World Days(旧版) 作:完結の陽炎
昔みたいに懐かしくお泊り会。
言葉の部屋でホラー映画を鑑賞。
心は言葉の背中へ、刹那は世界の背中へ。
それぞれ隠れるほどに苦手なジャンルのようだ。
「この映画の脱出ホラーゲーム、可憐が持ってたよ」
「そうなんですね。私、ゲームはしないので知らなかったです」
「私は可憐のプレイを見て楽しんでるよ。ことちゃんも見るだけなら楽しめると思う」
「それでしたら機会のある時に見てみたいです」
モニターからグロテスクな映像が流れる。
相手を瞬時に真っ二つにしての派手な血しぶき。
お互いに居合を習っていたからか。
斬り方・踏み込み・間合いなどで盛り上がる。
一方、絶叫シーンのたびにビクビク怖がるのが心と刹那。
平然と視聴をする言葉と世界とは真逆の反応だ。
「せ、刹那さん!! うちのお姉ちゃん、趣味悪いんですよ!!」
「ひ、人の趣味はそれぞれ。否定はダメ」
「でもでも怖いし痛そうだし!! あんなのが楽しいなんて、お姉ちゃんは変だよ!!」
「失礼ね。だから無理をせずに見なくていいって言ったでしょ」
「こうなるだろうと思って、乙女からコメディ映画のDVD借りてあるよ」
ホラー映画を見終わった後。
お笑い満載のコメディ映画を見てもらうことで上書きをする。
これで刹那と心の恐怖心を取り除き、一人でトイレに行けない事にならないように対策済みだ。
「こころちゃん、ベッドに四人は流石に狭くなるよ。だから一人、こころちゃんが指名してくれる?」
「それなら世界さんがいい」
「了解。ことちゃんは刹那と一緒に寝てね」
「わかりました。心、世界ちゃんに迷惑かけないように」
「もうわかってるってば。こころ、そんな子どもじゃないんだから」
「世界、心ちゃんと一緒に夜更かしはダメ。ちゃんと寝ること」
「はーい。じゃあ二人ともおやすみ、心ちゃん案内よろしく」
「うん。それじゃあお姉ちゃん、刹那さん。おやすみなさい」
心に連れて行かれて世界は退室。
残された刹那と言葉が一緒にベッドへ入る。
電気を消して暗闇の中。
刹那が呟くようにそっと話しかけた。
「ことぴー、起きてる?」
「はい。何か気になることでも?」
「……委員会で伊藤がことぴーを見ていた」
「存じています」
「乙女のことがあるのに、伊藤はことぴーを意識した」
委員会のたびに伊藤が言葉を見ていた。
流石に乙女も気付き、辛くなる気持ちを抑えて俯く。
そこで乙女の味方である言葉がとった行動。
あえて厳しく睨みつけること。
居合の威光をぶつけて伊藤を萎縮させた。
二度と言葉を見ることがないように。
「でもことぴーは、乙女のためにわざと睨んだ。伊藤に避けられることを選んだ」
「せっちゃん、皆さんが思っているほど、私はいい子ではないです」
「ううん、ことぴーは優しい。それは世界も私も、よく知っている」
「ありがとうございます。せっちゃんはとってもお優しいですね」
「優しくない。私は世界を守りたいだけ」
「私も世界ちゃんが大変な時は支えたいです。その時はお手伝いをさせてください」
真っ暗で見えなくても言葉の優しい微笑みがわかる。
包容力で満ち溢れる人柄で心地良さを感じてしまう。
刹那の表情が緩んでしまうほどに落ち着く。
「うん。ことぴーなら任せてもいい」
「ありがとうございます」
一方、世界と心でもベッドの中で会話がされていた。
心の学校生活や勉強、習い事、友達などを色々と聞く。
そして姉の言葉についての話題となった。
「お姉ちゃん、世界さんのおかげで明るくなったんだよ。それまでジメジメ暗くてひきこもってばっかりで。あ、今も家で本を読むことが多いから、ひきこもりは変わらないね」
「ことちゃんは虚弱体質だから、外出での体力消耗を避けているのかもしれないよ。ま、たまには出かけたほうがいいけどね」
「世界さんが言ってよ。そしたらお姉ちゃん、お外に出てくれるから」
「妹の立場上、こころちゃんでは厳しい?」
「うん。世界さんじゃないとお姉ちゃん中々動いてくれないもん」
「刹那でも大丈夫だと思うけどね。なにしろ大親友だから」
「お姉ちゃんと刹那さんが一番仲良しなの?」
「その通り。あの二人の相性は最高でナンバーワンだよ」
刹那は世界のことばかりを気に掛けている。
他の人に気を許すことがない。
その唯一の例外となるのが言葉だ。
ある意味、特別な存在といっても過言ではない。
「こころちゃんが幼稚園ぐらいの頃、刹那に絵本を読んでもらったの覚えてる?」
「覚えてるよ」
「こころちゃんが小学生の夏休みで、工作の宿題を刹那が手伝ってくれたことも覚えてる?」
「うん。刹那さんってとっても器用なんだね」
「ところが不器用なところもあるんだよ。上手く笑えないって気にしている所とか」
「そんなことないよ。刹那さん優しく微笑んでる所、こころ見たことあるもん」
「自分の顔は自分で見れないからね。きっと無意識で笑ってるんだよ」
「刹那さん、世界さんと一緒にいるときにニッコリしてるよ。あと刹那さんが世界さんのお話をしている時とか」
「刹那のお母さんから聞いたけど、刹那がことちゃんと話す内容って私のことばかりみたいだね」
