全力疾走っ!青春声援物語 グレイブンロード (挿絵無しVer) 作:匿名423371
暖色の照明で照らす賑やかな居酒屋のカウンター席に、その男はいた
テーブルの上にドンと置かれた一升瓶。彼はお通しをつまみに、一人で静かに呑んでいたようだった
対してこちらは、柱に隠れて様子を伺う競専女子生徒二人。お目当ての人を見つけてやや掛かりぎみ気味のメイケイエールと、やっぱり彼女が心配で付いてきたアタシ───ソングライン
NHKマイルの翌日の夜。制服姿のアタシたちは学校終わりに、志積という男を探すために近所の居酒屋をローラー作戦で探していた。すでに3件回っていて、4件目のこの居酒屋でやっとその男に辿り着いたのだった
見つけたのはいいが、どうやってアイツに近づくつもりだ? ボソリとエールのウマミミに問えば、こちらに振り向いて、任せてください!と自信満々に回答
その自信はどこから来るのだと再び問いかけようとしたが、アタシがその言葉を放つ前に───
「すみませええええええええええん!!!!!!!!!」
「ちょっ、おま………」
と、店中に響く絶叫が炸裂。喧騒は残響のようにシーンと静まる
ガラリと変わった居酒屋の空気に全く臆さず、お転婆娘サマのメイケイエールはズンズンとカウンターへ進んでいった
「な、なんだオメェ!?」
「今日はあなたにお願いがあって来ましたあああああああ!!!!!!!!!」
カウンター席に座る志積さんの目の前でなおも絶叫するメイケイエール。カウンターの向こうで料理作っていた店員は、ギョッとした目でエールを見ていた
あー、もうバカエール!!!こんな恥ずかしい思いをするくらいなら着いてこなきゃよかった!!!!
「………NHKマイルのレース分析が聞きたいのか」
「!!!!!!!!!もしかして見ていたのですか!!!!!!!!!!!!」
「ああ、テレビでな。まさかオメェらも出場していたとは思わなかったが」
「それなら話が早いです!!!!!!!!!」
アタシがおずおずとエールを追いつくまでには、もうレースの話になっていた。だが、志積さんは酒を呷りながら、エールの発言を軽くあしらった
「じゃあ聞くが、それを教えてオメェは俺に何をやってくれるんだ?」
「え!!!!?」
「人に何か物を頼むときは、報酬やメリットを提示するもんだ。オメェは俺に何をやってくれるんだ」
「それは!!! ………えーーーーーーっと、うーーーーんと…………」
おおう。なんとも厳しいお返事だ
それもそうだ。突然こちらから一方的に突撃したのだ。拒絶するような物言いも当然だ
言葉が詰まっていたメイケイエールは、しばらくの後何か閃いたようにして笑顔になり、そして男にこう言い放った
「では私!!!!!!あなたが言ったお願いをなんでも聞き」
「バカ!!!!」
「あだ!!!!!!!!何するんですかソングちゃん!!!!!!!!!」
なに言ってんだお前は!!!
