全力疾走っ!青春声援物語 グレイブンロード (挿絵無しVer)   作:匿名423371

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第25話② - あなたの手を握ってしまった

 

「ひゅっ………!」

 

 パドックの周回から戻り、控え室の扉を開けたメイケイエール。中で壁に寄りかかって待っていたアタシを見るや否や、彼女の動きは硬直してしまった

 

「………怖がるなよ。メイケイエール」

「ごごご、ごめんなさい………自分の控室に人がいるとは、おもっていなくて」

「いきなりで悪かったな」

「いえ………」

 

 エールはそろりそろりと慎重に入室する。だいぶ動きが固く、表情もすぐれなさそう。アタシが怖かったというのもあるだろうが、かなり緊張しているみたいだ

 壁に寄りかかるアタシと、入室したてのエールは、互いに向かい合わせの状態になる。パドック周回とレース本番までの間には、最終調整時間として数十分程度設けられている。この時間を利用して、アタシはエールと話をつける算段だった

 

「どうか、しましたか」

「………パドックでのお前の表情が、優れなさそうだったから。もしかしてお前、まだ自分の暴走を気にしているのか」

 

 出来るだけ怖がられないよう、気持ち優しく問いかける

 

「………そのとおりです。出走する覚悟は、つとに決めていたはずでしたけれど」

 

 返ってきたメイケイエールの第一声は揺らいでいて、非常に頼りないものだった

 

「………ソダシちゃんとお父様は、私の走りが見たいと言ってくれました」

「らしいな」

「そして、暴走癖で選手活動を辞めようとした私を、ソングちゃんは引き留め、励ましてくださりましたね」

「ああ、強引に引き留めたな」

「あの時の言葉、今でも覚えています。“レースで迷惑かけたなら、レースでそれを取り返す”。その人の期待を背負ってしまったなら、それを返すまで、自分のわがままで脚を止めるべきではない。私が暴走を克服した姿をみんなに見せる事が、真に“期待に応える”ことなのだ、と」

 

 話が進めば進むほど、彼女の声は小さくなっていく。いつものハイテンションガールの面影もなく、ポツリポツリと小雨のように言葉を並べてゆく

 

「でも………でもやっぱり、怖いのです………また私が暴走をして、レースで誰かに迷惑をかけてしまうんじゃないかって、そんなことばかり思ってしまうんです」

 

 ………気負いしすぎだな、メイケイエールは

 何よりアタシが見てらんなかったのは、アタシから目を背けるように、目線が伏してしまっていること。グッと涙を堪えようとするみたいなその姿に、アタシはなんとも形容しがたい悲しい気持ちになってしまった

 それを悟られないよう、出来るだけ軽い調子の言葉を選ぶ

 

「………そんなの今更だろう?その上でエールは暴走克服のために、今日まで頑張ってきたんじゃないか。なのにどうしてぶり返してしまったんだ」

「思ってしまったんです。私の暴走は制御不能。その暴走で、ソダシちゃんやお父様、そしてソングちゃんの期待を再び裏切ってしまうんじゃないかって思ってしまって、とても怖いのです。これ以上、誰かのご迷惑を重ねるようなことは、したくないのに………………」

 

 その声はひどく弱々しく、かすかに震えていた。エールの瞳はうつむいたまま、潤んでいるようにも見えたが、涙を流すよりも、傷心しすぎてその場から動けなくなってしまったようだった

 

 ………怖いんだろうな、誰かの失望が。もうどうしようもない奴なのだと見放され、人から諦められてしまうのが、きっとものすごく怖いのだろうな

 

 確かに………期待など、受ける側にとっちゃ傍迷惑なエゴなのかもしれない

 そもそもがそうだ。危険人物を走らせるなんて、他の選手に迷惑をかけるだけの身勝手なエゴに過ぎない。ソダシも、エールのお父様とやらも、自分の理想をエールに押しつけているに過ぎない