「そうだよ。まるで姉を自慢する妹みたい」
心の部屋も暗闇で見えない状況。
おかげで世界は動揺を隠すことができた。
異母姉妹という秘密を教えたのは言葉だけである。
浮気相手の隠し子だから誰にも言わない約束を守ってくれている。
そのため心は何も知らない。余計な事は知らなくていい。
可憐は中学3年の受験生。
休みの日に自分の部屋で勉強をして甘いものが欲しくなる。
そこで訪問をしてきたのが世界と言葉。
光の洋菓子屋おおはらでケーキを買っての差し入れだ。
客間で乙女も加わり、世界が紅茶をいれての間食タイム。
ケーキとの相性が良く乙女と可憐は上機嫌となった。
「世界さん、マジ感謝です。ちょうど勉強疲れで甘いものが欲しかったので」
「ナイスタイミングって訳ね。目指せ榊野学園、ファイトだよ可憐」
世界が親指を立てるサムズアップでフレンドリーな姿勢を見せる。
おちゃらけな態度に傍にいる言葉がクスクスと笑った。
「ところで可憐とことちゃんって面識あるの? あんまり会ってるのを見たことないんだけど?」
「お姉に紹介されて会ったことありますよ」
「はい。加藤さんには大変お世話になっていますので、前もってご挨拶は済ませています」
「ことちゃん、どっちも加藤だから名前で呼ばないと紛らわしくない?」
「あ、えっと……」
言葉がチラッと乙女に目を向ける。
それで世界が瞬時に察した。
「なるほど。乙女が苗字でないと嫌がるからだね。刹那と同じで相性が悪いから」
「お姉ってばケチくさーい。名前ぐらい呼ばせてやりなよ」
「うるさい。私は別に呼ぶななんて言ってない」
「だそうです。あ、私のことは可憐でいいですよ」
「わかりました。よろしくお願いします可憐さん」
「私のほうが年下だから呼び捨てでいいのに」
「可憐、ことちゃんは敬称と敬語が標準だから慣れてよ。これも人それぞれの個性だから」
「了解でーす」
乙女は今まで疑っていたことで、言葉に申し訳ない気持ちがある。
名前で呼ばれることに全く抵抗感はない。
ただ素直になれず、きっかけを失っているに過ぎない。
「お姉のためにその気がないことをセンパイに示したんですよね。なんかすごくカッコいいです」
「でしょ。ことちゃんは私が自慢できる最高の幼馴染だからね。羨ましい?」
「メッチャ羨ましいです。そういう裏切らない友達、私もほしかったです」
「も、もう世界ちゃんは褒めすぎです。世界ちゃんこそ、お、乙女さんを裏切らないじゃないですか」
呼び方に少し躓きながらも乙女の名前を口にした。
乙女は照れくさいようで顔を背けてしまう。
少なくとも嫌がってはいない。
「ちなみに可憐はことちゃんを何て呼ぶの? ことちゃんには年の離れた妹がいるけど?」
「言葉さんは長くて呼びにくいので、言さんって呼んでもいいですか?」
「それいいね。私はことちゃん、七海は言の呼び捨て、可憐は言さんで区別バッチリだよ」
「だったらお姉は名前の呼び捨てで決まりですね」
「ちょ、ちょっと可憐アンタ勝手に――」
「可憐、乙女にプレッシャーをかけないようにね。ことちゃんを下の名前で呼び捨てをする友達って誰もいないから、何気に特別だったりするんだよ」
「マジですか!? という事は、初めて名前の呼び捨てをする友達がお姉になる訳ですね!!」
「そういうこと。これって凄いことだからね。くれぐれもプレッシャーを与えないように」
「あ、あの世界さん、すでにお姉が緊張しまくって呼べそうにないんですが?」
乙女も同じ女の子だからわかるのだろう。
その人だけしか呼ばないという特別の重みがある。
乙女は選ばれたのだ。
同じ4組のクラスとなり、同じ委員を務め、言葉がイジメられないよう予防をしてくれる。
言葉の名前を呼ぶに値する存在として、その資格は充分である。
「ま、呼べる時に呼べばいいと思うよ。二人っきりの時に呼ぶとかでハードル下げてみるとか。あとは慣れだからね慣れ」
「ですよねー。ホントお姉は素直じゃないから。今時ツンデレなんて流行らないよ」
「アンタね。そのすぐに口に出すクセは直せって言われてるでしょ」
「おっとヤバいヤバい。もう刹那さんにガチで説教されるのは懲り懲りです」
「そういえば世界、えっと……」
「乙女、遠慮しなくていいよ。乙女の呼びたい呼び方でOK。ことちゃんもそう思わない?」
「はい。私も乙女さんの呼びたいように呼ぶのが一番だと思います」
「うんそれじゃあ……なんで世界は今日、こ、こ、あぁーもぉーっ!!」
「頑張れお姉!! 根性だよ根性いけいけぇー!!」
「うっさい可憐!! 張り倒すよ!!」
「きゃー助けて世界さん!! 私、お姉にしばき倒されちゃうよ!!」
「それで乙女、何か言いかけてるみたいたけど続きは?」
世界に後ろに回った可憐のことは放置。
ドーンと構えて乙女に続けるよう促す。
傍にいる言葉は成り行きを静かに見守るだけだ。
「え、えっと……き、今日は清浦さんと一緒じゃないんだね?」
言葉と呼ぶのは気恥ずかしい。
それなら刹那の苗字のほうが呼べる。
二者択一で選んだ結果である。
「今回は可憐の陣中見舞いだからね。ことちゃんのほうが可憐も接しやすいかと思って」
