迎えの車を出す条件で許可。早く帰れる日なら天文部の夜間活動はやっていいみたい」
「ねえ世界、それだと活動できる日が少なくなるんじゃない?」
光の指摘通り、天文部の活動日は多くない。
言葉の両親は帰りが遅くなることが圧倒的だから。
でも屋上の使用許可を維持できればいいので頻繁にやれなくていい。
要はレポートの提出という結果を出せればいいのだ。
「世界、それについて問題点がひとつ」
「なに刹那?」
「天文部は天候に影響する。曇ったり雨が降ると観測ができない」
「……中止になりやすいってこと? 活動日が少ない中で更なるダメ押しの可能性あり?」
「うん」
「私のお母さんと刹那のお母さん。どっちも帰り遅いことが大半で、お迎えできないよ。たまに早く帰れる日に迎えさせるのも正直気が引けちゃう」
「うん……」
「刹那、どうにかならないの?」
「天候までは無理。ことぴーの両親が都合いい日と晴れの日。この両方が成立することを祈るしかない」
もはや万事休すかと落ち込んでしまう世界と刹那。
言葉でも流石に天気まではどうにもできない。
ここで友達として見かねたのだろう。
「アタシの親に言っておくから、それで迎えに来てもらう日を増やしなよ」
「それなら私も話してみるよ。桂だけじゃなく、甘露寺と私の親も追加しておけば、いずれかで都合がつきやすくなるでしょ」
「ちょっと世界も刹那も!! 私だって天文部員であること忘れないでよね!!」
七海・乙女・光が自分たちの家族を説得するようだ。
言葉の親が不都合な場合、他の親で調整をすればいい。
まさに人海戦術ここに極まり。
幽霊部員でいいという条件だったのに。
困った時には手を貸してくれる。
世界が感動で泣きながら皆に感謝を口にした。
この中でも刹那は冷静だ。
天気が悪かったら中止になることに変わりはない。
天運に任せるだけでは不安要素が拭えない。
言葉も同じことを思ったのだろう。
お互いにアイコンタクトを送って気持ちを共有した。
「世界、他校の見学以外にも活動を増やしたほうがいい」
「世界ちゃん、私もせっちゃんと同じ意見です。天候が悪い場合の活動も考えてみませんか?」
「そっか。確かに次善策はあったほうがいいよね」
世界が思いつくのは、天体観測が必ずしも夜ではないとダメなのかという疑問だ。
昼間でも観測が可能なら、親の迎え役が不要となり、活動日を増大しやすくなる。
それも含めて他校の天文部に訊いてみればいいだろう。
日中の天気が悪くなることも想定をしたほうがいい。
その場合は屋内で何かしらの活動をするか。
あるいは費用こそ掛かるが文化施設のプラネタリウムを見に行くのも一手だ。
「あ、私ちょっとお茶をいれてきます」
「ことぴー、私も手伝う。遠慮は無用」
「すみません」
「こういう時はありがとう」
「あ、はい。ありがとうございます」
お喋りをして喉が渇くのでティータイムの用意をする。
キッチンの戸棚から言葉がティーカップを取り出した。
刹那はカップを温めてから温度に注意を払いつつ紅茶をいれる。
その手際の良さに言葉が感心を寄せた。
「本格的ですね」
「これは世界直伝。今回は私がいれるけど、次回があれば世界にいれてもらうといい。味わいが全然違うってわかるから」
格の違いを知れと刹那はどこか誇らしげだ。
姉を自慢する妹のようで微笑ましい。
そして言葉は当時を振り返ってそっと語る。
「実は以前、世界ちゃんにコーヒーをいれてもらったことがあります」
「紅茶じゃなくて?」
「はい。そのときに世界ちゃんが私に言いました」
「なにを?」
「今回は私が刹那直伝のコーヒーをいれてあげる。次回があったら刹那にいれてもらって。刹那がいれるほうが圧倒的に美味しいってわかるから、だそうです」
「大げさすぎる。普通にいれかたを教えただけ」
「その時の世界ちゃん、今のせっちゃんとよく似ていました」
「……紅茶いれたから持って行く。ことぴー、落とさないように気を付けて運ぶ」
刹那の照れ隠しなのか?