 むしろ、エールはそんな期待を、フイにしてしまった方が正解だったかもしれない。最初っから別の道を歩ませてあげた方が、エールにとっても幸せだったのかもしれない

 

 ………でも、違う。違うんだ

 

 覚えているだろ、メイケイエール。暴走癖克服の夢を追い、この約2か月間二人で走り続けてきたじゃないか。断食持久走とかいう無茶苦茶な練習の中でも、一緒に鍛錬の日々を積み重ねてきたじゃないか。悶絶するほどの空腹の苦しみに、擦り切れるほどの脚の痛みに、必死に必死に必死に耐えてきたじゃないかっ!

 この気持ちを、無責任なエゴだと誰かが呼ぶのなら、勝手に呼ぶがいいさ。アタシだって、ソダシたちと同じ気持ちだ!

 今までの道のりを経て、アタシは!………アタシはっ!!

 

 ………一生懸命なメイケイエールが笑ってターフを駆け抜ける姿が見たいと、アタシだってそう強く願ってしまったんだッ!!!

 

 一つ、心の中で決意したアタシは、ゆっくりと深呼吸をする。このクソ真面目少女には、はっきり言葉にしなくちゃ伝わらない

 

「じゃあもし、仮にだ」

「………はい」

「これからのレースで、エールがまた暴走して、誰かの迷惑をかけたとしよう。誰かの期待を裏切り、深く失望されるようなことを今からするとする」

「………………はい」

 

 ふっと息を吐き、エールの瞳をしっかりと見つめる

 

「そしたら、アタシは───」

 

 アタシの口元は、自然と笑顔を描いていた

 

「───アタシも、一緒に責任を取ってやるよ。エールと一緒に頭を下げて、これからどうすればいいかを一緒に考えてやる」

 

 これが、これこそが………アタシなりの、エールの暴走癖に対する決着だった

 瞬間。メイケイエールの表情がほんの少しだけ緩む。だが、次の瞬間には慌てたように叫んだ

 

「ま、待ってくださいっ!!!それじゃまた、ソングちゃんにご迷惑をっ」

「違うぞ。いいか、これはアタシ自身のケジメだ。エールの走者生命を続けさせたのは、アタシでもあるしな」

 

 アタシは肩をすくめる。正直、次のレースで本当にエールが暴走しない保証などない。エールの言うとおり、また周りを困らせて、迷惑をかけることだってあるだろう

 でも、そんなことでアタシがお前を見限ることなんて絶対にない。勝手に期待を乗せてしまった以上、アタシも決して無責任にお前を失望したりなんかしない。握ってしまったお前の手を、決して離したりなんかしない

 それが、アタシなりの覚悟だった

 

「まあ、なんだ。つまりは、さ………アタシは絶対に、お前の味方だってことだよ」

 

 その言葉に、エールはしばらくの間、目を伏せてしまう。気持ちの整理がついていない様子だ

 

「………あなたは、どうして。どうして私を、ここまで信じてくださるのですか」

「別に不思議なことじゃないだろ。一緒に練習してきた仲間を信じるのは」

「だって、そもそもの話は違うじゃ無いですか!私は、あなたに多大なご迷惑をおかけしたのですよ!?」

「そんなのアタシは気にしてないぞ」

「気にしますよっ!!!忘れもしない、桜花賞!!!あの時勝手にぶつかってきたのは、私の方ですのにっ!!!」

 

 顔を挙げ、納得がいかないような表情で戸惑うメイケイエール

 やっぱりコイツ、頑固だなぁ。いちいち説得するのめんどくさいなぁとは思いつつも………アタシは少しだけ声を落とし、けれど優しくつぶやいたのだった

 

「……さあ、何でだろうな。その後もずっと、お互いにぶつかり続けてきたからじゃないか?」

「………???」

 

 エールは、アタシが言っている意味が分かってない様子。それを見てアタシは、思わず笑って誤魔化した

 

