全力疾走っ!青春声援物語 グレイブンロード (挿絵無しVer) 作:匿名423371
「お待たせいたしました!!!!!!!!!」
「もう。遅いぞメイケイエール」
ヒトミミの位置につけているパシュファイヤーからぶら下がっているのは、レース専用の折り返し手綱ベルト。それは頭の側面から脇をくぐって背中を通り、反対側の側面へと繋がっている
頭にはマーチングバンドの帽子。胸元には筆記体でMeikeiの文字。まさに応援エールを象徴するチアリーダーの様な衣装だ。というか、コイツやっぱり無茶苦茶胸が……
「………どうやったらそんなにデカくなるんだよ」
「????」
「いや、なんでも」
きっと聞いても無駄だろうな……特に意識しているわけでは無さそうだし、ハレンチ扱いされても嫌だし
おのれメイケイエール。この妬み嫉みは心の中にしまっておこう
「あっ、そうだった。メイケイエール、手を出せ」
よくわからないまま指示に従うメイケイエールの左手を、断りもせずにアタシは右手で握る。握手ではなく、一緒に並んで歩くための手の繋ぎ方。彼女の手はすこしばかりじっとり湿っていた
「っと、これは?」
「アピールだよアピール。世間じゃエールは加害者で、アタシは被害者だ。妙なイメージが定着する前に、払拭しなきゃだろ?」
電車での男二人組から察するに、桜花賞を経て、メイケイエールのイメージは更に悪くなっている。エールの内実を知る由もない客にとっては、レースを荒らす危険人物だ
そこで被害者たるアタシが、エールと手を繋いでパドックを歩く事で、“あんなこともあったけど、別に不仲じゃないですよ”とアピールをするのだ。そうすりゃ、エールへ降りかかる懸念や嫌悪といった視線からはある程度守られるんじゃないかと考えた
まあ、その行動は精々アタシたちの和解を示すだけなので、エールの暴走に非難する人自体は減らないと思うがな
「でも、ソングちゃんはいいんですか?」
「ん?」
「許してくださったとはいえ、私にあんなに怒っていたじゃないですか」
キョトンとする彼女に、アタシは思ったことをそのまま答えた
「そんなことよりもアタシ、誰かからかわいそがられるなんて、絶対嫌だしな」
パドックの観客エリアには、それはもう大勢の人、人、人……今日はGIだから入場料だけで8,000円も取られるってのに、すごい数だ
レースのパドックに立つのはこれで5度目。アタシもだいぶ慣れてきたかな
「…………」
「大丈夫か?」
「はい。今のところは……」
「パドック中は大丈夫なんだっけか」
「そうですね。私がおかしくなるのは、レースの時だけなので」
緊張からか声量も控えめなメイケイエール。観客の方へ向く彼女の視線は揺れていて、表情は強張っているよう
いや………表情を除けば、エールのパドック巡回はとてもお淑やかなものだった
さっきも言った通り、パドックでは観客に自分の状態を見せるために、ここを何度も周回しなくてはならない。そのエールの歩き方全体を見ると、とても静かで落ち着いているように見えるのだ
歩行する足元から頭の先までスラっと芯が通っていて、どこか品性が滲み出ている。顔は緊張で少しこわばんでいるが、遠くから見れば、よく躾けられた女の子に見られるだろうな。お嬢様教育の成果なのだろうか
流石は中京校校長の愛娘だ。こいつがレース中に暴れたりするなんて、パドックだけじゃきっと想像できないな
……彼女の話によると、レース中でも最初はそこまで緊張することもなかったらしい。しかし、天才少女としてレースを勝つごとに、父親や観客からの期待の目線にだんだん耐えられなくなったのだとか。勝利の執着もひどくなり、それが暴走に転じてしまうみたいだった
「でも今回、お前を注目している奴なんて意外といないんじゃないか?5番人気なんだしさ」
「…………そうだといいんですが」
エールを安心させるため、彼女のウマミミでしか拾えないぐらいの小さな声で呟く
そもそも彼女が予定を変更してNHKマイルに出場したのも、この悪癖を直すためでもあった
何度も何度もデカいレースに出て、本能を理性で制御できるように慣らしていく───元トレーナーを名乗る男はそう言っていたが、慣れるのを待つまでにまたやらかさないか、まだちょっと心配だった
「……へぇ?仲良しじゃん」
「!?」
「ソングラインの新しい友達かい?」
……突如、歩いているアタシに声が飛んできた
この声は、今でもハッキリ覚えている。子供の時に嫌という程聞いたキザ気取ったような声。そいつは最後まで、二枚目ぶるのが大好きだった
