全力疾走っ!青春声援物語 グレイブンロード (挿絵無しVer) 作:匿名423371
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自室のベッドに横たわりながら、白い天井をぼんやりと見つめる
時刻は夜の11時。夜に残りの大豆を食べたので、空腹感はある程度マシになっているが、それでもなんだか寝付けない
………エールの絶叫の後、事情を聞いたソダシは身を引いてくれた。エールちゃんに合わせると言って、深く追求することをやめたのだった
あの後エールは今日の分のトレーニングを行うため、そのまま志積Tの元へと向かった。だがアタシの方は結局、適当に理由つけてトレーニングを休む選択をした
あの空気でやれる感じじゃなかったし………それに何よりも、危険人物と呼ばれた男とのトレーニングなんて、いくらなんでも嫌だった
───私だって、危険人物じゃないですかっ!!!!!!!!!
………危険人物、か。ふと、先ほどのメイケイエールの絶叫がひどく頭に響く
そうだな。お前も、暴走でアタシのレースを台無しにした危険人物だったな。そのことで、アタシはお前に直接怒ったりもした
けれど、仲直りしたじゃないか。それからは一緒にトレーニングしたり、お出かけだってしたりしてきた。危険人物なんて呼べるような存在じゃない、ただの一生懸命で不器用な女の子なんだって、気づかせてくれたじゃないか
……メイケイエールの暴走癖は心因性だ。極度の緊張とストレスが引き金になっている。ならば、アタシが彼女を許してあげれば治ると、勝手に思い込んでいた。アタシ自身がエールの被害者だったからこそ、アタシの態度や言葉でエールの気持ちを変えられるはずだと信じていたのだ
だけど、甘い考えだった。エールの生真面目さを侮っていた。これはアタシの小手先でどうこうできる問題じゃない。エール自身が自分を“許せない”限り、暴走は止まらないのだ
「はーあ。こんなんじゃ、次の重賞でもまた暴走するんじゃないのかぁ………?」
一つ、デカいため息をつく。アタシだって自分のレースのことを考えなきゃならないのに、悩ませやがって。おのれ、メイケイエール………
その時、不意にスマホが着信音を響かせた。ベッドの上で掴み取り、画面を確認すると“曽田氏”の文字がポップアップする。本人曰く、冗談半分でつけたらしい名前。それはソダシからのLINE通話だった
ちょうど眠れなかったところだ。通話開始のボタンを軽くタップし、充電コードが繋がれたスマホを頭頂部のミミに当てた
「………アタシが起きてるって、よく気付いたな」
「ふふ………ベランダから外を眺めていたら、部屋の照明ついているのが見えてね」
中京校の女子寮は全室個室で、アタシも一人部屋だ。だがソダシとエールは、学校側の許可を得て同じ部屋で共同生活している。どう考えても利権の濫用だが、ソダシの絶大な影響力もあって、文句を言う生徒は誰一人としていなかった
「………あの後、エールと気まずくならなかったのか?」
「私とエールちゃんの仲の良さを舐めんじゃないし。簡単にヒビが入るような絆じゃないし」
「ふーん。そのエールは今どうしてる?」
「しっしっし〜。エールちゃんなら、私の腕枕に抱かれて幸せそうに眠っているし」
すぐに嘘だとわかる、意味のない冗談。それをヘラヘラと楽しげに話すソダシの声を聞いて、アタシはホッとしていた。正直、あの後のことが結構気になっていた
ソダシは責め立て、エールは絶叫。まるで喧嘩のような空気だった。けれど、今の彼女の様子を見る限り、二人の関係はいつも通りのようだった
何はともあれ、そうであるなら安心だ。それに越したことはない
「そうか。ならよかったよ」
「………ちぇ、つまんないし。ツッコんでくれたっていいのに」
「ツッコミって………今のボケとも判別つかない冗談に、アタシはどう反応すりゃよかったんだよ」
「嫉妬に狂って、顔真っ赤で私たちの部屋まで来て欲しかったし。エールはアタシのものだ〜!って」
「頭イカれてんのかお前………」
不思議発言の応酬に、アタシは自然と顔を引き攣らせてしまう。そういや………先ほどのおふざけといい、ソダシってだいぶ頻繁に妙な言動をしていないか?