「刹那さんは反対しなかったのですか?」
「ことちゃんを連れて行くならOKと了解済みだよ」
「刹那さんと言さんはお知り合いで?」
「幼い頃からの大親友よ」
「だ、大ですか?」
「刹那が気を許せる唯一の相手がことちゃんなの。あ、私は例外として除いてね」
「そうなんですね。私は世界さんと刹那さんが親友だと思ってました」
「合ってるよ。私と刹那は親友、刹那とことちゃんは大親友」
「世界ちゃん、私はどちらも大切なお友達です。決して優劣なんてつけません」
「まあそこは軽く聞き流してもらうってことで」
この頃の刹那は自室で一人の時間を過ごしている。
読書家の言葉から色々な小説を借りて読む。
ただし怖いオカルト小説は除く。
刹那が最も好んだのは推理小説。
物語の謎があり、伏線が回収され、論理的に解決をすること。
「犯人がわかった」
ボソッと刹那が呟く。
アリバイのある犯人のトリックや動機を暴く。
探偵の気分を楽しめるのが醍醐味である。
おかげで刹那の論理的思考が磨かれていく。
刹那の白黒をハッキリさせる性格もあってか。
あまり非現実的な内容は好まない。
近未来のSFや幻想的なファンタジーなどは刹那と相性が良くないようだ。
ティーン向けの恋愛小説は、可もなく不可もなしで普通に読めるが推理小説ほど好きではない。
幅広いジャンルを読む言葉と特定のジャンルを好む刹那。
ゼネラリストとスペシャリストの違いが伺える。
以後、言葉と話をする時に、世界だけでなく読書も挙がるようになる。
リアリティーがある謎解きのミステリー小説が追加されたのだ。
ある日の休み時間。
4組に突撃をした世界は一直線に言葉へ向かう。
乙女と一緒に雑談をしていたようだがお構いなしだ。
世界が拗ねて言葉に抱きつく。
一体なにがあったのか?
「刹那は推理小説に夢中。私よりも読書がいいんだ」
「そ、そんなことはないかと」
「ううんいいの。刹那は私ばっかで今まで一人の時間を満足にして来なかったから。ことちゃんのおかげで、一人で楽しめる趣味を見つけて感謝してるよ」
「それは何よりですが……世界ちゃん、怒っていませんか?」
世界の抱き着く力が妙にこもって少々息苦しくなる。
まるで八つ当たりをしているかのような発散の仕方だ。
嫉妬の気配がありありと出てしまっている。
「そんなことないよ。刹那は私がいなくても楽しめること。依存せずに自立するって大事なこと。この世界さんはちゃーんとわかってますよーだ」
「ちょっと世界、言葉から離れなって。クラス全員が見てるよ」
世界はニヤリと笑って離れる。
言葉が驚いた様子で乙女を見つめた。
それでハッと気付き、乙女が手で口を塞ぐがもう遅い。
「ちゃんと名前で呼べるじゃん。乙女ってホント照れ屋なんだから」
「は、謀ったね世界」
「ちょうど八つ当たりしたくなる事ができたからね。乙女が素直になるきっかけになるかなって。やっぱりことちゃんを名前で呼び捨てするのは乙女がいいよ。ことちゃんの傍で仲良くしている乙女が一番だね」
「うぅ……」
「あとね、ことちゃんに感謝してるのは本当だよ。嫉妬の悪魔はいるけど、刹那の成長を喜ぶ天使もいるから」
「世界ちゃんは大人ですね。せっちゃんを大事にしていることがよくわかります」
「刹那は好き嫌いをハッキリするタイプだから、お勧めの本を選ぶのもそんなに難しくないと思うよ。料理でリクエストして、何でもは一番困るヤツみたいなことにはならないから」
「そうですね。せっちゃんは現実主義で、推理小説が最もお気に召すようです」
「うわあー、逆に私との相性は最悪。あれって頭を使うから絶対に読みたくなーい」
世界が両手をクロスさせてバツマークを示す。
首もイヤイヤと振って推理小説は断固拒否である。
一番嫌いなジャンルになるのかもしれない。
「ことちゃんって漫画は受け付けないタイプ?」
「あ、いえ。可憐さんからホラー漫画を借りて読ませてもらいました。絵と文字の組み合わせで、イメージが固定されるのでわかりやすかったです。短時間で読み終えてしまいました」
「漫画は小説よりもボリューム不足になるよね。読書家のことちゃんには物足りないか。長編の漫画だと本がたくさん増えて管理が大変だし。あ、可憐もライトノベルは読んでたはず。だよね乙女?」
「よく知ってるね。まあ、あの子は漫画が主で、あとは文庫本のラノベが少しある程度だよ」
「本もタダじゃないからね。可憐から聞いたけど、乙女はティーン向けの恋愛小説を持ってるんだって? しかもことちゃんも持っているベストセラーのヤツ」
「えっ!? そうなんですか乙女さん!?」
珍しく言葉の食いつきが激しい。
乙女ともっと仲良くしたいという気持ちがあるのだろう。
まさか恋愛小説で趣味が合うとは思わなかった。
「べ、別にいいでしょ?」
「全然OK。私って家が貧乏だから羨ましいな。部屋が狭いし、本なんて買うお金の余裕もスペースもないんだよ。だから今度、そっちの都合のいい日に直接読みに行きたい」
「わかりました。いつでも言って頂ければ歓迎します」
「私は女バスと委員会がない日なら」
チャイムが鳴って、世界は慌てて自分の教室へ戻る。
