全力疾走っ!青春声援物語 グレイブンロード (挿絵無しVer)   作:匿名423371

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この作品はあくまでも二本足で走ってる擬人化物語であるので、実際の四本足で走る競走馬のアレコレとはほんの少し違います。あらかじめご了承ください


第7話② - 知らぬ明日に躊躇した今

 

「……ガキに助けられちゃ世話ねえな」

「このぐらい平気です!!!!!!」

 

 ベンチに腰掛けペットボトルのお茶を飲むその男は、毛根がM字型に後退している頭をガリガリと掻く。手にするペットボトル飲料は先ほど彼が起き抜けに「み、水……」と口にしていたから、エールが急いで近くの公園の自販機で買ってきたものだ

 顔がまだほんのり赤いこの男は本当に酔っ払いだったようで、どうやら昼間から酒を飲んだ帰りだったらしい。でも今日平日だよな……?仕事は……?

 

「飲み物代、1000円札でいいか?細えのが無いんだ」

「いえいえ本当に気にしないでください!!!!!!!!!私の声で起こしてしまいましたし!!!!!!!!!」

「そんなわけにもいくまい。車道で酔い潰れてた俺をここまで運んでくれたんだ。ほれ、黙って受け取り」

 

 そんなつもりじゃ!という風に、あわあわとテンパるメイケイエール

 

「ソングちゃんどうしましょう……!!!!!!!!!」

 

 知らんわ。もう帰っていいか

 

「ふむ……競専の制服……オメェら競走選手か」

「はっ、はい!!!!!!!!!」

 

 その男は指で顎をこすりながら、品定めをするようにしてアタシたちをじっと観察し始める。癖だろうか、じっと閉じている口はまるで“へ”の字のように曲がっている

 

「はるか昔の話だがな。俺はへっぽこだった競走ウマにGIを勝たせたことがあるんだ」

「え!?!!?!?!?!?もしかしてトレーナーさんなんですか!!!!!!?」

「ずっと続けてたわけじゃねぇけどな。定年までは別の仕事やってて、今は年金暮らしさ」

 

 ……彼の発言に、アタシは思わず眉を顰めてしまう。だが、エールの奴は一切の疑いも持たずに食いついた

 何鵜吞みしているんだメイケイエール。飲んだくれなんて、口から出任せしか出てこないだろ

 

「金は受け取れねえってんならそうだな。代わりに一つずつ、競走選手としてのアドバイスを教えてやる。効率の良い練習方法とか、次のレースの展開予想でも何でもいい」

「本当ですか!!?!?!?!?」

 

 たとえお礼であろうと、こんな浮浪者からアドバイスを受けることに何の価値があるのか

 身元不明の中年男性となんて、出来ることならあまり関わり合いたくない……

 

「そういうのは結構ですので〜!それでは~!」

「あ、そう」

「ちょちょちょちょ!!!!!!引っ張らないでください!!!!!!」

 

 愛想笑いを作るアタシはエールの腕を掴んで緊急脱出(ベイルアウト)を強行。いくらなんでも怪し過ぎる

 

「優秀な元トレーナーさんに質問できるせっかくのチャンスなんですよ!!?!?!?!?」

「あんな釣り堀行った帰りみたいな中年男性が元トレーナーなわけないだろ!!トレーナーってのはもっとエリートなんだぞ!!!?百歩譲って本当だったとしても、GI勝利は絶対に盛ってるって!!!」

「そんなのわからないですよ!!!!!!そういう“あえて”のファッションかもしれないですし!!!!!!!!!」

「あんなん今日日パリコレでも出てこないだろ!!!」

「聞こえてるぞ〜」

 

 ……アタシの説得に、エールの方は一歩も引かないと言った感じだ

 先に帰ることも考えたが、エールを一人にするのもかなり怖い。ウマはヒトより身体的優位性があるとは言ったが、決して対抗手段がないというわけではない。ここでこの男が突然スタンガンを取り出して、エールを気絶させて誘拐することだってできる

 たまたまこのおっさんが犯罪者……という可能性は低いだろうが、万が一ということもある。騙されやすいエールのことだ、気絶させなくても口車に乗せただけでホイホイついていきそうだ

