全力疾走っ!青春声援物語 グレイブンロード (挿絵無しVer)   作:匿名423371

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第12話② - キミはタブー 屑ゲノム

 アタシたち二人はカウンター席の隣に座って、志積さんからNHKマイルの分析を聞くことになった

 奥から、志積さん、エール、アタシという席順。彼はアタシたちの方向を見ず、カウンターの方を向いてコップを揺らして遊ばせている

 にしても、一体どういう風の吹き回しなのだろうか。最初はアタシたちのこと、厄介そうに拒絶していたのに……… あんま気にしても仕方がないことなのかもしれないけども

 

「2着だった三つ編みの走りは頭に入ってる。一番人気の男の背後に付くことで、スムーズに最終直線まで脚を運べていた」

「強いウマの後方はレースにおいて定石のポジション。当然知っていたんだろうが、ここを抑えられたのは大きかったな」

「えっと、そうなんですか?」

「あ? 常識だろ?」

「いえ、あの………全然知らなくて」

 

 ふと思ったことをそのまま呟いたアタシを見て、志積さんは驚嘆した

 

「オメェ、知らねぇで走ってたのか!?こりゃびっくりだ。こんなの常識だろうが」

 

 どうやら、元競専トレーナーの志積さんは、現在の競専の実情を知らないみたい。校長の娘であるエールは志積さんに情報を補足した

 

「えっと………競専の全体授業では、中央競馬の基本システムぐらいしか教わりませんので………」

「はぁ、なぜ?」

「トレーニング法やレース展開などの専門的な競走学は、厩舎や塾のトレーナーと契約して初めて習うものに変わっているんです。そうすることで、一人一人に適した知識とトレーニングを、トレーナーさんが厳選して教えられる………そういう仕組みになっているのです」

「ほーお。だから野良のオメェらは知らねぇんだな」

 

 呆れたようにして、志積さんはカウンターの方へ向き直り、焼き鳥を齧って飲みこむ

 

「なにが競走専門学校だって話だわな。名前が泣いているわ」

 

 横に座るメイケイエールは、複雑そうな顔を浮かべていた。なにかしらの慰めの言葉でもかけたかったが、アタシは何も言うことができなかった

 競専がトレーナー頼りの教育環境になってしまったその煽りを、アタシが受けてしまっているのも事実だった

 

「とにかく、強いウマの後ろのポジションは強い。こんなの一般常識だ、覚えとけ。強いウマの後ろなら、安全に最終直線まで運んでくれるからな」

「それ含め大体のレース運びは良かった。だが、途中のコーナーで外走らされたのと、最後の最後に抜かりがあったのがマズかったわな」

「うっ………」

「一番気になるのは最後だ。オメェが先頭に出た瞬間、勝ったと思い込んだよな?スピードが落ちている」

「お、おっしゃる通りで………」

「野良にしちゃあよく走ってる方だが、間抜けな油断かますうちは二流だな」

 

 くぅ。痛いところをついてくる

 流石は鋭い。元トレーナーの慧眼を持っていると言わざるを得ない。レースでのアタシの動きを色々見抜いている……

 

「それに総髪は、徹頭徹尾無茶苦茶だ。何なんだアレは」

「レースが始まった瞬間に全力疾走。最終3ハロンではガス欠でまともに走れていない」

「公園で自分には暴走癖があるみたいなことを語っていた気がするが、ありゃひっでぇな………レース以前の問題だ。よくGIに出場できたな」

「うぅ…………!」

 

 エールもエールで痛いところ指摘されて苦しいみたいな面をしているが、暴走についてはわかりきっていることだ。アタシにとっては今更な気もする

 しかし、酒臭い志積さんはこちらを一瞥して、とても意外な言葉を続けたのだった

 

「だが。三つ編みと違って、総髪には確かな才能を感じた」

「え」

「ほ、本当ですか!!!!!!!!!」

 