言葉は嬉しそうで、乙女も満更でもない様子。
そんなやり取りがあって、4組のクラスで噂が広まった。
世界・言葉・乙女の三角関係での同性愛。
以前より言葉と乙女の関係が怪しいという噂はあった。
言葉が全く男と付き合わないので同性愛という安直な発想から来ている。
そこに世界が入ることで面白半分の尾ひれがついた。
これは気にするだけ無駄である。
平凡な学園生活に刺激を求めてよくある事だから。
世界が刹那との距離を置く。
一人の時間を楽しんでもらおうと気を遣う。
だが世界は些か極端がすぎる。
別に世界がいなくなることを刹那は望んでいない。
誰かと過ごす時間と一人の時間とのバランスが大事だ。
もっとも今は学園祭の準備に追われて大変な日々だが。
「世界入るよ」
刹那は合鍵で世界が住むアパートに自由に出入りが出来る。
世界の部屋をノックしても反応がない。
病気で倒れているかもしれない。
心配になった刹那が一声かけて入ってみるがもぬけの殻。
冷蔵庫の中身が空っぽで、食材の買い出し中であることが推察できる。
メールで問い合わせてみると正解であった。
刹那がいるので、世界が手料理を振る舞うらしい。
リクエストをメールで尋ねてきた。
刹那はオムレツと即時に返す。
面倒だけど了解という連絡を受けた後。
食材を持って帰ってきた世界がキッチンで作っていく。
刹那が教わったレシピで野菜入りの味噌汁も仕上げる。
さらに箸休めの漬物も添え、炊き立てご飯に温かいお茶も用意して食卓へ置く。
「いただきます」
「はい召し上がれ。で、私もいただきますと」
刹那の表情は特に変わらないが、食事の箸は進んでいる。
愛嬌こそないが、付き合いの長い世界は特に気にならない。
二人のありふれた日常として馴染んでいるから。
食べ終わって洗い物を済ませて部屋へ戻る。
そこで刹那と一緒の時間を過ごしていると。
「世界ごめん」
「どうしたの急に?」
「読書に夢中で世界を放ったらかしにした」
「私は刹那が喜ぶなら嬉しいってずっと前から言ってるよ。一人の時間を楽しめるのも必要なことだから、謝ることなんて何もない」
「ううん、読書ばかりしてると世界が離れちゃう。もう会ってくれなくなる」
「刹那が読書をする日とそうでない日がわからないからね。私が遠慮して様子を見るしかないんだよ。ほら、その日の気分ってあるじゃん。だから趣味をするしないを固定する訳にもいかないし。あ、私のために趣味やめるってのは無しよ。それは私のせいで趣味をやめることになって全然嬉しくないから」
申し訳なさそうにする刹那を見るのは忍びない。
くすぐってやろうかと思ったが自重をする。
アパートの騒音を考えると近所のトラブルに繋がるからだ。
その代わり、刹那を包み込むようにして抱きしめる。
特に抵抗する様子もなく、刹那が抱き返してきた。
「学祭、刹那が迷惑でなければ一緒に回ろうかと思ったけど、交代の都合もあるから難しいよね?」
「べつに迷惑じゃない。休憩の調整なんてどうにでもできる。でも私でいいの? ことぴーは?」
「妹のこころちゃんが来るからそっち優先。あ、後夜祭はどうする?」
「あれは男女ペアで一緒に踊る。私と世界は女同士」
「女同士で踊ってはいけない決まりはないけどね。でも噂になっちゃうからダメか」
「私と踊りたいの?」
「うん、刹那とだったら楽しそうって思った」
「私、人前で踊るの苦手。でも世界が望むなら……」
「屋上」
「え?」
「屋上なら誰にも見られずに踊れるよ。さすがにファイヤーはないけどね」
「……いいよ」
「え? ホントにいいの? ちょっと言ってみただけだから無理しなくても――」
「人前じゃないならいい。私も世界と踊ってみたい」
刹那の合意もあって約束を交わす。
これにより刹那は元気を取り戻した。
次の日も刹那の機嫌は良い。
同じクラスにいる光や七海でもわかってしまうほどに。
「世界、刹那の様子が変だよ。なにか良いことでもあったの?」
「あんなに嬉しそうな刹那は初めて見たよ。今にも鼻歌が聞こえきそうなぐらいだね」
「なんで私? 本人に訊いてみたらいいじゃない」
「そうだけど、あんなウキウキしてる刹那を見ると、逆に声かけられないって」
「光の言う通りだよ。ま、刹那があれだけ楽しそうにする原因、世界しか思いつかないけどね」
休み時間に二人からの問い合わせ。
それならと世界は勉強で分からない所を刹那に質問をする。
教えられた後、その流れを利用して伝えた。
「さっき光と七海から刹那の機嫌がいい理由を訊かれてさ。声かけにくいって言ってたから、あとで二人に説明してやってよ。内緒にしたいならそう言えばいいから」
「わかった。秘密にする」
刹那がそれでいいなら黙って見守る。
昼休みの学食でもルンルン気分の刹那があった。
隣の言葉が気になって尋ねるも、刹那は秘密と言って教えない。
それ以上は何も訊かずニコニコしている言葉。
幼馴染として察しがついたのだろう。
「刹那、あとで秘密の詳細を詰めたいから、今日は刹那の部屋に行っていい?」
「うん。今日は委員がないから早く帰れる。一緒に帰ろう」
放課後、言葉はどうするのか?