 全く。メイケイエールめ、仕方のないやつだ

 

「……手早く済ませろよ」

「やったーーーー!!!!!!!!」

 

 ただでさえ高いのに、さらにテンションが二段階ぐらい上がるメイケイエール。男への警戒の解いてないアタシは、五歩ぐらい下がったところで二人の様子を眺めることにした

 

「質問します!!!!!!!私、レースになるとどうしても緊張しちゃうんです!!!!!!!!和らげる方法とかありますか!!!!!!!!!」

「ふむ、緊張か……一般論だが、緊張は自信のなさの表れと聞く。自信が付くまで走り込みすればいいんじゃないか?」

「なるほど!!!!!!!!!今以上にたくさん練習すればいいのですね!!!!!!!」

「おいおいちょっと待てメイケイエール」

 

 またもや腕をぐいぐい引っ張って、エールを男から強引に引き剥がした。ただえさえ彼女は、筋肉がはち切れるギリギリまで練習を続けようとする真面目バカだった

 

「ちょっと何するんですか!!!!!!!」

「何納得してんだ、緊張ってそういう話じゃなかったろ!!しかもこれ以上練習したらお前死ぬじゃん!!」

「死にませんよ!!!!!!ウマの身体は強いんです!!!!!!!」

「お前の質問の仕方が間違ってるって意味だよ!!単に緊張しちゃうのが困ってるわけじゃないだろ?期待に応えるための勝利への執着が重くのしかかって暴走してしまうって話だったはずだ」

「それは、そうかもしれませんが」

「もー。仕方がない、アタシが代わりに聞いてやるから」

 

 ベンチの近くまで戻った後、アタシは男に向けて、訂正させてください、と一言放った

 

「こいつの緊張はちょっと違うんです。自信がないというより、勝たなきゃ!っていう強い強迫観念が、彼女の中に結びついちゃっているみたいなんですよね。なんたって彼女、能力自体はあるので」

「なるほど。ちなみに戦歴は?」

「えと、スプリントのGIIIを二勝、マイルのGIIを一勝しています!!!!!!!!」

「そりゃすごいな……それで上手く行ってるってんなら、逆にその緊張、治さなくてもいいんじゃねぇのか?」

「いやでもこいつのレースひどいんですよ。途中他の選手に向かって突進したりするんです」

「んだと?ドブカスじゃねぇか!!」

「ちょちょちょ!!!!!!!!!!!」

 

 今度はエールがアタシの腕を引っ張り、男から引き剥がす。どうしたどうした、おかしいことなんて言ってないだろ

 

「ひどいですソングちゃん!!!!!あんな言い方だと、私が悪い人だって誤解をうけちゃいますよ!!!!!!!!!」

「誤解じゃないだろ事実だろぉ〜???」

「お、起こってしまったことは、そのとおりですが……」

「それに、本当に自分のためになるアドバイスを貰いたいなら、自分のことを包み隠さず話す必要があるだろ。腹括れメイケイエール」

「ぐぬぬ……!!!!!!!!!」

 

 メイケイエールはどこか釈然としないという感じで唸っている。今更認めない気になったのか

 もう一度ベンチへと戻ろうとすると、エールはアタシより先に男の元へと駆け出していた

 

「いや!!!別にそんなつもりなくて……!!!!!!こう、気持ちがいっぱいいっぱいになって、それで身体が勝手に、と言いますか……」

「ふむ、自分の理性が無くなってしまう感じだろうか」

「そうです!!!!!!!!!そんな感じです!!!!!!!!!」

「レース中にて覚醒するウマの本能に身体の主導権が奪われ、理性的に走れなくなるケースは、昔も特段珍しくなかった……気性難って奴だな。第一、レースは本能の闘争だ。その上、四足歩行生物だったお前らの先祖のサバイバル本能が抜け切れてないってのもあるだろうな」

 

 アタシはまだ、このくたびれた男がトレーナーという話を信じていない。しかし今のように、まるでホントに経験があったかのように語られてしまうと、少々驚いてしまう

 

