終末トレインどこへいく?Train to the End of the World a novel 作:磯野米平
吾野駅を出発した黄色い2両編成の電車・・・2000N系若しくは新2000系とも呼ばれている西武鉄道の車両であるが以降は2000系で呼び方を統一させてもらう。
その2000系は静留の操縦で徐々にスピードを上げていき、やがて西武池袋線で唯一のトンネルである鎌倉坂トンネルへと入っていった。全長223メートルとそれほど長くはないトンネルを抜けると、そこは一面の水面であった。
7G事件の影響によって線路と並ぶように流れていた
「うわ~すっごい水!これ高麗川?吾野の外ってこんなんなってたんだ」
玲実が乗務員室ドアの窓を開け歓喜の声を上げながら上半身を乗り出して外を覗き見る。
「お気楽~・・・」その様子に昌が低いトーンで水を差す。
そんな昌を玲実が追い回す様を横目に撫子はPHSで自宅にメッセージを送っている。7G事件後、テレビやネット回線を始めとした情報通信網は寸断されてしまったのだが、近距離に限ってはPHSであれば通信が可能な状況であった。
吾野を離れつつあるため電波が微弱に成ってきていたので自分の無事と、玲実と昌の事もついでに家族に伝えてあげて欲しい旨のメッセージを
一方、運転席に座る静留はしっかりとブレーキハンドルとマスターコントローラを握りしめ電車の速度を調整しているため緊張の度合いを崩せずにいた。
そんな彼女を知ってか知らずか玲実と昌が、池袋までどれぐらいで到着するかで押し問答を繰り広げ、終には静留に回答を求めてくる。
「気ぃ散る、危ない」若干キレ気味に言葉を返す静留。3日前の夜以降、1日約5分間だけ元の姿に戻る事が出来る善治郎から即席で運転方法を教わり、吾野駅構内で実際に動かしたりもしていたのだが、こんなにもスピードを出すのは初めての経験であり極度の緊張を強いられていたのだ。
そこへ玲実と昌がいつもの様にワアワア騒ぎ立ててきたのだから堪ったものではない。
きつく当たられたことで落ち込んでしまい乗務員室の外で蹲ってしまっている二人を撫子が慰める。
その時、今まで以上に電車の加速が増して横揺れも大きくなったのを撫子は感じた。
「静留ちゃん、ちょっと速くない?」彼女の言葉を裏付けるように外の景色は更に速く過ぎ去ってゆく。
スピード緩めてとの言葉を受け、やっていると答える静留。
「やってるんだけど、なかなか下がらん」
静留の言葉に3人は驚きの表情を露わにする。
静留の操作で2000系はブレーキを作動させているものの、鉄橋がカーブを繰り返しながら下る構造と成っている区間に差し掛かってきたため、かなりのスピードと遠心力を受けながら電車は突き進んでいくのであった。
その様子を7G事件による異変で高麗川の中に移動してきてしまった、通称高崎観音と呼ばれる高崎白衣大観音だけが佇みながら見守っていた。
なんとか鉄橋区間を抜けた電車は平坦な築堤の上を通る線路を走っていた。
その車内では4人がぐったりとした様子を示していた。
「死を思ったよ・・・まさにメメント・モリだよ」と昌が呟く
ここで彼女が指し示したのは7G事件発生前に事前登録が開始されたスマホゲームアプリの事ではなく、ラテン語で『自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな』『人に訪れる死を忘ることなかれ』といった意味を持つ言葉の方である。
一安心した静留は撫子たちに、善治郎から電車の操縦を習った事や彼が一日に5分だけ帽子を被せると本来の青年の姿に戻る事を伝えた。
「あのね静留ちゃん、本当に嘘は駄目だからね?」
あまりにも突拍子もない事を聞かされ撫子が、目が笑っていない笑顔をして静留に詰め寄る。
「本当、本当、絶対本当!じゃなきゃ運転とかできないって~!トラスト・ミー!」
鬼気迫る撫子の顔に狼狽する静留は必死に訴える。
「ていうか~本当に池袋に行くんだよね?方向間違ってないよね?」
そんな雰囲気をぶち破る様に静留の背後から玲実が呑気な声で問いかけてくる。
それに対して静留は運転席側乗務員室ドアの窓を開いて後方の山々を指さし、「あっちが秩父でしょ?てことはこっちが池袋じゃん」と前方を指さして玲実に答えた。
