World Days(旧版)   作:完結の陽炎

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第6話「学園祭の準備」

 刹那の部屋は世界の部屋よりも間取りが広い。

 さすがに言葉の部屋よりは狭くなるがそれは別格だ。

 化粧ができるドレッサー、勉強用のデスク、戸棚、客用テーブル、ベッド、サイドテーブルとスタンドライトなど。

 女の子が生活をする機能は充分に持ち合わせている。

 娯楽となるゲームの類はなくパソコンもない。

 DVD再生が可能なモニタを置いてあるが、自分では使用しない飾り物扱いだ。

 たまに世界がDVDを借りて一緒に見ることがあるので無用の長物でもない。

 一見をすると殺風景なインテリアでミニマリストに該当するのかもしれない。

 それが刹那の性格を表していて、世界はそんな刹那の部屋がお気に入りだ。

 

「何度見ても家具は刹那のほうが充実しているんだよね。やっぱり間取りがあるのとないのとでは大違い」

「でも私、世界みたいに女の子らしい部屋じゃない。世界みたいな壁掛けもやらない」

「壁掛けは部屋を広くするための工夫だから。あと刹那はドレッサーがあるじゃない。私の部屋は狭いから置けないんだよね。洗面所のほうでメイクやるしかなくて」

 

 化粧ができる台と椅子の環境があることが羨ましい。

 ゆっくりと座って落ち着いた空間でメイクを楽しみたい。

 鏡を置いて簡易的にできなくもないが、ドレッサーで化粧という願望を抱く。

 

「部屋のモニタを取っ払い、戸棚を減らして、その中身はベッドの下とか他の戸棚とかで移動させればスペースが空くかも……でも部屋を圧迫しちゃうから、どのみち導入は難しそうだね」

「探せば省スペース、コンパクトなものもある」

「いや、ここは考えを変えるんだよ刹那。デスクとドレッサーを両方できるようにすればいいんだ。そもそも私って、机に座って勉強なんてやらないから物置扱いだし」

「それ胸張って言うことじゃない」

 

 机に向かうと嫌いな勉強を連想してしまう。

 ただでさえ学校で授業という地獄を味わっているのに。

 プライベートまで勉強をしたくない世界は、宿題やテスト勉強が嫌いでいつも避けようとする。

 そのたびに刹那が世話を焼いて厳しく教えるのが常だ。

 

「とにかく、私の家は刹那ほど裕福じゃないから、バイトしてお金稼いで、それで買えるまで頑張らないと」

「誕生日におねだりすればいいんじゃないの?」

「あのね刹那、私のお母さんは見栄張ってるけど、実際は貧乏でとってもケチなの。洗面台の鏡で事足りるからドレッサーなんて買ってくれないよ」

「なるほど、確かに」

「そこで納得されても複雑な気持ちになっちゃうなぁー」

 

 他で代用ができれば余計なものは買わない。

 節約志向といえば聞こえはいいが、世界からすればケチ以外の何物でもない。

 欲しいものがあるなら、親に頼らずバイトをして稼ぐしかないのである。

 

「事実、おばさんはお金の使い方を間違えている」

 

 給料日前になると、世界の母は金使いが荒くなる。

 普段使うのを我慢しているので、その反動で加減ができていない。

 相変わらず未来への投資だと言い続けている。

 そのたびに世界は貧乏飯に追い込まれるので、刹那から温かい手料理を御馳走をしてもらう。

 お昼の弁当まで作ってくれて、その時は大いに助けられていた。

 

「刹那もそうだけど、おばちゃんも優しいね。お金のことは気にしなくていいから、ちゃんとお腹いっぱいに食べて元気出しなさいって言ってくれて」

「ご飯はしっかり食べないとダメ。困った時はお互い様」

「刹那が困る事なんてないから、一方的に私が助けられてるけどね」

「そんなことない。世界が傍にいてくれて、頼ってくれて私は幸せだから」

「ふむ……」

 

 世界は刹那の幸せについて考えてみる。

 寂しがり屋で孤独に弱い刹那。

 それなら言葉という大親友がいる。

 光と七海というクラスの友達もいる。

 乙女と可憐も世界の事がなければ仲良くなれるだろう。

 だが……。

 

「あ、そっか。刹那って愛想笑いができないから、周りに誤解されちゃうんだよね」

「うん。私は世界と違って上手く笑えない」

「仲良くなったらユーモアに溢れる刹那が見られるのに」

「見なくていい」

「あと他人に無関心なせいで、冷たい人、厳しい人、怖い人なんてマイナスなイメージで見られちゃうんだよ」

「別にいい。興味がない」

 

 世界はもったいないと思ってしまう。

 もし刹那に可憐ぐらいの愛嬌があれば可愛い系でモテるだろう。

 スレンダーで小型な女の子ゆえ、田中のように惚れる男子が一定数いるから。

 そうなれば世界は完全にいらない子扱いである。

 むしろ刹那の邪魔でしかないだろう。

 

「世界」

 

 刹那の冷たい声に世界は目を逸らす。

 睨んでいることが見なくてもわかる。

 世界が相手だと黙っていても意思疎通ができてしまう。

 つまり今の世界が何を考えているのかを感じ取っている。

 それは刹那にとっては極めて不愉快なこと。

 世界の自己否定は認めないし許さないという意思だ。

 

「私、何も言ってないよ」

「言わなくてもわかる」

「ほぉー、じゃあ当ててみなよ名探偵くん」

「ふざけないで」

「それが私だからね。知ってるでしょ?」

「それなら私のことも知ってるよね? そういう自己否定は嫌いだって」

「逆に自己肯定をすれば、刹那が喜んで好きになるのね。刹那の幸せを望む私としては、それを参考に実践したいところだよ」

「私の幸せじゃなくて、世界は自分の幸せをちゃんと考えて」

「いつも世界のため、なんて口癖みたいに言う刹那がそれを言えるの?」

「むむむ」

「刹那のため、世界のため。これでおあいこだよ」

「それは屁理屈」

 

 世界が右手を差し出すと刹那も右手を伸ばした。

 これからもよろしくという意味で握手を交わす。

 以心伝心ができるほど絆の繋がりを実感した。

 こうして区切りがつくと、世界は手を離して刹那のベッドへダイブ。

 ゴロゴロと寝転がって猫みたいに振る舞う。

 はしたないと思って刹那が注意をしても無駄である。

 

「刹那の前だけだからいいでしょ。他の人の前でやる訳じゃないから」

「世界ならことぴーの前でやりそう」

「やらないってば。ほら、こころちゃんがマネしたらマズイかなって思うし」

「そこは考えてるんだ。少し見直した」

「まあ、こころちゃんが先にやってたら遠慮しないけどね」

「前言撤回」

「でも刹那の枕ってなんか気持ちいいね。いい匂いがしてとっても落ち着く」

「嗅ぐな」

「嗅いでないよ!! 私は犬か!!」

「枕を返しなさい」

「ちょっとぐらい貸してよ。減るものじゃないのに」

「返しなさい」

「やだ」

 

 ギュッと枕にしがみつく。

 それが心の後ろから抱き着いた世界の光景を思い出させた。

 ムスッと刹那の機嫌が悪くなり、世界のほっぺを容赦なく引っ張る。

 ひぃひぃと情けない悲鳴をあげ、涙目で許しを求めて枕を返した。

 

