全力疾走っ!青春声援物語 グレイブンロード (挿絵無しVer) 作:匿名423371
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「この男について、何か知ってたりする?」
「………………ッ!!!!」
歩道に並んで立つアタシとエールに、ソダシはスマホで一枚の顔写真を突き出してきた。メイケイエールの顔が明らかに焦りで歪む
それは、競専に隠れてアタシたちと秘密の師弟同盟を組んだトレーナー。志積清トレーナーの、若い頃の顔写真。NHKマイルの帰りの新幹線でエールが見せてきた、彼の昔の証明写真と同一のものだった
露骨に動揺するメイケイエールの姿を見て、ソダシは寂しそうな表情を浮かべながら、穏やかに呟いた
「………図星のようね」
メイケイエールがソダシに師弟同盟を隠していたこと、そしてそれが本人に一瞬で看破されたことを、アタシはその一言ですぐに悟った
「………なぜアタシたちと、この男とのつながりを知っている」
「元から知っていたわけじゃないのよ?でも、エールちゃんがいきなり断食を始めた時、きっと無関係じゃないと思ってね。彼が遥か昔担当していた選手も、校内で断食を強要したという記録が残っている。そのことを思い出して、カマをかけてみたら………そのまさかだった」
ソダシにバレたのは断食が原因か。まさか、志積Tの過去を彼女も知っているとは思わなかったな。彼ってそんなに有名人なのだろうか
………アタシたちと志積Tを繋ぐ、生徒とトレーナーのような秘密の関係は、友達とかにバレるだけなら別に良かった。競専生徒に打ち明けたところで、志積T本人がそれを確かめる術などないから
だが、この場合だと話は別だ。アタシがこの場で最も警戒しているのは───
「あなたたち、これからその男に会いに行くところだったのでしょう?エールちゃんの家族として、私からも“挨拶”の一つでもしておかないと」
───ソダシが志積トレーナーに直接接触しようとすること。彼女は挨拶と言っているが、エールに過激なトレーニングを課している志積Tに文句を付けるつもりだろう
志積T側も強い警戒をしている。彼も面倒なことになるのは避けたいはず。秘密がバレたことを知られたら、簡単に師弟同盟を破棄してしまうだろう
いやはや、エールの最大の味方のはずが、師弟同盟を破壊しうる最大の敵として立ち塞がってくるとは。ソダシにバレた以上、このままつつがなく志積Tとの師弟同盟を続けるには、ソダシを安心させるよう説得する必要があった
ソダシはかなり鋭い奴だ。シラを切っても無駄だろう。となれば
「少なくとも、アタシは何も知らないからな。でもソダシはどこまで知っている。この男って、一体何者なんだ」
少しでも彼女から情報を引き出し、ソダシ説得の糸口を探す。それしかない
「聞き漏らしたのかしら?この男は、遥か昔に競専内部で幾たびも重篤な違反行為を犯し、最終的に競走界から追放された危険人物の一人なの」
「それって一体どういうことなんだ。アタシは一切聞かされていなかったぞ」
「………………」
アタシはソダシに声を荒げる。その傍で、メイケイエールはただ黙って俯く
といっても、アタシも最初から不審な男だと警戒してはいた。それでもアタシが彼と同盟を組んだのは、彼の持つ水準以上の分析力を無償で貰えそうだったことと、エールの一押しがあったからだった
だが、“危険人物”ってどういう話だ。重篤な違反行為?流石にそこまでだったとは思わない。アタシの困惑を見たソダシは、凍てつくほどに静かで鋭い声で語り始めた
「彼の話は、およそ3,40年前の過去にまで遡る。そもそも、昔の競走界が今では想像が出来ないほどに、不祥事が酷かった話はご存知よね?」
それは、競専の歴史の授業で聞いたことがある基礎教養だった。断片的にだが思い出せる
古くから大衆娯楽として親しまれてきた競走賭博。だがその性質故か、不透明な昭和の時代がそうさせたのか、汚い大人が絡んだ不祥事が絶えなかったのだと