 エールに、確かな才能か

 あんな暴走列車の走りを見てそんな褒めるのはちょっとびっくりだ。重賞三勝の天才少女とは言われていたけど、能力があるというのは本当なのだろうか

 

「NHKマイル歴代二位の高速ラップを作り出したのは紛れもなく彼女だ。結局負けたのだから、戦略的には落第もいいとこだがな」

「だが俺はこの高速ラップと、異様に伸びているオメェの脚が妙に気がかりになった。詳細分析するために、全出場選手のピッチ速度とストライド長を計測した」

「ストライド長って、前に仰っていた……脚のトビの長さのことですよね」

「ああ。片脚が地面を離れ、再度その脚が地面に着くまでの距離だ。まあ測ったと言っても、レースビデオをコマ送りして計測した推測値だがな」

 

 管理局が公開しているレース結果に、各選手の歩幅なんていう詳細すぎるデータは含まれていない。コマ送りして計測なんて、結構時間がかかる作業の筈だった

 

「やけに手が込んでますね」

「競バ見るときの癖でな、特段大したことじゃない」

「………競走選手の1ハロンにおける平均ストライド長は7.08メートルだ。参考までに、クラシック三冠のオルフェーヴルは7.32メートル、ディープインパクトは7.54メートル」

*両方とも菊花賞の数字 (出典)

「ちなみに、三つ編みの平均ストライド長は7.0メートルだったな」

*22年安田の数字7.2メートルから試算した空想の値。当時はたぶんこの数字

「ビミョー……」

「今回のレースでは、総髪のストライド長が最も長かったな」

 

 すると、志積さんはこちらを向いて問いかけた

 

「さて、それは何メートルだっただろうか。いきなりだが、オメェら当ててみろ」

「えっと、そう言われましても………」

「勘でいい」

 

 エールのストライド長か………志積さんの口から、伝説級のウマの名前が上がったのだから、少なくともそれに近しいクラスの長さなのだろうな

 ディープインパクトは、ストライド長が長く優れていることで有名だ。ならばおそらく……

 

「うーん。7.4メートルぐらいですかね」

「7.8メートルです!!!!!!!!!」

「いやいや、それは流石に長すぎないかメイケイエール」

 

 ディープインパクトよりも長いなんて、いくら予想でも買い被りすぎだ。ありえないだろ

 そんなアタシの思惑を、志積さんは一蹴りするようにして答えを言った

 

「………8.2メートル*だ」

*競走馬メイケイエール号はNHKマイルを走っていないのでこちらも空想の値だが、20年新馬戦時点での平均ストライド長はなんと8.19メートル 化け物(公式ではなく有志の測定データであることに注意) (出典)

「「なっっっっが!!!!!!!!!」」

 

 そんな、あのディープインパクトよりも一段、いや二段階もストライド長が上なのか!?!?てか、アタシとエールで、1メートル以上差があるってことかよ!?

 

「お前そんなに凄かったのか!!?」

「じ、自分でもそこまでのものとは、気がつきませんでした……」

「………まあ、ただストライドだけ長ければ良いというわけでは全く無いがな」

 

 志積さんはコップに残っていたお酒を全て飲み干す。アルコールが回ったのか、少し声が大きくなっている感じがした

 

「ピッチとストライドの両方がそれなりに出来て初めてタイムになる。いくらストライドだけが長かろうが、ピッチが遅いならタイムには繋がらない」

「総髪はなぁ、絶大に長いストライドと引き換えに、ピッチの方はスプリンターとは思えないぐらいに遅いんだよ。平均ピッチだと、レースの全選手中ワーストだった」

「スプリンターとして最低限持つべき瞬発力がなさすぎるんだ。ピッチが早くなきゃ、加速することができないからな」

「じゃあ、こいつの歩幅の長い脚は、いったいどこで生きてくるのか」

 

 メイケイエールは相槌を打ちながら、志積さんの言葉を一つも聞き漏らさぬように前屈みになっている

 志積さんはこちらを見向きもせずに、エールの強みを教えた

 