「刹那のケチ。私だったらいくらでも枕ぐらい貸すのに」

「自分がそうだからって人もそうだとは限らない」

「だったら刹那が枕の代わりになれるの? ギュッとされたら暑苦しいって怒るでしょ?」

「なぜそう決め付ける?」

「普通じゃん。今は暑い夏だし。エアコンで冷房効きすぎて寒いって感じだったら、それで抱き着いてもちょうどいい感じになるかもしれないけど」

「……」

「ちょっとストップ刹那。なんでエアコンのリモコンを取ったの?」

「部屋が暑いと思って」

「いやいや丁度いいから。これ以上冷やしたら寒くなるってば」

「そう……」

「なんで残念そうなの? 刹那ってたまにとんでもない事しようとするね」

「世界が言えたことじゃない」

「なによ。私がいつそんなこと――」

「これまで世界がやらかしたこと、全部話すと深夜になるけど聞く覚悟ある?」

「ごめんなさい」

 

 心当たりがありすぎて世界は速攻で謝る。

 現状を打開するために話題を変えるしかない。

 そこで夏祭りについて切り替えることにした。

 

「刹那って動きにくい浴衣が苦手だよね? 今年の夏祭りはどうしようか?」

「世界はどっちがいい?」

「私は私服。浴衣だと帽子とミスマッチだからね。クセ毛が隠せないし」

「かわいいのに」

「だから何度も言ってるけど、ダメなものはダメなの」

「わかった。それなら私も私服で」

 

 予算が少ないため、出店で何か買う場合は厳選が必要。

 あえて買わず見て回るだけにして雰囲気を楽しむのもありだ。

 

「刹那、水筒持参する? そうすれば買わずに済むから」

「うん。水分補給は大事」

「食べ物はシェアできるものを一つか二つまでにして半分っこがいいかな?」

「世界は何が食べたい?」

「定番のたこ焼きは外せないよ。刹那は何かある?」

「たこ焼きでいい。きっちりと分けられて食べやすい」

「決まりだね。あとは花火でも鑑賞できれば上出来ってことで」

 

 夏祭りの当日。

 お互いに近所もあって刹那が迎えに行く。

 洗面所の鏡でクセ毛を何とかしようとした世界。

 結局は諦めてメッシュな野球帽を被る。

 そして刹那と一緒に祭りへと赴いていった。

 その最中、乙女と伊藤を遠巻きに発見。

 浴衣姿にポニーテールの乙女が伊藤の隣を歩く。

 いつもの活発さと違っておしとやかな雰囲気だ。

 伊藤も乙女のことを意識しているようである。

 

「刹那、邪魔しないように移動しよ」

「うん」

 

 次に発見をしたのが光と澤永。

 いつものリングではなく、団子にして髪をアップしている。

 普段見られない浴衣姿もあって、澤永の目は釘付けであった。

 

「光ってば、いつになく気合い入ってるね」

「世界、行こう」

「わかってる。空気を読んで静かに退散っと」

 

 たこ焼きの屋台でシェアをして持参の飲み物で水分補給。

 出店を適当に見て回って花火があがった。

 二人は夜空を眺めて大いに楽しむ。

 

「刹那、こういう時間ってホント早いと思わない?」

「思う」

「皆で楽しむのもいいけど、こうして二人で楽しむのもありだね」

「うん」

 

 やや人混みから離れて少しの間を置く。

 お互いが隣の位置で横顔を並べる。

 そのまま次の話題を世界から振った。

 

「刹那って、彼氏作ろうと思ったりしないの?」

「興味ない。世界こそどうなの?」

「私は刹那の幸せを見届けてから考える」

「そんなこと言って。世界は男子から告白されるかもしれない」

「あっても断るよ。他を当たるようにって」

「私に気を遣ってる?」

「違うよ。別の理由」

 

 世界が数歩だけ前に出る。

 その背中を刹那が見つめる。

 静かに振り返る世界の後ろで花火があがった。

 

「私、男の人を信じられないから」

「……」

「刹那のお父さん、約束を守ってくれるといいね」

「世界……」

「二度と浮気しない。真面目に生きる。刹那が幸せに感じるなら、私はそれでいい。そう思ってるよ」

「……」

「たとえ浮気の子どもとして陰口を叩かれても、刹那がいてくれるから平気」

 

 元気に笑う世界と悲しそうにする刹那。

 ゆっくりと近付き刹那の頭を優しく撫でた。

 まるで姉が妹を慰めるかのように。

 そして刹那が花火の上昇に合わせてそっと呟く。

 

「おねえちゃん」

 

 花火の音にかき消されても世界には伝わった。

 生まれた時から一緒だからこそわかってしまう。

 異母姉妹という秘密の関係。

 それがお互いの絆を強固なものにしている。

 

「んっ、何か言った? という感じにとぼけたほうがいい?」

「……世界の意地悪」

「それは今更じゃない。そろそろ帰ろ刹那」

「うん」

 

 刹那から手を繋いできた。

 そういう気分になったのだろう。

 何も言わずに黙って握り返し、そのまま帰路を歩いて行った。

 その後、世界が部屋で休んでいると光からの着信メール。

 澤永から告白をされて光がOKで恋人成立という朗報。

 これはめでたい事だと世界から積極的に電話をした。

 

「あっちへフラフラ、こっちへフラフラする澤永を、しっかりと光が捕まえておかないとね」

「わ、わかってる」

「秋には学園祭があるから、そこで恋人の時間を楽しめばいいんじゃない?」

「こ、恋人って……もう世界ってば、恥ずかしい事いわないでよ!!」

「照れない照れない。澤永と幸せになるように頑張れ」

「……世界」

「ん?」

「あ、ありがとう。色々と気を遣ってくれて」

「ううん、お礼ならことちゃんに言ってあげて。色々サポートしてくれたの知ってるでしょ?」

 

 言葉と馬が合わないことは知っている。

 それでも最低限としてお礼は言っておくべきだ。

 光は面と向かって言えるほど素直になれない。

 だから言葉にお礼のメールをする形にした。

 光の性格をわかっている言葉にはそれで充分である。

 

 夏休みに海外へ家族旅行をしていた言葉。

 帰国をして海外のお菓子を美味しく頂いた。

 それにより体重計に乗るのが怖くなってしまう。

 ダイエットとストレス発散を兼ねて久しぶりの居合を検討。

 言葉が父にお願いをして道場を貸し切ってもらった。

 そして世界の居合を見ようと刹那がついてくる。

 習い事で身に着けていた道着や袴。

 しっかりと髪を束ねている言葉が凛々しく立つ。

 世界も同じように道着を纏っていた。

 

「ねえ刹那、ちょっとお願いがあるんだ」

「なに?」

「刹那が付けているリボン。少しの間だけ借りていい?」

「いいけど……はい」

「それを私に着けてくれない?」

「わかった……世界、付けたよ」

「ちょっとしたおまじない。刹那が傍にいるみたいで心強く感じるから」

 

 刹那の青いリボンを頭に着けた世界。

 真剣を用いての居合を始めていく。

 刹那のリボンで世界のメンタルが大きく変化する。

 純粋で真っ直ぐ、そしてフォームの美しさに満ちていた。

 

「世界、すごい」

 

 瞬きも忘れるほどに見惚れる刹那。

 しっかり振り抜き、対象の巻き藁を斬り落とす。

 一振りの残心を済ませて納刀から一礼も淀みがない。

 明らかに今までの世界から一皮むけていた。

 

