「………申し訳、ありません……不可解な術を使われ、奥に取り逃がして…しまいました……」
目深に被った外套のフードから見える眼には、無念の表情で溢れていた。
しかし彼の傍にいた白髭の老紳士は、それを咎めることはなかった。
「構わん。夜盗の一人は異なる造りの銃を所持していると聞いた…苦戦を強いられるのも無理はない。
足止めを与えただけで上々だ、大儀であるぞ———————エヴァン」
老紳士が扱う中折れ式ダブルアクションの
その傍らでエヴァンは老紳士の労いを聞き、安堵の表情に眼の色が変わった。
このカンタベリ修道騎士団本部に侵入してくる者はしばしばあった。
しかしその者らは決まって、異なる宗派の者か破壊工作を行いに来た異端のどちらか。
………今回のも後者の方だろう。破壊工作を行いに来たものだろう。
然らば早急に手を打たねばならない。
懐に銃を仕舞い、傍らのサーベルを手に持つ。
「さて―――後は私が引き継ぐ。戻って羽を休めるのだ」
「お気をつけて……グリザール卿」
カンタベリ修道騎士団参謀長のアルベリック・グリザール。
今宵の夜は長引きそうだと、天を仰いだ。
喜瀬舞奈香と神威は走り続けている。
不気味な黒ずくめの覆面に追われながらも、舞奈香はサプレッサーが付いた
勿論、面倒ごとを避ける為に非殺傷弾を予め装填している。
弾性を有するプラスチックと弾頭の重量増加などを目的とした金属粉を固めた――――いわゆるプラスチック・フランジブル弾。
死にはしないが、当たれば激痛を伴う————だが死よりはましだ。
空気が圧縮されたような音を放ち、弾丸は黒ずくめの覆面に当たる。
激痛に喘ぐ彼らをよそに、舞奈香達は走っていく。
「ここの廊下って、こんなに長かったっけ!」
「教えてあげる…!それは遠回りしているからだよ———!」
二人は助走をつけて侵入口から脱出する。
幾ら自分の体が激しい動きについていけるように
膝に手をつき、肩で息をする——そんな舞奈香を神威は呆れたように息をつく。
「まだ慣れてないんだね…いい加減に慣れてよ」
「僕は元々インドア派なんだ…無理難題を言わないでくれ!」
「まぁいいや、でも俺は逃げてばかりでつまらなかったよ…手ごたえのある敵と戦いたかったけど」
「神威…僕たちはあくまで証拠を回収しに来たんだ。確かに敵には狙われたけど、大きな損害は———」
出てない、と言おうとした
瞬間、神威が舞奈香の腕を掴み引っ張る。
舞奈香は思わず神威に異を唱えようとしたが……彼女がいた場所には一発の弾痕ができていた。
「……既に情報は回ってたのか……っ!」
舞奈香は自動拳銃を構え、使っていた侵入口に向けて発砲する。
だがそれは、空間が軋むほどの甲高い音を立てて、喜瀬舞奈香の非殺傷弾を弾き斬った。
―――――軽やかな杖の音とともに、威厳に満ち溢れた気迫をまとった黒いロングコートの老紳士が現れた。
その姿とオーラはさしづめハリウッドのマフィア映画に出てくる往年の俳優のようで――――
「———————やはり聞いた通りの姿をしているな。お前たちが何者かは問うまい…だが我らが地に踏み入った罰、その身に刻んでやろう」
「貴方一人で……ですか」
「然り、そもそも他の隊員の手を煩わせる訳にはいかん。故にこの不肖アルベリック・グリザールがお前たちを討ち取ってしんぜよう」
威厳と余裕綽々な気迫をまとったアルベリックと名乗る老紳士。
だが彼の見た目からして七十歳は超えているだろう、舞奈香の銃は震えていた。
「——————へぇ、爺さんがやるっていうの?」
神威の意気揚々とした声が、後ろから聞こえた。
「実をいうとさっきからお預けを喰らっててね……アンタみたいな強いヤツと戦いたくてうずうずしてたんだよっ!!!」
敬老の精神を感じる暇もなく。神威は爛々とした瞳を光らせ、獣の様にとびかかった。
神威の拳は槍の様に鋭く、神威の蹴りは斧の様に重い。
当たってしまえば、並みの人間では“即死”する。
自分とは違い純粋な化け物。そこには人間との圧倒的な差がある。
そんな四肢から繰り出される凶器を、アルベリックと名乗る老紳士はサーベルでいなして躱して避けている。
そんな彼に負けじと神威はアルベリックに強いローキックを食らわした。
戦闘能力はまさかの五分五分、でも体力差からしてみれば神威の方が上だ。けれど——————このままでは。
「あぁ全く、君というのは————横暴な所は、変わりはしないんだから!」
自動拳銃の引き金を引く。
空を押し潰した音とともに放たれた弾丸は一直線に伸びていった。
相手との距離はやや遠い、でもこの一射にかける余地はある。
当然のように迫ってきた弾丸を弾き斬る。
だがしかし。
「よそ見はいけないよ。お爺さん」
空に跳ぶ神威の姿、空を飛ぶ様は————夜の兎。
純粋に強者との戦いを楽しむ姿は、幼子のようにも見える。
純粋なまでの、無邪気さの中にある――――無垢なる狂気。
槌のように振り下ろされた踵落としは、無慈悲にもアルベリックに当たり強い衝撃音と砂ぼこりが舞った。
アルベリックは受け身の姿勢を取ったのはみえた、だがあの攻撃では無事では済まされない。
彼にとっては、戦いこそが生きがい。戦うことが生きる意味の捕食者。
この世界は食うか食われるか。弱肉強食なのだ。
つまり___老将アルベリック・グリザールも彼にとっては捕食者に見つけられた獲物なのだ。
軽く背伸びをして舞奈香の方に歩いていく。
「はぁ、楽しかった楽しかった!」
「神威・・・・想定外の行動は謹んでって言ったはずだよ?」
「でも俺は満足出来たから、それで問題ないよ」
神威の一声に舞奈香は呆れた溜息をつく。
そして二人は本を背負ったバックの中に入れ、帰路に着く─────
しかし、つかの間の安堵は————銃声とともに切り裂かれた。
「………あれ?」
「─────────え」
神威の腕から真っ赤な鮮血が噴き出した。
壊れた水道管の様に、血が溢れる。
舞奈香は、突然の一撃に目を見開いた。
気配は微塵もなかった…‥いったいどこから?
感覚としてはいつの間にか撃たれて傷を負った感覚だろう。
神威は不思議そうに、そして瞳に嬉々とした殺意を灯しながら奥を見つめる。
そして―――――荘厳な声が、薬莢の音とともに響く。
「不貞な野兎が二対………よもや逃げられるとは思うまい」
「――――――――覚悟せよ」
鐘の音が鳴り響く。
その姿は、荘厳かつ壮麗。
彼との邂逅が、二人の絶望の始まりでもあった。