途中まで一緒に帰ろうかと誘ってみると。
「すみません。少し寄りたい所がありますので、また今度誘ってください」
他に誘うかどうか?
しかし向こうの都合があるだろう。
相手から誘ってこない限りはそっとしておくべきか?
「世界、私と二人だけで帰るの嫌?」
「全然嫌じゃないよ。そういう刹那は私だけでいいの?」
「いい」
「私の手持ち少ないから、ピュアバーガー行っても割り勘だよ。ことちゃんみたいに奢れないよ」
「私がそんなことをすると?」
「刹那はしないけど、私はことちゃんを頼りに奢ってもらったことあるよ」
「世界はことぴーに甘えすぎ。ことぴーも世界におねだりされたらキッパリ断って」
「すみません。世界ちゃんが喜んで食べる姿が微笑ましくて」
「微笑ましくてもダメ」
その日の放課後はピュアバーガーで寄り道。
セットメニューでバーガーにポテト、炭酸ドリンクを堪能。
そして出し物を見て回るところの打ち合わせだ。
「演劇鑑賞か。私もちょっと興味あるからここは外せないね。あとは2組のゾンビ喫茶に刹那が好きな白玉あんみつがあるよ」
「ゾンビは余計。1組に世界が好きなパフェがある」
「混み具合にもよるけど、行けたら両方行ってみよう」
「他に行きたいところある?」
「あとは適当に屋台巡り。見て回るだけでも楽しめるし」
時が過ぎて学園祭の当日を迎える。
上級生のお化け屋敷で、学園に提出された図面とは異なる隠し休憩所が発見。
さらに監視カメラも見つかり、そのクラスのお化け屋敷は即座に中止。
保護者の呼び出しもあって瞬く間に噂となった。
まだ実害が出てないため停学処分止まり。
しかし学園にいられなくなって転校することに。
それは世界たちには関係のないことである。
「ねえ接客足りないの!! 誰かこっち来て!!」
1年3組の教室で開かれる模擬の喫茶店。
接客エリアと厨房エリアに分けての作業。
ウエイトレス姿の光が助けを求めてきた。
現在、厨房には刹那・世界・伊藤の三人がいる。
「伊藤ゴー」
「いってらっしゃい」
「マジかよめんどくさいな」
「伊藤さっさと行く」
「ほら、今すぐ行かないと光に叩かれちゃうよ」
「わ、わかったよ」
残った二人でケーキ作りを続行。
阿吽の呼吸で連携に申し分なし。
言われずとも互いにどう動けばいいかを理解している。
やがて……。
「これでケーキ完売っと。お疲れ刹那」
「世界もお疲れ」
材料を使い切って販売終了となる。
残り時間は自由になるのでクラスはその場で解散。
テンションが上がって学園祭を楽しむようだ。
光は澤永を連れて学園祭を回る。
伊藤は乙女の答えを出すために店番をしている4組の展示会へ。
七海は彼氏のクラスへ行ってしまう。
「行くよ世界」
「了解」
水分補給を済ませて刹那が世界の右手を握る。
そのままエスコートをして、演劇が開幕する体育館へ移動。
空いているパイプ椅子の席で鑑賞をした。
出演者の全員がファントムマスクに全身マント。
舞いの演出を加えての台詞。
スポットライトの絶妙なタイミング。
テーマは略奪する花、そこに込められた葛藤や罪悪感。
悩み抜いた先の答えは如何に?