「世界ちゃん、今まで本気を出していなかったのでしょうか?」

「本気だよ。ただ刹那のリボンを着けてると、何でも出来そうな気になってくるの。おしゃれをする女の子って、きっとこんな感じだと思う」

「よく似合っています」

「皆には内緒にしてよ。刹那も」

「別に隠すことないと思う」

「照れくさいのよ。ほらリボン返すから刹那が外して」

「ずっとそのままでいてほしい」

「だったら、ことちゃんの居合が終わるまでね。シャワー浴びて着替えることになるし」

「世界のケチ」

「ケチで結構よ。ほらことちゃん、バサッと決めちゃって」

「わかりました」

 

 世界の要望に応えるため言葉が静かに構える。

 そして淡々と真っ二つにする居合を見せつけていく。

 背筋が凍るほどの無慈悲な動作。

 ホラーの恐怖を感じさせる冷徹な太刀筋。

 世界の居合が光なら、言葉の居合は闇に例えられる。

 

「いつ見ても圧倒されちゃうね。ことちゃんが敵に回ったら勝てる気しないよ」

「もう世界ちゃん、私がそんなことする訳ないじゃないですか」

「そりゃそうだね――って刹那、大丈夫!?」

 

 刹那の顔色が真っ青でブルブルと震えてしまう。

 言葉の居合に恐怖をしたから。

 世界が優しく抱き寄せて落ち着かせている。

 

「ごめんなさいせっちゃん!! 怖がらせてしまって!!」

「これは仕方ないよことちゃん。居合の独特な雰囲気に慣れてないとさ。私も最初は刹那みたいに身震いしたことあるし」

「あ、私も入りたての頃は怖かったです」

「静まり返ってヒンヤリした空気っていうか、最初はビビってしまうよね」

 

 慣れてくれば居合の空間が心地よく感じてくる。

 集中力が高まり、精神が鍛えられる。

 居合に限らず、どの分野でもやり始めは戸惑うものだ。

 二人はそうやって当時を懐かしんでしまう。

 もっとも刹那が恐怖をしたのは居合そのものではない。

 世界の居合は平気なのに、言葉の居合は恐ろしい。

 同じ居合でも相手によって違うのだとわかった。

 

 お互いの母に夏休みは存在しない。

 むしろ客が増えて繫忙期になるので苦労が絶えない。

 世界の母は刹那の母と親友であり、仕事のライバルでもある。

 どっちがより結果を出せるかで競争をしている最中だ。

 

「おかえりお母さん、あとお疲れさま」

「ただいま世界。もうお母さんクタクタよ」

「ご飯どうする? 外で済ませた?」

「済ませてきたから大丈夫」

「お母さんってさ、将来パリで店を持つのが夢なんだよね?」

「そうよ。パリ行きはお母さんにとって夢を掴むチャンス。それを逃がしたくないわ」

「それは刹那のお母さんだって同じでしょ? でも向こうは本社で重要な役職を持ってるから、勝負してもお母さんが不利じゃない?」

「うっ……だ、大丈夫よ!! お母さんだってやればできるんだから!!」

「そうだといいけど」

 

 いつもの事だと適当に流しておく。

 まともに愚痴を聞いても疲れるだけだ。

 学生は学生らしく真っ当に青春を送りたい。

 

 夏休みが終わって2学期が始まる。

 心機一転による席替えイベント。

 くじで七海が澤永の隣になったので光が食いつく。

 なお、席の位置は後ろから三番目の真ん中である。

 

「七海」

「はいはい皆まで言わなくていいよ。ダーリンとお幸せに」

「ダーリン言うな!!」

「もう光ってば、あんまり騒ぐとバレるって」

 

 世界が注意をしながら交換を見届ける。

 澤永の隣にいる光はご満悦だ。

 ふと刹那が近寄ってきたのでくじを見せてもらう。

 

「刹那、また一番後ろ当ててるじゃん。しかも隣が伊藤って、なによその運命的な引きの良さは?」

「前回は入口側で今回は窓側。隣の伊藤は偶然。世界の席はどうなの?」

「あ、私は一番前の窓側。隣は田中……刹那ちょっといい?」

「ダメ」

「まだ何も言ってない」

「世界は既に一回、伊藤の隣になってる。また隣になったら不自然」

「前回は刹那から交換を持ち掛けたのに、今回の私が交換をお願いしてもダメなんだ。へえー」

「……」

「なんてね。刹那の困った顔が見られてラッキー」

「世界、これ以上イジワルするなら、次なにかあっても助けない」

「それは勘弁。前回は乙女のためにした事だからね。今回はさすがに疑われちゃうし。刹那がダメって言うのはむしろ当然だよ」

 

 そう言い残して指定された席へ向かう。

 刹那の親友として挨拶をするのは自然な流れ。

 しかし田中は口下手である。

 いきなり声を掛けても会話が成立しないだろう。

 よって授業中にノートの筆談でやり取りをした。

 イエスノーの二択形式で答えやすくする配慮を忘れない。

 最初は緊張していた田中が次第に慣れてくる。

 世界のことを友達思いのいい人で好印象をもったようだ。

 

『刹那は愛想なくてとっつきにくいかもしれないけど、根はとても優しいの。刹那が大変な時は田中が助けてあげて』

 

 力強く頷いてくれるので、世界も頷き返して黒板へ目を向けた。

 しばらくして田中からノートでお礼の文字が書かれた。

 副委員長に推薦してくれたことへの感謝。

 それで刹那と接点を持つことができたから。

 世界としては自分のやりたいようにしているだけ。

 わざわざ礼を受けるほどの事でもなく、恩着せがましくするつもりはない。

 

「という訳で、刹那は今まで通り田中をコキ使えばいいよ」

 

 休み時間に刹那の所に行って現状報告。

 そんな世界に向けて刹那は素っ気ない一言を返す。

 

「余計なお世話」

「わお、反抗期の刹那がかわいい。写真撮ってもいい?」

「蹴るよ」

「いやん暴力反対」

 

 隣の席にいる伊藤が刹那と世界のやり取りを見た。

 その視線に気付いて世界が反応をする。

 

「なになに、小うるさいヤツとか思ったでしょ?」

「思ってない」

「どうだか。あ、ちょっと伊藤に訊きたいことあるんだけど」

「なんだよ?」

「いたるちゃんが来る日を学祭に当てて楽しませるってのは無理?」

「ちょっと難しいな。止を学園まで連れて行く人がいないと」

「ってことは連れて行く人がいればOK?」

「ああ、でもそんな都合のいい人がいる訳ないだろ?」

「うーん……刹那カモーン」

「なに?」

「伊藤、ちょっと作戦タイムね」

「なんだよそれ?」

 

 伊藤を放置して教室の隅っこへ移動。

 刹那と間近になってコソコソ話を始めた。

 

「こころちゃんにいたるちゃんを紹介。二人が仲良くなり、こころちゃんがいたるちゃんを学祭へ連れて行く。どうよ?」

「二人が仲良くなるとは限らない。こころちゃんの都合もある。だからことぴーに相談したほうがいい」

「それはダメだよ。ことちゃんと伊藤を関わらせるのはマズイって。まだ乙女に対して答えが出ていないのに、伊藤を悩ませる事になるから」

「じゃあ諦める? それとも他に頼む?」

「うーんと……あ、可憐がいるじゃん」

「……」

「刹那、目が鋭くなってるよ。この前の件はもう終わった事。散々言いたいこと言ってスッキリしたでしょ?」

「……」

「頭でわかっても感情が納得しないヤツね。でも他に頼れるのは可憐しか残ってないよ。可憐なら安心していたるちゃんを連れて行けるし伊藤も納得するよ」

「……わかった」

 