トレーに載せた紅茶を突き出している。
それを笑顔で受け取り皆の所へ運ぶ言葉であった。
天文部を維持するための夜間活動。
世界・刹那・言葉の三名は参加するメンバーとして不可欠。
残りは任意の幽霊部員で不参加。
他校の天文部見学というお題目での交流会。
レポートを担当する刹那と言葉に知識の吸収を任せる。
自分たちで天文部の活動ができるようにするためだ。
二人が真面目に学んでいる間、世界は何をしているのかと言うと……。
「へえー、光の店知ってるんだ。あ、最近の限定メニューはチェックしてる?」
部活とは関係ない雑談を楽しんでいた。
他校の部員は評判の高い光の洋菓子屋おおはらに行った事がある。
他にもラディッシュのメニューが多すぎることに同意をして盛り上がる。
榊野学園の屋上ベンチがあるミステリーを話せば、他校の七不思議を聞かせてくれる。
こうしていると、刹那からはサボっているように見えて真面目にやれと怒られた。
「いやいや、これも立派な部活だよ」
「じゃあ世界が観測して記録する」
「ボーと夜空を眺めるだけならいいけど、観測とか記録とか、そういう小難しいのは無しで」
「世界ちゃん、空を眺めて気分転換をするのがお好きですね」
「まあね。あ、それはそれとして月見団子。天文部といえば月見団子だよね」
他校生の分まで月見団子を用意している。
夜空の月を眺めるのも天文部の活動だと理屈をこねた。
実に面白い人だと評価を受ける。
こうして一部の他校生に、西園寺世界の顔と名前が覚えられた。
「これで天文部のレポートはバッチリだよね。刹那、ことちゃん」
「私とことぴーに全部押し付けて、世界は遊んでいただけ」
「そんなことないよ。ちゃんと天文部の部長として立派な活動したもん。ねぇことちゃん?」
「そうですね。世界ちゃんらしい他校生との交流会だったと思います」
「ものは言いよう」
次の交流会がやりやすくなったことは間違いない。
そういった意味で世界の働きも決して無駄ではない。
まさに適材適所。
後日にまとめたレポートを顧問の先生へ提出する。
これで当面は廃部に追い込まれることがない。
学園祭で何かしらの展示ができれば尚良しだが、それは別に強制ではない。
クラスの出し物で頑張るということで免除してもらった。
止が伊藤が住むマンションへお泊りに来る日。
これについて事前の打ち合わせを済ませていた。
兄妹水入らずで家族の貴重な時間を邪魔したくない。
止の気持ちを第一に優先してほしい。
そこで止が世界に会いたいと言うまでは会わない。
もし兄の伊藤に止がお願いをしてきたら、乙女または可憐に連絡をすること。
そうすれば、どちらかが世界を連れて来るという手筈だ。
止のためにここまで配慮をしてくれる事に、伊藤は素直に感動をしていた。
「おにーちゃ、おえかきいっぱいしたの」
「よし偉いな止。これだけの絵を上手に描けるなんて」
「でへへえらい」
伊藤の部屋で止が仕上げたお絵かきを褒める。
車・太陽・花など様々なクレヨンの絵がわかりやすい。
曲線と直線のバランスが良くて上手かった。
今は休日の午前中。
何をして遊ぶのかを止に尋ねてみる。
止は外に出て砂遊びがしたいとおねだりをした。
前回と同じく海の砂浜へ連れて行ってみる。
しばらく見守ると止が明後日の方向を見ることを繰り返す。
まるで誰かが来るのを待っているかのように。
「どうした止?」
「おにーちゃ」
「ん?」
「こないの」
「誰が来ないんだ?」
「せきゃい」
「止は会いたいのか?」
「うん」
「そっか。止が会いたいと願っているなら会えるよ」
「あいたい。せきゃいとあそびたいのー」
これで決まりだ。
伊藤は携帯を取り出して乙女に連絡をする。
そして帽子がトレードマークとなっている世界を乙女が連れてきた。
「せきゃい!!」
無邪気に止が飛びついて来る。
倒れないように何とか踏ん張って受け止めた。
「いたるちゃんは相変わらず元気だね」
「いたるはげんきだよぉ」
「お絵かき、おにいちゃんに一杯褒めてもらえた?」
