全力疾走っ!青春声援物語 グレイブンロード (挿絵無しVer)   作:匿名423371

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サラブレッド(現実世界): 競走用に品種改良された軽種馬。他の種と比べて四肢の筋肉が細長く発達していることが特徴で、速く走ることに向いている
サラブレッド(グレイブンロード): 四足馬と人間のハーフ。ヒトと対応してウマと呼ばれるのが主流だが、二足歩行である為漢字の『人』と表されている場合はウマを含むことが多い
耳が頭頂部についていることと、尾骶骨から尾が生えていること以外に、ヒトとの見かけ上の違いは無い。しかし、腕及び脚における筋繊維が異常発達しており、一見全く鍛えていないような細身のウマでも、本気を出せば一人で重量鉄骨(断面がH型になってる銅色のアレ)を捩じって千切れるだけの力を秘めている


第19話① - 主説転倒の種子の萌芽よ

 

「タイムトゥヘヴン。これ、なんだと思う?」

「んん?」

 

 志積T(トレーナー)の練習が始まってから翌日の教室。アタシが隣の席のタイムトゥヘヴンに突き出したのは、どのご家庭にもある食品保存用タッパーだった。子供のお弁当箱と同じサイズの物だ。容器は透明で、ぎゅうぎゅうに詰められたベージュ色の大豆たちがよく見える

 

「大豆、だけど」

「そうだ、大豆だな」

「開けていい?」

「うん」

 

 容器を手に取ったタイムが、片手で蓋をパカっと開けば、中には蒸し大豆がぎっしり入っているのが確認できる

 

「………何の変哲もない大豆じゃん」

「ああ。普通の大豆だ」

「一体何が言いたいんだよライン」

 

 容器を持ったまま怪訝そうな顔を見せてくるタイムトゥヘヴンに、アタシは説明を始める

 

「……タイムトゥヘヴン。サラブレッドって、ヒトより数倍以上の量のご飯を食べるよな」

「まあ、そうだね」

「アタシもお前も、たくさん食べる方だよな」

「まあね」

「じゃあ。今日から毎日、このタッパーの中にあるものしか一日食べちゃいけないって言われたら、どう思う?」

 

 すると、タイムは何かを察して、顔を引き攣らせながら問いかけてきた

 

「………もしかして、ラインの新トレーナーにそう言われたってわけ?」

「言われた」

「ヤッバ〜!!!!!!!」

 

 志積Tから課せられた特別トレーニング。基礎体力強化とメイケイエールの暴走癖封印の効果が見込めるという特訓の正体

 ───それは、断食だった

 

 アタシとエールは、水と大豆以外の全ての食材の摂取を禁じられていた。毎日5kg以上のご飯を平らげるサラブレッドにとって、断食なんて自殺行為である。タイムに持たせたタッパーは、先日の初めての練習で志積Tからもらった、アタシの生命線ということだ

 

「えーちょっと。頭おかしくない!?ラインのこと餓死させる気じゃん!!!朝昼晩全部これ!?」

「……三食も食わないけど」

「えぇ!?!?」

「言ったろ。この中にあるものしか一日食べちゃいけないんだって。一日にタッパー1箱これだけ」

「悟りでも開く気かい!?!?」

 

 歴史の授業で習ったっけなぁ〜。イスラム教の断食文化。なんて名前かは忘れたけど、アレって日の出が出ている間は水も口にしちゃいけないんだっけ。身を清めるためのなんとかと聞いたことがある

 考え方はそれと近いのかもしれない。アタシは、志積Tが語ったことをそのままタイムに説明する

 

「筋肉を丸ごと作り変えるんだと。便利な現代社会に順応し切ったウマの筋肉は、みな無駄に肥え衰えている。だから、断食によって無駄な筋肉を削ぎ落とすんだってさ」

「ボクたちって見るからにそんな肥えてなくない!?!?脚だってだいぶ細いし!!」

「昔に比べて痩せたけど、筋組織の密度がないから実質肥えてる言ってた」

「えぇ〜イミフ〜……てか、よく知らないけどさぁ。断食なんてしたら、満足にタンパク質取れなくなるわけだから、筋肉痩せ細るだけじゃないの?」

「だから密度なんだって。断食程度で無くなる筋肉細胞なんて弱いんだからとっとと削ぎ落として、断食に耐えうる強靭な筋肉を詰めていくほうが良いんだってさ」

「絶対医学的根拠ないでしょ………筋肉を詰めるんだったら尚更食べたほうがいいと思うし………」

 