仮にもGI二勝だろ………?その神秘のような美貌で、全国を魅了した女王様なのだろう………??ソダシに成り代わっている奇人と通話しているのだと言われた方が、まだ納得できるぞ………
「………ねぇ、ソングラインちゃん」
そんなおふざけムードと打って変わり、突然ソダシは真剣な声に切り替わる。絹糸の柔らかさと独特の冷気を併せ持ったような、冷ややかな声に突然変わったものだから、温度差で少しだけ鳥肌が立ってしまう
「なんだ?」
「エールちゃんが“危険人物だ”って叫んだ時………あなた、何か言いたそうだったよね」
ふむ。要件は、先程の出来事についてか
あのときのアタシ、何考えていたっけなぁ。その時のことをゆっくり思い出そうとする
「どうしてそう思ったんだ?」
「そのまんまよ。エールちゃんに何か言いたそうな顔をしていたから、気になっちゃって」
顔に出ていたか。まあ、そりゃそうだ
あの時のことを振り返ると───自分でもエールに叫びそうになるのを、歯を食いしばって飲み込んだんだっけ
そういや、あの時のソダシは驚くほど動じていなかった。悲しそうな表情はしていたが、エールの絶叫に眉ひとつ動かさず、エールの姿をじっと見つめていた。こういうことも、彼女にとっては何度も経験していた事だったのかな
「………んまあ、言ってもいいけどさ。その前にソダシ、お前自身はどうだったんだよ。お前だって大したこと言ってないじゃないか」
「貴女に言われなくとも、エールちゃんの為に出来ることなら、既にたくさん施しているつもりなんだし。彼女と何年一緒だと思っているし?彼女に寄り添う慰めの言葉なんて、とっくにたくさん投げかけているし」
よくよく考えたら当然だ。長い間ずっと一緒にいたんだ。暴走少女と呼ばれ続けている彼女を、普段から気にかけないわけがない
それでも、彼女があのままなのは………
「………ソダシの力だけじゃ、足りないってことか」
「ええ………」
ソダシの返答から、言葉にできない重みのようなものを感じてしまう
二人の間にある深い絆。その強い親愛の裏側に、苦しく、どうしようもない現実が横たわっている
「私も不甲斐ないよね。阪神JFに桜花賞という、誰もが羨むレースの栄光を手に入れ、誰もが憧れる自分になることができた。なのに、大好きな女の子一人も救えない」
「………いやいや。救えてないってことは無いんじゃないのか、ソダシ」
………変な語尾やよくわからない冗談を宣う、掴みどころのない白毛の子。それでも表向きは、世間から“白桜の女王”と呼ばれるほどには、ソダシは孤高で完璧な存在だった
そんな彼女が不意に漏らした、全く相応しくない弱音。内心驚きつつも、悩みのない完璧なサラブレッドなどいないのかなと、少しホッとする自分もいた
「メイケイエールっていつも元気だよな。感嘆符をたくさん付けたような喧しい声でしゃべるしさ。でもそれって、裏を返せば、いつも元気に振る舞える余裕があるってことだろ?」
だからかな。アタシは、ソダシの心も少しでも軽くしてやりたいと思った。何気ない口調を装いつつ、彼女の励ましの言葉を慎重に選ぶ
「あんな悩んでいたはずのエールが元気に振る舞えるだけの余裕を作っているのは………紛れもなく、いつも一緒にいて支えてやってるソダシなんじゃないかな」
電話の向こうから、微かに笑う気配がした
氷の刃のようだった女王様の声が、少しだけ柔らかくなったように感じた
「………ありがとう。エールちゃんがあなたに懐くのも納得だし」
「いや、何もしてやれていないのはアタシの方だ。最初なんて、アイツに強く当たっちゃったしさ」
アタシはそれとなく主題に戻す。エールがアタシとソダシに向かって絶叫した時の話だ
「あの時のアタシだって、ソダシと同じ気持ちだった。あの時のアタシも、何かエールの心を和らげるような言葉を投げかけてやりたかった」
エールが自分を責め続けているのを見て、お前は危険人物なんかじゃないって、否定してやりたかった
「でもアタシの安い言葉程度じゃ、エールを励ます言葉にはならないって思ったんだ」
言葉で否定するのは簡単だ。“お前は危険人物ではない”と言い表わす事なんて誰だって出来る。でもそれは、実際に起こった現実を捻じ曲げ、都合の良い言葉を並べているにすぎない。曲庇ってやつだ
メイケイエールが危険人物なのは覆らない周知の事実。きっとそのことを、アイツ自身もよく理解している。だからこそ、ずっと悩んで一人で苦しんでいたわけだろう?