 作戦タイム完了。

 伊藤に可憐が連れて行く事に同意を得る。

 これで止は榊野学園のお祭りを楽しむことができるだろう。

 

「西園寺って、ホント止には優しいよな」

「そりゃそうよ。私はいたるちゃんの友達だからね」

「そうだったな。サンキューな西園寺」

「あいよ。さてと最近は財布のダイエットが進んでしまったし、今こそ光のお店でバイトを――」

「バイトにかまけて、学祭の準備やテスト勉強サボらない」

 

 刹那に言われて世界の目が泳いでしまう。

 サボる気満々だ。

 やりたい事があれば全力でやるが、やりたくない事はとことんやらない。

 それが世界のポリシーである。

 

「じ、準備なんて私いなくても――」

「ダメ。そうやって一人許すと皆やらなくなる」

「勉強なんて、刹那やことちゃんみたいに頭のいい人に任せたい」

「真面目にやらないとおばさん怒る。バイトの許可もされない」

 

 冬休みまでバイトはお預けになるだろう。

 トホホと嘆く世界に刹那が不敵に笑う。

 チャイムが鳴って次の授業へと進んで行く。

 

 別の日の放課後。

 言葉の部屋で対策会議を開く。

 世界が不穏な情報を仕入れたからだ。

 そして刹那と言葉の二人に相談をする。

 

「世界、不穏な情報って?」

 

 刹那が先を促してくれる。

 人前で言えないことであることは明らか。

 言葉の部屋なら遠慮なく話すことができる。

 

「榊野学園3つの隠し伝統」

 

 世界の口から語られるカップル限定となる言い伝え。

 その1、学園祭を一緒に回る。

 その2、後夜祭のフォークダンスをする。

 その3、隠し休憩所でエッチをする。

 それら3つを全て成し遂げたカップルは、永遠に結ばれるという曰くつきだ。なお順不同である。

 

「……狂ってる。退学になっても文句言えない」

「私も最後の休憩所はやり過ぎです。一つ目と二つ目はまだ健全だと思いますが」

「女子バスケの上級生が怪しくてね。七海と乙女がこっそりと聞いたの。隠し休憩所が設置できたら、映像カメラで撮影するという密談があったみたい」

 

 厄介な所として、今のところは未遂のため証拠が出ない。

 言った言わないの水掛け論になるだけだ。

 ここで重要なことは、事前に根回しをして隠し休憩所を作らせないこと。

 その危険性を説いて生徒会や先生を味方につける。

 出し物の図面で実際のものと違っていれば、それが隠し休憩所である可能性が高い。

 そこを厳しく取り締まり、もしカメラという証拠が出たら言い逃れはできない。

 学園は評判を落とさないために処断をするだろう。

 

「クラス委員の刹那とことちゃんが上手く説明して、生徒会や先生を味方につけて動かしてほしいの。隠しカメラで見世物にされて、トラウマになる被害者を出さないためにもね。同じ学園の生徒として、ハッキリ言って気分が悪いから」

「わかった。私とことぴーに任せて」

「はい、任せてください」

 

 敵となる相手に何もさせない事態へ持って行く。

 そのために敵に気付かれないまま動くことが肝要だ。

 1年4組の出し物は作品の展示会で決定。

 お化け屋敷の案は委員長である乙女が主導的に却下をした。

 隠し休憩所の設置として狙われる危険性が高く、まともにお化け屋敷を作れるだけの団結力もないからだ。

 展示会ならお化け屋敷のような暗闇にならないため、隠し休憩所が作られることはない。

 

 1組は妹系のコスプレ喫茶、2組はゾンビスタイルの喫茶。

 どちらも色物扱いとなる印象だが、隠し休憩所が作られるほどの隙はない。

 喫茶という被りで揉め事を起こさないように不戦協定が結ばれていた。

 トラブルを起こされては学園側としてたまったものではないから。

 

 1年3組の教室で出し物を決める。

 副委員の田中が黒板を書き、委員長の刹那がその場を仕切った。

 クラスメイトから意見を集めて投票をする。

 

 タコタコライス8票

 駄菓子屋4票

 喫茶店15票

 的当て1票

 合唱会1票

 恋占いのお悩み相談室1票

 

「せつ――じゃなくて委員長、ちょっといい?」

「なにせか――西園寺さん」

 

 先生が見張る公の場で呼び方を変える。

 刹那は表情にこそ出さないが激しい違和感を覚えた。

 世界に至っては明らかに嫌そうな顔を浮かべる。

 お互いに次から省略をしようとアイコンタクトで合意をした。

 

「他のクラスでも喫茶店があったらどうするの? メニュー、大体似たようなものになりそうだし、パクリ扱いされて揉めたりしない?」

「メニューの意見を出してもらい、それを踏まえて、他クラスで喫茶をする委員と話し合う」

「わかった。まず私から飲み物でひとつ出すね。定番の紅茶」

 

 世界を始めとしてクラスメイトからドリンクメニューが列挙される。

 それは以下の通り。

 

 紅茶

 コーヒー

 コーラー

 オレンジジュース

 麦茶

 ウーロン茶

 

「次に食べ物を挙げてください」

「食べ物について質問してもいい?」

「どうぞ」

 

 今度は挙手をして省略する形とした。

 刹那も呼び名を省いて促してくれる。

 

「食べ物をデザートに絞っても、洋風か和風かで意見が変わるよ。両方出してもいいの?」

「絞り込みは後でするから、今は自由に意見を出していい」

「了解。じゃあ一つずつ出すね。洋風でアップルパイ、和風であんみつ」

 

 世界を先陣にクラスメイトから食べ物メニューを出す。

 和洋問わずに提示されたのは以下の通り。

 

 アップルパイ

 あんみつ

 シュークリーム

 だいふく

 ブルーベリーパイ

 だんご

 スコーン

 ようかん

 ポップコーン

 おしるこ

 カップケーキ

 ぜんざい

 

 追加として光の洋菓子屋にあるパイも黒板に書かれた。

 また単品メニューだけでなく各セットメニューも添えておく。

 次に衣装についてどうするのか?