そう。ドイツ生まれの貴公子にして、アタシの腐れ縁───
「お前は、シュネルマイスター!!!」
「おひさ。二年ぶりかな?」
無意識に、アタシの声が大きくなるのを感じる。なんてったってアタシの昔からの因縁の相手だ。むかつくほどに余裕そうな口ぶりも、ヘラヘラとした風貌も、昔となんら変わっていなかった
コイツがこのレースに出場することは元から知っていた。アタシはなんとしてでも、シュネルに一泡ふかしてやりたい。その一心で競専での自主練を頑張ってきたと言っても過言ではなかった
「おいおい。お前、クラシック三冠取りに行くって話だったろ?どうしてクラシックからマイル戦線に移ったんだ?」
「オレの脚は中長距離には長かったみたいだったからね。マイルの方が向いてるって、オレのトレーナーが言うもんだからさ」
「あっそ。お前がそこまで意思も目標もブレブレな奴だとは思わなかったよ。一度ぐらい、自分で言った事を最後まで貫徹してみたらどうだ?」
「フッ……柔軟に適応してるって言って欲しいかな」
なにが柔軟だ、前走で大きく負けたのがトラウマになってビビってるだけじゃないか。そう切り返したかったが、シュネルの続く言葉に遮られてしまった
「初志貫徹って言っても、君みたいに他人の意見も聞かず、一度決めたことを変えずに闇雲に突っ走るのも違うと思うけど?」
「何が言いたい」
「キミが第一志望だった中山校から落ちたのもそうだったでしょ?体力試験対策ばかりで筆記試験の勉強をおざなりにしてさ〜。散々忠告したのに」
「野郎……」
挑発をへらへら躱していくどころか、二年前の競専受験期の黒歴史すらも掘り返してくるとは……怒りゲージが沸々と上がってくる
「減らず口も相変わらずだな!!!でも結局レースは勝利が全てだ!!!今日こそは、アタシが勝ってその口を黙らせてやるからな!!!」
「キミが、勝つ…………?あのさあ。キミに勝ち負け語れる実力が自分にあると思ってるのかい?」
「あぁ゛!!?」
「オレの対戦相手はハルコミニカとデウラヴォーリネエだ。ハッキリ言って、キミはオレの眼中にないよ。前走の順位は惨憺、成績も未勝利と重賞未満の二勝だけ………GIに二度も出場出来たのは、幼馴染として素直に褒めたい所だけれど、せいぜい掲示板に入れるかどうかが関の山なんじゃなーい?」
「……なんだとぉ!!!」
アタシの怒りは沸点に達しそうだ。アタシはたった4回のレースのうち2回勝ってるんだぞ!! 勝率5割!! 勝つ可能性としては充分だろ!! 勝手に実力を決めつけるんじゃないぞ!!
「いだだだだソングちゃん!!!!!!!!握力!!!!!!!!手の握力強いです!!!!!!!!!」
「なあメイケイエール……競走前に暴力振るっても失格にはならないよな〜」
「ちょっと!!!!!みんな見てますよ!!!!!!!普通に失格ですし、貴女にも暴走娘の汚名が降りかかっちゃいますって!!!!!!!!!」
「アイツボコせるならお前との名古屋暴走娘コンビの汚名だって喜んで着れるぞ……」
アタシの怒りも意に介さず、シュネルは観客に向けて高らかにアピールを始めた
「そういうわけだ。ファンのみんな!!!!今日の主役はこのオレだ。今日はみんなに、華々しい勝利を見せてあげるからね!!!!」
観客の方から、キャーーー!!という黄色い声が上がる。よく見ると“シュネ様”と書かれた応援うちわを、ブンブンと振り回す観客がちらほらいるみたい。シュネルには既に、女性を中心としたファンダムがあるらしいのだ
ファンといっても、ど〜せ面食いのニワカばかりなんだろうな〜。アイツのツラの良さとキザなセリフにまんまと騙されおって。ファンのオフ会とかに黙って押しかけて、アイツの本性とか過去の痴態も晒してやりたいものだ
シュネルに向けて苦い顔をしていると、パドック終了のアナウンスが鳴った
結局何もアピール出来なかったなあ…… また一つ、大きくため息を吐いたアタシなのだった……
01 札幌 タスラコッカ
02 京都 エネモル
03 中山 アルバダンス
04 阪神 ハルコミニカ
05 福島 ステンドユーレイ
06 中山 トゥルーヴィクトリ
07 中京 タイムトゥヘヴン
08 東京 デウラヴォーリネエ
09 京都 ロイスタクティクス
10 中京 ソングライン
11 中山 ゾージョクラシカル
12 札幌 シチジュウ
13 阪神 ミッツテンカオー
14 京都 ブルーツー
15 中山 シュネルマイスター
16 京都 カーシャルトン
17 阪神 ロジスティネイピア
18 中京 メイケイエール