リュシアン・ブツァーと名乗る青年と出会った優里菜は、目的地のベロニカへと向かった。
どうやらベロニカは、彼がよく来るカフェらしい。
それに二階には宿泊できる宿があるとのこと、しかしリュシアン自身は使用したことないらしい。
「なんそれ、宝の持ち腐れじゃん」
「そう言われても……私自身騎士団に所属しているというのもありますので」
眉を寄せて困った笑みを浮かべるリュシアンの気も知らず、優里菜は騎士団という言葉に勢いよく飛びついた。
「騎士団!!リュシアン君騎士団に所属してるの!?」
「そんなに驚くことですかね……いや、貴女方は極東からこの倫敦に留学しに来たと聞きましたので騎士団という存在自体珍しいのでしょうか」
「そうだよ!似たのはあるけど本格的な騎士団は初めて!!」
きらきらと輝く眼差しを向けられたリュシアンは若干優里菜の気迫に圧されながらも、彼が所属している騎士団の話を続けた。
しかし————周りの反応はいまいちなものだった。
優里菜が嬉々としてリュシアンと話しているそばから、ある言葉が聞こえた。
「カンタベリの騎士と一緒にいるなんて、命知らずにも程があるわ————」
「極東からの留学生って聞いたわ、知らなくても当然よ————」
「彼らの蛮行を知ったら、どうなるのかしら————」
「…………むう」
優里菜がそんな小言を耳に入れてしまい、頬を膨らませた。そしてリュシアンの方に顔を向いて言った。
しかしリュシアンの眼には、一瞬だけ見えた。
ほんの一瞬だけ、邪悪なものを―――――
「リュシアンくんは聞かなくていいよ、所詮は他人の意見———…」
「わかってますよ。それに———私達の行動が正しいことがいずれ証明されますから」
そういった騎士の緋眼は、何よりも真っすぐで揺ぎ無く————歪んでいて、狂っていた。
その言葉の意味がどれほど残酷で、無価値で、無意味なことなのかを優里菜は知っている。
彼が描く未来は机上の空想に終わってしまうなんて、優里菜は口が裂けても言えない。
そんな残酷な真実、言えるわけがない。
「んぁ……おいおせーぞ優里————」
「おねぇぇぇぇちゃぁぁぁーーーーん!!」
目的地に着いた優里菜は、ベロニカの店前で待っていた希美を見つけるな否やタックルをするかの如く抱き着いた。勿論、この様子を見たリュシアンは思わず目を丸くしてしまった。
「と……とても元気な妹君ですね、ユリナの姉君殿」
「なんで俺が姉と知ってるーーって言おうとしたけど、この馬鹿がお姉ちゃんって叫んだから察したのか」
リュシアンは二人のゆるい雰囲気に思わず苦笑をこぼした。
「でもありがとうな、道を案内してくれて。俺は春咲希美…とびきりいい女だよ」
「ノゾミさんですね。私はリュシアン・ブツァーと申します」
「分かってはいたけどスルーは傷つくなーリュシアンとやら」
希美のぼやきの意味をリュシアンは聞こうとしたが、希美は何も聞くなと言い返した。
「まぁここであったのも何かの縁だ…なんか食べたいのあるか?俺が支払ってやるよ」
「お気持ちはありがたいのですが…そろそろ公務に戻らないといけないので」
「公務…あー成程、お前騎士か何かか。腕章で何となく察したよ。まぁ公務なら残念だな…じゃあ俺たちはここで失礼するぜ」
「またねっ!リュシアンくん!!」
リュシアンは優里菜達が二階の宿舎に上りきるまで、二人の姿が見えなくなるまでその場にいた。
「ユリナ・ハルサキにノゾミ・ハルサキ……どうやら一波乱起きそうだ」
呟きは、憂いとともに風に運ばれていった。
「そういえば、ここをキャンプ地とするのー?」
「ここはキャンプ地というより中間地点だ。本拠点は別にする」
階段を上がっていき、部屋の扉を希美が開けると———大きなフェイクファーが付いたコートを着た青年と戯れる小柄な少女の姿が目に飛び込んだ。
「びっくりした…来てるなら来てるって連絡してくれよ明音…」
「みれーさんがはなしておくからだいじょーぶ!————ってゆってたから……」