「うん、あとでせきゃいにもみせてあげる」
「それは楽しみ。あ、いたるちゃん、雪だるまって知ってる?」
「しってる」
「あれって真っ白な冷たい雪で作られるんだよね?」
「そうだよぉ」
「だったらさ、それを砂で作れないかなって私は興味あるんだよね。名付けて砂だるま」
「すだるま」
「その砂だるま、私と一緒にやってみない?」
「やりゅの!!」
あらかじめ作り方は調べてある。
世界は童心に返って止との共同作業を行なう。
そんな二人の様子を温かく見守るのが乙女と伊藤だ。
「誠はさ、世界をどう思う?」
「すげぇいい奴だな。止のことを大事にしてくれて」
「私もそう思う。すっごくお節介焼きなんだよ世界って」
「へえー、加藤――じゃなくて乙女が誰かを褒めるなんて初めて聞いたな」
まだ呼び慣れていないのだろう。
うっかり苗字で呼んでしまい、乙女に睨まれてすぐに訂正をする。
「なによ。私だって褒める時ぐらいあるよ」
「そうか?」
「そうだよ」
好きな人を譲るつもりはない。
それは今も変わっていない。
だが乙女の中で世界には敵わないと思う。
目の前にいる片想いの彼が世界を好きになるかもしれない。
それはとても悔しい事だが納得もできる。
乙女も人として世界に好感があって憎めないから。
「おにいちゃんダルマOK!! 次はいたるちゃんダルマ作るよ!!」
「くりゅの!!」
伊藤に見立てた大きな砂だるまを作った。
次は止に見立てた小さな砂だるまに着手していく。
兄妹仲良く寄り添っている姿を理想とした。
この間も乙女と伊藤の会話は繰り広げる。
「誠ってさ、誰か好きな人いないの?」
「な、なんだよ急に?」
「何となく……その様子だといるんだ」
「あ、いや……1学期に気になる人はいたけど」
「けど?」
「諦めたんだ。遠くから眺めるだけでいいと思ったけど、よく考えたらその人に迷惑だなって」
「同じ学園の人?」
「あ、ああ」
「誰?」
「いや、それは流石に勘弁してくれよ。もう諦めたんだから」
「じゃあ今は……今、気になる子いないの?」
「そうだな。俺の気になる人は……」
「人は?」
ここで伊藤の中で選択肢が浮かび上がる。
乙女があまりに食いついている。
ふと伊藤の中で悪戯心が芽生えてしまった。
「泰介だ」
「うわ……」
「って信じるなよ冗談だ」
「……」
「だから露骨にドン引きするなって。俺は同性愛じゃない」
「あのね、そういう冗談やめて。次言ったら本気にするよ私」
「悪かったな」
「それで本当の所はどうなの?」
今度は真面目に答えてほしい。
冗談を口にすることは許されない。
しばらくの間をとって伊藤は答えた。
「西園寺だ」
「やっぱり」
「なんだよ予想してたのか?」
「予想も何も。これまでの誠を見れば誰だってわかるよ」
「そんなにわかりやすいか?」
「バレバレ」
「じゃあ西園寺にも気付かれてるのかな?」
「気付いてると思うよ」
「うわ恥ずかしいな。でも西園寺は俺のこと何とも思ってないんだろうな」
「そう思う?」
「ああ。西園寺って止のことは凄く気に掛けて優しいけど、俺のことは興味ないみたいでさ」
「うん、まあそうだね」
伊藤の推測は当たっている。
世界は伊藤に対して全く関心がない。
純粋に止のことを気に掛けているだけだ。
それは打算も何もない真っ直ぐな善意である。
だから乙女は何も心配をしていない。
伊藤が気になると言っても、世界がその気にならないので関係が成立しないから。
「せきゃいのだるまつくりゅの」
「いいよ。難しいけどチャレンジは大事」
「ちゃんじ」
世界といえばアホ毛である。
それを砂だるまで再現をするのは難しい。
伊藤と乙女に針金ハンガーとニッパーを持って来てもらう。
上手く細工をした後、砂ダルマの頭に刺して曲げを調整する。
こうして伊藤・止・世界という順番で砂ダルマが完成だ。
「何とかなったね。もし乙女のポニーテール再現だったらどうしようかと思った」
「なによ世界、私のポニーテールだったら出来ないってこと?」
「はたきがあれば見立てになるけど、今時だれも持ってないでしょ」