 なんでエールのことを信じるか、だっけ

 それはな───

 

 お前が、超がつくほどクソ真面目で

 どこまでもどこまでもまっすぐで、不器用なぐらいに一生懸命で

 そして………周りの迷惑ばかりを気にして、自分の抱える問題をすべて一人で背負い込もうとしてしまう、そのいたいけな姿に

 報われてほしい、と。その苦労と努力が報われ、幸福になってほしいと

 日々お前とぶつかり続けたことでお前を知って、そう強く願ってしまったからだよ

 

「………今のエールは、過去のエールとは決して違う」

「………」

「あんなにキツかった断食持久走を耐え切ったんだ。絶対何か変わってるって、アタシが保証する」

「………………」

「………だから、さ。今回はさ、胸を張って走ってみてくれ、メイケイエール。今回また失敗したら、また次の策を考えたらいいじゃないか」

「………………あのっ!」

 

 エールが何か言いかけたちょうどその時、控え室内にブザーが冷たく響き渡る。レース開始の合図であり、これからエールは急いでターフに向かわなくてはならなかった

 アタシの言葉を聞き終えたエールは、改めてアタシの正面に立つ。目線を伏せたまま、どこか恥ずかしそうに顔を赤らめながら、ぽつりと声を漏らした

 

「………あの、ソングちゃん。レース前に一つだけ、頼みたいことがあります」

「頼み?」

「あの、あ………ちょっ、ちょっと、は、恥ずかしいんですけど………」

「何だよ恥ずかしいって。何でも言ってくれ」

 

 エールは一瞬、戸惑うように視線を揺らした。だが、意を決したように大きく息を吸い込み、声を張り上げたのだった

 

「わ、私と………私とだっこ、してくださいっ!!!!!!!!!!」

「だ、だっこ!?!?!?」

 

 いや、ちょっ………ええ!!? 今なんて言った!?!?

 えーと、今コイツ、だっこっていったよな………おいおい、だっこって、それって抱っこするってことか!?!?!?つまりはアタシとハグがしたいってことなのか!?!?!?

 いきなりのスキンシップの提案に驚いたが、ま、まあ、親しい奴とのハグなんてなんら珍しいことじゃないし………それでエールの気が晴れるってんなら仕方ないけど………エールの場合、アタシなんかよりも他に適任いるんじゃないのか!?!?

 

「別にいいけどさっ。そういうのはやっぱソダシに頼んだほう……ガッ!!」

 

 アタシの発言を遮って、上から覆い被さるようにメイケイエールはぎゅーーーーっと抱き締めてきた。エールが付けている顔側面の器具にぶつからないよう、アタシは自分の頭を横に倒す。自分の両腕含む全身が、彼女の両腕の中にがっちりホールドされ、アタシは一切の自由が許されない形で彼女を受け入れた

 

 ………って、ちょっと待てメイケイエール!!!お前腕力つっよ!!!!!

 痛い痛い痛い!!!!!なんか肋骨がポキポキなってる!!!!締めつけてるよこれ!!締めつけてる!!!!腕の血が止まって痺れてる!!!!!!!

 ギブギブギブ!!!!!すまんもうギブ!!!!!誰か止めっ、誰か早く止めてくれ!!!!じゃなきゃ体がっ!!!!骨が折れて死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ………っ!!!!!

 

 ………だんだんアタシの血流が悪くなって、顔色が紫になってしまったその時、エールはアタシの耳元でボソリと囁く

 

「ありがとうございます、ソングラインちゃん」

 

 気が済んだのか、強かったハグの拘束を解く。そしてメイケイエールはアタシに、いつもの満点笑顔をみせたのだった

 

「おかげさまで私、走れます!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 そのままエールは、急いで会場へと走って行く

 アタシはお転婆少女のその姿を、気絶寸前の中で静かに見送ったのだった───

 

「お、おの………おのれメイケイエ〜ル〜………………」

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