全力疾走っ!青春声援物語 グレイブンロード (挿絵無しVer) 作:匿名423371
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エールちゃんの身に起こった異変に、私───ソダシはすぐに気づいたはずだった
ご無沙汰しております。ソダシと申します。私が独白を語るのはプロローグぶりでしょうか
本年度、2021年春時点での私の名声は、ますます日本全土に広がっておりました。世界初の白毛バによるGI勝利という衝撃を与えた阪神JFに続き、春の桜花賞も一着入線
その絶対的な強さを讃え、ついたあだ名は“白桜の女王”。私の現世代最強牝バの地位は確固たるものになりました。民衆の中には“牝バ三冠も狙えるのではないか”という期待さえも膨らんでおります
女王ソダシへの注目が高まる中、私はメディアの世界にも本格的に足を踏み入れました。ミステリアスで高潔なイメージを強みに、女王系モデルとして雑誌の表紙や広告に姿を現しております。憧れを抱く人々の期待に応え続けることにより、私の悠久なる輝きはさらに増していくことでしょう
さて、そんな私ではありますが、実は表には絶対に出せない、裏の顔というものがありました
それは───パワフル元気少女ことメイケイエールちゃんが、とっっっっっっても大好きだってこと!
私と同じく白雪の血が繋がっているメイケイエールちゃん。私は女王ブランディングの為に人様の前でクールぶっておりますが、エールちゃんの前では女王の見る影もありません。いつも元気でニコニコ笑顔なエールちゃんを可愛がるために、ハグだったりナデナデだったりをする毎日。仕事や学校の日なんて、ずっとエールちゃんのことばかり考えているんだし………あ。ずっと女王モードだったのに、気が抜けて語尾に“し”を付けちゃった
今のように、文の最後に“し”を付けるこの変な語尾は、唯一エールちゃんの前にしか使わない語尾なんだし。エールちゃんが変ですよ!って笑ってくれるから、それでずっと使ってるんだし
だから当然、表では絶対使わないようにしています。ソングちゃんには使っちゃったけども、まあ誤差みたいなもの。ソングちゃんがたまに見せる、“コイツどんなつもりでそんな妙な語尾付けて喋ってんだよ……”って考えてそうな困惑の表情が面白いから、今後も使うつもりでいます
さて、自己紹介はここまでにして、そろそろ本編に戻るし
それは夕方のことだった。毎日実施している塾でのトレーニングが終わり、私は愛しのエールちゃんが待つ寮室へと向かう。中京校の女子寮は個室なのが普通なのだけれど、エールちゃんのお義父さん兼校長先生に無理言って、私とエールちゃんは特別に相部屋にしてもらっているのでした
扉の前までたどり着いた私は、脚をすこし開けて仁王立ちの体勢。こうすることで、扉の向こうからエールちゃんがいきなり飛び込んできても受け止められる
甘えん坊のエールちゃんは、いつも私が帰ると全速力で玄関まで出迎えに来てくれて、おかえりなさい!!!!と叫びながらダイビングハグをしてくれるの。塾でどんな辛いトレーニングをこなそうとも、学校や仕事でどんな辛い出来事があろうとも、これさえあれば、疲れとストレスが全部吹き飛んでくれるのだ
私はゆっくりと、エールちゃんハグへの期待を大にして扉を開ける。さあ、来て!
「あ、おかえりなさい……!!!」
………飛び込んできたのは、エールちゃんのおかえりの挨拶だけ。それも、普段よりも小さな声
あ、あれ。今日はハグ、してくれないんだ………でもたまには、そういう日もあるかもしれない、よね。少しばかり、いやかなり残念だけど、仕方がない。悲しみを彼女に悟られないよう笑顔を作り、“ただいまだし”と微笑みかけた
部屋にいたエールちゃんは、勉強机に向かって課題をやっていた。一見普通にしているように見えるけど、彼女のセリフがいつもの大音量ではないことにはすぐに気が付いていた。元気がないのかしら
すると、キュルル………と可愛らしい音が鳴る。音の主はエールちゃんしかいない。様子を窺えば、彼女は恥ずかしさに赤面していた
「夕飯、まだ食べてないんだし?」
「だだだだ、ダイエット中ですので!!!!!!!」
………いやいや、私のよりもボンキュッボンしてる高身長モデル体型の貴女の、一体どこに減らす脂肪があるのかしら。十年以上一緒にいる私にはわかる。明確に嘘だ
ふむ、私に隠し事かな………まあ彼女が隠し事をするのは、特段珍しいことでもない。度がすぎるぐらいに真面目で良い子だから、彼女は自分の身になにかあっても、私に心配をかけまいとすぐに隠そうとする癖があるのです。それに、私だってお互い様だったし
でも彼女は、どうしてダイエットしているなんて嘘をついたのだろう。少し引っかかる
「………………」
私がずけずけ質問して、隠し事を暴くのは簡単だ。性格上、エールちゃんは嘘をつき続けることが出来ない。でも、また“過干渉やめてください!”と言われるのは、それはそれで傷付く
結局、その時の私は、エールちゃんをそっとしておくことに決め、そのまま明日の支度をしてから入眠したのでした
………間違いだったかもしれない
そう強く思ったのは、翌日の起床した時間のことだった
まだ何も知らない私は、ベッドからゆっくりと上半身を起き上がらせる。今日も素晴らしい目覚め。私とエールちゃんの部屋には、二つのベッドがそれぞれ部屋の側面に平行で配置されていた
眠気覚ましに、エールちゃんの寝顔を一目見ておこう。私は静かに立ち上がり、反対側のベッドを見やる。すると、そこには大きな白まんじゅうが一つ。エールちゃんは、掛け布団を身体全体に羽織って丸まっていたのでした
………違和感
頭のてっぺんから足のつま先まで、彼女は小さい頃から、白雪の家で礼儀作法を叩き込まれている。そんなエールちゃんが、こんな下品な寝方などしない。なにかがおかしい
布団まんじゅうの中で眠る彼女を起こさないよう、そろりそろりとベッドの側まで移動する。そして私は、この大きなまんじゅうの中身を確かめるため、掛け布団を掴んでゆっくりと剥いでみる………
しかしそこにあったのは、ハイテンションガールことエールちゃんの、変わり果てた姿でした
「………ガジガジガジガジ」
私より先に起きていた彼女はベッドの上で身体を丸め、なんと眉間に皺寄せた苦しそうな表情で、割り箸の先端を口に突っ込み奥歯でひたすらに噛んでいたのでした!
