全力疾走っ!青春声援物語 グレイブンロード (挿絵無しVer) 作:匿名423371
■
「二人で何の話してましたか!!!!!!!!!!」
「ちょうどお前の話してたぞ」
汗だくになりながら、目を輝かせて問いかけてくるメイケイエールに、やれやれとアタシは水筒を手渡してやった
ありがとうございます! エールは元気の良い感謝を伝える。明らかに疲れているはずだし、断食トレーニング中でお腹も相当空いているだろうに……お前、よくそんな調子良くニコニコできるな
「ちょうどいい。断食持久走の有効性の説明ついでに、メイケイエール最大の課題、暴走癖についても解説しようとしていたところだ」
「おっ!!!!!!!!!」
その瞬間、エールの耳がピクリと動いた。興味津々な彼女の態度が、一層分かりやすくなる
そんな彼女の前で、志積トレーナーは面白くなさそうな無表情のまま、淡々と語り始めた
「暴走してしまうことによる大きな問題点は、スタミナ管理が破綻する事だな。若いオメェらにもイメージしやすいよう、RPGゲームを使って説明しよう。MP(マジックポイント)の代わりに、SP(スタミナポイント)という数値があると仮定する」
「SP、ですか」
「ああ、SPだ。簡単に言うと、選手がレース中に使えるスタミナの残量を示す数値だ。これを基にして、スタミナ管理の重要性を解説する」
志積トレーナー、RPGゲームとか知ってるんだ。普段の堅物な印象とは結びつかない単語に、アタシは思わず不思議に感じてしまった
………と思っていると、自分の体操服の袖に、クイッと引っ張られる感触。そちらの方向を向くと、笑顔だが少し困ったような表情を浮かべているエールがいた
「あのっ……!!!ソングちゃん………!!!」
「小声でどうしたんだメイケイエール」
「わからない単語が多くて困惑しています………!!!RPGとMPって何でしょうか………!!!」
えっ メイケイエールはRPGゲームを知らないのか!?
このぐらいZ世代の基礎教養だとは思っていたが、違うのか。アタシでも子供のときよく遊んでいたぞ
………いや、単純にエールがゲームを知らないだけか。アタシの地元、福島に住んでいたお嬢様の友達とは一緒にゲームをして遊んだが、きっとエールのような都会のお嬢様はゲームをやらないのだろう。しょうがないから、アタシは真面目少女に簡単に補足した
「………二つともゲームの専門用語だ。おそらく今の話とはそんなに関係がない。SPの方はわかるか?」
「走者の体力をわかりやすく数値化したものですよね!!!!!!」
「それがわかってれば大丈夫だ。多分」
やりとりがひと段落ついたところを見計らい、志積Tは冷静な口調で続けた
「走者たちの目的は、このSPを効率的に運用し、ゴールまで使い切ることだ。それぞれの走行速度と戦略によって、このSPの消費量は大きく変動する。たとえば、最大SPを100とすると………先行型の走者は前半に60SPを使い、後半に40SPを残すような配分が理想的だ」
前半は前目につける都合上スピードが必要で、その分多めに体力が減る。後半に残された40SPというのは、後続から迫る差し追込から逃げるために必要な体力を指しているのだろう
「それなら、私のような差しだと………前半は30SPで軽く流し、後半の最終追い上げで大きく70SPを使う配分になりますね」
「その通り。一方、メイケイエールの場合はどうだろう。オメェの実際のレースを数値化して配分すると、どうなる?」
「理想は先行型と同じです!!!!!! ………が!! えと………実際のレースだと、暴走してしまいますから………! 前半で大幅にスタミナが消えちゃいますね………!!!」
「そうだ。暴走だ」
6月のぬるい風が、さっと私たちの間を通り抜けた。遠くで木々がさざめく音が聞こえる
ため息混じりの志積Tの言葉は、空気の揺らぎをも突き刺すように鋭くなる
「厄介なことに、オメェは開始早々暴走コマンドを発動して、数値にして80SP分の大量のスタミナを浪費する。この結果、後半に残るSPはわずか20。これでは後続との差を詰められないどころか、最後には大きく失速してしまう」
