全力疾走っ!青春声援物語 グレイブンロード (挿絵無しVer)   作:匿名423371

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第19話② - 主説転倒の種子の萌芽よ

 

 

「ソングちゃん………断食だいぶキツイですね………!」

「だな………」

 

 学校の授業も終わり、放課後のトレーニングの時間。アタシたちのお腹から、キュルルと空かせた音が鳴る。そんな中でも、今日も今日とてはるばる競専から隣町の運動公園まで移動し、志積Tのもとで練習しに来ていた

 ジャージ姿のエールとアタシは空腹に耐えながら、トラックの上で準備体操をして志積Tの指示を待つ。その志積Tは、昨日同様観戦スタンドのイスに腰を下ろして、何らかの書類に鉛筆でメモの走り書きをしているようだった

 彼は、こちらを見ずに問いかけた

 

「昨日与えた大豆はどうした」

「昼食においしく頂きました。ですが、すぐにお腹が空いちゃって………」

「私はまだ食べてません!志積トレーナーの指示通り、昨日の夜から今まで、大豆と水以外は何も口にしていません!」

 

 いつもの元気はどこへやら。メイケイエールは頑張って笑顔を作ってはいるものの、だいぶ辛そうな雰囲気だ

 そんなことを思うアタシもアタシで、結構空腹感でキツいんだけどな………タイムに向かって競走選手としての覚悟を語っておきながら、この体たらくとは自分でも恥ずかしい

 ちなみに、この蒸し大豆は志積Tの妻が作ってくれているらしい。最初はおっさんの毛とか入ってたら絶対嫌だなって警戒したけれど、慎重に口にしてみたら、ほんのり甘くて結構美味しかった

 

「こんなのまだまだ序の口だ。断食生活はこれからもっと辛くなるぞ」

「このぐらい、へっちゃらです!私、頑張りますので!」

「ほお」

 

 メイケイエールは精一杯の笑顔で答える

 もともとエールは生真面目な性格だ。それに加えて、エールにとって志積Tは長年夢見てきたトレーナー。その夢が叶った今、たとえどんな厳しい試練が待ち受けていようと、彼女は全力で応えようとしたいのだろう

 志積Tは資料の紙を隣のイスの上に置き、アタシたちに向かって指示を始めた

 

「さて、特別トレーニングの内容について、最初に俺が言ったことを覚えているか」

「“ある事を禁じられた状態で、ある運動を毎日こなすだけ”………でしたね」

「そうだ。昨日教えたのは、“ある事を禁じられた状態”の部分が断食だということだったな」

 

 トレーニング初日は、アタシたちの身体能力を計測したのち、大豆のタッパーを渡されて帰らされた。特別トレーニングの詳細についてはまだ、アタシたちに教えられていなかった

 

「では、“ある運動”というのは………」

「単なる持久走だ。これからオメェらには、ここの競技場トラック1200mを42周、ざっと50km分を走ってもらう。これを毎日欠かさずな」

 

 おおう………50km持久走を毎日か

 普段でさえ相当なカロリーを消費する持久走。それを空腹の状態で50kmとなると、想像を絶する過酷さだ。ヒトならば、おそらく途中で足が擦り切れて倒れてしまいそうだ

 なんだか気が遠くなりそうになる。しかしメイケイエールは、意外にも驚くそぶりを見せなかった

 

「断食持久走ですね!!」

「名前をつけるとそうなるな。GI優勝の地盤固めとして、脚の筋肉を極限まで追い込み基礎体力をつけさせるトレーニングになる。オメェらを徹底的に追い込むぞ」

 

 志積Tは、アタシたちに向かって堂々と言い切った

 さて。遠い未来にいるアタシがこのトレーニングのことを思い返してみると、断食と持久走の組み合わせが実際に基礎体力作りに有効だったかどうかは、正直なところ微妙だった

 後々のアタシ自身のレースに、このトレーニングの経験がそのまま繋がったかと聞かれたら、あんま効果がなかったと答えるかもしれない。だって、ただご飯を抜いたまま走るだけのトレーニングだったんだもの。キツさは一級品だったおかげで更に我慢強くなったが、成果としてはそれだけで、レースのスピードにはそれほどつながらなかった印象だ

 ついでにと付き合わされてしまったが、この断食持久走は、あくまでメイケイエールのためにあるトレーニングなのだった

 

「あっ、でもひとつだけ、質問をしてもよらしいですか!??」

「何だ」

「志積トレーナーは当初、私の暴走癖を抑制する方法と仰っていました。それと、この断食持久走に、どのような関連性があるのでしょうか!!」

 

 エールの指摘に、彼の目が少し細まる。これまでの志積Tの説明の中で、断食持久走と暴走癖克服との関連性は不明瞭だった。そのまま志積Tは説明を始めた

 