「まあ、確かに持ってないけど」
「伊藤もはたきなんてないでしょ?」
「ああ、けどモップならそれっぽく見えるんじゃないか?」
「モップの形次第だね」
頑張って一緒に作ってくれた止。
同じ目線となり、ありがとうと感謝を伝える世界。
お礼を言われた止は満面な笑顔を浮かべてくれた。
「世界、また服を汚しちゃってるよ」
「一応汚れてもいい服にしたんだけどね」
「また風呂入って行きなよ」
「うん。今回はちゃんと着替えを持ってきたから」
前回と同様に加藤家で止と入浴だ。
一緒に洗いっこを済ませてから湯舟に浸かる。
そして止は背中を預けて嬉しそうに甘えた。
「いたるちゃん、お兄ちゃんと一緒に行ったパフェのお店を覚えてる?」
「ぱふぇ!!」
「うん。パフェのお店行ってどうだった? 怖くなかった?」
「んーとね……おにいちゃんがいたからこわくないの」
「それは良かった」
「せきゃいはこわいの?」
「私もお友達がいたから怖くないの」
「おともだち……いたるとせきゃい、おともだちなの?」
「いたるちゃんが望むなら、私は友達でいたいと思ってるよ」
「うん!! せきゃいとおともだちになりゅ!!」
友情に年齢差は関係ない。
共に砂遊びや裸の付き合いをした仲である。
風呂から出た後の止は桃ジュースを飲みながら自慢をする。
兄の伊藤に向かって世界と友達になったことを伝えた。
「そっか良かったな止」
「えへー」
「悪いな西園寺、止がワガママ言っちゃって」
「止ちゃんの歳ならワガママ言うのが仕事みたいなものでしょ」
「いや、あんまり甘やかすと問題を起こすから」
「うわ、刹那みたいなこと言わないでよ。耳が痛くなっちゃう」
「おみみ、いたいの?」
「いたるちゃん、痛いの痛いの飛んでけーのおまじないやってくれる?」
「やりゅ」
実際にやってもらってから感謝をする。
何かをしてもらったのならお礼を伝えるのが礼儀だ。
そういった教育は幼い頃から地道にやっておくのがいい。
こうして世界と止は友達となった。
ある日、世界の思いつき企画が実行される。
昼休みの屋上で天文部メンバーが集まってお弁当を食べる会だ。
天気は曇り空のある晴れ模様。
三人座れるベンチは二つあるので丁度いい。
左側のベンチに乙女・七海・光。
右側のベンチに世界・刹那・言葉。
そして雑談の中心となるのは世界であった。
「国語の読書感想文って面倒だったけど、ことちゃんが貸してくれた本のおかげで助かった」
「お役に立って何よりです」
「世界、漫画以外で本を読めた?」
「なによ刹那。私だって普通の本ぐらい読めるってば」
「ことぴー、世界に何の本を貸したの?」
「パラレルワールドの本です。漫画やイラストの解説入りで、世界ちゃんが読みやすいものをお勧めしました」
「結構わかりやすかったよ。例えば、今の私たちってこうしているけどさ。本当は別の可能性もあったんだ」
世界の話に興味を持ち耳を傾ける一同。
その空気に当てられて話を続けていく。
「もしも、私が刹那やことちゃんと出会っていなかったら?」
幼い頃からひきこもりになった可能性が高い。
体が弱く、精神も脆いので、まともに学校生活が送れなかった。
親戚の冠婚葬祭も出席できず、七海や光とも会えなかった。
お祭りに行くこともないから、乙女や可憐とも知り合えない。
そんな孤独で何もできないパラレルワールドの世界がいたのかもしれない。
「世界ちゃんはせっちゃんとの出会いがあれば、きっと大丈夫だったと思います」
確かに刹那がいればひきこもりは回避できる。
その代わり刹那への依存度が高い。
今よりも刹那の負担が増大となることは間違いない。
言葉と出会わない事は居合をやってない事とイコールだ。
メンタルの鍛錬がなく、健康面でも不安定になったことだろう。
「この場合、光や七海と出会うのはもう少し後だったかもしれないんだ。刹那とばっかり遊んで甘えて、積極的に誰かと仲良くしない。そうなるとお祭りで乙女と出会えなかったと思う。榊野学園で同じクラスになって、そこでようやく友達になったと想像できるんだ」