「まあ、当然ですね」
「そう、80SP分が消えるこの暴走。コイツを発動させないための秘策が、この断食持久走にはあるのだ」
そうして、志積Tはアタシたち二人に、断食持久走の真の目的を打ち明けた
「俺はこのトレーニングを通して、メイケイエールのスタミナをおおよそ60SPにまで削り落とすことによって、コスト80SPの暴走コマンドなど最初から発動不可能にしたのだ」
………ああ、なるほど。彼が最初に言っていた、“メイケイエールはスタミナのない状態の方が勝てる”という言葉の意味がわかった
体力の余裕があるからこそ、暴走などという無駄な行動をしてしまう。ならば、最初からその余裕を削ってしまおう。志積Tはそういう魂胆で、スタミナを大幅に削る断食持久走なんてものを課したのか
机上の仮説に過ぎないけれど、暴走の発動で全ての歯車が狂ってしまうのは事実。それを最初から出来ない状態にさせるというのは、実践したところをアタシも見てみたい話ではあった………
………ただ、そんなのでレースに勝てるはずがないという、致命的な欠点に目を瞑ればの話だが
「ちょ、ちょっと待ってください!エールを飢餓状態でレースをさせる理由は分かりましたが、次走は重賞ですよ!?出走選手は皆精鋭のサラブレッドばかり!!! ……万全なスタミナを持つ相手に、飢餓状態のメイケイエールが勝てるはずは───」
「………呆れた。オメェらもう俺の言った事忘れたのだな。前にも言ったろう?メイケイエールの真髄を」
焦った声をあげるアタシに、志積トレーナーは短くため息をつき、冷たい目で見下ろした
「メイケイエールの特徴は驚異的なストライド長。少ない歩数で、大きく距離を伸ばして走れる事。これをもってすれば、減った歩数分体力を使わなくて済むから………なんだったかな?」
その言葉を聞いて、アタシの頭にふと過去の記憶が蘇った
………そうだ。それは、NHKマイルで負けた後のことだった。悔しさを抱えたまま、居酒屋に突撃したエールが、志積トレーナーから聞き出したアドバイス。目の前のことに囚われすぎて、すっかり忘れていた
エールもハッとした表情。その言葉を、彼女も思い出していたみたい。気がつけば、アタシたちは志積Tに向けて同時に叫んでいたのだった
メイケイエールの特徴は驚異的なストライド長。これをもってすれば───
「「最小限のスタミナで、速いスピードも楽々追走できる」っ!!!!!!!!!!!!!!!!」
■
スプリントの決着は一瞬である
残り200m。限界に迫っていた体力の中、マルハナシュッパツはヨカヨカを追い抜いた。彼女は、凝縮された時間の中で独白を行なっていた
マルハナ(………ヨカヨカちゃん、やっぱり桜花に出走しただけはある。すぐ抜けると思っていたのに、スパートでここまで粘ってくるとは思わなかった)
マルハナ(でも、私の方が強かった。先頭はもう私のもの。ごめんね、この勝負は私が貰っ────)
───その刹那だった
シュッパツの左後方から、突如として現れた影。その脚が緩やかに、しかし確実に伸びてゆく様は、まるで追風を受けた帆船のように滑らかだった
マルハナ(なっ…………!?)
ヨカヨカ(えっ…………!?)
驚きに満ちた表情のマルハナシュッパツとヨカヨカ。二人のスパート勝負で、互いにスタミナが大きく削られたその瞬間。まるで見計らっていたかのようにして、二人に喰らいついてきた彼女の名は───
名古屋の暴走特急───改め
真面目すぎた天才少女
中京メイケイエールだ───ッ!!!
〜みんなのゲーム事情〜
志積←競専解雇後は高校教師に再就職。当時高校生に流行ってたゲームの知識がある程度ある
ソング←どうぶつの森 ポケットキャンプでコツコツ家具を集め、木材と自然を基調とした大きなキャンプ場を作成中。友人に勧められたソシャゲは一瞬で飽きた
ソダシ←暇な時間は読み物を読むためゲームはしない派。多少の知識ならある
エール←ディズニーツムツムすら知らない