「気性難ってのはトレーナーにとっちゃ珍しくない。といえど、問題児であることには変わりはないがな。しかし気性難のままじゃGIは決して勝てない。決してな。本能のまま走るってことはレース中のペース配分が無茶苦茶ってことで、それだと後半ガス欠になって沈んでいく」

「うう……」

「しかし新人トレーナーが陥りやすい間違えとして、その本能を抑える方向で矯正したがる奴がいる。だがそれだと、決定打が欠けてしまいレースに勝てなくなって本末転倒。なぜなら、ウマの絶大な競走力には、その本能とやらに由来するところが大きいからな。理性を捨てたらガス欠、本能を抑制すれば弱体化。ここでジレンマが発生するわけだ」

 

 そしてその男は、一拍おいて次のセリフを重要そうに言った

 

「となると、本能と理性の共存を目指すのが一番の安牌になる」

「本能と理性の共存……ですか」

 

 男の話に聞き入るメイケイエール。天からの啓示を受けているようにして、目を輝かせながら前のめりになっていた

 

「さて、ならどうすればいいか?の話だったな。本能と理性を共存させる練習をやるには、最も問題である本能を最大限に引き出せる状態でないといけないのだが……今のところ、その機会は本番のレースにしかないと俺は思っている。大多数の観客による本物の期待。各種メディアが作り出した本物の名誉。これらを奪い合う本物の闘争。ウマの本能を完全に引き出すには、最低限お膳立てをしなくちゃ訓練にならないわけだ」

「ふむふむ……」

「まー結局はだな。暴走するリスクを取ってでも、何度も何度もデカいレースに出て、本能を理性で制御できるよう徐々に慣らしていくしかねぇってことだな。デカいレースに出られるだけの戦歴もあるわけだしな」

「なるほど……」

 

 だが勿体無いな。そういって、男は話を続ける

 

「気性が悪いから短距離を走っているんだろうが、お前は短距離向けの身体じゃない。マイルの身体だな」

「えっと、そうなんですか?」

「脚がすらっとしてて長いだろ。脚の長さは走行中のストライドの長さに直結する」

 

「トビの大きい“ストライド走法”は中長距離によく見られる走法だ。これは速い脚を長く使えるのがウリだな。だが歩幅の分、脚の回転数が減るわけだから、短距離でよく見る瞬発力勝負の展開にはあまり向かない。オメェの場合、生粋のスプリンターに勝つための別の走法を叩き込むより、脚の長さをそのまま生かした適正距離───マイルで走った方がいいと俺は判断する。体つきが細いところを見るに、スタミナはそこまであるとは思えないから、1800mまでが限界だと思うがな」

 

「つまり、だ。その身体でGIを勝ちたいなら、目標距離を伸ばしてみるのも一つの手なんじゃないか」

 

 ……淡々と、メイケイエールの分析を述べる男。事実、レース中のエールの歩幅はかなり広い。併走でアタシがハイペースを作っても、彼女は少ない歩数で楽々追走できるぐらいだった

 それをこの男は、メイケイエールの身体を観察するだけで見抜いたのだ。優秀なトレーナーかどうかはさておき、少なくとも単なる酔っ払いではないことは理解させられた

 

「ありがとうございます!!!!!!!!!たくさん検討します!!!!!!!!!!!」

「まー、本来お前らにトレーナーが付いていたら既に教わっていただろうな。野良共よく覚えておけ」

 

 ……なんか色々見抜かれているし。アタシらが野良なのどうして気付いたんだろ

 

「これで貸し借りは無しだな。さあもう帰んな」

「あの!!!!!!!!!最後に一つだけ!!!!!!!!!」

「んん?」

「あなたのお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか!!!!!!!!」

 

 貴重なアドバイスをくれた人間だ。メイケイエールも、名前ぐらい覚えておきたかったんだろう

 しかしその男は、ムスッとした表情のまま、彼女の好意を受け流したのだった

 

「お天道様の下で堂々名乗れる名前なんてねぇよ」

 

 ……公園の夜は深まっていて、ジーっと鳴くクビキリギスの声が耳をくすぐっていた

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