「………それはな。瞬発力の反対、持久力。それも、最高速度を長時間維持させるタイプの持久力勝負に向いているんだ。マイルの上級レースだな」

「1ハロン200メートルを走るのに、ストライド長7.0メートルの三つ編みは28.7歩必要なのに対し、総髪はたった24.4歩で完結する」

「同じ距離を走るのに4.3歩分不要なんだよ。これはな、とてつもないアドバンテージだ」

「どういうことかっつーと、減った歩数分体力を使わなくて済むから、速いスピードでも楽々追走できるようになるってことだ。地面を蹴る瞬間が一番体力を使うからな」

「なるほど……」

 

 そして志積さんは、カウンターの向こうを眺めるような遠い目をしながら、うっかり感想のようなものをぽろっと溢してしまった

 

「だからこそ、惜しいな……GIを勝ちうるせっかくの天賦の脚だ。暴走癖がなかったら、どうなっていたのかと考えさせられてしまう走りだった………」

「…………」

「磯多くん、勘定くれ。もう帰る」

 

 志積さんはカウンター向こうの店員を呼びかけ、ポケットから黒い二つ折り財布を取り出して料金を支払った

 払った後はそのまま席を立ち上がり、真っ直ぐ居酒屋の外へ出た。アタシたちも彼の後を追った

 

「お願いです!!!!!!!!!待ってください!!!!!!!!!」

 

 誰もいない夜の静寂。志積さんを追いかけ外に出たエールは、ゆっくり歩く志積さんに向けて大声で呼び止め用途する

 ……彼がぽろっと溢していた言葉を、メイケイエールは見逃さなかった。叫びに反応せず何処かへ消えようとする志積さんに向かって、真面目少女は真剣な面持ちで問いかけた

 

「仮にもし、あなたが本当に私のトレーナーだったら………私にどんなことを教えていましたか?」

「さあな。俺はオメェらのことは何も知らない」

 

 志積さんは歩きながら返事をする。エールは熱心にも志積さんの横に付いて、攻める手を止めなかった

 

「仮に、です。私に教えてください」

「あのな。教育は、“教え育てる”と書いて教育だ。学術の一方的な押し付けを戒めるという意味だが、生徒のことも理解した上で教え導くという意味も含まれている。たった一回のレースを見ただけで物を教えるわけにはいかないだろうが」

「……そのたった一回で、私の才能を見い出してくれたじゃないですか」

「そうだな。それで満足したろ?さあ帰んな」

「帰りません」

 

 だいぶエールのエンジンがかかってしまったようだ。あんまり見なかった彼女の姿だな

 志積さんの方はと言うと、眉間に皺がよって不快そうにしている。おいおい、不味くないか

 

「何が不満なんだ。お前には才能がある。だから今からでも才能を伸ばすために走り込みでもしてこいよ」

「嫌です」

「………」

 

 痺れを切らした志積さんは歩くのをやめて、エールの方を強く睨みつけた

 

「やかましいクソガキ共に割く時間など無ェつってんだよ。早く帰れ、もうおねんねの時間だろ?」

「…………帰りません」

「いい加減、俺に怒鳴られなきゃわかんねぇってか?」

「…………………………」

 

 それは、あんな騒がしかった暴走機関車メイケイエールを、黙らせてしまうぐらいの圧倒的な威圧感

 先ほどのレース分析の話は非常にためになったが、アタシはそれよりも………この威圧感こそが、彼が元トレーナーだったことの何よりの証明だと思った

 

 しかしメイケイエールは、威圧感に怯みそうになるけど………折れることはなかった

 そして、ここで初めて男の名前を呼びかけながら、まっすぐ筋の通った最敬礼で懇願したのだった

 

「お願いです、志積さん!!!!!!私はもうあなたしか、頼れないんです。どうか、どうか私のトレーナーになってください!!!!!!!!!」

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