「だから何も言えなかった………ただそれだけなんだけどな。もしかしたら、なんでもいいから何か言うべきだったかもしれなかったけど」
自分に向けて、一つため息をつく
自分がもっと、誰かを元気づけられるような人間だったなら。そう考えずにはいられなかった
すると、ソダシがふっと笑った気配を見せ、意外な一言を口にした
「………いいえ。ソングラインちゃんだからこそ、出来ることがあると思うの」
アタシが、か………?
いやいや、何を言っているんだこの女王様は。アタシは訝しむように、少しだけ眉を顰めた
エールが最も信頼し合っているであろうソダシでも無理なことなら、もう誰が誰でもでも出来ないんじゃないのか
そう思いながらも………アタシは彼女の言葉の続きが妙に気になっていた
「………私はエールちゃんのことが大好きで、エールちゃんには惜しみなく愛情を与えているつもり。でもね、無尽の愛だけじゃ、どうやら足りないみたいなの」
「………」
「エールちゃんは、私の言葉をある意味で軽んじてしまうのよ」
「………そうなのか?むしろ、素直に聞き入れそうだけどな」
「いいえ、逆なの」
逆、なのか
言っていることがすぐにピンとこない。愛情を与えているが故、ってことなのだろうか?
「例に挙げるとね……私が“気にしなくても良い”と言っても、エールちゃんは気にしてしまう。私が“頑張らなくても良い”と言っても、エールちゃんは頑張ってしまうの。私の助言を甘い誘惑と断じ、自分から無視して退けてしまう」
メイケイエールは、超が付くほど真面目なやつだ。練習は欠かさないどころか、積極的に負荷のかかる練習をやろうとしていた。アタシと出会う前なんて、スタミナ特訓といって市内一周を毎日こなしていたらしい
なるほど、つまりは………
「───真面目すぎて、自分の甘えを許せない彼女だからこそ、甘いソダシを軽んじるのか」
「正にそのとおり」
自分の過ちを責め続け、いつもどこかで無理をしている彼女。それが行き過ぎて、最愛の人に甘えることよりも、一人で頑張り続けることを優先してしまっているのか
エールらしいといえば、エールらしいな。一人で全部抱え込んじゃって、しまいにゃ突然爆発する始末。ほんと、どーしようもなく不器用な奴だ
「………でも、私とあなたは違う。あなたはエールちゃんに甘くなんかないでしょ?ソングラインちゃん」
「………………」
「ただ無償の愛を注ぐだけの私とは違い、あなたはエールちゃんの悪い側面にちゃんと怒り、ぶつかった。そんなあなただからこそ、エールちゃんはあなたの言葉を信頼するのかもしれない」
「………あのなぁ。あの時アタシがエールに怒ったのは、ただただアイツの理不尽な妨害に巻き込まれて腹が立ったからだぞ?エールのためを思って行動したなんて、そんな大層なものじゃない」
甘いの反対は厳しいというが、アタシがキレたのはただの憂さ晴らしに近い。そうであるのに、エールがアタシの言葉を信用するとはあまり思えない
でもどうやら、女王様には確固たる意思があるよう。声色を変えずハッキリと、この後のセリフを言い放つ
「だからこそ、なんだし。エールちゃんにまっすぐ向き合っているあなただからこそ、エールに言葉を届けることが出来る」
いやぁ。そんなこと、いきなり言われてもなぁ………
「結局、同じことになるんじゃないかぁ………?」
やっぱり難しいことのように思える。アイツの性格を変えることなんて、ソダシが無理なら誰にもできないだろう
「真面目過ぎな性格を止めさせるのは、たしかに難しいかもしれない。でもね?一人で抱え込むという誤った道から、正しい道に導くこと。それはきっと、エールちゃんの本当をしっかり見つめるあなたにしかできない」
うーん………本当にそうだろうか
エールの悩みや苦しみをなんとかしてやりたいと思う気持ちはあったが………本当にアタシに、そんな大層なことができるのか?