「暴走するメイケイエールが今最も必要なのが何かわかるか?」

「自制心、でしょうか!!」

「その通りだ。メイケイエールには、行動を抑制する何かが必要なのだ。いわば、“折り返し手綱”がな」

「折り返し手綱ですか!??」

 

 折り返し手綱。それは、頭を上げて走る悪癖のある馬に取り付ける、挙動抑制馬具を指す。いわゆる暴れ馬を、騎手が制御しやすくするために作られたものである。といっても、もちろんアタシたちのような亜人間のサラブレッドに使うのではない。我々の先祖にあたる、四足馬の馬具なのだ

 メイケイエールが勝負服につけている、顔の側面から繋がれているベルト。これも、折り返し手綱をモチーフにしたものだった。完走祈願のおまじないの意味が込められているのだとエールは語っていた

 

「騎手が折り返し手綱で暴れ馬の頭を押さえつけるように、メイケイエールにも、暴走を抑えつける何かが必要なのだ」

「でも、騎手が四足馬に跨る乗馬と違って、レース中の私は一人です。私を抑えつけるものなんてないのでは………!?」

「そうだな。“暴走したら抑えつける”なんて器用なマネは出来ない。だが、“ずっと抑えつける”ことなら可能だ」

「とすると、エールの身体に錘を取り付けたり、ベルトで縛ったりとかですかね」

「アイデアとしてならそれもあるな。だが、逆転的発想でもっと簡単に抑えつける方法がある」

 

 観戦スタンドに座ったままの志積Tは、そのアイデアをハッキリと言い放った

 

「空腹だ。直接身体を縛るのではなく、最初からガソリンを胃袋から抜いておくのだ」

 

 ………ふむ、なるほど

 スタミナに余裕があるから暴走が出来てしまう。ならば逆に、暴走してしまうだけのスタミナをあらかじめ削っておくことで、最初から暴走出来なくするというアイデアか

 

「断食持久走の主目的は基礎体力作り。副次目的は、空腹という極限状態それ自体を得る事だ。この極限状態こそが、メイケイエールの暴走癖を克服させる鍵になる。この状態でメイケイエールにはレースを走ってもらい、暴走出来ないレースに慣れてもらう算段だ」

 

 何事も、“出来る感覚”を掴むというのが大事なのだと教わったことがある。アタシは小学校進級前にボールペン習字を習ったことがあるのだが、最初の授業で手本の美文字を何度も何度も何百回もなぞる訓練をした記憶がある。習う前に、字を綺麗に書く感覚を掴むためなのだと

 レース中に暴走を抑制出来るようにするという大きな目標において、暴走出来ないガス欠状態でコースを完走することは、“暴走を抑制できる感覚を掴む”というのに近いのかもしれない。それならきっと、エールにとって大きな意義にもなりそうだ

 

「そ、そのアイデアは………今まで思いもしませんでした!!!」

「何度か模擬レースを繰り返して行けば、暴走しないで走る感覚を掴めそうだな!」

 

 ご飯を抜くのだから、断食持久走という特訓自体はベリーハードだろう。でも、やれば良いのだ!きっとそれは、真面目少女メイケイエールも思っていることだろう。わかりやすく、隣を見やれば感動している様子

 今までは、暴走を脱する方法すらも不明だったそうなのだ。そんな中ようやく糸口をつかめた。ついに見つけた、メイケイエール汚名返上の突破口だ!

 ………しかし、志積Tは無表情に首を横に振った

 

「俺がいつ模擬レースをすると言った?」

「「えっ」」

「模擬レースなんて無駄なことする必要ねぇ。本チャンで走らなきゃ意味ねぇだろ」

 

 おいおい、ちょっと待て

 あの、今の話って………極限状態の中本番に寄せた模擬レースを繰り返すことで、“暴走を抑制できる感覚を掴む”って話じゃないのか??そりゃアタシの勝手な憶測ではあったが、まさかそんな

 まさか、まさかだけど………志積Tはメイケイエールに、断食状態のまま本番レースを走らせるつもりだったのか!?!?ぶっつけ本番で!?!?

 

「………メイケイエール。オメェには二ヶ月後のGIIIレースであるCBC賞に、断食持久走を継続した状態で出場してもらう。少量の大豆と水しか胃袋にない極限状態での芝1200mだ」

「は、はぁ!?!?!?!?」

「志積トレーナーさん本気でおっしゃっているのですか!?!?!?!?!?」

 

 志積Tの突然の宣告に、アタシたちの驚愕の絶叫が響き渡る。さっきまでローテンションだった真面目少女も、空腹で思考力も落ちているアタシも、流石にこれにはびっくりだった

 それもそのはずだ。ただでさえ、今もなおとてつもない空腹感で侭ならない状況だというのに、この状態で重賞に挑めってか!?どんなに強い選手でも、それは流石に厳しいはずだろ!?勝つどころか、バ群に追走することすら難しいんじゃないか??

