全力疾走っ!青春声援物語 グレイブンロード (挿絵無しVer)   作:匿名423371

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本当は別のサブタイにする予定だったけど、米津の新曲があまりにも良かったから変えました


第28話① - 今に見なよきっと君の眩しさに誰もが気づくだろう

 

「俺がメイケイエールに説明した、レース上における断食持久走の効果は、今まで実証例のない机上の空論だったんだよ」

「はっ、はああああああ!?!?」

 

 小倉レース場では、CBC賞でのメイケイエールの勝利に沸き立つ歓声が響き渡っている。皆が勝者を称える喝采ムードの中、アタシだけは別の意味で熱くなっていた

 スマホを頭上の耳に当てながら、アタシが声を荒げる通話相手とは、断食によってメイケイエールの暴走癖を抑える策を授けた立役者、志積トレーナー。レース会場から遠く離れた名古屋にいる彼は、メイケイエールのレースをテレビで見ていたそうだ

 

「どういうことですか!? エールに嘘を教えていたんですかっ!?!?」

「あー………言い方が悪かったな。仮説だった、という方が正しい。このトレーニングがどれぐらいの効果が望めるか未知数で、勝つなんて思いもしなかったが、彼女は俺の予想以上の働きをしたという話だよ」

 

 いつもの酒焼けが混じる低い声で、平然と語る志積トレーナー

 

「現代のサラブレッドはみな肥えている。そこで、古来の動物としての本能を無理やり呼び覚ます“飢餓状態”にこそ希望を見いだしたんだ。才能があるやつなら別だが、まだ目立った結果を出せない凡下の選手こそ、飢餓に追い込めば強くなるという仮説。それが断食持久走の核心だ」

「………」

「それと、人間は極度の飢餓に陥ると余計な雑念がそぎ落とされて、逆に思考がクリアになるらしい。メイケイエールの場合は暴走癖を矯正したかったからこそ、飢餓状態がうまく作用すると踏んだ。今回、飢餓状態の走者をレースに出すのは初めてだったがな」

「………………………」

「相手は強豪、こちらには大きなハンデ。普通に考えれば勝ち負けは難しいから、暴走を抑えられればまずは十分だと思っていた。だが……まさかあそこまで走るとはな。先に“勝ち方”を指示しておいてよかったよ」

 

 周りの喧騒と反対に、不愉快な感情が胸の奥からどんどんと湧いてくる

 

「………“エールなら勝てる”というセリフは、本当は根拠もない嘘だったのですね」

「噓というより、仮説だったって言ってるだろ」

「いいえ、真っ赤な嘘です。自分の仮説を証明するために、極限状態の彼女を無理矢理にでも出走させるための嘘」

「なんでもいいが………嘘でもなんでも、走者に叱咤激励するのがトレーナーの勤めだよ」

 

 志積トレーナー………アタシは、あなたもエールを信じていると思っていました。あなたもエールの勝利を信じていたからこそ、危険も承知でレースに出走させたのだと思っていました

 だが違った。この男は、メイケイエールのことなど全く信じてはいなかった。ただこの男は、自分の理屈が正しいかどうかを試したかっただけだった。志積トレーナーはメイケイエールを、テイのいい実験台にしか見ていなかったのだ

 

「結局、ソダシの言うとおりだったじゃないか………っ!」

 

 マイクが拾わないぐらいの音量で、アタシは小さく呟く

 ふざけるなよ……!聞いていた話と違う。極限状態の選手をレースに出すのは危険というのは、彼も共通認識というはずだった。なのに勝つとは思っていなかっただと!?どうして、いたずらにエールの競走人生を危険に晒すような真似をしたんだっ!

 

 ………いかんいかん、アタシも短気すぎだ。怒りに任せて感情を人にぶつけたところで何にもならないことは、桜花賞の衝突事件をエールに追求し失敗した件で反省したはずだ

 それに、結局出走を止めなかったアタシにも責任がある。大人になれ、ソングライン。あくまで冷静に、クールに会話しなくては

 

「………確かに私も、出走の危険性に目を背けながら、レースに向かう彼女の背中を押してしまいました。でもそれは、貴方の言葉があったからです。“これで暴走癖は治る”、“勝負に勝てる”という言葉があったからこそ、私はそれを信じて、彼女の背中を押したのです」

「はあ」

「貴方が断言していた、勝てる保証も暴走を克服する見込みも全て嘘だったというのなら………エールが危険を冒してまで出走する必要なんて、これっぽっちもなかったはずじゃないですか」

 

 感情を抑え込むため、深呼吸をしながらゆっくり言葉を並べる。だが、その努力も虚しく、彼はまたもやアタシの神経を逆撫でするような言葉を突き返してきた

 

「何を言っている。暴走癖はほぼ克服し、その上で勝利したじゃないか………なぜオメェがヒステリックになっているかは知らねぇが、すべて俺の言う通りになったろう?」

 

 ヒスッ……… 今こいつ、なんて言った!?

 ヒステリックって、そんな言い方はないんじゃないか。というか、一体誰のせいでこうなったと思っている!!