「………その話は一旦置いといて、だ。てかそもそも、アタシのこと買い被りすぎだろ」
「?」
「お前、アタシに少々期待しすぎやしないか?まだ全然交流期間も浅いのにさ」
整理しきれない気持ちを抱えたまま、アタシは頭に浮かんだ疑問を、我慢できずに問いかけてしまった
「ふふん。当然期待するし。だってあなた、エールちゃんのことが大好きだもんね♪」
「………な〜に言ってんだか。あいにく、アイツにそこまでの感情は持ち合わせていないぞ」
「嘘がお上手ね」
………いいや、本心だった。本心のはずだった
エールはただの自主練仲間だ。別に友達と呼んでも差し支えないんだけど、それでもせいぜいちょっと気になる程度の存在だ
申し訳ないけど、もしあいつが突然いなくなったところで、少しだけ悲しむ程度だろう。悲しんだ後の日常は、今までと大して変わらない気がする
………むしろ、余計なことを考えなくて済むから、清々するかもな。要は、その程度でしかない関係のはずだった
なのに、嘘がお上手、と。ソダシは、全部お見通しと言わんばかりに、アタシを見透かすような物言いを始めたのだった
「知ってるわよ?あなたが数多のトレーナーから注目され、スカウトが七件もやってきたことから、そしてそのスカウトを全部蹴ってしまったことまで」
それは、GIレースのNHKマイルで、アタシが二着入線した後の話だ。蹴ったことはエールに話したことだから、そこから聞いたのかな
………いやいや。いきなり何故その話を出すのだ。内心首をかしげながらも、アタシは適当にそっけなく返してやった
「………良さそうなトレーナーはいた。でもうちの家庭は貧乏で、移籍先の学費が払え無さそうだから、仕方なく諦めたに過ぎないぞ」
「ふふ……でもおかしいし」
「おかしいって、何がだよ」
「だって、不満に思わない?移籍に伴う諸経費の負担もないスカウトって」
「そりゃ、当時はそれなりに不満に思っていたが」
なんの話をしているんだ一体………
スカウトの文言にお金を負担する話が出なかったのは確かに不満だった。でも、だからなんだって話だ
「それ、今の話と関係ないだろ」
「それが関係あるの。感情がすぐ顔に出るタイプのあなたなら、悪条件のスカウトにも即座に噛みつくはず。学費負担ぐらいはしてくれってね。もしくは親に噛みついて、どうにかお金を工面して欲しいって、懇願ぐらいはするでしょう」
「………」
「でも聞くところによると、あなたはスカウト面談の後すぐにお断りを入れていたようじゃない。まるで、すでに宛てが決まっていたかのように」
知ったような口を………
しかし、なにか言い返そうとしても、どうにも言葉がすぐに続かない
ソダシの追及はやけに鋭く、それでいて妙にニヤニヤした雰囲気が電話越しから伝わってくる。たとえるなら、恋バナで友達が揶揄ってくるような、そんな浮ついた気配が漂っていた。なんだか少し腹立たしいぞ!
「何か勘違いしていないか?アタシが飲める条件のトレーナーがいなかった。ただそれだけの話だ」
「煙に巻こうったってそうはいかない。あなたはスカウトを受けるより、スカウトを受けずに中京で自主練を続ける方がいいと思った。優秀なトレーナーとの練習よりも、優先したいものが中京にあった」
通話で姿は見えないはずなのに、不敵な笑みを浮かべているのが手に取るようにわかる
「同年代の野良の子との練習を、ソングちゃんは選んだんだし。つまり………」
「………それが勘違いだって、アタシは言ってるんだぞ」
このニタニタ女王様の言いたいことがわかっていたので、言わせない為に言葉を遮る。だがそんなもの、彼女には効かないようで、調子のいい返事のみを返すのだった
「さあ?どうだか♪」
………もう一度言おう。本心だった
ソダシが指摘しているような理由で、スカウトを蹴ったわけじゃない───本来ならそうはっきり言い切れる、はずだった
本当の本当は、ソダシの言う通りなのかもしれない。それを認めるのが恥ずかしくって、わざと自分で言い聞かせているだけなのかもしれない
いやはや、これが通話で本当に助かった。もしこれが対面だっなたら、きっとアタシは逃げ場を失っていたに違いない
なぜなら、たった今少しだけ、図星付かれたようにアタシの口角が緩んでしまったから。それをソダシに見られていたら、きっと彼女のからかいが加速していたに違いないから………