全力疾走っ!青春声援物語 グレイブンロード (挿絵無しVer)   作:匿名423371

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第26話① - 愛を伝えるための歌

 

「断食持久走って、本当にメイケイエールの勝利に繋がるんですか?こんなの、スタミナが削られていく一方じゃないですか」

「はぁ。オメェは何もわかっちゃいねぇな」

 

 CBC賞から数えて二週間前。いつもの運動公園でのトレーニング中、アタシが放った何気ない疑問に、志積Tは呆れたようにため息をついた

 ぜえぜえはあはあ。競技場の奥では、体操服姿で走り続けるエールの呼吸が聞こえる。対して、バテて軽い休憩をもらっていたアタシは、志積Tについカチンときてしまった。そんな言い方しなくたっていいのに。競技場の観戦ベンチに腰を下ろしている志積Tは、静かに口を開いた

 

「お前が考えているような普通の持久走とは、そもそも目的が違うんだ。“疲労しにくい筋肉”を鍛えるという点では正しいが、“スタミナをつけさせる”ことなんて、ハナから意図していない」

「でも、志積トレーナーは、そのスタミナが枯渇している状態のエールをレースに出すつもりなんですよね」

「ああ」

「最初からスタミナが枯渇している状態で、どうやってレースに勝つんです?最終直線のスパート合戦についていくどころか、早々に失速して、最後尾に沈むだけじゃないですか」

 

 たとえ序盤で後続の集団に潜み脚を貯めていたとしても、最終直線でのラストスパートに必要なスタミナは最初から残っていない。勝負どころか、バ群に追走することさえおぼつかないはずだ

 

「普通ならその認識で正しい。おそらく今のメイケイエールは、通常の半分あたりスタミナが消えている。本来ならレースに出すこと自体が愚策だ」

「じゃあ一体、どんな理由があってレースに出すんですか?」

 

 志積トレーナーは答えず、視線をコースに向けた。そこではエールが、依然として力強いフォームで走り続けている。その姿を静かに見つめながら、彼はつぶやいたのだった

 

「………メイケイエールに限っては、スタミナのない状態の方が勝てるからだ」

 

 

 

 小倉レース場にファンファーレが鳴り響く。中継カメラでは、一人ずつゲートに入っていく姿が映し出されていた

 

 前走の葵ステークスでは出遅れながらも二着。悔しさを胸に、小倉校念願の重賞初制覇を狙うのは、1番人気の小倉ヨカヨカ。地元の声援を一身に受け、堂々とゲートに向かう

 

ヨカヨカ(おとっさん、おかっさん、それにルクちー、しっかり見とって! 今日こそ勝つけんね!)

 

 次に映し出されるのは、東京校の鉄砲玉───2番人気、東京アゼナオーディン。スプリント戦でもその爆逃げ戦法は健在。悠々とした足取りでゲートに入るその姿は、自信に満ち溢れていた

 

アゼナ(この程度のGIIIなら楽勝だろ。ヨカヨカ?マルハナ? チマチマ走るやつらばっかじゃねぇか)

 

 新人アイドルホースとして華やかな存在感を放つ3番人気、阪神マルハナシュッパツ。ピンクの髪型と眩しい笑顔は、観客からの熱い視線を一身に集める。ゲート前では慎重ながらも、決意に満ちた目をしていた

 

マルハナ(アゼナオーディンの破滅逃げは気にしないとして……やっぱり怖いのはヨカヨカちゃんの存在だよね。今回は早めに仕掛けて、攻めのレースをするんだから!)

 

 ……そして、5番人気の中京メイケイエール。これまでに重賞三勝という華々しい実績を持ちながら、裏の顔である暴走癖を背負ったまま挑む彼女。名古屋の暴走特急───その異名を返上すべく、静かにゲートへと歩む

 

エール(………………………)

 

 全員がゲートに入った。ファンファーレが鳴り終わると、場内は一瞬、張り詰めた静けさに包まれる。13名が出揃い、今まさに戦いの火蓋が切って落とされようとしていた!

 

メイケイエールvsマルハナシュッパツvsヨカヨカ GIIICBC賞 小倉レース場芝1200m右回り

 

01 中山 ガツモ

02 東京 アゼナオーディン

03 阪神 テルミナ

04 小倉 ヨカヨカ

05 京都 ミスプレデター

 

06 福島 ホロウストレイル

07 中京 メイケイエール

08 札幌 ペルグーン

09 阪神 マルハナシュッパツ

10 京都 ネクアクアキネ

 

11 福島 ドライジン

12 阪神 ソラシドレミファ

13 中山 エイトウカッサル

 

 ……ガシャン。ゲートが開くと同時に、13名が一斉に飛び出した

 スタートは全員ほぼ完璧。しかし、最初に目を引いたのはやはりあの男───東京アゼナオーディン。一気に加速し先頭を独走する

 

図解

 

 またか、と呆れる声が観客の中からあちこちから漏れる。そんな中、後続の選手たちはアゼナオーディンのいつもの“自爆特攻”を期待していたので、内心ほっと胸をなで下ろしていた

 

マルハナ(やっぱり行った!!!破滅逃げのアゼナオーディン!!!)