そんな惨状を受け、偉大な先人たちは大胆な改革を実行した。大衆向けの賭博行為を制限し、代わりにメディアの宣伝力を駆使して健全なスポーツというイメージを作り上げたのだ。汚い賭博というイメージからの脱却。それが、今から30年前の話だ
「時は1987年。中央競走管理局からの抜き打ち大監査が、全国のレース場事務所十箇所と競専十校にて実施された。競走界イメージ大転換の準備としての監査だった。監査の結果、競専内部での様々な不正行為が大量に発覚。体罰、八百長、賄賂、麻薬などなど………管理局は問題アリと判断された職員を、最終的に20名即時解雇した」
20名解雇………不正を行う大人が全国でそんなにもいたのか。昔のこととはいえ、結構多い数だな
あれ、待てよ。こんな話をわざわざするってことは、まさか
「………その中の一人が、この男だって言いたいのか?」
「そう。志積清という男は、解雇されたその20名のうちの一人なの」
………ふうむ。胡散臭い酔っ払い男から認識を格下げしないとだな。そんな過去を隠して、アタシたちと関係を結んでいたなんて。危険人物という評価もおおむね正しいらしい
ソダシへの説得以前に、アタシが志積トレーナーとの練習を続けるべきかどうか迷う段階になってきている。なんてったって、アタシはそんな危険人物と関わるなんてまっぴらごめんだからな。どんなトラブルに巻き込まれるかわかったものじゃない
「どう思うよメイケイエール」
ずっとダンマリだったエールに投げかけてみる。志積Tと師弟同盟を組んだのは、エールの強い働きかけがあったからだ。ひょんなきっかけで出会い、介抱のお礼としてアドバイスを頂いたことがきっかけで、エールが目を付けたのだ
だが、今のエールは目を伏せたまま、沈黙を続けている。気まずそうなその態度に、胸の奥に嫌な引っ掛かりを覚える
「体罰、八百長、賄賂……やってたかもしれないって話だぞ」
「………記録が残っていないのでしょう?まだ具体的に、彼がどれをやったかまでは不明なはずです」
「いやいや、どれをやったかとか関係ないだろ。実際解雇されてるなら、どのみち危険人物確定だ。何をやっていたとしてもな」
「志積さん本人の口から聞くまでは、私は判断しかねます」
「………………」
柔らかくかわされるような返事。批判されるべき局面で、あえて批判しないその態度
不思議なことに、エールは志積トレーナーを否定しようとしない。その頑なさに、不自然な違和感を覚えた
志積トレーナーは過去に重大な違反行為を犯していた。それが事実なら、彼を“危険人物”と呼ぶのに躊躇する理由などない
だが、エールは驚きも戸惑いも見せない。それどころか、どこか彼をかばおうとしているようにも見える
……いや、待てよ?
もしかして、エールは最初から何かを知っていたんじゃないか?
その疑念が頭をよぎり、アタシはいままでの出来事を一つひとつ思い返すことにした
一つ目。NHKマイルが終わって名古屋に帰る新幹線の中
そのとき、エールが初めて“志積清”という名前を口にした。競専のデータベースで調べたと言っていたが……冷静に考えると変だ
あの時点で、彼との関係はただの偶然の出会いだった。アタシたちが彼を介抱したことをきっかけに、彼が好意でアドバイスをくれただけ───それだけの話だ
なのに、どうしてエールは、わざわざ彼の名前を調べる必要があった?ましてや何十年分あるだろう沢山のデータから調べ上げるほどの執着を見せるなんて……
二つ目。志積トレーナーと再会するため、エールはしらみつぶしで居酒屋を巡った。トレーナーにさせることが目的だったが、そのとき持っていた情報は彼の名前と簡単な経歴程度。通常その程度の解像度しかない男を、そこまでしつこく探す理由はないだろう
エールの猪突猛進な性格がそうさせたのか?それとも……彼の何かしらの情報を握っていたのか?
そして三つ目。志積トレーナーを説得しようとしたとき、アタシに告げたエールの言葉───
“あの方しかいないんです、私のトレーナーになってくれるのは”
当時、彼女は白雪家との約束がどうのこうのと意味深なことを言っていたが、だからってどうしてそこまでの確信を持てた?たった1,2回顔を合わせただけの男に、そんな確信を抱ける理由がどこにある?