そんな意味深をラストで締めくくっての閉幕となった。
「……世界」
「ん?」
「どうだった?」
「花を恋に置き換えたらわかりやすかったよ」
「……」
「奪うつもりはなかった。誰も知らないなら何をしてもいいのか。起きた事実に変わりはないのに」
「うん」
「……刹那」
「なに?」
「私はお母さんとは違うよ。私は私、西園寺世界という一人の女の子」
どんな事情であろうと浮気の子どもという事実に変わりはない。
親子であっても似ている所があれば違う所もある。
親に支配される操り人形ではなく、個性をもった一人の人間だ。
「世界はそれでいい」
「刹那もね。おばちゃんとは違う、清浦刹那という一人の女の子だよ」
「うん」
「それじゃあ、エスコートの続きをお願いできる?」
これ見よがしに右手を差し出す。
刹那が頷いて繋ぎ、世界をリードして進む。
1組と2組の喫茶で、目的の白玉あんみつとパフェを味わう。
その後は適当に出店を見回っていく。
「刹那、あそこで輪投げをして遊んでるのが伊藤の妹のいたるちゃん」
「小さくてかわいい。伊藤と似ている」
「そりゃ実の妹だから似てるでしょ。可憐が傍で見てくれて安心だね」
「声、掛けないの?」
「うん、あえて声掛けはしない。学園のお祭りを存分に楽しんでほしいから」
体力の都合上、可憐のほうが長く遊ばせることができる。
そのため、止のことは可憐に任せることにした。
一を知って十を知る刹那。
世界の言いたいことがわかってそれ以上は何も言わない。
そして鉢合わせをしないように行き先のルートを変える。
「世界さん刹那さん、こんにちは」
「こんにちはこころちゃん。そしてことちゃんはお疲れ様」
「はい、世界ちゃんもお疲れ様です。せっちゃんはエスコート中ですね」
「うん。ことぴーと同じ」
「はい同じです」
校内の廊下で鉢合ったのが言葉と心。
保護者の言葉が心の案内役をしている。
ここで少しだけ世界から雑談をした。
「そういえば、ことちゃんの家でペット飼ってないね」
「お父さんとお母さんが仕事でいない事が多く、生き物のお世話は大変なので安易には飼えないのです」
「こころは賛成だよ。ちゃんとお世話するもん」
「そう言って、心がお世話しなかったら私がすることになるんだから」
「ふーんだ。ひきこもりのおねえちゃんなんかアテにしないもーん」
犬の散歩をする言葉や心のイメージがよく似合う。
豪華な一軒家によりペットの飼育は可能だ。
面白そうだと感じた世界はもう少し話を膨らませる。
「こころちゃん、もし仮にペットを飼うなら名前どうするの?」
「うーん、世界さん何かいい名前ない?」
「真っ直ぐで汚れのない純粋な子を願っての真白ちゃん、ことちゃんとこころちゃんの頭文字とってここちゃん、スケールが大きく自由に育ってほしい思いでソラちゃん」
「世界さんすごぉい!! すぐに3つも名前出すなんてこころ出来ないよ!!」
言葉と刹那も相槌を打って頷く。
理由を添えて3つも素早く出せる発想力に驚かされる。
天文部のアイデア担当は伊達ではない。
「こころちゃんなら今のを参考にして、素敵な男の子の名前を思い付けるよ」
「えー、そうかな?」
「うん。こころちゃんの可能性を、こころちゃん自身が信じて頑張れば、きっと素晴らしい人になれる。私はそう思ってるよ。ファイトこころちゃん」
やや強引な励ましだが世界の言うことに偽りはない。
真っ向からストレートに伝えてくれる。
心のような純粋な子どもには効果的だ。
こうして桂姉妹と別れた後、手を繋いで歩く刹那に問う。
「刹那、こころちゃんぐらいの歳の私ってあんな感じだった?」
「もっとうるさかった。もっとヤンチャだった。もっと――」
「わかった。それ以上はお腹一杯だからいいよ」
校内の一角にあるコーナーで伊藤と乙女を発見。
学祭を一緒に回っている乙女はとても楽しそうだ。
伊藤も満更でもないようで良い雰囲気である。
「世界行こう」
「そうだね」
空気を読んで静かに立ち去る。
あとは当人同士で決めること。
これ以上の介入は不要である。
「世界、そろそろ休憩を入れたほうがいい」
「そっか。少し早いけど屋上行く?」
「行こう」
幸いにも学園祭当日はそれほど暑くない。
秋の実感を得るほどの快適さ。
榊野学園のミステリーである屋上のベンチを使う。
世界はそこで横になり、刹那が膝枕をしてくれた。
「世界、疲れた?」
「ちゃんと余力は残してるよ。でも無意識に気を張り詰めてるかもしれない。だから自己判断じゃなく、私をよく見ている刹那の指示に従うよ」
「それなら今は大人しく休んで」
「了解。もし寝てしまったら途中で起こしてね」
「うんわかった」
そこから居眠りを始めてしまう。
あどけない世界の寝顔。
刹那が幸せそうに目を細める。
ずっとこうしていたい。
このまま時が止まってくれたらいいのに。
そう願いながら幸せの時間が流れていく。
時は遡って伊藤が1年4組へ行った。
展示会の店番から交代で休憩に入る乙女。
直接顔を見ることで迷いが出た。
自信がないのは乙女だけでなく伊藤も同じ。
また人前という状況も悪い。
これでは答えを言いたくても言えない。
「誠、とりあえず一緒に学祭を見て回らない?」
「え?」
「ほら人前だし……ダメかな?」
「確かに……とりあえずそうするか?」
「うん行こう」
言っていいタイミングと悪いタイミングがある。
乙女としてもムードは大切にしたい。
バスケで例えるならウォーミングアップを始めるようなものだ。