 

「当然、断食持久走を課している選手は、通常はレースに出さない。これは走力を上げるトレーニングではないし、スタミナを大幅に削いでいるのだ。負けるだけならまだ良いが、怪我する可能性だってある」

「なら何故私を、めちゃくちゃお腹すいている状態でレースに出させるのですか!?!?!?!?!?」

「メイケイエールの脚なら勝ち負けがあるからだ。CBC賞はたった1200m。GIII程度、極限状態など多少のハンデにすぎん」

「え、えぇ~……!?」

「俺はオメェの才能を買ってんだぞ?しっかりしろ」

 

 重賞に向かって“程度”とは………ずいぶんと、志積Tはエールの才能を買っているようだな

 だいぶ買い被りのような気もするが、同時に志積Tをそこまで言わせてしまうエールの脚力と才能の凄まじさを改めて実感する

 でも、やっぱり志積Tは警戒だ。さすがに極限状態でレースをさせるなんて、そんな頭のおかしい提案をする時点で信用できない。アタシはエールに耳打ちをした

 

「………どうするよメイケイエール。断食状態で本番レースを走るなんて、流石にライン超えてるような気がするんだが………」

「同意見です。ここまでの無茶を強いるトレーナーさんだったとは………」

「師弟同盟、こちらから切ってしまおうか?」

 

 しかし当の天才少女は、怪しむ表情を浮かべながらもこう言った

 

「私はまだ、様子見できると思っていまして」

 

 様子見、ねえ

 どうしてお前は、この怪しい男を信用している風なことを言うんだか

 

「この師弟同盟はこちらから無理言って繋がっている関係。当然立場は向こうが上ですが、強制力までは持っていません」

「………まあ、そもそも競専非公認だしな。アタシたちはただ、たまたま運動公園にいたおじさんにアドバイスもらっているだけの関係」

「ですです。そして、今の志積Tの提案だって、前回同様単なる提案の域を出ない。従来の専属トレーナーとは違い、大会出走志願の最終意思決定権を持つのは、書面上トレーナー未契約状態(野良)のままである、私自身なのですから」

「本当に出走するかどうかは、その時にこちらの一存で考えれば良いってことね」

「ええ。その通りです」

 

 淡々と語るメイケイエール。ちゃんとしたトレーナー契約を交わしていないという意味では、確かにアタシたちは自由だった

 それに、アタシが師弟同盟を絶対に解消したいと思えるほどのクリティカルな情報が未だ無い。アタシの認識はまだ、すごく怪しくうさんくさいおっさん止まりである。だから強く拒絶する動機もない

 エールがそういうなら、無理に止めることなどできない。奥に強い意志が宿る彼女の瞳を見たアタシは、仕方なく溜飲をさげることにした

 

「………それに私は、どっちみち志積Tしかないです。他に行く宛てなんて、ぜったいありませんし」

「トレーナー契約をしない約束だっけ。名競の養子になる前、エールが産まれた実親の家───白雪家と結んだ約束の話」

「そうです。だから、やるしかないのです!!」

 

 正直よくわからないんだけどなぁそこらへん。抜けた家との約束を律儀に守るのも理解不能だし。そこらへんの詳しい事情は、今後機会があれば聞くことにするか

 そうしてエールは、決意を新たにするようにして、志積Tに向けてこう宣言した

 

「志積さん。やりますよ、私!!!!!!!CBC賞で1200m、走ってきます!!!!!もちろん、暴走せずにです!!!!!!」

「いい子だ」

 

 ………やるしかない、か

 そんな叫びを聞いてしまったら、アタシだってやらなきゃだ

 

 メイケイエールは、暴走癖を克服して、ちゃんとレースが出来るようにする為に

 アタシは、シュネルマイスターを打ち負かすぐらいに強くなる為に

 

 その過程がどれほど苦しくても、アタシたちはきっと諦められない。もう、やるしかない段階にまで立たされている

 なぜなら、アタシたちの性根がそうだから

 バカ真面目がつくほど一生懸命な女の子と、宿敵の屈辱を深く根に持つ女の子。性格は違えど、根っこの部分は同じだった

 だからもう、アタシたちはやるしかない。断食だろうが毎日50kmだろうが、やるしかないのだ




余談 : ちなみに私は志積トレーナーを、優秀かつ素晴らしいトレーナーとして書くつもりはそんなにないです。時代に取り残された男だから発想が古く、無茶苦茶なトレーニングを思いつきでさせるようなヤバいトレーナーなんだけど、一応水準以上の観察眼はあるよ〜って感じ。正規の競専トレーナーの方が指導者として遥かに優秀です(昔は志積さんも正規だったんだけどね………)
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