一言でその姿を表すなら、“飢えた狂犬”。まるで骨を髄までしゃぶろうとしているドーベルマンのよう………!
「ちょっと、どうしたの!?!?」
「………割り箸を、噛んでいます」
「そんなの見ればわかるでしょう!?!?そうじゃなくて、なんで割り箸を噛んでいるの!?!?」
「………割り箸を、噛みたいからです」
思わず私がいつもの変な語尾を捨てて問うても、返される答えは答えになっていない。またもや、エールちゃんのお腹がキュルルと鳴る
「もしかして昨日から何も食べていないの!?!?!?」
「大丈夫です」
「明らかに大丈夫じゃないでしょ……!?!?ダイエットだかなんだか知らないけれど、苦しいのならやめた方が………!!」
「大丈夫です」
「………」
エールちゃんの太陽のような元気と笑顔は、いったいどこへ行ってしまったのだろう。誰が彼女の笑顔を、奪ってしまったのだろう
この状態になってしまったら、本人から問い質すなんてことはできない。ならば、エールちゃんの周囲の目たちに訊くしかない
学校に登校した私は早速、学校内の独自情報網をフル活用し、エールちゃんの最近の様子についての情報を調査した。彼女の元気を奪った犯人探しをする為だった。今日の放課後までに、同級生たちから以下の情報を得ることができた
・最近、エールちゃんは放課後に自主練をしなくなったこと
・放課後、エールちゃんは三つ編みの女の子と一緒に、校外のどこかへと出かけるようになったこと
三つ編みの女の子というのは、九分九厘ソングラインちゃんのことだろう。暴走したエールちゃんの被害者で憤慨していた子。でも後に和解し、最近は学校で一緒に自主練しているとエールちゃん本人から聞いていた。いままでずっとソングちゃんの話ばかりしていたし
でも、二人で校外へトレーニングするようになった話なんて、一切聞いていない。日常に何か変化があれば、エールちゃんはすぐに私に楽しく話してくれるはずだった
………まさかとは思うが、ソングラインちゃん。エールちゃんを変なところに連れ回していないでしょうねぇ………?エールちゃんのダイエットの執着と、なにか関係があるかもしれない
早速私は塾に遅刻の連絡を入れ、学校終わりにエールちゃんを尾行することにした
放課後。校舎の正面玄関で、外履きに履き替えたエールちゃんは、虚ろにボーッと突っ立っている。抱きしめたい気持ちを必死に抑え、私は下駄箱の影に隠れてその様子を伺う
五分後、エールちゃんの待ち合わせ場所にソングライン登場。何か話をした後、二人は校門に向かって歩き始める。二人にバレないよう、私もそのあとを追う
歩くスピードは結構遅めで、まるで足を引き摺るような歩き方。二人とも、一体どこに向かっているのだろう。皆目検討もつかない
もう少し近くに寄ってみよう。二人の様子を観察するため、電柱やガードレールの影に隠れながらじりじりと近づき、二人の姿を確認しようとする
そして、近づいたことで初めて確認できた二人の異様な姿に、私は絶句してしまった
「………ガジガジガジガジ」
「………ガジガジガジガジ」
それは朝のエールちゃんと同様、ソングちゃん共々鬼ような表情で、一心不乱に割り箸を奥歯で齧る姿をしているのでした。意味がわかりません
二人とも、悪霊かあやかしの類いに取り憑かれてしまったのでしょうか。実はもう手遅れで、エクソシストや陰陽師に除霊を頼むしか無いのかもしれません
「これは………絶対におかしいし」
もはや隠れているだけじゃダメ。こうなったら、直接本人たちに接触しなくては。覚悟を決めた私は、ついに二人の前に姿を現したのでした