モヤモヤが胸に渦巻く。違和感は深まるばかりだ。とうとう堪えきれずに、声を荒げてしまった
「………とにかく、ヤバいことやって解雇されたのは事実だろう!!?だったらもう、擁護の余地なんか無いだろ!!!」
するとエールは驚くでもなく、むしろ堪忍したような表情を浮かべ、小さく息をついた。そして───
「ごめんなさい、ソングちゃん………実を言いますと、ですね」
「………なんだよ」
「最初から、あの人が悪い人なの、私はわかってました」
「はぁ!?」
おいおい、マジかよ……。頭が混乱してきた
データベースから個人情報を引っ張り出したのも、彼を探すために居酒屋を巡ったのも、そしも、彼に頭を下げたのも
全部、最初からヤバい奴だと分かった上での行動だったってわけなのか
「………色々言いたいことがあるが、一つだけ聞いていいかメイケイエール」
「なんでしょう」
「お前はどうして、危険なのを承知の上で、あの男にこだわり続けているんだ」
ついにエールは伏せていた顔をゆっくり上げる
覚悟を決めたような、強い表情。それでいて、どこか震えている
彼女は小さく息を吸い込み、静かに、それでも確信を持った声で言った
「………一緒、でしたから」
「………は?」
「私と志積さんは、一緒の人種でしたから」
エールの一言が、アタシの反論を完全に封じた。正直、エールの言葉の意味がどうにも腑に落ちないまま、頭の中で違和感だけが膨れ上がっていた
どこをどうみて一緒なのか、皆目見当がつかない。返事に窮してしまって、結局何も言い返せず黙り込んでしまった
エールの言葉は続く
「それでも私は、志積さんとのトレーニングを続けますよ、ソングちゃん。こうなったら、今からソダシちゃんを説得します」
その言葉に迷いは微塵も感じられなかった。メイケイエールはソダシと向き合い、アタシたちに起こった今までの出来事についての話を打ち明けた
志積トレーナーと出会った経緯、彼から語られた自身の強み、そして嫌がる彼に何とか師弟同盟を結ばせた話
ソダシは、エールの言葉を一言一句漏らさないよう、じっと真剣に聞いていた
「………………」
十年以上の付き合い。彼女たちの間には、血縁以上の絆のようなものがあるのだろう
ソダシが何を考えているのかは分からない。ただ、アタシにはその苦悩が伝わってくる気がした
やがて、白桜の女王は重い口を開いた
「………本当のところ、私はね。エールちゃんが幸せだったらそれで良いの。エールちゃんが自分で考えて、自分で決めたことだったのなら、引き止めることなんてしない」
一呼吸開けたあと、彼女は言葉を続ける。その表情は、まるで妹を諭す姉のような、少し悲しげのある表情だった
「でも、でもね?その男は、競走界から追放されるぐらいには、危険人物なのよ?」
だが、メイケイエールは微動だにしなかった
むしろ───その言葉が、エールの中に眠っていた何かを引きずり出してしまったようだった
「それを言うなら、私もじゃないですか」
「………エールちゃん?」
「私だって、そうじゃないですかっ!」
彼女の声は震え、けれども感情は少しずつ漏れ出ている。やがてエールの口から、爆発するように発したのは…………
金切り声にも似た、悲痛な叫びだった
「私だって、危険人物じゃないですかっ!!!!!!!!!」
「………………っ!!」
違うだろっ メイケイエールッ!!!
アタシは沈黙を破って叫びたかった。そうハッキリ言い返したかった
そういうことだったのかよ、このバカ真面目がっ!危険人物としてのシンパシー?そんなものを理由に、あの男に執着してたってのか!?
でもなぁ……!お前と志積Tじゃ、まるっきり話が違うだろ!?
あの男が何をしたかは知らないけど、少なくともお前の暴走は、わざとなんかじゃない
だから違うんだ。そう言ってやりたかった。でも、言えなかった
───レースが終わった後、いつも思うんです。他の子に迷惑かけるくらいなら、やっぱり私は走らない方が良いんだって
言葉を飲み込んでしまったのは、過去のエールの涙を思い出したからだ。競専の余興レースで暴走し、泣きながら自責の念を吐露していた、あの日の姿を
エールはずっと悩んでいたんだ。アタシがたった今言いかけた、“暴走はしょうがない”という考えにだって、彼女はきっと既に辿り着いていた
そしてその考えを、すぐさま自分で否定したはずだ。“暴走癖なのを分かっている上でレースを走ることは、違反なのを分かった上で違反行為するのとなんら変わりがない”。そう、きっと彼女は考えたんだ
………メイケイエールは、自分の暴走癖を持つ身として、競専で違反を犯した志積トレーナーと、自分を重ね合わせていた。彼も危険人物だからこそ、メイケイエールは彼しか自分のトレーナーになってくれる人はいないと言ったのだ
「………………」
知っているさ。世論はエールについて賛否両論。今もなお、“メイケイエールを走らせるな”という声だって飛んでくる
でも、でもなぁメイケイエール。違うんだよ
エールの気持ちなんてなにも知らない外野の声なんて、お前には聞いてほしくないんだ
ソダシ。お前だってそう思うだろ?アタシは、いつの間にか無力感に苛まれ、縋るような思いでソダシを見つめていた
お前だって、あんなにもエールのことを大切に想っていたじゃないか。彼女を誰よりも理解し、誰よりも支えたいと願っていたのは、お前じゃなかったのか?
だったら、きっとアタシと同じ気持ちのはずだ。そう思いたかった
………けれど
「………………そっか」
その声は、なによりも重たかった
悲しそうに微笑んだ彼女は、もう何も言えなくなっていたのだった
〜情報の整理〜
志積清←過去にヤバいことやって競走界から追放された男。詳細は記録に残っていないためソダシもエールも深くまで知らない
エール←居酒屋で説得しにいく時点で志積がヤバい奴なのは察していた。自分もレースで暴れるヤバい奴だから、自分にふさわしいトレーナーは志積しかいないと思っている
ソダシ←エールの幸福が最優先。志積という男が信用できないので、できればエールとの関係を切って欲しい
ソング←流れでエールと共に志積Tと師弟同盟を組んだ。志積がヤバい奴という話を受けて、これからどうしようか悩み中