 

「喫茶店のコスチュームについて、意見のある人は?」

 

 刹那が真っ直ぐに世界を見つめた。

 クラスメイトも世界に注目をしている。

 暗黙的に一番槍となってしまったようだ。

 

「洋風ならウエイトレス、和風なら着物。それ以外なら調理実習の制服エプロン」

 

 当たり障りのない3つの意見を出す。

 黒板にしっかりと書き込まれていく。

 クラスメイトからも意見が入る。

 靴は各自で持参という補足が加わった。

 

「他に意見は?」

 

 ここで澤永がバカな意見を連発で出してくる。

 刹那が即時に却下を繰り返して撃沈。

 教室内で爆笑され、先生に怒られて大人しくなる。

 他のクラスと協議をする必要があるため、絞り込みは後日に回した。

 

「お疲れ刹那。いやー、慣れないことはするものじゃないね」

「世界、少し顔色悪い。大丈夫?」

「……委員会、遅くなりそう?」

「長くても30分」

「先に刹那の部屋に行ってていい?」

「いいよ。合鍵もってる?」

「うん。じゃあ委員会、頑張ってね」

 

 世界の後ろ姿を不安そうに見つめる。

 大丈夫と返事せずに間が開き、とても眠そうであった。

 不慣れなことをすると世界は人一倍に疲れやすい。

 委員会を済ませて真っ直ぐに家へ帰る。

 刹那のベッドで無防備に眠っている世界がいた。

 そのまま起こさないように荷物を下ろして着替える。

 

「んんっ……」

 

 時折、寝返りを打ちながら寝息を漏らしている。

 それを近くで静かに見守るだけ。

 何度見ても世界の寝顔に嬉しくなる。

 ずっと見ていたくなるほどに。

 やがて世界の瞼が開き、目の焦点合わず、刹那をボーと眺める。

 

「世界、起きた?」

「んー」

「今から夕飯作るけど食べて行く?」

「うーんー」

 

 世界が手を伸ばして彷徨っている。

 その手を刹那が握り、それを支えに無意識に体を起こそうとする。

 急で反応できず、刹那から押し倒す体勢になった。

 お互いに何も語らずに至近距離で見つめ合う。

 先に目が覚めたのは世界からだ。

 

「おはよう刹那」

「おはよう」

「……ちょっと息がくすぐったいよ」

「うん……世界」

「ん?」

「寝ぼけて急に引っ張らないで。危ないから」

「ごめん」

「反省した?」

「した」

「それならいい。ご飯作るからゆっくり休んでて」

 

 刹那がベッドから離れていく。

 赤いリボンの後ろ髪に向けて声を掛ける。

 それは独り言を漏らすかのように。

 

「何となく悪い夢を見そうな気がして、刹那のベッドなら大丈夫かなって。甘えちゃってるね私。体弱いことを言い訳にしちゃってさ」

「それは違う。辛い時はちゃんと言って。無理に頑張ろうとして体を壊すほうがダメ」

「わかってる。だから大丈夫って訊かれたとき、嘘つかなかったの」

「本当の事も言ってない」

「手厳しい。でも刹那はそれでいい。私にない強さがあっていい」

 

 これ以上引き留めると夕飯が遅れてしまう。

 スタミナ丼をリクエストしてベッドで大人しくする。

 そんな世界を元気にするため、刹那は料理の腕を振るってみせた。

 

 休戦協定に1年3組も加入する。

 1組と2組の委員と歩み寄りが求められて話し合いがされた。

 口下手な田中は戦力にならない。

 刹那では強気になりがちで話が円滑に進みにくい。

 先生と生徒会の承諾を得て、臨時で世界が介入をした。

 1組は園児と魔法少女のコラボ、2組はゾンビのホラー系スタイルで、コスチュームが同じになる心配はない。

 世界が重視したのは中身のメニュー。

 ラディッシュというレストランの娘だけあって、その辺りの知識は詳しい。

 

「1組のコンセプトなら紅茶が合うね。純白なイメージで内装も凝れちゃう。2組は黒か茶の暗めをイメージしてコーヒーと相性がいいかも」

 

 相手のコンセプトを褒めつつ、メニューの相性を考慮する。

 食べ合わせに良いものを提案しての誘導。

 世界の母が作る複雑な独自メニューに比べたら簡単なことだ。

 3組の加入が一番あとになるため、メニューの優先権は1組と2組に譲る。

 その残り物で絞り込みをする形にすれば揉めることがない。

 冗談が言えるほどの余裕で親しくなり、緊迫した空気が和んで談笑できるほどだ。

 こうして世界が緩衝材の役割を見事に果たす。

 

「ほら田中、落ち込まないの。人には向き不向きあるんだから。他で刹那を助けてあげてね」

 

 気持ちよく終わったのに、田中は己の不甲斐なさを責めた。

 世界に励まされて気持ちを立て直してもらう。

 刹那もその気持ちはわかるようでいつもより表情が暗い。

 それを世界がくすぐりの刑でわざと怒らせて切り替えさせる。

 何も言わなくても世界の真意は伝わったようだ。

 

 後日に乙女の家で対策会議。

 メンバーは世界・刹那・言葉・七海・乙女だ。

 先に切り出すのは世界である。

 

「七海、乙女。あれから上級生の動きはどうなったの? 1年はどのクラスも隠し休憩所作れない状況になったけど?」

「先輩方のクラスでお化け屋敷に決めて、そこで作ろうと企んでるみたいだよ」

「でも上手くいかないと思う。バレたらヤバいからって乗り気じゃない人が多いから」

 

 敵となる上級生は諦めが悪い。

 この時点で無理だと大人しく引き下がればいいのに。

 世界は不快感を露わにした。

 

「場所を考えてほしいよね。学園の中でするなって普通思わない? それを見せ物に盗撮しようとするなんて犯罪じゃん。そういうの凄く気分悪いからマジでやめてほしい」

「世界の言う通りだよ。だから加藤と一緒にそれとなく調べたし」

「私も。そういうの絶対よくないって思うから」

 

 世界の主張に七海と乙女が同意をする。

 静かに見守る刹那と言葉も相槌を打つように頷く。

 

「刹那、ことちゃん。学園に密告して警戒網を張り巡らせて。徹底的に阻止してほしいから」

「わかった」

「任せてください」

 

 もし強行があるならやむを得ない。

 最悪の場合、警察沙汰になるかもしれないが因果応報である。

 ひたすら水面下で立ち回り、被害者が出ないように用心を怠らない。

 

 学園祭に向けての準備が本格的に始まる。

 休戦協定の取り決めで同じ喫茶で重複をしないことがルールだ。

 しかし抜け道はあるので、実際はそれほど厳しい制約ではない。

 例えば紅茶で、1組がレモンティー・ストレートティー・ミルクティーの三つをドリンクメニューにした場合、3組で紅茶のオレンジティー・ハーブティ・マスカットティーを出すのはOKである。

 食べ物にしても、仮に2組がみたらし団子をメニューに入れた場合、3組であんこの串団子を出すことは可能だ。

 こうして無理なくそれぞれのクラスと共存をはかっていく。

 

 学園祭の準備期間中。

 田中が柔道の自主練で全治2週間の骨折をしてしまった。

 その知らせをしてくれたのが澤永。

 これで1年3組のクラス委員は刹那だけとなってしまう。

 田中の代わりが必要だ。

 教卓に集まったのは、刹那・世界・光・七海・伊藤・澤永。

 席に座っているクラスメイトたちで代役を名乗り出る者がいない。

 そんな困った所に光が矛先を向けたのは……。

 

「伊藤、あんたヒマでしょ。部活もやってないんだし、あんたが代わりにやりなさいよ」

「えー俺!? それ言うなら泰介だってそうだろ!!」

「澤永はクラスで使うからダメなんでしょ光?」

「そ、そうよ。さすが世界わかってる」

「え? そうなのか?」

「そうなの!!」

 

 不思議そうにする澤永に光のごり押し。

 澤永は誰にも渡さない。

 そんな光の想いを鈍感な澤永は気付かない。

 それは別として、伊藤が中々引き受けようとしない。

 4組のクラス委員である乙女と会うことになるからだろう。

 告白をされて返事を保留にしている現状。

 どう接したらいいのかわからず、顔を合わせ辛いに違いない。

 

「な、なら俺もクラスで何か――」

「乙女が気になる?」

 

 業を煮やした刹那が遮って核心を突く。

 

「なに喧嘩中?」

 

 光の問いに。

 