「そういえば可憐が止を連れて遊びに来るんだったな」
「もう来てるはずだよ。きっと出店を巡ったら会えると思う」
「止のヤツ、すげぇ楽しみにしてたんだ。可憐に迷惑かけてないといいけど」
「あの子は体力あるから大丈夫だよ」
「たしか可憐もバスケやってるんだよな?」
「うん。お姉もやるなら私もって、昔っから私のマネしちゃって」
「へえー、姉妹ってそういうものなのか?」
「まあ、私たち一つしか歳が違わないから。服の交換とかよくやってた時期があるし」
大きな綿菓子を分け合って食べる。
ひょっとこ仮面をつけての悪ふざけで乙女を笑わせる。
校内の占いで伊藤と乙女の相性を調べてもらった。
そして廊下を歩き、伊藤の目の前に立って乙女が言う。
「二人の相性、割と良かったね」
「中学の頃、お互い言いたいこと言って喧嘩ばっかしてたのにな。でも、だからこそ気兼ねなくて楽しかったんだよな」
一緒にいても気疲れすることなく楽に感じること。
遠慮をすることなく本音をぶつけても大丈夫な相手。
お互いに喧嘩をしても、スッキリして仲直りができる切り替えの早さ。
総合的に考えると、伊藤と乙女の相性は悪くない。
「ねえ誠、後夜祭のフォークダンス、私と踊ってくれる?」
伊藤の脳裏に世界のアドバイスが蘇る。
ちゃんと言ってあげないと乙女が不安になってしまう。
一人の男として答えをハッキリさせたい。
「乙女、俺は――」
「おにーちゃ!!」
「うわっ!?」
止が兄を見つけて鉄砲玉のように抱き着く。
どこかで会うだろうと思っていた。
それが今だったが実にタイミングが悪い。
「ごめんお姉、止ちゃんがセンパイ見つけちゃって」
「いいよ別に。学園内のどこかで会うことは予想してたし」
可憐が両手を合わせて姉へ謝る。
これは仕方のないこと。
お兄ちゃんっ子である止に我慢しろというのは酷だ。
まだ幼い故にタイミングの配慮もできない。
ところが止が乙女に駆け寄る。
「おとねぇ」
「どうしたの止ちゃん?」
「おとねぇ、おにーちゃのことすきぃ?」
「こ、こら止、変なこと言うなよ。乙女が困るだろ?」
「へんなの?」
無垢な幼女が乙女を見上げて首をかしげる。
乙女はしゃがんで頭を撫でた。
世界を見習うように同じ目線に合わせた。
「変じゃないよ止ちゃん」
「じゃあすきぃ?」
「うん。私は誠のこと、止ちゃんのお兄ちゃんのことが好きだよ」
乙女の気持ちに止が満面の笑顔を振りまく。
すると今度は兄である伊藤の袖を掴む。
見上げた状態で純粋な眼差しのまま問いかけた。
「おにーちゃ、おとねぇのことすきぃ?」
可憐は期待の満ちた目で見守った。
乙女も伊藤の返事を待ち望んで耳を傾ける。
止のおかげで返事をするきっかけとなった。
もう先延ばしは許されないだろう。
これを逃がすと一生返事ができないように思える。
そしてついに……。
「お兄ちゃんも乙女のことが好きだよ」
その後は四人で学園祭を回る。
止は可憐が家まで送るため途中で二人になった。
人前を避けて乙女を連れて行く伊藤。
移動先は出店のないグラウンドの離れだ。
「なんか止に言わされた感があって、俺の気が済まないんだ。だからここで思ってる事を全部言わせてくれ」
「わかった」
いつでも来いと乙女は聞く姿勢に徹する。
伊藤は晴天の青空を眺めた。
そこから過去を思い返すように語り始める。
「1学期から、同じ電車に乗っていた桂のことが気になって遠くから眺めて、でも桂の迷惑になるから諦めた」
「うん」
「止に優しくしてくれる西園寺のことが気になった。でも西園寺から他を当たれって言われて諦めた」
「……うん」
「こんなフラフラしてばっかりでさ。俺、正直不安なんだ。乙女と付き合って大丈夫なのかって」
一貫性がないことへの自己嫌悪。
乙女と返事をしてその先に対する不安。
未経験ゆえに上手くやっていけるかの心配がある。
そして伊藤は乙女に真っ直ぐに見つめて言った。
「俺も男だからさ。エッチなことに興味がある訳で、乙女にそういうのを求めてしまったら、すごい事になると思う」
「す、すごいこと……」
「ありったけの欲望をぶつけて、乙女を傷つけるかもしれない。優しくできる自信なんてないんだよ。そんな余裕が持てるとはとても思えなくて」
「いいよ」
「え?」
「傷物にされてもいい。忘れられないほど刻み込んで、誠が私を愛してくれるなら」
「マジか?」
「でもさすがに避妊はして。まだ私たち学生で、それで子どもが出来ても困るから」
「それなんだよな。俺、経験がないから失敗してしまうかもしれないし」
乙女は可憐から吹き込まれた情報がある。
ダブルダッチメソッド。
男がコンドームをつけて、女はピルを飲むという二重の避妊法。
お金が掛かることで、こずかいで足りないのならバイトが必要だ。
女子バスケ部で活動をしている乙女。
バイトの都合をつけるのは難しいだろう。
ド短期のスポットでバイトをするのが御の字である。
また場所選びも厄介だ。
伊藤は集合住宅のマンションに住んでいるから騒音で近所迷惑になってしまう。
乙女の自宅は両親のいない時間帯であればOK。
なお、ラブホテルは高校生不可という年齢制限により除外だ。
「け、結構大変なんだな。そういうことするのって」
「誠が面倒なことを嫌がるのは知ってるけど」
「いや大事なことで面倒なんて言わないって。あとで後悔しないために必要なことだろ?」
「そうだね」
「とにかく俺がバイトして稼ぐよ。乙女はバスケを続けてくれ」