変なこと口走りそうになるのを察知し、咄嗟にエールの脳天にむけてチョップを繰り出してしまった
「女の子がそう簡単に“なんでもします”なんて言っちゃダメだろうが!!!! すいません、この子の言ったことは忘れて貰えると」
「うー……じゃあどうすればいいのでしょう………」
「…………」
カウンターの向こうから、男が注文していたらしい焼き鳥の皿が運ばれる。それを見ていたメイケイエールは、また何か思いついたようにして志積さんに切り出した
「………もっと飲みたくありませんか!!!?」
「あ?」
「もし教えてくださるのなら、一杯分。私が奢りますよ!!!!!」
「いらない」
「じゃあ、おつまみいかがです!!!?お支払いします!!!!!!!!」
「結構だ」
「なら……全部っ!!!今晩のお会計全部!!!奢ります!!!!!!!!」
「あいにく、金には困ってねぇ」
そ、そんなあ………と落胆するメイケイエール
やれやれ。レース分析すらも聞き出せないなら、トレーナーにさせるなんて夢のまた夢だな。アタシは志積さんに聞こえないぐらいの声でエールに耳打ちする
「一旦退散した方がいいんじゃないか?」
「いやまだ早いです!!!!!ここで何かしら接点を作らなきゃ、もうトレーナーになってもらうチャンスが無くなっちゃうかもしれないんですよ!!!!!?」
「バカっ!!!大声で喋るなメイケイエール!!!」
「あ? トレーナー? ……そうか、野良だもんなオメェら。アドバイスにかこつけて、俺をトレーナーにさせる算段だったんだな」
「ギクッッ!!!!!!!」
あーもう!せっかく小さい声で話しかけたのに、アタシらの作戦ダダ漏れじゃないか!いい加減絶叫癖も直して欲しいものだ
てか、擬音を口で言うやつ初めて見たな
「ぐぬぬ……バレてしまったのならしょうがない、こうなったら直談判です!!!!!是非とも───」
「断る」
「そんな!!!!!!!!!いくらでも報酬は払いますから!!!!!!!!!!」
「知らねえよ。金に困ってないっつったろ」
「お願いします!!!!!!!あなたくらいしかいないのです!!!!!!!!」
「話は終わったろ。とっとと失せなクソガキ共。純米酒が不味くなる」
「くぅ………!!!!!」
あーあ。説得は大失敗だ
こりゃもう何言ってもダメそうだな。アタシはエールの手首を掴み、居酒屋から出ようとした
「……ほらエール。帰るぞ」
「……帰りません」
「ここで頑固になったって意味ないだろ。余計迷惑かけるだけだ」
「…………」
「やっぱフリーの人をトレーナーにさせるなんて無茶だったんだよ。それに、報酬払えるだけの金があるってんなら、トレーニング塾に行けば───」
「………それじゃダメなんです!!!!!!!!!」
それは、今までのとは全く違う、悲壮が混じった絶叫
居酒屋の喧騒は、エールの声で再び静まり返ってしまった
「ダメって、何がダメなんだよ」
「塾に入ってしまったら、私がトレーナーと契約したことが、管理局経由で白雪家の方々にバレてしまいます」
「は、はあ?」
………たしか白雪家は、エールが名競へ養子に出される前の家のことだったよな
でも何でその名前が出る?養子になったのなら、元の家庭なんて関係ないんじゃないのか?
「そいつらにバレたところで、一体何になるんだ」
「なるんですよ、ソングちゃん………だって、だって私………」
「“トレーナーと契約してはならない”って………あの人たちと、約束しちゃいましたから」
は、はぁ?
トレーナーと契約してはならないだぁ?
何その、遠回しに選手やるなって言ってるような約束は………
「だからこそ、この人じゃないとダメなんですよ………私が白雪家の方々にバレずに、トレーニングを教えてもらうためには」
「………」
「実力があって、塾とも競専とも繋がってない。私のトレーナーになってくれる人は、この方しかいないんです」
「うーん……」
やはり、彼女の話がいまいち理解が出来ない。トレーナーと契約してはならないって何?そんな、おかしな話があるかよ
白雪家の生まれで、何らかの事情で競専校長に養子に出されたメイケイエール。その話をソダシから軽く聞いた時から、エールの裏にはなにかしらの縛り、或いは鎖のようなものが渦巻いているとは薄々勘づいてはいた
もしかしたらそれが、これなのかもしれない。事情は全く窺い知れないが、とにかく“トレーナーと契約してはならない”………と
「………意味わからんぞ、まったく」
「…………」
アタシは、エールの腕を掴んでいない空の手の方で、自分の頭を掻いてしまう
カウンターで黙ったままの志積さんは、アタシたちのやり取りを肴に、ムスッとした表情で焼き鳥を齧っていた
「おい。三つ編み」
「………? 私のことですか?」
「コイツ、お前にいつも苦労掛けてんのか?」
「それは、まあ………」
櫛を持った手でエールを指さす男は、アタシに続きを呟く
驚くことに、彼の口から放った一言は………なんと、同情の言葉なのだった
「面倒臭ぇよな」
「………?」
「うし。気が変わった」
志積さんは、鶏のもも肉を刺していた竹串を角皿へ乱雑に投げつけ、アタシたちの方角へと向き合った
「トレーナーの話は受けんが………オメェらのレース分析と評価ぐらいは教えたる」
「ほ、本当ですか!!!!!!!!?」
「それ聞いたら俺の前からとっとと失せな、クソガキ共」