ここは後になるか先になるかの違いだ。
光や七海と仲良くなることに変わりはない。
乙女は隣のクラスで、七海を通じて知り合い程度にはなれたかもしれない。
ただし今のように妹の可憐まで交流となる可能性は低い。
「そのパラレルワールドだと、ことちゃんだけは私と関わる可能性が全然見えてこない。イジメられっ子としてのことちゃんを想像したくないけど、どうしても避けられない感じに思えちゃうね」
「はい。きっと世界ちゃんがいなかったら、私は皆さんに嫌われていたと思います」
「同じ委員の刹那は例外と思ってほしいけど、別のクラスではそんなに関わらないよね」
光や七海、乙女から毛嫌いをされた可能性が高い。
世界も積極的に関わる理由がなければ近寄らない。
刹那は世界以外に無関心で言葉と干渉しない。
よって言葉に対しては明るい未来が考えられなかった。
「それってさ、世界いなかったら桂がマジでヤバいじゃん」
「光はそう言うけど、同じ中学なら七海がことちゃんと仲良くしてたんじゃない?」
「悪いけどそれはないね。同じ中学でもクラスが違うし、部活やってる私じゃあ接点ないから。世界が紹介してくれなかったら今の関係はなかったよ」
「同じ4組になってる乙女がことちゃんと仲良くは……」
「私も世界繋がりで今の関係があるから。きっと桂とソリが合わないって決め込んで無理だったと思う」
ここで世界は伊藤の携帯を思い出した。
待ち受け画面に言葉の盗撮があった日を。
その時点で乙女と言葉が仲良くなる未来はない。
恋敵の相手として排除の対象となったはずだ。
「まあ、私と関わらないパラレルワールドで、ことちゃんにいい事があるとしたら、私が広めた噂がないから、男子にモテモテで告白された可能性が高いってことだね。その点はごめんなさい」
「とんでもないです!! 男の人が苦手なのに、それで告白をされても正直困ります!!」
「ことぴーの人生、世界が大きく変えた。世界なくて今のことぴーはない」
「刹那、なんで誇らしげなの?」
「世界の気のせい」
「そう?」
「うん」
「まあ、今のことちゃんとの関係は最高だって思ってるから。仮に他のパラレルワールドがあっても選ばないよ。桂さん、西園寺さんで呼び合う関係なんて考えられないし」
「それはそれで見てみたい」
「なによ刹那。その場合、刹那だって呼び方変わるからね。桂さん、清浦さんって」
「……微妙」
「そうでしょ。二人は大親友だからあだ名で呼び合ってないと変だよ」
「世界は強調しすぎ。大は余計」
「ふーんだ。二人の相性が誰よりも一番だってこと、私はよく知ってるもんね」
「そんなことない。今のことぴーがあるのは世界のおかげ」
「それはそれ、これはこれだよ。どっちも頭が良くて頭脳派のベストコンビだから」
相性について言葉はどう考えているのか?
世界と刹那から探りを入れられる。
そこでの言葉の答えは決まっていた。
「世界ちゃんとせっちゃんの関係が一番です。お互いを理解し合い、大切に思い合う素敵な二人だと思います」
「それ言われちゃうと話が終わっちゃうね」
「世界はことぴーじゃなく私を選ぶの?」
「刹那を選ぶけど何か?」
即答をして微塵の迷いもない。
その堂々とした態度は刹那にとって反則だったようだ。
不意打ちを受けたようで落ち着きがない。
どうにも照れているようだが、本人に言えば否定をするだろう。
「ことちゃんには悪いけど、どっちか選べって言われたら私は刹那一筋だよ」
「いいえ、世界ちゃんらしい素晴らしい答えです」
「なに世界ってば、そんじょそこらの男子よりカッコいいじゃない」
「光、そこで茶化さないでよ」
「可憐がよく世界が男だったら付き合う、なんて馬鹿言ってるけど、確かにこれは惚れるかも」
「乙女まで変なこと言わない。私は女だから惚れられても困るって」
「良かったじゃん刹那。世界は刹那が一番だってさ」
「七海、からかってる」
表情が固いのに刹那の頬は赤い。
世界の一途さがダイレクトに伝わってしまう。
これで世界が男ならば、刹那が惚れてもおかしくはなかった。