「伊藤、乙女に告白されたから」

 

 刹那の衝撃発言。

 何も知らない澤永が驚きの声を上げた。

 クラスメイト一同がザワザワとしながらも見守る。

 まさか暴露をされるとは思わなかった。

 伊藤は肯定も否定もできず、激しくうろたえるばかり。

 そんな曖昧な態度が余計に気に食わないのか。

 刹那が外堀を埋めるかのように続ける。

 

「今、乙女と付き合ってるんでしょ?」

「いや待ってくれ。付き合うも何もまだ返事をしてない」

「そうやって逃げ続けて、乙女のこと本気で考える気ある?」

「あるって!! だからもう少し考えさせてくれ!!」

 

 伊藤嫌いの光からすれば見苦しい事この上ない。

 男らしく告白をした澤永とは大違い。

 それを見習えと言いたくなる。

 七海もハッキリとさせない伊藤に呆れている様子。

 乙女の気持ちを無下にしているように見えてしまう。

 集団心理というのは恐ろしい。

 伊藤が悪者という流れになり旗色の悪さが伺える。

 

「……」

 

 世界は無言のまま刹那の左斜め後ろへ立つ。

 その動きを察知して合わせてくれる刹那。

 世界の体の位置と視線は澤永へ向く。

 今から澤永に話し掛けるという合図だ。

 お互いに位置を調整する。

 刹那は左に一歩動くだけで世界を守れる。

 世界は相手の顔が見えるので会話がしやすく、右斜めに刹那がいてくれるので心強い。

 

「澤永、ちょっと訊いてもいい?」

「なんだ西園寺?」

「澤永って今、光と付き合ってるよね?」

「ああ」

「ちょ、ちょっと世界!! 他の生徒がいる前で何を――」

「澤永から告白したんだよね?」

「そうだよ」

「もし光から告白をしていたら、澤永はその場でOKした?」

「ああ。俺は誰とも付き合ってないから、断る理由なんてないし」

「なるほど。今の伊藤みたいに、考える時間をくれで保留にはしないんだね」

「つーか誠がおかしいんだよ。何をそんな考える必要があるんだ? 女の子から告白されたら即OKする所だろうが。あー羨ましいぃーーー!!」

 

 やかましい澤永だが、一人の男としての意見ではある。

 澤永のように即決をする男もいれば、伊藤のように慎重になる男もいる。

 人それぞれであり正解はないのだろう。

 世界と刹那の視線が交わる。

 次に話し掛ける相手は伊藤だ。

 しっかりと配置を整えてから助言を始めていく。

 

「あのさ伊藤、ちょっと参考になりそうなアドバイスをしてもいい?」

「あ、ああ」

「伊藤は一人であれこれ悩んでるみたいだけどさ。それって乙女と一緒に話し合ってみたらいいんじゃない?」

「話し合うって言われても……」

「例えば、乙女と付き合いたいけど、貧乏だからお金のかかるデートができないとか。妹のいたるちゃんのことがあって、彼女を優先できない日があるとか。そういった色々な事情を、乙女に相談をして一緒に解決をするの。そうすれば不安がなくなり、安心して付き合えるんじゃない?」

 

 男女交際は相手があっての事だ。

 一人で悩んで答えが出せないのなら相手に打ち明ける。

 その上で解決方法を模索するのが建設的だ。

 

「どう伊藤、参考になりそう?」

「……そうだよな。一人であれこれ悩んでも仕方ないよな」

「という訳で話を本題に戻すね。クラス委員が刹那一人になってしまったから、伊藤に田中の代わりを頼みたいの。どうしても嫌なら私が代わってもいいけど、生まれつき体が弱くて刹那の足手纏いになるかもしれないから。出来れば伊藤が引き受けてくれると助かるんだけど」

「伊藤、受ける受けない、どっち?」

 

 世界に無理をさせるな。

 刹那の目がそのように語っている。

 その小柄な女の子が放つ強大な威圧感。

 アッという間に伊藤は屈してしまった。

 そんな情けない姿に世界は不安を抱く。

 伊藤に委員の代理が務まるのだろうか?

 刹那の足を引っ張ることにならないか?

 しかし誰もやらない以上は伊藤に頼むしかないのも事実である。

 

「伊藤、引き受けてくれてありがとう。そっちも事情はあると思うけど、クラス委員を刹那一人だけにしたままって訳にはいかないから。委員代理として、刹那のことよろしくお願い」

「正直、今は乙女と顔を合わせにくいんだけどな」

「さっきも言ったけど、どうしても無理なら私が代わるよ。嫌々で委員代理をされても、刹那に迷惑が掛かるから」

「悪い愚痴をこぼした。引き受けたからにはちゃんとやるよ」

「……刹那」

「なに?」

「二人だけで話がしたい。ちょっと廊下に出てくれない?」

「いいよ」

 

 世界は刹那を連れて教室を出る。

 人目が少なくなる階段の踊り場へ向かった。

 伊藤に対しての不安は三つある。

 一つ目、ギクシャクをしている乙女と会って、関係が上手く進むのか?

 二つ目、言葉と会うことで心変わりをしてしまい、乙女と向き合えなくなるのではないか?

 三つ目、委員の活動をまともにできず、刹那の迷惑になるのではないか?

 男性不信の世界は疑心暗鬼に陥ってしまう。

 そんな胸の内を刹那に明かした。

 

「聞いて世界」

「うん聞くよ」

「伊藤と乙女のことは当人同士の問題。ギクシャクしてもしなくても、世界が気にすることじゃない」

「……続けて」

「伊藤が心変わりをしても無駄。ことぴーは乙女を裏切らない。それ以前にことぴーは伊藤を何とも思っていない」

「うん」

「委員のことは私に任せて。伊藤が委員の代理をする以上、やるべき事は私が指示をしてやらせる」

 

 乙女の恋は報われてほしいと世界は思う。

 だが成功するか否かはわからない。

 刹那の言う通りで当人同士が決めることだ。

 信頼を寄せる言葉のことは全く同意である。

 委員に関することも刹那に任せれば安心だ。

 

「クラスが見てるのに、刹那が乙女の告白を暴露したのってわざとだよね? あれで間違いなく噂が広まるし、伊藤は学祭で返事をしないといけなくなった。そして何より、私が委員代理をやらなくて済むようにした。そうだよね刹那?」

「伊藤が引き受けなかったら、世界が私のために無茶をするのはわかっている」

「最悪、誰もいないなら私がやるしかないからね。できるのなら最初からそうしたいけど、刹那ならダメって反対をするでしょ?」

「うんダメ」

「伊藤がゴネなければ、刹那もあんな暴露しなくて済んだのに。私を守るために嫌な役回りしちゃって」

「世界のため。私は一向に構わない」

「私は私のためにやりたいことをやっているんだよ。刹那も自分のやりたいことをやればいいのに」

「今まさにしている。これは私のためでもあるから」

 

 吸い込まれそうなほど綺麗な瞳をしている。

 一切ブレることがなく真っ直ぐに世界を思って行動をする。

 そんな刹那の固い意思を無駄にするつもりはない。

 

「委員代理の件、ことちゃんと乙女にメールしておくね。刹那は伊藤と一緒に委員活動がんばって」

「任せて」

 

 メールを送信して、どちらからも間もなく返信が来た。

 それに対して世界の表情は芳しくない。

 