大雑把な説明にも関わらず納得した玲実は池袋に対するイメージを語ると、昌から財布事情を訊かれるのであった。
「ちゃんと貯めてあるんだ~・・・」と自信満々に口にした玲実だが重大なことに気が付いたのであった。
「いいな~いくら?2万円ぐらい?」静留が呑気に貯金額を聞くが当の玲実は頭を抱えていた。貯金箱を家に置きっぱなしにしたままなのであった。制服のポケットを探ってみたが全部で250円しか出てこなかった。昌にも金の無心をするが個人情報を盾に出されてあしらわれてしまう。
「わたし、結構持ってるから貸してあげるよ」
「うそ!?静留ちゃん神!幾ら貸してくれる?」
「3000円ちょい持ってるから1000円ぐらいなら」
玲実と昌から、少なっ!と突っ込まれるも静留は大金だよ!と答える。
何はともあれ、静留のリュックサックに入れてある財布から1000円札一枚を受け取り当座の資金を得た玲実は何を買おうか歓喜していた。
まずは食べる物かな?との撫子の言葉に「タピオカっての飲みたい、あとシュルシュルリってのとフレンチトースト!」と玲実は答える。
シュルシュルリとは恐らくシュクメルリあるいはチュクメルリというジョージア(旧グルジア)の鶏肉をガーリックソースで煮込んだ料理の言い間違いである。
それに対して撫子は何も持ってこなかったし必要なのは缶詰や乾パンでしょと突っ込みを入れる。
学校から直接吾野駅に駆けつけて、そのまま出発する電車に乗り込んでしまったため、撫子はギンバイカの花、玲実は練馬の国のアリスのムック本、昌は澁澤龍彦の文庫本ぐらいしか持ち込んで来ていなかった。
「ちょっとだけなら有るよ」と静留は言い大きなリュックサックの中身を昌達に披露する。
中から出てきたのは木製のパスタ測り、練馬の国のアリスのスーちゃんがプリントされたTシャツを始めとするものであり、最終的に食料と呼べるのはパックご飯と鳥ヌードル、花かつおに大豆、お出汁の素に干ぴょうと言ったところであった。
それと車内に備えられた、7G事件後に突如吾野で獲れるようになり、名産と化したゴーヤを植えたプランターが2つ。
「あーっ!何やってんだ私、浮かれてた!てか訳わかんなくなってた」頭を抱える静留であった。
改めて静留の荷物を見直すと先述の食料の他は着替えのシャツやスウェットパンツ、歯ブラシにシャンプーのミニボトル、保湿クリームと胃腸薬と言ったところが役に立ちそうな物であり、他は電球、辞書、けん玉、パスタ測りに加熱式タバコのカートリッジといった大したことの無い物であった。
静留が唐突に問題はパンツだよね等と言い出し撫子に窘められたり、昌がカスティーリャ女王イサベルは戦勝を祈願して9か月間パンツを変えなかったという逸話を繰り出したりしだしたが、取り敢えず東吾野に付いたら買出ししようとの意見でまとまった。
築堤の続く区間になってからは単調な景色が続く車窓と成ってきた。
車内の4人の会話も減って来て玲実が時折、まだかな~池袋?と繰り返す程度であった。
流石に聞き飽きたのか昌が、「何度目その質問?頭悪いのかな」などと棘のある言い方をしてしまい玲実も売り言葉に買い言葉で、ちょっとした言い争いに発展してしまう。
そんな二人を撫子が宥めるが収まる気配はない。
追い打ちを掛けるように静留も「無理して来なくてよかったのに、もともと一人で行くつもりだったし」といいだしてしまい車内に険悪な空気が漂い出す。
玲実が静留に対して言い返そうとしたが、それを遮る様に脚に植物の蔦が絡まってきていた。
後を見ると静留が持ち込んでいたプランターのゴーヤがいつの間にか急成長し、その高さは天井にまで達していた。
更に車外に立ち込める霧の量も先程から随分増してきており、静留の視界を狭めて来ていた。
そしてポチさんが外に向かって吠え始めたのであった。
これを受け静留は電車を停止させることを決める。
全員でポチさんが吠えた方向を見渡すが一面の霧で良くは見えない。
視力の良い玲実が何かに気付いたようで窓を開いて外の湖と化した高麗川に更に目を凝らす。
昌が、コマッシーだ!と騒いでいるうちに霧に浮かんだ影が次第に近づいて来ていた。