「でも、それだと誠に負担が掛かるじゃない。これって二人の問題だし、私もバイトして稼ぐのが筋でしょ?」
「こういう時ぐらいカッコつけさせろよ。見栄ってものがあるんだよ男には」
「本当にいいの?」
「そもそも俺が乙女にエッチしたい、なんて男のワガママ言ってるんだ。それなら俺が働いて稼ぐのがそれこそ筋だろうが」
「そんなに私としたいんだ」
「ダメか?」
「ううんダメじゃない。誠って中学から私を女の子扱いしてなかったから、求めてくれるのは嬉しい」
「じゃあ改めて。そういったこと全部ひっくるめて、俺と付き合ってくれるか?」
「はい!!」
カップル誕生の瞬間である。
伊藤が後夜祭のフォークダンスを誘い乙女は喜んで受ける。
こうしてお互いに忘れられない想い出となった。
後夜祭のファイヤーが灯される。
放送の音楽を目覚ましに屋上にいる世界は起き上がった。
グラウンドを眺めるとファイヤーの周りで男女ペアでフォーダンスをしている。
距離が遠いので誰が躍っているかまでは特定できない。
それでも伊藤と乙女、澤永と光のカップルはいるだろうと信じて疑わない。
気を取り直して刹那と正面で向き合う。
「前半は私が男子側、刹那は女子側のダンス。後半は逆で交代するでいい?」
「世界に合わせる」
世界と刹那。
誰も見ていない屋上で秘密のフォークダンス。
天文部を維持してなければ成立しない特別なイベントだ。
「満月がいいね。とってもロマンチック」
「綺麗」
感情を顔に出すことを苦手とする刹那。
決して笑えない訳ではなく、人並みの喜怒哀楽をもっている。
楽しく踊る刹那を見られるのは世界だけだ。
それを写真にしたい気持ちを抑えてダンスに取り組む。
「よし交代。いくよ刹那」
「うん」
後半になってテンションが上がりすぎたのだろう。
どちらともなく足を滑らせてもつれ合う。
刹那が世界を押し倒す体勢。
その拍子に刹那の唇が世界のおでこに触れた。
いわゆるデコチューである。
「っ!!」
刹那がすぐに起き上がって顔を真っ赤にパニック状態。
目がぐるぐる状態になっているイメージだ。
唇同士でくっつけた訳ではないが初心な反応である。
「刹那に付き合う人ができた時、彼氏さん大変だろうね」
世界はお姉さん気分になって逆に冷静だ。
女同士でおでこだからノーカン。
刹那を抱き寄せて落ち着かせる。
髪を撫でたり、背中を撫でたりで、まるで恋人みたいな振る舞いだ。
やがて刹那が借りてきた猫のようにおとなしくなった。
「最後は転んじゃったけど楽しかった」
「ううっ……」
「何よ、もうお嫁にいけないみたいな顔しちゃって」
「してない」
「あーあ、私が他人の男だったら刹那をお嫁さんに迎え入れるのに残念」
「世界からかってる」
「それぐらい刹那が魅力的な女の子だってこと。もっと自信を持ちなよ」
このことは二人だけの秘密である。
忘れようにも忘れられない思い出だ。
帰った後もベッドで悶えてしまう刹那がいた。
学園祭が過ぎ去ってしばらくしたある日。
母が珍しく早く帰ってきた。
それを娘の世界が迎えて応じる。
「おかえりお母さん。今日はいつもより早いね」
「まあね。そうそう聞いて聞いて世界」
「はいはい。ちゃんと聞くからいい歳してはしゃがない」
食卓で向かい合い本題に入ってもらう。
要点をまとめると母の仕事が評価されてパリ支店での転勤が確定。
パリで自分の店を持つのが夢。
そのチャンスを刹那の母と競争をして勝ち取ったのだ。
「よかったねお母さん。おめでとう」
「ありがとう。だから世界もすぐ準備してね」
「もうお母さん、そんな急かさなくても後でお祝いの準備するから」
「そうじゃなくて、世界もパリに行く準備をしてね」
「え? 私もパリへ行くの?」
「そうよ転勤なんだから」
世界の表情が曇った。
胸の内がざわざわとして落ち着かない。
いきなり言われても困る。
「ちょっとお母さん、さすがに急すぎるよ。前に言ってた時はいつもの短期出張だったじゃない」
「まあ、その時は本決まりじゃなかったから。出張だけだったかもしれないけど、あの時とは状況が変わったの。もう決まったことだから」
「……ねえお母さん、私がここに残るという事はできないの?」
「無茶言わないで。家は頼れる親戚がいないし、世界をここに一人残す訳にもいかないのよ」
浮気の子どもだから親戚が世話をしてくれるはずもない。
裕福な家庭でもないので経済的な余裕もない。
ここであえて世界は確認を取ってみる。
「数日のお泊りじゃないから、刹那に頼ることはできないんだね?」
「そうよ。ずっとせっちゃんのところで迷惑をかけられないわ」
急激な環境の変化は、体が弱い世界にとって猛毒である。
自律神経が大幅に乱れ、体調の悪化が深刻化するかもしれない。
そうなったら本末転倒。
母の夢を邪魔することになり足を引っ張ってしまう。
その事に母は気付いていないのか?
娘のことを案じるよりも自分の夢を優先している。
自分のことしか考えていない。見えていない。
「部屋に戻る」
「お母さん、明日はパリで色々手続きしないといけないから。早めに荷造りしておいてね」
これ以上話せば気分が悪くなって吐き気が生じる。
ストレス耐性が低い世界としては危険な兆候だ。
その場で行かないと駄々をこねても無駄である。
ここから先、どうしたらいいのか?
悩み抜いた末に取った世界の行動は……。
【パリ行きの準備をする→バッドエンド】
【刹那に電話をする→ノーマルエンド】
【言葉に電話をする→ハッピーエンド】