「うーん、ことちゃんはすぐに了解の返事が来たけど、乙女はあわわ状態で困ってるみたい」

「あわわってなに?」

「会えるのは嬉しいけど気まずくて怖いってさ。伊藤も似たような感じだからお互い様だよ。避けて通れない二人の問題ってことで、ちゃんと面と向かって話し合うしかないと私は思う」

「委員会を通じて私から伝えておく」

「任せる。でも乙女はビビりみたいだから、アフターケアはことちゃんに任せたほうがいいよ」

「ことぴーにメールしておく」

「よろしく」

 

 委員会で指定の会議室に集まる時。

 伊藤の気が進まずに足取りが重い。

 往生際が悪く牛歩戦術で時間稼ぎをしようとする。

 

「早く行け」

 

 ここまで来て無駄な抵抗をするな。

 その意味を込めて伊藤の尻に回し蹴りを叩き込む。

 

「痛いって清浦。人のケツ蹴るなよ」

「いい加減に覚悟を決める」

「け、けどよ――ってわかったから足を構えるな!!」

「さっさと行く」

「お、おう。清浦って意外と乱暴だな」

「蹴らせることをする伊藤が悪い」

 

 伊藤が逃げ出さないように刹那が先導をする。

 ドアハンドルを引いて会議室を開けた。

 その中には幾人かのクラス委員が集まっており、既に乙女と言葉も来ていた。

 

「あっ……」

 

 乙女が思わず声を漏らして、赤面をしながら顔を背ける。

 好きな人と同じ委員になれて嬉しいのに、告白をしたことで過剰な照れが混ざる。

 一方、伊藤の目は乙女の傍にいる言葉に奪われてしまう。

 1学期に気になっていた女の子。

 今は時間帯をズラされたり、バスに変えられたりで通学中に会うことがない。

 諦めたと思っているのに、いざ会ってしまうと気持ちのどこかで未練があるようだ。

 

「伊藤、ボーとするな」

「あ、ああ」

 

 刹那はわざと乙女と言葉よりも前の席へ連れて行く。

 そうしないと後ろでずっと言葉を見てしまうことになるから。

 おかげで乙女は伊藤の背中を見つめてドキドキする羽目になった。

 委員会の解散時に廊下を出て、一緒に帰りたくなる乙女の想い。

 でも今は告白してしまって、何と声を掛けていいのかわからない。

 そこで刹那が気を回してくれる。

 

「ことぴー、一緒に帰ろう」

「はいせっちゃん。それじゃあ加藤さん、私たちはこれで失礼します」

「あ、ちょっと桂」

 

 置いて行かないでと懇願の眼差し。

 すぐ近くに伊藤がいて接し方がわからない。

 鼓動が激しく鳴り響いてまともに顔が見れない有様だ。

 しかし刹那が突き離して伊藤に押し付ける。

 

「伊藤、乙女と一緒に帰れ」

「いたっ、なんでまた俺の尻を蹴るんだよ」

「見る相手を間違えるな。伊藤が見るべき相手は乙女。ちゃんと向き合え」

 

 刹那はそう言い残して言葉を連れて行く。

 門限に厳しい言葉の父だが、今は学園祭の準備という時期もあり、少し遅くなっても問題はない。

 寄り道にピュアバーガーへ立ち寄り、その店内の席で世界・七海・光が待っていた。

 そして世界が真っ先に反応をして話を切り出す。

 

「二人とも委員会お疲れ。早速だけど、この私が委員会で起きたであろう伊藤の行動を当てちゃう。まず乙女に会うのをためらって、刹那に蹴られるまでノロノロ歩きでもしてたでしょ?」

「正解」

「次に会議室でことちゃんを見た事で未練が復活。伊藤は乙女そっちのけでことちゃんを見た」

「それも正解」

 

 刹那の返答に世界は肩をすくめてしまう。

 やれやれといった感じで呆れてしまった。

 

「あー、これは光の推察通り、女泣かせの伊藤になる可能性ありだね。乙女の気持ちを考えるとホント同情するよ」

「絶対そうだと思ったよ私は。アイツ委員押し付けた時、散々ゴネてたし」

「言は伊藤のこと、特に何とも思ってないよね?」

「はい。見られた事は感じましたが、別に気にしていません」

 

 好きの反対は無関心とよく言ったものだ。

 言葉にとって伊藤は眼中に無い相手と受け取れる。

 それでも乙女からすれば面白くはないだろう。

 伊藤の気持ちが言葉に向くかもしれない。

 そんな乙女の不安定な女心が容易に想像がつく。

 

「世界はホントお節介だよ。あんなヤツのためにアドバイスしちゃってさ」

「中学から想い続ける乙女の恋、上手くいってほしいからね。光の言いたい事もわかるよ。伊藤が乙女を幸せにできる人かどうか、正直うーんと答えに詰まっちゃうから。いたるちゃんにとっては優しいお兄ちゃんなんだけどね。七海ならやめとけって思う?」

「アタシ的にはそうだね。どうもハッキリしない態度してたし、あれなら澤永のほうがまだマシなんじゃない?」

「マシって何よ!? あんなヤツと一緒にしないで!!」

「あはは、ごめんごめん」

 

 色恋沙汰で話が盛り上がっていた時である。

 世界の携帯に可憐からのメールがあった。

 無事に帰還の知らせを受けたので世界から電話を掛ける。

 

「お疲れ可憐。予想した通りの展開になった?」

「はい。もう二人して全然目を合わせないし、喋らないし、気まずい空気が満々で見てられなかったですよ。中学の頃、よく二人で喧嘩して似たような事ありましたけど、今回は事情が違いますからね」

「それを見越して可憐に介入を頼んだ訳だけど、場を和ませることはできた?」

「苦労しましたよ。中学時代の頃を思い出させて懐かしんでもらいました。お馬鹿なフリして二人を笑わせたりで気を遣いまくりです」

「可憐なら出来ると私は信じていたよ。それで何か気になった事とかはなかった?」

「そうですね……あ、これは女の勘なんですが、センパイがボーとすることがあって、お姉以外に誰か気になる女の子がいるのではと思いまして」

「誰か心当たりある?」

「桂言葉さん一択です」

 

 ここで即答できる可憐の勘は鋭い。

 可憐は可愛い系、言葉は美人系で男にモテやすい。

 好まれるタイプは違えど言葉に対しての親近感はある。

 そんな可憐に委員代理となった現状を細かく伝えておく。

 

「やはりですか。今のお姉、恋に盲目状態でセンパイ以外に見えてませんが、気付くのは時間の問題ですよ」

「私が委員の代理できたら、可憐にも余計な苦労かけさせなかったんだけどね。体が弱いから刹那に絶対無理したらダメって厳しく言われてるから」

 

 チラリと世界が刹那を見る。

 切れ味の鋭い刃物のごとく睨んでいた。

 世界が委員代理になることに断固反対の意思がこめられている。

 また可憐に頼った事へのヤキモチも混ざっているようだ。

 

「ことちゃんにその気がない事は、本人にも確認済みだよ。乙女からすれば、他の女の子に心を奪われて嫉妬するとは思うけど、告白でリードしているんだから、自信もって頑張ってほしいな」

「そうですね。とりあえず家庭内限定ですが、お姉のフォローは任せてください」

「よろしく。あと学祭当日にいたるちゃん連れて行く件も忘れないでね」

「もちろんです。センパイの好感度稼ぎ、私は逃しませんよ」

「ちゃっかりしてる。そんな可憐だから任せるんだけどね」

 