 タイムは乾いた笑いしか出なくなってしまっている。学校で一番仲良い友達グループに同じ話をした際、全く同じ反応をしていたなあ

 ちなみに言うと、志積Tとの師弟同盟は他言無用というルールだ。でも、同級生には言っても別に問題はないと思ったので、アタシの場合は機会があればフツーに共有するようにしている。どーせ志積T本人にバレないし、事前に共有しておかないと、無駄な心配をかけてしまうしな

 

「そもそもの話、自分の生徒に充分な食を取らせないのって、トレーナー的にアウトなんじゃないの?規則とかに引っかかりそうだけど」

「そう。アウトだって言ってた。専属トレーナーなら一発で謹慎処分。塾だと資格の剥奪。だからクラスの先生から何か言われたら、ダイエットの為自主的にやってるんだって返すつもりだ」

「い、異常………………………」

 

 そのドン引きする顔に、アタシは少し笑ってしまった。ここまで驚かれると、当事者なのになんだか面白く感じてしまう。彼の反応の中には、常軌を逸したトレーニングを行うアタシへの心配もあっただろう

 

「でもなんだかんだ言って、アタシもさほど信じちゃいないぞ。あの男について、そんなに信用してないし」

「じゃあなんでトレーニング受けたの」

「キツそうなトレーニングだったからかな。自分を徹底的に追い込まなきゃ、熾烈なGIレースに勝てないだろ?」

「ラインに限っては、GIレースに勝てないことないんじゃないかなぁ………だってあのシュネルマイスターくんにハナ差だったんだよ?」

「………はぁーあ。お前も皆と同じこと言うのな」

 

 疑問を呈するタイムに、アタシはやれやれと呆れ顔を浮かべてしまう

 毎度説明するのが億劫だな。でもまあ、側から見りゃ誰だってギリギリの差で負けたように見えるか

 

「………いいか?あの時のシュネルは本気じゃなかったんだってば。アイツが初めから本気だったら、アタシは大差で負けていたんだ。アタシはまだ、アイツに勝てるレベルじゃないんだよ」

「本当にぃ〜?」

「………どうしてそんな疑うような表情をするのだお前は。シュネルと実際に競ってたアタシの言っていることが信じられないってのか!?」

「言わせてもらうけどね。まだまだ成績も振るわない僕からすりゃ、競走選手ソングラインはかなりの上澄みだよ。てか、あの桜花賞出場ってだけで凄いことじゃん」

「それはまあ、確かにそうだけど」

「シュネルくんのことは知らないけど、今のラインでもGIレースを勝つ能力は十分あるでしょ。断食なんて、過度に自分を追い詰めるようなことしなくてもさ」

 

 クラシック世代の牝馬最強決定戦である、桜花賞出場はとても困難だ。今年一月に行われた紅梅ステークスを勝ち切ったおかげで学校に認められ、なんとか出場のチケットを手に入れられた。自分が上澄なのは、認めざるを得ないんだろう

 ………でもなぁ、それじゃ足りないんだよ

 

「アタシの目標はマイルのGIを獲ること。でもそのGIには、絶対シュネルが立ち塞がっているんだ。アイツを倒せるほどの圧倒的な強さがないと、やっぱりダメなんだ」

「うーん………………」

「圧倒的な強さを手に入れるためなら、断食だろうがなんだろうが構わない。自分を徹底的に追い込んでいかなきゃ、強くなれないだろ」

「そこまで言うなら、止めないけどさぁ………」

 

 何を言っても無駄だとようやく判断したのか、タイムは微妙な顔を浮かべながら、大豆入りタッパーをアタシに返す

 宿敵シュネルマイスターに勝つためなら、アタシはなんだってやってやる。それがアタシの、競走選手としての覚悟だった

 




この物語はフィクションです。断食しながら持久走とか、絶対身体を壊すのでやめましょう

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