 

「それは結果が出た後の話でしょう!?何度も言いますよ、私たちがあなたを信用したのは、あなたが“絶対に勝てる”とハッキリ断言したからです。確証のない博打だと分かってたら、私はエールを出走させませんでした!!」

「………ああ、なるほど。メイケイエールに多大なリスクを取らせた俺に、オメェはキレているわけだ」

 

 すると、彼の声が急に低く、威圧的な調子になった。スマホのスピーカー越しにも空気が変わるのが分かる

 

「オメェらは、将来的にはGIを獲りたいって話だったよな」

「………はい」

「そのためになんでもする。俺の指示や要求は、文句を言わず全て従う。そういう話だったよな」

「それは、常識の範囲内での話です」

「はぁ………いろいろ言いたいことはあるが、なんというかオメェ。端的に言って───」

 

 そして、彼は恐ろしく冷徹な一言を突きつけた

 

「───GIをとことん舐め腐ってるだろ」

「………………っ!?」

 

 その言葉は、ドスの効いた声でアタシの耳に鋭く響いた。通話で相手の顔が見えていないはずなのに、まるで彼の冷たい視線が直接アタシを貫くかのような感覚に陥った。その豹変っぷりに、アタシは一瞬身がすくみ、声を出すことすらできなくなってしまった

 

「いいか?一つのGIを勝つということはだな、全生徒約8000人を蹴落とし頂点に這い上がるということだ。しかも、この8000人はただの木偶の坊なんかじゃあねぇ」

 

「血統主義と少数精鋭教育で、数多のGI制覇者を産出してきた東京校。随一の生徒数を活用し、才能を厳しく選別し育成する中山校。豊選手に惜しみなく投資する阪神校及び京都校………選りすぐりの才能共が、苛烈な努力を積んで出走するのだ」

 

「わかるか?オメェらのようなゆとり放任主義の中京校生徒風情が、本来太刀打ち出来ねえ相手なんだ。そいつらに勝つためなら、リスクを承知でなんでもやらなきゃ甘ぇんだよ」

 

 ………実際、重賞レースの順位は、東京中山阪神京都の四校生徒たちが占めている状態だった。ダービーをはじめとしたGIレースでもその四校が独占していて、中京校のソダシが獲った阪神JFと桜花賞制覇は、実は稀に見る快挙と呼べるほどのものだった

 だから、通常の倫理に則ったトレーニングだと勝てない。強豪相手と戦うためには、危険も承知で追い込む必要がある。志積トレーナーはそう言いたいのだろう

 

「でも、怪我につながるような危険なことはさせないって、あなたは自分で仰っていたじゃないですか!?」

「メリットがない状態でリスク取らせるなんて無意味なことさせるわけねぇだろ。メイケイエールには飢餓状態で出走させるメリットがあったんだよ。暴走出来ない状態で出走することで、暴走しない感覚を掴むという大きなメリットがな」

「だからそれは結果論で───」

「結果出してねぇ奴がキャンキャンキーキー喚き散らかすんじゃねぇよ。綺麗事ですべて都合よく進むわけがない」

 

 ギリリ。志積トレーナーから強引に言葉を封殺させられ、アタシは無意識に歯軋りしてしまう

 あーもう。冷静に喋ろうとしても、結局感情的になってしまう。おのれっ、おのれ志積トレーナー。いちいち神経を逆撫でするような言い方をするんじゃないぞ!

 

「まあ、つまりは………彼女は自身の危険を顧みず出走し、そして暴走癖も克服し勝利した。リスクを取ったおかげで素晴らしい結果を出したってことだな」

「………」

「引き換えオメェはどうだ………人の要らねぇ心配ばかりをするしょうもない腰抜け。そんな覚悟のないオメェに重賞なんて、夢のまた夢だろうな」

「………………っ!」

 

 ここまで来たら、堪える感情に身を任せ、アタシは何か一言言い返したかった。人の気持ちも考えずにズケズケ言ってくるこんな奴に、アタシの話は関係ないだろって突っぱねたかった

 ………でも、出来なかった。なぜなら、アタシはハッと気がついてしまったから。本来アタシが早く自覚すべきだったとある事実に、今更ようやく気がついてしまった

 

 ………これで重賞四勝目の天才少女と、重賞に一つも手が届いていない自分

 すでに多くの実績を持ちながらも、暴走癖で差し引き同じぐらいの選手だと思っていたメイケイエールとアタシの実力差は………今回の暴走癖克服によって、途端に大きく広がってしまったのだ

 

 “重賞未勝利のソングラインに、優等生の心配をする資格などない”。客観的に見ればその通りだ。だからこそ志積トレーナーは、暗にそう伝えるつもりで、人の心配で憤るアタシに叱ったのだろうな

 クソッ………全く、屈辱的だ………

 

「ククッ………さて、メイケイエールに連絡事項だ。オメェの方から伝えておけ」

「………なんでしょうか」

「今の条件で師弟同盟は続行。タダで面倒を見てやる」

 

 唐突に響いたのは、志積トレーナーの不気味な笑い声

 その笑い声をトリガーに、アタシの頭には不吉な記憶がふと蘇る。それは、エールが志積にトレーナー契約を懇願した夜のこと

 その時も彼は、とある瞬間に笑っていた。きっとそのことは、もうアタシしか覚えていないだろう

 

「今回俺も充分理解させられた。メイケイエールは本物だ。本物の、天才少女だった」

 

 メイケイエールが必死に頭を下げ、指導をお願いしても、ずっと否定的だった志積トレーナー。だが唯一、彼は彼女のとある言葉に反応したのだ

 それは、彼女の名前の冠名であるメイケイ………中京校校長を代々受け継ぐ“名競家”の名前。彼はそれを聞いたとたん、コロッと手のひらを返し、指導の要求を受けたのだった

 そんな男が、100%善意で協力してくれているとは到底思えない。今回の危険な博打といい、絶対に何かよからぬことを考えているに違いない

 

「彼女のおかげで、旧競専でドブに捨てちまった俺の人生が、ようやく取り戻せそうだ」

 

 メイケイエールのGI勝ちで満たされる、志積トレーナーの目的とは一体なんなのか………

 このときのアタシは、自分のことでいっぱいになっていて、彼から聞き出す勇気などなかったのだった───

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