 電話を切ってドリンクで一息。

 可憐のやり取りを皆で情報の共有をする。

 何かあった時に協力してもらうかもしれないから。

 

 お昼休みの食堂。

 世界はざるそば、刹那は親子丼、言葉はスパゲティ。

 乙女・七海・光は校庭で弁当である。

 

「世界、さっきから私の顔を見てる。何か言いたいことある?」

「うん、ご飯粒が付いてる」

「っ!!」

「ほら、取ってあげるから動かないで」

 

 ほっぺについたご飯粒を指ですくいとって食べる。

 刹那が俯いて赤面を隠しきれない。

 それをなかったことにするため、言葉に向けて話題を振る。

 

「ことちゃん、また少し背が伸びたね。昔は私と同じぐらいだったのに。いつ追い越されたのか、私はハッキリ覚えてるよ」

「そ、そうなんですか? 自分ではよくわかりませんが」

「まあ、そういうものだよ。でもね、私はことちゃんが体だけ大きくなったとは思ってないんだよ。内面も強くなったって感心してるんだ」

 

 男である伊藤に見られても気にしない。

 過去に一回の盗撮をされても寛大に許しているぐらいだ。

 もし世界が言葉の立場なら、そこまでの余裕を保てる自信がない。

 

「仏の桂という二つ名でも広めて――なんて冗談だよ。本気にしないでね」

「世界、まったく反省してない」

「だから冗談だってば。もう勝手に噂を広めたりしないよ。刹那との約束は守る」

「あ、あの世界ちゃん」

「ん? どうしたのことちゃん?」

「世界ちゃんも少し大きくなっています」

「そっか。まだ成長してるんだね私」

 

 二人の話に刹那が不満そうにしている。

 中学になってから身体的な成長が止まったままだ。

 高校生の年齢でも中学生に間違われてしまう。

 下手に慰めても刹那の機嫌は悪くなるだけ。

 それを承知しているので世界は話題を変えた。

 

「刹那、きっと田中は学祭の準備という時期に骨折しちゃって、それを気にしていると思うんだよね」

「うん」

「自主練を控えるべきだったとか後悔しているかも。だからね、こっちのことは心配しなくていいから怪我を治すことに専念して、と刹那が見舞いに行って励ましたらどうかな?」

「田中が気になるなら、世界が見舞いに行けばいい」

「自己管理ができてない田中を叱り飛ばしそうだから却下。体が弱いからこそ言いたくなっちゃうの。怪我と病気で畑違いではあるけどね」

 

 無茶をすれば周りに迷惑をかけてしまう。

 それを世界は身に染みている。

 自分の体調は自分で気を付けなければならない。

 

「そもそも田中の住所を知らない」

「病院で入院中なら、そっちへ行ったら会えるんじゃない?」

「世界は私と田中をくっつけようとしすぎ」

「そんなつもりはないよ。同じ委員という仕事仲間としての意味で、刹那が励ますって言うのはそんなに変かな? ことちゃんはどう思う?」

「世界ちゃんのお心遣いは立派なことですが、せっちゃんにも都合があります」

「確かにね。今の時期って学祭の準備でホント忙しいから。例の根回しも含めて」

「ですから、田中さんが退院されて、元気に戻られた時に励ましても遅くはないと思います」

 

 言葉の言う通り、焦って今すぐやることはない。

 何事にもタイミングというものがある。

 時期が悪いなら、機会を見て後回しにするのも一手だ。

 

「ことちゃんの意見を採用。改めて思うけど、ことちゃんってホント頭いいよね」

「世界ちゃんの皆さんに対する心配りにはとても敵いません」

「刹那には巻き込まれるほうの身にもなって、と怒られちゃうけどね」

 

 露骨に刹那を見ると知らん顔で食事中。

 他の人が見るクールな少女とは違う。

 構ってやらないと拗ねる寂しがり屋の女の子。

 世界から見る刹那の人物像は概ねそんな感じだ。

 それ故に言葉ばかりを相手にするとご機嫌斜めになってしまう。

 コツとしてはさり気なく刹那に話し掛けること。

 ずっと小さい頃から一緒にいる世界には造作もない。

 

「刹那、来週ぐらいに涼しくなるみたいだから、天文部メンバーで屋上に集まって弁当にしない?」

「世界、来週は雨が続く。しばらく屋上は使えない」

「そっか残念。刹那の作る弁当、すっごく美味しいからホント羨ましい」

「別に。レシピ通りに作れば誰でもできる」

「これがまた不思議。どんなにマネしても刹那の味にならないんだよ」

「世界、言い方」

「事実だもん。あ、ことちゃんは調理実習で乙女がフォローするぐらい、料理が苦手みたいだけど、弁当にしても大丈夫?」

「は、はい。少しずつ練習して頑張ります」

「困った時は私か刹那に相談して。ことちゃんのお母さんが、仕事で毎日遅くなっているのは知ってるし。独学もいいけど怪我はしないように」

 

 言葉は料理下手らしいが母直伝のレモネードは作れる。

 教え込めば習得できる能力はある。

 あとは実際にやらせて経験を積めばいいだろう。

 

 学園が終わってのプライベートタイム。

 桂家の調理場は広めで、世界と刹那が二人で監視をしても支障はない。

 世界は包丁の扱い方、刹那は火の扱い方で指導を分担する。

 そして桂家のキッチンで教える料理について話し合う。

 

「具だくさん味噌汁」

「刹那らしいけど、私だったらカレーだね。一皿だけで済むから片付けしやすい」

「味噌汁は食べ飽きない。味噌や具材によってバリエーションが組める」

「だったら雑炊だね。あれもお椀だけで済むから後片付けが簡単」

「そうやってすぐ楽しようとするのが世界らしい」

「とっても大事なことだよ。手抜きがあればこそ、毎日の家事を長く続けられるから」

「そもそも味噌汁だってそんなに手間は掛からない」

「ご飯を別にするだけでも洗い物が増えちゃう。毎日で時間計算したらバカにできないよ。でもまあ、刹那が綺麗に盛り付けして、美味しそうに魅せる真心は伝わっている」

 

 実際に作ってもらったことが数多くあり、刹那の料理が美味しいことをよく知っている。

 多少の手間が掛かっても食べてくれる人を満足させたい。

 その心意気に共感ができる。

 世界の考え方としては人に料理を振る舞う時は刹那のやり方。

 一人で食べる料理なら手抜き一筋と決めている。

 自分だけなら見栄えは関係なく、腹に入れれば同じという心境になるからだ。

 

「私の意見として、ことちゃんには三つのメニューを覚えたらいいと思う。人に手料理を振る舞えるカレー、栄養満点の具たっぷり味噌汁、面倒だったら簡単に作れる雑炊」

「世界、教える手間がある。まず最初に一つだけ教えて、残りは後日に回そう」

「どれを先に教える?」

「味噌汁。用意した材料の都合があるから」

「了解」

 

 二人の指導によって言葉は料理の基礎を学び、味噌汁が作れるようになった。

 あとで妹の心に味見をしてもらい、食べやすいサイズで美味しかったと好評。

 食べてくれる人が喜んでくれることを考えれば、おのずと料理に対してどうすればいいかの配慮も見えてくる。

 世界と刹那はお互いを大切に思い合うからこそ、それが自然に出来てしまう。

 そんな二人の仲を料理を通じて大いに感じる言葉であった。

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