「いやそれはそーだけど…急にリスポーンはやめてくれ、心臓に悪い…」
「ごめんなさい……」
「いや明音を責めてる訳じゃねぇから。どっちかっつーとあの空気読めない親に言って
る」
澤城明音があからさまに落ち込んでいるのを見て、優里菜は首を傾げ彼女の傍にいたヤイバに視線を向けた。
「確実にさっきのブラックな恐怖心にテンションが引きずられているな……」
「恐怖心?」
「……ここに来る前、風見姫水と一緒だった」
その言葉で、優里菜たちは察した。風見姫水は可憐な容姿と声とは似ても似つかないほど醜悪な嗜好を持っている。ホラー映画好き、そう言えば聞こえはいい————だがそのジャンルは殺人鬼やゾンビ、ヒューマンホラーといった悪趣味な嗜好を持っている。
それだけではなく、拷問器具の全集や人の殺し方全集といったかなり悪趣味な本を持ってたりと悪癖が顕著に出ている。
「おーい希美、そろそろ本拠点とやらを教えてくれ」
「あ、あぁ…それもそうだな」
土方の言葉で意識を現に戻した希美は壁に手を置く。
<—唱えるはセフィラ、舞い降りる聖守護天使>
希美の言葉に共鳴するように、壁に大掛かりな魔法陣が現れる。
その魔法陣に集まるように、優里菜と明音達、そして銀時達を包み込む。
<レディ・インぺテル————イニティウム>!!!
光が拡散するように部屋全体を包みこみ、来訪者達を覆いつくした。
光が収まった後には、人の姿は跡形もなく消えていった。
「そういえば今日、面白い二人組に会ったんだよ」
街の見回りから帰ってきたリュシアンはブルーノと顔を合わせ、一言二言交わした後にそう切り出した。彼が他者についてを語ることは少ない、ましてや面白かったというものについては尚更。それ故に、あとは聞いておくべきという謎の勘が生じて彼の話を聞くことにしてみた。
「一人は、ユリナ・ハルサキという天真爛漫で非常に元気なお嬢さんで...時折不思議な言葉遣いをしていたがさして気にはならなかったね」
とても可愛らしいお嬢さんだった。
そう言って少し柔らかく微笑んでいるリュシアンにブルーノは「ほーう」とやや興味ありげな反応を見せた。普段自分から進んで女性の話をしないリュシアンが珍しい、という感嘆符の意味合いもあるし、あの白煌がそこまで言うほどなのかという興味も含まれている。
「それで、もう一人はどんなやつなんだ」
「あぁ、もう一人はノゾミ・ハルサキという……落ち着いた雰囲気の、どちらかと言えば格好良いという言葉が似合う女性だったな。ユリナの姉君だと言ってた」
格好良い女性。
そんなワードにブルーノ・ブリンガーは素早く反応を示した。男として、ブルーノ・ブリンガーとして逃がしてはならない獲物の存在をチラつかせられたような気がして。
彼は女性らしい女性も嫌いではない、女性的肉体美を持つ淑女も、淑女でなかろうとも守備範囲であることに相違はない。だが、どちらかと言えば彼は靡かない、決して簡単には振り向かないようなクールな女性に対して燃えるのだ。
何故だか、こう、男としての情熱をかき立てられるのだ。
「ブツァー」
「なんだい?」
「その姉の方、ノゾミ・ハルサキと言ったな」
「あ、あぁ……」
「詳しく聞かせろ」
唐突に話に食い気味になりましたブルーノに、さりげなく一歩下がりつつ一目見た感じの様子を彼に告げようとしたその時、物音がした。そちらを振り返ってみれば度し難い物を見る目をブルーノに向けているエヴァンの姿があった。
「…………………………」
「……な、なんだよルークス、その目は」
「…………………………」
「いや何でそんなに意味ありげな目を俺に向けながらどっか行こうとしてんだおい待て!」
男としての我欲むき出しになっているブルーノを見たエヴァンは「何故彼が自分より上の立場なのか」と心の底から疑問に思ったと後に語った。
あと、そんなんだからグリザール卿にはやく妻帯者になれ、と言われるんだとも。