ヨカヨカ(あんな速さ、付いていったら自分も早々に潰れるばい……大丈夫、大丈夫……自分のペースを守るけんね……)

エール(………………)

 

 その疾走は、スプリントの現王者・東京オウマスペルルの堂々たる逃げとは程遠い。アゼナオーディンは、実力に見合わない力任せの“脳死爆逃げ”を常套手段としている選手だった。そんな彼の独走に、後続の誰もが深追いする様子はない

 先頭を走るのはアゼナオーディンただ一人。その背中を見ながら、バ群後方につけた阪神マルハナシュッパツは冷静に状況を分析しつつ、もう一人の危険人物の動向を探していた

 

マルハナ(メイケイエールは……先頭にいない!?まさか出遅れたっ!?)

 

 一瞬振り返ったその時───視界の端に、静かに控えている中京メイケイエールの姿が映った。彼女は、これまでの暴走癖からは想像もつかないほど静かに、マルハナシュッパツのすぐ後ろにつけていた

 ………その位置は、彼女の暴走による“巻き込み事故”を狙うかのような危険なポジション

 

マルハナ(………〜〜〜ッ!!)

 

 花丸娘の表情が歪む。これは、マルハナシュッパツ陣営が事前に“最悪のシナリオ”として想定していた展開そのものだった!

 

山崎「───出遅れたメイケイエールが後方に来ちゃったら、キミはもう絶対、勝ちを諦めるしかないんだ」

マルハナ「え、ええ!?!?諦めるって、そんなあっさり!?」

山崎「いやだって、キミは差しだから、後方に控えなくちゃいけないわけでしょ?」

マルハナ「確かに、私のすぐそばにメイケイエールがいる形にはなりますが、でもメイケイエールの暴走ったって、そんなの回避すれば………」

山崎「口では簡単に言えるけど、そう簡単には行かないよ。それにキミはスタミナ温存のために、後方定位置から大きく動けないでしょ。こうなってしまった以上はもう、神にでも祈るしかないんだ………だって、メイケイエールの暴走は、誰にも制御できないんだからさ」

 

 ………2021年、桜花賞。中京メイケイエールは自らの暴走によって、中京ソングラインの走行妨害を行ってしまった

 

図解

図解

 

 当時の中京メイケイエールの暴走は、後続から急いで先頭へと抜け出そうとする形で行われた

 極度のストレスから自信を失い、心神耗弱に陥った彼女は、ちょうど進行方向にいたソングラインを押し出すようにして進路を無理やり外へ取ったのだ

 その結果、ソングラインのリズムは完全に乱れ、レース展開そのものが大きく狂った。これが後に、“名古屋の暴走特急”と呼ばれるきっかけとなった

 

 そして、今───このGIII、CBC賞の展開

 阪神マルハナシュッパツと山崎駿太トレーナーが事前に危惧していた“最悪の形”が、まさに目前に現れしまっていた

 

図解

 

 メイケイエールは、先ほどから前方を見据え、落ち着いたペースで走っている。暴走の気配はない。だが、彼女のことを知る者ならば誰もが警戒を解けない状況だった

 思えば、パドックの段階から彼女の様子は妙だった。暴走少女の前評判とは違って、なんだか元気がないようだった───だが、それが何を意味するのか。彼女のレースでの姿しか知らないマルハナシュッパツには判断がつかなかった

 

マルハナ(メイケイは静かだけど、だからってそれが暴走しない根拠にはならない!!)

マルハナ(冗談じゃない………これじゃあ、彼女がいつ暴走して、どのタイミングで私が回避すればいいか、何もわからないじゃない!!)

マルハナ(………けど、私だって下手に動くべきじゃない! 覚悟を決めるんだ、私っ!!)

 

 彼女は瞬時に思考を切り替え、視線を前へと移した

 

マルハナ(考えるのはやめだ!!彼女の表情と行動が読めない以上は、今の私に対処の手はない……!こうなった以上、メイケイが暴走しないことを祈るしかできない!!!)

マルハナ(こうなったら……暴走しない前提で動く!メイケイを相手にするのは後回しだ!!今考えるべきなのは本レース最大の脅威、前方を行くヨカヨカちゃんの方だっ!!)

 

 マルハナシュッパツは、メイケイエールを“動く障害物”程度にしか認識していない。暴走するかしないか───そんな不確定要素にレースを左右されることは絶対に避けたかったのだ

 彼女の標的は、あくまでも一番人気のヨカヨカ。前方にいる彼女の動きを観察しながら、最終スパートのタイミングを虎視眈々と見計らっていた

 

 ファンタジーS、阪神JF、桜花賞。読者側の世界である史実にて、競走馬ヨカヨカはメイケイエールやソダシと共に、21年クラシック期を駆け抜けた牝馬の一頭だった

 彼女は期しくも、メイケイエール同様8m以上にも及ぶ絶大なストライド長を持ち、先行策の競馬を得意としていた

 その能力と実力で、彼女は現役最後に北九州記念を勝つ。九州産駒初重賞を、幸騎手、谷潔調教師………そして同里のルクシオンに捧げたのだった

 

 だが、メイケイエールに先着した経歴は、エールが玉砕した桜花賞を除いて一度たりとも無い

 

マルハナ(ヨカヨカちゃんは、純粋な実力では私よりも強い。その上先行策有利のスローペース展開。きっとまだ体力が残っている。このままだと、私はあなたに追いつくことなんて出来ない)

マルハナ(………でも私は知っているよ。アナタは桜花賞でメイケイが暴走した際、露骨に動揺していたよね)

 

 この世界における桜花賞にて、中京メイケイエールが与えた影響は、中京ソングラインにとどまらなかった。当時先頭集団の中で走っていた小倉ヨカヨカは、暴走しそのまま先頭を取ろうとするメイケイエールに恐れ慄き、ペースを乱してしまったのだ

 結果、メイケイエールの前の17着。弱点はすでに割れてしまっていた

 

マルハナ(ヨカヨカちゃんは、他選手からの圧力やプレッシャーに弱い選手だ!!私はこの弱点を突いてやる!!)

マルハナ(私が早めに仕掛けることによって、彼女にプレッシャーを与えてメンタルを揺さぶるんだ。スパートを使わせるのが理想だ!彼女のペースが乱れたら、この展開不利をひっくり返せる!!)

マルハナ(申し訳ないけど、この勝負。私がいただくから!!!)

 

 最終コーナーに差し掛かる!観客も案の定とつぶやく中、先頭を独走していた東京アゼナオーディンがついに捕まった。猛追してきた小倉ヨカヨカ含むバ群に並ばれ、抵抗むなしく後退していく

 それを契機に、後方の阪神マルハナシュッパツがここで出発進行。残り400m、最終直線を待たず、重賞級の末脚が小倉ヨカヨカに牙をむく!!

 

図解

 

ヨカヨカ(ひいいいい!!!!ピンク髪の子がもう来てる!!?!?まだコーナーも曲がり切っていないのに!!!)

 

 最終直線まで残りわずか。小倉レース場の直線距離は293mで、国内でも函館と札幌に次いで短いコースだ。それだけに、後続の選手は直線に入るまでにスパートをかけ、先頭と差を詰めることが鍵となる

 

ヨカヨカ(後続の彼女との距離は、だいたい3馬身……。あの瞬発力ならすぐに追いつかれるばい!!)

ヨカヨカ(ばってん、私もこのスローペースで体力が温存できた!!!まだまだスパートをかけれるたい!!)

ヨカヨカ(ここで負けるわけにはいかん!!!九州魂、ファイヤー!!!)

 

 ヨカヨカは、マルハナシュッパツの末脚に気づくや否や、臆することなくラストスパートのカードを切った。その勢いで、並走していた京都ネクアクアキネをあっさりと置き去りにする形で、スピードをさらに上げる

 シュッパツが仕掛けたスパート勝負に、ヨカヨカが完全に乗ってしまう結果となった!

 

図解

 

マルハナ「うおおおおおおおおお!!!!!!!!」

ヨカヨカ「やあああああああああ!!!!!!!!」

 

 最終直線に入った瞬間、場内の歓声が一段と大きくなる。小倉校の誇りを背負うヨカヨカは、粘り強く先頭をキープ。だが、阪神校を背負ったマルハナシュッパツも、その差をじりじりと詰めていく

 スプリント戦特有の一瞬の駆け引き。観客たちは手に汗を握り、どちらが勝つのか固唾を飲んで見守る

 

 ヨカヨカが逃げ切るのか、マルハナシュッパツが追いつくのか───

 そして、残り200m。ついに先頭が変動する!!

 

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